魔法少女リリカルなのは ~響き渡るは紅の音色~ 作:Granteed
ねえ、お父さんは何で戦ってたの?
急にどうしたんだい?
叔父さんにお父さんが、僕が生まれる前に戦ってたって聞いたんだ。それでね、何でって聞いたら“それは渡から直接聞きなさい”って言われたの。
そうだね……響也は何かをしたいと思ったことはあるかい?
うん!お父さんと一緒にバイオリン作る事でしょ、一緒に弾くことでしょ、お母さんとお買い物に行くのもしたいし……とにかくたくさんしたい事があるよ。
そのやりたい事っていうのが僕にとっては“戦う事”だったんだ。でも戦う事はあくまで手段で、僕が本当にやりたい事はその先にあったんだけどね。
何がしたかったの?
僕はね、人の音楽を守りたかったんだ。
……何それ?
あはは、響也にはまだ少し早かったかな。
分かんない。教えてよ、お父さん。
響也もいつか分かる様になるよ。だって君は、僕の息子なんだから……
(……夢、か)
窓から差し込む朝日に顔をしかめて、目をこすりながらベッドから体を起こす。枕元に置いてある目覚まし時計を見てみれば、時計の短針は5の数字を指し示している。二度寝をしようと再び枕に頭を預けるが妙に目が冴えてしまい、全く寝られない。響也は諦めて体を起こすと、いつもの部屋へと足を進めた。
(懐かしいなぁ……二年前くらいだっけ?)
先程まで見ていた夢を思い浮かべる。父と母がまだこの家にいた頃、椅子に揺られながら読書をしている父に詰め寄ってした質問だった。あの時は“いつか分かるよ”と言われたが、二年経った今でもその答えは全く分からない。
(人の音楽を守りたいって何だろう?確かに人の音楽は聞こえるけど、守るって……)
ペタペタと素足で歩く音が早朝の廊下に響く。廊下を進み続ける響也は、一つのドアの前で足を止めた。
(そっと、静かに……)
中の住人を起こさないように、ゆっくりとドアノブを回して扉を開く。その部屋は一言であらわすのならば、まるで工房の様だった。部屋の壁には所狭しと木材を扱う工具が掛けられ、一つだけあるソファの上には大きな木材が無造作に置かれている。
(お父さん、早く帰ってこないかなぁ……)
部屋を眺め見ながら、この部屋で過ごした父との記憶に思いを馳せる。今朝見た夢の様にこの部屋で多くの時間を、大切な父と共に過ごした。並べられている工具の一つ一つが、床に投げ出されている木材の数々が、階下にあるベッドが全て響也の大切な宝物だった。
(……っと、作業しなくちゃ)
木造の部屋の中心には、大きなテーブルが一つ鎮座している。無事部屋の中に入った響也は抜き足差し足でテーブルに近づくと、その上に置かれている木材を手にとった。
「……んあ、響也か?」
寝ぼけた声が響也に降りかかる。響也が壁際に取り付けられたバイオリン型の巣箱を見てみると、中でコウモリの様な生き物がもぞもぞと動いていた。
「ごめん、キバット。起こしちゃった?」
巣箱の中で眠気眼をこすりながら、キバットが大きな欠伸をする。幼い頃から一緒にいる彼は響也にとって人生の教師であり、父に頼まれたお目付け役であり、大切な親友だった。
「ああ。それより響也、お前こそどうしたんだ?こんな朝早くに──ふがっ!!」
巣箱から出ようとするキバットだったが、巣箱の端に羽が引っかかってしまって。そのまま床へと落下してしまう。変な叫びを上げながら落ちたキバットは、床に伏せたまま動かなくなってしまった。
「だ、大丈夫?」
「痛て……あ、ああ、大丈夫だ」
響也は優しくキバットを掌の上に乗せたあと、右肩に乗せてやる。頭を振って眠気を覚ますキバットを横目で眺めながら、響也は部屋の中央に置かれている机の前に立った。
「それよりもどうしたんだ?こんなに早起きしてよ」
「ちょっと目が覚めちゃって。それで、昨日お父さんに教えて貰った所を作ろうと思って」
机に置かれている木材を目の前に持ち上げる。その木材は響也の手によってヤスリを何度もかけられ、幾度も削られた結果、あるひとつの楽器になろうとしている物だった。
「結構形になってきたな」
「お父さん達が帰ってくる前に、ひとつ完成させたいんだ」
それは言われてみなければ分からない、未完成のバイオリンだった。ニスも塗られていないし、胴体部分しか完成していない。しかしそんな未完成品を、響也は愛おしげに撫でる。目の前に掲げて表面の削り具合をチェックするその目は、小学生のものではなかった。
「ここまでやってやっと折り返しか。まだまだ先は長いな」
「うん。だから早くやらないとね」
「おう、頑張れ」
キバットは響也の肩から離れ、部屋の窓際に降り立って外を眺める。響也は机の上にある作業台に作りかけのバイオリンを置くと、傍らに置いてあった工具を手に取って作業を始めた。
「……」
「……ふぁ~あ」
木を削る鈍い音と、キバットが時折漏らす欠伸が朝方の部屋に満ち渡る。響也の集中力は凄まじい物であり、キバットが部屋の中をパタパタと羽音を響かせながら飛び回っても、部屋に差し込んでくる朝日が段々と自分の顔にかかって来る事も気づかずに、作業を続けている。
「……おい、響也」
「……」
