修技館に戻ったラフィールを待っていたのは、単調な訓練生の生活だった。毎日毎日教官から新しい知識を吸収し、実践する毎日。しかし、もうそこにナシーカはいない。忙しい毎日ではあったが、それでも時々ラフィールはあの変わり者のスポールの少女(と言ってもラフィールよりも年上ではあったが)の事を考えた。修技館にいる間ラフィールはナシーカと会うことは無かった。その代わり手紙のやりとりはずっと続いた。
その後ナシーカは看護修技館に入学したが、数ヶ月後、ある教官に言い寄られ、ナシーカが断るとその教官は自分の教え子を使ってナシーカに嫌がらせを加えた。が、飛翔修技館でラフィールと共に様々な経験を積んだナシーカは見違えるほど強くなっていた。嫌がらせを加える同級生の1人をつかまえて全てを白状させそれを告発、教官は懲戒免職になった。しかしその代償として、ナシーカは修技館を去らなくてはならなくなった。その直後戦争が始まった。開戦後ナシーカは軍医修技館に入学した。手紙によると、看護翔士では患者に行う事が出来る治療に限界があるという事を知ったからだそうだ。今度はナシーカは無事修技館を卒業する事が出来た。そして、とある治療艦に修技生として配属された。
, その間にラフィールはジントと出会い、翔士となり、十翔長になり、<バースロイル>で戦った。そして今何をしているかと言うと・・・。
『イリーシュ門通過まで残り十秒。九・八・七・』
ジントは個室で船内放送を聞いていた。つい数日前、ジントは故郷であるハイド伯国を正式に編入する手続きを終えて帝都への帰路についた。そしてそれももうすぐ終わる。
『六・五・四・三・二・一・通過』
「帰ってきた、か」
ジントは呟いた。ジントにとってラクファカールは実の故郷ではない。だから帰ってきた、という言葉は間違いだ。しかし、実の故郷へ”帰る”事はもう二度と無い。自分にとって故郷と呼べる場所はもうここしか残されていない。故郷ではない故郷、自分の帰りを待つ家族すらいない故郷。しかし、それでも故郷は故郷なのだろう。
「住めば都、か。思い出にしろ家族にしろ、ここで一から作り直すしか無いんだろうな」
ジントはそう呟いてから、まあこの戦争で生き残れたらの話だけど、と心の中で付け加えた。
暫くして端末腕輪が鳴った。
『ジント』
「やあラフィール、どうしたの?」
『交通艇の準備が出来たそうだ。そちらの準備はもういいのか?』
「ああ、出来てるよ」
『ならば早く来るがよい』
「うん、分かった」
ジントはまとめていた荷物を持ち上げた。これからラフィールは自分で交通艇を操縦して一旦クリューヴ王宮に帰り、休暇の残りを過ごす。ジントはそのついでに自分の帝都城館で降ろしてもらう事にしたのだった。
1, 2人は船長に別れの挨拶を告げると交通艇に乗り移った。
「そなたは休暇の残りをどうするか決めているのか?」
交通艇を操縦しながらラフィールは尋ねた。
「うーん、とりあえず帝都城館完成の祝宴を開くことになっているから、まずはその準備かな。と言っても、専門の業者に準備は頼んだから僕のやる事はさほど無いけれどね。サムソンさん達が向こうから帰ってきしだい祝宴を開く事にしている。君も来てくれるだろ?」
「まあ特にする事も無いからな。招待してくれるというのであれば参加しよう」
「よかった」
やがて交通艇はハイド伯爵城館に辿り着いた。
「送ってくれてくれてありがとう。それじゃあラフィール、また祝宴の時に」
そう言ってジントは交通艇から降りようとした。
「あ、ジント」
降りようとしているジントにラフィールが声をかけた。
「何?」
「私も降りてもよいか? ついでにここの城館の見取り図を見せてもらえればなおいいが」
