魔法少女リリカルなのは ~響き渡るは紅の音色~   作:Granteed

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第六話 ~新たな繋がり・マイフレンド~

烏の鳴き声が響く夕暮れの空に浮かぶ鰯雲。海鳴市の外れにある豪邸の上空に浮かぶのも、そんな白い雲ばかりである。橙色の空にぽつんと黒点が浮かび上がると、その点は猛スピードで豪邸の上に接近して急に停止した。

 

「……よっ、と」

 

豪邸へと続く門の真正面に、空から落ちてきた少年が着地する。落下してきた少年は両膝を曲げて上手く衝撃を吸収して無事に降りると、空に浮かぶ黒点を見上げた。

 

「シュー、ありがとねー!」

 

少年の言葉を聞き届けた事を示す様に、黒点はくるりと円を描くように回転する。そして数秒後、来た時と同じく再び彼方の空へと飛んでいった。一人残された少年は、目線の先にある黒塗りの門を見上げながら、段々と近づいていく。

 

(キバットは先に家に帰ったし、僕も早く帰らなきゃ)

 

門の左右に広がる巨大な壁を見て、若干気後れする響也。しかし何時までも足踏みばかりしている訳にもいかず、意を決して門を開こうとする。

 

(……どうやって開けてもらえばいいんだろう?」

 

一見、重厚な門を潜る以外邸内に入る方法は見当たらない。しかし問題は、どうやって響也が門を潜って邸内に入るかどうかだった。一般の家にならばついているはずのインターホンが門の近くに付いておらず、八方塞がりの状態だった。

 

(ど、どうしよう……こんな事になるんだったら、シューに門の内側に降ろしてもらうんだった……)

 

頭を抱えて門の前で一人途方に暮れる。だが、遠くの空に沈みつつある太陽を見れば分かる通り、既に夕方から夜へと移りつつあった。俯いていた響也だったが、意を決して顔を上げると、心の中で謝罪をする。

 

(高町さん、ごめんなさい。入らせてもらいます!)

 

響也は門の前で大きく膝を曲げた。体の中にエネルギーを溜め込むと、それを開放すべく神経を両膝へと集中させて溜め込んだ物をそこへと送る。

 

(よし、今──)

 

「どうかなされたのですか?」

 

「うわわわわっ!?」

 

唐突に背後からかけられた声で、響也の集中が一瞬で霧散する。慌てて振り向いて背後を見ると、そこには首をかしげたメイド服姿の女性がいた。紫色の髪の毛が印象的な女性は、片手に大きな編み籠を持っている。

 

「こちらに何かご用事でしょうか?」

 

「あ、はい……あの、ここの人ですか?」

 

「ええ。私はノエル・K・エーアリヒカイト。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか?」

 

「僕は紅 響也です。高町さんに用があってここに来たんですけど……」

 

「ああ、高町様のお知り合いですか。彼女なら今頃、お嬢様と一緒に中庭でお茶を飲んでいますよ。お入りになられますか?」

 

女性は響也の傍らを通って門に近づくと、躊躇いもせずに開け放つ。鋼鉄特有の鈍い音を響かせながら開いた門を通って、女性は中へと足を踏み入れた。

 

「さあ、どうぞ。紅様」

 

「あ、はい」

 

響也も女性の後に続いて門を潜る。二人が通った後、門は独りでに閉まっていった。よく手入れされた小道を並んで歩きながら、響也はおずおずと質問を投げかける。

 

「あの、高町さんはどこにいるんですか?」

 

「先程もお伝えしましたが、今の時間でしたらお嬢様とお茶を楽しんでいられるはずです。急ぎの用件なのですか?」

 

「えっと、はい」

 

「それでしたら、こちらにどうぞ」

 

ノエルは道を外れて、綺麗に生え揃った芝生の上を音もなく進んでいく。その後ろをおっかなびっくりついて行く響也の頭の中にあったのは、一つの疑問だった。

 

(お嬢様って人がいるみたいだけど、この人はさっき“高町様”って言った。じゃあ、“お嬢様”って人と高町さんは別人……じゃあもしかしてここは、高町さんの家じゃないのかな?)

