強くないのにニューゲーム   作:夜鳥

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スタンバイ・レディ

 僕の肩書きはフルダイブ技術研究部門の主任なのだけれど、実際に技術研究をすることはほぼない。では何を担当しているかといえば、外回りである。

 

 場所は横浜港北総合病院。では先生、よろしくお願いしますと部屋を後にして……大きく背伸びをする。詩乃の母親の件を頼むだけの筈が長居させられてしまった。本日の受注はVRワールドだ。

 

 遂に始まったメディキュボイドの臨床試験導入、これは現場の医師にとっても未知の技術である。丁寧に説明しなければ困ったことになる……と選出された担当者は案の定、僕だった。

 

 これ自体は望むところなのだ。導入する所が増えてデータが集まれば改良の目安も付けやすい。

 

 ただ付随しての話が長く、要望を色々と陳情されることが多い。つい今さっきまで話し込んでいた倉橋先生──横浜港北総合病院の医師──はその筆頭で、会う度に新たな提案を持ち込むのだ。

 

 メディキュボイドを局所的機能に縮小し、視覚や聴覚といった五感を補佐する機器であったり。

 脳波の微細な変化を感知して繊細な動作として反映することのできる義手や義足であったり。

 言語化することの難しい「神の手(ゴッドハンド)」と呼ばれる名医の手術を追体験する教材であったり。

 

「どうして僕に言うんですか?」

「だって伝わる相手がいないから」

 

 ということらしい。医師としても現場にいて必要なものはあるのだが①まず上司や病院経営者と衝突することがあり②業界で既にシェアを構築しているメーカーには持ち込むツテも採用させる手腕もなく③何より業務外のことに時間をかけられるほど生易しい職場ではない。結果、有り合わせで細々と頑張らざるを得ないのだとか。

 

 そこへ伝令役が来たものだから現場は大歓喜、ここぞとばかりに全部を吐き出している最中と。

 

 この状況に朝田親子の件が加わって忙殺される日々を送り……結城家の件を知ったのは全てが決着した後だったのだ。後日焼香に向かうことを約束したけれど、生きて会いたかった。

 

 

 

 

 主な職務は外回りなのだが、実はそれに加えて、茅場先輩の宇宙語をアーガスやレクトのメンバーに頼まれて翻訳するという依頼がある。

 

「伸之君、ちょっと茅場君が何を言っているのか解らないんだが」

「須郷君、私の言葉がどうして理解されないのか解らないんだが」

 

 アーガスとレクトが合同で設置した仮想空間──NERDLES技術の研究協力と販売面の住み分けという至極面倒だが必須の調整を担当する部署だ。

 

 彰三さんが頭を抱えて唸っている様子を研究者の目で見ている茅場先輩、原因はいつも通りあなただと思います。また何かしらの要求をレクト側に申し伝えたのだろう。

 

 さて現在、アーガス社員一同の心身をすり減らしているのがαテストである。僕自身は関与していないのだが、レクトの手も借りたい程らしい。

 

 αテスト──それは本サービス前に行われるサンプル確認たるβテスト、その更に前にある社内テストのことだ。βテストが作品の完成度を高めるための作業だとすれば、αテストは作品として成立しているかを確かめる作業である。

 

 新作に一足早く触れられるといえば聞こえはいいが、人海戦術も(はなは)だしい地味な作業だ。進入禁止の壁に突進し続けたり、ひたすらに平原を歩き続けたり、アイテムの売り買いを延々と繰り返したり……華々しいことなど何もない。

 

 加えて開発中のゲームはVR、未経験の分野で人手は常に不足状態。しかし完璧主義の茅場先輩は一切の妥協を許さない、なので社員達は出歩いている訳でもないのに痩せ細っていく日々である。

 

 ──アインクラッドは不完全なんだよ! 満足できねぇよ! とか言った件、あれが茅場先輩の自尊心に火をつけてクオリティー向上の自重をなくしてしまった気がする。

 

 大変だなぁ、なんて他人事でいられるのは今だけ、いずれレクトでもALOことアルヴヘイム・オンラインの開発が本格化するだろう。そうなれば明日は我が身だ。

 

 今の内に英気を養っておかねばならない。定時退社して帰宅する先は横浜市内のマンションだ。

 

「おかえり、御飯できてるから早く」

「ただいま、まだ食べてなかったのかい?」

「今日はお母さん、検査入院だから」

 

 それは聞いている。だからこそ倉橋医師に挨拶してきた訳だし……あぁ、詩乃の夕飯が一人になってしまうからか。急いで着替えを終えて洗面所、そして居間へ。

 

