強くないのにニューゲーム   作:夜鳥

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meaning of birth

「え、シノンがゲームを作るの?」

「正確にはお手伝い。私は知識面のオブザーバー」

 

 そう語るシノンの顔つきには力が宿り、意気込み十分であることが(うかが)われる。

 

 須郷に協力することを約束してからというもの、詩乃の日々はそれ一色になった。

 

「どんなの?」

「それは秘密。教えちゃったら面白くないでしょう?」

「えええええ! そんなこと言わずにさぁ」

 

 ユウキの攻勢を難なく(さば)いてあしらうシノン。ルールは守るべし、頼りにされて嬉しかったからこそ一線は守らなければならない。その辺り、詩乃は大人顔負けに生真面目だった。

 

「ボクもお手伝いしたいなー」

「ユウキ、まだ小学生じゃない」

「むぅ……シノンだって中学生じゃないか」

「じゃあ、これ分かる?」

 

 ぐぬぬ、と唸るユウキ。見せられたのは詩乃が作業を始めるにあたって渡された指南テキストである。読み始めて一分後、ファイルを放り投げ………はせずに突き返した。

 

「分かる訳ないじゃないかー! 何かないの、ホラもっとこう……体を動かす感じの」

「技や魔法の動作確認ならあるけど」

「それだよそれ、そういうのを待っていたんだ」

 

 はしゃぐユウキに嘆息して見せて、それでも変わらない様子にシノンは返事を保留した。

 

「上司がいいって言ったらね」

「上司ってお父さんでしょ? シノンが頼んでくれれば大丈夫だよ」

「どうしてユウキが自信満々なのよ……ま、まぁいいけど」

 

 その晩、尋ねられた須郷は二つ返事で了承。晴れてユウキも役目を得たのだった。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 ユウキこと紺野(こんの)木綿季(ゆうき)は己と姉と父母の四人家族、その一番年下だ。とはいえ姉の藍子とは双子なのだが、自他ともに認識は妹である。

 

 だが最も幼いからといって精神までもが幼い訳ではない。末っ子は兄姉や両親の振る舞いを見て学ぶことができるため、学習効率の面で恵まれている。とりわけユウキはその傾向が顕著だった。

 

 だからこそ自分を取り巻く状況の難しさ、危うさというものを、それこそ物分かりがよ過ぎる程に(わきま)えて()()()()いる。

 

 出生時に輸血用血液製剤からHIVに感染してから十年間、家族と共に闘病を続けてきた。両親と双子の姉もまた同様に、薬の服用を続けながら生活している。

 

 あと数年、血液製剤の問題が早く知れ渡っていれば。

 あと少し、治療薬研究が成果を出してくれたなら。

 あと僅か、周囲の理解が進んでくれたなら。

 そう感じることがないとは言えない。思ってしまうことは止められない。どうして自分が、と。

 

 けれど、自分達のために働いている人達の姿をテレビで、雑誌で、病院で目にして。

 ほとんどの人にとっては無関係の事情を必死になって取り組んでいる人がいる。

 彼らの活動によって命を繋がれていることは決して当然ではないのだと。

 浮かんだ感謝の念を、向ける相手は神か、運命か、それとも人間か。

 

 服薬をしながらでも学校に通えていることが嬉しくて、遊びも勉強も運動も精一杯に頑張って。

 

「ボクは、皆に貰ってばかりでいいの?」

 

 ふとしたときに思うのだ。ありがたいという気持ちは申し訳ないという気持ちと表裏の関係で、ときどき顔を出してはユウキを悩ませる。いつ死ぬか分からないことと同じ、いやそれ以上にユウキを苛むのは………罪悪感とでも呼べる感情だった。

 

 悩みを打ち明けると、父は自分を抱き締めてくれる。母は神に祈ってくれる。姉は頭を撫でてくれる。じゃあ自分は、自分はどうすればいい? 誰に何を返せる?

