世界は僕が人であることを知っている   作:楠木 蓮華

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後悔

人が死ぬという感覚を……ここまで短かに感じたことがあっただろうか。人が息をしなくなり、体温が徐々に冷たくなっている感覚を……こんなにも近くで実感させられたことがあっただろうか。

 

少なくとも、俺はこの15年間感じたことは無かった。確かに、15年も生きていれば、人が死んだという話は耳にタコができるくらい聞いたことあるし、知り合いの葬式にも何度か行ったことがあった。

 

でも、今自分の目の前で……人が息を引き取るという経験は、初めてだった。

 

100歳という年齢とは思えないほど整った顔をしていて、少し皺はあるものの……まだ50代と言ってもまったく通じる程の異常な美貌。そんな女性の死に目に付き添えたのは、俺がこの人の玄孫であったからだ。

 

この人はとても有名人で、この人が死んでしまうかもしれない。という話が出てすぐに、何千、何万もの人々が病院に集まった。皆が皆、この人の死を望まなかった。しかし、望まなかろうとも、死はやってきた。息を引き取った瞬間は、皆が皆泣き喚き……いつまでも人が去ることはなかった。

 

そんな女性の名前は『高町なのは』。管理局という組織において、とても重要な役割をもち、数々の人々の命を救ってきた。世に言う……英雄のような人だった。

 

 

**

 

 

高祖母、高町なのはさんが亡くなってから……家では高祖母の遺品の整理が行われていた。父と母も祖父も祖母も曽祖父も曾祖母も総出で整理を行っていた。

 

もちろん俺も手伝っていた。家にあった服やらなにやらをしまったり、色々した。そんな整理をしていた時だった。

 

「これは……」

 

ふと、一冊の日記帳が目に止まった。これには俺も見覚えがあった。俺がまだ小さかった頃、高祖母が書いていたものだった。小さかった頃の俺は高祖母に、何を書いてるのかと質問したことがあったが、高祖母は優しく笑いながら、なんでもないよ……と答えのたのだった。

 

「……もう、見てもいいよね」

 

そう高祖母に聞くように呟きながら、俺はその日記帳を開いた。ごくりとつばを飲み込み、最初の一ページ目を開く。

 

そこにはこう書いてあった。

 

『私には、後悔してることがいくつかあります』

 

「っ……」

 

この一言だけでも、俺は驚愕してしまった。全てを前向きに捉えて、いつも幸せそうに……そして周りをも幸せにしていた高祖母に、後悔していることがあったなんて……と。

 

続きにはこう書かれていた。

 

『フェイトちゃんのお母さんとお姉さんを助けられなかったこと。リインフォースさんを助けられなかったこと』

 

フェイト……その名前には聞き覚えがあった。高祖母の大の親友で、小さい頃からずっと仲が良かったと言っていた。そのフェイトさんも管理局でも有名で、高祖母が亡くなる二十年前にお亡くなりになってしまった人だ。

 

この日記帳を見る限りだと、その人に……お母さんとお姉さんがいたらしい。そして高祖母はそれに関係があって、力が及ばず助けられなかった……。

 

もう一人、リインフォースさんという人にはまったく聞き覚えがなかった……わけでは無かった。八神はやてという、この人も管理局でも有名な人で10年前に亡くなったのだが、その人のユニゾンデバイスの名前が確か……リインフォースツヴァイという名前だったような気がした。

 

きっとこの人に関係したことだったのだろう。

 

「それが……高祖母の後悔……」

そして日記帳にはまだ続きがあった。

 

『私が知らないところで、私の友達や教え子達の大切な人達が亡くなっていた。その人達を全部助けようなんて、そんなことは自分勝手で……思い上がりだってことはわかっている。けれど、やっぱり……救えたはずの命を救えなかったのは、すごく後悔している』

「なのはさん……っ!?」

 

次のページを開いた俺は、驚愕のあまり日記帳を放り投げてしまった。その後すぐに日記帳を拾い上げ、一度深呼吸をして、覚悟を決めてゆっくりと日記帳を読んだ。

 

『悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい……救えなかった救えなかった救えなかった救えなかった救えなかった救えなかった救えなかった救えなかった。ただ飛ぶ事に夢を馳せ、人を救いたいと思っていた私は、どんなに仕方がなかったとしても、嫌だった。今でも、思い出せば胸が苦しくなる。苦しくて、苦しくて、苦しくて苦しくて苦しくて……泣きたくなる。人の笑顔にしていったぶん、もっと笑顔にすることが出来たんじゃないかって、そう頭をよぎる度に、泣きたくなった。』

