突然、小型突撃艦が設置されていた部屋の天井と壁と床が外れて、直径1セダージュ(1000km)の強力な防御磁場で球体の内側にラフィール達の小型突撃艦が3隻浮くような状態になっていった。
そして、ラフィール達の反対側の向こうから同じ型の小型突撃艦が30隻現れた。
「く、どうやら、あいつらを叩きのめせということね。それにしても、10倍の戦力で襲うなんて、いや、こっちは実質2隻だから15倍か。相変わらず手がこんでいるわ。アクリア諜報員、殿下たちのシステムも起動させて、そうしないとすぐにやられるわ。」深刻な状況を理解するプラキア
「わかりました。『ヘヴィ・ベル』お願い。」そう、ミルフィーユが言うと、ラフィールとプラキアの小型突撃艦は、システムを起動させて、発進準備の状況になった。
「どうやら、発進システムが起動したみたいだ。ナシーカ、主砲の反陽子砲と凝集光砲は、任せた。あのもの達を宇宙に吹き渡る一陣のプラズマに変えて見せるからな」そういい、勢いよく操舵するラフィール
「わかったわ。とにかく、全力でやるわ」主砲の銃口を握るナシーカ
「皆さん、頑張ってください」ただの応援する役目のフォズ
「よし、敵のまず、左翼の15隻を我らが、右の残り半分をプラキア卿頼むぞ。」通信で役割を伝えるラフィール
「えー、王女殿下、それはやめた方がいいですよ。この小型突撃艦の攻撃兵器では敵の防御磁場を破れません。さっき、システムを調べたら、そういう作りになっていました。通常の10分の1以下の威力になっています。だから、逃げることを最優先した方が良いですわ。殿下」横から口を出すミルフィーユ
「…・・、どういうことだ。これで、30隻を倒せるわけがないであろ」呆然とするラフィール
「我々は騙された挙句に躍らされたのですわ。殿下。とにかく、逃げ回りましょう。」余裕のある表情で説明するミルフィーユ
「しかし、悔しい。私はだまされるのが大嫌いだ。」大声で怒鳴りながら、必死に操舵するラフィール
「パリューニュ子爵殿下は、苦労しているみたいですけど、私は余裕でかわさせていただきます。『ヘヴィ・ベル』先ほどのファリース子爵殿下の操舵情報をプログラム化して、この船を操舵して、敵の攻撃をかわして。あなたなら、できるわ」そういって、キセーグをグーヘークにつないで、操舵するミルフィーユ
無重力状態の空間では、30隻の小型突撃艦から必死逃げるラフィールの艦とファリース子爵の操舵をプログラム化して優雅に敵の攻撃をかわすプラキアの艦があった。
「ねぇ、アクリア諜報員、私達は、なんとか、いけそうだけど、王女殿下は、もう限界が近いわ。このまま、なにもでできないで、逃げ回るなんて私はいやよ」拳を握り締めて言うプラキア
「そうですね。でも、ようやく、待ったかいがきました。援軍です。」
そういって、ある1点の方角指をさすミルフィーユ
突然、球体の防御磁場を破って、1隻の艦がその空間に侵入してきた。『青の牙』マスター専用特殊戦闘艦『影船』1番艦ラシェールだった。
「ミルフィーユさん、プラキアさん、男爵公女閣下、王女殿下、助けに来ました。あとは、僕達にまかせてください。」通信で援軍を伝えるダリシュ
そういって、敵の1角を崩して、あっという間に3隻が爆散した。ダリシュとユーリルは、小型突撃艦が主力兵器である反陽子砲を発射する直前のエネルギーがたまったところの砲口に反物質ミサイルを次々と撃ちこんだので、どの艦も一発で沈んだ。
30隻の艦を全滅させるのに10分かからなかった。
「ラフィールちゃん、すごいね。あんなことできる人なんてはじめて見た。」ダリシュ達のあまりの戦闘力に驚きを隠せないナシーカ
