東天紅の子   作:かしみや

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(姉視点です)


【004】私のかわいい妹と、胡散臭いお兄ちゃんと、家族の写真

 

 

「ごめんくださーい!」

 

とっくに日は暮れて夜も8時をまわったころ、そんな元気な声とともにチャイムが鳴った。

私は「はいはい~」といつもの調子で、ドアスコープも覗かずにドアを開ける。

 

そこにはいつも通り、ドロドロに汚れた子供ふたりがいた。

 

「こんばんは、アサヒさん!夜遅くまで、いつもすみません…」

「こんばんは、リー君。こちらこそ、いつもうちのがお世話になって…」

 

ぶっとい眉毛の男の子リー君と、彼に負ぶさって寝こけている私の妹シャム。

ここ一か月、授業が終わったあと2人は毎日この時間まで修行をしているらしい。

なんでも、術のテストに通らないと進級できないんだとか。

 

術のテストなのに走り込みとか筋トレとか組手とかばかりしてるみたいだけど、そんなんで良いんだろうか?

一般人のお姉ちゃんには忍者のことはよく分からない。

一つ年上でしっかり者のリー君が一緒だから安心なんだけど、毎日毎日寝落ちするまでよくやるわ…。

 

リー君は私にシャムの身柄を引き渡したあと、ビシッと礼をして走って帰って行った。

元気な子だなー。シャムがこんなにバテバテなのに、まだまだパワー有り余ってるって感じ。

 

 

とりあえず、汚れた服を剥いでからポイポイと洗濯機へ放る。

濡らしたタオルで簡単に汚れを落としてやってから、布団を敷いて寝かせた。風呂は朝入んなさい。

この間ずっとされるがままのシャムは全く目を覚まさない。よっぽど疲れてるんだろうな。

 

このひと月で、こうしてシャムを寝かしつけるのがすっかり日課になりつつあった。

ちょっと面倒だけど、実は私、こうしてこの子の世話をやくのが楽しかったりする。

8つも歳の離れた妹だし、赤ちゃんの頃から私が面倒をみてきたのだ。昔から可愛くて可愛くて仕方ない。

 

5年前のあの日、両親を亡くしてから、私たち姉妹は2人だけで暮らしている。

孤児院に入ることができなかったからだ。

九尾の事件でたくさんの子供が親を亡くして、木の葉の孤児院は定員オーバーだった。

東天紅家の財産を持っていた私たちは、他の子に席を譲る他なかったのだ。

 

私は当時8歳。

実に頼りない小さな子供だったけど、赤ん坊だったシャムにとってはたった一人の家族で、母親代わりだった。

ミルクをあげてオムツを替えて寝かしつけて。

でも今ではこの子ってば何でも自分でやってしまうから、私が手を出すスキもない。寂しいもんだ。

 

「まだ5歳なのにねえ…」

 

どうしてこの子はこうなんだろう。

実はというと、赤ん坊だった時でさえ、本当に手のかからない子だった。

ふたりで暮らし始めた頃、周りの大人は「こんなに小さいうちから子育ては大変でしょう」とか「何か困ったら言うのよ」と言って心配してくれたんだけど、

しかしそういう周囲の心配をよそに、私たちはたくましく生きてきた。

私の子育てはメチャクチャ楽だったのだ。

シャムは夜泣きもムダ泣きもしないし、言葉を覚えるのも早く、特に何を教えたわけでもないのに生活に必要なことをどんどん吸収していった。

 

それで「私ってば子守りの才能あるのかも!」なんて調子に乗って子守のバイトをした事がある。

結果は散々。

泣くわ暴れるわ意思疎通できないわで、赤ん坊とはほとんど動物と変わらない生き物だということを知らなかったのだから。

ワタワタする私に先輩のベビーシッターは全力のあきれ顔だった。

赤ちゃんってこういうもんなの!?と半泣きになりながら、私は認識を改めることになる。うちの子が特別だったのね…。

赤ん坊って、話せるようになるのが遅いだけで、はじめから大人の言葉をちゃんと理解できてるものだと思ってたもの。

 

