「あの、ダリシュ君、私……」きまずそうにクリューノでダリシュに呼びかける大喬
「大喬さん、しょうがない。事故みたいなものさ。それに決闘だから、こういうことになっても、おかしくない。いくら実力差はあってもね。」感情が全く、こもっていない声で言うダリシュ
「そ、そうね。じゃぁ………」気まずい雰囲気のまま大喬の通信は切れた。
血まみれのユーリルを担ぎながらハーデスは話しかけた。
「ユーリル、もう大丈夫だ。演技しなくても大丈夫だろう。それにしても、驚いた。ハイド伯爵閣下に約束をとりつけるための策に大喬を利用するとはまったく、我が娘ながらやるものだな。」本当に感心するハーデス
「ええ、でも、兄さんにはばれないかしら。それが心配だわ。」腹部を抑えて話すユーリル
「大丈夫、映像は画質も粗くしているし、多少の違和感もないようにしている。それに、その血は、ユーリル自身から作ったものだし、映像だけでは判断できないだろう」しっかりと補佐するハーデス
「なら、安心か。でも、大喬さんも私の演技につきあってくれてよかったわ。父さん、彼女にはばれていたわ。」
「そうなのかい?あの様子だと真剣に心配していたみたいだ。」その話に驚くハーデス
「たぶん、本気のあの一撃を出させたお礼ということでしょうね。まったく、このオリハルコンの鋼線をまいて腹部を保護して、貫かれなかったけど、あばらの2.3本は、折れたわ。これくらいの痛みがあるのですもの、私の演技につきあっても罰はあたらないわ。(それに同じ恋する乙女の気持ちを理解したのかも)」苦痛に歪めながら話すユーリル
「そうか。確かに彼女ほどの腕なら腹部をつらぬいたかどうかなんて、感触でわかるはずだな。まぁ、あとで、礼をいわないといけないだろう。」大喬に感謝するハーデス
「それで、父さん、私は一応、病院にいくことになっているから、そこへジントを呼んで。二人きりにする。そうして、アリレームを渡す。そのあと、ベットで…・」よからぬ妄想をするユーリル
「ごほん。まぁ、勝利を確信するのはいいが、まだ、油断はできん。ダリシュが彼の側にいることを理解した方がいいぞ。」一応、娘の妄想に釘をさすハーデス
「…私の演技を教えるかしら」
と、少し心配になるユーリル。
「可能性は否定できないな」
と、ハーデス。
二人が心配していたが、その頃、エデンの艦橋では、そんなことを考える余裕はない状況だった。
情報局特務艦隊・旗艦<アマレカウ>
「いやぁ、面白いものをみせてもらったよ。しかも、かなり参考になった。ダリシュ君を責めるのではなく、ハイド伯爵閣下の心を攻める。兵法の常識だね。通信参謀、ダリシュ君の船に通信を送れ」ユーリルと大喬の決闘の映像を盗撮して、何を思いついたカシュナンシュ
そして、通信を送る通信参謀
「ダリシュ君、ハイド伯爵閣下、そろそろ、この騒動に決着をつけたいと思ってね。これを見た前」そういって、通信士の翡翠色の髪に漆黒の瞳をしている美女に凝集光銃を向けるカシュナンシュ
「何をやっているのです。カシュナンシュ大提督?」驚くジント
「なるほど……そういうことですね。あなたも、思いきったことをしますね。部下の命を引き換えにしてまでも委員長のアリレームをジントに食べさせたいとは………」カシュナンシュの意図を理解するダリシュ
「さすがといっておこうか。ダリシュ君。でも、この判断を決めるのではなく、ハイド伯爵閣下だ。閣下、どうぞ、我が愛しの委員長のアリレームを受け取ってください。さもないと、ムルスファー前衛翔士は、死にます。」こめかみに銃をつきつけて言うカシュナンシュ
「ジント言っておくけど、彼は、目的のためなら部下の命なんてなんとも思わない男だ。そこに躊躇もためらいもない。これを聞いて、自分で判断してくれ。」困ったような表情で言うダリシュ
「そ、そんな…(ここで、断ったら何の関係無い人が死ぬ。たかが、アリレームを拒否しただけで、そんなことは、できない。)……カシュナンシュ大提督、わかりました。委員長のアリレームを食べます。」決心するジント
「賢明な判断ありがとう。これで、委員長も喜ぶだろう」隣で見守っていた委員長に視線を送るカシュナンシュ
だが、委員長の顔は不満そうにカシュナンシュを見ていた。
