魔法少女リリカルなのは ~響き渡るは紅の音色~   作:Granteed

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展開を考えるより、会話の筋道を考えるより、言葉を選ぶより、書き出しを考える事が一番難しいという不思議。


第十二話 ~未熟な決意・ピアニッシモ~

「それじゃあ皆、今日も気を付けて帰って下さいね!」

 

「「「は~い!」」」

 

聖祥大学付属小学校の中にある教室でいつもと変わらない日常が流れている。何も知らない少年少女達が教壇で帰りのあいさつを述べている教師に元気な返事を返していた。クラスの中にいるほぼ全員が教室の外へと流れていく中、二つの人影がその流れに逆らって教室の後ろ側に移動する。

 

「二人とも、今日の午後は空いてる?」

 

「今日は私の家で遊びましょ。響也にバイオリンも教わりたいし」

 

すずかとアリサが言葉を投げかけるのはそれぞれ少年と少女が座っている二つの席だ。二つの席の内、片方は既に鞄に勉強道具を詰め終えて席を立ちかけている。

 

「うん、私は大丈夫だよ」

 

「響也、アンタはどうなの……って何よ、寝てるじゃない」

 

なのはの席の隣では響也がすやすやと眠っていた。組んだ腕の間に頭を落ち着かせて、周囲の声にも微動だにしない。

 

「帰りの会が始まるちょっと前から、ずっとこうなの。揺すっても、耳元で喋っても、くすぐっても、全然起きないんだ」

 

「でももう帰らなきゃ。こんな所でずっと寝てたら、響也君風邪引いちゃうよ」

 

「全く、しょうがないわね……」

 

ため息をついたアリサは響也の体を押しのけて机の中から勉強道具を取り出すと、脇に掛けてあった鞄にそれを詰めていく。全ての勉強道具を詰め終えると、今度は自分の鞄をなのはの机に置いてその中を漁り始めた。

 

「な、何するの?」

 

「押してダメなら、引いてみればいいのよ」

 

アリサは自分の鞄の中から音楽プレーヤーを取り出すと、ポケットの中からイヤホンを取り出してプレーヤーに繋いだ後、それを響也の右耳に嵌め込む。手元でプレーヤーを操作すると、アリサは空いている方の耳に口を近づけて囁いた。

 

「響也、この音楽のダメなとこ言ってみなさい」

 

「ZZZ……低い音出し、切れて……」

 

「ね、寝言なのかな?」

 

「それじゃあ練習しないとね。ほら、起きなさ~い」

 

まるで母親が子供に語りかけるような甘い口調でアリサが囁くと、響也が動いた。もぞもぞと頭を何度か動かした後、組んでいた腕を解いて体を起こした後大きく伸びをする。目元を擦りながら無事目覚めた響也を見て、アリサが満足げな笑みを浮かべた。

 

「よし」

 

「……あれ、皆どうしたの?」

 

「響也君、もう帰る時間だよ。はいこれ、響也君の」

 

すずかが響也の鞄を取り上げて差し出す。欠伸をしながら鞄を受け取った響也はまだ少し眠っている頭を振りながら席から立った。

 

「ほら、一緒に帰ろ?」

 

 

なのはが響也の手を取ると先を歩いて教室から出る。響也はなのはに手を引かれるまま、廊下を歩く。すずかとアリサもその両側について人の波を掻き分けていく。

 

「響也、アンタ今日暇?」

 

「うん」

 

「じゃあ私の家で遊ばない?ついでにバイオリンも教えて頂戴」

 

「うん。あ、今日は僕のバイオリンも持っていくよ。だから一度家に帰っていいかな?」

 

「あ、じゃあ私達も一緒に行っていい?また響也君のあのお部屋に入ってみたいし」

 

会話しながら校庭を横切って道路へと繋がる門へと向かう。四人が揃って門を抜けて一歩踏み出した瞬間、四人に声がかかった。

 

「きょう……や」

 

その声に引かれて四人が同時に振り向く。数メートル先に立っていたのは、燕尾服を身に包んだ屈強な男だった。黒い髪をオールバックで固め、大きな手で目に見えない何かを掴む様に手を広げては閉じて、広げては閉じてを繰り返している。平日の昼下がり、小学生が下校中の風景に、欠片も似合わない男の登場になのは達は少なからず驚いていた。

 

「リキ」

 

しかし、ただ一人響也だけは違う反応を見せた。朗らかに目の前の男の名前を呼ぶと、一人だけ一歩前に出る。

 

「いつもは出てこないのに。どうかしたの?」

 

「後ろにいるの……だれ」

 