「本当だ。特にあの射撃は、すごい。まったく、狙いが外れていないぞ。操舵との連携も見事だ。よほど息の合ったコンビネーションをしていないとあの戦術はとれないからな。」ラフィールも感心していた。
「ミルフィーユさん、プラキアさん、王女殿下、男爵公女閣下、これから、他の侵入ルートまで、誘導します。ついてきください。ちなみに、他のマスターの人達は、すでに宇宙港から潜入してサタン捜索をしています。」
こうして、ダリシュとユーリルによって、ラフィール達は助けられて、彼らに先導されて、一緒に行動することになった。
一方、ハーデスとファリース子爵は、ラフィール達とは全く、別のルートで軌道城館の中心部を目指していた。
「この壁の向こうに『サタン』がいる」
「どんなものであろ。脳が固定された物であろか?」
ハーデスは壁をぶち破り、部屋へと入った。耳を痛める程の大音響で警告音が鳴るが、彼らは無視した。
「なっ、……こ、これは」
ファリースは、あまりのグロさに口を手で覆った。
「に、人間か…!?」
人間の裸体が再生槽に固定されていた。だが、目蓋から上の頭蓋骨は無く、脳が露出し、その脳へ管が何本も取り付けられていた。
「やれやれ、壁から登場するとは派手な方たちだこと。でも『サタン』様は私達が守ります」
と、姉妹であろう女性が武器を持って迫ってきた。
「っく」
ファリースは瞬間的に避けた。避けた後ろの壁はまるで習字紙のように容易く切れてしまった。
「洗脳されている。ここまで完全に洗脳するとは」
アーヴでもありえぬ美しさではあるが、今は脅威でしかなかった。増援も望めない。ただ許せなかったのは、ここまで美しい人を名前さえ変えられる程洗脳されている事だった。
「な、何を…」
シーネと洗脳された人は、ファリースを軽々と持ち上げ、ちょっと離れたところへ置いた。
「何って、一対一で戦うのよ?」
と、軽くいうシーネ。
(せめて本名が知りたいが……。この者の親類にはすまぬが、死んでもらう)
と心の中で呟く。
早く『サタン』を倒したかったが、ファリースはシーネが足止めする。
,ハーデスをラケールが足止めし、『サタン』へ一歩も近づけない。
しかし、そんな激戦の中、ファリースは不思議に思っていた
(この舞、どこかで・・・・見た事が……)
敵は舞を踊り、攻撃していた。ある地上世界では“武舞”と呼ばれているアレだ。
(そうだ、思い出した!この舞はレーグルス男爵公女閣下と同じ踊り…。敵は……こちらの動きを複製(コピー)している!?)
「(よし、もし、あれが彼女のコピーの技なら弱点はある。)」凝集光銃を握り締めてチャンスをうかがうファリース
そして、間合いを計り、敵が自分の懐に飛び込む一瞬前、上へ向けて、凝集光銃を撃った。
凝集光銃は天井の一角を崩して、巨大な鉄骨がファリース子爵の目の前に落ちてきた。
鉄骨は突進してきたシーネの頭の上から股の下の床に突き刺さった。
「サ、サタン様・・・」
そう言い残して、息を引き取った。
レオを倒した後に、ナシーカとの会話を回想するファリース
「ファリース子爵殿下、この舞いは、シータさんが教えてくれたけど、弱点はあるのです。殿下がいうように無敵の技ではないの。真上からの攻撃に弱い。特に必殺の一撃を決めるときには大きな隙ができる。これを知っていないと、いつでも使えるわけにはいかないのです。」照れた風にいうナシーカ
「ふぅ、あのときの言葉を聞いていなかったら、負けていたな。あとで、レーグルス男爵公女閣下には感謝を伝えねばならないであろ」激闘を終え、一息つくファリース
,しかし、ハーデスが苦戦を強いられている事に気づいたファリースは、技を複製している事を教えた。
