転生少年ジーノ君の冒険譚   作:ぷにMAX

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 木製のコップをあおる。

 のどが鳴り、中の液体が胃の中に流れ落ちていく。

 口からコップを離す。

 

「美味い!もう一杯!!」

「朝からうるさいわね!!」

 

 朝日が顔を出し、辺りが明るくなってくる頃。

 黄金に輝く、小麦が一面に実った『黄金平原』に、トトリたち一行はやってきていた。

 少し肌寒さが残ってはいるが、直に温まってくることだろう。

 今の冒険者ランクで、アランヤ村周辺の回ることのできる場所は全て回った。

 後は、アーランド周辺を回ることで、冒険者ランクを上げることができる。

 そのため、トトリたちはアーランドに行かなければならなかった。

 ペーターの馬車が修理中なため、歩いて移動しなければならない。

 メルヴィアたちと別れ、村から北にある分かれ道を東へ。

 馬車では、2週間。

 徒歩ではそれ以上にかかる道のりを、一行は進んでいかなければならない。

 そして、現在いるのが、黄金平原と名付けられた、小麦畑である。

 豊富な自然と肥沃な土地によって、農作物が多く実っている。

 中でもその名の通り、金色のカーペットが敷かれているようであった。 

 運よく、農場では作物を分けてもらうことができ、小屋で休むこともできた。

 道中では苦戦するような敵は現れなかったものの、初めての長い道のりであったので、三人の顔にはそれぞれ疲労が見て取れた。

 冒険者になって日が浅いため、野宿などの技術はまだ未熟であった。

 十分な休息をとったことで、それぞれに元気がもどっている。

 特にジーノは、農場のヤギからミルクを分けてもらえて、喜びをあらわにしている。

 日の出とともに外に出、腰に手をあて、ぐいっと一飲み。

 搾りたてのミルクは、美味かった。 

 『シャリオミルク』は、ミルクそれ自体の他にも、チーズやほかの乳製品にも使われる優れものである。

 アランヤ村にも、ここでとれたミルクが出荷されているのだという。

 つまりは、普段ジーノが口にしているものは、ここから輸送されて、バーで出されているということだ。

 

「ミミちゃんも飲めよ」

「ミミちゃん言うな!!――――飲まないわ。私、ミルクって嫌いだし」

「へえ、甘い方が好き?」

「そりゃあ――――って、別にあんたには関係ないでしょ!」

 

 ジーノは、ミルク嫌いのミミのために、一計を案じることにした。

 搾りたてのミルクは、確かに癖があって飲みづらいと感じるのかもしれない。

 そこで、加熱したホットミルクに、果物のジャムを投入する。

 黄金平原、それにここに来るまでの道に生えていた、『青い実』や『紫ぶどう』などの果物である。

 青い実は、水洗いして皮をむく。

 中の実まで青いのが、この名の由来らしい。

 見た目に反して、甘みのある果肉で、黄金平原に来るまでにいくつかかじったりしていた。

 紫ぶどうは、さっと水洗いを済ませるだけでよい。

 先端の尖った、変わった形をしているこのブドウは、身の部分が少ないのだが、実は皮の方が甘くておいしい。

 普通は皮ごと食べる。

 シャリオミルクを少量加え、ゴリゴリとすりつぶす。

 ミルクの色が青色に変わってきたら、それを残りのミルクと混ぜ合わせる。

 

「ほら」

 

 青と白の混ざった液体を、ミミに渡す。

 ところどころに果肉や皮が浮いているのを見て、ミミは顔をしかめる。

 

「飲んでみ」

 

 渋々と、コップに口をつけた。

 

「――――意外といけるわね」

 

 果実の甘さがホットミルクと絡まって、思っていたよりも飲みやすかった。

 ただ、商品化するには味を整える必要があるだろうが。

 搾りたてのミルクは、ミミには癖が強く感じられたが、これなら飲めそうだ。

 湯気がコップから立ち昇っている。

 数回息を吹きかけて、ちびちびと口にする。

 眼前の男は、また何か考え付いたようである。

 ()()顔で、何かをすりつぶしていた。

 

「何やってんの?」

「いたずら」

 

 しばらくすると、小屋の中からトトリが出てきた。

 おぼつかない足取りで、こちらに向かってくる。

 まだ眠そうな顔で、目をこすっている。

 

「じーのくん、みみちゃん、おはよー」

「おはよう、トトリ」

「眠そうだな、トトリ。これ飲んで元気出せ!」

 

