運命を覆す伐刀者   作:蒼空の魔導書

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約半年ぶりの更新です、大変長らくお待たせしました。




空戦騎士の反逆譚(トリーズナリィ)その4

歩と摸擬戦をして重勝がまず思ったのは、歩は身体能力、特に並外れて俊敏な速力と雪場という足着きが心許ない事この上ない場においてもその速力を遺憾なく発揮する事のできる優れた体勢制御能力が長所に視られ、吹雪に紛れて飛来してくる弾幕の中を怯まずに突っ切れる度胸も有していれば、視界の悪い中を不規則な軌道で襲い来る重力球を次々と見切り避け斬る動体視力の良さとフットワークの身軽さにも見所がある。相手から吹っ飛ばされる程の手痛い攻撃を貰った際に素早く体勢を立て直して相手に追撃の隙を与えずに攻勢へと転じるリカバリーの早さに至っては天下一品だと素直に称賛できる程に秀逸な体捌きっぷりで、彼には少なからず身体的にEランクから逸脱して有能なステイタスが多々視られた。

 

これだけ視ると歩が【雑魚騎士】という不名誉な仇名で呼ばれ、禄存学園の生徒達から蔑視されているのが信じられなく思うだろうが、実際に彼は平均の五分の一の魔力量しか有していない最底辺のEランク伐刀者であるが故に長所の倍以上に短所の多さが際立っている。歩が伐刀者として発現させた異能である【高速自己治癒(リジェネート)】は彼が有している魔力量の少なさ故に掠り傷を塞ぐのが精一杯である為、実戦では殆ど役に立たないだろう。それだけでも伐刀者として戦っていくには致命的だというのに、彼はつい頭を抱えたくなる程のお調子者で、少しでも有利な要素があったならすぐに調子に乗って油断を見せてしまう困った気質が視られ、戦闘中に無意味な無駄口を叩いたりする所為で視界の悪い場において敵に自分の現在地をわざわざ教えるような愚行を犯してしまうマヌケであるが故にそれ等の要素が戦闘の足枷となって相手に付け入る隙をむざむざと与えてしまうという弱点もある。

 

これ等の短所全ては歩が七星の頂きを目指すにあたっての不安要素であるが故に修正しておくべき弱点であるのは確かなのだが、それ等以上に彼には戦いを勝ち抜いて行くのに最も必要不可欠なものが全く足りていなかったのだ。それは——

 

「それじゃあお前が修得できそうな【必殺技】教えっから、やってみろよ」

 

ついさっき自分の臨時教導官になった重勝が最初に何の特訓を施してくれるのかと期待していたら、再び吹雪く訓練場に出て向き合った彼が言い出してきた特訓内容が色々とスッ飛ばした意外なものだったので歩はキョトンと表情を呆けさせた。

 

「・・・え?何、いきなり必殺技!?マジで!」

 

「ああ、マジだ。それがどうしたんだ?」

 

「だって普通特訓と言ったら・・・いや、確かに特訓と言ったら超カッコイイ必殺技を修得する為なのは解るけど!でもお前がオレにやってくれるのってそもそも【戦術教導】が前提だよな?それって普通最初は戦闘基礎トレーニングとかから入ったりするんじゃねぇのか?」

 

こういうのに憧れていそうな性格をしている歩が狼狽えて疑問を返すのも当然だ。基本的に戦いの【戦術教導】とは伐刀者に限らず指導する者に適した訓練を段階を追って行っていくのが当然であり、【必殺技】の特訓なんて奥義めいたものは教導の最終段階でやらせるのが普通なのだ。どんなに堅牢に造られた城塞も土台が脆ければ忽ち崩れ落ちてしまうように、戦士が強くなるにもまずは厳しい特訓にも耐える事のできる丈夫な身体を鍛えておかなければ分不相応な戦闘スキルを修得できたところで特訓の厳しい負担に耐え切れずに身体を壊してしまう事だろう。使用すれば大半は大きな反動が生じるであろう必殺技を最初から教え子に修得させようとするだなんて教官として論外もいいところだが・・・。

 