 大学卒業を機に始めようとした一人暮らしは始まらないままに同居生活と相成った。

 

 帰宅したら誰かがいて、おかえりと言ってくれる。そんな生活はやっぱり温かい。接し方が様子見や気遣いから入るので互いの距離が詰まっているとは言いがたいが……その辺はおいおい。

 

「詩乃はやっぱり魚が好きなのか? よく食事に出るし」

「そういう訳じゃない、と思う。つい選んじゃうのは確かだけど」

 

 食卓上のメニュー、これに限らず魚介類のチョイスが詩乃は多い。やはりどことなく猫っぽいからか。記憶にあるアバターでも確か猫耳を付けていた? 気がするし。

 

 アバターといえば………詩乃はあまり学校の話をしない。親しい相手がいないことを苦にしている様子はないけれど、暇を持て余していないか心配である。こうして料理に手間暇を掛けてくれることはありがたいが、何か打ち込めるものがあるといいのだけれど、とちょうど考えていたのだ。

 

 完成したら詩乃にもナーヴギアを触らせてみようか。そんなことを思い付いたのだった。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

「詩乃、ナーヴギアを使ってみないか?」

 

 明日奈の都合が付かず休日をボーッと過ごしていた所にかけられた言葉。それは詩乃の好奇心を刺激するものであり、同時に半ば諦めていたものだった。

 

「いいの?」

「ああ。と言っても僕が仕事用で貰ったヤツのお下がりになっちゃうんだけど」

 

 それでも構わなければ、という続きに勢い込んで頷く。発売したばかりのナーヴギアは学校でも話題の的だ……詩乃は話題にしている会話を聞いていた、という形なのだが。

 

「でもいいの? 仕事用なんでしょう?」

「安全性を追求したら性能に支障が出たんだ。普通に遊ぶだけなら何の問題もないんだが」

 

 ナーヴギアで遊ぶためのソフトを開発するには、更に性能の高い機器が求められるということらしく……動作確認用としてしか使い道がないという。

 

「だから遠慮しなくていい」

「分かった……ありがと」

 

 

 

 

 

 さて、自分用のナーヴギアを手に入れた詩乃であるが、この時期はあまりソフトの数もなく、出来もいまいちであった。パズルや知育といった移植すれば済むタイプ、或いは景色や演劇の撮影物を再現するタイプ、描画や試験をVR上で行う作業場所代わりなどである。

 

 コンテンツの数は日々増えていくのだが……本格的なゲーム、VRMMOが待たれる状況で。それは詩乃も例外ではなく、何か面白そうなものはないか探し出すのはすぐだった。

 

「あれ……これって、VRワールド?」

 

 発見したのは伸之が担当したと思わしきVRワールド。行ってはいけないとは、言われていない。駄目そうならすぐに戻ろう、そう折り合いをつけて接続を開始する。

 

「アバターは………髪色だけ弄っておけばいいか。水色に変換して……リンク・スタート」

 

 視界が黒く閉ざされ、すぐにやって来る光の本流のイメージ。まさに電脳世界に飛び込んでいる感覚に詩乃はいつものように身を任せ──降り立った先は庭園だった。

 

 今まで経験していた作業用の無機質な電脳空間とは違う、人が集まることを目的とした空間だ。そのリアルさに暫し、詩乃は言葉を失って立ち尽くしていた。

 

 話しかけられていることに気づいたのは、目の前でヒラヒラと手を振られたからだ。正面にいたのは詩乃よりも背の低い黒髪の、好奇心旺盛そうな表情をした少女だった。

 

「ねぇ、君は新人さん?」

「え? えっと」

「あぁ、初めて会った人にはまず挨拶だよね」

 

 姉ちゃんにもよく言われるんだ、なんて話しかけてくる少女。その気安さに詩乃は面食らう。

 

「ボクは……ユウキ。君の名前は?」

「私は…………シノン、そう呼んで」

 

 いい名前だね、と笑うユウキ。さ、皆を紹介するよと手を引っ張って歩き出す彼女に詩乃は戸惑ったままに問いかけた。ここはどこなのか、と。

 

「ここはセリーンガーデン、仮想空間のホスピスなんだ」

 

 二人の世界はこうして重なった。

 

 

 

 

 

 ホスピス、それは終末期医療を行う場所のことだ。

 

「あなたもここに、その……入院しているの?」

 

 ターミナルケアの意味は詩乃も知っていた。軽々しく触れることの出来ない話題であると容易に想像がついて、おずおずとした物言いになってしまう。

 