 ジーノはコップを手渡した。

 半場意識がないトトリが、それを無意識に受け取る。

 一口口づけ、

 

「――――すっぱーい!?」

 

 ジーノは笑っている。

 何をやっているのだか。

 黄金平原では、青い実の他に『赤い実』も取ることができる。

 真っ赤なほど熟しているのではなく、若い実であるそれをすりつぶしてミルクと混ぜ合わせたものを、先ほどトトリは飲んだのだ。

 特に若いものは酸味が強く、果実の甘さが少ない。

 いくらかミルクと混ぜ合わせたことで軽減されているものの、やはりすっぱかった。

 

「もう、ジーノ君のバカ!!」

「悪かったって。でもほら、トトリが寝坊助なのがいけないんじゃん」

「そ、それは……」

「馬鹿なことばっかり言ってないで、出発するわよ」

 

 会話を断ったのは、ミミだった。

 愛用の槍を手に、立ち上がる。

 

「ほら、トトリもシャキッとする!」

「み、ミミちゃん、私まだ飲んでないんだけど」

「早く飲みなさい。アーランドまでまだ距離があるんだから、すぐに出発するわよ!」

「ふえーん、待ってよぉ」

「ミミちゃんは今日も元気だなぁ」

「だからミミちゃんって言うなっつってんでしょ!?切り刻むわよ!?」

「お、いいぜ。もう一回やるか?」

「ふん、一度勝ったからって、調子に乗るんじゃないわよ」

「上等だ。ルールは前と同じでいいな?」

「ええ、かまわなくってよ」

 

 二人が互いの得物を構える。

 

「――――二人とも」

 

 声がした。

 底冷えするような、声色だった。

 悪寒が、背中にはしっている。

 どこか寒いのは、早朝のせいだけではない。

 二人がゆっくりと、顔を向けた。

 トトリは笑顔だった。

 手には、赤い爆弾が握られていた。

 

「「ごめんなさい」」

 

 慌てて、二人が頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 トトリたちがまっすぐ道なりに進んでいくと、大きな黒い物体を見つけた。

 

「ねえ、これって――――」

「間違いないわね」

「これは、初めて見るな」

 

 前時代の遺物、機械であった。

 どこの誰かは知らないが、確かに、その文明が存在していた。

 今よりも技術が進歩していた時代、その遺物が、アーランド付近の遺跡から発見された。

 アーランドの人々は、初めはそれが何なのか、何のために使うのか、何もわからなかた。

 そこで、たまたまアーランドに訪れていた錬金術士が、機械の使い方を教えたことが、アーランドが発展した理由である。

 その時、時代の国王が錬金術士に与えたのが、今のロロナのアトリエであった。

 彼女たちの活躍はまたの機会に置いておいて、アーランドでは古代の遺物がたびたび見つかるのである。

 これもその一つだ。

 話ではよく出てくるものの、実物を見たのは三人ともこれが初めてであった。

 地面から顔を出しているのは、上半身だけだ。

 ジーノにとって、それは前世で見た船のように見えた。

 しかし、劣化が激しいうえに、半分が土の中に埋もれているため、よくわからない。 

 部品も、ところどころ分解して、別々の場所に落ちている。

 表面に触れてみると、赤黒いさびがついた。

 

「おや?」

 

 声がした。

 一同が振り向くと、猫背で黒いリュックを背負ったお兄さんが。

 

「珍しいね、こんなところにこんな若い子たちが」

 

 男がこっちに歩いてくる。

 眼鏡をかけ、白衣を着ていた。

 

「おっさん、誰?」

「僕はおっさんという歳ではないよ。……それにしても、こんなところに来るなんて、君たちも遺跡の探索に来たのかな?」

「違います。ここには、たまたま通りかかったもので……」

「にしてもおっさん、なんか科学者みたいだな」

「ほう、わかるのかい?」

「普段から白衣着てる奴は、医者か科学者くらいのもんだからな」

 

 ジーノと男が話合っているとき、トトリの袖を引くものがあった。

 

「ちょっと、なんで返事なんかしたの?」

「え、だ、だって、ジーノ君も返事してたし……」

「見るからに怪しい奴じゃないの!絡まれて厄介ごとになったら面倒でしょ。さっさと立ち去るわよ」

「う、うん」

 

 二人が男に聞こえないように、小声で会話している間にも、男たちの話は続いている。

 断片的に聞こえてくる言葉の中には、なにやら横文字の強そうなものもあったが、トトリにはその言葉の意味がさっぱりわからなかった。

 

