魔法少女リリカルなのは ~響き渡るは紅の音色~ 作:Granteed
「いいか響也?最初の日ってのはな、勢いが肝心なんだぞ。元気よく行け!」
「もういいよキバット。初めて行く学校じゃないんだし、知り合いもいるんだから」
「いいや!俺に言わせればまだまだ足りない。お前といい渡といい、少しは俺を見習って社交性と言うものをだな──」
頭の上から降りかかるキバットのありがたくない言葉が、響也の耳を圧迫していく。過保護な保護者の存在に、響也は何度目か分からないため息を漏らした。
「ほら、そろそろ学校だから家に戻ってよ。僕はもう大丈夫だから」
「ん?もうそんなに歩いたのか。じゃあな響也!」
パタパタと羽を動かしながら、キバットが頭から離れて空の彼方へと飛び去っていく。響也は鞄を背負い直しながら、歩み続けた。
(新学期かぁ……)
もう自分も三年生になったのだ、と自覚をしながら交差点の曲がり角を曲がる。響也の視線の先には、大きな白い建物がそびえ立っていた。
(友達、出来るかな?)
自分と同じくらいの少年少女の波に紛れて、響也は一人考えを巡らせる。季節は春、私立聖祥大学付属小学校は新学期を迎えていた。
「はーい皆さん。これから一年仲良くして下さいね!」
「「「はーい!!」」」
3年1組の教室に、子供たちの元気な声が木霊する。しかし周囲の様子に反して、窓際の席で一人机に突っ伏している少年がいた。
(皆、他のクラスになっちゃった……)
響也は暗鬱とした気分で呪詛を吐き続ける。少しばかり良かった気分は、クラス替えの為に張り出された紙を見た瞬間、どこかに飛び去ってしまった。
(まさか、一人もいないなんて……)
二年生の時に仲の良かった友人達は、全員他のクラスだった。入学当時に頑張って知り合った友人達だったので、離れ離れになるのは少しどころかとても寂しかった。キバットの言った通り、自分には社交性が殆ど無いのは自覚しているし、今から新たな友達を作れと言われてもどうしていいのか分からない。
「それでは今日はこれで終わりです。皆さん、さようなら!」
「起立、礼!」
再び教室に響くのは、子供たちの元気の良い別れの言葉だった。のろのろと頭を上げてみれば、周囲の男女は何人かのグループに固まって帰ろうとしている。
(……もう帰ろう)
机の中の教科書やら、ノートやらを引っ張り出して無造作に鞄の中へと詰め込む。その時、窓から何かを叩くような乾いた音が響いた。
(?……うわっ!?)
響也が窓の外に目を向けてみると、そこには信じられない物が映っていた。思わず席から立ち上がって、窓を勢い良く開ける。爽やかさを含む春の風を頬に感じなが、響也は小声で目の前の存在に言葉をぶつけた。
「な、何やってるのキバット!?」
「いよう。待ってるもの暇だったからな、響也の様子を見に来たんだよ」
窓の外を飛んでいるのは、つい数時間前に別れたはずのキバットだった。まるでそれが当然かのように、響也の前で羽を動かしているが、響也としてはたまった物ではない。
「何やってるの、誰かに見られちゃうよ!?」
「そんなヘマはしねえよ。それよりも──もがっ!?」
先程の脱力した様子から考えられない程のスピードで右手を伸ばした響也は、そのまま目の前にいるキバットを鷲掴みにする。響也の拘束から抜け出そうと羽を必死で動かすキバットだったが、それより早く響也がキバットを掴んだ右手を振りかぶった。
「お、おい響也!ちょっと待──」
「先に、家に、戻ってて!!」
鋭い拒絶の声と共に、右手を思いきり振り切る。その結果春の青空に響き渡ったのは、響也の手によって吹き飛ばされたキバットの悲鳴だった。
「ふぅ……あれ?」
窓枠に手をついて一息入れていると、背中に違和感を感じた。ふと後ろを振り向くと、自分に向けられていたのは教室内の生徒達の奇異の視線だった。
「あ、あはは……ちょっと虫がいて……」
しどろもどろな言い訳を口にしながら、窓をピシャリと閉めると、中身を確認もせずに鞄を取り上げて教室の出口へと足早に向かう。無事廊下に出て昇降口までたどり着くと、やっとそこで一息入れた。
(キバットのせいで、滅茶苦茶だよ……)
上履きから靴へと履き替えながら、本日何度目か分からないため息を吐く。昇降口を出て校門へと向かう途中で、唐突に思いつく。
(……あれでも読んで、落ち着こう)
もはや自分のバイブルとでも言うべき物を自分の鞄から取り出そうとする。しかし、その手は目的の物を掴む事は出来なかった。
(……あれ?)
