Armored Core farbeyond Aleph   作:K-Knot

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融合

結局昨日はあの後ガロアは何もしてこなかった。疲れてしまったのか興ざめしてしまったのか、あるいは別の理由かは分からないし尋ねることも出来ない。

だが、ほんのささいなことではあるがどうしてもあの鼻血が関係ある様な気がしてならないセレンはしかし何も言えなかった。

 

「あ」

 

「どうした?」

朝目覚めて二人で食堂に向かっているとガロアが声をあげた。

 

「ケータイ忘れた」

 

「別にいらないだろ」

この前の王小龍のようなイレギュラーは別として相変わらずガロアのケータイにはセレン以外は登録されていないし、

二人でいるのだから必要ないだろう。

 

「この前みたいに誰かに連れて行かれるようなことがあったら困る。とってくるから先に行っていてくれ」

 

「……分かった」

あれは攫われたのではなく自分から着いて行ったのだが、普通に心配してくれるのはくすぐったいながらも嬉しかった。

 

 

 

 

「なんだかガロア君大変ね」

ちゅるん、とパスタの端を口に吸いこみながらメイが言う。

 

「何がだ?」

 

「帰ってきてすぐに出撃したんでしょう?しかも二回も」

 

「まぁ……」

むしろその出撃の合間のイベントの方が大変だったのではないかと思うが。

 

「あ、来た。セレンと一緒に来ないの珍しいね」

 

「……」

ちら、と見ると食事の注文をしているようだが相変わらずリザイアにからかわれているようだ。

よーく耳をすませてみる。

 

 

「今日の午後はオフなんだけど一緒にお出かけしない?」

 

「しない」

 

「この前お買い物してきてくれた分のお金も色を付けて返したいし」

 

「いらねぇから仕事に集中しろ」

 

「これ、連絡先。いつでも連絡していいからね」

そう言ってリザイアはガロアに何やら紙切れを手渡した。

まさか連絡はしないだろうが後であの紙は没収だ、とセレンが思っているとガロアはいきなりその紙をびりびりに破いて飲みこんでしまった。

 

「明日には糞になっている」

 

リザイアもあの手この手で誘っているようだがけんもほろろ。

しかしそれ以上に気になるのはあの言葉遣い。

 

(あいつ……女に優しくないなぁ)

かと言って男に優しいのかと言えばそうでもないのが、どちらにせよ人当たりが最悪なのは決していい事でない。

やはり大事な時期に森で人と関わらずに暮らしていた影響なのだろうか。

セレンも最近は随分と人への接し方に気を使うようになってきた。

それはガロアという人間と一緒に過ごしてきたからこそなのだが。

そんな事を考えていると顔中に絆創膏を貼ったオッツダルヴァがガロアに近づいていった。

 

 

 

「あの女に何もされなかったか」

 

「されてない」

 

「ラインアークは暑いな。熱中症には気を付けろよ」

 

「大丈夫」

 

「何かしてほしいこととかないか?  働き詰めだからな」

 

「何も無い」

 

「じゃ、じゃあこれどうだ? この前街で買ってきたんだ。メルツェルが言うに若者の間で流行っている本だそうだ」

オッツダルヴァが懐から取り出した本には何やら気持ちの悪い虫のようなイラストが描かれており、『そしてAMIDAに恋をする』と大きくタイトルが書かれている。

あんなのいらん、とセレンは思ったがガロアも全く同じことを考えていたようだった。

 

「いらん」

 

「いらっ、がっ、くっ!……チェ、チェスはどうだ? 一緒にやろう」

仮にもリンクスなのだから懐には拳銃くらいいれておけばいいのに次に出てきたのは携帯チェス盤だった。

 

「ルール知らない」

あまりにも淡白なガロアの反応。あれこれアピールするオッツダルヴァに対してなんと七文字以上の言葉を返していない。

とうとうオッツダルヴァはチェス盤を取り落とした。散ったコマはオッツダルヴァの砕けた心のようだった。

 

「もっと兄を頼ってくれ。お父さんとお母さんに顔向けできないんだ」

袖を目に当てておいおい泣き始めたオッツダルヴァにセレンはドン引きする。気持ちは分からないでもない。自分もガロアにあんな冷淡な反応を返されたら泣いてしまうかもしれない。