「判った。し、しかし…」
あのハーデスが手も足も出ない…。
「(一体……、誰の複製なの?)援護するわ」
と、言い凝集光銃を撃つ。凝集光が敵の頭を貫き、悲鳴を上げる前に絶命した。
「戦いに水を注してすまぬ。だが、一体誰の複製ですか?」
「多分、私だ。ファリース子爵殿下が援護射撃をしなければ私の方が先に力尽きていただろう。礼を言う」
顔を真っ赤にしながらファリースはその礼を受け取った。
「残るはサタンのみとなった。さっさとこのいまいましい奴を倒すぞ」
しかし、再生槽のような物は、凝集光で焼こうが、光源弾装で吹き飛ばそうがビクともしなかった。
「なんなのだ、これは。何故ビクともしないのだ」
そこへ、一枚の扇子が再生槽の硝子はおろか、内容物さえも容易く両断し、持ち主へと戻っていく。紅の扇子に互い違いの瞳。彼女こそ、正真証明のナシーカの遺伝子提供者だった。
「やはり、ショウキョウ。そなただったのだな・・・」
話を繋げようとした瞬間、城館は破壊の一途をたどった。
「ま、まずい!」
「こっちよ」
退避路を走りながら、気になる事を尋ねた。
「ショウキョウとは、そなたの名前だと、思うのだが、…上の、……名字は、なんというのだ?」
戦い続きでしかも走りながらなので話が途切れ途切れになってしまう。
「残念だけどね、我が家の家風で、名前を古代地球の名前にするようになっているの。ついでに私の実の姉はダイキョウというの。ついでに弟はチョウウン」
「そんなことはいい。だが、どうして二つの家徴を合わせ持っている?」
と、ハーデス。
「相変らずの洞察力ね。私の家の家徴がどう呼ばれているかご存知?」
と、質問を投げかけた。ファリースは首を横に振った。
「これはね、“両家徴”と呼ばれるの。本来なら殺されるのだけど、こうして生きている。プラキアも全然愛を注いでやれなかった。死んだと言うのを口実にし、行方意不明のお姉さまを探しに出かけたの」
交通艇に乗り、ガフトノーシュについてもなを、その話は終わらなかった。
だが、その時初めて、“両家徴”と呼ばれているのが判った。右目が紅をしており、左目はまるで黒真珠のように透きとおった黒い瞳。だが、耳は、右側が尖っている。
「よくもどった、“両家徴のショウキョウ”ファリースを無事届け、礼を言う」
「いえ、私は送り向かいをしたにすぎないよ、皆のお陰で出来たのよ」
ラマージュはファリースを両手で抱きながら思った。
(少女のような話し方がそなたの本来の“家徴”であろ?)
と。
「陛下、どうやら安心するのは、まだ早いみたいです。ダリシュが言っていた嫌な予感というのが現実になったみたいです。」
ガフトノーシュの艦橋で崩れゆく軌道城館を指差すハーデス
そこには、各所で爆発して崩壊する軌道城館の中で真っ黒の戦艦があった。大きさは星界軍の輸送艦をしのぐ巨大なものだった。その姿は星界軍の軍艦とは全く違う形をしており、むしろ、古代日本のヤマトという戦艦に似ていた。
「なんだ、あれは?とにかく、偵察分艦隊突撃せよ。電磁投射砲を集中放火せよ。」突然現れた敵に驚きながら即座に命令するラマージュ
「偵察分艦隊突撃しました…・。敵巨大戦艦、機動時空爆雷、電磁投射砲ともに効果ありません。傷一つつきません。こ、これは、さきほどの軌道城館と同等の主砲が発射されました。5つの偵察分艦隊、あっという間に全滅です。信じられません。」絶望的な声を出す通信参謀
「そうか、あれが、サタンの正体か。陛下、あの戦艦はたぶん、全部オリハルコン製の装甲でしょう。はっきりいって、例え、全艦隊が突撃自爆しても傷一つつかないでしょう。」ハーデス
