魔法少女リリカルなのは ~響き渡るは紅の音色~   作:Granteed

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第三話 ~ラルゴ・団欒の時~

「到着しました、太牙様」

 

「ご苦労」

 

後部座席のドアを開けて、太牙が車の外に出る。響也も自分の荷物を手に取って、太牙の後に続いた。

 

「さて、行こうか。今頃渡が首を長くして待っている」

 

「はい!」

 

駆け足になりそうになるのを堪えながら、響也は石畳の道を歩いていく。視界の端には見事な庭園が広がり、目の前には白い邸宅が厳かに建っていた。正に“豪邸”としか称すことの出来ない場所を、響也は勝手知ったるとばかりに一人歩いていく。響也が邸宅の玄関である大きな両扉に触れようとした瞬間、扉は独りでに開かれた。

 

「お待ちしていました、響也様」

 

中からドアを開けたのは、白いメイド服に身を包んだ女性だった。左右それぞれに一人ずついて、響也に頭を下げている。

 

「お手荷物をお持ちいたします」

 

「ありがとうございます。あの、おばあちゃんは──」

 

「ここよ」

 

その声に惹かれ、響也は首を降る。二階へと繋がる階段を一歩一歩ゆっくりと降りてくるのは、黒衣に身を包んだ隻眼の女性だった。瞳には優しげな光を湛え、特徴的な白髪交じりの黒髪は流れる様に背中側で一つにまとめられている。

 

「おばあちゃん!」

 

女性を見て満面の笑顔を浮かべた響也は荷物を脇にいるメイドに預けると、急に駆け出した。その行き先は女性の懐である。響也は勢いを殺さぬまま、両手を広げた女性の胸元に飛び込んだ。

 

「あらあら、響也はいつまで経っても甘えん坊ね」

 

「おばあちゃん、元気だった?」

 

「ええ。私は何時でも元気よ」

 

「母さん。渡達は?」

 

「もういつもの部屋で待ってるわ。行きましょうか」

 

響也を地面に下ろすと、響也と手を繋いで女性と響也達は階段を上がっていく。廊下に並ぶ幾つもの扉を通り過ぎた後、太牙が先頭に立って一つのドアを開けた。

 

「さあ、入りなさい」

 

「うん」

 

部屋の中は豪奢な装飾がそこかしこに施され、大きなテーブルの前に長いソファが置かれている。加えてテーブルの上には、大型のテレビとカメラ、マイクが置かれていた。テレビの画面に映った人物を見て、響也は大急ぎでソファに座る。その後に続いて、女性と太牙も部屋へと入る。

 

「お父さん!!」

 

響也が画面に齧り付く勢いではしゃぎ出す。画面に写っているのは、一組の男女だった。男性の方は薄い茶髪を肩口の辺りで切り揃え、温和な微笑みを浮かべている。女性は男性の隣に座って、顔一杯の笑顔を浮かべている。両者とも大人というより、どことなく子供っぽい雰囲気を纏っていた。

 

『響也、元気だったかい?』

 

「うん!」

 

画面に向けて返事を返す響也の表情は先程とは打って変わって感情に満ち溢れていた。学校ではちらりとも見せなかった彼らしさは、こうして見知った人間が相手の時のみ発揮される。

 

「お久しぶりね、静香さん。そっちはどう?」

 

女性が響也の横に座りながら、画面に声をかける。静香と呼ばれた女性は姿勢を正しながら質問に答えた。

 

『は、はい!全く問題ありません、お義母さん。強いて言えば、渡が朝に弱くて毎日叩き起こすのが面倒──』

 

『ちょっと静香!それは言わない約束でしょ!?』

 

『黙らっしゃい!この間やっと30越えたってのに、何で渡は全然変わらないのよ!』

 

『い、いいだろ別に!静香だって、今だに自分から僕の世話を焼いてくるし……』

 

『そ、それはあの……そう!渡が危なっかしくて見てられないからよ!!』

 

画面の向こう側で繰り広げられる夫婦喧嘩の様な惚気話を、響也達はただ見ている事しか出来なかった。しびれを切らした響也が背中側にいる太牙を見上げて、画面を指差す。

 

「ねえ叔父さん、あれが“仲睦まじい”って事なの?」

 

「ああ、そうだ。いつまでも初心を忘れない、いい事だ」

 

『ちょっと兄さん!響也に何教えてるの!?』

 

「別にいいだろ。それよりお前達はどうだ?何か問題は無いか?」

 

『勿論です!響也も好き嫌いとかはしてないわよね?』

 

「う……それは、その……」

 

母親からの言葉で目に見えて狼狽える響也の横で、太牙がくすりと微笑を漏らしながら質問に答えた。

 

「そうだな。この間の夕食の席でアスパラガスが食べられない、と言ってリキの皿に移していたな」

 

『な、何ですってぇ!?』

 

「お、叔父さん!」

 

響也は太牙の顔を見上げながら金切り声を上げるが、一度発した言葉は取り返しがつかない。響也の横では黒髪の女性がくすくすと右手で口元を抑えて笑っていた。

 

『こら響也!好き嫌いしてちゃ、お父さんみたいな立派な大人になれないわよ!』

 

「だ、だってあれ……苦くて食べられないよ」

 

「それでは今日の夕食はここで行うとしよう。シェフに言ってアスパラガスを大量に使った料理を出してもらうとするか」

 

「ええっ!?」

 

『あ、ナイスアイデア!響也、ちゃんと全部食べきるのよ!!』

 

