今日は娘の【アブリアル・ネイ=ドゥブレスク・ベール・パリュン・ラフィール】の修技館への入学の日である。
彼女の父【アブリアル・ネイ=ドゥブレスク・ラルス・クリュブ・ドビュース】は今日の式典に参加する自らの娘と自分の想い人【レクシュ・ウェフ=ロベール・プラキア】と見つめていた―――
式典前日、午後11:00 クリューブ王宮庭園にて―――
「ふふっ、我が幼子がわずか13歳で修技館に入学しようとは・・・」
「殿下、それはあなたがいけないのですよ?」
「おや?我が愛、そなたは私が悪いというのか?」
「そうです。以前にラフィールから聞きましたよ?なんでもクリューブ王は自らの娘に『そなたの半身は猫だ』とか仰ったそうで?・・・私はあの時ほど倫理委員会に打診しようか迷ったことはありませんよ?」
「出生の秘密があったほうが子供の人格は豊かになるのだよ」
「その教育方針は前に聞きました。ですがそれではあの子がかわいそうではありませんか?あなたのくだらない嘘でもあの子は一時期は本当に信じていた様子・・・」
「我が愛、それでも既にラフィールは薄々はそなたのことを感ずいているようだが?それとも正式にそなたのことを紹介しない私のことを責めているのかね?」
「そうではありません!・・・」
「プラキア、そなたにはすまぬと思っている。だが自分が知りたくて背伸びする我が子も見ていて面白いだろう?」
「・・・」
「我が想い人よ、私のそなたへの愛は変わることはない。あの子はいずれ己の力で自分の出生を知るだろう・・・そしてラフィールが人を愛する一人前になった時、私は我が想い人のことをあの子に告げようと思うのだ」
「分かりました・・・」
「もう遅い・・・そして何より明日は愛しい娘の式典ではないか?親が体調不良ではまずかろう?さあ今夜はもう寝よう・・・」
「・・・」
「・・・・・・あの、殿下。」
「何だね?」
「お願い・・・・があるのですが。」
プラキアはうつむいて少し顔を赤らめて言った。
「言ってみるがよい。」
「あの、その、ええと、・・・・。」
プラキアの顔は更に赤くなった。
「物事をはっきりと言わないとは、そなたらしくないぞ。はっきり言うがよい。」
「・・・・わかりました。」
覚悟を決めてプラキアは自分の願いを伝えた。伝え終わるころには、プラキアは耳まで真っ赤にしていた。ドゥビュースは聞き終わると優しく微笑んだ。
「それは願ってもないことだ。喜んでその願い聞き入れよう。」
「・・・・・・よかった。拒まれたらどうしようかと思っていました。」
プラキアはほっとした。
「誰がそのような事を言うものか、我が愛。では、行こうか。」
「・・・・・はい。」
ふたりは腕を絡ませて、そのまま寝室へと消えていった。
プラキアの願いを要約するとこうなる、心と体の両方で、貴方の愛を感じたい。初めて出会ったあの頃のように、と。
その頃ラフィールは猫たちの餐堂にいた。手元にはホーリアがいた。
ラフィールはホーリアを抱きかかえた。
「ホーリア、私は明日、とうとう修技館に入学する。しばらくは会えそうにない。寂しいか?」
ホーリアはラフィールの目をじっと見ていたが、やがて大きなあくびをした。
「やれやれ、どうやらそなたは私がいなくなっても気にならないようだな。・・・・おや、もうこんな時間か、私もそろそろ寝なくてはな。そなたももう寝るがよい、ホーリア。最後に話ができてよかった。」
ラフィールはホーリアをそっと地面に戻した。ホーリアはねぐらへと去っていった。
自分の寝室へ帰る途中、ラフィールはドゥビュースの寝室の前を通った。
「おや?」
ラフィールはドゥビュースの寝室の中から何か変な音がするのに気が付いた。そっと耳をすませてみる。
『はあっ・・・・・はあっ・・・・・はあっ・・・・・あ・・・・・あっ・・・・・・ああ・・・・・・・ああっ!!』
『はあっ・・・・・はあっ・・・・・はあっ・・・・・はあっ・・・・・はあっ・・・・・はあっ・・・・・』
中ではドゥビュースとプラキアがよろしくやっていた。
『父上は何をやっているのであろか。のぞいてみるか』
そう思ってラフィールは部屋の中を覗こうとしたが、