「お前の基礎戦闘能力に関してはさっきの摸擬戦で視て基礎トレは必要ないと判断できた。魔力量のカスさを補う為に毎日欠かさず基礎トレを常人の何倍以上の量を積み上げて、摸擬戦中に見せてくれた並外れた身体能力スキルの数々を、お前は昔から今まで愚直に鍛え抜いてきたんだなというのが想像できたぜ。大したもんじゃねーか」

 

「そ、そうか?ま、まあ自分で言うのも難だけどさ、こんな持っている魔力がショボイ生まれながらの負け組野郎が【七星剣武祭で学生騎士の頂点【七星剣王】の称号をブン取って、将来大英雄と呼ばれるまでに騎士の高みへと登り詰めてやる!】なんて大口を叩いてやってんだ。そんな奴が基礎トレすらもまともにできないようじゃあ、恥知らずにも程があるだろ」

 

「へっ、よく解ってんじゃねーか!だからお前に必要なのはAランク相手でも魔力障壁をブチ破って沈められる【決定打】の開発———つまりは【必殺技】の修得なんだよ」

 

歩に限った話ではなく、低ランク伐刀者達は【例外を除いて】皆、己が保有している魔力の少なさ故の火力不足に頭を悩ませている。常識として伐刀者は常に自らの魔力を、外から来る傷害を弾く障壁として放出し全身に纏って戦闘を行うのであり、相対する者はそれを突破できる攻撃力がなければ彼等に掠り傷一つ負わせる事ができぬまま一方的に蹂躙されてしまう。Cランク以上なら現代兵器の火力も、最高のAランクに至っては核兵器使用による戦略的破壊力すらをも無傷で跳ね除けてしまうだろう。魔導騎士の辞書にパワーバランスという言葉は無いのだ。

 

故に歩が禄存の代表選手候補を倒して己の実力を皆に認めさせ、七星剣武祭という舞台に上がって全国の学生騎士の中の猛者達を相手に戦い抜き、その全てを打ち倒して七星の頂に昇り詰める為には、少なくともAランクの魔力障壁をも突破できる超高威力の一撃・・・即ち【必殺技】、それも【究極の一】とも言うべきものを修得して繰り出せるようになる事が絶対条件なのだ。それに——

 

「一応もう一度聞いておくけれど、例の禄存の代表選手候補との摸擬試合はあと一週間後なんだろ?」

 

「ああ。禄存(ウチ)の理事長は確かにその日を指定してきた。冬休みの最終日にな・・・誰と試合するのかは当日に直接対峙するまで秘密にされているけれど、オレのような最低ランク伐刀者が学園側に【能力値選抜】という規則を覆させるとなると、学内序列一位の【鋼鉄の荒熊】か、或いは序列二位の・・・どちらと戦うにしたってオレは絶対に負けられない。根気強く交渉して【負ければ学園からの強制退去】という条件付きでやっと試合の約束をしてもらえたんだから、オレは夢の為にもう後戻りはできないんだ」

 

「ふーん、自ら背水の陣に飛び込んだのか。無条件でわざわざ学園最弱と代表選手候補の試合をセッティングする学園側の利点(メリット)なんて何所にもねーし、どーも話が旨すぎるだろと思ったぜ」

 

悠長に基礎から叩き込んでいる時間も無ければ、試合で敗北する事すらも許されない。故に【雑魚騎士】は禄存学園の代表選手候補という北海道最強格の学生騎士達を短期間で打ち破れる可能性を編み出さなければ【大英雄になる】という亡き母に誓った夢への道は完全に断たれてしまう。

 

「わかっただろ歩?一週間っていう少ない期間をフルに使って七星剣武祭出場クラスの伐刀者を倒せる可能性をより効率良く上げるには【最強の必殺技】を覚える事なんだってさ」

 

「そ、そう簡単に言ってくれるけどさ。オレは魔力を平均の五分の一しか持たない最弱のEランク【雑魚騎士】なんだぜ?ただでさえ低ランクは魔力の少ない所為で皆火力不足に頭を悩ませているってのに、そんなオレが最強の必殺技なんて覚えられるものなのか?」

 