リキはぎょろりと目を回して、響也の背後にいるなのは達をねめつける様に見回す。どう見ても一般人には見えない風貌と自分達に向けられる視線に怯えるなのは達。響也はリキとなのは達の間で板挟みになりながら、リキと呼んだ男を手で宥めた。

 

「この子は僕の友達だよ。大丈夫」

 

「とも、だち……」

 

「うん、友達。それよりどうしたの?」

 

「たいが、呼んでる。響也の事……迎えに行け、って」

 

たどたどしい言葉づかいで、やっとリキが自分の目的を述べる。この言葉でリキが自分の前にいる事情を理解した響也は、彼に背を向けてなのは達と正対した。彼女らの視線は響也とリキの間で交互に行き来している。

 

「きょ、響也君。この人、誰?」

 

「僕の知り合いだよ。それでなんだけど僕、皆と一緒に行けなくなっちゃった。本当にごめんね?」

 

「ほ、ホントに知り合いなの?」

 

響也は揺れるアリサの言にこくこくと何度も頷いて、自分の言葉の代わりにした。いつまでも固まっているなのは達の傍から離れ、リキの隣に立つ。

 

「そ、それじゃあ皆。また明日ね!」

 

別れの言葉を口にすると、三人に背を向けてリキと共に歩み出す。歩く内に自分に向けられる視線に気づいて顔を上げると、リキが自分を見下ろしていた。

 

「……ごめん、なさい」

 

「ど、どうしたの、リキ?」

 

「おれ……出ない方が良かった。響也のともだち、驚いてた」

 

自分の横を歩く者の姿を見つめる。確かに普通の人間にとって、彼の姿は見慣れた物とは言えない。2m近い大男が燕尾服を着てまだ幼い少年と共に街を歩く。見ようによってはいけない事とも取れる光景だ。現に道行く人々はリキの姿を見た途端、わざわざ振り返って彼の姿を二度見している。

 

「別に、僕は気にしないよ?」

 

しかし、響也にとっては周囲の視線など意に介す程の物でもない。叔父の職業の関係で人の視線には慣れているし、自分と無関係の人間の評価など、響也の気にする事では無いからだ。何より、彼の本当の姿を知っている。響也にとってはそれだけで十分だった。

 

「ほ、ほんとう……か?」

 

「うん、だってリキは優しいから。それに高町さん達だって、初めてリキを見て驚いてただけだよ。僕は気にしないから、リキも気にしないで」

 

「……」

 

「それよりも早く行こうよ。叔父さんが呼んでるんでしょ?」

 

「そう……たいがが、呼んでる」

 

リキはしゃがみ込んで右手を響也の腰に回すと、右腕一本で響也を持ち上げた。そして響也が声を上げる間もなく、そのまま響也を空へと投げ飛ばす。通行人が目を丸くする中、落ちてきた響也を頭上で受け止めたリキは自分の肩に響也を座らせた。

 

「ちょ、ちょっとリキ!!」

 

「どう……した?」

 

「い、いきなりやらないでよ!せめて何か言って!!」

 

「むぅ……ご、めん」

 

リキが響也を肩車したまま、頭を下げようとする。落ちないようにとリキの上でバランスを取りながら、響也がぺしぺしとリキの頭を連続で叩く。

 

「リ、リキ!落ちちゃう落ちちゃう!!」

 

「あぅ……」

 

「ほ、ほら、早く行こうよ!」

 

「分、かった」

 

響也を乗せたリキが足を速める。地面に革靴が触れる度に、ツカツカと高い音が木霊する。数分歩いた後、路地を一本過ぎた所で響也がリキの髪を引っ張った。

 

「リキ!あっちだよ!!」

 

「まちが、えた」

 

響也が髪を引っ張る方向に、リキが足を向ける。それを何度か繰り返すと程なくして二人は一軒のカフェの前に立っていた。

 

「ついた」

 

「送ってくれてありがとう、リキ」

 

「気に……するな」

 

リキから降りた響也が目の前の建物を眺める。白を基調とした外壁が目立つその建物は、響也にとっては父と来た思い出の場所でもある。入口の上に取り付けられている看板には緑色の文字で“mald’amour”と書かれていた。入口に下がっている“closed”という札を無視してドアを押す。

 

「こ、こんにちは~……」

 

中にあったもう一つの扉を開けると、そこには数多くのテーブルと椅子が並んでいた。どう見ても喫茶店としか形容できない空間に、数名の男達がたむろしている。全てが響也の見知った相手であり、心置きなく会話できる数少ない者だった。

 

「あ~ら響也君、いらっしゃい」

 

「こ、こんにちはマスター」

 

最初に響也に声をかけたのはカウンターの奥にいた中年の男だった。黒い縁のメガネと年齢に合わないアロハシャツが印象的な男は響也にカウンターに座る様に促すと、コップに注がれた水を差し出す。