私がそんな誤解をしてしまうくらい、シャムは本当に早熟な子だった。賢い子だ。

早い時期から、自分のおかれた状況が分かってたんじゃないかと思う。

 

遊びより先に家事を覚えて、お菓子やおもちゃより特売の野菜をほしがった。

こいつ末恐ろしいなとも思ったけど、そんな妹を見ていたら、私がしっかりしなくてどうするんだって、頑張ろうって気持ちが湧くのである。

家族も家もいっぺんに亡くして、寂しくて悲しかったけど、泣いてばかりいられない。

この子が子供らしく過ごせるように、私がどんと構えていなくちゃ。

 

そう決心して、私は働いた。

働きまくった。

うちはせんべいのお手伝いにくわえて、甘味処と居酒屋のバイト、新聞配達や掃除屋までなんでもやった。

生きていくために。

そして、私たちの未来のために。

 

私は東天紅の復活を諦めていない。幼いころからの夢だったのだ。

鶏も従業員もみんな死んじゃったし、小屋も粉々になっちゃったし、土地も無くなってしまったけど。

資本金をためて、いつか必ず東天紅ブランドを復活させてみせる。

 

それにシャムにも、いつか自分の夢を追ってほしい。

母さんが私にそうさせてくれたように、本当にやりたい事をさせてあげたい。

 

この里では、孤児はだいたい忍になる。

学校に行けば補助金がもらえるし、無事卒業して忍者になれれば食いっぱぐれることもないからだ。

少ない選択肢の中、最も安定した収入が得られる仕事を選ぶから。

そんなふうに、お金のために命を危険に晒すような事はしてほしくなかった。

 

それなのに。

そう決意して、バイトを増やした矢先のことだ。

まだ4歳だというのに、シャムは忍者学校に入学することを決めてしまった。

 

部屋の大掃除をしていて、畳を干そうと引っぺがした下からアカデミーの書類を発掘した時は、思わず脱力したものだ。

私の決意はいったい何だったのか。

 

私の目を盗んで、こっそり家計簿をチェックしていたのを知ってる。

そんな子だから、「自分が何とかしなくちゃ」とか思ったんだろう。

私ってそんなに頼りない…?と悲しい気持ちになった。

夢として掲げてる東天紅の復興も、この子を犠牲にしてまで叶えたいとは思わないのに。

 

でも、幼児のくせに、働けないことを気に病んでたことも知っているから。

結局、学校にいる間はそんなに危ないことはないだろうと思って入学を許したけど。

 

この子がアカデミーを卒業するまでに、私は見極めなくちゃならない。

自己犠牲の精神で忍者を目指していないか。

 

本心から忍になりたいと言うのなら、いい。だけど、そうじゃないなら。

たとえばお花屋さん。たとえばシェフ。たとえば芸術家。

やりたい事が他にあるのに、家のために忍をするというなら止めるつもりだ。

 

 

ただ、今見ている限りでは――

 

 

入学前からテキストは書き込みだらけ。ペーパーテストはいつもほぼ100点だ。

こうして連日ぶっ倒れるようになる前からだって、自分で考えたらしいトレーニングメニューを毎日こなしていた。

これだけ努力しているんだし、母さんの子なんだから、強い忍になれるだろう。

 

「("本心"かは分からないけど、"本気"ではあるんだよねー)」

 

なら今私ができることは、この子の努力を後押ししてあげること。

そしてたくさん働いてお金を溜めて、この子の選択肢をもっと増やしてあげること。

 

いつのまにか蹴り飛ばされていた布団を掛けなおしてやって、私も眠りについた。

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

「いらっしゃいませー、ってあれ、シスイさん!」

「やあアサヒちゃん。こんにちは」

 