 

 そしてユウキの前に現れたシノンは、やはりユウキのために何かをしてくれようとしている。

 

「ボクは、どうしたらいいの?」

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

 学校から帰宅して、ベッドに横になってナーヴギアをかぶる。リンク・スタートの言葉と共にユウキの意識は仮想空間……二人に用意された()()()()へ飛び、今日もまたテスターを務めるのだ。

 

「こんにちはシノン、今日のメニューは何?」

「昨日から引き続いてアシストの確認」

 

 トントン、と両手を操ってシステムを起動するシノン。自分の意識で動かすのではなくシステムによってアバターを動かすアシスト機能の確認作業をここ何日かは続けていた。

 

 そもそもが仮想空間なので「脳が意識した内容」を認識したシステムがアバターを動かし、その動作が寸分違わないときプレイヤーは「自分の意思で動いている」という実感を得られるのだ。遅延が起きたり見当違いの動きを見せたりすれば「これは自分の体ではない」という認識をプレイヤーは持ってしまう。故に意図と動作を等しくすることが大前提なのだ。

 

 だがアシストはむしろ逆行するような概念であり、プレイヤーの意図を超えてアバターを動かすことになる。そのシステム的動作をプレイヤーが受け入れられるか、納得できるかは非常にデリケートな問題なのだ。

 

 極端な例だが、首が一周回転するモーションを仮想空間では取らせることが出来る。だがそれをされたプレイヤーが受け入れられるかといえばまず無理な話で、そんな動きをする体は自分のものではないと感じてしまう。リアリティーが破損してしまうのだ。

 

 しかしこの技術をうまく使えば、熟練者の技術技量を実感として覚えることが可能になる。剣豪と呼ばれる太刀筋を経験することも、神の手と呼ばれる医術を体験することも、その他の精密かつ熟練を必要とする技術をも、素人であろうが脳に理解させられるのだ。一度理解して回路が出来てしまえば現実世界でも習熟は早くなるだろう。

 

「ふっ………せいっ!」

 

 直剣を握って振り、切り、払う。小学生の身空では到底到達し得ない速さと鋭さを、この世界ならば実現することができる。

 

 そうしてアシストに身を任せ、ときには自身でアバターを動かしていくユウキ。彼女の様子を見てとってシノンもまた作業に没頭する。

 

 シノン、もとい詩乃には激しく体を動かして戦う、というような方面での飛び抜けた資質はない。だが複数の事柄を同時平行で進めることに関しては抜群の才を示した。

 

 努めるまでもなく冷静な思考、同一のタイミングで数品の料理を仕上げる技量、その他にも目端が利く性質や我慢強さも相まって、ゲームでなら前衛よりも超後衛向きの人間と言えた。

 

 両手をバラバラに動かして複数のパラメータを弄り、アシストの精度を向上させていく。目線はときおり画面を確認する程度で、後はユウキの剣舞に固定されたままだ。それでいて視界が狭い訳でもなく、観察を数時間は続けられる体勢。周囲の状況を気にかけつつ銃の手入れをしながらスコープを覗いて待つこと数時間、現れたスコードロンを数キロ先から狙撃して全滅させることを日課とするような、そんな片鱗があった。

 

「うん、いい感じ。ユウキの方に違和感はない?」

「特には。ただ圧力は感じるんだけど、痛覚を切ってる分はリアルさが減ってるかも」

「それは仕方ない。ペイン・アブソーバーは無痛レベルって厳命されてるから」

 

 その部分についてはアクセス権限すらない、と語る詩乃にユウキも頷く。結局のところ二人は子供、どこかでの線引きや制限は大人がしなければならないのだ。それは重々承知していた。

 

 

 

 

 

 今日の配分が終わり、またここ数日の作業も一段落している。一息つくことの出来るタイミングを得て、ユウキは口を開いた。

 

「シノン、仕事を任せてくれてありがとう」

「なによ、突然あらたまって?」

「ううん、いきなりじゃないよ。ずっと思ってたんだ」

 

