入学式は実に八時間にも及んだ。そしてその九割は来賓の式辞だった。入学式が終わる頃には、ほとんどの新入生がふらふらになっていた。倒れる者までいたほどだ。しかしラフィールは平気だった。毎年開かれる自分の誕生会はこんなものではなく、知らず知らずのうちにそれに鍛えられていたからだろう。また、ラフィールは自分に突き刺さる数多くの視線を感じていたが、これもいつものことなので特に気にはならなかった。
最後に教職員と在校生が今年の校歌を合唱し、入学式は終了した。ラフィールは足取りのおぼつかないナシーカと共に寮へと帰った。
一方ドゥビュースとプラキアは交通艇で帰途についていた。
「さすがに皇族ね。あれだけの式辞によく耐えられるものだわ。私の時は、式が終わる頃にはもう頭は痛いし足は疲れるしで大変だったわ。」
「それは私の教育方針のたまものだよ。我が愛。幼い頃からあの子の誕生会には必ず話の長い者を来賓としてよんでいたからね。」
「それってこの日のためだけに?」
「ああ、そうだが。それがどうかしたのかね。」
「・・・・・・・・・いいえ。ただ皇族はみんなあんな感じなのかなと思っていたから。」
「残念ながらちがう。私の時も式が終わる頃にはそなたと同じ様になったものだ。ところで、」
ドゥビュースは話題を変えた。
「何かしら、私のかわいい殿下。」
「そなたはラフィールの事をどう思っているのだ?」
「知りたい?」
「ああ。教えるがよい。」
「そうね・・・・・」
プラキアは少し考え、それから答えた。
「あの子を誇りに思うわ。私が、あの子の遺伝子提供者になれた事を誇りに思っている。」
「最大級の讃辞だな、それは。いつかあの子にそう言ってやるがよい。きっとあの子も喜ぶ。」
「ええ、そのつもりよ。あの子が翔士になったその時、私はあの子にそう言ってあげるつもりよ。」
その願いは結局叶うことはなかったのだが、この時の二人にはそんな事を知る由も無かった。二人はそれぞれの家へと帰っていった。
一方、レトパーニュ大公爵公女は、大きく溜息をついた。
「まさか男爵家だとは。仲良くなっているし」
何とか2人の仲を裂こうと思考を最高限に回転させる。
「そうだ。あれなら…」
ふふっと笑いながら自室へ戻る大公爵公女。
自室に戻ったペネージュはある人物を呼び出した。
「何でしょうか?閣下。」
端末腕環の中の人物は言った。
「貴方にはこれから修技館の教官となってもらいます。」
「・・・・・?何故ですか?」
「アブリアル・ネイ=ドゥブレスク・パリューニュ子爵・ラフィール殿下が修技館に入学したのは知っているわね。」
「それは勿論知っています。」
「殿下の同級生にスポール一門の者がいるの。名前はスポール・アロン=テルミラ・レーグルス男爵公女・ナシーカよ。どういう訳か殿下と仲良しになってしまったの。二人の仲を決定的に引き裂いてほしいの。」
「・・・・・・どうやってですか?」
「私にそこまで言わせる気?貴方の頭の中には脳という物がないの?」
「・・・・・・申し訳ございません。ですが、このような事はやった事がないものですから。暗殺ならいくらでもやったことがあるのですが。」
「あら、そう。じゃ仕方ないわね。そうねえ・・・・・。」
しばらく考え込むペネージュ。やがて彼女の顔には凄惨な微笑みがあらわれた。
「こうして頂戴。パリューニュ子爵殿下の失敗でレーグルス男爵公女閣下が危うく死にそうになるように何度も仕組んで頂戴。きっと二人の間に亀裂がはいるわ。ああ、人間は逆でもいいわ。まあ、細かい所は貴方にお任せするわ。」
「逆、とは?」
「貴方って本当に物分かりが悪いのね。『一を聞いて十を知る』という言葉をご存じなくて?つまり、レーグルス男爵公女閣下の失敗でパリューニュ子爵殿下が危うく死にそうになるように何度も仕組んでもいいということよ。」
「ああ、なるほど。」
「お分かりになって?」
「はい。」
「じゃあお願いね。」
