一年前、ナシーカは十六歳だった。彼女には二人の男性の友人がいた。一人はセルシア・ウェフ=レーレス・ラムリス。ナシーカの幼なじみである。というのはレーグルス男爵家の伝統の一つに幼い頃は士族の家庭で二年間生活しなければならないというものがあり、ナシーカの祖父であるレーグルス男爵は修技館で友人だったという理由でセルシア家にナシーカを預けたからだ。セルシア家には一人の子供がいた。それがラムリスだ。この時ナシーカは九歳、ラムリスは十歳だった。二人はすぐに仲良しとなった。兄弟かと思うほどだった。二人はとても素晴らしい二年間を過ごした。その後も二人は友人として交際を続けた。二人の間には身分の差など無かった。
やがて年月は過ぎ、二人は同時に修技館に入学した。ナシーカはラムリスと日々訓練に励むうちにダムリスへの恋心が芽生えた。が、恥ずかしさともし拒まれたらという恐怖館からその事をうち明けられずにいた。もう一人はジョルジェ・ボルジュ=サレメーム・レオ。彼は修技館で出会って以来の友人である。リーダーシップをとるのがとても上手く、ナシーカのクラスの学級委員長だった。成績は優秀、特に思考結晶の知識に優れていた。その上陽気な性格で、誰からも親しまれていた。
ある日の放課後、ナシーカはいつもの様に寮に帰って宿題や明日の支度などをしていた。すると唐突に端末腕輪に通信が入った。
「もしもし」
「ナシーカかい?僕だ。ラムリスだ」
「どうしたの?」
「宿題で分からない所があるんだ。もし良ければ教えてくれないか?」
「いいわ。待って、今からそっちに行くから」
ナシーカはラムリスの部屋に行った。
「すまない。わざわざ来てもらって」
「気にしなくてもいいわ。それよりどこが分からないの?」
「ああ、ここなんだけど」
こうして二人は三十分ほど勉強した。そして三十分後、
「ありがとう。おかげで明日の講義を乗り切られそうだよ」
「どういたしまして。それじゃあ私はこれで・・・・・・」
ナシーカはそう言ってラムリスの部屋を後にしようとした。
「あ、ちょっと待って」
ラムリスが言った。
「どうしたの?」
「実は、一つ言いたいことがあるんだ」
「何?」
「その、上手く言えないかもしれないんだけど」
ラムリスは真っ赤な顔になっていた。しばらく間を置いてラムリスは言った。
「君が好きだ」
「・・・・・・・・・へ?」
「君が好きだ。愛している。心の底から愛している。今すぐって訳にはいかないけど、僕は、僕は、・・・・・・・・・・僕は、君の遺伝子が欲しい!」
ナシーカは驚いた。自分の望みがまさか本当に叶うとは夢にも思わなかったからだ。
「私・・・・・・嬉しい・・・・・私も貴方が好き。ずっと前から大好きだったの」
「本当か?嘘じゃあないよな?」
「本当よ。貴方と一緒なら死んだってかまわない。それくらい愛してる」
ナシーカはそこまで言うと嬉しさのあまり涙をこぼした。ラムリスはナシーカにゆっくりと近づき、そっと抱きしめた。それから二人は見つめ合った。そして唇を重ねた。そしてそのまま二人はゆっくりと簡素な軍用ベッドの上に倒れ込んだ。
その次の日。その日は連絡艇の操縦訓練があった。訓練は訓練生が二人ずつ連絡艇に乗り込み、離着陸や燃料補給や地上への緊急着陸の訓練を行うことになっていた。ナシーカはラムリスと組むことになった。
やがて二人の番になり、二人は連絡艇に乗り込んだ。密室のなかで二人っきりになれると、ナシーカもラムリスも内心喜んでいた。二人は正に幸せの絶頂にいた。やがて全ての訓練を終え、後は修技館に還るだけとなった。
「もうおしまいなのね。もっと貴方と一緒にいたかったのに」
「ああ、そうだね・・・・・・・・そうだ、できるだけゆっくり還ろう」
「それは良い考えだわ。そうすれば一緒にいられる時間が長くなるもの」
連絡艇は速度を落とした。
「ラムリス・・・・・・・・」
「何だい?」
「キス・・・・・・・・して」
「・・・・・・・・いいよ」