のれんを潜って現れたそのひとを見て、俄かに心が浮足立った。

背が高くて、愛嬌のある団子鼻の、掘りの深い顔立ち。無造作に跳ねた癖毛。

うちはシスイ兄さんだ。

いつもの連れの姿はない。珍しいな。

 

「今日イタチは一緒じゃないの?ひとり?」

「一緒に来るはずだったんだけど、急に任務が入っちゃって。どうしようかなと思ったけど、アサヒちゃんの顔が見たくてさ」

「はいはい、おべっか使ったって何も出ませんよーだ。ご注文は?」

「ううん、手厳しい。そんなんじゃないんだけどなあ」

 

彼は母さんが現役だった頃の仲間だったらしく、昔から私たち姉妹のことを気にかけてくれてた。親戚のお兄さんのような人だ。

一応本当に遠い親戚ではあるんだけど、私の家はひいお婆ちゃんの代で一族と縁が切れてるらしいから、「ような」で正解。

立場上あんまり仲良くできない私たちだけど、シスイさんは本当によくしてくれていた。

 

食料に困った時とか、何も連絡してないのに、でっかいスーパーの袋いっぱいに買い物してきてくれたり。

電気代の支払いが遅れて真っ暗になっちゃった夜にランプ持ってきてくれたり。

私やシャムが風邪をひいたとき、薬やら氷のうやらリンゴやら抱えてお見舞いに来てくれたり。

 

とにかく困ったときには必ず助けてくれるんだけど、普段は離れて生活しているのにそういうの何でわかるんだろうとかそんな疑問は「忍者だからさ」の一言でいつもはぐらかされてしまう。そんなもんなのか。

ちなみに今の家に越してきたときに冷蔵庫と洗濯機をプレゼントしてくれたのもシスイ兄さんだ。

 

いやほんと足向けて眠れないんだけど、この人いったい母さんの何だったんだろう。歳を重ねるにつれて分かってきたんだけどちょっと怖くない?

 

でもまあ、悪い人ではない。

それは間違いないし、好きだと思う。

 

「シスイさん、私そろそろあがりなんだけど。良かったらご一緒してもいい?」

「お疲れ様。歓迎するよ。いやあ、タイミングが良かったなあ」

 

まさかシフト知っててこの時間に来たんじゃないでしょうね。

思わずジト眼になってしまった。忍者ってこういう胡散臭い人が多い気がする。

 

 

 

 

「最近変わったことはない?」

 

そう聞かれて、羊羹をつつきつつ、最近なにやら必死に修行しているシャムの姿を思い出した。

ほとんどの科目でいい成績をもらってるのに忍術だけはダメで、一度進級テストに落ちたこと。

チャクラコントロールとかいうのがうまくできないってぼやいてたこと。

 

シスイさんに相談してみたら、彼は少し考え込んでしまった。

 

「修行を見てあげたいのは山々なんだけど…難しいなあ」

「難しいよねえ」

 

シスイさんはうちは一族の中でも5本の指に入る実力者だと聞いている。

そんな人が、一族の輪から追放された筋の子供に修行をつけるというのは、やっぱりよろしくない。

 

「努力家のシャムちゃんなら大丈夫だと思う。もうしばらく様子を見よう。どうしてもダメそうなら、また俺に相談してほしいな」

 

そういうことで、シャムのことはしばらく保留になった。

私もなんだか話してるうちに、あの子なら今にも自分で乗り越えてそうだなーと思ってしまったし。

 

 

それからしばらく他愛ないおしゃべりをしてお茶を楽しんだ。

そして当然のように奢ってくれたシスイさん。非常にスマートだ。いつも思うけど、モテそうだなこの人。

 

店を出ると、どこからか飛んできた黒いカラスが、シスイさんの肩にとまった。

ややあってこちらを振り向いた残念そうな顔を見て、説明されなくても大体の事を察してしまった。

 