「パパ、ニ度とこんなことしないで、いくらなんでも、こんな卑劣で卑怯な手段はとらないで、ジント君の優しさにつけこんで…私は怒っているの。」メガネの奥から怒りの瞳で睨む委員長
「わ、わかったよ。私のかわいい委員長。2度としないから、怒らないでくれ。」
彼女の剣幕に困り果てるカシュナンシュ
こうして、委員長とユーリルは主計家修技館の応接室でジントにカリレームを食べさせることが、決まった。バレンタイデーの日が過ぎるまであと3時間を切った状況だった。
そこには、ダリシュ、ジント、ユーリル、ハーデス、カシュナンシュ、アルネージュ、委員長が集まっていて、隣の部屋では大喬と小喬が興味深く様子をうかがっていた。
ユーリルは、演技上、病人用の移動壇に乗せられて、同じ主計修技館の病院からここまで、来た。
カシュナンシュ大提督も、情報局の部下は全員、下がらせてアルネージュと二人だけで、この場所に来た。理由は、ハーデス達を刺激するといけないとう判断のためだった。彼も委員長にかなり、怒られたので、これ以上、騒ぎを大きくはしたくなかったのであった。
「ねぇねぇ。結局さぁ、両方ともジント君の弱みに付け込んだのよね。世の中酷い人もいるのね」
と、大喬は、ダリシュに優しく抱きつきながら愛の競争に水をさし、
「結局、ここの部屋に来たのか。まぁ、いっその事3人同時に相手したらどうだい?そうすれば、少しはマシになると思うよ」
と、ダリシュは逆に火を注いでいく。ダリシュは面白そうだ。
その時、ダリシュに、大喬は小さく話した。
「ねぇ、報酬は……もらえるのかしら?もしもらえるのなら私はアリレームの代わりに体を捧げます」
「ちゃんと、あげますよ。夜のひと時を楽しみますか」
と、誰にも聞こえないように話した。
その様子をジントは見ていてキョトンとした顔をしていた。
「兄さんのことは、どうでもいいわ。とにかく、ジント。このアリレームケーキ食べてみてよ。けっこう、私、頑張ったのよ。」そういって、ハート型のケーキを取り出すユーリル
「それより、私が買ったクルーエース店のアリレームは美味しいわよ。手作りじゃないけど、地上人の店員に聞いたら、最高に美味しいといっていたのだから、大丈夫よ。」白い袋にピンクのリボンがまかれていて、『愛の星』と書かれていたものを渡す委員長
ジントは、その二つのアリレームを用心しながら、まずは、委員長の一口サイズの星型の形をしたアリレームを口に頬張った。
「…美味しい。美味しいよ。委員長。良かった。前回とは違っていて」意味ありげに言うジント
「うん、ありがと。(前回とは、あの弁当のことね。私だって学習するわ。それにしても、本当は、私の口移しで満足してもらうつもりだったのに、こう邪魔が多くては無理ね)」そういって、周りを不満そうに見渡す委員長だった。
「ねぇ、ジント、次は私の方を食べてよ。絶対、満足するから。」そういって、ベット上の移動壇から上半身を起こして、一口サイズに切って、フォークで食べさせようとするユーリル
「ユーリル、恥ずかしいよ。自分で食べるから。」そういって、フォークを受け取り、恥ずかしそうに口に含むジント
「うん…・。美味しい。ちょっと、薄味だけど、口に広がる香りがいいね。こういう上品な味もいいかな。」満足そうに言うジント
「ジント、ありがと。(あーあ、せっかく、アーンと渡して、皆に私達のアツアツ度をみせつけようとしたけど、ジントが恥ずかしがるなんてまだまだね)」自分の考えどおりにいかないことに少し不満を持つユーリル
カシュナンシュ大提督とハーデスは、そんな二人の様子を見ながら、心の中で娘(委員長は遺伝子提供者だけど)は、なんてかわいいんだと心の底から思っていた。
逆にその様子を眺めていたアルネージュは心の中でカシュナンシュとハーデスの二人に対して馬鹿だと思っていた。
こうして、異様な緊張状態が続いたまま、ジントは二人のアリレームを全て、美味しそうに食べて、バレンタインデーはつつがなく終わるかと思われていた。
「ねぇ、ジント、最後にこのスルグー飲んでよ。かなり気に入ると思うわ」そういって、スルグーを渡すユーリル
「あ…、ありがとう。」
そういったジントの様子を見て、ユーリルは違和感を感じた。まるで、スルグーが嫌いなような感じだった。
