火の国の首都、その端っこに、一軒のパン屋がある。
月ののぼる夜更けのこと。店内の明かりは落とされて、扉に下がるcloseの看板を街灯が照らしていた。
来客お断りの様子に構わず、私は扉を開けて店内に入っていく。
泥棒じゃあない。
文字通り、勝手知ったる我が家なので。
近所の酒屋でいただいたワインをしっかり抱えて、私は帰宅を告げた。
「ただいまー、」
パァン!!
奥の扉を開けると、同時に破裂音に迎えられた。
「「お誕生日、おめでとう!!」」
クラッカーに驚いてワインを取り落とすようなミスは勿論しない。こう来るのは分かってたからね。
「ただいま!ありがとう、お母さん、お父さん」
クラッカーから降り注ぐ紙吹雪をたっぷり浴びた私は、すぐさま恰幅のいい女性に抱きしめられた。パンの食べ過ぎで年々ふくよかになっている、私のお母さんだ。
お母さんの肩ごしに、お父さんがハグの順番待ちをしているのが見える。私はそちらにも満面の笑みで応じた。
ワインをお母さんに渡して、お父さんともハグをする。
今日は私の20回目の誕生日だ。
毎年この日は夕飯時になると、パーティの準備の時間稼ぎのために私はおつかいに出される。
自分の誕生日なんてその日になっても忘れてる事のほうが多いんだけど(ちなみに今年は忘れていたほうだ)、
せっかく両親の思惑通りに私が何も知らないままおつかいに出ても、向かった先の酒屋で「誕生日おめでとう」の言葉とプレゼントをもらってしまうから結局計画がバレるのだ。
まあお父さんもお母さんも分かってるんだろうけど。
というわけで別段驚きはないけど、何年たっても変わらずこうして祝ってくれるのは嬉しい。うちはお金はそんなに無くても、こういうお祝い事やイベントは大事にするほうなのだ。
「ほら今年は大奮発!アンタの好きな七面鳥もあるわよ」
「きゃーっ豪勢!!お母さん大好き!!」
「はいはい、冷めちゃう前にいただこうね。手を洗っておいで」
「はーい」
長く続いた第三次忍界大戦も終結し、私はめでたく20歳の誕生日を迎えることができた。
戦時中より豊かになったから食事も美味しくなったし、ああ生きてるって素晴らしい。まだまだ贅沢はできないけど、それでも今が最高に幸せだ。
チキンを切り分けてくれたお母さん。グラスにワインを注いでくれたお父さん。
そのあったかい手が20年前、道端にポイされてた赤ん坊を救った。
私はその手に生かされたのだった。
そう、私はこの夫妻の実の子供ではない。
捨て子だった。
今日だって、本当は私が生まれた日なんかじゃない。
私がここの軒先で、捨て猫よろしく粗末な箱の中で震えていたところを、この夫妻に救助してもらった日だ。
それから二人は私を本当の子供のように…いいや、本当に、自分たちの子供として育ててくれた。
私が捨て子だってことは、誰も、近所の人たちも知らないことだ。
私が拾われたのは夫妻がこの家に引っ越してきたその日のことで、だからみんなうちの事は本当の三人家族だと思っている。
さらに二人は私本人に対しても、この秘密を隠し通していた。
過去なんて知らせなければ本当の親子でいられるだろうと、嘘を真実にしようとしてくれた。
本当に優しい人たち。血はつながってなくても、大好きな家族だ。
そうして20年間、私は真実を知らされず大人になった。
夫妻の本当の娘として。
なのになぜ私がその秘密を知っているのかというと――
バッチリ覚えているからだ。
拾ってもらった時のこと、さらに言うと生まれてすぐ実の母親に捨てられた時のことまで。
実は母の胎から産まれる前から私は、胎児にふさわしくない成熟した精神を持っていた。
母の胎内で自覚したことだけど、私はどうやら一度死んで、新しい命を賜ったようなのだ。
私には全く別の人生を生きた記憶があった。
つまり前世の記憶というやつだ。
厨二病という概念がないこの世界で、こんなことを言うと頭の病院を勧められてしまうだろうけど、こうとしか言えないんだから許してほしい。
アイタタタタwww
と笑い飛ばせてしまえたらいいのになってもう2千回は思ったよ。