「ごめん、俺も任務みたいだ。送っていきたかったけど」

「ううん。ありがとう、話聞いてくれて。いつも頼りにしちゃって悪いな」

「いいんだよ。俺が好きでやってるんだから。それじゃ、またね」

 

うーん。

モテそうだけど、彼女ができても続かないのかなあ。

忙しすぎるのも考え物だ。

 

 

シスイさんも行っちゃったし、もう真っすぐ帰ろうか。

今日はとっておきのお土産がある。きっとあの子驚くな。

私は軽い足取りで帰路についた。

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

そろそろ授業も終わる時間だ。

ちゃぶ台の上に「お土産」を広げて、私は少しワクワクしながらシャムの帰りを待った。

 

「ただいまー」

「おかえり、シャム。修行に行くまえにちょっとこっち来て。いいもの貰っちゃった」

「いいもの?」

 

キョトンとしてオウム返しするシャムをちゃぶ台から手招いた。

私の手にあるのは、二つ折りの立派な台紙に収められた、二枚の写真だ。

その形状を見て、シャムがうっと声を詰まらせた。

 

「なにこれ、お見合い写真?姉さんにも私にもまだ早いと思うよ」

「違うわ!よく見て!これ結婚写真!ウエディングフォト!!」

 

5歳児のくせに何故お見合い写真なんて知ってるの。

なんて突っ込みはもういちいちしない。この子はもうこういう生き物だと割り切っている。

 

シャムにも見えるように中を開いて見せると、どんぐり眼がパチパチと瞬きをした。

 

「……これ、もしかしてウチの?」

「そう。父さんが婿入りしたときのやつ。写真屋のおじいさんがくれたんだ」

 

すぐそこの通りに50年以上続いてる写真屋があるのだが、ご主人はこれから隠居するらしく、今週いっぱいで店をたたむらしい。

店内に展示していた写真の中に東天紅家のものがあり、ちょうど私が通りがかったので、捨てるのも何だからと言ってくれたものだ。

 

14年くらい前のかな。白無垢の母さんと、紋付羽織の父さん。そしてふたりの後ろに立ってるお祖父ちゃん。

 

生まれて三か月でみんなと別れてしまったシャムは、父さん母さん、お祖父ちゃんの顔を知らなかった。

九尾に家を粉々にされたせいでアルバムはダメになっちゃったから、家族の写真はもうこれしか残ってないだろう。

今日写真屋さんに声をかけてもらえて良かったと思う。

家族の顔を知らないシャムに、やっと見せてあげられた。

私も5年の間に、三人の顔を忘れかけていた事に気が付いたから。

人は死んでも記憶の中で生き続けるというけど、だからこそ忘れてしまうのは悲しい事だ。

 

「…………」

 

シャムは食い入るように写真を見つめている。

いつも表情がコロコロ変わる子なのに、なんだか能面みたいな無表情だ。

その様子に少し違和感があるような気がして。

 

声をかける前に「姉さん」と感情の読めない声で呼ばれて、少しどきりとした。

 

「これが母さん、これが父さんだよね?…この人は?」

「ああ、この人がお祖父ちゃんだよ。頑固でね、怒らせたら大変だったなー」

「へえー、」

 

シャムの、一筋だけ赤い髪の色は祖父譲りだ。

写真の中のお祖父ちゃんは、めでたい日だというのにしかめっ面。まあもともとこんな顔してた気がするけど。

 

そう話す私は少し早口で、なんだか焦った感じの口調になってしまった。

何故だろう。

 

けれど私の話にプッと噴出したシャムは、いつものシャムだった。

 

「このしかめっ面は遺伝しなくてよかったって心底思うよ。綺麗に生んでくれてありがとうお母さま」

「ひどーい。あの世でお祖父ちゃん泣いてるかもよー」

 

なんて言いながら私も笑った。

きっと気のせいだ。

 

一瞬、シャムのことを怖いと思ったなんて。

 

 

 

 

 




若干すれ違ってるけど、支えあって生きている姉妹でした。
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