ラフィールの修技館時代   作:いち領民

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ラフィールの修技館時代 第43話

 ラフィールの空色覚がレーグルス男爵帝都城館をとらえた。レーグルス男爵帝都城館は真ん中の抜けた円盤に古い突撃艦か護衛艦を何個か取り付けた構造をしていた。円盤の中心には棒の様な管が通されており、その棒の両端は少しふくらんでおり、船を着ける事が出来るようになっていた。また、棒と円盤とは四本の別の管で繋がっていた。

 ラフィールは城館に呼びかけた。すると仮想窓が開いて1人の大人しそうな老婆が映った。

 

「はい、こちらはレーグルス男爵帝都城館です。どちらさまですか?」

 

 老婆は見た目通りの穏やかな声で尋ねた。

 

「私はアブリアル・ネイ=ドゥブレスク・パリューニュ子爵・ラフィール」

 

「おやまあ、王女殿下ですか。今日はどういった御用でこちらへいらしたのですか?」

 

 老婆は、多分本人はそれなりに驚いているのだろうが、あいかわらずゆっくりとした声で尋ねた。

 

「レーグルス男爵公女・ナシーカ閣下と面会したい」

 

「えーっと、ご予約は取られましたか?」

 

「いや」

 

「そうですか。ちょっと失礼」

 

 老婆は、よいしょ、というかけ声と共にゆっくりとした動作で立ち上がると仮想窓から姿を消した。三分ほどで老婆は戻ってきた。どっこいしょ、というかけ声と共に椅子に座ると言った。

 

「許可が下りましたので、これから埠頭へ誘導いたします。情報連結をお願いいたします」

 

 ラフィールの乗る交通艇はゆっくりと棒の端へ誘導された。

城館に踏み入れたラフィールを待っていたのはさっき交信した老婆と一台の自走卓だった。

 

「王女殿下、レーグルス男爵帝都城館へようこそ。これからナシーカ様の元へご案内いたしますので、自走壇に御搭乗願います」

 

 ラフィールは自走壇に乗った。その後に老婆が乗って行き先を指定した。自走壇はすぐちかくにあった昇降塔の扉をくぐって中に入った。続いて扉がゆっくりと閉まり、昇降塔は降下を始めた。

 暫くして昇降塔は降下を停止した。続いて扉が開くと、自走壇が動いて昇降塔から出た。昇降塔の扉の周りにはちょっとした空間があり、そこから四本の通路が伸びていた。

 自走壇は<男爵一家>と書かれた看板のぶら下がった通路を暫く進んだが、やがて行き止まりに辿り着いて停止した。

 

「あらー? 変ねぇ」

 

 老婆が言った。

 

「どうかしたのか、家臣どの」

 

 ラフィールが尋ねた。

 

「いえ、ここは普段空いている筈なんですけどね。ちょっと失礼」

 

 老婆は端末腕環を起動した。

 

『はあい、もしもし?』

 

 老婆の端末腕環の向こうから低めで少しぶっきらぼうな声が聞こえた。

 

「ユン、私だけどちょっといいかしら?」

 

『ああ、なんだあんたか。どした?』

 

「第3通路の隔壁がしまっているみたいだけれど、何かあったの?」

 

『ああ、心配すんな。ついさっき一番外側の外壁がはがれかけていたのが見つかったから、ちゃちゃっと直している所だ。念のために第3通路は閉鎖してあっから、本館の方に行きたいんなら迂回してくれ』

 

「お客様がお見えになっているのよ。ここを通らなきゃ会社の方を見せてしまうわ」

 

『客? 誰?』

 

「パリューニュ子爵殿下」

 

『へえ、旦那も偉くなったもんだねえ。迂回しないってんならその場でもう暫く待っててくれ』

 

「もう暫くって、どのくらい?」

 

『四時間くらいかな』

 

「・・・迂回した方が無難って訳ね」

 

『そゆこと。まあ、頑張れ』

 

 老婆は通信を終了した。

 

「通れないのか?」

 

ラフィールは尋ねた。

 

「そのようです。少し遠回りになりますが、回り道を使いましょう。多少散らかっているかもしれませんが、我慢して下さいね」

 

 老婆は自走卓に再度指示を与えた。自走卓は暫く逆走して昇降等の前まで着てから、右に直角に曲がった。そして別の通路を進んだ。通路の入り口には、<会社>と書かれた看板がぶら下がっていた。

 しばらくして自走壇は、庭園らしき場所に出た。色とりどりの花や青々とした木が植えられ、噴水が水を噴き上げていた。噴水の周りは広場のようになっており、20人ほどの地上世界出身者の子供が仲間に分かれて遊んでいた。

 

「ここは何だ?」

 

ラフィールは尋ねた。

 