そして作業を開始してそれなりの時間が経過した頃、流石にそろそろ準備をしないとまずいと考えたキバットが響也の顔の近くを飛び回って声をかける。既に部屋の時計が指し示す時間も七時を回っており、そろそろ学校に行く準備をしないと本格的に遅刻しかねない状況だった。
「おーい、響也~」
「……」
「学校に行く時間だぞ、響也」
「……」
「きょ・う・や~!!」
「うわっ!?ど、どうしたの?」
「あれ、見てみろよ」
キバットが耳元で怒鳴った結果、響也は工具を取り落として隣に浮かんでいるキバットをまじまじと見つめる。一瞬だけ驚いた顔をした響也も、キバットが羽で示す部屋の時計を見るなり顔色を変えた。
「え、ええっ!?もうこんな時間!?」
「全く、変に抜けてる所は渡の血なのか……?」
「そ、そんな事言ってる場合じゃないよ!急いで準備しなきゃ──」
響也が騒いでいると、部屋の扉が音を立てて開けられる。一人と一匹がそちらを振り向くと同時に、入ってきた人物が響也に何かを投げ渡す。
「そら、着替えと荷物だ」
「おう次郎、お前も起きたのか」
癖っ毛を掻きむしりながら、長身痩躯の男は部屋の壁にもたれかかる。半眼で響也を睨むように見つめてはいるが別に怒っているわけではない、それが男の普通なのだ。
「ありがとう、次郎さん」
「さっさと着替えろ。俺は別に構わんが、学校に遅れるとラモンの奴が煩い」
「うん」
響也は着ていたパジャマをソファの上に脱ぎ散らかして、手渡された服に着替えていく。大きな欠伸をしていたキバットは自分の巣箱に戻ると、中断した眠りを再開した。
「じゃあキバット、行ってくるね」
「おぉ、行ってこい……zzz」
半ば寝こけながら、キバットが翼を振る。バックを担ぐと、部屋から急いで飛び出した。玄関まで駆け足で降りる途中、ラモンがドアから顔だけ出して響也に声をかける。
「響也、せめてこれだけ食べていったほうがいいよ!!」
ラモンの右手にはこんがり焼けたトーストが握られている。響也は通り際にラモンの手からトーストを受け取ると、首だけ後ろに向けて言葉を返す。
「ありがと!!」
「気をつけて行ってきてね!!」
「うん!!」
玄関口で靴を履いて、音を立てながらドアを開ける。門を開けて道路に出ると電柱の所に、タキシードを着崩した次郎が欠伸をしながら立ち尽くしていた。
「あれ、次郎さん?」
「送って行ってやろう」
「うわっ!」
短く言うと、響也を抱き上げて肩に乗せた。響也の返答も待たずに、次郎は駆け足で疾走していく。顔に風を感じながら、響也は次郎のスピードに只々感嘆の声をあげるばかりだった。
「早い、早いよ!!」
「ふふん、もっと早くできるぞ。どうする?」
「こ、これより早いのはちょっと怖いかな……」
「そうか……響也、一つ聞いていいか?」
「何?」
「……お前、寂しくないか?」
「僕が……?」
次郎の声のトーンは変わらなかったが、少しばかりスピードが落ちる。響也は唐突な次郎の質問に少しばかり考えるような仕草を見せた後、完全に押し黙ってしまった。
「お前の年頃だったら、もっと親に甘えているだろう。しかし、今あいつらは外国にいる」
「……」
「俺は、俺達は所詮化物だ。家族の愛情など知らないし、与えてやれるかも分からない。それでお前は大丈夫なのか、と思ってな」
「……寂しくなんか、無いよ」
次郎の肩の上で、響也がぽつりと漏らす。思わず足を止めて、次郎は肩の上にいる響也の横顔をまじまじと見つめた。
「僕にはちゃんとお父さんとお母さんがいる。今は遠く離れているけど、それでも僕たちは繋がっているから」
「響也……」
「それに、僕は一人じゃないから。キバットもいるし、太牙叔父さんもいる。次郎さん達、皆だっている。だから、寂しくなんて無いよ」
「……うっ」
立ち止まっている次郎はその言葉を聞き終えると、響也から顔を背けて俯いてしまう。思わず響也が顔を覗き込もうと肩から降りて、下から次郎を見上げた。
「次郎さん、どうかしたの?」
「いや……朝日が目に染みただけだ」
「……?」
「……よし。学校へ行くぞ」
「うん。って言っても、もうすぐそこだけど」
響也の言葉通り、何人もの生徒達が道路の先にある校門をくぐり抜け、向こう側にある学び舎へと入っていくのが見えた。次郎も姿勢を正して、響也の背中を押してやる。
「さあ、行ってこい。頑張れよ」
「行ってきます!!」
千切れんばかりの勢いで手を振った響也は、次郎に背を向けて校門めがけて歩き始めた。それを見届けた次郎は、踵を返して立ち去ろうとする。
「次郎さーん!!」
「ん?」
自分の名前を呼ぶ声に反応して振り返って見ると、校門の手前で響也が立ち止まってこちらめがけて声を張り上げている。何か話したいことでもあるのか、と思って次郎が近づこうと一歩を踏み出した時、響也が言葉を続けた。
「次郎さん達は、僕の家族だから!正真正銘、僕の大切な家族だから!!」
「……響也」
それだけ言い残すと、響也は素早く学校の方へと走り去っていってしまう。残された次郎は目尻に熱い物が込み上げてくるのを抑えきれなかった。頬に流れる涙を感じながら、次郎は空を見上げる。屋敷に篭っている間は見られなかった、久しぶりに見上げる空は、どこまでも澄み渡っていた。
「……音也、渡。お前達の血は、しっかりと響也に流れているぞ」