二人は唇を近づけた。その瞬間、
「バコオオオオオオオオオオーン!!!!!」
という音と共に後ろの方で爆発が起きて二人は座席から吹き飛ばされた。二人は意識を失った。
十分後、異変に気付いた教官達は連絡艇を回収して二人は救助された。二人の身体には無数の傷や何かの破片が突き刺さっていた。ナシーカは右肩から左の腰辺りまで大きくえぐれ、傷口からは骨が見えていた。ラムリスは左腕を失っていた。左腕は制御籠手に装着されたまま主人を失っていた。瀕死の重傷の二人はすぐに治療が施された。その結果ナシーカは何とか一命を取り留めたがラムリスはもう手遅れだった。ラムリスは絶命した。
ナシーカは治療後再生槽に移された。再生槽は縦横200ダーシュ、高さ400ダーシュの水槽の様で、中に金属製の十字架が取り付けられている。患者は十字架に固定され、心拍計、脳波計、その他様々な電極が取り付けられ、再生促進剤溶液や酸素、栄養分供給液などが水槽に満たされ、その中で患者は傷が癒えるのをただひたすら待つ。内部は常に一定の温度に保たれ、できるだけ快適に過ごせるようになっていた。
しかし、再生槽は大抵の人にとってできれば体験したくない物の一つだった。その理由は三つある。一つ目は身体を拘束されること、二つ目は裸の自分の姿を見られること、三つ目はとにかく暇であることだ。
再生槽に移されてから三日後、ナシーカは目を覚ました。その時すぐそばには丁度エリスがいた。ナシーカは自分の置かれている状況を理解すると、エリスに話しかけた。
「エリスさん?」
「ああ、やっと目を覚ましたのね。本当によかったわ。心配したのよ」
「私、どれくらいここにいなくちゃならないの?」
「そうね・・・・大体一週間くらいね」
「そんなに?」
ナシーカは驚いた様に言った。
「しょうがないでしょ。ひどい怪我だったんだから」
「どうして私は怪我をしたの?」
「覚えていないのかい?」
「・・・・・・・・・・・うん」
エリスは自分がこの事件について知っている事をできる限りナシーカに話した。
「思い出した。たしか・・・・・・・」
そこまで言ってナシーカはラムリスの事を思い出した。
「ラムリスは?ラムリスはどうなったの!?」
「落ち着きなさいって。大丈夫、心配いらないよ。それよりまだ身体は治りきっていないんだから、大人しくしてなさい」
エリスはあえて真実を隠した。
「うん・・・・・・・・・・」
「それじゃあ私は他にも仕事があるから」
そう言ってエリスはナシーカの元を後にした。
それから数日間、ナシーカは退屈な日々を送った。たまに来る同期生と会話するのが唯一の楽しみだった。
そんなある日、レオがやって来た。
「やあ、ナシーカ。気分はどうだい?」
「最悪よ。暇で暇で仕方がないわ」
二人はそれからしばらくの間とりとめの無い会話をくり返した。話が終わるとレオは次のように言った。
「君、ラムリスの事が好きかい?」
「ええ」
「そうか・・・・・・残念だな・・・・・・いい女だったのに・・・・・・・」
「どういう意味?」
ナシーカの表情が険しくなった。
「実はね、僕は修技館に入学した時から君の事が好きだったんだ。君が僕に微笑みかけてくれる時はとても嬉しかった。僕は君の目を少しでも引くために一生懸命勉強して好成績を取るようにした。君の前ではどんな気分の時でも陽気に振る舞おうと頑張った。そのうち、僕は君の全てが知りたくなった。だから僕は君の事を全て調べたんだ。いつも起きる時間、寝る時間、食事の時間、入浴する時間、誰とどんな会話をしたか、それに・・・・・・・・」
「ちょ、ちょっと待って!!」
「何だい?」
「一体どうやって調べたの!?」
「別に難しい事ではないさ。君の服に小型盗聴器を付ければいいだけなんだから。それに思考結晶に詳しい僕にとっては端末腕輪の盗み聞きくらい、何でも無かったからね」
レオはさも当然の様に言った。
「そんな事をして私が喜ぶとでも思ったの!?」
