シュリル・ウェフ=キルヒム・ユーリルは悩んでいた。もちろん、ジントにプレゼントするアリレームのことだった。
彼女は手作りのアリレームを考えて色々、思考錯誤してみたけど、やはり、地上人に合うと確信できる味はつくれなかった。それなら、いっそ、アーヴ風でもいいかなと感じていた。アリレームなら味が薄くても食べられないということはないと思っていたし、こっちの方だったら絶対の自信はあった。
そして、そう決意して、午後からの講義の内容は、彼女はすでに10歳で完璧にマスターしていたものだったので、一応、体調不良という理由でさぼって、買い物に出かけていた。
「うーん、やっぱり、スルグーと合うアリレームとかなら、食べてくれるかもしれないわ。うん、ここは、危ない橋を渡るより、アーヴ風味でいくわ」と独り言をいっていて、
アリレームの材料を厳選していた。
「ユーリル訓練生、ココで何しているの?」
驚いて振り向くと、そこには担任が居た。
「貴方ほどの優等生がサボって何をするかと思ったら、バレンタインね~。相手はジント君でしょ?まぁ、今日の欠席は多めに見てあげるけど、あまり欠席すると停学という事もありえるから、気を付けるのよ」
担任が去ったあと、驚いて大きく脈打つ心臓は止まらなかった。
「ふー、びっくりしたわ。見まわりにでもきたのかしら。まぁ、そんなことより、良い材料無いかしら。すいません、スルグーに合うアリレームの材料のカカオ豆はありませんか?」アリレームの専門店の店員に聞くユーリル
「お客さん、ちょうどいいところに来ましたよ。このマルミース伯国のクルゼール産のが入っています。これは、限定商品であと一つだけなんですよ。もし、ここで買い逃したら、あと1ヶ月は入手困難ですよ。しかもラクファカールではうちだけの商品です。ぜひ、お勧めします。」気のよさそうな地上人の店員が豆が入った袋見せて勧めた。
ユーリルは、その豆のサンプルを見て、香りを嗅いだり、どういう触感のアリレームができるかを詳しく聞いた。
「わかったわ。それ買います。」話を聞いて、満足してユーリルはそのカカオ豆を買って、その店を後にした。
宇宙港へ向かう途中、通りのかどを曲がる直前、猛スピードで走ってくる地上人の男がユーリルにぶつかりそうになった。
ユーリルは空識覚と持ち前の反射神経で難なく優雅にかわしたはずだった。しかし、腰につけていたカカオ豆の袋がその男にぶつかり、さらにそのはずみで、その袋は飛ばされ、地面に落ちたものをその男に踏みつけられ、カカオ豆は粉々にされた。
「ちい、なんだ、邪魔だ。気をつけろ」男は無造作にはき捨てた。
その言葉を聞いた瞬間、ユーリルの怒りは沸点まで到達し、無言で男のむなぐらをつかみ怒りに満ちた表情で睨みつけた。
「ひ…、何すんだ」
ユーリルの迫力とむなぐらをつかむ腕力がとても、その細い体から想像できないほど強く、男は恐怖した。
「あなた、今、何をやったの?答えなさい」怒りに満ちた声で尋ねた。
「王子殿下、助けてください。変な女にからまれています。」
ユーリルの後ろで不思議そうに見ているアブリアルの耳をした少年に男は助けを求めた。
「王子殿下?」
その言葉でユーリルは後ろを振り向いた。普通のアーヴなら誰もが一度は、見たことがある少年がいた。
アブリアル・ネイ=ドゥブレスク・ウェムダイム子爵・ドゥヒールその人であった。
「王子殿下、この士族の女が因縁をつけてくるのです。クリューヴ王家の家臣の私を助けてください。」
「そういうことですか………。では、あなたの君主は王子殿下というわけですか。」状況を素早く理解して、冷静さをとりもどし、態度をいつものように戻すユーリル
「そうだ。だったら、この手を早く、離せ。痛いだろ。お前もアブリアルの怒りは怖いだろ」急に強気になるクリューヴ王家の家臣
すると、ユーリルは、その男から手を離し、ドゥヒールに話しかけた。ドゥヒールの側には、数人の地上人の護衛の家臣と一人のアーヴの女性がいた。
「王子殿下、私はシュリル・ウェフ=キルヒム・ユーリルと申します。大変恐縮ですが、殿下の家臣が私の大事なカカオ豆を台無しにしてしまいました。ですから、それと全く同じものを弁償していただきたいのです。でも、このカカオ豆はあと1週間以内に絶対、必要なのです。それも忘れないでください」丁寧に話すユーリル
「何をいっているのだ?別に俺は悪くないぞ。(何だこの女。アブリアルが怖くないのか?逆に弁償を要求するなんて)」居直る家臣
