「なあ葵」
「何ですか?」
マミとほむらが学校に行っている間、精力的に魔女狩りをしている杏子と葵。グリーフシードも順調に溜め込めており、危なげなく勝利し続けている。
「あのサイコロってさ、あたしも使えるのか?」
「ええ、問題はありませんが…ファンブルしても知りませんよ?」
ちょっと貸してくれよとねだる杏子に掌からサイコロを出して渡す葵。まあ最悪の目が出ても死ぬような目にはならないし、何かあってもフォローすればいいかと考えてのことだ。何より玩具を欲しがる子供のような目でお願いされては断る選択肢などないようなものである。
「へへ…とりゃっ」
「おお」
出目は『1243』とかなり良い数字となった。よっしゃよっしゃと喜びながらコンビニに入ってお菓子を買う杏子。袋にはアイスとチョコ菓子が入っている。
「どれどれ…おおっ!」
「杏子あなた…」
もう一本もらえる当たり棒と、金の天使がきっちり顔を出す。サイコロはしっかり役目を果たしたようだ。だがあまりにもくだらない使用方法に葵から思わず呆れたような声が漏れる。
「別にいいじゃん、これくらい。記念に取っとこっと」
「いや、何というか…あはは」
可愛すぎてぐっときましたと言う葵に、馬鹿言ってんじゃねーよと流す杏子の様子は先ほどお菓子の当たりが出て喜んでいたとは思えないほど大人の対応である。
リアリストだけれどロマンチスト、杏子を言い表すならそんな言葉が適当だろうか。人生経験とは長く生きれば積もるものだが、人によってはギュッと凝縮されて幼くも濃密に生きてきた者だっている。魔法少女ならば多かれ少なかれ他人とは違う生きざまになり、杏子はというとその中でも際立って特殊な部類だろう。その事実が幼さの残る行動と大人びた反応を同居させているのかもしれないと、葵は美味しそうに菓子を頬張る杏子を見て思った。
「しっかしやることねーなー。さっさとワルプルギスの夜もきちゃえばいいのに」
「確かに準備は終わってますからねぇ…魔女ももう出そうにありませんし」
公園のベンチに座りながら二人で駄弁る。幼い子供達が母親に見守られて遊んでいるのを遠目に見ながら春先の心地いい風を浴びる彼女達。紅と金の髪が靡いている様子はとても綺麗で―――そして怪しい。
大人達からの非行少女を見るような視線が地味に突き刺さっているのだ。平日のこんな時間に中学生くらいの少女達が私服で公園にいればそれも仕方ないだろう。葵は聴力を強化しながら通報されるような素振りがあればすぐに退散しようと注意しつつ、杏子が躊躇いがちに質問をしようとしているのを察知して耳を傾ける。
「…葵はさー、この先どうすんのさ。ずっとマミやほむらの世話になるって訳にもいかないっしょ?」
「取り敢えずは戸籍ですかね。記憶喪失でも装って保護してもらって、孤児院コースでしょうか。本当のことを話すわけにもいきませんし。長期間自由のきかない生活が続くでしょうから、グリーフシードの貯蓄を増やすためにマミの厄介になっていたんです。四年も待てばなんとか自活できるでしょう」
「…考えてんのな」
「杏子はどう考えてるんですか? というか今はどういう状態なんでしょうか。事件の際に行方不明として処理されているのか、それとも一回施設にいれられたりしたのか」
杏子の触れられたくない部分だろうが、未来の事を思うなら避けては通れない質問だ。嫌われるかもしれないがいつまでも踏み込まないような、そんな程度の関係では終わらせたくないと他ならぬ葵自身がそう思っているからこその言葉である。
「―――お前、そういうとこは躊躇しないよな」
「必要なことですから。私は同情されるのが嫌いです、だから同情することもしません。同情してしまう優しいマミのような人は好きですけどね。杏子は同情も共感も望んでいないでしょう? ほむらも杏子も、とても強いと思いますよ」