地球という星の日本国にうまれて、平凡だったけどそれなりに山あり谷ありの人生を26年間生きた。
ゆとり世代というレッテルを貼られ、就職氷河期を乗り越え、きつかっただけの仕事がやっと面白くなってきて。
そんなある朝に、歩きスマホのオッサンに押し出され駅のホームから転落、そこへちょうどやってきた快速急行により轢死。
それが私の最期だ。あっけなさ過ぎて泣けてくる死に様である。
そして気付けば真っ暗な場所で、全身生ぬるい液体に浸かっていたのだ。
そここそ、新しい母の子宮だった。
母親のお腹にいるときから意識がはっきりしていて、暖かい壁越しにうかがっていた外の世界の様子は、控えめに言って暖かくなんてなかった。
戦時中に身ごもってしまった望まれない子であったことも、
私を捨てた母親の腕の細いことも。
このおくるみ一丁で冬の夜は越せないだろうなー、誰か通らないかなーとか考えながら、
冷たい夜に助けを待っていたことも。
そして私を抱き上げた手のあたたかさも。
全部、鮮明に覚えている。
新しい家で揺りかごを揺らしながら、おったまげたもんだ。色々と。
生まれ変わったらしいって事にもだけど、まさか生まれた先が慣れ親しんだ平成の世じゃなくて、むかし漫画で見た世界であろうとは。夢にも思うまい。
ベビーベッドで横たわる事しか出来ないながらも、そこで見聞きした情報は私を驚愕させた。
ここが「火の国」の首都で、育ての親の故郷が「木ノ葉隠れの里」だってこと。
火の国、木ノ葉、火影、忍。
あの人気漫画、NARUTOの舞台となる世界である。
そうと気付いた時の私の心境は筆舌に尽くしがたい。
はるか昔に築いた黒歴史が、とうに社会人へと羽化した私へ、長き時を経て現実として襲い掛かってきた。
トリップ…転生…ユメショウセツ……ウッ頭が………
それでも半信半疑で過ごした時期はそう長くはない。
どれだけ待っても夢オチの朝なんて来なかったのだから、納得するしかなかった。小説よりも奇なりをこの身をもって知る。
ぶっちゃけ、どうしてこうなったのかなんて原因を考えるのも飽きたし疲れた。
目の前で起きてる事だけが現実なんだから、もう理屈なんかどうでもいいかなって。
そうして異世界の存在を受け入れたあとで思うこと。
「パンピーに生まれて、よかった」
これに尽きる。まじで。
特殊な能力をもった一族の末裔みたいなのじゃなくて本当に良かったと思う。
この世界で忍として生きぬくのって、難易度超ハードモードじゃないですか。
平成という、戦のない犯罪も少ない安全安心の世界で生きた記憶を持つ私にとってはまさに無理ゲーである。
26年の人生の中で、人を殴ったことも殴られたこともないんだから。
「二度もぶった!親父にもぶたれたことないのに」とア●ロできるのは相手に殺意がない場合だけである。忍者って一撃で仕留めるのが基本なんでしょ?二度目を喰らう前に即死する可能性の高いこと。
そしてもっとも大きな不安要素として、「原作知識」の乏しさを挙げたい。
今後どういう事件が起きて誰が黒幕で地雷はどこにあるか。
漫画を読んでて内容をよく覚えている人間が私と同じ状況にいたら、こういう知識のおかげで大体の危険は回避できると思う。
それにキャラクターの修行方法をパクって赤ちゃんの頃からやってみるとかして、早い段階から体を鍛えて生存率を上げるということもできそうだ。
よって原作知識はいわゆる「転生者」としての最大のアドバンテージといえるんだけど……悲しいかな、私のはスカスカの虫食い状態なのだ。
漫画の知識は、記録に残して今後に活かそうと思いついた頃にはすでに忘却の彼方だった。
前世ではコミックが擦り切れるくらい読み込んだものだけど、いっぺん死んだせいか今は細かいところまで思い出すことができない。
それに限らず前世のことで思い出せないことは多くある。
きっと事故のショックで飛んでしまったんだと思う。あの死に方だとどう考えても頭を強く打ったどころじゃ済まされなかったはずだし。
それでも覚えてる限りをと綴ったメモがあるけど、これから役に立つのかどうかは不明だ。