 かつて受けてきた言葉の暴力によって傷ついた心は他人との間に壁を生み、適切な距離感を作りづらくしていた。今通っている学校でこそ過去のようなことはないが、積極的に他人と関わることが苦手な部分に変わりはない。

 

 詩乃は「痛み」を受ける人間の辛さを知っていて、相手に共感しようと試みることもできる。ただ、人と触れ合った経験値があまりにも少なかった。

 

 彼女と関係を構築できるのは積極的に近付いてくれるタイプであり……まさにユウキだった。

 

「え? ボクは違うよ、今日は見学なんだ」

「見学?」

「そう、仮想空間が体験できるって言うから先生にお願いしたんだー!」

 

 入院することになったらどういう生活になるのかを事前に紹介する、そんな説明の一環として、ユウキはダイブしてきたという。今はまだ許可があれば誰でも来れる場所でしかないと。

 

「シノンはどういう感じで、ってゴメン、言いづらかったら別に」

「構わない。私は……会社用のナーヴギアを借りて」

「会社? お父さんのってこと?」

「………………うん」

 

 本当に? ナーヴギアって高いんだよね、ボクも欲しい! と賑やかなユウキ。その雰囲気に当てられたのか、詩乃の顔にも笑みが浮かぶ。

 

「シノン、折角だから探検しよう探検!」

「分かった、いいよ」

 

 手を繋いで駆けていく、それは詩乃にとって久しぶりのことで。どこか明日奈を思わせる明るさにクスリと笑いが溢れたのだった。

 

 

 

 

 

「またね……か」

 

 現実に帰還した詩乃はナーヴギアをかぶったまま目をつぶる。ついさっきまでいた場所、過ごした時間、一緒にいたユウキのことを思い返すように。

 

「あなたはお試しなんでしょう? そのあなたが次にここへ来るときは」

 

 ──終末期医療を受けるときじゃないか。そんな言葉が喉につかえて言葉に詰まる詩乃。別れの挨拶を出来ないでいた自分にユウキはあっけらかんと言ったのだ、またね、と。

 

 そんな未来、来ないに越したことはないだろう。そう言いたくとも口にはできない、言葉にすれば現実となってしまいそうで怖かった。それ程にユウキは短時間で詩乃の心に入り込んでいた。

 

「んー……シノンは考えすぎだよ」

 

 ボクはよく考えてから行動しましょうって通信簿に書かれるんだけどね、と笑うユウキ。

 

「友達と別れるときの挨拶は、またねしかないじゃん」

「とも、だち……?」

「えええええ、今更そこに疑問を持つの!?」

 

 流石にショックだよ、と泣き真似を始めるユウキに面食らい、(なだ)めようとする詩乃。

 

「私、友達少ないから」

「なんかゴメン」

 

 真顔で返されると腹が立つ詩乃である。むすっとした顔を見てユウキの表情は和らいだ。

 

「そうそう、言いたいことは隠さない方がいいよ。言いたいときに言っておかないと、後悔するかもしれないから」

「ユウキは真っ直ぐだね」

「うん。喧嘩もいっぱいするんだけどその方が近付ける気がするんだ、心にこう、ぐぐっと」

 

 躊躇(ためら)ってる時間が勿体ないからね、と言ったところで現在時刻を確かめ、青い顔になるユウキ。いつの間にか更に時間は経過していた。

 

「姉ちゃんに怒られる! シノン、一緒に謝って?」

「嫌よ、存分に叱られてきなさい。またね、ユウキ」

「…………うん、またね、シノン!」

 

 まぶたの裏に焼き付いたように、熱を持った記憶。あの時間は決して仮の、あやふやなモノなどではない現実だった。

 

 仮想現実、所詮それは作り物の虚構、いつでも消え得るあやふやな世界、その筈だった。

 

「けど、ユウキは生きていた。それに私だって……生きていた」

 

 もう一つの現実という言葉の意味が、実感として詩乃の中に育ち始めていた。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

 詩乃の知らなかった世界、それは仮想空間しかり、ユウキの置かれた状況しかりだった。

 

 あれから何度も詩乃はシノンとしてセリーンガーデンへと飛んだ。ユウキと会えることも会えないこともあった。彼女の紹介で知り合った相手とおっかなびっくり言葉を交わすこともあった。

 

 その中で知った事実──彼女の入院予定先が母と同じ病院だったことも驚きだったが──難病を抱えた一家の事情は詩乃にとっての未知だった。

 

 いずれ活動を始めるだろう潜伏中のウイルス、時限爆弾を抱えて生きるということ。誤解に基づく蔑視、先行きの見えない恐怖、心中すら考えたという母親の苦悩。

 