 

「何飲む?」

 

「あ、じゃあオレンジジュース……」

 

響也と共に店へと入ったリキも、カウンターとは反対側に位置するテーブル席へと腰かけた。そこには既に次狼とラモンが座ってコーヒーを飲んでいる。響也は目の前に差し出されたオレンジジュースを一口飲むと、自分の隣に座っている叔父を見た。

 

「響也。私はお前の叔父としてではなく、ファンガイアのキングとして今ここにいる。まずはその事を言っておきたい」

 

「……うん」

 

その言葉で叔父の言いたい事を理解した響也は目を伏せて膝の上に視線を落とすと、そこに乗せられている自分の左手を見た。昨夜キバットに噛まれたはずの左の人差し指は、傷一つ無い綺麗な物だった。

 

「事の顛末はキバットから聞いている。加えて、昨夜出動した警察からも情報が来ている。よって、昨日の事は全て知っているつもりだ。その上で一つだけ、お前に尋ねたい」

 

一旦言葉を切った太牙は目の前に置かれていたコーヒーを手に取ると、口に当てて傾ける。喉を潤してから再び隣に目を向けると、浮かんでいたのは響也が見慣れた叔父の顔ではなかった。

 

「響也。お前は、キバとなる覚悟はあるか?」

 

「……分からない、分からないよ。キバットにも言ったけど、キバになるとか、戦うための覚悟とか、全然分からない」

 

「……」

 

「でも、助けたいんだ。きっとまた高町さんが襲われたら、僕はキバになって助けに行く。守られるだけじゃなくって、僕も誰かを守りたいんだ。次狼さん達や叔父さんや名護さん……お父さんみたいに」

 

「……本能か、運命か。どちらだろうな」

 

響也と太牙の背後で何かが倒れる様な大きな音が響く。二人が揃って振り返ると、息を荒げている次狼がそこにいた。ラモンが次狼の腕を引いてしきりに座るよう促すが、取り合う様子を全く見せない。リキは両腕を組んで目を瞑ったまま、まるで寝ているかのように微動だにしない。

 

「響也……お前、本気なのか?」

 

「次狼さん……」

 

「本気なのかと聞いている!!」

 

次狼はずかずかと響也に歩み寄ると、強く響也の両肩を掴んだ。バシンと音が鳴るほど強く肩を掴まれた響也は首を竦めて次狼を弱々しく見つめた。隣の太牙も手を伸ばして次狼を止めるが、次狼の目には響也しか映っていなかった。

 

「おい次狼、やめろ」

 

「何故だ、何故お前が戦わなければならない!!」

 

「じ、次狼さん?」

 

「戦いは俺達に任せればいいんだ!何もお前が自分から首を突っ込む事は無い!!」

 

響也の肩を前後に揺すりながら、次狼が機関銃の様に言葉をぶつけ続ける。次狼を諌めようとしていた太牙も、途中から手を離してその言葉に耳を傾けていた。マスターは我関せずとばかりに、カウンターの向こう側でポットに入ったコーヒーの様子を見ている。

 

「戦わなくていいんだ!お前は俺達とは違う、日の当たる道を行けばいい!!お前は何も気にしないで──」

 

「次狼さん達に、守られたまま?」

 

「な、に……?」

 

響也に言葉を遮られて、次狼の口が止まった。響也の肩から力なく落ちる次狼の手を、響也が受け止める。

 

「僕知ってるよ。学校とか行ってる間、次狼さんやラモンさんやリキが僕を守ってくれてるの」

 

「お前、どうして……」

 

「お父さん達が外国に行ってからずっとだよね。一年以上、毎日毎日。でも、いつまでも守られてばかりじゃ、ダメだと思うんだ」

 

「……」

 

「それに、僕の友達の事なんだから、僕がやらなくちゃ。次狼さん達にばかり頼ってちゃ、ダメだと思うから」

 

次狼の体が左右に揺れて、崩れ落ちる。地面に着くより先に、リキとラモンが手近な椅子で次狼の体を受け止める。横で話を聞いていた太牙が小さく息を吐くと、響也に向き直った。

 

「それが……お前の心なんだな」

 

「うん」

 

「ねえ太牙。響也はこう言ってるけど、本当にいいの?」

 

「良いも悪いも無い。そもそもキバになる決定権を俺は持っていない。それに俺の考えはもう決まっていた。聞きたかったのは、響也自身の言葉だからな」

 

「……響也。一つ、俺と約束しろ」

 

椅子に座った次狼が両手を伸ばして、響也を自分に振り向かせる。

 