「なら、あそこの方々に聞いてみますか?一部始終をごらんなりましたから?あなたも往生際が悪い男ですね。不当に破壊されたものを弁償してもらうの当然の権利ですよ。ねぇ、王子殿下。」家臣の男ではなく、あくまでもドゥヒールに要求するユーリル
「そうか。わかった。同じものを弁償すればよいのであろ。カルス、あのものが買った店へ行き、同じものを買うがよい」ドゥヒールはユーリルのココア豆をつぶした男に命令した。
「殿下、たぶん、その店にはないでしょう。あそこの店員が偽りを言ってなければ、このラクファカールでも売っている店はないそうです。だから、いち士族の私よりも、殿下なら見つけてくれると思って頼みました。」
「そうなのか?とにかく、その店へ行き、調べるがよい」
しばらくして、家臣カルスは帰ってきたが、ユーリルに売ったカカオ豆はすでに収穫期を過ぎていて、1週間以内に手に入れるのは不可能だった。しかも、その豆は封を開けてから3日以内に加工しないと風味が格段に落ちるため、今まで売った人から手に入れようとしても、ユーリルに売る前の客はすでに、3日以上前だった。
その後、王宮や他の貴族にこの豆がないかを調べたが、結局、見つからなかった。かなりの貴重品であり、事実上、手に入れるのが不可能だということをドゥヒールに伝えた。
「そなた、どうして1週間以内でないと駄目なのか?もう少し、期間を延ばしてくれたらなんとかなりそうなのだか」家臣の発言を聞いてすまなそうにするドゥヒール
「王子殿下、実は言うと、これは、私が銀河で最も愛する人のためにある記念日に手作りして贈るための御菓子の材料です。だからこそ、なるべく貴重な材料を使い、選んだのです。殿下、もし自分が愛する人のための贈り物を台無しにされたら、どう思いますか?」金色の瞳でまっすぐドゥヒールを見つめるユーリル
「そうか、それを悪いことをした。すまぬ。(だから、あれほど怒っていたのか。確かに私がラフィール姉様への贈り物を台無しにされたらそのものをやつ裂きにしたくなるであろ。それに比べて、ここまで冷静にいるとは驚いた)」ユーリルが最初は怒っていたが、その後冷静に対処していることに素直に感心するドゥヒール
「王子殿下、なぜ、こんな女のために謝る必要があるのです。いいじゃないですか、たかがカカオ豆でしょう。その料金の5倍くらい払えばすむことです。」
その言葉を聞いた瞬間、ドゥヒールの怒りが爆発した。
「そなた、無礼だぞ。このものがどんな気持ちでこれを選んでいたのがわかるのか?それをただ金品だけでまかなおうというのは、無礼にもほどがある。こんな無礼なものは我が王宮にはいらぬ。父に頼んでそなたをやめさせてもらう。絶対にだ。」ユーリルの気持ちを考え、怒りを表すドゥヒール
「王子殿下、すいません。どうかお許しを。どうかお許しを。」アブリアルの怒りが自分に向けられて、しかも解雇宣告をうけ、恐怖するカルス
「殿下、いいですよ。確かにこの男の言い様や態度は無礼ですけど、職を失うほどではありません。しばらく、草むしりと雑用とか罰となる仕事を無給でさせるくらいでいいと思います。でも、殿下、これくらいの無礼の態度で解雇させたら、交易をしたとき、苦労しますよ。世の中にはもっと態度が悪い人間や悪意に満ちて人を騙そうという人間が多くいますからね。」優しく諭すようにドゥヒールを止めるユーリル
「でも、そなた。この弁償、どう、つぐなえばいいかわからぬ。…そうだ。金品とは別にそなたを僕の王宮の宴にきてもらえぬか。今回の謝罪を込めて最大級のもてなしをする。いいか、よいであろ」自分の家臣の失態を感じ、うむも言わさぬ表情でユーリルを見つめるドゥヒール
「はぁ…(どうして、私がこんな子供を相手にしないといけないかしら。面倒なことになったわ。兄さんや父さんが聞いたら、シュリル一族としては宴を受けろというだろうし、まぁ、パリューニュ子爵殿下の情報を集めると思っていきますか)」言葉を濁しながら考えをめぐらせるユーリル
「駄目か?でも、アブリアルの誇りにかけて、そなたに何もしないわけにはいかないと思う。だから、ぜひ、来て欲しい。」自分の気持ちに熱がこもり、思わずユーリルの手を握ってしまうドゥヒール
「わかりました。では、7日以内でお願いします。その後、特別な人のためにカリレームをつくる準備とかしないといけいないので、宴にいける余裕はありません。」しぶしぶ受けるユーリル
「わかった。3日後でいいな。クリューヴ王宮の宇宙港でそなたをまっているからな。」満足そうに言って、ドゥヒールは帰って行った、
「はぁ~。面倒な事を引き受けたわ。まぁ、しょうがないか」