鞄を逆さまにして、中身を全て固い土気色の地面へとぶちまける。しかし鞄からこぼれ落ちてくるのは筆箱や教科書といった勉強道具ばかりであった。
(な、無い、無い、無いっ!?)
「あ、あのー……」
それは響也がしゃがみ込んで地面に落ちた持ち物を確認しようとしたときだった。唐突に声を掛けられたら言葉を自覚した響也は、しゃがみ込んだまま、顔を上げる。
「これ、あなたの?」
響也を見下ろしているのは、栗毛色の髪の少女だった。彼女は何やら、黄ばんでいるノートを響也に差し出している。
「あ…ああっ!!」
そのノートを見た響也の行動は素早かった。バネ仕掛けの人形の如く立ち上がった響也は、目の前の少女の手からノートをひったくった。
「きゃっ!?」
「……」
少女は余りの勢いに悲鳴をあげて二、三歩後ろに後ずさった。響也は少女に構わず、ノートを捲って中身を食い入る様に見つめている。
「ちょっとなのは、大丈夫!?」
その時、響也となのはの間に割り込む様に新たな二人の少女が場に入ってきた。それぞれ肩を支える様になのはの両側に駆け寄る。対して響也はいきなりの闖入者にを意にも介さず、ひたすらノートを貪る様に見入っていた。
「ちょっとアンタ、何すんのよ!」
「……」
「ねえ!聞いてるの!?」
「……」
「ちょっとアンタ!」
怒声を上げていた少女はとうとう耐えきれなくなったのか、響也の肩を掴んで揺さぶる。響也はそこで初めて少女達に気づいたらしく、目の前の光景を見て目を白黒させた。
「え……だ、誰?」
「それはこっちの台詞よ!アンタこそ何なのよ!」
「……あ、ご、ごめん!」
ノートを脇に抱えたまま、目の前にいる少女を押し退けると、地面に座り込んでいたなのはに駆け寄る響也。なのはの片手を取って、立ち上がらせた。
「なのはちゃん、怪我してない?」
「うん、大丈夫だよ」
「ほ、本当にごめんなさい!」
ノートを脇に抱えたまま、三人の目の前で綺麗に頭を下げる響也。先程まで響也に対して息巻いていた少女も、響也の謝る姿を見て気が抜けてしまったようだった。
「全く、アンタももう少し気を付けなさい。今回はなのはが怪我しなかったから良かったけど」
「う、うん……」
「あなた、一組の子だよね?」
立ち上がった少女がおもむろに響也に問いかける。質問の意味が分からない響也は、只々返事を返す事しかできなかった。
「う、うん。そうだけど?」
「私も一組なの、名前は高町 なのは。これから一年間、よろしくね!」
「あ……うん」
「私は月村 すずかっていうの。あなたのお名前は?」
「あ、ぼ、僕は──」
すずかの問いかけに対して、響也が口を開けかけたその時、校門の方から子供たちとは違う、成熟した声音が響也を呼んだ。
「響也」
「あ、太牙おじさん!」
校門からゆっくりと四人の方に歩いてきたのは、精悍な顔つきをした20代程の男だった。上には白いジャケットを羽織り、下半身は黒いズボンで覆われている。そして何より特徴的なのは外見の年齢に似つかわしくない全身から放たれる雰囲気と、黒い革手袋で覆われている左手だった。
「どうしたんだ?急がないと、渡達との約束の時間に遅れるぞ」
「ごめんなさい。ちょっと話してて」
返答をしながら響也は太牙の方へと歩み始める。しかし途中で立ち止まると、再びなのは達の方へと振り向いた。
「あ、あの!」
「なに?」
「本当に……本当にありがとう。さよなら!」
「うん、また明日ね!」