「分かりました。ところで報酬はどれくらいでしょうか。」
「ああ、私としたことがすっかり忘れていたわ。傭兵の方々はそれがお仕事ですものね。4000スカールでどう?」
「十分です。閣下。」
「その代わり、もし失敗なさったらその時には貴方の目を私のかわいい鳥たちのおやつにすることを誓うわ。」
「・・・・・・・・・・・了解しました。」
「そう。それじゃあ頑張ってね。」
ペネージュは通信を切った。ラフィールとナシーカに生命の危機が静かに忍び寄って来ていた。
勿論、そんな事を2人が知るよしも無かった。
「次は図面上離発着訓練だったな。ナシーカ、来るがよい」
完璧に打ち解けた彼女たちは、すでに名前で呼び合い、同級生として、ルームメイトとして接するナシーカ。それを物凄く嬉しく思うラフィール。
「うん。ラフィールちゃんは自信たっぷりね。私なんか緊張して…。いくら思考結晶が作り出した疑似空間でも衝撃は実際と同じだもの。心配だわ」
,「そなたは心配性だな。いくら衝突しても大して加速してないからそんなに衝撃はこぬはずだぞ」
「でももし失敗して評価が下がった時のことを考えると私心配で・・・・・・」
「その時はその時だ」
「それもそうね。ありがとう。おかげで気持ちが楽になったわ」
, そしてとうとう二人の番になった。二人は訓練装置に乗り込んだ。
そのころ別室では一人の男が端末腕輪で通信をしていた。教官に変装した例の傭兵だ。
「こちら、アルファ1。聞こえるか。どうぞ」
『こちら。ベース1。問題無い。どうぞ』
「ターゲットが訓練装置に乗り込んだ。どうぞ」
『了解。初めてくれ。どうぞ』
「・・・・・・・・しかし、なんだ、その・・・・」
『どうした?』
「いやなぁ、こんな事をするために俺は傭兵になった訳じゃないんだがな、と思ってな」
『しょうがないだろう。これも仕事だ』
「そうだな。それじゃ始めるぞ」
アルファ1と名乗った男は記憶片を取り出した。それを部屋に備え付けられている操作盤に接続した。たちまちいくつかの制御機能を奪った。その中にはラフィールとナシーカの乗り込んだ訓練装置の制御機能も含まれていた。
「ん?操舵が利かなくなったぞ」
突然空識覚の感覚が麻痺し、疑似映像も消える。
「ラフィールちゃん、ドアが開かない」
「あぁ!」
ラフィールは小さな悲鳴をあげて額を強く押さえた。丁度そこには空識器官がある。ナシーカにはさっぱり判らない。
「大丈夫!?」
多分何か電磁波のような物が流れ込んだため、空識覚を焼きつかせたのだと、ナシーカは推測する。しかし、早く治療を受けないと、空識覚を無くすばかりか、死にいたる事もあるという。
,が、偽装教官も困っていた。
(やばい…やりすぎた……操舵を出来るようにして…)
そして妨害電波を無くす。しかし衝撃は実際の10倍に設定し誰も立ち入る事の出来ないくらいに操舵を敏感にする
その頃ラフィールは空識覚の痛みを必死に堪えて操舵を試みていた。すると急に操舵ができるようになった。が、
『何だ、これは?!』
偽装教官によって敏感になった操舵にラフィールはとまどっていた。
『落ち着けラフィール。神経を集中させるんだ』
そう自分に言い聞かせた。が、痛みで全く集中できない。こうなったらナシーカに操舵を代わってもらうしかない。
「ナシーカ、操舵を代わってくれ。私はもう無理だ」
痛みを堪えながらラフィールはそう言って接続櫻を外し、立ち上がった。がそのまま崩れ落ちるように倒れた。
「ラフィールちゃん!しっかり!」
ナシーカはそう言ってラフィールの小さな肩を揺すったが、もうすでに反応は無かった。
『うああ、どうしよう』
ナシーカはとにかくこの状況を外部に伝えようと、備え付けの通信機で外部との通信を試みた。が、何故か繋がらなかった。次に端末腕輪で試みた。が、これもだめだった。もう自分にできることはラフィールの代わりに操舵をするしか無いということに気がついた。それに気がついてからのナシーカの行動は素早かった。ナシーカは操舵席に座り、接続櫻を接続した。何らかの刺激が来るのではとちらっと思ったが杞憂に終わった。
