星界軍修技館合同訓練競技会の終わった1週間後、シュリル・ウェフ=キルヒム・ダリシュは、皇帝への『青の牙』の定例報告をすませて、帝宮から戻る途中に『猫の楽園』といわれている軌道公園でのんびり、すごしていた。
『猫の楽園』という軌道公園は、多くのノラ猫が住んでいた。ここの猫は誰のものでもなく、誰にも支配されない毅然とした猫が多かったので、猫好きの間でも度々話題になる場所だった。
「(いつも、ここへ来ると落ちつくな。僕も本当はジントみたいに自分の猫を飼いたいけど、色々と忙しい。ディアーホをかまえるだけでも十分かな。でも、ディアーホは猫として毅然があまりないからな。ここの猫をかまうのはまた、違った楽しみがあるしね。)」
ダリシュは、真っ白い猫を腕に抱えて、ノドをさすって、ベンチでくつろいでいた。
すると、その猫をじっと見つめる空色の髪をした少女が近づいてきた。
ダリシュは、その少女を見たとき、エクリュア訓練生だということを認識した。
「その猫?…・あなたの猫なの?」唐突に声をかけるエクリュア
「え、違うよ。ここの住人さ。たまにここへ来るのだけど、遊んでもらっているのさ。」穏やかな笑みで答えるダリシュ
「そう…・。名前は?」興味深く見つめるエクリュア
「僕はセレスと名づけている。他の人が彼をどういうかわからないけどね。君、この猫に興味があるけど、君の知っている猫と似ているのかな?」
そう何気なくダリシュが聞くと、瞳が一瞬、悲しそうな色を見せた。
「別に…・(私が家で自分の猫だと思ったあの子に似ている…・・)」
「そう。わかった。じゃぁ、セレスをかまっていてよ。僕は他の子を探すから。」そういって、エクリュアにセレスを預けてしまい。ダリシュは、そこのベンチからはずれで他の猫をかまいにいった。
しばらく、セレス以外の猫を眺めたり、ときにはさすったりして、時間を過ごしていて、元のベンチに戻ると、エクリュアと数人の誰かがもめているみたいだった。
「ねぇ、ノール。いい加減、僕の気持ちを理解してよ。子供の頃から君が好きなんだ。だからつきあってよ。」
ダリシュは、その青年の胸の鉤爪の紋章があることからコリュア一族だとわかった。他の二人も同じ紋章をつけていた。
「サグゼール、しつこい。あなたを好きになることは永遠に無い。」平然と言い放つエクリュア
「そんなこといわず、なぁ、つきあってみれば、わかるって。絶対、後悔はさせないから」なおもエクリュアの腕をつかみ、しつこく迫るサグゼール
すると、エクリュアが抱いていたセレスがエクリュアをつかんでいる手の甲を引っかいた。
「痛い、何するんだ。この猫」そういって、猫を思いきり腕ではらった。
「フギャー」とセレスは、エクリュアの腕の中から叩き落されて、逃げていった。
すると、エクリュアは、無言でサグゼールを思いきりぶん殴った。
「ノール。いきなり、何をするんだ。」突然、殴られて驚きと怒りを見せるサグゼール
「猫をいじめた報い」怒りに満ちた瞳で睨み返すエクリュア
「へ、そうかい。君がそんな態度をするんなら、力ずくで僕と一緒にきてもらうよ。」そういいながら、他の二人に目線を送り、エクリュアを強引に連れて行こうとするサグゼール
「あらあら。とんだ場面にでくわしたな。」
ダリシュが遠くからのんびりとその様子を眺めていたら、足元にセレスが擦り寄ってきた。そして、ダリシュをじっと見たあと、エクリュアの方向へ悠然と歩き出した。
「セレス、彼女を助けろということかい。わかったよ。本当はあまり、揉め事は好きじゃないけど、君にはいつも遊んでもらっているしね」
しぶしぶ猫の後へついていくダリシュ