だがどうしてあそこまで、と思うがセレンに分からないのも無理はない。

記憶が一気に戻ったオッツダルヴァにとっては楽しみにしていた弟がいきなり生まれていきなり18歳になっていたような感覚なのだ。

おまけにその副作用かやや幼児退行してしまっている。

 

「……」

意味が分からないのはガロアも同様で、今だ知らぬ強敵と出会ったときとも目的不明の誘惑をしてくる美女と相対したときとも違う、全く経験のしたことの無い気持ちの悪い汗を背中にびっしょりとかいていた。

何か下手な事を言えばもっと泣きだすかもしれないので何も言えない。

誰か助けてくれと心から思ったのはガロアにとって初めてのことだった。

 

 

 

(……極端だな……)

なんとか頑張ってお節介を焼こうとするオッツダルヴァは、再婚した母親についてきた弟に不器用ながらも接してみようとする兄のようだ。

 

「あれ……一応オーメルのオッツダルヴァ? なんだよね? 見た目が全然違うけど」

 

「一応な」

 

「なんでガロア君にあんなに? 人と関わるのが嫌いだったのに、あの人」

 

「……説明すると長いんだ、本当に」

 

「あれ? あれって……カラードの……」

 

「ん?」

自分が食べ終わるまでにガロアは解放されるのだろうか、と考えているといつの間にかガロアとオッツダルヴァの間に何度か見た顔だが名前の知らない男が立っていた。

 

 

 

「ハリ?」

 

「……」

ラインアークで買ったのだろうか、南国カラーのハワイシャツとネックレスを朝からパリッと合わせたその男はガロアが過去に一度だけ話したことのあるORCAの最年少メンバーだった。

 

「俺に何か用か」

 

「ヴェデットさん、私と勝負をしてくれませんか」

 

「え?」

 

「ハリ? 何を言っている?」

 

「テルミドールは黙っていてください。これは私の問題です」

情けない我らがリーダーオッツダルヴァはその一言でしょげてしまう。

 

「勝負? 何それ」

 

「決めようではありませんか。どちらが優れているのかを。……ここにはシミュレーションマシンもない。実弾を使用してもいい」

 

「興味ない」

 

「俺はお前が気に入らねえ!」

ハリにしてみれば当たり前のことだった。

暗澹とした殺戮集団だったORCA旅団に新しい風を吹き込み、オールドキングを除いて全員どこか変わってしまった。

滅多に口を開くことすら無かったジュリアスに至っては左手薬指の指輪を眺めては鼻歌なんかを歌っている始末。

おまけにリーダーにはやたら気にいられているときた。

自尊心が特に強い年頃で、また自信家であるハリがガロアの存在を意識しないはずがなかった。

 

「あっそう」

 

「俺はお前に負けた覚えなんかねぇ! 勝負しろ!」

 

(……どいつもこいつも自分勝手な……)

百歩譲ってその勝負とやらを受けるとして、勝ち負けがどうしたというのだ。

ガロアから見てハリはありとあらゆるところが恵まれている人間に見える。

感性もガロアのように壊れていないし、客観的に判断しても異常な強さとよく回る頭以外にガロアがハリに勝っているところなどない。

 

「お前に勝っているところが必要なんだ。苦手なことは何だ!」

 

「たくさんあるんだなぁそれが」

 

「らぁっっ!!」

その言葉が耳に入るや否やハリは鋭く拳を放った。

簡単に避けられるはずのその攻撃は、精神的に疲弊しきっていたガロアの頬に思い切り当たって鼻血が噴き出た。

 

「……」

 

「来い!」

 

「……」

ああ、死んだ。

それを見ていた誰もがそう思った。

もう見た目からして体重身長合わせて50は差がある相手によくも挑めたものだ。

騒ぎ立てているハリに対してガロアは虚ろな目をして斜め上を見ていた。

オッツダルヴァはおろおろして、リザイアはもっと面白いことになれと言わんばかりの表情でガロアを見ていた。

 

(なんで……? 俺とお前の間には何も無いだろう?)