だって「九ちゃん たぶん15~16前」みたいな大雑把なメモが2ページほどあるだけ。
そんなお粗末な記録だけど、事が起きてから誰かに見つかるとヤバい代物だ。
あらぬ疑いをかけられても困るので、某新世界の神のアイディアを丸パクリした細工を引き出しに施してそこに隠してある。
慣れない工作をしながら、夜神さんのことは覚えてるのかよwwwと自らに突っ込んだものだ。
こんな細かい知識が残っている場合もあるのに、月とLの戦いの結末すら覚えてないんだから、本当に虫食いなのである。
そんなわけで、今がNARUTO的にいつの時代にあたるのか、私は正しく把握できていない。
現火影の三代目・猿飛ヒルゼン様はまだお若い方だという。
たぶん主人公のナルトはまだ生まれてもいない頃だとは思うんだけど。
この世界基準で時代背景を語るならば、生まれてから12歳頃までを第二次忍界大戦、16歳から今までを第三次忍界大戦というでっかい戦争のさなかに生きているらしい私。
20年の人生で世情が穏やかだった年月がたった4年間って何なんだ。
激動の時代すぎてぜったい歴史の教科書にkwsk載る部分だ。そんなタイムリー感いらんかった。
しかし意外や意外。
私は結構オイシイところに落ち着けたらしかった。
こんなご時世でも、火の国大名のお膝元で暮らす私たちは、案外戦争の影響を大きく受けることもなく生活できている。
強大な戦力を有する火の国が、だいたいいつも優勢にあるという事だった。
忍の人たちが戦争を肩代わりしてくれるから、私たち市民が徴兵されることもない。
物価が高騰して生活はけっこう大変だけど、忍でない私の家族は戦いで怪我をしたり命を落とすことはなかった。
親族で唯一、忍者だったおじいちゃんは私が生まれる前に亡くなってるし。
こんなにのほほんと生きてこられたのは、ちゃんとした人に拾われたおかげ。私は本当に運がいい。
この戦乱の世にあって、身寄りのない孤児なんて、どう扱われるか想像に難くない。
二人が私を引き取ってくれなかったら、あのまま凍死していたか、どこぞに売り飛ばされていたか。
良くて木ノ葉で忍に仕立て上げられ、捨て駒として野垂れ死にしていたかだ。
戦いと無縁の場所で平穏無事に生きてこられたのも、里親のふたりのおかげだった。
これから存分に親孝行をさせていただく所存。
もちろん家業は継ぐよ。
いつか優しいお婿様を迎えてパン屋を切り盛りしていくのだ。
モリモリ働いて、国一番の評判のパン屋にしてみせる!
前世にて大手外食企業のマーケティング部門にいた私のスキルが火を噴くぜ!
* * * * *
「許せよ、命にも序列というものがあるのだ。悪く思うでないぞ」
私は今、猛烈に後悔している。
どうしてあんなに盛大なフラグを打ち立ててしまったのかと。
序列がどうとか戯けたことを言うジジイの手には空になった注射器がある。
針の先から緑色の液体が滴って床に落ちた。
寝台に縛り付けられて身動きの取れない私に、白衣を着た老人は再び別の薬を打ち込もうとする。
もう何日間こうしているのだろうか。
何がどうしてこうなったのか分からないけど、あのモノローグがまずかったことだけは分かる。分かるぞ。
あの日、誕生パーティを開いてもらったあと、酔いを覚ましたくて私は表に出た。
このジジイは誘拐犯だ。店先で夜風にあたっていた私を、後ろからぶん殴って気絶させてからここに連れてきた犯罪者である。
歳は60くらいに見える。知らない顔だった。
時々ひとり言のように口ずさむ話を聞く分には、単独犯みたいだ。
あの緑色の薬を打たれてから体がぴくりとも動かなくなった。
たぶん麻酔とか筋弛緩剤とかそういうものだろう。
死にたくなるくらいの激痛を伴う薬もあったから今日のはまだマシなやつだと、ぼんやりしてきた頭で思う。
血なまぐさいラボで、マッドサイエンティストは今日も人体実験を繰り返す。
哀れな被害者は実験体とされ、その末路は…。
そんな映画の出来事みたいな災難が私に降りかかっていた。
あまりにバカバカしくて現実味なんてずっと無い。