歩の不安を漏らすように口にした疑問を聴いて重勝は自身の霊装である重黒の砲剣・・・ではなく一振りの木刀を肩に担ぎ河原の側にある大岩の前に移動すると、木刀を肩から下ろして正眼に構えてみせた。

 

「まっ、【百聞は一見に如かず】ってやつだ。まあ観てろって・・・」

 

そう歩を言い包めると呼吸を一度整えて眼前の大岩を透き通すような眼で見据えた。

 

神経を研ぎ澄ませて目標の中心点を黒真珠のような瞳に映して捉え、剣気を得物の切っ先に集中。我が振るうは母なる蒼き星をも突き貫く光の牙。四の流星が先陣の矛と成りて、星の核への孔を創り、神速の光の牙を孔へと刺し穿ち、宇宙を走る棘と成りて星を貫き砕く。

 

剣の軌跡は光をも超えた神速。その刹那に走る四の軌跡を道標とし、夢へと繋げる【壱の道】を通す。

 

これぞ壱道歩という騎士の理を体現する刹那の光!これぞ世界の理(ルール)をも貫き砕く五連星!!

 

「———ふッッ!!」

 

カッ!と重勝の眼が見開かれた刹那、突きを放つ体勢に移行すると同時に四の斬閃がそれぞれ弧を描いて彼が瞳に映した大岩の中心点へと伸びて行き、【その全てが全く同じタイミングで差異無く同じ部位に着弾】する。通常なら有り得る筈もない【瞬間同時並列四連斬】によってその【打点】部分の物理法則が歪められ、其処に世にも奇怪な【蒼点】が顕現・・・するとコンマの間も待たずに重勝が其処へと狙い定めた木刀の切っ先は大型弩砲(バリスタ)の如き凄絶な勢いで射出されて行き、まるで飛来してきた遊星が蒼き惑星を貫き砕くかのように切っ先が【蒼点】を穿った。

 

「ぇ・・・なな、なぁああっ!?嘘だろ?あんなデカイ岩が木刀での突きなんかで粉々にッ!!」

 

瞬く間に木刀の切っ先によって穿ち砕かれた【蒼点】から一瞬で全体に破壊が拡大し、いかにも頑丈で硬そうな大岩が見るも無残に爆散するという、常識的な物理的価値観を根底から覆すような衝撃的光景を目の当たりにして歩は驚愕するあまりに雪上に尻餅を着いてしまった。経った今彼の目の前で漆黒の魔砲剣士が披露した技は明らかに常軌を逸していたにも拘らず、大岩を突き砕いてみせた軟弱そうな木刀に魔力強化を施すような素振りなど視る限りに一瞬たりとも無かった。故に歩はそんな魔導騎士世界における・・・否、通常でも常識外過ぎる荒唐無稽で規格外な剣技をやってみせてくれた風間重勝という男の底知れなさに戦慄した。

 

「奥義・《蒼星穿壱ノ牙(そうせいうがついちのきば)》ってな・・・へっ!まあ、お前にできそうなのはこれぐらいだろ?」

 

だというのにこの破軍のエースときたら、教導している相手の気も知らないでいかにも【この程度の技ぐらい覚えるのなんて楽勝だろ?】と言っているかのような余裕が滲み出た笑みを横目で向けてきて、やれやれと木刀を再び肩に担いでいるときたもんだから、この男には苛立ちを通り越して呆れ果てるしかない。

 

———こんな尋常じゃなく理解不能な剣技をオレに覚えろと?・・・無理だろ、どう考えても!

 

「ホラ、さっさと立てよ。摸擬戦の日まであと一週間しかねーんだから、時間が勿体ねーぞー」

 

「む、無茶苦茶言ってくれるなお前ぇ!?そんな達人級の技、一週間や其処らでなんかどうやったって——」

 

「だからお前が期間内に修得できるように俺が手取り足取り指導してやるんだろーが。大英雄になるっつうんなら、これぐらい根気入れてやってみせろよ。それともやっぱり口だけか?」

 

「——ああっ、もう!やればいいんだろ?やってやるよ、クソッタレェェェェエエエエエッ!!」

 