周囲の人間関係はガロアの意志と関係なく目まぐるしく変わっていく。

恨みを買う様な行動は多々しているが、この男に何をしたというのだろう。

オシャレでハンサムで、ラインアークの生活も満喫しているように見えるのに。カラードでのランクも自分より上だったと言っていた。

いったいもう何が不満だというのだろう。自分は抱きたい女も抱けず、痛む頭に日々苛まれているというのに。

 

「さぁどうした!」

どっ、とハリのボディーブローがガロアの腹筋に刺さる。

攻撃それ自体は悪く無いが体重差と身体の頑強さに差がありすぎてほとんど効いていないが……

 

(…………)

ガロアは思いだしていた。

この間自分がランニングをしているときにハリが海にいた女に軽く声をかけてちょっと散歩にでも行くような苦労で女をゲットしていたのを。

ああいう人間もいるんだな、リンクスでも、とその時は思っていた。

もうそれでいいじゃないか。十分恵まれている生活だろう。羨ましいと思う。自分には出来ないから。ずっとそっち側にいてくれ。なんでわざわざ恵まれている状況からこっちに来ようとするんだ。

自分は戦いだけに集中しようとして、だからこそ強いのに。

 

なんだかんだ自分だって18歳の人間の男だ。異性の肌に焦がれることだって全然ある。夢にまで見る日だってある。

それを軽く手に入れて遊ぶような人が世の中にはいるというのがよく分からないし、それが自分に嫉妬する理由はもっと分からない。

背中にかいていた気持ち悪い汗がシャツを肌にひっつけ、ブブブブ、と不快な羽音を立てて飛んでいた蠅がガロアの腕に止まった。

 

肉体的にではなく、取り巻く人間関係によって疲れ切っていたガロアの口から次に出た言葉はその場にいた人間全員を凍りつかせた。

 

「童貞だ俺は。なんでそうなるんだ」

 

「は?」

ハリのその言葉はその喧嘩もどきを観戦していた全ての人間の感想と一致していた。

こいつは何を言っているんだ?

と思う前にガロアの手がハリの首を掴んだ。

 

「変な奴ばっかりがァ!! あああッ!!」

そうしてガロアはハリが何かを反応する前にソフトボールのようにハリをぶん投げる。

スタイルがいいというよりも細身だったハリは背の高さにしては軽い体重のせいで驚愕の表情のまま10m以上飛んで壁に激突した。

何も言わず、オッツダルヴァがガロアに話しかけているところから黙って見ていたメルツェルは慌ててハリの元へ駆け出した。

 

「なんなんだよもう……どいつもこいつも……ほっておいてくれよ……」

ガロアはそのまま飯も食べずにぶつぶつと何事かを言いながら外に出て行ってしまった。

 

 

ふらふらとゾンビのように出て行くガロアを唖然と見ていたハリの元にメルツェルが駆けよってくる。

 

「大丈夫か!?」

 

「メルツェル……童貞って?」

 

「馬鹿、あの年であの強さを手に入れるのに何をどれだけ犠牲にしたかなんて簡単に分かるだろう! 遊んでないんだよ!」

 

「あの年で童貞なんて本当にいるんですね」

痛む背を無視して埃を払いながらハリは立ち上がる。

ガロアの言葉は脈略がなく意味の分からない一言だったが、なんだかそんなあまりにもみっともない奴に嫉妬していた自分が一気に馬鹿馬鹿しくなった。

 

「オッツダルヴァも童貞だぞ」

 

「ははっ、そうなんですか」

短く馬鹿にするように笑ったハリを見てオッツダルヴァはまた悲愴な表情をした。

 

 

 

 

そんなやり取りを遠くから見ていたメイは一言。

 

「ガロア君……どうしちゃったの」

 

「……うーん」

セレンも呆然としており、追いかけるべきかしばらく放っておくべきか悩んでいるようだ。

 

「というかさ」

先ほどの言葉の中で一つ気になった部分がある。

 

「なんだ?」

 

「一緒に寝ているんだよね? 何もしていないの?」

まさかな、とは思っていたが本人が童貞だと言っていた。公衆の面前で恥ずかし気も無く言う神経は凄い。

もっとも、あの時のガロアの神経がまともだとは言い難いが。

 