「? いいけど」
「いいのだな」
ラフィールはジントに続いて交通艇を降りた。ジントから見取り図を端末腕環に転送してもらうとラフィールは、
「感謝を」
「いったいどうしたの?」
「・・・・・・・・・聞くな」
ラフィールは少し頬を赤らめて言った。そういえば、前にもこんなことがあったような気がするな、何だったかな、とジントが考え込んでいるとラフィールは言った。
「そなた、もういちど私に冷凍野菜なみの鈍さだな、と言われたいのか?」
「ああ、成る程」
ジントはクラスビュールでの出来事を思い出した。
見取り図を頼りにラフィールは真新しい廊下を進んでいると、端末腕環が鳴った。ラフィールは端末腕環を起動した。
「・・・手紙か?」
ラフィールは後でじっくり見せて貰おうと思い、とりあえず差出人の名前だけ見た。差出人は、ナシーカだった。
「あ、おかえり」
ラフィールが帰ってきたのに気づいたジントが言った。ラフィールは視線を端末腕環からジントに移して言った。
「そなた、ずっと発着広場で待っていたのか?」
「王女殿下をお見送りするのは伯爵の義務かな、と思ってね」
「そういう事は普通家臣の役目だ」
「ふーん。ところでさ、ラフィール、ここの廊下は始めてきた人にとってどうだった? 迷うそうになったりとか、した?」
「ここの通路の配置は単純だから、別に迷いはしなかった。もう少し趣向を凝らしても良いのではないかと思ったぐらいだ」
「そりゃどうも。単純では無くて、分かりやすい、とか、合理的だ、って言ってくれたらもっと嬉しいんだけどね。じゃあさっき端末腕環で何を見ていたの?」
「そなたと別れてすぐに修技館の友人から手紙が届いたので、目を通していた」
「何だ、迷っていたのかと思った。ほら、いつか言っていただろ、新米の軍艦の翔士が案内なしで地図だけを頼りにした結果酷い目にあったっていう話。君はどうだったのか知らないけど」
「そなた、もう少し有意義な事に記憶力を使うがよい。ではジント、私はそろそろ行くぞ」
「ああ、それじゃあラフィール、また今度」
「ああ」
ラフィールは交通艇に乗り移った。
ラフィールはクリューヴ王宮で数日過ごした。ドゥビュースは戦地に、ドゥヒールは修技館にそれぞれ行っていたのでラフィールは各地から届く戦況報告を読んだり猫と遊んだりして過ごした。読みかけの、と言っても結構長い手紙だった為まだ二割くらいしか読めていなかったが、手紙の事を忘れた訳ではなかったが、読もうと思えばいつでも読めると思い、なかなか読もうとしなかった。そうこうするうちに、ジントから帝都城館完成記念祝宴の招待状が届いた。招待状を読み終えたラフィールは、ついでに手紙の残りを最後まで読んだ。三十分ほどかけて(ラフィールの時を読む速度が遅いわけではなく手紙が異常にに長いからである。しかしそれは長い間はならば慣れになっていた友人や想人の間では良くあることなので珍しい事ではない)それを読み終えたラフィールは、ほおっとため息をついて寝台に寝転がった。
「・・・・・・・・」
久しぶりに会いたいな、とラフィールは頭の隅で思った。
しかし同時に四年以上会っていないナシーカに会う事に対して抵抗もあった。
会いに行くべきか、会いに行かざるべきか。暫く悩んでいるうちに睡魔がラフィールを襲った。ラフィールは、とりあえず一眠りしてから考える事にした。
目を覚ましたラフィールは、ソバーシュの言葉を思い出した。手紙のやりとりがあれば何年も会っていなくても交際が腐る事は無い、何のやりとりも無いなら、どれ程親しい仲だったとしても、すぐに交際は腐る。
「・・・迷ったときは前に進め、か・・・」
ラフィールはゆっくりと起き上がった。