強くないのにニューゲーム   作:夜鳥

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それでも人は英雄を求める

「すごーさん、私もう十七歳です」

「いや、それは二年後……今日は2022年11月6日だからな?」

「え? いやいやまさかそんな」

 

 まさかと言いたいのは僕の方だよ明日奈。何が何やら訳が分からず、僕らの中に事態を正確に把握している者などいない。結局はそれぞれがてんでバラバラのことを話してお開きとなったのだ。

 

「で、茅場先輩。昨日はどちらに?」

「私は昨日、英雄になったのだよ」

 

 ドヤァと自慢顔の意味不明な先輩は間もなく警察にドナドナされていった。任意の事情聴取? 全然OKですよ一年くらい捕まえておいて下さい。じゃあ先輩、面会には行きますからお達者で。

 

 さて報道やアーガスからの情報で解ったのは……とりあえず死人は出ていないということ。怪我をした例も現在はあがっておらず、ただナーヴギアが軒並み煙を噴いて壊れたということ。

 

「いやいやそれだけでどうしろと」

 

 まぁ茅場先輩が何かした結果だろうと確信してはいるが、具体的な何かが僕では分からない。

 

 よくよく思い出すとナーヴギアで脳を焼くことはまず不可能なのだが、昨日はあまりに慌てていて冷静な思考ができていなかったのだ。今も怪しい部分があるのでまずは仕様書を確認しよう。

 

 そう考えて仮想空間に接続した僕を待っていたのは女性ばかり八人ほど。誰も見覚えのない……いや、一人だけ見覚え(デジャヴ)はあったがここにいる筈のない相手だ。

 

「はじめまして、すごーです」

「じゃあ代表して、アタシの名前はストレア!」

 

 よろしくねー、と軽い雰囲気で挨拶をしてくれる薄紫髪の彼女……いや彼女達はメンタルヘルスカウンセリングプログラム、SAOにおいてカーディナルの下で働く特級AIだった。

 

 

 

 

 

「そういえば君達には試作一号がいただろう? その子はどうしたんだ」

「お姉ちゃんは『専用』になっちゃったから、彼の所に行く準備中だよ」

 

 よく知ってたね、なんで? なんて質問をかわしながら手分けしてSAOのサーバーを確認する。結果は酷いもので、ものの見事に全データは消失していた。それも自壊するようにして。

 

「外部からのハッキングによってプレイヤー達はログアウト不可能になったの。けれど彼らは果敢に戦ってあの世界をクリアした。現実世界との時間的解離が発生した原因は不明、犯人も不明。私達が無事なのはデータが消去される前に創造主が頑張ったから……ということになってる」

「それ、君自身だって信じていないだろう」

「まーね、でも後世に残るのはこの事実。茅場晶彦は何者かのテロ行為に対して己の身も省みずSAOに参加、無事に一万人のプレイヤーを生還させた英雄である……って」

「でも君達はプレイヤーの精神状態をモニタリングしていたんだろう、無事だったのか?」

「それはまぁSAOが終わったら次のワールドに移住するって最初から聞いて……じゃなくて、予想してたから!」

 

 アタシは何も言ってない、言ってないからね! と念を押すストレアに嘆息。あまりつつくとボロを出されてしまいそうだ。

 

「さて、ここにいるということは手伝ってもらえるということでいいのか?」

「絶賛お仕事募集中だよ」

 

 そいつはいいことを聞いた、仕事は山とあるんだ。廉価版ナーヴギアであるアミュスフィアの開発、アルヴヘイム・オンラインの構築、それに消滅した筈のソードアート・オンラインの全データの隠匿と整理、人手が足りない。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

 日が経つにつれ明らかになる事実は増えていった。ナーヴギアが動作の不具合を起こしたのは外部からの侵襲によるもので、SAO同梱の改良版にのみ起きていたこと。改良版のナーヴギアは軒並みマイクロ波で自壊しており、照射先が頭部ではなく機器中枢部だったため復元不能レベルで壊れていること。一般プレイヤー枠で参加していた茅場晶彦はGM権限を奪われ手の打ちようがなく、巻き込まれた事件に罪悪感と責任を感じて攻略の旗手となりプレイヤーに希望を与え続けたこと。