「それにして、おっさんはなんでここにいたんだよ?」

「僕はおっさんではないよ。……うむ、どう説明したものか」

 

 男がうまく言葉がまとめられずに、頭をかいたところだった。

 ゆらりと、男の後ろに現れる影があった。

 死角に入っているため、男には見えなかった。

 三人は顔色を変え、一斉に指を指した。

 

「モンスターだ」

「ん?おいおい、いくら僕の顔が悪いといっても、それはひどいんじゃないのかい?」

「ち、違います!後ろにっ!!」

「後ろ?」

 

 ゆっくりと、後ろを振り向いた。

 振り向いた先、顔の前に、顔があった。

 モンスターの。

 頭に角を生やした悪魔が、こちらをにらんでいる。

 数は、多かった。

 視線をまっすぐに戻すと、思い出したように手をうった。

 

「そうだ、君たち、こういう場面を切り抜ける良い方法があるんだけど、知っているかな?」

 

 三人は首を横に振った。

 それはね、と男は腰を折り、地面に両手をついた。

 三人には、次の行動がなんとなく理解できていた。

 まさかと、思わず言葉が口からこぼれる。

 

「逃げることだよ!」

「「「やっぱり!!」」」

 

 男が三人を抜き去っていく。

 慌てて体を反転させ、男の後を追う。

 後ろで、モンスターたちの咆哮が聞こえた。

 

「ああ、もう!やっぱりろくな事なかったじゃない!?」

「そ、そんなこと言われても――――」

「いいから走れ!さすがにあの数を相手にすんのは、厳しいぞ」

「うう……、あ、あの人、もうあんなところに」

「こら、待ちなさい!!あんたが連れてきたモンスターでしょ!?」

「もうあんなとこにいやがる……。やるな、あのおっさん」

「うう、どうしてこんなことにー!?」

 

 結局、三人がモンスターたちを撒くことができた時には、黄金平原のすぐそばまで戻ってきていた。

 機械の近くにいたあの男は、一体何者なのだろうか。

 そんなことよりも、トトリたちは今はただ、休みたかった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 あの後、もう一度遺跡の近くを通ったが、モンスターはもうそこにはいなかった。

 代わりに、機械を住処の代わりに使用していた『ウォルフ』たちがトトリを襲ってきた。

 三人は、貯まった鬱憤を晴らすかのように暴れ、ウォルフたちの群れを追い払った。

 トトリが投げまくった爆弾によって、また少し機械が新たな顔を見せたことをここに記しておく。

 そのまま北へ進んでいくと、やがて石できれいに舗装された道に出た。

 もうすぐアーランドである。

 日が暮れそうになっていたので、疲れていたが、急いでアーランドに向かった。

 夜、民家から明かりが漏れ出るころ。

 三人は、アーランドにたどり着いた。

 ヘロヘロな体に鞭を打って、元王宮の冒険者ギルドにまでたどり着く。

 

「うわっ、どうしたの、あんたたち?」

 

 近々休もうと思っていたクーデリアは、代わりの受付嬢からの知らせを受け取って、受付に行ってみると、へろへろになった三人を見つけた。

 

「……クーデリアさーん」

「な、なによ」

 

 震える手で差し出されたのは、冒険者免許だった。

 確認すると、確かに活動した実績が残されている。

 しかし、

 

「――――惜しいわね。あとちょっとで、ランクアップだったのに」

「そ、そんなぁ――――」

 

 その言葉を最後に、トトリは夢の世界に旅立っていった。

 やれやれと横で見ていた受付嬢に声をかける。

 

「この子を客室に連れてってあげて。それと、あんたたちも。どうせ寝るとこないんでしょ?」

 

 ジーノもミミも、疲労困憊だったため、何も言わずにただ、クーデリアの後についていった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 翌日は、お昼を越えても三人は眠っていた。

 よほど疲労がたまっていたらしい。

 夕方になって、ようやく起きだした。

 関節の節々から音が鳴る。

 城に備えてある風呂で汗を流し、クーデリアの所まで歩いていく。

 

「なぁ、クーデリアのねえちゃんよ。なんとかなんねえのか?」

「何んとかって、何がよ?」

「ランクアップだよ。あと何すりゃいいんだ?」

 

 アランヤ村周辺で、現ランクで行けるところは全て回った。 

 アーランドまでの道のりも順当に制覇していった。

 ここに来るまでに、主要な場所には行ったはずだ。

 では、何が足りなかったのか。

 そっと、クーデリアが何かを差し出した。

 依頼が書かれた紙だった。

 