 姿を消した剣のオブジェクトデータ、それが存在するかのように宙を掴むユウキ。当たり前だが手は空を切って、何も掴めてはいない。

 

「皆に助けてもらってボクは生きていて、それはすごく嬉しいんだ。ボクが生きていることを望んでくれている人が、いるんじゃないかって思えるんだ」

「ユウキ……」

「けれどボクは皆に助けてもらわないと生きることが出来なくて、それは皆の負担になっている。何もお返しできないボクは、何のために生きているんだろうって」

 

 ユウキは握った手を開いて見せて呟く……何もないや、と。

 

「ずっと思ってた、申し訳ないって。ずっと探してた、ボクが生きていていい理由を」

 

 それを少しでも見付けたくて、お願いしたのだと。

 

 肩を落とすユウキの姿、その様子にシノンは深呼吸して、ありもしないうるさい鼓動を静めて、震えない筈の足を(なだ)めて声を張る。

 

「バカ、バカだよユウキは」

「シノン? 何を……」

「ユウキに生きていて欲しいと思う私の気持ちは私だけのモノ、私の自己満足。誰に(はばか)ることじゃないし、誰にも邪魔させない。ユウキだろうと許さない」

 

 シノンは……詩乃はどうして「自分なんか」に世話を焼いてくれる人がいるのかと思ったことがあった。そして何故自分はユウキにお節介を焼いて、関わろうと決めたのか、不思議だった。

 

 違ったのだ。世話を焼いてしまうのだと、友達(ユウキ)に接して詩乃は理解した。きっと明日奈や須郷も同じ心境だったのだろうと、すとんと理解できたのだ。

 

「だからユウキは勝手に助けられて、バカみたいに笑っていればいい。難しく考えすぎ」

 

 私はユウキに笑っていてほしいから────言葉を受けて、じっと(うつむ)いて。バッと上げた表情は、ユウキにもどうしようもなかった。

 

「………………なにをー、バカって言った方がバカなんだぞー!」

「ユウキ、顔がぐちゃぐちゃ。泣くか笑うか怒るかはっきりして」

「無茶言わないでよっ!」

 

 二歳差のユウキの頭を胸に抱いて、明日奈もこんな気分だったのだろうかと考えるシノン。彼女の表情もまた、取り繕えるようなシステムは存在しない。

 

「仮想空間での感情は隠せない。これは失敗じゃなくて、開発段階から一貫した方針」

「なんでわざわざ、そんなことを?」

「虚飾に包まれて自分も相手も偽れてしまうのが現実世界、なら仮想世界ではその法則から自由になろう、って」

 

 嘘の仮面をかぶることもできない、人の善悪が如実に表出する世界。それはとても怖いことで。

 

「けどこういうときは────悪くないと思う」

 

 くぐもって何を言っているか分からないユウキを抱き締めながらシノンは呟いた。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 やっとこさ取れた休みを利用して、仮想空間のユウキに会いに来ました。

 

「だーっ、また負けたぁ! 強すぎだってすごーさん!」

「いやいや、現実世界だと初心者もいいところだから。ほれ今日も素振りから始めるぞ」

 

 そんなバカな、と叫ぶユウキ。とても元気で賑やかな子だ。

 

 聞いてみれば病院には定期的に通院しているだけで、まだメディキュボイドを利用せずに済んでいるとのこと。挨拶と説明でお邪魔した紺野家にはナーヴギア一式をお渡ししておいた。

 

 彼女達に会うことを決意できたのは詩乃のお陰だ。どうしてもっと早く思い出して、もう少し早く知識を広めてくれなかったのか……そんな幻聴に僕自身が苛まれて、足がすくんでいた。だから大学時代のことは言えない、レクトの研究主任ということしか彼らは知らないのだ。

 

「ユウキの上達は驚く程に早い。すぐに僕よりも上手くなる」

 

 大体、僕だって曲がりなりにも数年は竹刀を握っていたのだ。それに数日の経験で食らい付いてきているユウキの方が強すぎというものだろう?