 

「だから言っただろう、私は英雄になってきたと」

「なんというマッチポンプ」

「何のことか私には分からないな」

 

 何の情報も得られなかったのだろう警察から帰ってきた茅場先輩は、アーガス本社前に詰めかけた元SAOプレイヤー達に拍手をもって迎えられた。まさしく英雄の凱旋というべき光景だったという。揉みくちゃになる中をガードマンに囲まれて出社した先輩と、僕はようやく仮想空間で話せるようになったという訳だ。

 

「とはいえ須郷君、私の意図した通りに進んだ物事など数える程しかないのだよ」

「改良版ナーヴギアの設計は先輩一人でやりましたよね?」

「全ての原因は君だよ、須郷君」

「何のこっちゃ」

 

 誰かこの男を裁く法律を持ってこいと呆れる僕をよそに先輩はALOの準備作業を始めてしまう。なんだか釈然としないものを感じながら僕も調整に取りかかるのだった。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 そもそもの発端はSAOとALOのシステムがいずれ接続されることだった。

 

 SAOはプレイヤーが己の足で走り、ソードスキルを駆使してボスを狩っていく。ボスは当然のこと、ワールドの構築は徒歩を前提に考えている。一方でALOは空を飛び、魔法を駆使しボスを狩っていく。ALOプレイヤーがSAOに参加したら遠距離から安全にボスを狩れてしまう、それは困る。

 

 だがSAOが第百層までクリアされるのを待っていてはALOと接続できるのは数年後、それこそ時間がかかりすぎる。SAOの難易度を下げることは認められない、しかし攻略が滞るのも困る。ならばどうすれば良いか、茅場は考えた。

 

 たどり着いた結論は、仮想世界の時間経過を現実世界から切り離すというものだった。シミュレーションではよく採用する手で、初期のデータだけを放り込み、演算速度を上げることで擬似的に────加速世界(アクセルワールド)を実現する。

 

 無論、一括した加速処理のためにはサーバー内に全てのデータが存在していなければならない。プレイヤーデータも同様に。故にナーヴギアを用い、プレイヤーと同一の存在を電脳データとしてSAOに参加させたのだ。だから厳密に言えば、約一万人のプレイヤーは誰もSAOを遊んでなどいない。ただ彼らの同一存在がSAOを生きる様を眺めて己の経験と誤認しているだけだ。

 

 死者は出ない。健康被害も起きようがない。14時までの一時間でじっくりとコピーを作れる。

 

「最初の一時間は存分に遊びたまえ、プレイヤーの諸君」

 

 こうしてソードアート・オンラインは壮大な映画館(シアタールーム)となったのだ。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

 さて、ゲームが始まってしばらくは茅場も大人しくプレイヤー達の様子を鑑賞していたのだが、第25層で不測の事態が起きてしまい計画を変更せざるを得なくなった。相応しいデータを作り上げ、満を持して参戦したというのにだ。

 

「君達、ボスの攻撃は私が食い止める。その間に体勢を建て直したまえ」

 

 誤った情報に踊らされ半壊したギルドの惨状、そこに駆けつけた攻略組のメンバーは充分な準備を出来ないままにボスへ挑むことになった。クォーターポイント、25刻みの層を守護するボスは桁違いに強力であると教訓を活かせるのは次からの話、今ここにいるプレイヤー達は誰もが死の危機に瀕していた。

 

 そこへ颯爽登場しボスの攻撃を楯で防ぐ男性プレイヤー。それこそがヒースクリフであり、茅場が操るアバターであった。

 

 いかに防御が固く攻撃が重いボスといえど、攻撃のことごとくを防御されては形なしだ。ヒースクリフがボスのタゲを取り続け、浮き足立っていたプレイヤー達は平静を取り戻す。終わってみれば犠牲は最初に半壊したギルドメンバーだけで済んでいたのである。

 

 ボス戦の立役者は勿論ヒースクリフ、彼はギルド血盟騎士団を結成し、攻略に邁進していくことを表明した……攻略組の期待と歓声が彼に集まる……ここまでは、茅場の計画通りだったのだ。