「トトリ、あんた冒険ばっかしてて、錬金術の方をおろそかにしてたでしょ?」

「―――え、あ、は、はい。ちょっと忙しくて……」

「足りないのは、そこね。あんたの冒険者免許は、一応特別仕様だから。ちゃんと錬金術の分をポイントに入れないと、ランクアップできないようにできているの。そこにいる二人は、もうランクアップできるのよ」

「どうして、わたしだけ……」

「決まってるでしょ。あんたが、ロロライナ・フリクセルの弟子だからよ」

 

 だから、そこに書いてある依頼を頑張りなさいと、アトリエの鍵とともに手渡す。

 それから、ジーノたちの方を向き直ると、

 

「あんたたちも、トトリが依頼を終えるまで、更新しないから」

「ど、どうしてよ!?」

「友達なんでしょ?なら待ってあげなさいよ」

 

 その言葉に、ミミは口を詰まらせると、それ以上口答えしなかった。

 あんたもわかったと、視線をジーノに送る。

 ジーノは黙ってうなづいた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 というわけで、しばらくの間、彼は暇であった。

 ミミはトトリに着いてやると言って、一緒にアトリエに向かった。 

 手持ちぶさたとなったジーノは、仕方なくアーランドを回ることにした。

 思えば、最初に来たときは、あわただしくてゆっくりと街を見て回ることができなかった。

 いい機会だと思って、いろいろ見て回ることにしよう。

 その前に、ジーノの腹が、行動を主張した。

 気づけば、ふらふらと足が動いていっている。

 どこからか、食欲をそそるいい匂いがするのだ。

 匂いにつられて、扉を開ける。

 扉を押すと、上部につけられた鈴の音がした。

 

「いらっしゃい!!」

 

 テーブルに料理を運んでいた、白いエプロンを付けた男が威勢よく声を上げる。

 カウンターに腰かけると、水の入ったコップを男がジーノの席に置いた。

 

「注文は?」

 

 前世のくせで、メニューを探したが、そんなものは置いてなかった。

 きょろきょろと不自然な挙動に、男が顔をしかめると、

 

「お前、初めてか?」

「はい」

「そりゃあ、悪かったな。俺はここのコックをやってる、『イクセル・ヤーン』ってんだ」

 

 男はイクセルと名乗った。

 俺はと、彼自身が名乗る前に、腹が主張した。

 イクセルは声を上げて笑うと、厨房に入っていく。

 しばらくして、厨房から出てきた彼の腕には、大きな皿が乗せられていた。

 

「食え!」

 

 言われなくてもと言わんばかりに、手と口を動かす。

 トトリたちの別れた後、夜も朝も抜いていたため、ジーノは限りなく飢えていた。

 その飢えを満たすために、出てきた料理を片っ端から腹の中に詰め込んでいる。

 

「良い食いっぷりだな」

 

 その光景が、料理人の彼にとってはうれしいようで、ニコニコしながら追加の料理を持ってくるのである。

 ジーノが腹いっぱいを主張するまで、二人のやり取りは続いた。

 

「お前、冒険者か?」

 

 落ち着いたところで、イクセルが質問した。

 壁に立てかけてある長剣を見て、そう判断したのだろう。 

 

「そうだぜ」

「……懐かしいな。俺も、お前くらいのガキの頃に、仲間と一緒に冒険者みたいなことしてたんだぜ」

「へぇ」

「そいつと一緒に、未知の食材を探しに行ったりな。本当に懐かしいな」

 

 在りし日の情景を思い浮かべながら、イクセルが呟いた。

 

「お前も、一緒に冒険に出かける仲間がいるのか?」

「いるよ」

「そうか。そいつのことは、大事にしろよ」

 

 ジーノがお代を出そうとしたところを、イクセルが止めた。

 あまりにもいい食いっぷりだったから、初回はサービスと言って、タダにしてくれた。

 その代り、今度仲間を連れてこいと言い残して。

 

「サンライズ食堂をよろしく!!」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「来たぜ、ハゲルのおっさん!」

「ん、……おう、何だ兄ちゃんじゃねえか。久しぶりだな!!」

 

 初めてアーランドに来てから、この武器屋には実に二度目の訪問である。

 この店の主、ハゲルは相変わらず熱い炉の前で、鋼を打ちつけていた。

 

「それで、今日はどうしたんだ?」

「おっさんが見繕ってくれた武器が、刃こぼれしちまってよ」

 