と、自分に言い聞かせるユーリル。
3日後、シュリル・ウェフ=キルヒム・ユーリルは、クリューヴ王宮の宇宙港へ来ていた。
青のつなぎに青の頭環、青の端末腕環、まさしく、青1色の姿をユーリルはしていた。唯一、左胸にあるキルヒム家の紋章である八つの卵を守る白い鷲の紋章だけがかなり目立っていた。
この姿は、皇族に公式訪問するときのシュリル一族の決まりであった。
ちなみにシュリル一族の紋章に共通するのは、白い鷲であり、親戚であるカリュー一族の羽を広げた鷲と類似していた。
「王子殿下、招待にあずかり、光栄です。シュリル・ウェフ=キルヒム・ユーリル参上しました。王子殿下、実は言うと、ここに来るのは、2回目です。前回は、宇宙港だけしか訪問していなかったですけどね。」微笑みながら言うユーリル
「そうなのか?それは、驚いた。でも、何の用できたのだ?」興味をわくドゥヒール
「うーん…。それは、秘密ですわ。殿下。でも、もし、殿下のおもてなしが私の満足いくようなものでしたら、教えて差し上げてもいいです。」悪戯っ子の笑みを浮かべるユーリル
「そうか。わかった。では、僕のクリューヴ王宮へようこそ。シュリル訓練生」宴の会場まで案内するドゥヒール
クリューヴ王宮でユーリルのために開かれた宴は、王宮に住んで居るもののみで行われていて、ドゥヒールが言うには、内輪だけのささやかなものだと称したが、実際には王宮には1万人近くの住人がおり、その中でそれなりの役職をもった人々がきていたし、その数も数百人を超えていたので、アーヴの一般的な士族にしてもささやかなものとは、感じるのは不可能なものだった。
「王子殿下、私みたいないち士族にとっては大変な待遇ですね。驚きました。でも、私はあのカカオ豆のことは、もう過ぎたことなので、気になっていないですし、ここまでされると、ちょっと、引け目を感じますわ。」素直に感心するユーリル
「そうか。でも、そなたの手作りのカリレームの大事な材料だったのだろ。結局、それはどうしたのだ?」やはり、気にするドゥヒール
「父に相談して、別の材料を買いました。あれより、質は落ちるかもしれませんが。それに、贈り物とは、本来、その品物より、送り主に対する心つかいが大事だと父に言われたので、愛情を込めてつくりますわ。」ジントを想いうっとりした表情をするユーリル
二人が話していると、そこへ王宮の主たるアブリアル・ネイ=ドゥブレスク・クリューヴ王・ドゥビュースが来た。
「ドゥヒール、そなたの謝罪したい相手というのはこのものか。」悠然と歩き、ドゥヒールに話しかけるドゥビュース
「はい、そうです。父上。シュリル・ウェフ=キルヒム・ユーリル訓練生です。僕の家臣が彼女の大事なものを壊しただけでなく、ひどく無礼な態度をとったので、そのための償いのために宴を開きました。」なぜか、恥ずかしそうに言うドゥヒール
「ほう、本当にそれだけで、招待したのか。まぁ、よい。シュリル訓練生、我が息子の招待を歓迎してもらいたい。でも、そなたと会うのは、あのとき以来だな。」
「そうですね、クリューヴ王殿下。」丁重な態度で言うユーリル
「父上は、彼女のことを知っていらしたのですか?」驚くドゥヒール
「まぁ、色々とな。それより、ドゥヒールそなたは、知っているのか?このものが飛翔科修技館で『黄金目の天才児』といわれるほどの訓練生だということを。何でも、修技館の歴史上最高の成績を次々と上げているみたいだ。」探るように見るドゥヒール
「え、そうなのですか…それは、すごいですね。」素直に感心するドゥヒール
「王子殿下、確かにそう言われていますけど、私はまだまだ自分の器量に満足しているわけではありません。世の中には上には上がいますから。それより、ここの料理はどれも最高級なものですね。セムリューシュ産の林檎酒もあることですし、私にとって大変満足しました。」満面の笑みで話すユーリル
「シュリル訓練生、少し、ドゥヒールをお借りする。ちょっと、聞きたいことがある。何、すぐにもどってこさせるから安心するがよい。それまで、このスローギアが相手をする。このものは、ラフィールの侍女長だったものだ。よいであろ」ドゥビュースは、ユーリルの訪問の意図を理解していた。
「わかりました。では、待たせていただきます。」クリューヴ王の申し出を嬉しく思うユーリル
この後、ユーリルは、スローギアからラフィールの情報をかなり得て、今回の宴での目標を達成して、とても満足した。
一方、二人きりになったドゥビュースとドゥヒールは、ユーリルについて話をしていた。