 

「お嬢様、お客様を連れてきました」

 

不意に女性が立ち止まって、前方に声を投げかける。考え事に集中していた響也は寸前で気づいて何とか立ち止まった。少し脇にずれて、目の前の光景を凝視する。

 

「あれ?あなた……紅君?」

 

白いテーブルを囲む形で三人の少女が席についている。皆同じ制服を身に纏い、違う箇所はその顔立ちと髪の色だけだった。六つの目が少年を注視する中、躊躇いがちに進み出た響也がぺこりと頭を下げる。

 

「それではお嬢様、私はこれで」

 

ノエルは響也を置いて一人来た道を戻っていく。残された響也は苦笑いを浮かべながらなのはに視線を向けた。

 

「こ、こんにちは。高町さん」

 

「響也君、こんな所でどうしたの?」

 

「あ、あの……教室に忘れ物してたから……」

 

どもりながら鞄を地面に下ろして中を漁る。目的の物を掴み出すと数歩歩いてなのはに近づいた。響也の手に握られている筆箱を見てなのはが目を丸くする。

 

「あれ……それ、私の?」

 

「う、うん。机の上に忘れてたから、困るだろうと思って」

 

「わざわざ届けに来てくれたの?」

 

なのはの言葉に響也はこくりと頷く。伸ばされた響也の手から筆箱を受け取ると、なのはは満面の笑みを響也に向けた。

 

「ありがとうね、響也君!」

 

「うん。じゃあ、僕はこれで──」

 

「ねえ響也君、ちょっと休んでいかない?学校からここまで来て疲れたでしょ?」

 

「え?」

 

なのはの提案に少しばかり逡巡する響也。そんな響也を他所になのはは同じテーブルを囲んでいる二人に視線を戻した。

 

「アリサちゃんもすずかちゃんもいいよね?」

 

「うん。私はいいよ」

 

「私も構わないわ」

 

「ほら、二人もこう言ってるしどう?」

 

「あ……じゃあ、少しだけ……」

 

おっかなびっくり歩を進めて、空いていた椅子に座る。響也を取り囲む美少女達が浮かべる表情は、三者三様だった。

 

「でも響也君、ここまでどうやってきたの?」

 

なのはがにこにこと笑顔を浮かべながら響也に問いかける。その質問に響也は思わず戸惑ってしまった。正直に移動手段の事を話す訳にもいかないし、かと言って咄嗟に上手い嘘を考え付くことも出来ない。苦し紛れに響也は普遍的な解答を返した。

 

「……あ、歩いてきたよ」

 

「えっ、本当!?学校からここまで結構距離あるのに」

 

「え、あ……う、うん。ちょっと疲れた、かな」

 

「本当にありがとね、響也君」

 

再度お礼を述べるなのはに対して、響也の胸中に自己嫌悪の感情が広がっていく。嘘など知らないなのはに対して嘘をつく事は憚られたが、本当の事を話す訳にもいかない。

 

「疲れたでしょ?はい、どうぞ」

 

対面の紫色の髪をした少女が、響也の前にティーカップを置く。なみなみと注がれた紅茶は夕陽を受けてキラキラと輝いている。

 

「あ、ありがとう」

 

謝礼を述べてカップを持ち上げる。口の中に流れ込んでくる紅茶が、響也の体の隅々まで染み渡っていく。一息に飲み干すと、深く息を吐いた。

 

「前にも言ったけど私は月村 すずか、呼ぶときはすずかでいいよ。なのはちゃんのお友達なの。よろしくね」

 

「ぼ、僕の名前は紅 響也。よろしく」

 

「こっちはアリサちゃんだよ」

 

「アリサ・バニングスよ。呼ぶときはアリサでいいわ。よろしく、響也」

 

「う、うん……よろしく」

 

アリサとの挨拶の間に、すずかは二杯目の紅茶を入れて響也に差し出した。響也は琥珀色の液体で満たされているカップを口元で傾けて、紅茶を喉に流し込んだ。

 

「……うん、美味しい」

 

「そうでしょ?すずかちゃん家のお茶はいつも美味しいんだよ!」

 

我が事の様に響也の隣で同意を示すなのは、アリサも統夜の言葉を肯定する様にうんうんと頷いている。

 

「良かった。ねえ、こっちも食べてみて。美味しいから」

 

すずかがテーブルの中心に置かれていた器を響也の目の前に押し出す。その上には、クッキーが盛られている。響也はゆっくりと手を伸ばしてクッキーを一つ摘んだ。

 

「そ、それじゃあ、頂きます」

 

口にクッキーを放り込もうとしたその時、何かが響也の足に擦り寄ってきた。何事かと思ってテーブルの下を覗き込んで見ると、響也の足に一匹の猫が体を擦り付けている。

 

「……猫?」

 

「すずかの家で飼ってるのよ。ほら、周りにもたくさんいるわよ」

 

アリサの言葉に顔を上げて、周囲を見渡す。確かによくよく見れば響也立ちの周りには、夕暮れの光に照らされながら芝生に寝そべっている猫達がいた。響也は何の気なしに足元にいた猫を両手で掴み上げる。

 

「……」

 

「にゃーお」

 