もっとありえないビックリ体験は他にもしたけど、生まれ変わったと気付いた時のほうがまだ落ち着いてられたってもんだ。
だって命の危機がこんなに近くなかったから。
他人のこんなにも明確な悪意に晒されたことなんてなかったから。
拉致されてから連日、こうして怪しい薬を投与され続けて。
朝も夜もない。薄暗い部屋に窓はなく、外の様子が見えないから時間の経過も分からない。
助かる見込みはあるのかな。連れてこられてからもうずっと考えているけど、状況は絶望的だ。
さらわれてから1週間は経っていると思う。街の警務部隊は私ひとりのために動いてくれるのだろうか。
首都の住民とはいえ、戦後の行方不明者なんて、いったいどれくらいいる事だろう。
助けはきっと来ない。期待するには、この世界は何も持たない個人に厳しすぎた。
「うえ、げほッ」
正体不明の劇薬を投与され続けた私の体は、たぶんもう限界だ。
死ねないのが不思議なくらい。
痛みによって意識を失い、痛みによって目覚める毎日、じき正気を失うに違いない扱いを受けていた。
「…ちくしょ……わたしが、何したっての、」
「おや、まだ喋れるか。ただの実験体とするには勿体なかったかのう。
――いやしかし、器には足りぬな。おぬしの体は軟弱すぎて全てが足らぬわい」
謂れなき暴力の末に謂れなき暴言を受けて、頭のどこかが怒りで燃え上がった。
今まで私が何を言ってもガン無視しておいて、こんな仕打ちをしておいて。
このクソジジイ覚えてろよ。死んでもその顔忘れないからな来世で絶対復讐してやるから。
私が言うとハッタリでも脅しでもないぞ。
まあ次があればだけど。更に言うとまたこの世界に生まれる羽目になればの話だけど。
駄目だ。
最近はもう死ぬことしか考えてない。
死に救いを見出す事だけで正気を保っている。
HHの世界なら死者の念になって留まってやったのに。
いや、できなくてもやってやるくらいの気持ちでいきたい。
そうして、絶対呪い殺すと誓った瞬間のことだ。
突然、研究室が吹っ飛んだ。
な、何を言ってるかわからねーと思うが。
本当に突然、ものすごい音がして壁が天井が、破壊され吹き飛んでった。瓦礫にぶつかりながら私の体も寝台ごと吹っ飛ばされる。
考える余裕もなく二回くらいバウンドして、横向きに倒れるかっこうで私は止まった。
全身を強かに打ったため酷い怪我を負ったはずだけど、ついさっき打たれた薬のせいで痛みはまったく感じないのが不幸中の幸いというか、これ救いなの?
体は相変わらず動かせない。
「(なに?爆発?)」
土煙のなか目を凝らせば、一緒に吹き飛ばされたジジイは私のすぐ傍に倒れている。
意識はあるらしいが、何かぶつかったのか、胴体が血塗れだ。
プギャーしたかったけれど、私の怪我の程度も似たようなものなので笑えない。
早く止血しないと間違いなく死ぬよこれ。
「な、何事じゃ…」
事態が把握できていないのはジジイも同じらしく、せわしなく辺りを見回している。
そして煙がおさまってようやくクリアになった視界の向こうに、私とジジイは有り得ないものを見た。
山並みの中に、でっかい獣がいる。
体躯は山よりでかくて、尾が1、2、…9つある。
遠くにゆらゆらうごめくその姿がある記憶と結びつき、ジジイの呟きを聞いて確信した。
「九尾…なぜ……」
木ノ葉の歴史上最悪の事件。
九尾の化物が突如現れ、破壊の限りを尽くした日。
「(そっかああああ今日か!今日だったのかああああ!!)」
遠い記憶を漁れば、ぼんやりとだけど思い出した。九尾の襲撃事件。
暴れる化物を、四代目火影が赤ん坊の腹に封じることで里は守られた、という顛末だったはず。
火影が代替わりしたって話は知らなかったけど、もう分かった。それらはたぶん今日起こる事で。
おそらく今は九尾が「破壊の限りを尽くす」下りだ。
はず、とかたぶんとかおそらくとか言ったけど、それでも私は疑いなく確信している。
物語の始まり、コミック一巻の冒頭も冒頭で触れている事件だ。
序盤では、物語の核の要素になっていた事件。覚えているにきまってる。