『やっぱりやめておこう。何だか、ばれたら怒られそうな気がしてきた』
そう思ってラフィールはそのまま自分の部屋に戻った。
こうしてそれぞれの式典前日が過ぎていった。
明くる日の朝・・・・・
ラフィールは修技館から送られてきていた訓練生用の軍衣に初めて袖を通した。軍衣はラフィールの身体にちょうど良いサイズだった。
これでしばらく王家の長衣を着ることはないのだな。
そう思うと少し寂しかった。
それからまだ時間があったので自室の私物を整理した。機械に任せてもよかったのだが(これまではそうしていた)今日は、なんとなく自分でしたい気分だった。それから、修技館に持っていく私物を確認した。と言っても向こうでの生活に必要な物は、大体が支給されるので、それほど多くはなかったが。それを終えるともうする事が思いつかなかった。
ラフィールはベッドに横になった。天井をぼんやりとみつめた。それから視線をゆっくりと横にずらしていくと、家族全員でとった写真が目にはいった。真ん中にはラフィール、その隣には弟のドゥヒール。ドゥビュースはラフィールの肩に手をおいて立っている。祖母であるラマージュとその母であるラメームはラフィールとドゥヒールの後に並んで立っている。(プラキアは遺伝子提供者ではあるが、家族ではないので写ってはいなかった)
これも持っていこう。
ラフィールはこの写真も持っていく私物の中に加えた。これでまたやることが無くなってしまった。
仕方なくラフィールは時間が過ぎるのをぼんやりと待つことにした。
数十分後・・・・・
とうとう出発の時間がやってきた。
そろそろこの部屋にも別れを告げねばな。
ラフィールはゆっくりと立ち上がると、自分の手荷物を持ち、部屋の入り口に立った。それからゆっくりと振り返って部屋を見渡した。
「さらばだ。」
そうぼそりと呟いてからラフィールは部屋を去った。もう振り返らないぞと心にきめて。
部屋の外ではドビュースとドゥヒール、それにプラキアがいた。プラキアは珍しく副百翔長の階級章の付いた軍衣を身につけていた。
「おはよう、我が愛。なかなか似合っているぞ。」
とドビュース。
「おはようございます。姉様。」
とドゥヒール。
「おはようございます。殿下。」
とプラキア。
「ああ、おはよう。」
誰に合わせて挨拶すれば良いか分からなかったのでラフィールはそう言った。
「どうした?元気が無いではないか。」
とドビュース。
「緊張しているだけです、父上。」
とラフィール。
「たまには帰ってきてくださいね。」
とドゥヒール。
「できることなら付いていってやりたいが、多忙でな。修技館までは彼女が付いていってくれることになった。」
ドビュースはそう言ってプラキアの方を見た。
「短い時間ですが、一生懸命付き添わせていただきますので、よろしくお願いします。」
プラキアはそう言うと星界軍様式の敬礼をした。
「ああ、よろしく頼む。」
ラフィールはそう答えた。
「ではそろそろ行くがよい。そなたの修技館での活躍に期待している。」
ドビュースはそう言って、ドビュースと共にその場を去っていった。後にはラフィールとプラキアが残された。
「行きましょうか、殿下。」
「・・・・・そうだな。」
ラフィールは寂しさを感じた。こんな事なら父上に最後に言う言葉を考えておけばよかったと思った。が、終わったことを悔やんでも仕方がないと思い、歩き出した。
やがてクリューブ王宮正門につながる広い廊下に出た。その廊下の両端には、クリューブ王宮で働く家臣達がはるか遠くの方まで続いていた。二人はその廊下の真ん中をゆっくりと進んでいった。
やがて正門にたどり着いた。そこには一台の移動壇とラフィール付きの家臣達がいた。家臣達はみな目に涙をためていた。ラフィールは、
「そなたたち、長い間世話になった。私はこれから修技館へ入学するが、絶対にそなたたちの事は忘れないぞ。」
と言った。するとその中の一人が涙声で
「ありがとうございます。」
とだけ答えた。このままだとこちらも涙ぐみそうだったのでラフィールは彼女たちから視線をずらした。
