「東天紅チャボ」という名の忍がいた。
木ノ葉の里で、愛と使命に生きた男の話。
彼は忍の名家「うちは」一族出身の母と、
一般の里人の父との間に生まれた。
忍の世界の暗黙の掟として、優秀な血筋のもとに生まれた者は、自分の意思で伴侶を選ぶことは無い。
血を濃く保つため、そして血の拡散を防ぐためだ。
一族の間にのみ伝わる能力、技術。
それらがあるからこそ、戦闘において非凡な強さを誇る彼らは重宝されるのである。
特にうちは一族は、圧倒的な戦闘力を誇る血継限界「写輪眼」を有する。
うちは一族が里内で孤立している理由のひとつだが、だからこそ写輪眼を発現した者の婚姻はほとんどが一族間で取り決められ、管理されていた。
しかしチャボの母の場合。
彼女は優秀な忍でありながら、写輪眼を発現させることができなかったのだ。
開眼することの叶わなかった母に限っては、一族の人間どころか、忍ですらない一般人の家に嫁ぐことについて反対する者はいなかった。
うちは一族でありながら写輪眼を開眼できぬ者は、一族の会合に出席することも許されない。
一人前の忍として扱われていないということであったが、彼女自身にとっては幸福なことだったという。
そのおかげで、愛する人と添い遂げることができるのだからと笑っていた。
チャボは母のその笑顔が好きだったが、成長するにつれ、ある思いを抱くようになる。
母は本当に優秀な忍だった。写輪眼を持つ者に対しても、引けをとらない強さを誇っていた。
それなのに、開眼しないというだけの理由で、母の家族は彼女を見放した。
祖父と祖母は、チャボの前でも母を無視し、いないものとして扱っていたのだ。
里の中で彼らとすれ違ったとき、母はいつも悲しそうな顔をした。
しかし、すぐにごまかすように笑うのだ。チャボを不安にさせないようにと。
本当は、己の運命を呪っただろう。恨んだだろう。嘆いただろう。
笑顔は自分自身をごまかすための偽りなのだろうと。
強がっているに違いない母の笑顔を、しだいに哀れむようになっていった。
チャボには母同様、写輪眼は発現しなかった。
しかし、優秀な忍になった。
術の開発にかけて天賦の才を持っており、数々の新忍術を編み出して着々と力を付けていく。
一般人の父のもとに生まれながらもあっという間に出世していった彼は、努力の天才としてもてはやされる一方で、やっかみを受けることも多々あった。
母親の血のおかげだろう、と揶揄する者が少なからずいる。
そういう輩に対しチャボはいつも、「その通りだ」と、
それの何が悪いのだと、胸を張っていた。
努力が無駄だとはけして思わない。
が、血筋というものはやはり尊いのだと。
遺伝子に刻まれた肉体の強さはもちろんのこと、その集団の中で培われる技術というものも、大事に伝えられるべきものだ。
チャボは合理主義者である。
母を疎んじていた祖父母や一族の者たちのことは大嫌いだったが、うちは一族の力や技術そのものには敬意を抱いていた。
落ちこぼれとしての扱いを受けていた母さえ、里にとっては貴重な戦力であり、チャボという天才を生んだ。
バトンを後生に渡した。
次は、自分の番だ。
忍の女を妻に迎え、娘をひとり儲け、そんな想いは日増しに強く固まっていった。
ひとり娘のタマは、やはりすばらしい才能を持った子だった。
驚くべきことに、母が辿り着けなかった高みに、タマはわずか11歳で至ったのだ。
写輪眼を開眼したのである。
チャボと、数人の下忍らと共に赴いた任務中のことだった。
チャボは歓喜した。
母も自分も持ち得なかった眼を、娘は手に入れたのだ。
混血であるのにも関わらず、三世代越しの隔世遺伝。
まさに奇跡であった。
それだけでなく、タマは父の教えをよく吸収した。
才能に奢らず、努力を怠らなかった彼女は非常に優秀な忍となり、やがて特別上忍にまで上り詰める。