 

 計画が狂ったのはここから。

 

「あれ…………茅場晶彦?」

 

 ホンモノか、と騒然とするボス部屋。声を発した女性プレイヤーはヒースクリフの出で立ちを確認し、やっぱりと頷いた。

 

「わたしの知り合いがアーガス関係者なので知っているんです。ヒースクリフさんのアバターは、茅場晶彦のもので間違いありません」

 

 断言する態度の自然さに、その場の空気が決まりかける──即ち、茅場の吊し上げへと。

 

 どうすればいい、ヒースクリフは悩む。ここで正体を暴かれて大人しく第百層に引っ込む? 冗談じゃない。ではここにいるメンバーを全員ゲームオーバーに? それはフェアじゃない。では言い逃れをする? どうやって?

 

 大混乱に陥っていた彼を救ったのは、彼を窮地に陥れたプレイヤーだった。

 

「やっぱり、ゲームは自分でも遊んでこそだもの。開発者の茅場晶彦がSAOにログインしていない筈がない……そして巻き込まれてしまったの、純粋な1プレイヤーとして」

「え?」

「犯人にGM権限を奪われた彼に打てる解決策はなかった。デスゲームに皆を巻き込んでしまった恥辱は彼を打ちのめし、けれど責任感から立ち上がり今この場に現れたの、攻略の旗手として!」

 

 ウオオオオ、と雄叫びをあげるプレイヤー達。一転して歓迎ムードになった場の空気にヒースクリフは目を白黒させるばかりで付いていけていない。だが事態は彼を置き去りにして進んでいく。

 

「わたしも血盟騎士団に参加します。この世界を攻略して、生きて帰るために!」

 

 俺もオレもと続く賛同の言葉。なぁにこれぇと現実逃避を始めていた彼に彼女は宣告したのだ。

 

「ということにしておくので、後で()()()()()()()、聞かせてくださいね? 茅場さん」

 

 頑張りましょうね、茅場さん──意気込む彼女にヒースクリフはこう告げるのが精々だった。

 

「アスナ君、この世界でリアルネームはご法度だ」

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

「なぁ、アンタが……あなたが茅場晶彦だっていうのは、本当なのか?」

「君は……ボス攻略に参加していたな。名前は……」

「キリトです」

 

 第26層へと進み、転移門のアクティベートを終えた彼らはその場で解散することになった。茅場に話を聞きたいという者もいたが、ギルド結成のためクエストを受けるからと遠慮してもらい……嘘というわけではなかったが、予想外の展開に一度考えをまとめる必要があったのだ。

 

 だが彼を追跡しているプレイヤーがいた。無理もない、彼らをSAOに閉じ込めたアバターは茅場晶彦と名乗ったのだから目の敵にされている方が自然というもの。そこに本人を名乗るプレイヤーが現れては、諸々の感情を抑えきれない者もいるだろう。

 

 撒くことは出来るが、それは後ろ暗いことを抱えていると宣言しているようなもの。ならば面と向かって言葉を交わし、早々に納得してもらうしかあるまい、茅場はそう判断し場を整えたのだ。

 

 人気のない路地裏、現れたのは黒髪黒目、中学生くらいの男子だった。プレイヤー名はKirito。

 

「確かに私は茅場晶彦だ、今は1プレイヤーに過ぎんがね……全てとは言えないが、答えよう」

「じゃあ……まず、ナーヴギアが現実の脳を焼く可能性について」

「ゼロではない。元々ナーヴギアには誤動作防止のプログラムが存在し、尚且つ脳を焼く程の出力は直接人体に当たらぬよう設計されている……だが私達の組んだ防壁を破るだけの力量となれば話は別だ。想定外の高出力ならば間接的にせよ脳にダメージを与える可能性はある」

 

 彼自身も推測していた答えだったのだろう、あまり落ち込んだ様子も見せずに頷くキリトは茅場の目からしても、相当の知識を有しているように見えた。外部からの救出可能性や、犯人が解放条件を守るかどうか、現実の肉体を維持できる期限など話は多岐に渡る。まるで須郷に授業をしているような気分が茅場の精神を沈静化させた頃。