黒縁の猫は響也の瞳を真っ直ぐに見つめて、小さく鳴き声を上げた。響也は席を立つと芝生に座り込んで猫を下ろす。響也の膝の上に陣取った猫はごろごろと喉を鳴らしながら、体を丸めた。

 

「ふふふ、その子も気持ちいいみたい」

 

「そ、そうなのかな?」

 

すずかの独白を耳にしながら、目の前の猫を撫でる。数秒もしない内に、今度は響也の背中を別の猫がよじ登ってくる。その猫の相手をすると今度は脇からまた別の猫が響也の膝に擦り寄ってくる。

 

「え、ちょ、ちょっと……」

 

「うわぁ……凄い……」

 

「何なのよこれ……」

 

一匹、また一匹と猫たちが響也の下に集まっていく。足が、肩が、背中が、猫の波に埋まっていく。程なく出来上がったのは、響也を中心とした猫鍋ならぬ猫塚だった。

 

「ちょ、ちょっと助けて……」

 

猫達を追い払う事が出来ない響也の悲痛な叫びが響く。慌てて三人は席を立つと、手分けして持てる分の猫を自分の手元に引き寄せる。先程よる数が減った猫達を体に纏いながら、響也は大きく息を吐いた。

 

「ご、ごめんね響也君。この子達、いつもならこんな事しないんだけど……」

 

「う、ううん。大丈夫、平気だよ。僕も少し驚いただけだから」

 

「響也、あんたって猫に好かれる体質なのかしら?」

 

「わ、分からないよ……」

 

「お嬢様」

 

四人揃って声がした方向に振り向くと、そこには恭しく頭を下げているノエルがいた。

 

「今日のお稽古ですが……」

 

「あら、もうそんな時間なのね」

 

「なのはちゃん、響也君。ごめんね、今日はこれで──」

 

「いえ、今日のバイオリンのレッスンですが、講師の先生が急病となりお休みとなられました」

 

すずかの言葉を、ノエルが遮る。すずかとアリサが揃って顔を見合わせる横で、響也の耳に入ってきたのはたった一つの単語だった。

 

「教えてくれてありがとう」

 

「いえ。それでは私はこれで」

 

背中を向けたノエルが遠ざかっていく。話を再開しようとするなのは達三人より先に、響也は口を開いた。

 

「あの、バイオリンって……?」

 

「すずかちゃんとアリサちゃんはね、バイオリンを習ってるの」

 

「ええ。それでこの後レッスンがあったんだけど、無くなっちゃったみたいね」

 

「二人のバイオリンって何処にあるの?」

 

「そこにあるよ」

 

すずかの指差す先、先程座っていたテーブルの脇にバイオリンのケースが置かれている。響也は芝生の上のケースを見ると自分の体の上に横たわっている猫達を左右に除けた。

 

「ねえそれ、弾いてもいいかな?」

 

「う、うん。いいよ」

 

「響也ってバイオリン弾けるの?」

 

「うん」

 

アリサの問に短い返事を返すと、響也は立ち上がってテーブルに近づいた。椅子の足元に置かれていた二つのバイオリンケースの内、片方を持ち上げる。

 

「……」

 

無言のままケースをテーブルの上に置いて蓋を開けると、中には一式が綺麗に揃えられて入っていた。弓とバイオリンを取り上げてそれぞれ両手で保持する。

 

「どんな曲を弾いてくれるの?」

 

「えっと、父さんに教わった曲を弾こうと思うんだけど……お爺ちゃんのオリジナル、かな?」

 

「頑張って、響也君!」

 

なのはが両手で音を鳴らす。それに釣られる様にすずかとアリサも手を打ち鳴らした。いつの間にか集まっていた猫達も、なのは達の周囲に固まって響也の演奏会を今か今かと待っている。

 

「え、えっと……頑張ります」

 

ぺこりとお辞儀をしてからバイオリンを顎で挟み、弓を弦に当てる。夕暮れの太陽をスポットライトとし、芝生の床を踏みしめて、大勢の観客の前で響也は息を吸った。

 

「……行くよ」

 

短い言葉と共に、響也の腕が動く。弦が奏でる音楽が、月村邸の庭に響き渡る。

 

「え……」

 

アリサの口から小さく驚きの声が漏れる。三人の目の前にいる奏者から溢れ出る音楽は、観客の体を包み込む。

 

「~♪~~♪♪」

 

高く、低く、激しく、穏やかに。響也の奏でる音楽は三人の体に入り込み、綺麗な和音が夕暮れの空に染み渡る。なのは達三人は愚か、猫達ですら身じろぎ一つせず響也の音楽に聞き入っていた。

 

「……」

 

紅の血に流れる音楽が、響也の手により流れ出る。祖父が作り出した音楽は時を経て、どこまでも広い紅色の空へと響いていた。

 

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