「えー……その……」

 

「……」

 

「て、手を繋いで寝ている」

 

「ずこーっ」

照れ照れに照れて何を言いだすのかと思えば幼稚園児みたいな言葉が飛びでてメイは思い切りずっこけた。

 

「え、え? うっそぉ……」

どう見たってセレンの事が好きだと思うが、好きあっている二人が同じベッドにいて何も無いというのはちょっとあり得ない。

しかも二人の年齢的に、例え好意がなくても勢いで肉体関係が出来てもおかしくないというのに。

 

「本当だ」

 

「だってガロア君のこと好きでしょう?」

 

「……………………」

この前のように必死で否定して話を逸らすのではなく、フォークを持ったまま顔を真っ赤にしたままゆっくりと頷いた。

何か心の中で進展があったのだろう。

 

「私は、その……別に構わないのに……。あいつが何を考えているのか……」

 

「ああ……なるほど……。うん……多分、待っていればいいと思うよ」

女は抱かれると情が深まるが、男は性欲と愛の違いがはっきりとしてしまって興味が薄れてしまうことがある。

男は性欲に振り回されることが多いが女性の場合は愛の確認の意味合いが非常に強いのだ。

好きあっていて、しかもこんなにも分かりやすいのにガロアが手を出していない理由は恐らく。

 

(大事にされているんだよ、それは)

性欲を切り離してなお好きで大事だから簡単に手を出してこないのだろう。

肉体関係から始まる恋なんて大抵ろくな結末にならないし、そんなことをしなくてもガロアはセレンを完全に好いている。

そういえばそもそも三年以上一緒に暮らして何も無かったというのだ。言い方によっては超プラトニックなのかもしれない。

 

「……でも……」

それでもやはり不安にはなってしまうのだろう。

愛を誓い合った夫婦でさえも行為がなければ徐々に女性は不安を募らせてしまうのだから。男は街に発散する場所が多い分尚更だ。

好きだ好きだで止まらなくなるのはどうかと思うが、隣に寝ていてもなお手出しされなければ本当に自分を好きなのか分からなくてもしょうがない。

そっとしておいてもいいとは思うがここは一つセレンの背中を押してやろうかと思う。

 

「うーん……じゃあセクシーな下着でも着れば?」

あんな部屋じゃどうやったって間違って着替えが見られてしまう事もあるだろう。

18歳の男の子がそんなものを見た日にはゲイでも無い限りは飛び込んでくるはずだ。

 

「……うん、その……無理だと思う」

 

「なんで?」

 

「下着もあいつが洗濯しているから」

 

「ずここーっ」

あんまりにもどうしようもない事実に椅子ごとずっこける。

ガロアもガロアだが自分の下着も洗濯させているセレンもどうなんだ。

 

「どうすればいいんだろう」

そんな事を聞いてくるあたりセレンの方は間違いなく進展を望んでいるのだろう。しかし。

 

「おかしいなぁ」

 

「何がだ」

 

「普通……いつ命を失ってもおかしくない戦場に出るなら保存本能が働くはずだけど」

実際メイ自身もリンクスになってから性的欲求がかなり増えたし、今だってダンからの犬が尻尾を振りまくる様な直球の誘いを、軽い女だと思われたくないというだけでやんわり断り続けているがいつ本能に負けるか分からない。

 

「あいつが命の危機を感じる程の敵?」

 

「命を脅かすほどの敵がいないってこと? 強すぎるってのも考えものね」

昨日二回も出撃して、両方ともネクストが相手だったはずなのに全くの無傷だったと聞く。

 

「でも私はそんな敵に現れてほしくない」

 

「そう、ね」

結局それが最優先なのか。

二人はお似合いだと思うがこれから先一体どうなるのかな……と思いながらメイは最後の一口を口に入れた。

 

 

 

 

そのすぐ後に王小龍から連絡が入り、戦う準備が出来ていたガロアとウィンがアルテリア・カーパルスに送られることになった。

 

「そのミセス・テレジアってのはランクいくつなんだ」

カーパルスに向かいレイテルパラッシュと並んで飛ぶが特にウィンと話すようなことも無いし、

いきなり襲われた思い出もあるので話す気も無い。

 