そのあと、スルグーを一気に飲みほすジント
「うん、美味しいよ。ユーリル」
だが、その様子はあまり、おいしそうではなかったので、ユーリルの違和感はますます増しっていた。
そこへ、ジントの足元に置いてあった猫籠から鳴き声を聞いた
「にゃーん、ふー」
その瞬間、ユーリルの疑念はさらに深まり、思わず、ジントの足元においてあった猫籠から猫を取り出して確認した。由緒正しいアーヴ猫だったが、ユーリルがいつも見なれているジントが飼っている猫とは微妙に縞が違っていた。
ユーリルは確信した。
「あなた何者?」そういって、凝集光銃を抜き、ジントにつきつけるユーリル
「何を言っているんだい?ユーリル。どうかしたの?」動揺を見せるジント
「あなた、ジント君になんてことするの?」驚く委員長
「本当にそうかしら?」そういって、前触れも無く威力を半減させた凝集光銃を発射するユーリル
すると、ジントは、銃が発射する直前に素早く跳躍してかわし、ユーリルの背後に回っていた。
「あら、条件反射でかわしてしまった。これは、失敗だね。でも、さすがハーデスの娘さん。いや、ヘルマスターの妹かな。」
そういって、ジントの顔をしていたものを剥ぎ取り正体をみせた。
「お、お前は『マジシャン』。『青の牙』で最も変装術が得意なお前がどうしてここに?」突然の状況の変化に動揺するハーデス
「いや、もちろん、ヘルマスターから頼まれたからさ。ねぇ、ダリシュ君」そういって、腰まで伸びた濃紺の髪と漆黒の瞳を持ち、冷酷そうな表情をした顔立ちが整った青年は、ダリシュの肩を叩いていた。
「そうです。彼には、ジントの影武者をやってもらって、委員長とユーリルのアリレームを全て食べきるという任務を与えました。これで、ジントとの約束は果たすことはできました。」いつも以上に穏やかな笑顔をするダリシュ
「最初から、仕組まれていたということね。でも、どこで、いれかわったの?…………そうだ。あの迷彩機能がついた移動壇。あのときね。」思い出すユーリル
「正解だよ。ユーリル。それと、父さん。僕はもっとできると思ったよ。少なくても、ユーリルより早く気がついて欲しかったな。父さんが二喬を雇っているということを知ったとき、父さんやるなと思ったよ。でも、同時にあれが、僕のチャンスだったのさ。ジントをいれかえるための。だって、僕が離れる自然な理由ができる。どこで、そのタイミングを計るか考えていたけど、お父さんのおかげで、すんなりいけた。あとは、ラシェールという言葉を聞かせておいて、そこに僕とジントとディアーホが乗れば、全員信じると思っていたよ。情報局に関しては僕の力を一度見せ付ければ、嫌でも目に付くしね。僕以上の護衛がジントにつくはずないという先入観を植え付けられるし、上手くいったよ。」自分の作戦を満足げに話すダリシュ
「く……。ダリシュ、完敗だ。それしか私にはいうことがない。」それを言ったきり、黙り込むハーデス
「き、きさま。私を騙したな。このカシュナンシュ・ウェフ=ゴス・エールは、騙されることがもっとも、誇りが傷つくのだ。しかも、こんな完璧に騙すとは…」怒りのあまり、ダリシュに向かって発砲しようとするカシュナンシュ
だが、彼が構える前にダリシュは装飾銃を発射して、カシュナンシュの銃を叩き落した。
「まぁ、カシュナンシュ大提督、落ちついてください。」そういって、穏やかながら殺気のこもった瞳でダリシュは彼を睨んだ。
「……わかった。」その瞳を見たとき、カシュナンシュは得たいの知れない恐怖を感じて、おとなしくすることに決めた。
「カシュナンシュ大提督が…帝国でアーヴが生み出した突然変異の変人と言われている。彼が…睨まれただけで大人しくしている。信じられない………」上司の行動に驚愕するアルネージュ
「それで、ジントは、今、どこにいるの?」完全に負けを知りながらも気になるユーリル
「帝宮のある場所で寝ていると思うよ。一応、あと1時間くらい、つまりバレンタインデーの終わりの時間に起きるように睡眠ガスで眠らしたから。ディアーホも一緒に寝ているだろう。そして、ここから帝宮まではどう頑張っても、僕でさえも2時間はかかる。しかも、二人にアリレームはない。二人には悪いけど、今回は僕の勝ちだね。」満面の笑みを浮かべるダリシュ
