魔法少女リリカルなのは ~響き渡るは紅の音色~   作:Granteed

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第七話 ~親子三代・ヒストリー~

 

演奏は至極短い物だった。時間にして五分程の演奏にも関わらず、弾き終えた響也の息は上がっていた。それほどまでに全神経を集中させて、全力でその音楽を奏でていたのだろう。

 

「……ふぅ」

 

曲を弾き終えた響也は息継ぎをしてバイオリンを下ろす。一度天を仰いで呼吸を整えた後、観客に目を向けた。

 

「ど、どうだったかな……?」

 

「……す、凄いよ響也君!」

 

なのはが椅子から立ち上がってぱちぱちと両手を打ち鳴らす。素直な賛辞の言葉に響也は頭を掻きながらはにかんだ。

 

「えへへ……そうかな?」

 

「うん!とっても綺麗だったよ!!」

 

「ふ、二人はどう思った?」

 

なのはと違っていつまでも椅子に座って微動だにしないアリサとすずかに向かって、控えめに質問を投げかける。響也の演奏を聴き終わった二人は、目を瞬かせて固まっていた。その様子を不思議に思ったなのはがすずかの前で右手を振る。

 

「すずかちゃん、どうかしたの?」

 

「あの、もしかして……下手だった?」

 

「そ、そんな事無いよ。ね、二人とも!」

 

なのはが同意を求めるが、少女達は固まったまま動かない。どうしたのかとなのはと響也が揃って首を捻っていると、すずかが僅かに口を開いた。

 

「……凄い」

 

「やっぱりすずかちゃんもそう思ったよね」

 

「違うの、なのはちゃん……そういうレベルじゃなくって──」

 

「な、何よ今の!?」

 

今の今まで固まっていたアリサが、不意にテーブルに両手をついて立ち上がると共に、響也に対して声を浴びせる。非難されていると早合点した響也は、申し訳なさそうな顔をして慌てて口を開く。

 

「ご、ごめん!やっぱり上手くなかった──」

 

「違うわよ、その逆!!」

 

「ぎゃ、逆……?」

 

言葉の意味が分からない響也が、オウム返しに繰り返す。響也と同じく状況を把握し切れていないなのはは、おろおろと動揺しながらすずかに問いかけた。

 

「ど、どういう事なの?」

 

「なのはちゃんはバイオリンを習ってないから分からないかもしれないけど……今の演奏、私達よりずっと上手いの」

 

「え……そ、そうなの?」

 

「しかも、もしかしたら私達が習っている先生よりも、よ」

 

「響也君って、そんなに凄いの……?」

 

首を振って響也の方向に視線を向ける。響也は地面に座って自分に寄ってくる猫達の相手をしていた。先程放っていた威圧感にも似た雰囲気は何処にもなく、緩みきっている笑顔を猫達に向けている。

 

「分からないよ。だって学校の友達に聞かせたの、今日が初めてだから」

 

「え、そうなの?」

 

「うん。一年生と二年生の時、僕の周りの人はバイオリンなんて興味無かったし。高町さん達が初めてなんだ」

 

「アンタ、一体何者なのよ……」

 

「ねえ、響也君の演奏、もっと聞かせてくれない?」

 

「うん、いいよ」

 

猫を膝に乗せたまま、響也がなのはの言葉に返事を返す。脇に置いてあったバイオリンと弓を再び手に取り、顎で挟んだ。三人が息を飲んで響也の演奏を見守る中、弓が弦に触れて、音楽を掻き鳴らす。

 

「……綺麗」

 

誰かが漏らしたその言葉は、響也の音楽を如実に表していた。自分の音楽とは、他人の音楽とは何か。数々の命題について響也は何も知らない。過ごしてきた年月は父には遠く及ばず、世間すら知らない。しかし、目の前の三人にとって、何も知らないが故の只々純粋な響也の音楽は澄んだ水の様に限りなく透明に聞こえた。

 

「~♪」

 

そこには偽りも無い。誰かに聴かせるという気概も気負いも無い。ただ、求められたから答える。響也の音楽はただそれだけだった。

 

「……あっ!」

 

流れていた音楽に、張り詰めた糸が切れるような不協和音が混ざる。その音を境に演奏は止まってしまった。三人が響也の手元に目を向けてみると、弦の内の一本が切れてしまっている。

 

「響也君、大丈夫!?」

 

「ご、ごめんなさい!弦、切っちゃって……」

 

「しょうがないよ。事故なんだから」

 

「……あの、このバイオリンって、誰の?」

 

「アタシのよ。それがどうかしたの?」

 

響也の問いかけに、アリサが反応を返す。響也の視線は、バイオリンに向けられていた。片手でバイオリンを持ち、各所を撫でる様に触る。先程とは打って変わった雰囲気の響也に、疑問符を浮かべるなのは達。

 

「……バニングスさん。これ、僕に修理させてくれない?」

 

「修理?」

 

「うん。このバイオリン、結構ガタが来てるみたいなんだ。このまま使ってたらこのバイオリンにも負担だから」

 

「修理って……随分簡単に言うわね」

 

「結構難しそうだけど、響也君ってバイオリンの修理出来るの?」

 

