ナルトと知り合ってからの私は、憤慨しっぱなしだ。
三代目は何でこの子をほったらかすわけ?
予想してたことだけど、ナルトの生活風景は荒れに荒れていた。
火影が任命した世話係とかいう人がいるにはいるらしいけど、私がナルト宅へ訪ねるまで、ホコリのつもった調理器具は使われた形跡がなかった。
いつもナルトのいない時を見計らって食料を置いていくだけで、料理をしてもらったことはないんだって。
丸のままの野菜とか肉とか、包丁の握り方も知らないナルトがどうやって食べられるというのか。
何も教わってないナルトができたことといったら、せいぜいがお湯を沸かすくらいで、そんなだからレトルト食品しか食べなくなった。
他にも生活の面倒を見てもらったことはないと聞いて怒りすら覚える。
もっと小さい頃なんてどうしてたんだろう。
腹に封印された九尾のおかげで生命力が強いナルト。
どんな扱いをされていたのか、想像するのも恐ろしい。
こんなのはネグレクトだ。平成の世なら出るとこ出てるわ。
しかしここで警察や政府にあたる機関のとった対応がこうなんだからどうしようもない。
これじゃああまりにお粗末じゃありませんかね?
ふつふつと怒る私のもとにある日、三代目がじきじきに尋ねてきたことがあった。
「おお、東天紅シャムじゃな。ナルトが世話になっとるのう」
「いえ…こちらこそ」
ナルトの事で話があると言われてつい身構えてしまったが、何のことはなかった。
ナルトの初めての友達の顔が見てみたかった、それだけだという。
私がナルトに友好的なことに、彼はとても嬉しそうにしていた。
これまで悪戯っ子だったナルトに初めて友達ができてほっとした、と。これからも仲良くしてやってほしいと。
そんな感じのことを少し話して、去っていく三代目の背中を見つめる私の目は、冷ややかだったかもしれない。
暖かい人だけど、この人はナルトの味方になりきれないんだ。
ナルトが大事なら、どうしてちゃんとした人に任せてくれなかったの。
三代目は人を見る目が無いのだろうか。
不敬だと知りつつそんな風に思ってしまう程には、火影や里の大人への不信感が募っている。
多忙で目が届かないのだろう。
里のすべてを取り仕切っている人だ。他に問題はいくらでもある。
ナルトの事情だけに拘ってはいられないのも、理解できるが。
それでも大人の事情に寄り添えない私の精神はもう、大人とは言えないのかもしれない。
「ねえシャム」
「うおおお!?」
なんだ姉さんか。
突然声をかけられてびっくりした。いつの間に帰ってきてたんだ。
「ついさっきよ。ねえ、さっき表で火影様とすれ違ったんだけど、こんな辺鄙なところでどうしたのかしらね」
そう聞かれて、私は火影のことを姉さんに話すべきか、しばし迷った。
ナルトと仲良くなったことは、姉さんも知っている。
友達ができたと報告した時に顔が強張っていたから、九尾の噂も知っているはずだ。
事件当時は8歳だった姉さんも、今は12歳だ。
箝口令が敷かれてはいるが、人の口に戸は立てられない。どこかで耳にしたんだろう。
姉さんや私にとって、九尾は家族の仇だ。
それとナルトを同一視している姉さんにとって、私とナルトが友達になったことは、歓迎できないことだろう。
そんな姉さんにあえてナルトの話をしたのは、隠し通せることではないと思ったからだ。
本当なら隠しておきたかった。
姉さんの心配は杞憂だけど、説明してもわかってはもらえないだろう。
それにナルトが無害だと言い切ることもまたできない。
証明する術がないし、悪意ある者の手で再び九尾が解き放たれる可能性がある以上、ナルト自身が完全に無害な存在だともいえないのだ。
唯一の姉だ。不要な心配はかけたくなかった。
でも姉さんのために、ナルトとの付き合いをやめるのは違う。
既に出会って、関わってしまったのだから。
それでも火影のことを話すのを迷ったのは、これ以上ナルトの話を姉さんにして余計な心労をかけたくなかったからだ。
