魔法少女リリカルなのは ~響き渡るは紅の音色~   作:Granteed

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第五話 ~マイミュージック・親子の軌跡~

(や、やっと終わった……)

 

頭の中で猛威を振るう睡魔に耐えながら、響也は机の上に並べていた勉強道具を鞄のなかに放り込んでいく。早起きした結果、授業中に何度も寝そうになってしまった。一時間目から続く眠気に耐えながら、響也は鞄を閉じると椅子に座りながら大きなため息を吐く。

 

(はぁ……もっと上手くなりたいなぁ)

 

目を閉じて、心の奥底に仕舞い込まれた情景へと思いを馳せる。幼き頃に一度だけ見た、自分の父が煌びやかな光に照らされながらバイオリンを演奏する光景は、そのバイオリンが奏でる音楽と共に響也の胸に今も焼きついている。

 

(こう、やって)

 

目を閉じたまま、両手を目の前の中空に上げる。左手は前へと伸ばして、右手は何かを握っているかのように軽く曲げた。顎を少し下げて、目を閉じたまま左手の指と右手を動かす。

 

(……いつか、お父さんと一緒に)

 

緩やかに手を動かして、その未来を思い浮かべる。父の隣で同じ音楽を奏でる事が、幼い頃から抱き続ける響也の夢だった。

 

「──響也君、何やってるの?」

 

「うわっ!?」

 

イメージを続けていると、唐突に真横から声をかけられた。両目を見開いて横を見ると、こちらを見ている大きな瞳が目に入った。

 

「た、高町さん……?」

 

「うん。それと前から言ってるけど、私の事はなのはでいいよ」

 

「う、うん……」

 

彼女の真っ直ぐな視線に耐え兼ねて、思わず目を逸らしてしまう響也。数日前のあの出来事から知り合って以来、何故かなのはは響也に対して何度も話しかけてきていた。新学期が始まったあの日は全く気づかなかったが、席も隣同士だったのだ。今日も授業中にも関わらず何度か小声で質問され、その度に恐る恐る答えを返していた。

 

「今、何やってたの?」

 

「れ、練習……」

 

何も彼女の事が嫌いな訳ではない。こうして彼女の方から話しかけてくれる事は人見知りな自分にとってありがたい事だし、感謝すべき事だ。しかし、それと響也が屈託無しに喋ることが出来る事は別の問題だった。

 

「何の?」

 

「そ、それは……」

 

「なのは!」

 

目の前の少女を呼ぶ声に釣られて、響也となのはは揃って教室の出口に目を向ける。そこでは目を釣り上げた金髪の少女と、薄紫色の髪を背中側まで伸ばした少女が手招きしていた。

 

「なのは、早くすずかの家に行くわよ!!」

 

「お話してるのにごめんね、なのはちゃん。でもアリサちゃんが早く行こうって……」

 

「う、ううん!今行くから」

 

そう言うと、二人は先に教室から出ていった。残されたなのはも響也に別れの挨拶を残す。

 

「ごめん、響也君」

 

「ううん、いいよ。早く行ってあげて」

 

「うん、また明日ね!」

 

自分の席から鞄を掴み上げると片手を振りながら立ち去っていくなのはに、響也も手を振ってやる。去っていくなのはを見送ると何を考えたのか、響也は鞄を開けて中から分厚いノートを一冊取り出した。

 

(僕も、こんなバイオリンを作れるようになるのかなぁ……)

 

何時もの様に食い入る様に読む事はせず、一つだけページを捲る。真っ白なページには何も書かれていない代わりに、一枚の写真が貼り付けてあった。

 

「……はぁ」

 

写真の中に映りこんでいる二つのバイオリンの余りの美しさに、ため息を漏らす。二つのバイオリンはもはや楽器というより、芸術品に近い輝きを放っていた。写真越しでも伝わってくるオーラに、響也はうっとりと写真を見つめ続ける。

 

(でも、実物はこれより凄いからなぁ……)

 

写真に映っている二つのバイオリンは、実際の所家に帰れば何時でも見ることができた。それは、つい十数時間前に響也がバイオリンを作っていた部屋にこの二つが飾られている為である。それでも、響也は写真でこうして眺めているだけで響也は幸せだった。

 

(……いけないいけない。勉強しなきゃ)

 

意識を切り替えて、使い込んだノートを捲っていく。何十ページも捲ってようやく白紙にたどり着くと、鞄から筆記用具を取り出してノートに書き込み始めた。

 

(えっと、ここはこうして……)

 

父に教わってきた事を頭の中で反芻しながら、バイオリンの完成形を描いていく。現実では未だに途中なれど、響也の頭の中では幾つものバイオリンの完成図が出来上がっていた。

 

(……お父さんって、色んな物でニスを作ってたんだなぁ)

 

ページを捲っていくと、黄ばんだページに自分以外の文字が書かれている。元々父が使っていたノートに自分が使う物を付け足したのだから、当然と言えば当然だ。

 

(でも、魚の骨にカタツムリの殻って……本当にニスの材料になるのかな?)

