魔法少女リリカルなのは ~響き渡るは紅の音色~   作:Granteed

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第八話 ~マイセルフ・僕自身、君自身~

春の風が吹き抜ける、よく晴れた休日の昼下がり。海鳴市の外れにある洋館の前に、なのはとアリサ、すずかの三人組が佇んでいる。

 

「……な、なのは、早く行きなさいよ」

 

「ア、アリサちゃんこそ……」

 

三人の前にそびえる古びた洋館は、閑静な住宅街には似つかわしくない独特の雰囲気を放っていた。しかし、彼女達が怯える理由は、館の放つ気配だけではない。そこに住んでいる住人が問題なのだ。

 

「ここで間違いないよね……?」

 

すずかが懐から響也に貰った紙切れを取り出して、そこに書かれている文字列を見る。数分前から尻込みし続けている三人は、こうしてずっと洋館の前で不審者の如く足踏みしていた。そんな中、三人に唐突に声がかけられる。

 

「えっと、どちら様?」

 

「は、はいっ!?」

 

声のした方向に、三人揃って首を向ける。そこに立っていたのは、中性的な顔つきの少年だった。片手には買い物袋を提げ、白いチノパンに青いTシャツというラフな出で立ちでなのは達を物珍しげな視線で見つめている。

 

「新聞屋さん……じゃないよね。家に何か用かな?」

 

「え、ええっと……その、ここの人ですか?」

 

「うん。そうだけど……ああ。もしかして、響也のお友達?」

 

少年の言葉に、揃って首を縦に振るなのは達。少年は得心が行った、という様な表情を浮かべてなのは達に歩み寄った。

 

「それじゃあ君達なんだね。昨日、響也が持ってきたバイオリンの持ち主は」

 

「あ、それは私です」

 

アリサがおずおずと手を上げる。少年はなのは達の脇を通り過ぎると、鉄製の門を片手で開けた。甲高い音を響かせながら、黒い門が厳かに開いていく。少年は門の傍らに立つと、片手で中に入るよう示した。

 

「ようこそ、“工房 紅”へ。まあ入りなよ、響也にも会いたいでしょ?」

 

「お、お邪魔します」

 

開かれた門から、四人が紅邸に入っていく。洋館の左右に広がる敷地には、青い芝生が生え揃い、玄関の脇には灰色のシートが掛けられた物体が鎮座している。玄関へと続く道を歩きながら、すずかが戸惑いがちに問いかけた。

 

「あの、貴方は響也君の家族の方ですか?」

 

「ああ、そう言えばまだ自己紹介してなかったね。僕の名前はラモン、そう呼んで欲しいな」

 

「ラモンさん、ですか」

 

「うん。響也との関係は、そうだね……家族って所かな」

 

ラモンの手によって開け放たれた玄関をくぐり抜けて、邸宅の中へと入る。天井に釣られたシャンデリアや左右対称に伸びている階段、全体的に落ち着いた色調で仕上げられた壁が年月を感じさせる空気を放ち、家の中を満たしている。

 

「多分響也はまだ作業中だと思うけど、どうする?」

 

「あ、じゃあ少し待たせてもらってもいいですか?」

 

「うん、分かった。じゃあ、こっちに来て」

 

ラモンに導かれて、三人が階段を登って行く。幾つもの扉を通り過ぎ通されたのは、一般家庭にあるような素朴なリビングだった。

 

「座っていいよ。ちょっと椅子の大きさが合わないのは許してね」

 

ラモンの奨めに従って、なのは達が椅子に座っていく。椅子に座ってみるとその言葉通り、なのはの両腕がすっぽりと入ってしまう程の大きさだった。キッチンに引っ込んだラモンが買い物袋から何かを取り出す音が響く中、なのは達は顔を突き合わせて小声で言葉を交わす。

 

「響也君ってお兄さんがいたんだ……」

 

「随分年が離れてるみたいね」

 

「でも、あの雑誌には響也君しか載ってなかったよ?」

 

「もしかしたら、響也君のお父さんのお弟子さんじゃない?」

 

「何か聞きたい事でもあるのかな?」

 

ラモンがお盆片手にキッチンから出てくる。なのは達は会話を中断して、そそくさと居住まいを正した。微笑みを湛えたラモンがお盆の上に置かれていたティーカップを一つずつ、なのは達の前に置く。

 

「え、ええっと、質問なんですけど……」

 

「どうぞどうぞ。何でも聞いてよ」

 

ラモンも椅子に腰掛けながら、なのはの言葉を促す。隣にいるすずかとアリサの顔に視線を向けた後、なのはは躊躇いがちに口を開いた。

 