「うん。僕の場合は寧ろ、そっちの方がメインかな」

 

状態を粗方見終わったバイオリンを、テーブルの脇に置いてあったケースに仕舞った。響也はバイオリンのケースをアリサに差し出しながら、確認する様な口調で問いかける。

 

「ど、どうかな?僕が壊しちゃったから、僕が直したいんだけど……」

 

「別にそこまで責任を感じる事は無いと思うけど……分かったわ。そのバイオリン、響也にお願いするわ」

 

「う、うん!」

 

アリサの返事を聞いて、首を勢いよく振る響也。ケースを持って駆け出そうとする響也だったが、慌ててなのはがその行動を止めた。

 

「ど、どこ行くの!?」

 

「帰るよ。今日中に直してあげたいんだ」

 

「せ、せめて連絡先位教えてくれないかな?」

 

「あ、そ、そうだよね。ごめん」

 

ケースをテーブルの上に置いた響也が、ごそごそと鞄を漁る。自分の財布を引っ張り出すと、一枚の紙切れをアリサに差し出した。幾つかの文字の羅列が刻まれているその紙を見て、アリサは怪訝な顔を浮かべる。

 

「何よ、これ?」

 

「えっと、僕の家の住所と連絡先。明日までに直しておくから、悪いけど受け取りに来てくれる?」

 

「何時頃に行けばいいの?」

 

「何時でもいいよ。明日はずっと家にいるから」

 

名刺大の紙をひっくり返して刻まれている文を読むアリサ。全て読み終えると、アリサは大きく頷いた。

 

「分かったわ。それじゃ、頼むわね」

 

「うん。じゃあ、また明日!」

 

来た時とは正反対な様子で、急ぎ足で駆けていく響也を見送るなのは達。残された三人はそれぞれ椅子に座りながら、思い思いの事を口にする。

 

「それにしても響也君の演奏、凄かったね」

 

「うん、今まで聞いた音楽の中で一番だったよ!」

 

「……」

 

それぞれ抱いた感想を述べるなのはとすずかの横で、アリサは難しい顔をしながら渡された紙を睨んでいた。朗らかに会話する二人の横で、一人仏頂面を浮かべているアリサを不思議に思ったのか、なのはが声をかける。

 

「アリサちゃんはさっきの響也君の演奏、どう思った?」

 

「……」

 

「アリサちゃん?」

 

自分の言葉に全く反応しない彼女をおかしく思い、なのはがアリサの肩に手を置く。肩に手を置かれてアリサがやっと顔をなのはに向ける。

 

「どうしたの、アリサちゃん?」

 

「……ねえ、これ、どう思う?」

 

アリサは一言だけ告げると、手に持っていた紙切れをテーブルの中心にそっと置く。なのはとすずかは覗き込むように上から紙切れを見つめた。白と紅で彩られた文字が踊っている紙は、夕暮れ時にも関わらず不思議な存在感をテーブルの上で発している。

 

「これ……お店のチラシかな?」

 

「っていうより、名刺じゃない?ほらこれ、お店の名前だよ」

 

なのはが指差しているのは丁度紙切れの中心部分だった。紙の前面を埋め尽くす勢いで“工房 紅”と刻まれている。すずかが手を伸ばして紙を裏返すと、そこにも文字と数字の羅列が書いてある。

 

「こっちは住所と電話番号みたいだね。アリサちゃん、これがどうかしたの?」

 

「あのね、この紅って名前……何処かで聞いた気がするのよ」

 

「響也君の事じゃないの?」

 

「ううん。もっと別の場所で、確かバイオリン関係だったと思うんだけど……」

 

「……あ、あーっ!!」

 

紙片を食い入る様に見つめていたすずかが急に大声を上げる。横にいた二人は吃驚して思わず体を仰け反らせた。

 

「ど、どうしたの?」

 

「ちょ、ちょっと待ってて!!」

 

なのはの問いに端的な返事だけを返したすずかは弾かれた様に席を立って、屋敷の中に走り去っていった。残された二人は何が何だか分からず、ただ顔を見合わせる事しか出来ない。そして十数秒後に戻ってきたすずかの片手には、何やら冊子が握られていた。

 

「どうしたのよすずか、そんなに慌てて」

 

「こ、これ見て!」

 

息を切らせながらすずかは持ってきた冊子をテーブルの上に広げる。それは音楽関連の雑誌だった。

 

「これ、私達がいつも読んでる奴よね。これがどうかしたの?」

 

「さっきのアリサちゃんの言葉で思い出したんだけど……」

 

喋りながらすずかが勢い良くページを捲っていく。そしてとうとう目的のページを見つけたすずかが、指で指し示す。

 

「ほら、ここ!」

 

「何よ、一体これがどうし、た……」

 

訝しむようなアリサの口調は途中で尻切れトンボになって消えていった。三人の視線は雑誌の見開きになったページに釘付けになっている。おまけに三人の顔色がみるみるうちに変わり、酸素を求める金魚の様にくちをぱくぱくと開閉させていた。

 

「「「え……ええええええっ!?」」」

 

少女達の声に重なるように遠い彼方で、竜の鳴き声が夕暮れの空に轟いた。

 

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