 

「……」

 

俺はただ、黙ってその日記帳を読んでいった。そこにはやはり、自分が救えなかったことに関しての後悔の念が書かれていた。

 

この人は……こんなにも苦しんでいたのか……気にする必要がないことまで考えて、自分を苦しめていたのか。

 

『過去に戻れたら……私は、皆を救いたい……』

 

そんな一文で、この日記帳は締めくくられていた。

 

「はぁ……」

 

体に入っていた力を抜くように、俺はそっと息を吐いた。あんなにも笑っていた笑顔の裏で、高祖母は……高町なのははずっと気にしていたんだ。自分が救えなかった命のことを。気にしないようにしていながらも、未来に色んなものを託しながらも、こんなにも……こんなにも。

 

「っ!」

 

気づいた時、俺は走り出していた。日記帳を片手に持ちながら、どこに行くというわけでもなく、ひたすら走り続けていた。なんでこんなことしているんだろうか……きっと、行き場のないこの気持ちを発散したかったからなのかもしれない。

 

知らなければこんな思いにはならなかった……けれど、知ってしまった。ならばもう戻れない。どうにかしたいのに、どうにも出来ない。なんとかしてあげたいけれど、何も出来ない。

 

悔しさと情けなさからか……俺は涙も流していた。高町なのはの裏の気持ちに気づいてあげられなかった。表の笑顔に安心して、癒されて……俺は、高祖母になにをしてあげられていただろうか。いつもベッドの上で横になりながら、窓の外を眺め、俺の方を見て笑っていた彼女に……俺はなにか一つでも……してあげていただろうか。

 

「くそったれがぁぁぁぁ!」

 

俺は走り疲れた体をその場にしゃがませ、空を見上げて叫んだ。

 

気づけばそこは桜の木の下だった。今は季節が寒いこともあって、花は咲いていなかった。ちなみにこの桜たちは、高祖母とその仲間達が植えたものらしい。

 

「……くそっ」

 

俺はその桜の木に寄りかかりながら座り、また呟いた。

 

悔しさをどこにもぶつけることが出来ず、ただただ虚空を見つめる。桜の木の周りは原っぱで、なにもなく……冷たい空気が軽く俺の頬を撫でた。冷たい空気に当たっていたせいか、ゆっくりと思考が落ち着いてくる。落ち着いてきたせいか、同時に眠気も襲ってきた。

 

「あぁ……こんなところで寝たら風邪を引きそうだ……」

 

わかってはいても体が動かなかった。全力で走ったせいか、それとも違う理由か……がっしり木に体を固定されているかのように、体は動かなかった。それに、体を動かす気にもならなかった。

 

「まぁ……大丈夫、かな。少しくらいは……寝ても……」

 

そして俺はそのまま、意識を失うようにして眠りについたのだった。

 

**

 

 

桜の木の下にいる少年を見つめるひとりの影があった。黒いローブを被っているため、性別は判断出来なかったが、そのローブの下からほんの少し見えた口元は……笑っていたように見える。

 

「少年……君は、今を、過去を変えたいと思うかい?」

 

ローブの人は言う。言葉を発しながらゆっくりと少年に近づいていく。

 

「救えるはずの命を救いたいと願うかい?」

 

また一歩、また一歩と少年に近づいていく。

 

「人間にはできない事を、自分が呪われた身になってしまっても、救いたいと思うかい?」

 

ローブの人はあいからわず笑っている。とても愉快そうに、笑っている。

 

「君は……人間でなくなっても、そうしたいと願うのかい?」

 

そしてローブの人は少年の目の前までいき、しゃがみこんだ。

 

「そう思うならば、私は力を貸そう。 人ならざる力を……」

 

ローブの人は少年の頬に触れる。

 

「楽しみにしているよ。 君が一体どんな物語を紡いでくれるのか……」

 

その瞬間、少年は光に包まれ始める。

 

「せいぜい頑張ってくれたまえ、未来は君のものだよ……」

 

そしてその場に……この世界に……少年はいなくなった。

 

「君は……どんな世界を見せてくれるのかな。高町三ツ葉君」

 

そしてローブの人もいなくなり。

 

誰もいなくなった。

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