「ラモンさんって、何歳ですか?」

 

「ああ、僕?140歳くらいかな」

 

「……え?」

 

普通では有り得ないその数字に、三人の思考が止まる。ラモンはコップの中身を啜ってから、くすくすと笑った。

 

「冗談だってば。そんな真面目に反応しないでよ」

 

「そ、そうですか……」

 

ラモンが顔の前で片手を振って否定の意を示す。唐突過ぎるその言葉に反応が遅れるなのは達。

 

「今年で丁度18歳。それとさっきの君の疑問にも答えるけど、僕は響也のお父さんの弟子みたいなものだよ」

 

「き、聞こえてたんですか?」

 

「生まれつき、耳は良い方だからね……おっと、やっと終わったみたいだ」

 

ラモンの言葉が終わらない内に、部屋のドアが動く。四人の視線が一斉に注目する中、ドアはゆっくりと開き、そこから一人の少年が部屋の中に入ってきた。

 

「終わったのかい、響也?」

 

「うん……ラモンさん、何か飲み物ある?」

 

大あくびと共に片目を擦りながら、チノパンとTシャツ姿の響也がラモンに問いかける。ラモンは自分の前に置いてあったコップを差し出すと、響也は嬉々としてそれを受け取った。なのは達はいきなりの展開についていけず、只々目の前の光景を黙って見ている事しか出来ない。

 

「バイオリンの修理は終わったの?」

 

「ニス塗りも終わって、今は乾かしてるとこ」

 

「それは良かった。ほら、修理が終わったら依頼主に報告しなきゃ」

 

「依頼主……?」

 

響也がぐるりと首を回して、ラモンの対面に座っている三人に目を向ける。響也と視線を交えて数秒後、静まり返った空気の中、なのはがゆっくりと片手を振った。

 

「こ、こんにちはー……」

 

「……え、ええええっ!?」

 

眼前にいるなのは達を認識した事で、響也の意識が覚醒する。驚きの余り、手に持っていたコップを取り落としてしまう響也。しかし、床に落ちる前に人間とは思えない程の素早い動きでラモンがコップをキャッチした。

 

「響也、気をつけなきゃダメでしょ?」

 

「な、何で皆がここにいるの!?」

 

「何でって、響也が呼んだんじゃないか。別にいいでしょ、家に上げても」

 

響也はラモンの肩を掴んで、無理やり顔を下げさせる。近くなったラモンの耳の近くで早口で囁いた。

 

「で、でもキバット達を見られたらどうするの!?」

 

「大丈夫。響也が作業している間に、皆はキャッスルドランに行ったよ。ここにいるのは、僕と響也だけさ」

 

「そ、それならいいけど……」

 

「キバットはともかく、リキと次郎にこの子達の相手は無理でしょ。その意味じゃあ、僕で良かったよ」

 

二人揃って横目でなのは達を見る。響也とラモンの内緒話に興味津々なのか、三人揃って響也達を注視している。ラモンは顔を上げてから、響也の背中を押した。

 

「さあさあ、完成品を見せてあげて。友達同士の話もあるでしょ」

 

「うん。じゃあ皆、こっちに」

 

響也が先に部屋を出ていく。ラモンが目線だけで促すと、なのは達も席を立って響也の後を追った。

 

「待たせちゃってごめんね」

 

「ううん。ラモンさんとお話してたから、退屈しなかったよ」

 

四人で木造の階段を昇って行く。幾つかの扉を通り過ぎた後、響也は扉に木で作られた表札の様な物が下がっている扉に手をかける。木製の表札には端的に”工房”と刻まれている。

 

「皆、入って」

 

響也を先頭に、四人は部屋に入っていく。そしてなのは達の目に飛び込んできたのは、古くからの空気を感じさせる、洋風の部屋だった。

 

「もう乾いてるかな……」

 

壁に沿うように数々の工具が吊るされ、部屋の中央に鎮座する木製の巨大なテーブルの上にはアリサのバイオリンが乗せられている。窓からは春の陽気が差し込み、部屋の中には暖かな陽気が漂っている。響也はアリサのバイオリンを触りながらぶつぶつと呟いていた。

 

「あともうちょっとか。それ以外は……」

 

「あの~……響也君?」

 

「継ぎ目も直したし、弦の張替えも完了……調律はまだだけど──」

 

「ちょっと!無視すんじゃないわよ!!」

 

「うわっ!?」

 

声を張り上げたアリサに驚いて、思わずビクリと体を震わせる響也。バイオリンから目線を外した響也はなのは達の方向に向き直ると、自分がしていた行動を思い出して体を縮こませた。