 

「あと、最後に聞きたいんですけど……」

 

 ビーターって、どう思いますか。キリトは意を決したように尋ねた。

 

 

 

 

 

「ありがたい存在だと、私個人としては感じている」

 

 そう語るヒースクリフの瞳には色があった。先程までの単なる質疑応答ではかいま見えなかった感情が覗いていた。

 

「アインクラッド……石と鉄の城を現実のものとすることは私の夢だったのだ。この状況に陥っても尚、私は愛情と執着を抱いている」

 

 まさしく己の全てだった、そう語るヒースクリフ。

 

「その世界をβテストの頃から熱心に遊び、デスゲームとなった今も真剣に生きている君は開発者冥利に尽きる」

「っ……じ、冗談きついぜ、ビーターってのはチーター扱いなんだぞ? 自分さえよければ他人はどうでもいい利己の塊だぞ?」

「利己に生きることの何が悪い? 人とは元来そういうものだ、君だけが後ろ指を差される筋合いはあるまい」

 

 利己に生きることが悪い訳ではない。生きる中で誰かに何かを与えたとしても、それは私の(あずか)り知らぬことだ。感謝されても困る、好きでやったのだから、と話すヒースクリフ。

 

「それに君の振る舞いを客観的に見て、ただの自己中心的人間と判ずることはできんよ。誰もが自分のことで窮々とする中で憎まれ役を買って出て、マップデータは商売の種にせず、一層から攻略に貢献し続けてきた」

 

 発生してしまったビギナーとβテスターの亀裂を抑えるため、更なる憎まれ役を買って出たキリト。目論見がそのまま実現した訳ではなかったが、彼を妬み(うと)ましく感じるプレイヤーの悪意は彼を(むしば)んでいた。

 

 だがβテスト時の情報がそのまま役に立つほど甘いゲームを茅場は作っていない。むしろ先入観に足を(すく)われ消えるテスターは大勢いた。その中にあって情報を活かし生き抜いているキリトの姿勢は、茅場にとってほぼ理想的なものだったのだ。

 

 即ち、アインクラッドを真剣に生きている、と。

 

「βテスターどころではなくチートだと? 案ずるな、本当のチートとは私のような人間さ」

 

 常ならば口にしないそんな冗談も出てしまうほど茅場は気分がいい。これ程の逸材、加えて今後の攻略を担える実力者とくれば逃がす手はなかった。

 

「キリト君、君にはぜひ血盟騎士団の一員になってほしい」

「でも、俺の噂はアンタの足を引っ張ってしまう。それじゃあ……」

「この世界のルールはただ一つ、強さだ。剣を抜きたまえキリト君」

 

 二の足を踏むキリトに送られたメッセージ、戦いの申し込みには初撃決着モードの文字。

 

「私と戦い勝てば好きにするがいい。だが負けたら……血盟騎士団に入るのだ」

「……いいでしょう、剣で語れというのなら望むところです」

 

 決闘(デュエル)で決着をつけましょう────

 

 

    ★    ★    ★

 

 

「しかしカーディナルがアインクラッド崩壊のクエストを進行させていたことは驚きだった」

「カデ子さん何やってんの!?」

「君の話に興味を持ったらしい。北欧神話のラグナロクを組み込み、崩落を始めたのだ」

「崩落したらゲーム続けられないでしょう? 止めなかったんですかGMとして」

「いや、私も知らない展開を起こしてくれたから先を見てみたくて……つい、な?」

「つい、じゃねーよ」

 

 血盟騎士団の本部が消えたときは流石に焦りを覚えた、と語るむっつり顔の先輩とALOを仕上げていく中で聞くSAO内部の出来事。そのどれもが僕の知っていた内容とは別で、羨ましいなぁと感じてしまう。他人がやっているゲームを横で見ていてもつまらない感覚とはこういうものか。

 

「クエスト自動生成システムも良し悪しだな……空気を読めないというのはAIの致命的弱点だ」

「いや(むし)ろ空気を読んだんじゃないですか? この親にしてカデ子ありでしょう」

「そういえば空中と水中における機動データの蓄積と最適化をカーディナルがしていたが」

「カデ子さんマジ天使」

 