ナシーカはレオがストーカーまがいの事を行って自分のプライバシーが知らず知らずのうちに侵されていたという事を知ってぞっとした。
「いや。だから君には内緒にしていたんだよ。そんなことより話を続けるよ。僕はね、ずっと信じていたんだ。いつか君が僕に向かって愛の告白をしてくれるってね。なのに、君はラムリスを愛していると言った。この時の僕の気持ちが分かるかい?君は、あんなつまらない男と・・・・・」
「ラムリスはつまらない男なんかじゃない!!」
ナシーカは生まれて初めて他人をどなった。
「つまらない男だよ、奴は。僕はね、それを聞いた瞬間から奴を憎んだ。僕から愛する人を奪った男をね。だから僕は奴を殺すことにした。でもそれだけでは不十分だ。ひょっとしたらどこからともなくまた別の男が現れて君を奪ってしまうかもしれないからね。そこで僕は考えた、他の奴に奪われるくらいならいっそのこと君を殺してしまおうってね。ではいつ殺そう?そうだ、明日は丁度連絡艇を使った訓練があったはずだ。これを利用させてもらおう。そこで僕は連絡艇の中に爆薬を仕掛けたのさ。自作だよ、すごいだろう。次に手間を省くために奴と君とを同じ組み合わせにしなくちゃならなかった。僕は修技館の思考結晶に入り込んだ。けっこう難しかったよ。あちこちにトラップがあってね。でも僕は侵入することができた。組み合わせを書き換えるのは簡単だったよ。そして次の日、何も知らない奴と君は連絡艇に乗り込んだ。そして君達が全訓練を終了して口づけを交わそうとしているのが盗聴器から聞き取ることができたその時僕は隠し持っていた起爆スイッチを押したのさ。でも結果は失敗だった。ラムリスは殺すことができたが君は・・・・」
「嘘をつかないで!!ラムリスが死んだなんて嘘よ!!」
「おや、聞いていなかったのかい?奴は死んだよ。でも君はしぶとく生き残った。だからさ・・・・」
,「一体何をする気!?」
ナシーカはそう言った。
「君にプレゼントがあるんだ。気に入ってくれると嬉しいんだけれどね」
次にレオは雑嚢から小さな四角い箱が六つ束になった物をとりだした。
「これ、何かわかる?」
レオは尋ねた。ナシーカは首を横に振った。
「これは僕が作った爆薬さ。この四角いのは光源弾倉。連絡艇にもこれと同じやつを取り付けた」
そしてレオは少しの間爆薬をいじり、それを再生槽の正面に置いた。
「これは、後十分で爆発する。さよならだね、ナシーカ。まあせいぜい残された人生を楽しんでよ。それじゃあ僕はこれで」
そう言い残してレオは去っていった。
『いや、いやだ、死にたくない・・・・・・・・・・死にたくない!』
ナシーカは再生槽の中で拘束を解こうと力の限りもがいた。しかし丈夫な拘束具はびくともしなかった。
「誰か・・・誰か助けて!お願い!!」
ナシーカは次に再生槽の中で力の限り叫んだ。しかし、不幸なことにその時誰も近くにはいなかった。ナシーカにできることは助けが来るのを願うだけだった。
しかしその願いは遂に叶う事は無かった。十分後、再生槽のあった部屋は大音響と共に爆発した。
その音に驚いてエリスとその同僚の従士達が駆けつけたその時、エリスの目に入ったのは燃えて真っ黒になった部屋、見事に砕け散った再生槽、そして全身に大火傷と再生槽の破片が突き刺さり、治りかけていた背中の傷をまたぱっくり開かせて倒れているナシーカだった。エリス達はすぐに近くの別の医務室にナシーカを運び込んで治療を開始した。エリス達の必死の治療によりナシーカは奇跡的にまた一命をとりとめた。しかし丁寧な治療をするにはあまりにも時間が足らなかったため、背中の傷は凝集光で焼いて止血するのが精一杯だった。そのためナシーカの背中にはアーブの医療技術でも消すことのできない傷が残った。また、ナシーカは身体だけではなく、心にも大きな傷を負った。ひどい不眠症に陥り、ひどい日は幻聴まで聞こえた。ナシーカの心はぼろぼろになった。これ以上訓練を続けるのは不可能だった。そしてとうとうナシーカは自主退学を決めた。