『29だ』

 

「……? 29ってあの、なんだっけ……やかましい男より一個上だろ? 何故爺さんは『最大戦力を送れ』とか言ってラインアークもそれに応じたんだ」

 

『ランクが大してあてにならんことはラインアークが一番分かっているからだろう』

 

「そうだけどよ」

かなりの戦いの経験を積んできたとは思うが後にも先にも死にかけたのはホワイトグリント戦だけだ。

まぁあれは二人乗りだったということもあるが。

 

『というのは冗談だ。このミセステレジアという女は国家解体戦争にも参加したオリジナルだ』

 

「ん……? それで29? 嘘だろ? 23年間もリンクスをやって生き残ってその位置?」

 

『それが不気味なところだ。使っている武装は企業分け隔てなく最新式の物を使い、オーダーマッチも一切受け付けていない。黒い噂が広がり過ぎて本当はいないんじゃないかと言われていたくらいだ』

 

「一応武装は見たし、シミュレーションでも何回か戦った。だが平凡としか言えねえ。今いくつなんだその女は」

 

『不明だ。だが最年少リンクスは14歳だったというから、どんなに若くても40代、普通に考えて50、60といったところか』

 

「経験を軽んじるつもりはないけどよ、敵うと思ってんのか。一機で」

 

『分からん……。しかし、周到に用意された作戦であることは間違いない』

 

「なぜ?」

 

『カーパルスの近くでアームズフォートが確認され護衛のネクストがそちらに向かうと同時に畳みかけてきたらしい。どうも目的は破壊に思える』

 

「その護衛のネクストは?」

 

『アームズフォートを退けはしたが損傷がでかくてラインアークに帰ってきた。まぁランク20代ということを考えればアームズフォートを落としただけでも大金星だ』

 

「つまり……」

 

『増援は期待するな。お前たち二機で片づけるんだ』

 

「了解」

 

 

セレンとガロアと同じようなやり取りをウィンとオペレーターのレイラもしていた。

 

『だからウィンディーとそっちのヴェデットさんでなんとかするしかないの』

 

「まぁ、大丈夫だろう。正直……奴の強さは嫌というほど知っている」

 

『………うん』

 

「レイラ?どうした?」

 

『うん……ごめん。なんか……ちょっと変な感じがして……』

 

「……? 無理はするな。向こうのオペレーターに任せて休んでもいいんだぞ」

 

『……大丈夫。もう着くよ』

 

「ああ。見えている」

 

『!? 何……これ……まだ一分しか経っていないのに……』

 

「どうし……!!? 防衛部隊が全滅!? いや……これは……」

生き物の気配どころかまともに動いている機械すらなく黒煙が空に立ち上り、あちこちでプラズマが弾けている。

コジマ汚染もかなりのもので分厚い装甲とPAに守られたネクストでなければ死んでいただろう。

そのPAですらもじわじわと減ってはジェネレータの出力で持ちなおしてを繰り返している。

 

『この感じ……やべぇのが来るぞ』

今の今まで通信すらしてこなかったガロアが声をかけてくる。

言われなくても既にウィンの第六感は最大級の警鐘を鳴らしていた。

 

「……いた!」

問答をするまでもなく、あれが犯人だろう。

ミセステレジアのネクスト、カリオンがいた。シミュレーションに登録されている通りの武装に見えるが一点、明らかに異な武装……いや、武装なのかも分からない奇妙な物が搭載されていた。

それだけでネクスト一機分くらいの重量がありそうな機械の塊を背に背負っており、山のように見えるそれはよく目を凝らすと棒状の何か、

そう、言うなればプラズマキャノンのようなものの集まりでありその一つ一つが不気味に蠕動している。

 

(なんだあいつは)

この状況で撤退しろなどと日和ったことを言うはずもなく、レイテルパラッシュはレールガンを放った。

ガロアも同じ考えだったようで何も言わずにいきなりグレネードを発射していた。しかし。

 

『ふざけてんのかよあいつ……』

 