「ここは旦那様が経営していらっしゃいます、会社の区画になっています。業務内容は、まあ託児所といったようなものだと思って下さい。軍務やその他の仕事等の理由で子供の面倒を見れない子供を預かっております。最近は戦争のお陰で子供の数も増えて、賑やかになってきています」

 1人の少女が自走壇の遙か前方を横切った。

 

「ミィー、はやく!」

 

「あーん、待ってよー」

 

 続いて別の少女が自走壇の前を通り過ぎて後を追いかけていった。

 

「早くおねーちゃんを見つけなきゃ赤ちゃん抱けなくなるよ」

 

「分かってるけどさー」

 

「あ、おねーちゃんだ!」

 

「えっ、あ、待ってー!」

 

「「おねーちゃーん!!」」

 

「あれ、ミィーちゃんにミュイカちゃん、どうしたの?」

 

 聞き覚えのある声がした。老婆もそれに気付いたらしく、自走壇を停止させた。

 

「「赤ちゃん抱かせて!」」

 

 2人の少女は同時に言った。

 

「良いわよ。その代わり大事に抱いてね」

 

 ラフィールは”おねーちゃん”の声のする方へ向かった。

 

「ほら、高い高ーい・・・あ、笑った!」

 

「ミュイカばっかりずるい! 私も抱きたい!」

 

「駄目! まだ私の番!!」

 

「ああ、ちょっと、乱暴しちゃだめだってば!!」

 

「私の番!」

 

「私の番!」

 

「私!」

 

「私!」

 

「やめなさい!!」

 

 ”おねーちゃん”は怒鳴った。それとほぼ同時にラフィールは”おねーちゃん”の姿を見つけた。

 

「ナシーカか?」

 

「え・・・ラフィール・・・ちゃん?」

 

 ナシーカは丁度2人の少女から赤子を取り戻した格好のままでラフィールの方を見た。

1,「久しぶりだな。手紙読んだぞ」

 

「え? なんでここにいるの? 軍務は?」

 

 ナシーカは信じられないという顔をして言った。

 

「休暇をとった」

 

「こんなところにいらしたのですか、お嬢様。てっきり家族棟にいるものとばかり思っておりました」

 

 ラフィールの後から来た老婆が言った。

 

「おねーちゃんこの人誰?」

 

 少女のうちの一方、確かミィーと呼ばれた少女を追いかけていた方だ、がナシーカに尋ねた。

 

「この人はね、私のお友達。ミィーちゃん、ミュイカちゃん、悪いけど私とお友達を二人っきりにしてくれないかな?」

 

「後で赤ちゃん抱かせてくれる?」

 

 盲一方の少女、多分ミィーと呼ばれていた方だ、が尋ねた。

 

「乱暴しないって約束してくれるなら、いいよ」

 

「本当?」

 

「ええ」

 

「分かった。それじゃまた後でね! ミュイカー、行こう」

 

「あっ、ちょっと待ってぇ!」

 

 2人の少女はどこかへ走り去っていった。

 

「それでは私もこれで」

 

 続いて老婆も姿を消した。ラフィールとナシーカはすぐそばに備えられていた長椅子に腰掛けた。

 

「何か飲む?」

 

 ナシーカが尋ねた。

 

「桃果汁を」

 

「分かった」

 

 ナシーカは端末腕環に何かを指示した。

 

「しかし、本当に驚いた。戦場にいると思っていたラフィールちゃ・・・もう<ラフィールちゃん>って呼ぶより<ラフィールさん>って呼んだ方が良いかな?」

 

「そうだな、もしそなたが構わないなら、ラフィールと呼ぶがよい」

 

「分かった。それでさっきの話の続きになるけれど、戦場にいるものと思っていたラフィールが突然目の前に現れるのだもの。驚いちゃった」

 

「私も戦地でそなたに子供が出来たと聞いた時は驚いた。その者がそうか?」

 

 ラフィールはナシーカが抱きかかえている赤子を見ながら言った。

 

「ええ。外見では分からないでしょうけど、男の子よ」

 

「名前はもう決まったのか?」

 

「ええ。アリユーシュと言うの」

 

「抱いてみても良いか?」

 

「良いわよ。まだ首が据わっていないから気を付けて」

 

 ナシーカはゆっくりとラフィールにアリユーシュを渡した。

 

「けっこう重いな」

 

 アリユーシュは最初自分のおかれた状況に戸惑っていたが、やがて泣き声を上げ始めた。

 

「私は嫌われているのか?」

 

「まさか。知らない人に抱かれるのが不安なだけでしょう」

 

 ラフィールはアリユーシュをナシーカに差し出した。ナシーカが受け取ると、すぐにアリユーシュは泣き止んだ。この者にしてみればやはり母親に抱かれるのが一番なのであろうな、とラフィールは思った。