そっか、ここは木ノ葉の里だったのか。首都からずいぶん遠いところまで連れてこられたもんだ。
かなり距離があるのにこの建物が全壊するほどダメージを受けたという事は、はかいこうせん的な技を食らったんだろうか。
九尾のいる場所から一直線に割れた地面を見て寒気がした。よく生きてたな私。
と、勝手に理解したところで、呆然と固まってたジジイがおもむろに立ち上がった。
かと思うと血相を変えて弾かれたように駆け出し、どこぞへ姿を消す。
あっという間だった。常人の動きじゃない。
ただのイカレた研究者だと思ってたけど奴は忍だったらしい。
だからといってイカレた、という形容詞を外す気にはならないけども。
マッドサイエンティストからクレイジーニンジャにクラスチェンジしただけだ。おめでとう。
あの尻尾のひとつにプチッてされちゃえばいいのになあ。
とにかくジジイは私をほっぽり出して行ってしまった。
しばらく呆気にとられていた私だが、事態を把握して歓喜する。
もしかしたら、このどさくさで助かるんじゃないだろうかと。
両親のもとに帰れるかもしれないと。
我ながらひどい考えだとは思う。
今この瞬間も沢山の人が殺され、物語の通りならば主人公にとっての一つの悲劇が起ころうとしている中で私はこの出来事に感謝すらしていた。
自分本位に期待する。誰か見つけてくれないかって。
この場所は九尾のいるところからまだまだ距離がある。
一般人だって忍だって、この非常時でも、明らかに不当に監禁されてましたというふうな人間を見捨てはしないだろうと希望を持った。
そう遠くはない所で、人らしき影が飛び交っているのが見える。
麻酔のせいで大声が出せないのだが、どうやって気付いてもらおうか考えていると、ジジイが何か大きなものを抱えて戻ってきた。
戻ってきてしまった。
「嘘でしょ……」
千載一遇のチャンスを私は棒に振ったらしい。
打ちひしがれている私をよそに、ジジイは抱えていたものを降ろす。
薄暗い中眼をこらしてそれを見て、私はぶったまげた。
「ひっ」
人だ。血塗れの。
妙齢の女性と、その女性の腕のなかに、小さな赤ん坊。
どちらもピクリとも動かない。
死んでいるのかと思ったけど、赤ん坊が泣き声をあげたためその生存が知れた。
よかった、赤ちゃんは生きている。
ただ耳鳴りするほど大きな泣き声を耳元で聞いているはずなのに、母親らしき女性は目を覚まさない。
たぶん、もう。
ジジイは彼女たちを丁重に寝かせたあと、瓦礫の下から機材をかき集め始めた。
素人の私には用途不明の物ばかりだが、主に私を苦しめるために使用していた道具やら薬やら運んでいるのを見て身震いする。
こんな状況でいったい何を始めようというのか。
なすすべも無く見守っていると、ジジイは赤ん坊と機材を無数の管(くだ)でつないでいった。
女性も同様につなげば、奴はせわしなく動かしていた作業の手を止める。準備が整ったらしい。
そして立ち上がると、一度咳き込んで血を吐いた。傷はやっぱり深いようだ。
早く死んでしまえと思う一方で、私は奇妙な感情を抱いていた。
赤子と女性の亡骸を扱う手が優しい。大事な人なんだろうか。
ジジイの足元には赤い水溜りができていたが、彼は構っていられないとばかりに再び手を動かした。
自分の指を複雑に組み合わせ、何やら唱えている。
「印」だ。印を組んでいる。
ならば今から行うのは忍術で。このタイミングで何をする気だろう。
ジジイは緩慢な動作で20ほども印をきると、最後に、赤ん坊と女性の胸にそれぞれ手をあてて叫んだ。
テレビの映像でも見ているかのように、私はただその光景をじっと見つめていた。
「×××××××××!!!」
なんと言ったのか、よく聞こえない。
青白い閃光が走り、私の意識はそこで途絶えた。
・初投稿です。どうぞよろしくお願い致します
・昔にプロットだけ作ってあったものに肉付けしているスタイル。
・矛盾にお気づきの際はそっとお知らせくださいませ。できる限り軌道修正いたします
・楽しんでいただければ幸いです。
・書いている方はとても楽しいです。