 ──でもね、なんとかしようと頑張ってくれている人もいるんだ。

 

 法制化のお陰で莫大な治療費の問題は一息つけた。

 報道のお陰で正しく建設的な知識を皆が知った。

 治療法と薬の研究も日進月歩で進んでいる。

 

 ──それにこうして安全に走り回れる場所を創ってくれた人もいる。だからボクは諦めない。

 

 適切な治療手順が体系化されてから先の見通しが可能になり、父母の心労もかなり減ったのだと語るユウキ。実年齢とはかけ離れた彼女の雰囲気は、幼くして大人にならざるを得なかった人間の(まと)う空気、よく知っているモノだった。

 

 自分とは全然違う性格の、自分と似た雰囲気を見せるユウキに対して詩乃が何を思ったのか。言語化することは難しい。焦燥とも憐憫とも、代償とも義憤とも、どれもが正しく間違いで。

 

 ただ一つ確かなのは、詩乃が踏み出すきっかけを作った人間はユウキであるということだった。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

「どうした詩乃、真剣な顔をして」

「話が、ある…………人生相談」

「人生相談? 詩乃が? 僕に?」

 

 なんかメッチャ怖い顔で詩乃が迫ってきた件について。別居しようとかそういう話だろうか。

 

 とにかく詳しい話を聞いてみると……ナーヴギアで飛んだ先にいた女の子のために何かしたいのだけれど、中学生な自分にはどうしたらいいか分からないということだった。

 

 あのナーヴギアで行ける仮想空間で事情持ちの子がいるっていうと……セリーンガーデンか。今もなお接続できているということは病院側に許可されているのだろう。詩乃なら問題を起こすことはあるまいと思っていたのだけど、どうやら彼女の方が問題を抱えて帰ってきたらしい。

 

「詩乃は何をしようと思ったんだ?」

「何を……分からない、私は何も、あまりにも知らないから」

「じゃあ、その子と話していて何を感じた?」

 

 むむ、と考え込むこと暫し。彼女が口にしたのはシンプルな言葉。

 

「もっと色々な所に行きたいと思った」

「それは一緒に、ってことか?」

「うん。友達、だから」

「つまり現実には遠出することが難しいだろうから仮想空間で、ってことだな」

「そう。本当はVRMMOみたいに一つの世界を創れるといいんだけど」

 

 はにかみ顔をくもらせる詩乃。友達、友達かぁ……その単語を出されると少し弱い。

 

 ただ、何かしたいと思った気持ちをそ知らぬふりはしたくない。自分が散々ぱら好きにさせてもらったというのもある。悩んだ末に僕は一つ、提案をした。

 

「ならアルヴヘイム・オンライン製作に参加してみるか?」

 

 ぽかん、とした様子の彼女が再起動するまで(しば)し待って話を再開する。

 

「詩乃、北欧神話関係の本をよく読んでいるだろう?」

「あれはすごーさんが話してくれる物語の、元ネタが気になったから」

「それであれだけの図書を読破しているなら大したものだ」

 

 なでこ、と久しぶりに右手を彼女の頭に。

 

「以前にも言ったけど、君が得た知識を誇れ。それは詩乃の力だ」

「…………うん」

 

 中学一年になった詩乃はそろそろ思春期だ。その内に「触るな変態!」なんて調子ではね除けられたりするのだろうか。そんな未来を想像して少しブルーになる。

 

 いや、そんなことはどうでもいいのだ。大事なのは詩乃の気持ちがどこまで固いか、保護者の欲目だけで任せてしまって良いものではない。

 

「だがこれはゲームであっても遊びじゃない。沢山のプレイヤーを左右する仕事だ、途中で投げ出すことは認められないが、大丈夫か?」

「私は……自分のすることが大勢のためになるって言われてもピンとこないし、本音を言えばどうでもいい」

 

 その他大勢に不躾(ぶしつけ)な扱いをされてきた彼女が、顔も知らない他人のために働ける筈がない。それは想像できる。

 

 その上で何を言ってくれるのか、期待している僕がいるのだ。明日奈以外には友達と呼べる者がいなかった詩乃が新たに相手を得て、自ら行動を起こすようになった成長に。

 

「けど、ユウキは別。ユウキはどうでもよくなんかない、友達だから」

 

 だからユウキのために頑張る、そう言いきった詩乃を褒めようとして────

 

「誰のためだって?」

 

 そういえば詩乃の友達という子の名前を聞いていなかった。

 

「彼女の名前はユウキ……どうしたの?」

「どうしたもこうしたも……いや、えええええ」

 