 

「あ……ご、ごめんね。僕、一度集中するとほかの事が入らなくなるんだ……」

 

「まあいいわ。それで、私のバイオリンはどんな感じ?」

 

「あ、うん。取り敢えず座って」

 

響也はなのは達の背後に鎮座しているソファを示す。三人が並んで座ると、響也は机の上のバイオリンを手で指し示しながら独白を始めた。

 

「バニングスさんのバイオリンだけど、やっぱり結構ガタが来てたんだ。だから一回バラして、骨組みの方にも手を加えてみたんだ。あと僕が切っちゃった弦も張り替えておいたよ」

 

「まだ完成はしてないのね?」

 

「ニスが乾くまで、もう少し待ってて……とまあ、そんな所なんだけど」

 

「あ、あのさ響也君。一つ聞いていいかな?」

 

アリサとすずかに挟まれたなのはが恐る恐る手を上げる。

 

「何?」

 

「一つ聞きたい事があるんだけど……お父さんの名前って何ていうの?」

 

「父さんの名前は渡だけど……どうかしたの?」

 

響也の言葉を聞いた瞬間、なのは達の表情が固まる。三人揃って口が半開きになり、視線は響也にしっかりと固定されていた。急になのは達の態度が変わった事に違和感を感じたのか、響也が躊躇いがちに質問を返す。

 

「三人とも、どうかした?」

 

「ねえ、もしかして響也君のお父さんってバイオリニスト?」

 

「うん……あ、もしかしてお父さんの事、どこかで聞いたの?」

 

「や、やっぱりアンタって……あの紅 渡の息子!?」

 

響也の言葉の後に続く様にアリサが勢いよく立ち上がる。そんなアリサを前にしても、響也はどこ吹く風とばかりに平静を保ったままだった。

 

「あのって言われるほどじゃ無いと思うけど……僕はお父さんの子供だよ」

 

「お、お父さんって凄い有名人なんでしょ?」

 

響也は脇に置いてあった木を取り上げると、机の上に置く。傍らに落ちていたヤスリを持つと、ゆっくりと木を削りながらなのはの質問に答えた。

 

「う~ん……そんな感じはあんまりしないんだ、僕。お父さんが凄い人だとは思うけど、有名人だって言われるとぴんと来ないし」

 

「で、でも実際、響也君のお父さんって凄いじゃない。私が持ってた雑誌とかでも特集組まれてたし、CDとかも出してるよ。それに今、海外でツアーの真っ最中のはずでしょ?」

 

「うん、それは事実だよ。でも僕思うんだ。大切なのはその人がどう言われてるかじゃなくて、どんな人かって事」

 

「どんな人……?」

 

「例えば、アリサちゃん」

 

「わ、私?」

 

ソファに座り直したアリサが、響也の名指しを受けてびくりと体を強ばらせる。顔を上下させて肯定の意を示した響也は木材を削りながら言葉を続けた。

 

「アリサちゃんの音楽はとっても純粋。激しい様に見えて、裏には他人を思う優しさがある」

 

「な、何言ってんのよ……」

 

「すずかちゃんは聞いてて心が安らぐような、優しい音。傍にいるだけで落ち着ける、そんな音なんだ」

 

「そ、そうなの?」

 

「それで、なのはちゃんは……」

 

「わ、私は……?」

 

なのはの目をじっと覗き込む響也。三人目となるなのはは、宣告される言葉を今か今かと待ち構えていた。やがて、響也がその口をゆっくりと開く。

 

「……普通」

 

「へ?」

 

「単純なメロディーを刻む、まだまだ子供の音楽」

 

「……ひ、酷いよ響也君!」

 

立ち上がったなのはが、響也の肩を両手で叩く。小学三年生に相応しい力で繰り出される拳は、全く痛くなかった。非難の声を上げているなのはを両手で止めながら、響也は続きの言葉を口にする。

 

「普通、普通って!すずかちゃんとアリサちゃんのはかっこいいのに!!」

 

「で、でも普通って事はどんな物にもなれる、そんな可能性を秘めた音なんだ。だから、なのはちゃんのこれから次第で、なのはちゃんの音楽は変わっていくよ」

 

「本当……?」

 

「本当本当。僕が保証してあげる」

 

響也の言葉を受けて大人しくなったなのはが元の場所へと戻っていく。なのはに襲われて乱れた服装を正すと、響也は元の作業へと没頭する。

 

「だから、僕はお父さんが凄い人だとは思うけど、有名人だとかは正直どうでもいいんだ。お父さんもそれでいいって言ってたし」

 