『何、これ?』
少し制御籠手を動かしただけで激しい振動が二人を襲う。
『私はともかく、ラフィールちゃんが保たない!』
ナシーカは目を閉じ、空識覚に全神経を集中させた。やがてあとは着陸するだけとなった。
『ここまで来れば・・・・』
そう思ったのがいけなかった。着陸した瞬間
「ズガゴオオオオオオオオオオオオン!!!!!」
激しい衝撃が二人を襲った。
『しまった!!』
こう思ったのを最後にナシーカの意識は途絶えた。
「ん・・・・・・・・・・・・」
ラフィールは目を覚ました。
『・・・・・・・・・ここは・・・・・・どこだ?』
ラフィールはベッドの上にいた。左右には自分が寝ていたのと同じベッドが左右に二つずつあり、そしてそのうちの一つにはナシーカが横たわっていた。そこでやっとラフィールはここが医務室であることに気がついた。その時医務室の出入り口が開いた。
「あら!目が覚めたのね、よかったわ!!」
出入り口から入ってきた地上人形質で年は50歳くらいで太ってはいるが陽気で至極健康そうな女性は言った。ラフィールはその女性が訓練生から「お袋さん」と呼ばれて親しまれているエリス軍医従士長であることに気がついた。
「一体何があったんだ?教えるがよい」
ラフィールはエリスに尋ねた。
「何でも思考結晶が何者かに乗っ取られたらしくて、それで貴方達が使っていた訓練装置が暴走して誰にも止められなくなったらしいわよ。ところで私今からお茶にしようかと思ってたんだけど、貴方もどう?」
エリスは右手にはポットを、左手には自分用のカップを手にしていた。
「いや、いい。それよりナシーカの容態はどうなんだ?」
「ああ、彼女の事なら心配しなくても大丈夫。ただの脳震盪よ。命には別状はなかったし、時期に目を覚ますわ」
「そうか。ところで私はどれくらい眠っていたのだ?」
「そうねぇ・・・・・・・・大体2,3時間ってとこかしら」
「ならばまだ訓練には間に合うな。それでは私は訓練に・・・・」
ラフィールはそこまで言った時に空識覚に鈍い痛みを感じた。
「うっ・・・・」
「あらあら、貴方はまだ大丈夫ではないみたいね。おとなしく寝てなさい。それとも何か飲む?」
結局ラフィールはエリスのとてつもなく長い世間話に付き合うことにした。
,話しも終わり、自室休息を貰い、ラフィールはナシーカを担ぎ自室へ戻る。
「ん?ここは…」
体を起こそうと力を入れる。が、
『な、なんで?』
思うように体が動かない。まるで自分の体が鉛で出来ているかのようだった。
ピントの合わない目をキョロキョロさせる。なんとか自力でフラフラと立ち上がった時に、隣に座って空識覚に手をあてがい、蹲っているラフィールと目が合った。
「あっ、大丈夫?・・・っ!」
「無理するでない。そなたは脳震盪らしいから、あまり動かぬがよい」
「嫌よ、まずラフィ-ルちゃんにおまじないをするまではね」
スッと音を立てずに座り、空識器官に静かに接吻する。
「あっ…」
妙に懐かしく、そしてくすぐったい感覚に小さく声を出す。
「我が家に伝わる、空識器官の治療。初代から伝わる由所正しき治療方」
ナシーカの柔らかい唇が触れたその時から痛みは消えていた。
『あれは…プラキア卿が私にやってくれた…』
首を動かさないようにゆっくりと布団の中に戻ってゆくナシーカ。
『思い出した。私がまだ幼い頃、よく泣いていた。そこへ慰める時に…「アブリアルは、泣いちゃ駄目よ」といってよく私の空識器官に接吻してもらった。プラキア卿は“性的快楽”とか何とか言っていたが…そんな事はどうでもいい、どうしてナシーカが知っているのだ?・・‥……本人に尋ねるか』
頭環をはめずに同じ布団に入り込む。
「まだ痛い。そなた、さっきの続けてくれないか?」
ナシーカは舌を使い丁寧に痛みを解してゆく。