二人は移動壇に乗った。移動壇への指示はプラキアがおこなった。移動壇は修技館へと向かった。
修技館へ行く途中、ラフィールはプラキアにある質問をした。
「プラキア卿は、今日はどうして軍衣なのだ?」
「軍衣ではだめでしたか?」
「いや。ただいつもと違うのはなぜだろう、と思ってな。」
プラキアは昨日は王宮のドゥビュースの寝室で(結果的に)一泊したのだが、私服は昨日深夜のドゥビュースとの愛の再確認の際に二人の体液の一種が付着して汚れてしまったために、着ることができなくなっていた。そのため予備用として持っていた軍衣を着ていたのだった。
「ああ、そうですか。実はこの後すぐに、新型巡察艦についての会議に出席しなければならなくなりまして、王殿下にお尋ねしたら、軍衣で王宮内に参上しても別に問題は無いとおっしゃってくださいましたので、今日はこの服装で殿の元に参上させていただきましたの。」
プラキアはとっさに言った。もっとも、この後会議があるというのは本当なので、嘘ではない。
「そうか、なるほどな。実は、もう一つ質問があるのだが。」
「何でしょう。」
「昨日の夜に父上の部屋の前を通った時、中から父上とそなたの声が聞こえたのだ。大分息使いが激しかったのでその時は何か運動でもしているのかと思ったのだが、実際は何をしていたのだ?」
「そ、それは・・・・・。」
プラキアは顔を真っ赤にした。
「どうしたのだ?聞いてはまずかったか?」
「いえ、別にそのようなことは・・・・・・・。」
「では、何をしていたのだ?」
「そ、それは・・・・・・・・・・・・・・・・・恐らくいつかは殿下にも分かることですわ。」
「今教えてはくれないのか?」
「ええと・・・・・・・・分かった時のお楽しみということにしておきましょう。」
「そうか。ならば仕方がないな。」
プラキアはそれを聞いてほっとした。
そんなことをしているうちに、移動壇は埠頭にたどり着いた。ここからは交通艇で修技館となっている人工惑星まで向かう。操舵士席にはプラキアが、副操舵士席にはラフィールが座った。思考結晶の点検の後、プラキアは管制との通信を始めた。しばらくして、管制が電磁射出するかどうかを尋ねてきた。プラキアは、
「急ぎますか?まだ時間には余裕がありますが。」
と尋ねてきた。ラフィールは、
「いや。時間があるのならゆっくり行こう。」
と答えた。実際のところ、ラフィールは今頃になって修技館に行くのが恐くなってきていた。1秒でも修技館に行くのを遅らせたかった。交通艇は、低温噴射推進でゆっくりと出発した。
,地上的感覚から行けば“母親”にあたるプラキアがラフィールのちょっとした変化に気付かないはず筈が無かった。横目でラフィールを見ると、体を怖がらせ小刻みに震えている。時間はたっぷり余裕があるため、ワザと遠回りをし、ヒールの手前で艦を止める。その場所は……ドゥビュースに告白された場所。
「ん?どうしたのだ、どうしてココへ?」
ラフィールは、不思議に思い、プラキアの方を見る。プラキアの目は何処か遠くを眺めており、今にも泣きそうな顔だった。
「そう言えば、あの夜何をしていたか、教えて差し上げるわ。ただし絶対に誰にも言わないで。言う殿下も恥ずかしいけど、教えた私はもっとはずかしいわ。だから、ね」
身をラフィールによせ、耳元で言う。こんな時、こんな所でなければ決して教えなかっただろう。
「どうして、泣いているのだ?嬉しいことであろ?」
「確かに、私はあの時嬉しかったかもしれない。でも、もう…2度と逢えないかもしれないと思うと…」
時間が許す限りずっとその場所にいたのだが、その間ラフィールの胸の中で泣き顔を押し付けていた。もしかしたら2度と分かち合えぬかもしれぬ温もりを感じていたのだ。
「そろそろ時間だぞ、行かぬと式典に間に合わぬ」
「そうね、御免なさい。すぐに向かいますから」
5分たち、フと不味い事に気がついた。竜の逆燐に平気で触れてくるスポール家と出会う可能性は極めて高い。その中でとりわけ頭に来るのが、レトパーニュ大公爵家の者だ。アブリアルでないプラキアでさえも頭に来るのだから、アブリアルであるラフィールだった場合、どうなるのかは想像できた。