 

書かれている内容に時折疑問を抱きながらも、響也はスラスラとノートを読み進めていくと共に、思いついた事を白紙のページに書き留めていく。

 

(弓の材料に、これを使って……)

 

元々口数も少ない響也、その行動を気にする生徒は誰もいなかった。クラスメイト達が一人、また一人と教室から出ていくが響也は気にすること無くノートを読み耽り続ける。そしてとうとう、教室に残された生徒は響也一人になってしまった。

 

(弦の方は……この間言われたのでいっか)

 

太陽が傾き、日差しの色が橙色に変わっても響也は椅子から立ち上がろうとはしなかった。響也が気づかないだけで二時間程が経過した頃、窓方からこんこんと何かでガラスを叩くような音が響く。

 

「……」

 

だが、異常なほど集中している響也はその音を気にかける素振りも見せない。何度か繰り返し続いた音も、程なくして止まった。代わりに響くのは、響也がペンをノートに走らせる音だけ。

 

「……」

 

「響也ー」

 

「……」

 

「おい、響也」

 

「……」

 

「……無視すんなー!!」

 

「あたっ!?」

 

響也の側頭部に何かが猛スピードで直撃する。大きな衝撃に対して痛みが無いのを不思議に思いながら横を見ると、パタパタと羽を動かして宙に浮いている親友がそこにいた。

 

「キバット!だから何でこんな所に来るの!?」

 

「いいじゃねえか。もうお前以外、生徒はいねえ事だしな」

 

浮遊して、机に着陸すると身振りで教室を指し示す。目の前の光景を見ると、今更気づいたと言った表情で響也は驚きの声を上げた。

 

「な、何で皆いなくなってるの?」

 

「お前馬鹿か?もう夕方だぞ。こんな時間まで教室に残ってるのなんて、お前くらいだ」

 

「もうそんな時間なんだ……」

 

勉強用具を鞄に仕舞いこんで、急いで家に帰ろうとする響也をキバットが押し留める。

 

「別に急がなくても大丈夫だぜ。次郎達には俺が迎えに行くって言ってきたからよ」

 

「ありがとう、キバット」

 

「構いやしねえよ」

 

綺麗になった机の上で、体を横たえるキバット。鞄を椅子の脇に置くと、響也は窓の外の夕陽をまじまじと見つめた。

 

「どした?妙に黄昏てよ」

 

「ねえキバット。僕、本当にディスティニー・ローズみたいなバイオリンを、作れるのかな?」

 

「……何でそう思うんだ?」

 

「だって、いくら練習してもあんな凄いバイオリンを、僕が作れるとは思えないんだ。お父さんが作った最高傑作のあんなバイオリン……僕に作れる訳無いよ」

 

「……」

 

キバットは響也の言葉を聞き終えると、小さい顔を俯かせて押し黙ってしまった。いつまでも口を開かないキバットのその行動を、肯定の意だと勘違いした響也は更なるコンプレックスに駆られる。

 

「……ぷくく」

 

「キバット?」

 

「アハハハハハハ!!」

 

不意にキバットが小さな口を大開きにして、哄笑を上げる。両翼で腹の部分をかけながら身悶えして笑うその意味を響也が知る由も無く、目の前の小さな友人に問いかけた。

 

「ど、どうしたのキバット?」

 

「ハハハ、悪い悪い。お前を見てると、本当に思うんだよ。お前は渡の息子なんだ、ってな」

 

「……?ねえ、それってどういう──」

 

「誰かいるの?」

 

廊下から何者かの声が聞こえてきて、響也とキバットは思わず顔を見合わせる。続いて響也が開け放たれたドアから外を見ると、夕陽に照らされた長い影が廊下の床に映し出されていた。

 

「ごめん、キバット!」

 

「は?」

 

言うが早いか、響也はキバットを鷲掴みにすると机の中に両手ごと押し込む。キバットのくぐもった叫び声と、教室に大人が入ってくるのは同時であった。

 

「紅君、どうかしたの?」

 

「あ、ええと……何でもないです」

 

入ってきたのは、クラスの担任の教師だった。しどろもどろに言い訳を繰り返しながら、机から両手を引き抜き鞄を掴み上げて、帰る意思表示をする。

 

「そう?まあ、最近は日も長くなってきたからいいけど、気をつけて帰ってね」

 

そう言い残して、担任の教師は教室から出ていった。動悸が収まるのを待ってから、鞄を脇に置いて両手を机の中に入れる。確かな手応えを感じると、ゆっくりと手を引き出した。

 

「おお、痛て……」

 

「ごめんね、キバット」

 

キバットは開かれた響也の手のひらの上で、のそのそと羽を動かしている。自分の肩にキバットを乗せて、響也は鞄を拾い上げる。

 

「さて、そろそろ帰ろうぜ」

 

「うん……あれ?」

 

席を立って、教室の出口めがけて足を踏み出したその時、響也の視界の端に何かが写り込んだ。隣の机の下にぽつんと落ちていたそれを、響也はまじまじと見つめる。

 