 不具合ということでさっさと改良版ナーヴギアを回収したアーガスは旧型ならば危険はないと発表、ユーザーには登録されていたデータを移し替えた新品を送ることを約束した。彼らの全員が仮想世界に戻ることを選択するとは思わないけれど、茅場先輩としても再び足を踏み入れてもらうことには賛成だったのだろう。

 

 レクトでは出力を下げた廉価版のアミュスフィアを販売、手が届かなかった購買層への普及を狙っている。時限式の強制ログアウトや感覚カットの制限、搭載されたカメラの映像を仮想世界でも同期して確認できる仕組み、その他諸々の機能をストレア達の手も借りて完成させたのだ。アミュスフィアの設計自体は早かったのだが調整に時間がかかり過ぎ、結局仕上がったのは年が明けてからという大誤算だった。

 

 大誤算といえばもう一つ、ALOの構築に社員達が凄まじいやる気を発揮した。SAOに追い付け追い越せと燃えているレクトは解るが、アーガスもだというのだから不思議だった。

 

「アーガスはSAO手掛けたじゃないですか」

「だってアレ茅場が一人で作ったやつだし」

 

 とのことなのだ。アーガス社員だってゲーム会社の一員、VRゲームともなればやる気もアイデアも一入(ひとしお)だった……のだが茅場先輩のアイデアが固まりすぎていた&完成していたために手が出せず、泣く泣くデバッガーを務めていたという。

 

 そうしたら提携先のレクトでは負けず劣らずのVRMMOを作っていて、しかも社員のアイデアが採用されて製作に参加できるというのだ。我慢なんぞできる筈がなかったのである。

 

 そういう訳で盛りに盛られたデータの山をむしろ減らして形を整えて、ALOをようやくリリースできるようになったのも年明けなのだ。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

 祝ALO本サービス開始ということで三人娘を集めパーティーをすることに。そうして仮想空間に四人で集まってみると、案外お互いに知らない組み合わせは残っているもので。

 

「じゃあ、わたしが音頭を……乾杯!」

「乾杯」

「カンパーイ!」

 

 グラスをカチンと合わせている三人娘、アスナとシノンとユウキは、実は初の全員集合だというから驚きだ。てっきり会わせた気でいたのにアスナとユウキは初対面だったのだ。そして……

 

「まぁ挨拶代わりにとりあえず────決闘(デュエル)しようか、お姉さん」

「その構え……解ったわ。それじゃ────閃光のアスナ、参ります」

 

 いきなり斬り合いを始めたのだ。細剣と片手直剣の、刺突と斬撃の応酬で砂ぼこりが舞う。妙に据わった目の二人から慌てて離れ、唖然としている僕にシノンはじとっとした目を向けてきた。

 

「こうなることは予想できていた。大体すごーさんのせい」

「え?」

「ユウキの前でアスナの話をしたり、アスナの前でユウキの話をしたりしてた」

 

 面識のない女の子の話を、自分といるときに散々されたらどう思う? と聞かれ、確かにそれはデリカシーに欠けると自分でも思った。いや、二人とも仲のいいイメージが強かったから、てっきり既にそうだと思い込んでいたのだ。

 

 というか何故二人はソードスキルの動きをしているのだろうか、アシスト機能は働いていないのに……アスナはまぁ、体感にして二年程をSAOで過ごしたから動き方が染み込んでしまったのだろう。ユウキは……流石に格好いいからというだけで選択はしない筈だが。

 

「ソードスキルの構築は人間に馴染んだ動きを拡大したものだから、アシストがなくてもそのまま型になるって」

 

 ユウキが言っていたのをシノンも真似て、射撃のスキルをアシスト抜きで再現中だそうな。

 

「君達はいったいどこに行こうとしているんだ……?」

 

 ふんす、と得意気なシノン。君達は新人類にでもなるつもりなのかい?

 

 アスナが踏み込みと共に放った刺突、フラッシング・ペネトレイターだろう?

 

 それにユウキが合わせた単発重突進、ヴォーパル・ストライクじゃないか?