こうして、破軍学園最強の【無敵のエース】にして元世界最強クラスの傭兵団西風の戦術教官【漆黒の剣聖】風間重勝指導の下、禄存学園最弱の【雑魚騎士】壱道歩が七星の頂と大英雄を目指すべく、必殺技【蒼星穿壱ノ牙】を修得する為の特訓の日々が始まった・・・。

 

「おりゃりゃりゃりゃっ!そしてシメッ!!」

 

『ガッ!ボキィィッ!!』

 

「い”い”い”っ!?やっぱ折れた・・・」

 

「おいおい、いきなり瞬間同時並行四連斬を成功させようとリキんだって出来るわけがねーだろ、しかもターゲットの中心点からは全撃外れてるしよ・・・いいか?まずは技の締めに放つ突きまでの流れの型を無意識にでも出来るようにしてから——」

 

当然最初はコツすら掴めていない為に技の成功は勿論、剣筋の型すらもまともに振れず、狙ったところにも一撃も当てられずに初日は悲惨な内容となった。重勝はそのあまりにも酷い剣筋の型をまずは安定させるように反復練習させてスイングを修正する。

 

「うおぉぉりゃあああああああっ!!」

 

「肩にチカラ入れ過ぎだおバカ、全然狙ったところに当たってねーぞ。当てられない内は速度よりも振り放った五撃全てを狙いを付けたところに確実に当てられるようにゆっくりと振ってやれよ。その速度で全撃同じところに完璧に当てられるようになったら少しずつ剣速を上げていって———」

 

二日目は締めの突きも含めた技で振るい放つ五連斬を確実にターゲットの中心点に命中させられるようにする為に遅い速度からやらせ、成果が出る度に徐々に振るう速度を上げさせる方法で技の命中率を100%確実に打ち込められるように取り計らってみたところ、約70%の確率だが三秒以内なら狙いを付けた部位に五連斬を命中させられるようになったようだ。しかしまだまだ課題は多い。

 

「はぁああっ!!」

 

『ガガガッガッ!』

 

「チカラ任せに剣筋を変えて無理矢理切り返そうとするな。円を描くイメージで勢いを殺さず流すように曲げて連撃を繋げろ。腕力に頼らず腰と脚を巧みに使って捌いてやるのがコツだぜ。お前の足捌きとバランスは俺が視ても一級品なんだから、自信持ってやれよ、歩」

 

「おうっ!」

 

三日目は特に成果は上がらず、重勝がコツを教えて長所を褒めてみたところ歩はみるみる内に調子が出てきたようで技の修練に増々精力を注いでいった。その甲斐有って四日目の夜には遂に一秒以内の五連斬全撃命中を成功させる事ができるようになる。

 

「よしっ、ここまで出来るようになったらあとは集中力とイメージの問題だ。【正眼からの振り下ろし】【逆袈裟を横切る切り上げ】【下ろしてからの水平斬り】【片足を軸に素早く翻り回ってからの袈裟下ろし】この動作を順に繋げる四連斬を生物の動体視力で認識できる限界を超越した速度でターゲットの同じ【打点】に一ミリのズレもなく全て斬りつけて直ぐさま【突き】の構えに剣を引き絞り、技の締めとなる渾身の【突き】を放って画竜点睛の如く四連斬で斬り付けた【打点】を貫く———ってのが【蒼星穿壱ノ牙】の手順だが、この必殺技の極意は【連撃】ではなく最初の四連斬を同じ【打点】に【全く同時のタイミング】で斬り付けるっつう、通常ではありえねー物理事象を叩き込んでやる事で【事象改変】を引き起こしその空間そのものを脆く歪ませてやり、其処を最後の一撃で貫き砕く事によってその空間ごとターゲットを粉砕する【絶対防御貫通性】にあるんだ」

 

「つまりアレか?最初の四連斬を同じところに全くの同時に振り入れろって事なのか?・・・確かに普通じゃありえない攻撃だな。オレが五人に分身できたとしても互いの物理干渉が邪魔をするから同じ部位に全く同時のタイミングで五の斬撃を加えるだなんて絶対に不可能だからな・・・」

 

