魔法少女リリカルなのは ~響き渡るは紅の音色~ 作:Granteed
いくつものすれ違いがあった。
「渡さんが……キバ!?」
「そんな……深央さんが……兄さんも……」
「渡……お前がまさか……」
いくつもの思いがあった。
「僕が……キングになる」
「ふざけるな、渡!キングは俺だ!!」
いくつもの涙が流れた。
「何でや!何でや、渡!!」
「僕はもう……生きていちゃいけないんです」
「止めろ、渡君!!」
しかし、それだけではなかった。
「共に行くぞ、渡!」
「うん、兄さん!!」
いくつもの絆が生まれた。
「君はファンガイアなどではない。人間だ!」
「愚かだった俺を許してくれ、渡……」
「あなたは私と音也の子よ。胸を張って、生きていいの……」
そして物語は収束していく。
「僕は生きてみたいんだ。人間とか、ファンガイアとかじゃなくて。僕は、僕として」
「これで終わりだ!!」
「兄さん……ありがとう……」
数々の音楽があった。それらは互いに混ざり合い、音を奏で、再び新しい音楽を紡いでいく。ある人は言った、人の数だけ音楽があると。それらにはひとつとして同じ音は存在しない。一人一人の音が違うように、運命も違う。多くの運命が絡み合う糸の様に交差する時、物語は収束していく。この物語は運命の収束後に起こった、新たな音楽の一ページ……
「おぎゃ~、おぎゃ~!!」
「ごめん、今行くから!!」
木造の家に、幼子の鳴き声が響く。音を立てて開いたドアから入ってきたのはまだあどけなさの残る女性だった。その女性に続く様に立て続けに長身の茶髪の男性が入ってくる。その容姿は男性というよりも青年と言う方がしっくりくる。
「お~よしよし。ごめんね、一人にして」
ベビーベッドから抱き上げた赤子の鳴き声は収まる気配が無く、女性はあやし続ける。彼女の左手の薬指には綺麗な指輪が輝いている。
「静香!みんな来たよ!!」
「ごめん渡!今手が離せないから、渡が皆の相手して!!」
「分かったよ──うわっ!?」
再び外に出ようとした青年だったが、逆にドアに吹き飛ばされてしまった。頭をさすりながら顔を上げると、にこやかな笑顔を浮かべた男が渡を見下ろしている。
「何やっとるんや、渡?」
「健吾さんのせいですよ……」
「それはすまんかった、堪忍な!!」
豪快な笑い声をあげる男の後ろから、続々と人が入ってくる。
「久しぶりだな、渡君。前にあったのは、君の結婚式の時か?」
「名護さん。お久しぶりです!嶋さんも、お体は大丈夫ですか?」
「気にしないでくれ。まだまだ現役だ。といってもファンガイアとの戦いも年々減少傾向にあるがな」
「それにこれからは人間とファンガイアの間の戦いは更に減るだろう。先日やっと、俺の会社で擬似ライフエナジーが完成したからな」
「アンタ達、そんな事よりも話す事があるでしょう?何のために渡君の家に来たと思ってるのよ!」
「皆さん、お久しぶりです!!」
起き上がりながら嬉しそうな声をあげる青年。少々手狭になった部屋の中で思い思いの声をあげる一方、青年の頭の上にコウモリの様な生物が近寄ってきた。
「お前は何年経っても渡のままだな。まっ、それがお前の良い所だけどな!」
近くの椅子に座る青年の前に、騒いでいる集団から抜け出してきた男が座った。
「兄さん、久しぶり。会社の方はどう?」
「ああ、問題無い。さっきも言った通り、擬似ライフエナジーの製造が始まった所だ。早ければ今月中にでも、全国に行き渡るだろう」
「お前も変わらねえな。少しは柔らかくなれってんだ!」
「久しぶりだな、キバット。渡はどうだ?」
「どうもこうも変わらねえよ。いつもの通り、バイオリン作りに没頭してやがる。そう言えば、この間変な男が来たな。何でも渡の腕を買って、コンサートを開いて欲しいとかなんとか」