「そう、わかった。でも、誰がジントをそこまで送ったの?兄さんが親友のジントを任せることができる人物なんてそういないと思うけど」疑問を持つユーリル
すると、そこへ、一人の女性がまるで、やっと自分の出番が来たという雰囲気でやってきた。
「ユーリルちゃん、お久しぶりね。ハイド伯爵閣下を帝宮まで密かに送ったのは、私よ。」緑色の髪と瞳をもつ女性が現れた
「ティアラ…。君は、休暇中だったはずだ。まさか、その休暇は、今回のことでとったのか?」驚くハーデス
「ティアラさん。あなたなら、わかるわ。兄さんがジントを預けられる人ね。はぁー、父さん、完敗。もう、帰りましょう。どだい、兄さんに策で勝とうなんて考えたのがいけなかったのよ。」帰り支度をするユーリル
「ええ、そうよ。ハーデス。ああ、それと、カシュナンシュ大提督をはじめ、皆さん。初めまして、私は、アイリーフ・ウェフ=ケレス・ティアラといいます。まぁ、一応、ダリシュの遺伝子提供者です。皆さん、残念でしたね。さてと、一応、自己紹介も終わったので、ダリシュ、一緒にハイド伯爵閣下を迎えにいきましょうか。今から行けば、ちょうど、彼が起きている頃でしょう。」ダリシュと同様の穏やかな笑みをするティアラ
「うん、わかった。じゃぁ、皆さん、お疲れ様でした」そういって、ダリシュとティアラは帝宮へ向かっていった。
「委員長、私達も帰ろう。ハイド伯爵閣下については、これからも相談乗るかな。」子供を諭すように言うカシュナンシュ
「そうね。パパ、でも、今回のことであまり、相談に乗りたくないわ。だって、艦隊を出撃したり、部下を殺そうとしたりして、そんなことをしたら、ジント君に嫌われるわ。あれが本物のジント君じゃなくて内心実はほっとしているの。確かに騙されたかもしれないけど、ジント君に嫌われたわけじゃないわ。」カシュナンシュに釘をさす委員長
「そうか…。今後は、もっと、考えてやるぞ(脅迫は禁止されたか、次は薬物にするか、それとも、誘惑にするか…、あるいは、…・・)」すでによからぬ考えをめぐらすカシュナンシュだった。
「(…あの様子だとまた、つきあわされるの?最悪だ。あの上司、いつか、ぶっ殺したいわ。)」とカシュナンアシュを横目で見ながら殺意を抱くアルネージュ
こうして、主計修技館にいたメンバーは、全員それぞれの場所に帰って行った。
その頃、ジントはというと、帝宮のとある人物の寝室で寝ていた。ディアーホもその傍らで同じく丸くなって寝ていた。
「ハイド伯爵、起きるがよい。そろそろ、時間が過ぎたみたいだ。もう、安心して良いぞ」
ジントを起こすガフトノーシュの頭環をつけている女性がいた。
「う、うーん。あれ、ここは、どこだ。…………。陛下。皇帝陛下、どうしてここに?」自分の目の前にラマージュがいることに驚愕するジント
「どうしてといわれても。ここは、私の寝室だからな。私がいるのが、当然であろ。ダリシュに頼まれていたので、ここで、寝かせておいた。」穏やかな笑みで見つめるラマージュ
「えー、寝室…陛下の。あの、あの、あの、どうして、僕がここに?」その言葉で完全にパニックになるジント
「おちつくがよい。伯爵。いったであろ。ダリシュに頼まれたからだ。あのものは、私が個人的に色々世話になっているからな。たまには、あのものの個人的な頼み事を聞いてもよいであろ。それにしても、伯爵、久しぶりだな。ダリシュとは上手くいっているのか?」個人的な質問をするラマージュ
「ええ、彼には助けられています。それに、親友ですから。陛下…。あのう、そろそろ、ここを出てもいいですか?さすがに落ちつかなくて」自分の周りを見渡してみると、豪華としか言いようがない作りの寝室でジントが御伽噺で子供時代に想像していたよりも何百倍もすごいという雰囲気を感じていた。
「ああ、そうか。確かに落ちつかないか。私とふたりきりでは、では、応対の間で待機しているがよい。そのうち、ダリシュも迎えに来るであろ」そういって、ラマージュは寝室からさっていき、あとに従卒のアーヴがジントをその場所まで案内した。
その後、ダリシュがジントとディアーホを迎いにいき、自分の遺伝子提供者であり、ジントを送ってくれたティアラを紹介して、ジント達は、主計修技館の学生寮に帰って行った。