「息子よ。あのものを誘ったのは、本当に謝罪のためだけか?私にはもっと他の理由があったとみうけられる。」嬉しそうに話すドゥビュース
「父上、そんなことはありません。単なる謝罪のためです。」声を荒げるドゥヒール
「そなた嘘が下手だな。さきほどの話しているときの態度や振る舞いは、明らかに特別だった。そなた、シュリル訓練生に惚れたのではないか?」やすやすとドゥヒールの心を見抜くドゥビュース
「父上、それは…………。」顔を真っ赤にしながら口こもるドゥヒール
「やはり、事実か。しかし、そなた、私と同じで女性を見る目はなかなかあるとみえる。プラキアには、ほど遠いが、なかなか素晴らしい娘に惚れたな(プラキアの半身の源だから惹かれたのか?)」息子の反応を面白がるドゥビュース
「シュリル訓練生は、プラキア卿と同じ瞳をしています。あの瞳で見つめられると、すごく安心した気がするのです。それに、はじめてあったとき、あの人は、僕がアブリアルなのに、まったく、恐れたり、苦手そうな、あるいは、居心地悪そうな態度は全く見せなかった。それになんだか、姉上と同じ雰囲気を感じるのです。でも…」突然、悲しそうな瞳をするドゥヒール
「そうか、あのものには、すでに他に好きなものがいるみたいか。それは、辛いな。アブリアルの希望。」頭をなでながら言うドゥビュース
「父上のいうとおりです。私は、シュリル訓練生を好きになったみたいです。あの方を見ていると、胸がしめつけられ、心臓の鼓動がとまりなくなり、どうしようもない気持ちになります。でも、あの方にはすでに好きな人がいらっしゃるみたいです。本当に辛いです。」初めて、本音を言うドゥヒール
「そうか、では、どうする?あきらめるのか?アブリアルとしては、恋の戦いもせずに引くのは、父としてはふがいないと思う。もし、そなたが望むなら息子の支援をするであろ(子の恋愛に口出しするというのは親としては最大の道楽だから)」乗る気になるドゥビュース
「父上…。わかりました。できるだけ努力します。例え、実らぬ恋でも何もしないより、何かした方が自分の気持ちがはれます。」すっかり乗る気になるドゥヒール
「そうだ。止まるか進むか迷ったら進むのだ。鋼の心。」そういって、満足そうにするドゥビュース
こうして、あらたなる恋の戦いが始まろうとしていた。それを知らずユーリルは、ラフィールの情報を得て、ご機嫌で宴のお酒を飲んでいた。そこへ、ドゥヒールとドゥビュースが帰ってきた。
「王子殿下、王殿下、私のためにのような宴を開いていただいてありがとうございます。とても、満足しました。」酒精に少し寄っているせいか顔が赤いユーリル
「そうか、僕もそなたに満足してもらって嬉しい。それと、もし、機会があったら、また王宮に来てもらいたい。」まっすぐ金色の瞳を見詰めるドゥヒール
「王子殿下、残念ながら、それは断らせていただきます。確かに今回のもてなしは素晴らしかったですが、もう一回味わおうという気はありません。それに、今後、会うことはほとんどないと思いますから。」アーヴらしくはっきり、断るユーリル
「でも…」とても、残念がるドゥヒール
「シュリル訓練生よ。私からも頼む。王宮に来ることを約束してくれぬか。今すぐとは、いわぬから。」援護するドゥビュース
「王殿下、王子殿下、その頼み、ありがたいですが、さしたる理由もなく王宮に来るほどの身分は私にはないですし、その気もありません。ですから、この宴の最後にシュリル一族に伝わる舞いを披露させていだきます。」
ユーリルは、そういって、おもむろに長さ200ダージュほど白い絹の布を取りだし、無重力庭園に入った。
そして、クリューノを操作して、そこから曲を流すと踊り出した。
ユーリルの踊りを見ていたクリューヴ王宮の人達はあまりの舞いの美しさに感動した。それは、まるでおとぎ話に出てくる「天翔る天女」のように感じた。
白い布と青い服と金色の瞳のコントラストも舞いをみている人々の心をとらえて離さなかった。
その場にいた人々は、ユーリルが踊っている間、一言も発することなくただ、見守りつづけていた。
曲が終わり、ユーリルが戻るとクリューヴ王をはじめ、家臣たちは拍手をして賛美した。
「シュリル訓練生、そなたにこんな才能まであるとは、驚いた。それにしても、見事だ。」感心するクリューヴ王
「シュリル訓練生……・…(なんて、素敵な人なんだ。やはり、あきらめることなんでできない)」ますます惚れこむドゥヒール
こうして、ユーリルを迎えた宴は終わった。