「でも響也、私達の事をそう言ってくれるのは嬉しいけど、アンタの言う“音”とか“音楽”って何よ?」

 

「あ、あの……それは、えーと……」

 

アリサの一言で、初めて響也が狼狽する。今まで何を言われても動揺しなかった響也が、なのは達の目の前で初めて混乱する様を見せていた。そんな響也を見かねて、すずかが横から救いの手を差し伸べる。

 

「もしかして、占いみたいな物かな?」

 

「そ、そうそう、それそれ!そんな物だよ」

 

「ふーん、アンタって不思議ね」

 

「はは……よく言われるよ」

 

「でも分かったわ。私はアンタを紅 渡の息子じゃなくて、紅 響也として見る事にする」

 

すくっと立ち上がったアリサが響也の瞳を真っ直ぐに見つめる。響也も、作業の手を止めて真正面からアリサの目を見つめた。二人の間で、互いの視線が交差する。

 

「これからよろしくね、響也」

 

言葉と共に、アリサが片手を差し出す。差し出された手を数秒見つめると、響也は片手を上げてがっちりとアリサの手を握った。

 

「うん、バニングスさん」

 

「あ、私も握手した~い!」

 

「あ、私も私も」

 

「わ、ちょ、アンタ達!」

 

なのはとすずかが、二人の横から入ってきて響也の手を包み込む。四人でおしくらまんじゅう状態となった後、響也とアリサはようやく手を離した。

 

「ふぅ……アンタ達、何やってんのよ」

 

「アリサちゃんばっかりずるいよ~。私も響也君とお喋りしたい!」

 

「ねえ響也君、一つお願いしてもいいかな?」

 

「なに?」

 

「もう一度響也君のバイオリン、聞かせてもらっていい?」

 

「うん、いいよ……あ、そうだ。丁度いいから、これで演奏しよっか」

 

何か思いついたように響也が手を鳴らすと、壁際に近寄っていく。壁に設置されたガラスケース越しに見えるのは左右対称に鳴る様に置かれている一対のバイオリンだった。響也はガラスケースを開けて、二つのバイオリンの内、右に置かれていた方を取り出す。先程の喧騒はどこへ行ったのやら、なのは達は響也が持っているバイオリンを見て押し黙っていた。

 

「ね、ねえ響也君……それってもしかして……」

 

「月村さんも知ってる?これ、お父さんが作ったバイオリンなんだ。せっかくだから、これで演奏しようと思って」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!それって、あの“ディスティニー・ローズ”でしょ!?」

 

「あ、バニングスさんも知ってるんだ」

 

「知らないわけないでしょ!紅 渡が作った、二十世紀における最高のバイオリンじゃない!!」

 

「そ、そんなに凄いの!?」

 

「あまりに凄すぎて値段がつけられないって言われてるけど、まさかこんな所にあるなんて……」

 

「好きな時に弾きなさい、ってお父さんが置いていってくれたんだ」

 

「そ、そんな気軽に……」

 

恐れ慄いている三人を放って、響也は一人バイオリンの調整を行う。二度三度と弦を弾き、ペグを回して弦の張りを調節する。何度かその作業を繰り返して満足気な顔を浮かべると、響也は左手にバイオリンを、右手に弓をそれぞれ構えた。

 

「いいんだ。“楽器は美術品じゃない。弾いてもらったほうがバイオリンも嬉しい“ってお父さんが言ってたから」

 

「……まあ、アンタがそう言うならいいけど」

 

「響也君、頑張ってね!」

 

なのはが両手を叩いて音を鳴らす。両隣に座っていたすずかとアリサもそれに追従し、あっという間に部屋は三人の拍手の音色に包まれた。

 

「あはは、何か恥ずかしいな……間違っても、笑わないでね?」

 

「大丈夫だよ。昨日の演奏、凄く良かったから」

 

「それじゃあ、弾くよ」

 

響也は机の脇に立ってディスティニー・ローズを顎で挟む。大きく息を吸うと、厳かに弓を弦に当てた。

 

「……~♪」

 

(……あれ?)

 

響也の演奏の途中で、なのはがごしごしと目を擦る。ぱちぱちと瞬きを繰り返して再び響也を見ると、真摯に演奏している響也が視界に入った。

 

(気のせいかな……誰か男の人が二人、見えたんだけど)

 

なのはの視線の先で、響也が演奏を続ける。小さな部屋で演奏するその姿は、図らずとも祖父や父と同じく、真剣に音楽に打ち込む一人の男の姿だった。

 

 

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