…いや、話してしまったほうが、姉さんの不安は和らぐかもしれない。
里で一番力のある忍がナルトを監督していると分かれば、少しは安心してくれるかもしれないと思った。
よく考えると、むしろこれは好機かもしれない。
「姉さん、実はね、火影様うちに来た」
「えっ!?なんでまた」
「ナルトをよろしくって。ナルトの中の怖いものは、ちゃんと見張ってるから安心しなさいって」
姉さんが息を呑んだ。
もちろん火影様はそんな言い方はしなかったが、私はそのように受け止めた。
たぶん、火影は私のことを「早熟すぎる子供」だと思っている。
そう見えるよう演出しているところもある。
下手に子供らしい芝居をしてボロが出てしまっては、いらない疑惑を受けることになりそうだと思った。
だから私は普段から、自分の性格を子供らしくみせることはしていない。
『大人たちはナルトを化け物だと、恐ろしいものだと言っているけど、強い忍がちゃんと見てるから大丈夫なんだ』
子供でも、察しの良い子がたどり着く答えとして矛盾はないはずだ。
というかそれを期待してわざわざ出向いてきたんだろう。
とにかく、怪しいところは何もないはず。おかしいことは、しゃべっていないはず。
駆け引きは苦手だから、天井裏とか床下とかで誰かこの話を聞いていないことを願う。
こちらには気配を探るスキルなんてないので、聞き耳を確かめる術もないのだ。
「…そっか。九尾とナルト君のこと、シャムも知ってたのね?」
「…大人たちが言ってるのが聞こえたんだ。でもね、みんな間違ってるよ。ナルトは人間だよ」
「そうね。――そうなのよね」
話しながら姉さんは遠くを見ていたが、ややあって動き出す。
戸棚を開け、一枚の封筒を取り出すとこちらに戻ってきた。
姉さんの手で取り出されたものを見て私は凍り付いた。
アカデミー入学のご案内と印字されたそれがなぜか、姉さんの手の中にある。
あれは書類を用意したその日のうちに畳のうらに隠しておいたのに。
絶対反対されると思って、姉さんに黙ったまま提出するつもりだったのに。
姉さんは封筒を私に差し出してこう言った。
「出してきな」
「ごめんなさい!!!……え、はい?」
聞き間違いかな?
眼を白黒させている私を、姉さんは優しい顔で見つめている。
「母さんはね、お祖父ちゃんとよく喧嘩してたの。
忍になりたくない、養鶏場を継ぎたいって言った私のせいで、おじいちゃんは母さんを責めた。
忍の親は子どもを忍として育てるのが役目だって、怖い顔で怒るおじいちゃんに、でも母さんは全然折れなかった。
子どものやりたいことを応援してやるのが親の役目だって言って、一歩も譲らなかったのよ」
姉さんが思い出話をするのを、初めて聞いた気がする。
穏やかな表情で話す姉さんの顔は、なんだか違う人に見えた。
「だからね、母さんが生きてたら、どうするかなって考えたわ。答えは決まってたわね。
私に遠慮なんかするんじゃないわ。好きな子と仲良くしな。なりたいものになりな」
「姉さん……」
「ただ、それで死んだら許さない。私を一人にしたら追っかけてもっぺん殺してやるわ」
「それは後を追うって言ってるの!?やめてよ重いよ!!!」
「死ななきゃいいのよ、死ななきゃ」
カラッと笑えない事を言って笑った姉さんはもういつもの姉さんだ。
この笑顔の裏に、何度の涙を隠してきたんだろう。
こんなに小さい子が、こんなに早く大人にならなければいけなかった。
妹のために。
――私のために。
私、絶対姉さんより先に死ねないなあ。
この人を悲しませる結果には、絶対にしない。できない。
「…ありがとう、姉さん。私、絶対高給取りになって見せるから!」
「うーん、期待しないで待ってるわ」
決意を新たに、私はアカデミーへ入学したのだった。
* * * * *
そうして入学して早一週間。
「シャムったらお弁当小さくない?ダイエット?」