「おい響也、どうしたんだ?」

 

「これ、高町さんの筆箱だよ」

 

鮮やかな色で装飾された女の子らしい筆箱を、響也は右手で掴み上げる。

 

「間違いないよ。昼間に見たのと同じやつだ」

 

「その嬢ちゃんが忘れてったんだろ。机の上にでも置いといてやれ」

 

「でも、明日は学校お休みだよ。今日も一杯宿題出たし、高町さん……きっと困ってるよ」

 

「どうしようもねえだろ。まあ、その嬢ちゃんの不注意って事だ」

 

「……そうだ!僕が届けて上げればいいんだよ!!」

 

「はい?」

 

戸惑っているキバットを尻目に筆箱と自分の鞄を掴み直した響也は、教室から出て一直線に校門へと向かう。階段を一段飛ばしで駆け下り、昇降口で靴を履き替えると駆け足で校門へと走った。

 

「おい響也!そもそもお前知ってんのかよ!」

 

響也の頭上からキバットの声が降り注ぐ。教室の窓から直接降りてきたキバットは響也の目の前で羽を羽ばたかせながら言葉を続けた。

 

「その嬢ちゃんの家、何処にあるのか知ってんのか!?」

 

「あ……そ、そうだった……」

 

両足は次第に勢いを失い、校庭の丁度真ん中辺りで立ち止まってしまった響也。キバットは羽休めも兼ねて響也の肩に降り立った。

 

「まあ、別にお前のやる事を否定する訳じゃないけどな、もうちょっと考えてから行動に移せ。な?」

 

「うん……じゃあ高町さんがどこにいるか、探せばいいんでしょ?」

 

キバットの言葉を待たずに、響也が大きく深呼吸を繰り返す。息を整えると目を瞑って空を見上げた。

 

「……いくよ」

 

その耳に届くのは、たくさんの音だった。風が木の葉を揺らす音、遠くの空で烏が泣く音、

学校に残っている教師の足音。数え切れない程の音が響也の全身に染み渡る。しかし、響也が今求めているのは、形のある音ではない。

 

「またそれか……まあ、わかるんだったらいいけどな」

 

「黙ってて」

 

精神を集中させて聞こえる範囲を広げる。道路を走る車の音、商店街で人を呼び込む店主の叫び声、家路につく自分と同じくらいの年齢の少年少女達の笑い声。物理的な物が奏でる音と共に、自分にしか聞こえない音の中から目的の物を探し求めて響也は集中を続けた。

 

「……あ、あった」

 

「見つかったのか?」

 

大きく息を吐きながら響也が集中を解く。頬に垂れる汗を拭いながら、響也は校舎へと引き返した。

 

「うん。でも結構遠かったんだ。多分、歩きじゃいけない」

 

「大人しく諦めろよ。いいじゃねえか、お前のせいじゃねえんだから」

 

「でも、届けられるんだから届けたほうがいいよ」

 

話しながら校舎に戻って靴を脱ぐ。但し今度は上履きに履き替えないで靴下のまま、校舎へと足を踏み入れる。靴をそれぞれ片手で持ちながら、響也は肩に乗っているキバットに目を向けた。

 

「キバット、先に行って屋上の鍵開けといてくれない?」

 

「おう、分かった」

 

短い返事を残してキバットが一番近い窓から外に出ていく。響也も足を早めて校舎の屋上へと向かう。程なくして、重厚な扉の前にたどり着いた。校舎の屋上へと繋がるその扉は、本来ならば滅多に開かれる事はない。しかし、響也がドアノブを回すと扉は大きな抵抗も無く軋みながら開いた。

 

「ありがと、キバット」

 

「行くんだったら早く行こうぜ。遅くなるとまたラモンの奴が煩くなるぞ」

 

「うん、早く行かなきゃね」

 

響也は靴を履きなおすと、自分の鞄の中になのはの筆箱を入れて鞄を背負う。空手になった右手を口に持ってくると、響也は高らかに指笛を吹き鳴らした。

 

「~♪」

 

布を引き裂くような甲高く、澄んだ音がオレンジ色の空に響き渡る。息が続く限り指笛を吹き続けた響也は、口から指を離したあと屋上の床に尻餅をついてしまった。数十秒の間、座り込んで息を整えていた響也だったが、空の彼方に移る黒点を見ると尻を叩きながら立ち上がる。

 

「お願い、シュー」

 

響也は短く呟くと、膝を曲げて力を溜め込む。高速で近づいてくる黒点は速度を落とさずに、響也の頭上を通過しようとする。

 

「はっ!!」

 

黒点が頭上を通過するその瞬間、響也が掛け声と共に跳躍する。普通ならば飛翔したものが次にとる行動は、落下である。しかし、響也はその事象に当てはまらなかった。響也が飛んだが最後、屋上が数分前の誰もいない状態に逆戻りする。

 

「ギャアアアッ!!」

 

夕暮れの空に、竜の咆哮が轟いた。

 

 

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