 いつかは会えると思っていたけど、詩乃経由で? セリーンガーデンにいたの? というかアレは倉橋医師の依頼だから、港北病院? もしかしてユウキ、ご近所さんだったりして。会いたいような会いたくないような、どのツラ下げて会いに行けばいいというのか。本当どうしよう。

 

 そんな具合にしばらく大混乱に襲われていたのだった。

 

 

 

 

 

 詩乃がマニュアル──先輩謹製の「猿でも解るVRプログラミング」──とにらめっこしているのを横に、僕も僕でアルヴヘイムの構想を練らないといけない。

 

 アルヴヘイム──北欧神話に登場する九つの世界の一つ、フレイに与えられた妖精の国だ。だからGMが担当するアバターは本来フレイこそが相応しいのだけれど、世の中で妖精の国と聞くとイメージされるのは「夏の夜の夢」だったりする。だからこそ原作では妖精王オベイロンを採用していたのだろう。世界観が意味不明とか言ってはいけない……ということでまずはアバターが決まらないのが一点、課題としてある。

 

 ワールドは複数の種族に分割された状態で始まることになるだろう。サラマンダーやウンディーネといった妖精ごとに集落、或いは都市を築き、生活圏を構築している状態だ。他種族との交流は基本的に存在しない中で、交差点となる場所が唯一多種族の入り乱れる貿易都市の働きを担う。

 

 何故お互いに交流がないかといえば種族の違いからくる対立があり、交流せずとも生きていけるだけの領土があるからだ。プレイヤーが自由に飛行できる関係上、それぞれの生活圏は相当に広く設ける必要がある。まぁアインクラッド全百層分の敷地を平面に並べるくらいのサーバー容量はあるのだ、自重する必要はない。

 

 ただこれにも一つ問題があって……あまりに他種族と交流できないと、それはそれで面白くないのだ。転移システムや高速鉄道を採用しないなら移動手段は徒歩か飛行になる。だが一日ログインして飛び続けて、それでも隣の国に着かないゲームが楽しいかというと……微妙なところで、その辺りのバランス調整がことのほか大変なのだ。

 

 そう考えると最大でも直径10キロしかないアインクラッドは良く考えられていて、階層間移動は迷宮区と転移門という簡潔な方法によるものだ。数キロ範囲の徒歩移動であれば飽きもなくプレイさせられるだけの魅力がある。

 

 (ひるがえ)ってアルヴヘイム、走るのと変わらないスピードでしか飛べないのではつまらないし、かと言って車並みに数十キロも出るようだとあっという間に距離を稼げてしまう。

 

「あぁ、スタミナを採用すればいいのか」

 

 長時間飛び続けたり、速度を出したりすると消耗が激しくなるシステム。加えてそもそも飛行できないエリアを種族の領地間に設けてしまえばいい。後は自種族の領地では普通に飛べるけれど外部に出ると航続時間が減るとか。これはこれで調整が難しいだろうが、何の思案もなかった当初よりは遥かにマシだ。

 

 あと大切なのはSAOとの互換性を前提に作る必要があるということ。茅場先輩にあれだけ言っておいてワールド間に互換性がなかったら笑い話にもならない。

 

 まぁ僕の仮想空間構築スキルが先輩仕込みなので似通う部分は多いだろうけれど、例えば通貨やアイテムは融通可能に、いっそのこと共通にしてしまった方が楽だ。ただリリース順の問題でALO開始時にSAO経験者はアドバンテージがある訳で、SAO産の金やアイテムやスキルを大盤振る舞いされては困るのだけれど……冗談でなく世界が壊れる。

 

 その辺りは茅場先輩と協議しなければならない。彼も彼で「ALOがSAOに新しい風を吹き込む」ことは歓迎しても「ALOがSAOを荒らし回る」ことは望まないだろうから。

 

「あれ、というか自力で空を飛ぶってどういう感覚なんだ?」

 

 (ひも)なしバンジーと同じ感覚でいいのだろうか、なんて思案して……次から次へと出てくる問題を解決する毎日。プログラム自体はレクトの社員にも任せられるけれど、世界観は上で形にしておく必要があるのだ。責任は重大だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Alf-heim Onlineを略すならばAHOではないのか、という詩乃のツッコミに光のエルフことリョースアールヴを引っ張り出してÁlfheimr Ljósálfar Onlineと改名されるALO。闇のエルフであるデックアールヴ主体のスヴァルトアールヴヘイムも待っているよと茅場先輩に言われてリアル過労死が見えてくるのは別の話。


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