 肩でかついでいた長剣を手渡す。

 鈍い銀の光沢の中で、鋼にへこみや傷が見え隠れしている。

 

「――――兄ちゃん、こりゃあ手入れしてねえな」

 

 じとっとした視点が、ハゲルからもたらされた。

 ジーノは顔を背けた。

 武器は己の一部であると考える。

 そうすれば、力の通りがよくなる。

 すると、剣の切れ味が格段によくなり、動きも別物に変わる。

 反面、その力にかまけているせいで、武器本体の性能を十分に発揮できないでいる。

 今回、アーランドに再び来るまでに、ジーノは一度も研ぐことはなかった。

 長剣は前に扱っていた細剣よりも、力を多く入れることができるため、多少切れ味に違和感を感じたとしても、ごり押しできたのだ。

 さらに、元々の重さに加え、大きさがモンスターにとって脅威であるため、普通に振り回しているだけでも、アランヤ村周辺部や、アーランドに来るまでには問題はなかったのである。 

 言い換えると、ぬるい。

 あの、最初にアーランドに行くまでの馬車の旅で出会った、猛獣のような、そんな相手が欲しかった。

 弱いものねだりなのはわかってはいる。

 しかし、あの時あの獣と、確かに本気で激突していたのだ。

 邪魔は入ったものの、ジーノの突き立てた牙の片方は、確かに相手に届いていた。 

 培った技術や力というものを、試したくてしょうがない。

 男というのは、やっかいなものである。

 

「この剣は、後で研いでおくとしてだ」

 

 ハゲルが、ジーノの全力に耐えられそうな鉱石は見つかったかと尋ねた。

 ジーノは首を横に振った。

 ジーノは鉱山で拾った鉱石で試したことを伝えた。

 ハゲルがそれを腕を組みながら聞いている。

 

「つまり、純粋なインゴットの方が、力がより伝わるってことだな?」

「ああ、鉱石に入っている不純物のせいで、力の流れが乱れるみたいなんだ。おっさんの作った剣が、力の流れがいいのはそのせいだと思う」

「つまりは、純度の高いインゴット。それも、希少価値の高い鉱物を使ったものが望ましい、か」

「理想はそうだな」

「弱ったな、そうなると、嬢ちゃんに頼まなくちゃならねえかもな……」

「ん、誰だ?」

「兄ちゃんの言っていた、錬金術士の嬢ちゃんの師匠の嬢ちゃんだよ」

「ああ、ロロライナ・フリクセルだっけ」

「そうだ。あの嬢ちゃんなら、希少な金属のインゴットを作成することができるからな。俺も昔世話になったもんだよ」

「うーん、でも今はいないんだろ?ロロナさん」

「そういえば、最近見かけねえな」

 

 とりあえず、インゴットについてはロロナが帰ってくるまで保留することになった。

 

「それにしても、兄ちゃんは最終的に扱う武器ってのは決まってるのかい?」

「え?」

 

 ハゲルが切り出した言葉に、疑問の声が上がった。

 

「インゴットが用意できたとして、だ。俺にはまだ、兄ちゃんが扱う得物の造形のイメージができてないんだ。使う本人としては、何か要望はあるかい?」

 

 使う得物。

 思えば、これも考えたことがなかったことかもしれない。

 これまで、細剣は親が買い与えてくれたから使っていた。

 長剣は、ハゲルがよこしてくれたのと、でかい武器はかっこいいから選んでいたのである。

 

「……悪い、考えたこともなかったよ」

 

 ジーノの言葉に、ハゲルがやっぱりかと言葉をこぼす。

 

「……長剣を俺が選んで持ってきたときに、うすうすそう思っていたよ。兄ちゃんは、まだ自分のスタイルが出来上がってねえな」

 

 ミミは槍。

 トトリは杖と錬金術。

 メルヴィアなら斧、もしくは素手。

 クーデリアなら銃というように、誰もが自分の得意な得物を使った戦闘スタイルを確立させていく。

 それは自分の長所から。

 自分の経験から。

 自分の直感から、戦闘に必要な要素を組み立てていくのにも必要なものだ。

 ハゲルも長い間、武器屋を営んでいるため、目利きには自信があるのである。

 彼から見れば、ジーノには固定された型というものが、存在していなかった。

 だから、戦闘スタイルの違う細剣と長剣を、交互に扱うことができたのである。

 もちろん、これは絶対ではない。

 戦いで必要なことは、相手に勝つことである。

 勝てるのなら、別にスタイルなんてどうでもいい。

 むしろ、我流とでも名を付ければいい。

 しかし、ジーノのものは、我流でもなかった。

 そこまで習熟しているわけでもない彼の戦闘技術は、もっぱら彼の力のコントロールにあてられている。

 武器が許容できる範囲で、全力を出す。

 おそらく、小さいころからそうやって、無意識の手加減を覚えてきたのだろう。

 だから、とっさに全力を出そうとして、コントロールを誤る。

 