「給料日前でこれしか食材がないだけなんだけど。これ以上ダイエットなんかしたら私骨川さんだよ改名したほうがいいかな???」
「……ごめん、おかず分けたげるからその顔やめてくんない」
「ほら、私のもあげる」
「僕も」
「オレも」
「あたしも」
「かたじけない」
ちびっこの間ではぼっち覚悟だったが、案外すんなりクラスに馴染んでいる私がいる。
ボンビーキャラも悪くないな。おかず恵んでもらえるし。
プライド?そんなものでお腹は膨らまない。いいから弁当よこせ。
およそ30年ぶりの学校生活に不安しかなかったけど、対人スキルというのは自転車の乗り方と一緒で忘れないモンだったらしい。
それに私とナルトは入学する時期が平均より3年も早かったようで、クラスの子の年齢は7つより上ばかり。
知恵がついてきてワンパクな年頃だが、理性が育ってない4歳児を相手にするよりは断然楽にコミュニケーションをとることができた。
一方、私という他人と付き合うようになって、ナルトのコミュ力はめきめき上がったようだ。
「シャム、飯くったら裏庭いこーぜ!ミカンたちとサッカーすんだ」
「へえ、ミカンくんとは喋ったこともないんだけど私行っていいの?」
「そんなん気にしないってば!他にも10人くらい一緒だし、シャムいないとつまんねーってばよ」
「じゃあ行く」
ナルトはもともと明るくて人懐っこい性格だ。
人を困らせるような悪戯をやめたら、友達はみるみる増えていった。
親の言いつけを守ってナルトを避けていた子たちも、ナルトと私が普通に仲良くしてるところや、ミカンみたいなクラスの目立つ子と友達になったのを見て態度が和らいでいくのがわかる。
ここのところナルトは毎日楽しそうで、幸せそうだ。本当によかった。
授業の方では、座学は順調だからいいとして。
大きな問題が二つあった。
ひとつは体術の訓練だ。
この世界の子供たちは、おかしい。
まず身体能力がおかしい。
誰もが入学してすぐ垂直2mジャンプをわけなくこなすんだけどどうなってんのこの里。
しかしやってみると私にもできた。
3mくらい跳べた。
訳が分からない。
この世界の空気はきっとプロテインでできているんだね…。
でもビビリすぎて着地に失敗する。
そんなの私だけで、みんなはひとり地面とキスをする羽目になった私を訝しげに見ていた。
ナルトまでもが器用に着地して私に胡乱げな目を向けている。
こんなの絶対おかしいよ。おまえらサイヤの戦士かよ。
そして組手の授業でも私はへっぴり腰だった。
攻撃するより避けることばかり優先するせいで先生には何度も怒られている。
いやいや先生。攻撃をかわすのだって、修行のうちです。
しかも子供とはいえサイヤの星の子だよ?
当たったら絶対痛いじゃん。逃げるが勝ち。
痛いの怖い精神で攻撃を避けまくっていたら、テストではいつもギリギリ合格をもらえた。
いまだに誰からも一撃も喰らったことはないから、私けっこうやる方かもしれない。
ヤバイのが忍術だ。
忍として一番大事かもしれない要素だが私はこれがてんでダメだった。
知っていたことだが、ナルトもダメダメ。
一年間学んでも、二人とも術を一個も会得できないでいた。
これが仕方のない事だと知っているのは、残念ながら私だけだ。
ナルトは腹の中の九尾の存在のせいで、チャクラがうまくコントロールできていないせい。
私の方は推測だが、あのジジイが行使した術のせいじゃないかと考えている。
精神エネルギーと身体エネルギーをミックスして作るのがチャクラだ。
今の私が他人の体を借りている状態なのだとしたら、精神と体が喧嘩していても不思議はない。
と分析してみたものの、先生やほかの生徒たちにこのような事情が分かるはずもない。
忍術の授業において私とナルトはドベドベであった。
二年経っても、
三年経っても、
ドベドベであった。
ところでこの学校。
座学、体術、忍術すべての科目で一定の成績を収めねば卒業どころか次のカリキュラムに進むこともできない。
私たちは3回もダブったのだった。