「そなたはどうしてコレを知っている?私の誇りに思っている女性(この時はまだレクシュが遺伝子提供者とはしらなかった)に幼い頃初めてしてもらったのだが、どうも同じやり方だが?」
クスッと笑い、
「あの方は忘れてらっしゃるかもしれないけど、コレは今亡き母上が教えてさしあげたの。まだあの方が幼い頃に」
あの方?そなた、プラキア卿を知っているのか?」
「ええ、貴方にとっては身近な人だからかえって分からなかったのでしょうけど、けっこう有名よ。ドゥビュース殿下の想い人としてね。それに・・・」
「それに?」
「母上は、プラキアさんの母上でもあったの。父上と母上は互いに愛し合って、その結果二卵性双生児ができたの。それが私とプラキアさんなの。普通ならどちらか一方をつぶすけれど、父上と母上にはそれができなかった。生まれたばかりの二人の我が子のどちらかを選んで残った方を殺すなんて可哀想だからって。そこで一方は父上が、もう一方は母上が引き取ることになったの。ただ、父上と母上は双子をつくったなんて世間に知られたらきっと変人扱いされるって思った。だからまずはどちらか一方をまず育てて、その子がある程度大きくなったら残った方を育てようって二人で相談して決めたの。そしてまずプラキアさんが生まれた。プラキアさんは母上が育てる事になったわ。でも、母上は今まで子育てなんてやったことが無かったの。しょっちゅう泣くプラキアさんをあやすのに大忙しで、母上は日ましにやつれていったの。それを見かねた父上は母上にコレを教えたの。どんなに激しく泣く子でもあっという間に泣き止むからって。結果は大成功。プラキアさんがどんなに泣いていてもコレをするとピタッと泣き止む。母上はすぐに元の身体に戻ったわ。でもプラキアさんが四歳の時父上が死んだの。母上は毎日悲嘆にくれる日々が続いた。四歳だったプラキアさんにはまだ何が起きたか理解できなかったけれど母上が悲しんでいる事だけは理解できた。プラキアさんは母上に何か自分にできることはないか尋ねたの。そしたら母上は言ったの。自分は大丈夫。それよりもし貴方が大きくなった時、自分の大切な人が悲しんでいたなら、貴方はその人にコレをやって慰めてやりなさいって。そして母上はプラキアさんにコレを教えたの。母上はそれから暫くして亡くなったわ」
「そなたはどうなったのだ?」
「私はプラキアさんが八歳になったら人工子宮から出される事になっていた。でもその前に父上も母上も亡くなってしまった。だから私の事を覚えてくれている人はいなくなった。私は父上に代わって爵位に復帰していたお祖父様に発見されるまでの二十数年間ずっと受精卵のままで冷凍保存されていたの」
ラフィールはこの事を尋ねた事を後悔した。何だか際どい話題に触れてしまった様な気がしたからだ。
「・・・・・・・・許すがよい。私はこれを聞くべきではなかったかもしれない」
「気にしないで。私は別に悲しくはないもの。お祖父様が私を愛してくれたから」
「そうか、それは良かった。・・・・・・・・ありがとう、そなたのおかげでだいぶ痛みが和らいだ。もう大丈夫だ」
「無理しなくてもいいのよ。これくらいで痛みが消えるはずが無いもの」
実際まだ空識覚は(多少は楽にはなったが)痛かった。ラフィールは結局もう暫くナシーカに治療してもらうことにした。そのうち、とろとろとした眠気がラフィールを襲い始めた。ラフィールは深い眠りに吸い込まれるように落ちていった。
「すー・・・・・・・、すー・・・・・・・、すー・・・・・・・、すー・・・・・・・」
「ラフィールちゃん?」
「すー・・・・・・・、すー・・・・・・・、すー・・・・・・・、すー・・・・・・・」
「・・・・・寝ちゃったのね。それじゃあ私ももう寝るね。お休み」
ナシーカはそっと立ち上がると空いているベッドに横になり、毛布を被った。すぐに眠気がナシーカに襲いかかり、ナシーカも眠りに落ちていった。二人の最初の危機は、こうして幕を閉じた。