 

 だがどれだけ理想的な動きを見知ったところで実際に体を動かした訳ではないので、剣筋の意味が分かっていなかったりする。こればかりは練習を積み重ねるしかないのだ。

 

「ということで素振り百回」

「はーい……でもさ、すごーさん反応速すぎじゃない?」

「単純なVR慣れだよ。時間をかければたどり着くレベルだ」

 

 フルダイブ経験の多さは僕にVR慣れをもたらした。システムが送ってくる視覚情報や手足の運動を、受けとる側の脳は「本当に自分の体験なのか」と疑ってしまう。当然だ、現実世界には本物の肉体があると確信しているのだから、脳の認識は「アバター=ニセモノ」を前提とする。そのため脳が情報を受け取っても「これはニセモノである」「もし現実だと仮定したら」「自分は○○と思考し行動する」というところまで進んで発せられる信号をナーヴギア経由でサーバーに送るのだ。

 

 いわば仮想空間特有の思考遅延なのだが、脳が仮想空間を「現実の世界だ」と誤認した場合には話が変わる。挟まなければならない段階を複数カットできるため、思考遅延が軽減されるのだ。一概に良いと評せるものではないが、現実と仮想を切り替えられるならば問題はない、と思いたい。

 

 だからユウキには申し訳ないけれど、僕は彼女にあまり反応速度を上げて欲しくないのだ。それは仮想空間での活動に慣れきってしまうことと引き換えであり、つまりは現実で生きられなくなっている状態を意味しているのだから。

 

「師匠、極意とかないの?」

「極意って……アドバイスなら、そうだな、こういう格言がある」

 

 目をきらきらさせて期待してくれるのは嬉しいんだが、ただの思い付きだ。

 

「迷わず斬れよ斬れば解るさ」

「いや、その理屈はおかしい」

「カッコいいかも………」

「えええええ」

 

 詩乃には不評なようだがユウキには受けたようだ。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

 ナーヴギアの改良、ソードアート・オンラインの発表とβテスト、時間は矢のように過ぎる。

 

 その中で困ったことが一つ、なまじ経験が多いから反応速度が順調に伸びている。SAOに参加することになったら二刀流を奪いかねない程で、流石にそれはダメだろうと僕は正式サービスの参加を見送ることになった。ユニークスキル関連がどうなっているかは知らないのだけれど。

 

 まぁ作る側の人間がプレイヤーに混ざったらルール違反だし、とこれ見よがしに口にしたら茅場先輩は思いきり()せていた。全く……ほら先輩もβテストにこっそり参加していいですからそれで満足してください。僕? 第二層で岩に向かって「無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!」って叫びながら殴り続けてましたよ。

 

 βテスターからはナーヴギアを一度回収してデータを取って、後の開発に活かす計画になった。アバターデータはきちんと残すし、新品へも交換する気合いの入りようである。廉価版の提案や事故防止の設計なども相まって初回版のナーヴギアは正直いうと質がイマイチだったのだけれど、SAOの本サービスでは茅場先輩のゴリ押しで改良版ナーヴギアが必須になった。

 

 事前予約分・店頭販売分ともにSAOソフトは謹製ナーヴギアとのセット販売になる。その分は余計な出費を強いてしまうのだけれど……多重電界の形成効率、通信速度や解像度の向上など試してみれば歴然とした差が存在していて、機能の充実を事前に示されたプレイヤー達は必ず改良版を選択すると断言できる程だ。

 

「先輩、明日の予定なんですが、まさかログインしたりしませんよね」

「いや須郷君、明日はアインクラッドの記念すべき第一歩であって、私はそれを見届けようと」

「モニタリングなら外で出来るでしょうが。アホなこと言ってないで仕事しますよ」

 

 まぁ、そんなこんなで正式サービス開始の日を迎えることができたのだ。

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