このくらいの年の少女は何よりも自分を理解してほしいと望むものだ。承認欲求とでもいうのだろうか、それとも自己顕示欲とでもいうべきか。
だからこそ魔法少女として狙われるのだろうが、杏子やほむらからはそんなあって当然の感情が少ないように葵は感じる。それが強すぎる人間は苦手だが、無さすぎるのも問題だ。とはいえ穢れを溜め込みにくい要因は間違いなくそれだろうし、そこに自分が口出しすることでもないと考える葵。
そもそも彼女達が歩んできた人生は自分が耐えられるかと聞かれると簡単に肯定は出来ない。年は自分の方が多く重ねているが、考え方や精神性は劣っているかもしれないとさえ感じているのだから。それに彼女達の気高いとも言えるその部分には憧れすら抱いている。
「ま、そうだけどさ。事件は普通に処理されてる、孤児院に入れられる前にとんずらこいたのさ。グリーフシードも持ってなかったから、今考えりゃ魔女になりかけてたし…」
「そうですか。そうなるとどういう扱いになっているんでしょう、捜索願いはまた違いますし…自分から姿を消した人間は警察もろくに探そうとしないといいますが…。ふむ、未成年な上に警察側の不手際な案件ですから軽い捜索で終えるとは思えないですけど」
「まあね、新聞にも載ったしちょくちょく教会にも捜しにきてるよ。無駄な労力だけどねぇ」
あいつらも暇だねと皮肉混じりに笑う杏子。心中事件の際、傷心で呆ける自分に無遠慮に根掘り葉掘り訪ねてくる警察官が嫌いになった経緯があるのだ。未成年の傷ついた少女となればまず心療内科やその方面に回され、慎重に面会をされるのが普通である。しかしどこにでも杜撰な管理体制というのはあるし、人間的に尊敬出来ない人間は警察官だろうがなんだろうが存在するのだ。
それが重なったのは彼女にとって不幸以外のなにものでもないだろう。あるいはそれがなければ魔女になってしまっていた可能性もあるので、結果的には幸運と言い換えてもいいのかもしれないが。
「ふむ、では保護してもらえば割と話は早そうですが…たぶんかなり窮屈な生活になるでしょうね。なにせ一回逃走してるわけですから、一ヶ月程度は多少の監視…いえ、管理されるようなかんじですかね」
「うーん…だよなあ、それはちっと勘弁。なんかいい案ない?」
「そうですねえ…四年待ってもらえれば杏子を養うくらいは稼ぎますけど。それまで待っててもらえますか?」
前の世界とは違って、多少自分の運の良さには頼るつもりだ。でなければ魔女との戦いと仕事の両立など出来るわけもない。運が絡む職業といえばデイトレーダー、投資家、山師辺りだろうか。もしくはギャンブラーなど、なんにしても少々気が滅入る仕事だ。
職業に貴賤などないと思ってはいる葵だが、やはり自分がするとなれば卑怯だとも思ってしまう。所詮は自分が努力した結果ではなく、生来の運の良さが齎す棚ボタのようなものだ。もちろん人は生まれながらにして平等ではないし、美醜や運動神経、天性のセンスなどそれらも棚ボタではないのかというと難しいところだろう。
故にこれは単なる矜持の問題だと葵は考える。中学生になる前にはもう自分の天運には極力頼らないと決めたのだ。姉が腐った自分をしかりつけてくれたあの時に。高校も、大学も、会社だって身の丈に合ったものを選んだ。
そこにどれだけ自分の運といえるものが絡んだのかは解らないが、とにかく人に恥じないよう、天に恥じないようやってきた。その苦難も喜びも胸を張って誇れるものだ。
けれど友達のため、そして自分が生き残るためならばそんな安い矜持は捨ててしまえと葵は思う。死して屍拾うものなし、魔法少女はまさにそれだろう。魔女との戦いに敗れ去れば死体も残らないのだから。