「ハーデス、どういうことだ?説明するがよい」ハーデスの発言に驚くラマージュ
「陛下、我々『青の牙』の八王国のマスターが使う専用のオリハルコン製の武器を持っています。それを代々の家で極限までに極めるということは、知っていますよね。そして、その武器の名前は古代英語で太陽系の惑星を示します。私の装飾銃は、地球を表す『アース』、クリューヴマスターの二つの剣は金星を表す『ヴィーナス』です。それで、太陽系には9個の惑星があります。ある一つだけ名前として使用されなかった惑星があるのです。土星です。それを古代英語で呼ぶと『サターン』です。」淡々と説明するハーデス
「つまり、あのオリハルコン製の戦艦がタトゥースの武器であるということを示すのか。これは、軌道城館より外部から破壊するのは不可能に近いのではないのか」絶望的な状況を認識するラマージュ
「そうですね。ですが、外部が無理なら内部から、攻めるのです。もっとも、すでに、潜入を成功させたものがいるみたいです。ダリシュ、潜入に成功したか?」クリューノで呼びかけるハーデス
「ええ、成功しました。でも、父さん、、ここの機械兵士、かなり強力です。ほとんどの装甲がオリハルコン製のやつばかりです。これは、敵の中心に行くまで苦労しそうです。では、陛下たちは、とにかく、防御を優先させてください。僕たちが帰る場所を残しておいてください」
そういって、ダリシュの通信は切れた。
「オリハルコン製の機械兵士…・。どうやら、こちらより、向こうの方がより絶望的な状況かもしれないな。ハーデス。」珍しく弱気になるラマージュ
「おや、陛下が弱気とは珍しいですね。大丈夫ですよ。私は、息子を信じていますから。ダリシュならきっと、サタンを倒してくれます。絶対保証します」絶対の自信を持つハーデス
「うむ、期待しておる。だが、レーグルス男爵公女の姿が見えぬが?」
ハーデスは視線を落とし、
「全員脱出には成功しています。ですが、…最期の爆発に巻き込まれ、助からないと医師が判断し、離着陸甲板に放置されています」
離着陸甲板へ行こうとするラマージュをハーデスが立ちはだかった。
「待ってください、公女閣下は男爵閣下ご自身が確認に行っています。陛下、貴方は陛下である前に最高司令官です。指令を失えば艦隊は混乱し、全滅しますっ。陛下は艦橋を離れないで下さい」
「何故見捨てる!?それでもその者は医師か!」
「しかし、度重なる戦闘により、医務室や治療室は満員です。ラクファカールへ戻ったとしても、状況は変わらないでしょう」
その時、運命の時は刻一刻と迫っていた。
「ナシーカ、そなた、大丈夫か?」
ラフィールもそれしか言えなかった。艦の医務室は他の艦の負傷者であふれ帰り、ラクファカールへ帰ったとしても間に合わない。
「ラ……フィール…ちゃん、こ、これで、……私に…トドメを…」
大量出血で手足は真っ青になり、ラフィールに手渡そうとしたナイフを持つ手は震えていた。
「出来ない!そなたは死なせない。私が絶対に死なせない!!」
せき込むナシーカ。その唾の中には血が混ざっている。
「苦しみたく…ない……の。お父さまの…ように……。もし、私を想うのなら…」
「ナシーカがそう思うのならしかたないな。ラフィール殿下、お願いします」
と、ヤフェトも言う。
「わ、私には出来ない……!」
ヤフェトはソッと、ナシーカの胸を触れた。
「折角ここまで娘のおっぱいが大きくなったというのに」
「ああ…、お祖父様。なぜ…か、な。もっと私の…身体を……もっと、さ…わって欲しい。…そんな気がするわ。…最期に…ぬくもりを…ありがっとう…」