「その通り。でも仮にだ、仮にそれが出来るとしたらどういった現象を起こせばいい?常識に囚われて考えるな、自分の心象意識の中に入り込んで【瞬間同時並行四連斬】という事象を可能にする自分の姿を創造して現実に顕してみせろ」

 

「・・・・・」

 

「それを不可能だと微塵も思ったりしたら絶対に成功はしないぜ。【蒼星穿壱ノ牙】の修得に最も必要な心構えは【不可能という運命を覆すイメージを現実にできると信じきる意志の強靭さ】だから——」

 

【同じ【打点】に全くの同じタイミングで複数の物理攻撃を打ち入れる】や【世界そのものすらも理解できない埒外の膂力で剣を振るう】などの【通常では不可能な事象】を現実に生じさせる事で【現実事象の矛盾】が生じ、現実空間に歪みが発生する現象を【事象改変】という。この時は連盟の再教育プログラムを受けている重勝の元教え子である不撓不屈の意志を持った少年は尋常ではない鍛練の積み重ねと傭兵稼業における厳しい実戦の数々を乗り越えてきた結果、その【事象改変】をも容易に可能とする規格外な膂力を手に入れる事ができた。それは彼の親代わりであり重勝の実の父親でもあり尊敬する傭兵団の団長でもある偉大な男の生き様から学んだ【突き進み続ける意志】と、彼に効率的な鍛練と実戦戦術の教導を施した重勝が教えてくれた【日々積み重ねてきた毎日のチカラを信じきる強さ】を大切にし、ただひたすら勝利の未来を自分のチカラで勝ち取る為に自分の信じる自分を信じて底なし沼しかない不条理な道に脚を何度も捕られても愚直に突き進み続けてきた【強さ】があったから、そのチカラを手に入れる事ができたのだ。

 

重勝はその不屈の元教え子と同じように魔力量に乏しく生まれながらも大英雄になるという登破不可能な断崖絶壁を自分の意志で登ろうとしている壱道歩という戦士ならば、その自分の元教え子と同じように【事象改変】の技をきっと修得できると見込んでいる。五日目でその技を放つ秘訣と心構えを教授した事で臨時教官として重勝が教えられる事は何もなくなった、あとは歩の大英雄になるという夢への渇望と不可能を可能にしてやるという意志の強さに懸かっている。

 

・・・そして、歩の将来の夢を賭けた運命の摸擬戦があと一日後に迫った昼時。

 

「・・・・・」

 

重勝が後方で見守る中、歩は毎日のように旧自然訓練場内の河原の前にドンッと鎮座している大岩の前に木刀を正眼に構えて立ち、静寂に身を委ねて己の心象意識の中で今から現実に解き放つ技のイメージを構築する。

 

まずは己の宇宙(せかい)に水面を構築し、その中心上に自身の姿を模した精神(アストラル)体を置く。

 

『闇を照らせ、【竹光】』

 

それが佇む場を中心として水面に静寂な波紋が広がり、右手に己の魂である光剣を顕現して柄を握り締め、静かに光の刃を正眼へと持っていく。

 

すると目の前に顕れたのはまるで地球儀のような蒼い球体であった。姿形や大きさこそはまさにそれなのだが、この場は歩の心象意識、歩の宇宙(せかい)なのだ、故に彼にはこの蒼い球体が本物の地球と同等の耐久度を持っている事など容易に理解できた。

 

———つまりこれを砕くには星を砕ける破壊力でなければ砕く事はできないという事か・・・普通なら無理と思うべきだろうけど———

 

そう、普通は無理だ。例え運命に愛されたAランクの伐刀者が己の全魔力を用いて超破壊の伐刀絶技を叩きつけたとしても星を破壊する威力を出すなど到底不可能、故に人間という存在の中に星を砕く事ができる者など・・・いや、居る。たった一人だけ、それを可能とするチカラを生まれながらの敗北者という運命を悉く覆して突き進み続けた末に得た不屈の少年が。

 

———やってやるよ。世界の常識に囚われて不可能だと思ったら成功しないって重勝が言っていたんだ。七星剣王になって周りにオレが大英雄の器なんだって認めさせてやる為にも、母さんが死んで外の世界に出る勇気を失って今絶賛孤児院に引き篭もり中の義弟達に夢を目指す希望を与えてやる為にも、死んだ母さんとの約束を果たす為にも、オレは・・・目の前に立ち塞がる理不尽な世界をオレの剣でブッ壊してやる!