「お前の力だけでどうにもならない事があったら、遠慮無く俺達を頼れ」

 

「次狼さん……」

 

「頼る事はいけない事じゃない。お前がキバになるというのなら、俺達はお前を全力で支える」

 

「そうそう。今はこんな姿だけど、僕たちだってちゃんと戦えるんだよ?」

 

「おれ、ちから……つよい」

 

自分の特徴をアピールしているしているのか、リキが力瘤を作ってポーズを取っている。ラモンはいつもの笑顔を浮かべながら、響也の手を握った。次狼も一瞬だけ瞳の色を変えた後、響也の体から手を離す。

 

「ほら次狼ちゃん。これ飲んで落ち着いたら?」

 

音も無く次狼の前にコーヒーが差し出される。マスターは面々にコーヒーを配り終えると、最後に自分のカップを取り上げた。

 

「僕さ、次狼ちゃん達の言ってる事には力になれないけど、こういう事なら出来るから」

 

「……すまんな、マスター」

 

「気にしない、気にしない。僕と次狼ちゃんの仲じゃない」

 

ふと、店の中に犬の鳴き声が小さく響いた。響也がその音の出所に目を向けてみると、小さな犬小屋から丁度犬が出てくると事だった。犬小屋から抜け出たラブラドール・レトリバーの子犬はきょろきょろと店内を見回して響也を見つけた瞬間、一目散に駆け出す。

 

「モカ!」

 

響也は椅子から降りて、モカと呼ばれた子犬を抱き上げた。子犬は必至に首を伸ばして響也の頬を舐めようと暴れる。

 

「ちょ、ちょっとモカ!落ち着いて!!」

 

「あ、そうだ響也君。ちょっとお願いなんだけど、散歩連れてってあげてくれない?」

 

「分かりました。ほら、行くよモカ!」

 

出口付近にかけてあった犬用のリードを取ると、自分の足元で尻尾を振っているモカの首輪に取り付ける。

 

「ホントありがとうね。帰ってきたらオムライス作ってあげるから」

 

「うん、行ってきます!」

 

店のマスコット犬の鳴き声と、出口に下がっている鈴の音と、元気の良い声が同時に響く。あっという間に店の外へと駆け出していく響也とモカ。一人と一匹を見送った一同は、揃ってコーヒーを飲み干した。

 

「さて、やる事が山積みだな」

 

「ああ。正体不明の敵に関しての情報収集、警備体制の強化、響也自身の護衛……そう言えば次狼、先程響也は護衛の事を知っていたと話していたが、気づかれていたのか?」

 

太牙が次狼に問いかける。響也の父である渡が外国へと移ってから約一年近く、次狼達と太牙で響也を守り続けてきた。響也の護衛もその一環である。次狼とラモン、リキの三人で響也を守ること。それは響也に秘密にして行っていた。計画通りならば、響也はその事を知らないはずである。

 

「確かに響也の力の事を考えればバレてもおかしくはないのだが、妙に気になってな。何か心当たりがあったら教えて欲しい」

 

「あーそれは、ねぇ……」

 

ラモンがカウンターにカップを置くと、半眼で次狼を見つめる。それに釣られてリキと太牙、マスターの視線が次狼に集中した。

 

「な、何だその目は?」

 

「いやだって、バレてもおかしくはないでしょ」

 

「何だラモン。何か知っているのか?」

 

「そこにいる狼さんに直接聞いたらどうかな」

 

「……し、知らん。俺は何も知らんぞ。マスター、もう一杯くれ」

 

カップを置いたソーサーをカウンターの向こう側にいるマスターに手渡そうとする次狼だったが、その手は太牙によって止められた。次狼の手首を掴んで動きを止め、“早く話せ”とでもいう様に無言の圧力をかけ続ける。

 

「……に、2、3回響也の前に出ただけだ」

 

「ダウト~」

 

次狼の言葉を否定したラモンはコーヒーを一口含むと、笑いながら事の真相を語った。

 

「転んだり、少し道に迷ったり。響也が困ったりするとすぐさま自分の役目を放り出して飛び出す過保護な狼さんはどこの誰だろうね?」

 

「おい、次狼」

 

「ど、どうでもいいだろう。マスター」

 

「はいはい」

 

マスターに自分のカップを渡す次狼の隣で、太牙が一つため息を吐いた。喉を潤す為に少しだけ黒色の液体を口に含むと味と香りを楽しみながら飲み込む。喫茶店の壁際に置かれている犬小屋の上に並んだ皿の数々に視線をやる。実に30枚以上、年号と思しき4桁の数字が刻まれた皿の一つ一つを眺めながらぽつりと呟いた。

 

「……新たなキバが動き出す、か」

 

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