響也の礼と去り際の返事に対して、満面の笑みで返事を返すなのは。響也は脇に抱えていたノートを抱えなおすと、校門目掛けて走り出した。
「こら響也、走ると危ないぞ」
後ろから太牙の声が聞こえてくるが、これから始まる事への期待が高まりきっている響也にはそんな言葉は意味を成さなかった。そのまま校門から公道へと出ると、黒塗りの高級車の前で足を止める。響也が車の前で止まるのと同時に運転席から出てきたのは、パリっとしたスーツを着こなした壮年の男だった。
「さあどうぞ」
男は後部座席を開けると響也に乗るよう手で指し示す。躊躇いも無く響也は革張りの後部座席へと乗り込んだ。
「王子、久しぶりの学校はどうでしたか?」
「だ、だから王子はやめてください」
「ですが我らのキングが身を固める気がない以上、キングに一番近い血筋の子供はあなたのみです」
「で、でも……」
「そこまでにしろ。余り響也を虐めてやるな」
追いついてきた太牙は響也の隣に乗り込む。バタンとドアが閉まると同時に、エンジンが唸りを上げた。
「いつもの通り、家に行ってくれ」
「心得ております」
サイドブレーキが解除され、ゆっくりと車が発進する。流れる窓の外の景色を見ながら、太牙はにこやかに隣の響也へと話しかけた。
「どうだった、久しぶりの学校は?」
「あんまり楽しく無かった。友達は皆別のクラスになっちゃったし」
「ははは、中々ストレートに言うな」
「だって本当の事だから」
「去り際に話していた子供達は?友人ではないのか」
「うん。教室で落としたこれを拾ってくれた人」
響也が両腕で抱きしめる様に抱えていたノートを示す。よくよく見ればそのノートは、最初の方だけ黄ばんでおり、後ろの方は新品の様に白かった。背表紙の部分には幾重にも貼り重ねられたセロテープが見える。
「また新しくノートをくっつけたのか?」
「うん。こうすれば自分がしてきた事が分かるから、ってお父さんに教えてもらったから」
音もなくブレーキがかかり、少しばかり体が前のめりになる。赤信号で車が止まっている所で、再び運転手が声を上げた。
「ほほう、それではまた王子の新しい音楽が聴けるのですか」
「だ、だから王子はやめてくださいって何度も……」
「すみません。しかし私はあなたが王子と呼ばれるにふさわしい人物であることを知っているからこそ、この様に呼ぶのですよ。それにあなたへの敬愛の意味も込められていますので」
「それでも本人が嫌がっているんだから、言ってやるな」
「太牙おじさん……」
「せめて本人がいない所で、な」
「な、何でっ!?」
かばってくれた事への感謝が一瞬で消え失せ、行き場のない戸惑いが胸に浮かび上がってくる。思わず掌で隣にいる太牙の肩を叩いた。
「そう言ってやるな。血筋だけじゃない、お前のバイオリンの腕に惚れ込んでそう呼んでいる奴もいるんだぞ?」
「う、ううう……」
褒められて嫌な気分はしないのか、頬を赤く染めて俯く。横にいる太牙は朗らかに笑いながら言葉を続けた。
「まぁ、そう邪険に扱ってやるな。そう呼ばれるって事は、そうなるだけの理由がある。お前に限っては血筋だけじゃない。今までのお前の行動も、そう呼ばれる一つの要因だろうさ」
「……うん」
「さて、このままだと我らが王子様がしびれを切らしてお冠になってしまうからな。少し急いでくれ」
「お、おじさん!!」
「畏まりました」
三人の声を車内に響かせながら、車は花びらが舞い散る中を走っていく。季節は春、新たな音楽が始まる時期だった