 

カッ!と蒼い球体を瞳に映して捉えた眼を見開いた瞬間、水面に浮かぶ波紋は瞬間的に吹き荒れた剣気の暴風によって吹き飛び掻き消され、歩が立つ宇宙に水滴の着水音一つ響く事の無い静謐が齎された。

 

『万象心理。身(しん)は幻(げん)にして、剣は五を写す鏡——』

 

その謳い文句が静謐に放たれだした刹那、歩の精神体が佇む四方の水面に映し出されている歩の分け身が輪郭を得て浮き上がり、その四体全てがゆっくりと歩の精神体と重なった。

 

『——されどもその刃の全ては互いに干渉する事能(あた)わず、されど五の斬は重なりて万象を切り裂く——』

 

そして重なった四体の分け身はそれぞれが異なる剣筋を放つ構えを取り、彼等の主たる精神体もまた締めの突き放ちを放つ体勢へと、光刃の切っ先を眼前の蒼い球体に差し向けて構えた。

 

『——これぞ、五にして一刀、星を穿つ壱の牙なりッ!———いくぞっ!!』

 

鮮烈な剣気によって水面を爆ぜた瞬間、主である精神体に身を重ねる四体の歩達が一斉に光刃を振るい放つ。

 

その四の斬閃の全てがコンマ一秒のズレも見せず同時に蒼い球体の中心点を斬り付けて【米の字】を刻んだ、するとその斬痕から星の輝きのような光が漏れ出し始める。【瞬間同時並行四連斬】という通常では不可能な物理干渉を生じさせた事でその空間に【現実事象の矛盾】という歪みが生じ【事象改変】現象が発生したのだ。

 

今あの光が噴き出す空間は赤子の非力な腕力でも容易く捻じ曲げられる程に脆くなった。故にこの瞬間、あの斬痕に己が持つ光刃の切っ先を突き刺せばその部分の崩壊から蒼い球体を砕け散らしてやれる筈だ。

 

『砕けろぉぉっ!奥義・蒼星穿壱ノ牙ァァァアアアアーーーーーーーッ!!!』

 

渾身の雄叫びを上げる勢いで己の魂の形たる光刃を射出し、光漏れ出す蒼い球体の中心点に刻み込まれた斬痕に切っ先を突き立てた瞬間、歩の宇宙(せかい)はダムが決壊するように其処から溢れ出した眩い光に包み込まれたのだった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、これで歩は必殺技《蒼星穿壱ノ牙(そうせいうがついちのきば)》を修得する事ができたのか、それとも・・・。

次回は修行を終えた歩が自分の夢を賭けた禄存学園の代表選手候補との摸擬戦に挑みます。

それにしても今更だけど、ヴァーミリオン皇国編の決着回であった落第騎士原作の第15刊は衝撃展開の連続でしたね。まさか一輝がアイリス姉さんをマジで殺すとは思わなかったし、自己犠牲精神バリバリの一輝の無茶無謀さ加減は閃の◯跡シリーズの主人公以上だったと思うし、何よりもその結果一輝が一度ガチ死にしたけれど・・・全てはこれまで以上にイケメンとなった珠雫さんのカッコ良さに持っていかれてしまったよ。(驚)

一度死んだ一輝を生き返らせる代償として自分の命を捧げた・・・と見せかけて大切な人が自己犠牲を選んだ末に失ってしまう悲しみを相手に自覚させたところで、無事な姿を現してタネ明かししてからの——

珠雫「お兄様が今回ステラさんにしたことは、そういう【最低】の事ですよ」

——のコンボをやるとか!?やだ、この妹様ったらイケメンスギィィーーッ!このセリフは他の自己犠牲タイプの主人公共にも聞かせてやりたいくらいに素晴らしい名言だと思いました!!

ではまた次回更新でお会いしましょう!サラダバー!


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