「なんだと!?」

確かに命中したはずなのに全く動揺も無く、こちらに向かってくる。

損傷を覚悟の上で、ということではない。グレネードとレールガンの直撃を受けながらわずかしか損傷が見られずカリオンの周囲には水底の汚泥のようなコジマの光が輝いている。

 

(なんて硬度のPAだ。しかしあれでは……中の人間が……)

その硬度はリミッターを解除すれば出来ないことでは無い。

ただし、中の人間も当然コジマ汚染で命を失うことになるはず。

 

『楽しい夢を見たの。もういつのことだったか覚えていないの』

 

「何?」

カリオンから通信。しかしそれは何か目的を持って話しかけてきたと言うより通信を切り忘れたまま独り言をつぶやいているようにも聞こえる。

それと同時にカリオンの背の用途が分からない鈍色の金属の塊が動きだしカリオンの前面に配置された。

 

『お山にね、綺麗なお花畑があってね』

塊にある数えきれない程の穴に急激に緑の光が収縮していく。

 

(くそっ、信じたくはなかったが!)

あれは一つ一つが本当にキャノンなのだろう。砲門が向いていない方へとクイックブーストで逃れてブレードに意識を集中させていく。

 

『家があったの』

 

『馬鹿野郎が!!』

その声が聞こえると同時に感じたのは腕を掴まれる感覚、そして一気に前面のほぼ180度に広がった砲門を見た。

 

「うあっ!!」

次いで視界が乱雑に回転する。ブン投げられた。

 

『ぬああ!!』

レイテルパラッシュがアレフに宙に放り投げられてから瞬きほどの間を置いて砲門全てから光が発射されてアレフの黒い機影が飲みこまれた。

 

「くっ、生きているか!?」

ガロアの方がその兵器の範囲を見抜くのが早かったのだろう。

あのままでは恐らく死んでいた。

 

『あーっ!! この野郎が!!』

 

「無事か! 良かった!!」

アレフの周囲の金属や地面に独特の跡が残っている。

あの一瞬でアサルトアーマーを使って相殺したのだろう。化け物染みた反応速度だ。

レイテルパラッシュもその余波を受けて僅かにダメージを負っている。

 

『無事じゃねえ!! うかうかしてんじゃねえぞ!!』

声だけ聞けば元気だがなるほど、確かにアレフのAPは半分を切っているし今もコジマ汚染によりじわじわとAPが減っていってる。

 

『中に女の人がいてね』

砲門がレイテルパラッシュのいる上に向く。

 

「この!!」

ハイレーザーを放ったが今度はあの砲門自体に弾かれた。あの武装は盾にもなっているのか。

 

『踏みつぶしたら死んじゃったぁ! だから燃やしてお花畑の中で踊ったの。ねぇ、だから』

 

『……うぅ、ぐ…ウィンディー…』

 

「レイラ!? どうした?!」

必死に砲門から逃れる様に三次元的に動いているとオペレーターが苦痛にうめくような声を出す。

 

『一緒に踊ろおおおぉおお!!』

 

『私……私……ああ……私は、そいつにやられたの! ウィンディー!』

 

「!? レイラ、記憶が」

 

『痛ああああいいぃいい!!』

二発目の全門一斉発射が行われる。

だがその光が消えた時、カリオンに積まれた謎の兵器の5分の1が切り落とされていた。

 

『クソッ! あの武器が邪魔くせぇ!! 守りにもなっている! 機体にブレードも効かねえ!!』

 

「……! あの背中の奴がコジマジェネレータも兼ねているのかもしれん! そこなら斬撃が通るんだな!? 切り落とすぞ!」

考えてみればいくらネクストとはいえあれだけの攻撃力、数のキャノンにエネルギーを供給してなお動けるはずがない。あの兵器自体にジェネレーターを積んでいると考えたほうが自然だ。

その証拠に動きはかなり鈍重だ。

レイラの様子が気になるが、そちらに気を取られていたらまず殺される。

 

『いい! お前はかく乱しろ!! 俺が解体していく!!』

効かないのなら邪魔だと判断したのか、既にアレフからはブレード以外の武装が外されており、あれならばMAXスピードはレイテルパラッシュをも上回るはずだ。

しかしPAがまだ回復していない今、危険極まりない。だがブレードしか効かないならばガロアに任せた方がよく、生存できるかどうかは自分がいかにかく乱できるかにかかっている。