チャボはその成長を喜び見守っていた。
そして美しく成長した彼女が伴侶に選んだのは、チャボの願いに反して一般人の、戦うことをしない男。
しかし男は一般人ながら、うちは一族の人間であった。
渋りつつも最終的には、チャボは結婚を許した。
タマが既に身篭っていると聞き、期待の方が大きかったのだ。
血が再び濃ゆくなれば、子が開眼する可能性も上がるのではないかと。
後継を育てる喜びをタマも知るだろうと。
しかしタマは、生まれた孫娘に戦いを教えることをしなかった。
こどもの選択を尊重したいのだと言った。
チャボが副業として続けていた家業、養鶏場としての東天紅家を継ぎたいという、孫娘の夢を叶えてやりたいと。
忍としての技術や能力を後生に残すという使命感に囚われているチャボと、
子供には自分で将来を決める権利があると主張するタマ。
孫の教育方針を巡っては度々衝突することになる。
そんな折だ。
チャボは、娘の命がそう長くない事を知った。
不治の病だと、いますでに二人目の孫を身篭っているタマは、出産に耐えられたとしても、長くは持たないだろうと。医者がそう言った。
それからのチャボは変わった。
忍としての任務を辞退し、自分の研究室に篭るようになった。
なんとしてでも助ける。
何だってしてやる。
何だって。
愛する娘を救うため、彼は本当に何でもやってのけた。
不正に資料を手に入れ、タマと同じ年頃の女たちをさらい実験体として使った。
世間に隠れて、転生術の研究・開発を秘密裏に行った。
タマの精神を、他人の肉体に移す。
そのような術を作ろうとしたのだ。
すべては、娘の命を永らえるために。
なんでもした。どんな事でもする覚悟だった。
父親としての愛と、忍としての使命感。
これらが彼を動かし続けた。
まずは術の仕組みを完成させ、写輪眼を移植しても耐えられる肉体を探ししだし、その体へタマの精神と眼を移す。そういう計画だった。
そして術の完成まであと少しで手が届く、というところだ。
平和だった木ノ葉の里を、突如として九尾が襲った。
「九尾…なぜ……」
九つの尾を持つ化物、九尾の放ったチャクラの衝撃波が里を蹂躙し、チャボの研究室を吹き飛ばす。
何故だ。何故、今なのだ。
しかし、人中力に封じられているはずの九尾がなぜ突然現れたのか、その理由などどうでもよかった。
実験体の多くを失い己も負傷したが、かかずらわっている場合ではない。
家族の無事、そればかりを祈って自宅へ駆けつけた。
しかし無情にも、そんな彼の眼に映ったのは、
倒壊した家の傍に倒れているタマと、その夫。
二人は瓦礫の下敷きになっていた。
夫はタマを庇って既に死んでいたが、タマにはまだ息がある。
だが危険な状態だ。病に蝕まれたタマの体が耐えられる傷ではない。
絶望的な状況だった。
しかし咄嗟に抱き起こした娘の腕の中に、チャボはほの暗い希望を見た。
赤ん坊だ。
三ヶ月前に生まれたばかりの孫娘、シャムが母の腕に守られていた。
悪魔がささやく。
「もうこれしかない」と。
チャボは二人を連れて研究所へと戻り、術を発動させる。
己の負った傷も深い。最期と分かっていた。
最期の力を振り絞って孫娘、シャムへ転生忍術を施す。
生まれたばかりのシャムの体を、タマのために使った。
信念に、愛が勝った。
バトンを後世に繋ぐという己の使命を捻じ曲げてでも、愛娘を助けたかった。
シャムを犠牲にして生き永らえたと知れば、タマは許さないだろう。
チャボの事はもちろん、自分の事をも一生責め続けるだろう。
それでもいい。恨んでくれていい。
まだこの世に生まれたばかりの孫よりも、儂はお前が大事なのだ。
残酷な取捨選択をして、そして結果を見届けることなく、チャボは逝った。
一本だけ、管をつないだままの『実験体』に気付かぬまま。
赤ん坊の体に果たして『何』が宿ったのか、知らぬまま。