 

「手紙には書かなかったけれど。この子は自然出産で生まれたの。自然出産はとても大変なものだと聞いていたけれど、実際にやってみて初めてその大変さが分かったわ」

 

「ではなぜ自然出産を選んだのだ?」

 

「一応私は軍医科翔士、ひょっとしたら地上人の出産に立ち会う事があるかもしれない。その時、自然出産の経験があった方が的確な指示がだせる、と思ったから。あ、でもね、苦しいことばかりではなかったわ。子宮内で胎児が大きくなると、時々動く事があるんだけれど、その時とても幸せな気持ちになるの。ああ、ここに私の赤ちゃんがいるんだな、生きているんだな、って」

 ナシーカは良い思い出を思い出した時のように言った。

「そういうものなのか? 私にはよく分からぬが」

 

「クスッ、貴方も子供が出来ればきっと分かるわ」

 

 箱に車輪をつけたような形をした機械が飲み物を持ってきた。

「ところで、そなたの想人は元気か?」

 

「ええ、相変わらず。今は出かけているけど、そのうち帰ってくるわ」

 

 ラフィールは、手紙で、ナシーカの想人が実の祖父である事を聞いていた。ちなみに家族を想人にする事は、アーヴではさほど珍しい事ではないし、一部の地上世界では近親婚を認めている所もある。少なくとも、猫を想人にするのに比べれば遙かにましである。

 

「休暇はいつまで?」

 

 ナシーカが尋ねた。

 

「後一週間、といったところだ。その後襲撃艦の艦長に着任する事になっている」

 

「例の新型ね。私も妊娠が発覚する前に乗り込んでいたわ。慣熟航海の途中で妊娠が発覚して、途中で降ろされたけど」

ナシーカの腕の中で大人しくしていたアリユーシュが、ぐずり始めた。

 

「今度は何だ?」

 

ラフィールが尋ねた。

 

「ちょっと待って」

 

 ナシーカは端末腕輪で時間を見て、独り言にように言った。

 

「ああ、もうこんな時間」

 

「何がだ?」

 

ラフィールが尋ねた。

 

「そろそろ授乳の時間なの」

, ナシーカは長衣の留め金を外し、アリユーシュを包む込むようにもう一度長衣の留め金を、上から二番目を除いて付けた。それから二番目の留め金の部分から長衣の中へ右手を入れると少しの間ごそごそと動かした。すると右手はナシーカの首もとから出てきた。ナシーカの指先はつなぎの止め金具を掴むとそのまま長衣の中へ再度入った。シューッという止め金具が下がる音が聞こえた。

 

「こうすれば外からは見えないでしょう?」

1,

 , ナシーカはそう言いながら右手を服の下で動かした。程なくしてアリユーシュは泣きやんだ。

「それが、母乳育児と言うものか?」

 

 ラフィールが尋ねた。

 

「そうよ。アーヴでも自然出産の場合母乳がでるから、飲ませるか、搾乳機で出さないと張って痛くなったり乳腺炎になったりするの。それに、母乳には人工乳には無い免疫物質が・・・」

 それから暫くナシーカは、母乳と人工乳の違いについて説明した。ラフィールは、さほど興味があったわけでは無いが、表面上は真剣に話を聞いているかのように振る舞った。

 

 

 

「結局母乳にしても人工乳にしても一長一短という訳。どちらを選ぶかはあくまでも個人の自由よ」

 

 五分後、やっとそういう結論が出た。

1,まあ私は人工子宮で子供をつくるであろうから、その問題は無いと思うがな、とラフィールは思った。

 

「あ、終わった」

 

 ナシーカは逆の手順でアリユーシュを取り出すと、空いている方の手でアリユーシュの背中を軽く叩いた。

 

「それは何をしているのだ?」

 

「生まれたばかりの子供は胃の中に食物と一緒に飲み込んだ空気を自分では排出出来ないの。だからこうやって背中を叩いて・・・」

 

 アリユーシュは喉の奥からゴボッという音をたてた。

 

「こうやって出すの」

 

「それは知らなかった。子育てというのはずいぶんと手間のかかる事だな」

 

「まあね。でもクリューヴ王殿下もこうやって貴方を育てたのよ」

 

 ラフィールは自分の背中を叩いて空気を吐き出させようとしている父の姿を思い浮かべた。

 いつの間にかアリユーシュは眠りに落ちていた。やがてナシーカはそれに気付いた。

 

「ちょっとごめんなさい。この子が眠ったから育児室に寝かせてくるわ。すぐ戻るからちょっと待っててね」

 

ナシーカが言った。

 

「ああ」

 

ラフィールは答えた。ナシーカは立ち上がるとそのままどこかへ消えていった。

 

 

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