「うえぇ~……」

 

夕食の事を考えると、食道の奥から苦い物がこみ上げてくる。えづいているのを見かねて、太牙が響也に耳打ちした。

 

「そんな顔するな。ちゃんと他の料理も出してやるから」

 

「ほ、本当!?」

 

「ああ。今日は響也の好きな物とアスパラガスを使ったメニュー、両方を用意してやる」

 

「そ、そんな……」

 

歓喜に打ち震える響也だったが、すぐさま絶望に包まれる。太牙は喉を震わせて笑いながら、画面へと視線を向けた。

 

「さて、後は家族水いらずで楽しむといい。俺はそろそろ会社の方に戻る」

 

「私も風に当たってくるわ。渡、静香さん。また後でね」

 

『何度もありがとうございます。お義兄さん、お義母さん』

 

画面の向こう側で静香がぺこりと頭を下げる。“気にするな”とばかりに、太牙は目の前で手を振った。

 

「何度も言うようだが、気にしないでくれ。こうして俺が笑っていられるのも、渡や君のお陰なのだから」

 

「そうよ。それに私達があなた達とこうする事を望んでいるんだから、お礼なんて要らないわ」

 

それぞれ渡達に向けて言い残すと、二人揃って部屋から出ていく。残された響也は再び画面に向き直った。

 

「ねえお父さん、今日も聴いてくれる?」

 

『ああ、弾いてごらん』

 

「うん!」

 

大きく頷いた響也はソファから立ち上がると手近のサイドテーブルの上に置かれていたバイオリンを握る。そのバイオリンには年代を感じさせる艶があった。どう見ても体格に合っていないそれを、響也は器用に顎で挟み込み、弓を手に取る。

 

「それじゃあ……行くよ」

 

『期待してるわよ、響也!』

 

画面の向こうでエールを送る母親に微笑みかけてから、響也は瞳を閉じる。イメージを固め、緩やかに弓を弦に当てると厳かに音楽を奏で始めた。

 

「~♪~♪」

 

その音楽は時に激しく、時に滑らかに部屋全体に満ちていく。紅 響也という存在が奏でる音楽は、まるで質量を持っているかの如く、聴く者の耳に響いた。三分ほど目を閉じて弦をかき鳴らした後に、構えを解く。

 

「ど、どうだった……?」

 

若干息を切らせながら、父親の顔を恐る恐る見る。渡は響也と同じく目を閉じて自分の思考の海に浸っていた。

 

『……まず、力のバランスが取れていない。前半は確かに音が響いていたけれど、後半になってからはおざなりだ。音程も取れている箇所と取れていない箇所がある。それは自分で分かっていただろう?』

 

「……うん」

 

渋い顔でダメ出しを繰り返す父親の言葉に、響也は頷く事しか出来なかった。少年は理解していた。父や祖父と比べて自分が如何に未熟であるかを。

 

『音を切る時も余韻が無い。ぶつ切りじゃなくって、音を響かせながら切らなきゃダメだ』

 

「……」

 

他人に言えば無謀だと言われるかも知れない。比べる対象が間違っていると言われるかも知れない。だが少年は妥協したくなかった。自分にはこれしかないと理解していると同時に、いつかは彼らに追いつきたいと心の底から願っていたから。否定的な事を述べ連ねる渡だったが、最後に深くため息をつくとゆっくりと頬を緩ませる。

 

『でも……前回からは確実に上達しているよ』

 

「……ほ、本当?」

 

『ああ、僕が保証するよ。響也は物凄い速度で上手くなってる。これなら僕よりも凄いバイオリニストになれるよ』

 

「や、やった……やったぁ!!」

 

両手を天に掲げて全身で喜びを表現する息子を、両親は優しく見つめていた。

 

「お母さん!お父さんに褒められたよ!!」

 

『うん、凄かったわよ。でも渡ももう少し優しく教えてあげられないの?』

 

『で、でも“教えるからには息子だと思うな”って名護さんが言ってたし……』

 

『そんな事言って最後まで出来てないじゃないの!』

 

画面の中で再び夫婦漫才が繰り広げられる中、嬉しさの余り飛び跳ねていた響也が再び弓を手に取る。

 

「お父さん!もっと聴いてもらっていい?」

 

『ああ、響也の好きなだけ弾いていいよ』

 

言葉が終わらない内に、響也が再びバイオリンを構える。画面の中の二人は息子の演奏を聞こうと身構えた。

 

「ねえお父さん、この曲ってお父さんとお爺ちゃんも弾いてた曲なんでしょ?」

 

『うん。父さんも僕も、その曲と一緒に成長してきた。その曲で自分の音楽を奏でられて初めて、一人前だと感じる事が出来たんだ』

 

「自分の音楽?」

 

『ああ。響也も他の人の音楽は聞こえるけど、自分の音楽は聞こえないだろう?』

 

「うん」

 

『僕たちはそういう力を持ってる。そんな僕たちは自分の音楽を、自分達なりのやり方で響かせるしかないんだ』

 

「……どういう事?」

 

息子が理解していないのを見て、画面の父親が頭を掻いて困惑した顔をする。

 

『うーん、響也にはまだ早いかな……でも、いつか分かる様になるよ。僕が保証する』

 

「うん、分かった。じゃあ、弾くよ」

 

再びバイオリンを構えて、弓を走らせる。遠い異国の空の下にいるたった二人の為の響也の全身全霊の演奏は、どこまでも澄み渡っていた。

 

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