そんな過酷な状況でも尚大切なものがあるとすれば、何よりも大切にすべきものがあるとすれば、それは間違いなく轡を並べ共に喜びを分かち合う友なのだから。
「…おまっ…ちょ…っ」
流石の杏子もこの発言には赤面ものだ。見方を変えればプロポーズにも聞こえる今のセリフは多感な年頃の少女には中々の刺激だろう。
「…? ああ、いや別に変な意味では。そう照れられるとこっちも照れますよ、はは」
「…っふん、別に照れてねーし。女に惚れる趣味なんてあるわけないじゃん?」
ツンとそっぽを向いて口を尖らせる杏子。しかしその発言は葵にかなり効く。
「そうですよね、一生このままなんでしょうか…辛いなあ…」
「え、いや別にそういう…っつーか魔法でなんとかなんないの? 本体がソウルジェムならなんとかなりそうなもんだけど」
「うーん細部を弄ったりは出来るんですけどね、元の姿には戻れませんでした。イメージが重要というなら三十年近く慣れ親しんだ体ですから戻れない筈はないんですがねえ」
「細部って…」
ちらりと葵の胸に目をやる杏子。無かった胸が更に減っているような気がしていたのだが、もしや魔法なのだろうかと思い当たる。そしてその予想は正に的を射ていた。魔法少女はソウルジェムが本体、つまり魔力で作られていると言える以上ある程度体を変えることが出来るのは必然だ。あまりに逸脱したものだとイメージ出来ないため難しいが、まあ胸の増減程度は造作もない。
「これも杏子のおかげです、ええ」
「はあ?」
詳細に話すとセクハラ以外の何ものでもないので説明を省く葵。実は体を弄るというのはほむらの持つ『ホムノート』の内容、それの杏子の章を見て思いついたのだ。とてもくだらないことから重要なもの、プライベートの侵害以外の何ものでもないがこれもほむらのためと各人に謝りながらノートに目を通した葵。
そこには女性の身体的特徴―――ぶっちゃけていうと胸のサイズすら何故か詳細に書かれていた。これは必要なのだろうかと疑問に思いながら記憶にとどめないようにパラパラとページを飛ばそうとしたのだが、杏子の項目だけ胸のサイズが膨大な数書かれていたのが目についた。
ほむらにそれを尋ねてみたところ、杏子だけがループごとに胸のサイズが違っているというのだ。そんなアホなと思いつつも真剣なほむらの表情は嘘だとは思えない。ともすればループの事を語った時より真剣である。
おそらく自分でも試したが、思った以上に魔力の消費が激しいので諦めたのだろうと葵はやたら具体的に予想した。正解である。
「いえ、なんでも。まあ先の事はワルプルギスの夜を倒したらでいいでしょう? ヒモが嫌なら家事をお願いしますよ」
「おい、結局一緒に暮らすことになってんぞ」
「嫌なら私と一緒に孤児院ですね」
「一緒じゃねえか!」
からからと笑う葵を追いかけまわし、杏子の紅い尻尾が揺れる。怒ったような素振りで追いかけまわし、二人が並び―――そして次の瞬間葵が杏子の手を握り締めて全力疾走が始まる。二人の愛の逃避行…などでは勿論なく、公園の入り口にポリスメンが姿を現したからである。会話にかまけて警戒を怠った結果なのだからこれも仕方ない。結局逃げ切ったと確信するまでその逃走劇は続くのであった。
♦
「こんばんは、キュゥべえ」
「葵…君は僕の事をテレビか何かと勘違いしていないかい?」
「そんなことはありませんよ。どちらかといえば映写機でしょうか」
「変わらない気がするんだけど」
まあまあ、とどこか憮然としたようなキュゥべえにお願いしながら今日も今日とて葵は人類の歴史を垣間見ていく。
「なんと…まさか信長が魔法少女で女の子だったとは」
「不思議がることかい? この国では過去の歴史の偉人は全部女性と考える者が少なくないみたいだけど」
「それは触れてはいけません」