目蓋を閉ざし、ラフィールと触合っていた手は、重力制御機関に吸い込まれるかのように地面へ落ちた。
「嘘だ!ナシーカ、嘘であろ?目を、開けるがよい!いつか、約束したであろ、一緒に卒業すると……!あれは…嘘だったのか!」
フォズは初めてラフィールが泣いている時に直面した。
「殿下、私……。ナシーカさんは、私を庇って…」
「我が家の伝統でな、土葬なんだ。もし暇があったら、墓標の前で手を合わせてくれないか?そうすればナシーカも喜ぶから」
「そなたは平気なのか!?……」
そこまで言った時、ヤフェトは言い返した。
「平気なわけ…無いだろうが!!」
と、廊下の壁を力の限り殴った。廊下の壁はへこんでいた。
「“後悔後をたたず”とはよく言ったわ。御免なさい、ナシーカさん」
ヤフェトはナシーカの顔に付いた血を拭いながら声を殺して泣いていた。
『何故だ・・・何故だ・・・・何故私は・・・・・私はこんなにも無力なんだ・・・。消えゆく愛しい孫娘の命すら・・・助けられないのか・・・・・・・・・。待てよ、確か・・・・』
ヤフェトは何かに気が付こうとしていた。
『確か私とナシーカは同じ・・・・・・・・。しかし間に合うかどうか・・・・・。ええい!悩んでいてもしかたがない!一か八かやってみるまでだ!!』
ヤフェトは医務室に駆け込むと医師に断って一番大きな注射器を借り、急いで戻るとそれを自分の腕に突き刺した。
「そなた、何をしているのだ?」
ラフィールが尋ねた。
「今から私の血を輸血します。私とナシーカは同じ血液型だから、問題はありません」
「しかし間に合うのか? それに医師はもう助からぬと・・・」
「この忙しい中での診断ですから誤診かもしれませんし、まだナシーカの心臓は止まったわけではありません」
ヤフェトは知っていた。戦闘中の医師は忙しすぎて誤診することもあるという事を。
「しかし男爵・・・・」
ラフィールは何か言おうとしたが、
「黙っていなさい!!」
ヤフェトが怒鳴った。びくっとしてラフィールは黙った。
注射器の中が血で一杯になるとヤフェトはそれを抜いてナシーカの上腕に突き刺し、血を送り込んだ。送り終わると注射器を引っこ抜いて自分の腕に突き刺し、血を満たすとまたそれをナシーカの上腕に突き刺す。ヤフェトが何度もそれを繰り返すうちに、土色だったナシーカの顔が段々赤みを取り戻し、逆にヤフェトの顔は段々青くなってきた。
「男爵、大丈夫か? 顔が真っ青だぞ」
ラフィールが尋ねた。
「大丈夫に決まっているでしょう。この程度でくたばってたまるものですか」
ヤフェトは嘘をついた。
「ナシーカさんの顔色がどんどん良くなってきています!」
フォズが嬉しそうに言った。
「男爵、ナシーカの血液型は何だ?」
ラフィールが尋ねた。
ヤフェトは自分とナシーカの血液型を告げた。告げ終わるとラフィールは言った。
「ならば私も輸血できる。それを貸すがよい」
ラフィールが言った。ヤフェトは暫くラフィールの顔を見て、
「それでは、あまり無理はしないようにしてください」
と言って注射器を手渡した。ラフィールの細い腕に太い針が突き刺さった。
『待っているがよいぞ、ナシーカ。絶対に助けるからな』
「私は違う血液型なんですけど、何か手伝える事はありますか?」
フォズが言った。
「それじゃあ君はナシーカの止血を頼む。さっき医師が一応してくれたが、十分では無かったみたいだ。やり方は知っているかな?」
「はいっ! 修技館で習いました」
こうして三人は今にも消えそうな命の灯火のナシーカに出来るだけの治療を始めた。三人の心にはこの心優しい少女を助けたい、そしてもう一度この少女の笑い顔が見たい、その事しか無かった。