 

「死ぬなよ」

 

『よく言うぜ』

砲門の集合体の隙間から本体を狙って攻撃を入れていく。

大したダメージにはなっていないのだろうが、それでもちくちくと射撃されてじわじわとダメージが溜まっていくのは鬱陶しいらしい。

 

『あうぅっ、うーっ、邪魔しないで!』

 

『かっ!!』

カリオンの視線がこちらに向いた隙にアレフの斬撃がきまる。

今回はそこだけを狙ったのが功を奏したのか、砲門の半分以上が切り落とされた。

本体が見えたところにレールガンを放つと明らかに先ほどよりもダメージが通っている。

 

『いや、きらい、きらい!!』

 

(よし、冷静さを欠いてきた!)

最初から冷静でも正気でも無かったように思えるがとにかく攻撃に精細さを欠いている。

左手のミサイルを放ってきたがロックオンが出来ていなかったらしい。当然だ。あんな鈍重な機体がレイテルパラッシュを捉えられるものか。

 

『だっ!!』

 

(上手い! やはり…強い…)

今度の一撃は砲門ではなく、機体とキャノンの間に僅かに存在する接続部を切った。

間抜けな音がした後にキャノンがずずぅん、と音を立てて落ちた。

 

『うーっ、あーっ、どうして、どうしてどうして』

 

「ここで終わらせる!」

何を考えているのか、カリオンはブーストすら吹かすことなくその場に立ち止まったまま震えはじめた。

下手に射撃して刺激を与えるよりもここで一気にコアを貫いた方がいい。ブレードを起動させて突進するとアレフも同じ選択をしたのが見えた。

 

『どうしてっ!! あ゙っ、邪魔をするのおおっっ!!』

 

(馬鹿な)

カリオンのコアの中からさらに四本の腕が出てくるのがやけにゆっくりと見えた。

 

『ぐあっ!』

 

「痛つっ!」

完全なカウンターとなる一撃が直撃する。アレフとレイテルパラッシュはバズーカの直撃を受けて同時に吹っ飛んだ。

レイテルパラッシュはまだ交戦可能だがアレフはそろそろ危うい。

 

『いい、ああ!! 痛い痛い痛い!! あああああ』

 

(え?)

撤退しろ、という言葉が口から出る前にカリオンの右側についていた三本の腕がずるりと取れた。

 

『おいたもいい加減にしろよ、コラ』

 

(化け物め)

そう思ったが、どっちに対してのことだがウィン自身分からなかった。

しかし、あの瞬間のカウンターにさらにカウンターを入れていたというのか。確かに距離で言えばもうブレードの届く距離だったのかもしれないが。

 

『もういや!! きらい!!』

驚きとともに硬直していたがそんな隙をついてカリオンは残った左腕のライフルをこちらに向けてきた。

しかしもう二本の腕はアレフの方を向いている。ネクストというものの成り立ちを知っていればいる程あり得ない動作だった。

 

『なんだよこいつは!! 腕がもともと六本あんのか!?』

するするとミサイルとバズーカを避けながらもアレフが距離を詰めていく。

 

『ああ、ダメ、ダメ! もう…我慢できない……あああっ!!』

 

「またか!」

今度は肩から複数のミサイル発射口が現れた。

やばい、と思う暇も無く全ての発射口からミサイルが発射される。

なんとか回避したミサイルが地面に当たると同時にまき散らかされた緑の粒子を見てぞっとする。

 

『これ全部コジマミサイルか!? ふざけた真似を……』

メチャクチャに動き回るカリオンのミサイル発射口からはテンポよく隙間なくミサイルが放たれており攻撃しようにも回避に専念しないと大惨事になる。

 

「! 何をしている!?」

その時、自分と同じく回避に集中しているアレフがカリオンの右腕を拾い上げるのを見た。

 

『返してやる!!』

アレフがミサイルを回避しながら振りかぶって投げたロケット付きの左腕はカリオンに当たることは無かったが、

カリオンから発射されたミサイルの一つに当たった。

カリオンの至近距離で爆発したコジマミサイルは次々と誘爆し、やはり無理がどこかにあったのか次いでカリオンの背で大爆発が起きる。

 