葵が何をしているかというと、実も蓋もなく言ってしまうならば歴史番組の鑑賞だろうか。キュゥべえにはテレパシーを利用したプロジェクション能力のようなものがある。その力を利用して人類が歩んできた歴史を限りなく正確に知ることが出来るのだ。教科書にない史実を実際に知ることが出来るというのはこの上もない娯楽である。
「ふぅ……あ、ほむらの前には姿を現していませんね? 気を付けてください」
「僕が殺されようが殺されまいが何も変わらないのに葵は本当に不思議なことを言うね。たしかに君と契約したのは僕だけど、記憶を全員が共有しているのは知っている筈なのに」
「私にとっては唯一無二ですよ。デメリットがないならあなたは私の専属でいてください。どのみち私との約束を考えれば近くにいてもらわなければ困るのですから」
「まあね」
ほむらや杏子、それにマミは当然のことではあるがキュゥべえにあまり良い感情を抱いていない。今の関係は使い終わったグリーフシードを廃棄するための付き合いでしかないのだ。特にほむらはキュゥべえハントをストレス解消にしているようなところがあるので少し危ない。
「ところで睡眠を取らなくても大丈夫なのかい?」
「最近実験してて気付いたんですが、ソウルジェムを栄養ドリンクに浸けておくと眠くならないんですよ」
「いやいやいやいやいや」
「貴方やっぱり感情ありますよね」
「ないさ」
そんな訳で偶にキュゥべえに頼んでシネマQBを開いてもらっている葵であった。なんとジャンヌ・ダルクや巴御前、果てはアーサー王まで魔法少女だったのだから驚きである。
「今夜はこのくらいにしておきますか…そういえば少し疑問なんですが、ワルプルギスの夜もやはり元は魔法少女なのですよね?」
「魔女は例外なく大元は魔法少女さ。使い魔が成長したかオリジナルかの違いはあるけどね」
「大元の魔法少女の強さは、どの程度だったんですか?」
「君よりは弱かったんじゃないかな? 個々の強さは数値じゃ表せないけど、魔力の強大さという意味なら君には及ぶべくもないだろう」
そうですかと頷き、もう一つだけ問いを投げかける葵。むしろそれこそが一番聞きたいことだ。
「…私達の戦力で勝てるでしょうか」
「僕には何ともいえないね。でも鹿目まどかが契約すればワルプルギスの夜すら一撃の元に葬るほどの強さを手に入れるのは確かだ」
「…」
はぐらかすような答えだが、否定しないのは充分勝機がある証明だ。ならば掴みとってみせると葵は決意を新たに奮起する。だがそんな葵に冷水を浴びせるように忠告をするキュゥべえ。
「……ワルプルギスの夜は逆位置から正位置へと戻る時、その力の全てを発揮する。そうなれば見滝原どころか世界が壊滅しかねない。気を付けることだ」
「―――っまた最後に爆弾発言を。何故そんなことを?」
まさか感情でも手に入れたのだろうかと期待する葵。しかし続く言葉はどこまでも現実的な一言だ。
「ワルプルギスの夜は逆位置の状態なら舞台としての役割を果たそうとしかしない。君抜きでは敗北の可能性が高いし、鹿目まどかが契約すればさっき言った通り一撃だろう。だけど君のせいであまりに善戦するようなら逆鱗に触れかねないからね。君が魔女化せずに死に、鹿目まどかが契約する暇もなく命を落とせばその損失は計り知れない」
「はあ……私を慮ってくれたのかと思いきやそれですか」
「どういう意味だい?」
「なんでもないですよ、まったく」
訳が解らないよとお決まりのセリフを口にするキュゥべえは不思議そうに首を傾げている。この映写機めと頭をぐりぐりと乱暴に撫でつける葵。きっと私が死ぬ時も表情一つ変わらないのだろうなと考えつつ、暗い空を仰ぎ見る。
「煙草、吸いたいな…」
呟きは宵闇に吸い込まれていった。
さやかの日を忘れていた…