気が付くとナシーカは花畑の中に立っていた。
『ここ、どこかしら? 何で私こんな所にいるのかしら?』
ここでナシーカは頭環が無い事に気が付いた。
『ああ、いつもと違う感じがすると思ったら、頭環が無かったのね。どこで無くしたのかしら?』
ナシーカは辺りを見回した。すると遠くに一人の男が立っているのが見えた。
『誰かしら? ちょっと行ってみよう』
ナシーカはその男に近づいた。その男はナシーカに背を向け、遠くを見ている様に立っていた。十分に近づいてから、ナシーカは、
「あの、すいません」
と声をかけた。するとその男はゆっくりと振り返り、ナシーカを見た。ナシーカは、
「あの、私気が付いたらこんな所にいたんですけど、ここ、何処ですか?」
と尋ねた。その男は暫く無言でナシーカの顔を見つめて、それから言った。
「お前はここに来るには早すぎる。元の世界へ還るがいい。お前の周りの人間もそれを望んでいるようだしな」
どういう意味ですか、とナシーカは尋ねようとした。が、その前にナシーカの周りの風景にひびが入り、まるでガラスの様にがらがらと崩れ落ちた。
『な、何!? 一体どうなってるの!?』
それを最後にナシーカの思考はまた停止した。
「ん………」
騒がしい音でナシーカは意識を取り戻した。生臭い血の匂いがたちこめ、あちこちから
「痛いっ! 痛いいいいいっ!!」
とか、
「あ、ああ、た、助けて、助けて……」
とか、
「お母さあああん! 助けて下さあああい! お母さあああん!!!」
とか、
「誰か、誰か俺を殺してくれぇ!!!」
とか、
「おい、デュース! 死ぬな、しっかりしろ!!」
とか、
「くそっ、こいつはもう駄目だ! 次っ!」
という声が聞こえる。
『私、さっきまで花畑に………あ、そっか。私、<ガフトノーシュ>にいるんだっけ。じゃあさっきのは一体……』
そこまで考えた時にナシーカの腕に何かが突き刺さった。思わず、
「う」
という弱々しい声が出た。すると、
「ナシーカさん?」
という声が聞こえた。ナシーカは、
『今の、フォズちゃんかな?』
と思い目を開けた。思った通り、目の前にはフォズがいた。
「フ…フォっ…ズ…ちゃん?」
呂律の回らない口でナシーカは言った。思った通りに身体が動かない。
「殿下、閣下、ナシーカさんが目ぇ開けた!」
フォズは叫んだ。ラフィールとヤフェトはフォズの後ろで真っ青な顔をしていたが、それを聞くとナシーカに近づき、まずラフィールが
「ナシーカ、私だ、分かるか!?」
と言い、続いてヤフェトが
「大丈夫か? 気分はどうだ?」
と言った。
「ラっフィール…ちゃん……お…祖父…様……わた……し…いっ……ったい……」
必死に何か言おうとするナシーカ。
「良かった・・・・・」
ラフィールはそう言ってナシーカを抱きしめた。そしてその上からヤフェトが二人を抱きしめた。そこへさっきナシーカを診察した医師とは別の医師が駆け寄り、
「ちょっと失礼」
と言って簡単な診察をした。暫くして、
「よし、この娘は大丈夫そうだ。食堂へ運べ」
と、近くにいた看護師に言った。
「助かりそうですか? さっきこの子を診察した医師は、もう無理だ、みたいな事を言っていたのですが」
とヤフェトが尋ねた。すると医師は、
「それは多分新米が誤診したんでしょう。無理もない。こんなに忙しいのですから」
とだけ言い、応急手当を始めた。応急手当が終わるとナシーカは自走担架に乗せられて、臨時の病室になっている食堂に運ばれた。後には三人が残された。暫くしてフォズがポツリと言った。
「奇跡って、あるものなんですね」
安心したヤフェトの元に緊急通信が入った。