「兄ちゃんよ」

 

 ハゲルがジーノの肩に、手を置く。

 

「若いんだからよ、あんま悩まなくてもいいぜ」

「でもよ、おっさん――――」

「逆に考えるんだよ。いいか、お前さんはまだ小さい。体も、心もだ。まだ成長途中。そうだろ?だから、これからでっかくなってく間に、いろんなことを経験して、いろんなことを考えて、いろんなことをやってみればいい。考えるのは、それからでも悪くねえぜ」

「――――」

「まあ、俺からのアドバイスは、これだけだ。兄ちゃんの扱う力ってのを、とことん考えてみたらいい。案外、兄ちゃんの長所とか短所とか、そういったもんが理解できるかもしれないぜ」

「……そうか、そうかもな」

 

 ジーノの表情が変わっていた。

 どこか晴れやかで、すがすがしさを感じさせるものだ。

 

「ありがとよ、おっさん!」

「おうよ!それで、こいつはどうする?別のに変えるか?」

 

 台の上に乗せてある長剣を一瞥する。

 ジーノは、首を横に振った。

 

「いや、まだ使うよ。短い付き合いだけれど、愛着がわいてるんだ」

「そうか。それならいいんだ」

「そうと決まれば、おっさん!剣の手入れとか、研ぎ方とか教えてくれよ」

「おう、いいぜ!兄ちゃんが覚えてくれれば、こっちが仕事にしなくていいから、大助かりだな」

「おいおい、それじゃ、おっさんが路頭に迷っちまうぜ」

 

 野太い声とまだ高さを持つ声、二つが織り交ざった笑い声が、漢の鍛冶屋に響き渡った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「―――――ん、確認したわ。依頼、お疲れさま」

 

 クーデリアがトトリに課した依頼が正式に授与され、晴れてトトリたちは冒険者ランクを上げることができた。

 GLASSがIRONになり、いくつかの場所への冒険が解禁された。

 

「そういえば、あんたたち、当分こっちにいるのよね?」

「はい。アーランドの周りでも行かなければならないところがいっぱいありますから」

 

 この場合、むしろアーランド周辺の方が、冒険者の仕事が多いのである。

 いちいちアランヤ村に戻っているのでは、時間がかかりすぎるため、当分は拠点をロロナのアトリエにすることに決めた。

 クーデリアからアトリエの鍵を受け取ったトトリ。

 ロロナのアトリエには、なぜかトトリのアトリエのコンテナと中身がつながっており、はっきり言って業務に支障は全くなかった。

 依頼に関しても、もともとアーランドからアランヤ村周辺の冒険者に対して、ゲラルドの酒場を仲介して行われていたため、問題はない。

 一応、ツェツィやメルヴィアに手紙を出しておくことにはした。

 

「ほら、出てきなさい!!ちゃんと自己紹介する!!」

「うう、なんで私が……」

 

 クーデリアの横の机から、なにやらおどおどとした女性が出てきた。

 今まで気づかなかったが、どうやら隠れていたらしい。

 彼女は、フィリー・エアハルト。

 依頼についての受付は、彼女を通して行ってくれと、クーデリアから説明があった。

 拳で顎を隠すような、そんなスタイルの彼女だが、トトリやミミといった女の子には少しまともに話すことができるらしい。

 ジーノについては、……彼の名誉のために、黙っておこう。

 ただ、彼は何もやっていないことは、確かである。

 

「ランクも上がったことだし、あんたら、これに挑戦してみる?」

 

 クーデリアが不敵な笑みを浮かべ、三人の前に一枚の紙を置いた。

 そこには、猛禽類特有の鋭い眼。

 鳥類の尖ったくちばし。

 大きな一対の翼。

 獣のしなやかな肉体。

 それらが織り交ざった姿をしていた。

 このモンスターの名は、『グリフォン』という。

 

「一流の冒険者になるためには、避けては通れない壁よ」

 

 見事突破してみなさい!!と彼女は言った。

 

 

 

 

 

 

 


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