「もういいよ、キバット。あの子が生まれたのにそんな事してる暇ないし」
その時、再びドアが開いて新たな闖入者が入ってきた。一人はタキシード、一人は燕尾服、そしてもう一人は少年の姿にも関わらず、セーラー服を着ている。
「渡……来た、ぞ……」
「ねえねえ、その子が君の息子さん?可愛いなぁ~」
「やっと身を固めたか。まあ、時を重ねて育む愛情も悪くはない。あいつとは正反対だがな」
「皆さん、来てくれてありがとうございます!!」
「気にするな。俺たちの主人の子が生まれたんだ。祝福するのは当然だろう」
とうとう狭苦しくなった部屋。青年達は職場を抜け出して下のリビングへと降りていった。椅子に座って一息付きながら会話を始める。
「本当に久しぶりです、名護さん。世界はどうでしたか?」
「ああ、とても面白い。今までどれだけ自分が狭い価値観でしか物事を見ていなかったか思い知らされるが、同時に新しい物の見方が出来る様になってきた」
「もう戦いはしていないんですよね?」
「ファンガイアとの和平の一歩目として、イクサシステムは凍結が決まったからな。その代わりに、お前達が自分で自分の事を何とかするんだろう?」
名護と呼ばれた男が隣にいるジーパンにワイシャツというラフな格好をした青年に語りかける。その顔立ちはどことなく渡に似ていた。
「ああ、任せてくれ。キングとして、それ以前に平和を望む一人のファンガイアとして、立派に使命を果たしてみせるさ」
「兄さんも大丈夫?前にも言ったけど、僕も手伝ったほうが──」
「大丈夫だ。もうお前がキバとして戦う理由はどこにもない。これからは今まで戦いに使っていた時間を、家族と一緒に過ごす時間にするといい」
「渡君!ちょっといいかしらー!?」
三人が見上げてみれば、勝気な笑顔を浮かべた女性が部屋の縁から体を覗かせて手を振っていた。呼ばれた青年は二人を残して階段を登る。到着した途端、部屋中にいた全員に詰め寄られた。
「ななな、何ですか?」
「そう言えば聞いてないのよ、この子の名前!静香ちゃんはミルク取りに行っちゃったし、渡君教えて!!」
ずいと差し出された手に抱かれていたのは、すやすやと寝息を立てる赤ん坊だった。女性の勢いに面食らっていた青年だったが聞かれたのが嬉しいのか、赤ん坊を女性から受け取りながら穏やかな笑みを浮かべる。
「ちなみに、名前の由来とかあったら一緒にお願いね。この子が結婚する時に、ビデオで流そうと思うから。健吾君、準備いい?」
「バッチリです。しっかりと答えてくれや、渡!」
女性の後ろを見てみればビデオカメラをこちらに構えた男性がスタンバイしている。数年前の情景を思いだし、懐かしい掛け合いにくすりと笑いながら青年は訥々と言葉を紡いだ。
「……たった一つの音楽を、響かせて欲しいんです。僕が父さんから受け継いだ音楽を、今度は僕がこの子に渡してあげたい。でも、この子が奏でるのは僕の音楽じゃなくて、この子自身の音楽なんです。僕が父さんから渡してもらった音楽を、今度は僕がこの子に渡して、この子自身の音楽にして響かせて欲しい。少し欲を言えば将来この子に大切な人が出来た時、その人の音楽も守れるようになって欲しいですけどね」
「それで渡君、この子の名前は?」
壮年の男性が詰め寄ってくる。傍らにいた女性が男性を押しとどめてくれたが、その目は“早く続きを”と青年に語りかけていた。懐に抱かれている我が子を優しく抱きしめながら、名前を呼ぶ。
「……響也。この子の名前は、紅 響也です」
父に抱かれたままの赤子は、すやすやと眠っている。これが十数年後、“紅の王”と呼ばれる事になる世界でただ一人の男の、誕生の瞬間であった。