「ねぇ、君達、女性を誘うときはもっと優雅にやるべきじゃないかな。君達が遣っている行動はどう見ても野蛮なものしかみえないけど」
いかにも面倒そうな態度でサグゼール達に話しかけるダリシュ
「なんだい?今僕達は、大事なところなんだ。邪魔しないでもらいたいよ。」急に声をかけら不審に思うサグゼール
「あなた…?その子の遊び相手」
足元にいるセレスが悠然と歩いているのを見て、ダリシュのことを気がつくエクリュア
「そうはいってもね。こいつが彼女を助けないと、遊んでくれないかもしれないんだ。だから、そういうことは、ここではやらないでほしい。永遠にね」そういって、そっとセレスを抱きかかえた。
「ち、こいつケンカを売るきだな。いいだろう。メガリア、アルガス。こいつを黙らせろ。」そういって、自分の弟分に命令を出すサグゼール
コリュアの二人はもうぜんと殴りかかった。しかし、その瞬間、猫を抱えたまま、二人のパンチをあっさりかわすと、空中へジャンプして回しげりの一撃をほぼ二人同時に顔面にくらわせると彼らは倒れて、うずくまった。
「一応、手加減はしておいたから大丈夫だよ。」にっこりと微笑むダリシュ
「くそ、覚えていろよ」そういって、痛みに苦しんでいる二人を引き連れてサグゼールは帰っていった。
「さてと、セレス、彼女を守ったのだからこれからも遊んでくれよ」
「にゃーん」と満足そうにセレスはつぶやいた。
すると、頬を少しエクリュアは赤らめてつぶやいた。
「ありがと」
「どういたしまして。さて、僕もそろそろ時間だし、帰るよ。」セレスを地面におろして帰ろうとするダリシュ
「あの…・名前?」つぶやくように聞くエクリュア
「おや、驚いた。君が僕に興味を示すとはね。僕の名はシュリル・ウェフ=キルヒム・ダリシュ。今は主計科の修技館の2年生さ。」
「シュリル・ウェフ=キルヒム……・。」その名前を聞いた瞬間、表情はいつもの無表情に戻り、敵意のある眼差しでダリシュを見た。
「あの『黄金眼の天才児』の兄弟?」
「そうだよ。エクリュア訓練生。やはり、あまりユーリルのことは、良く思っていないみたいだね。まぁ、あの勝負に負けたからしょうがないか。さて、僕も帰るよ。もし、ここにまた来るなら会えるかもね。じゃぁね。」そういって今度こそ宇宙港に帰ろうとするダリシュ
いきなり、エクリュアはダリシュの腕をつかんだ。
「まだ、僕に何か用でも?」
「勝負する。『黄金眼の天才児』と。だから…・・」無表情だが瞳の奥に闘争心を燃やすエクリュア
「ごめん。そういうことは、受け付けていないんだ。第一、君には無理だよ。ユーリルに勝つには。あのときだって、最初から全力を出していれば、常に先行していたのはユーリルだと思うよ。」エクリュアとユーリルの勝負のセッティングを断るダリシュ
「でも…やってみなければ、わからない。」そういって、一向にダリシュの腕から離れようとしないエクリュア
「(これは、受けないと離してくれそうもないな。でも、妹にこんな面倒を押し付けるも悪いし、この方法しかないか)わかった。わかったよ。」エクリュアの熱意に負けるダリシュ
「そ、ありがとう。」
「ただし、ユーリルと勝負する前に僕とするのが条件。僕に勝ったらしてもいいよ。もっとも、無理だと思うよ。」自信の笑みを浮かべるダリシュ
「そ…わかった。(主計科翔士が私に勝てるなんて思わない。また、再戦ができる。今度こそ勝つ。)」その条件を納得するエクリュア
こうして、ダリシュとエクリュアの私的な交通艇のレースが決まった。
次の休日
「あれ、ダリシュ、今日は頭環が違うね。君の家業でもするのかい?」標準タイプの頭環に戻していることに気付くジント
「ちょっと、違うよ。真剣勝負をしてくるのさ。ジント、今日も留守番たのむよ。夕食までには帰ってくるから。」そういって、寮から出るダリシュ