 

 剣先同士の衝突はお互いを弾き飛ばす。先に建て直したのはユウキ、右上段からの袈裟斬り──迫る直剣の切り下ろしに細剣を滑らかに合わせいなし、ユウキの剣を外へ流しつつ細剣で首を狙うアスナ。点の攻撃を、突きを流されている筈のユウキは首を傾げるだけですり抜ける。そして正面衝突した……が、倒れない。

 

 外へ流されてしまった剣を引き戻す動きでユウキは四連撃、ホリゾンタル・スクエアの軌道を描く。舞うように四方から斬りつける直剣を、アスナは地に体を伏せ……全てを上方に見据えて打ち落とした。もうすべての攻防がこのような感じなのだ。いつ終わるの? 誰かが止めないと終わらなくない? 誰かって誰、僕は嫌だよ。

 

「シノン、頼んだ」

「仕方ない、ご褒美は期待しているから」

 

 そう言うと三種二本ずつの六矢をおもむろにつがえ、弓を引き────ほぼ同時に放った。

 

「きゃっ!?」

「あ痛っ!」

 

 双方に直撃、舞い上がった煙が晴れる頃には地面に二人が……麻痺状態で寝転んでいた。

 

「全く、回避を(おろそ)かにして剣で切り落とせばいいとか考えてるからそうなるのよ」

「いやシノン、二人の脚を狙い射って跳躍させた所に二射目を放って、空中だからやむなく切り払った所に三射目を直撃させたよな」

 

 一射目は二人が剣を弾かれ合ったタイミングで体勢が崩れ、上に跳ぶしかない所を撃ち。

 二射目は速く重い矢を放つことで回避をさせず、切り払う剣すら弾く衝撃で完全に余裕が消え。

 三射目は何とか二人なら切り落とせるスピードでわざと撃つ。しかも(やじり)は麻痺毒仕込み。

 

「ひ、ひどいよ詩乃のん!」

「シノンは一体どっちの味方なのさー」

「私は私の味方、それ以上でも以下でもないわ。すごーさん、争いを止めたから褒めて」

 

 あっ、という二人の声を無視して頭を差し出すシノン。いや久しぶりだ、こうして撫でるのも。

 

「こうして仮想世界で撫でるのもいいけど、やっぱり僕は現実の方がいいな」

「じゃあ、現実でも撫でてくれて構わないわ」

 

 目を閉じて、普段の張った気を緩めている様子は可愛らしい。例え……一射目(牽制弾)から順番に放つ筈の矢が、実際は三射目(麻痺弾)から撃ち始めて二射目(衝撃弾)、最後に一射目(牽制弾)を撃っていたとしても、まるで詰め将棋の(ごと)きソレを二人分並行していたとしても可愛らしい…………そんな感想で終えたいんだ。

 

「それで、わだかまりは溶けたのか?」

「ないよそんなの元から。ただ剣を交わして友情を築いただけだもん。ねーアスナ?」

「うん。ユウキはアレが挨拶って言うし、わたしもSAOで似た……ううん、なんでもないから!」

 

 ぐぎぎ、と麻痺のままに上体を起こして立ち上がりかけている二人。システム的にほぼ身動きできない筈なんだけどなぁ……メニューを操作して状態異常を解除すると速い速い、あっという間に駆け寄ってくる。

 

「それですごーさん。ボクとアスナとどっちがスゴかった? 勿論ボクだよね!」

「ま、まぁ結果は聞くまでもなく明らかだけれど、やっぱりわたしも言葉にして欲しいし」

 

 どういうことだ、僕の常識では二人とも天元突破していたのだが。子供は褒めて伸ばすと言うけれどこれより更に伸びてしまっていいのだろうか? 未知を求めて進むことに危機感を覚える今日この頃である。

 

 

 

 

 

 ALOで選択する種族を猫妖精(ケットシー)にするから確かめて欲しいというシノンのお願いに頷いて、猫耳と猫尻尾のモーションや感覚伝達をチェックしている僕達を隠れてガン見してきたアスナとユウキは、いったい二人で何を話し込んでいたのだろう。


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