「『ここだ!!』」

ぐらついていたカリオンにレイテルパラッシュのレーザーキャノンとアレフの斬撃が直撃する。

それでもまだ分厚いPAを保っていたのは驚きだったが、しかし大ダメージだったようだ。

脚が切り落とされコアの三分の一が欠けて火を噴いている。最早戦えるようには見えないが、この不気味な敵を生かして帰すわけにいかない。

 

『ああ、違うの。まだ、まだ戦えるから、お願い、ダメ…いやっ、いやっ』

 

「……?」

アサルトアーマーか?と思ったがやけにタメが長い。考えている間にもぎゅんぎゅんとコアに緑の光が集まっていく。

 

『離れろウィン・D・ファンション!!』

 

「!!」

スピーカーがぶっ壊れるのではないかと思う程の大声に反射的にカリオンから離れていく。

既にアレフは尻尾を巻く様に遠くまで離れていた。

 

収縮していた緑の光が一気に解き放たれ周囲の空気を含む全てを巻き込んだ。

 

『くっ!!』

 

「なんてことを……」

大規模なコジマ爆発を起こし周囲の地面とアルテリアを大幅に削ってカリオンは塵も残さずに消滅した。

 

 

 

 

『あの女はAMS適性という壁を超えた唯一の存在と呼ばれていた。聞こえはいいけど、その真相はネクストとの完全なる融合よ。コアから出ることも出来ず、手足も切り落とされて頭と胴体だけになっている。あれはもう人間じゃない。ネクストの動力源となってしまっているのよ……。私はそれを知ってしまって……それで……』

レイラの通信を聞きながらあちこちからスパークを迸らせているアレフと並んで飛ぶ。

ガロアは何も言ってこない。あの化け物との戦いについてあちらはあちらで何かを考えているのだろうか。

 

「……信じられん。何か思いだしたか? 他には」

 

『何も…もっと大事なことが…あったんだけど思いだせ、ない……ごめんね……あいつに…やられたことしか…』

 

「そう、か」

せめて自分の事くらいは思いだしてもいいではないか。神は相変わらず残酷だった。

ウィンはレイラと呼ぶその女性が本当は誰で何なのかを知っているが、その過去にどんなトラウマを抱えているかを知らないからあえて今日までほじくり返すような真似はしなかった。

そして案の定、レイラは過去に企業の闇に飲まれていたのだった。

 

『おい、ウィン・D』

 

「なんだ? そちらは無事なのか?」

ガロアからぶっきらぼうな通信が入ってくる。戦場なのだから仕方が無いし、命も救われたのも認めねばならないが、それでも年上への言葉遣いがなっていないと思う。

それも育ちを考えれば仕方のない事だが。

 

『無事に見えんのか?……しばらく出撃できねえよ、クソ』

 

「なら暫く休めばいいだろう。さっきは助かった。感謝している。それで、何の用だ」

 

『いや、用ってほどじゃねえけど……こそこそ嗅ぎまわっているあんたなら何か思うところあるかもと思ってな』

 

「……」

こそこそ嗅ぎまわっていると来た。

その通りなのだが、言い方というものがあるだろう。

 

『ありゃあ……ガキの声だった。セレンは40、50代のはずだと言っていたのに』

そう、そこはウィンも気になっていたところだった。声が若いとかそういうレベルでは無い。

女性にもあるはずの変声期を迎えてすらいない、幼い少女のような声だったのだ。

 

「……。分からん。一応、情報を集められるだけ集めておこう」

 

『そうしてくれ』

 

不気味な敵を排除することには成功したものの作戦で言えば失敗。

ラインアークは貴重なエネルギー供給源であるアルテリアの一つを失った。

既に衛星軌道掃射砲へのエネルギーは確保できているが、それでもそれは苦しい敗北であった。




ちなみにオッツダルヴァの見た目がカラードの時と違うのは簡単、カツラとルパンが使う様な変装マスクを使っていたからです。
ちなみに通気性が最悪だったのでそのまま出歩くのをなるべく避けたくてずっと部屋に引きこもっていました。

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