ダリシュとエクリュアは、交通艇のスタート地点を『猫の楽園』にした。ここから、クリューヴ門を周って、戻ってくるというコースだった。
宇宙港からゆっくりと離れて、交通艇を停止させて、スタート時間のラクファカールの標準001200時になるまで、待機していた。
「エクリュア訓練生、前もって行っておくけど、最初から全力でいく。これは、勝負というより僕の操舵の鑑賞会のようなものなると思うよ。しっかり、ついていって、見ていてよ。」自信に満ち溢れた表情で話すダリシュ
「ふ、勝つのは私」エクリュアも負ける気なんてすこしもなかった。
001200時になり、二つの交通艇は出発した。
「う…・嘘…・」エクリュアがそうつぶやいたのはスタート直後だった。
ダリシュの加速はあまりにも速かった。エクリュアは、最初の加速の戦いで負けて、差をつけれられていた。しかも、それだけではなく、その差は縮まるどころか、どんどん開いた。
「信じられない。(加速の操舵だけでなく、最大加速の耐久力も違うの?)」あまりにも違う実力さを信じきれないエクリュア
しかも、そのスピードの中で最短コースを通るために軌道城館や艦艇、その他の士族の家をギリギリの操舵でかわしていた。
「すごい…・でも、きれい」ダリシュの操舵を空識覚で確認して素直に感動するエクリュア
彼女にとって、大敗をきしたことより、ダリシュの操舵の優雅さと美しさに心を奪われていた。この操舵を見ると、自分の操舵や他のアーヴの操舵がいかにガサツで優雅さから欠けていたものだと本気で感じていた。
「私は負けた。でも、あまり悔しくない。(私が今まで見た操舵の中で最高だった。あれは、芸術に近い)」エクリュアは、この時点で完全に負けを認識した。
こうして、エクリュアは、ダリシュと大差をつけられて、スタート地点であり、ゴール地点の『猫の楽園』に戻ってきた。
「どうだい?僕の操舵は、エクリュア訓練生」いつものように穏やかに微笑むダリシュ
「すごい。それに美しい。シュリル訓練生、あなたは、『黄金瞳の天才児』より速い。なぜ、いわなかったの?」疑問を抱くエクリュア
「別に言う必要はなかったから。どっちみち、この問題を妹の方に迷惑かけたくなかったからさ。さて、約束は守ってもらうよ。僕に負けたから妹に勝負はいどまないでほしい。」
「そ、わかった。」頬を赤くしながら言うエクリュア
このとき、エクリュアは彼女の人生にとって、未知の体験をしていた。
ダリシュの顔を見ると、心臓の鼓動が速くなり、体が熱くなっていた。しかも、その笑顔を見ると胸がしめつけられるような感覚に襲われるのに嬉しく思ってしまう。
自分の感覚がどうかしてしまったと思い始めていた。
「さてと、夕食まで、ここの猫達と遊ぶか?僕は猫が好きだからね」そういて、『猫の楽園』に入っていくダリシュ
エクリュアも、ダリシュについていき、猫をあやして遊んでいた。二人とも猫と遊ぶのに夢中になった。
ダリシュは、夕食の時間が近づいていたので、セレスをはじめ、かまっていた猫達に別れをつげ、『猫の楽園』をあとにしようとしていた。
「もう、帰るの?」すると、ふいにエクリュアが声をかけた。
「うん、そうだよ。じゃぁね。」
そっけなく挨拶をして帰ろうとするダリシュ
「また会える?」少しを赤らめて聞くエクリュア
「うーん、わからない。でも、ここには、休日になるとたまに来るし、そのときはあえるかもしれない。でも、君が僕に興味を持つとは驚いたよ。」
意外そうな表情でエクリュアを見つめるダリシュ
「そ…。わかった。また…・」
ダリシュに見つめられて、恥ずかしそうさっていくエクリュアだった。