「オフ会?」
世の学生達は夏休みを満喫している頃。明日奈が口にした言葉は僕に馴染みのないものだった。
いや、意味するものは理解しているのだ。だが僕の参加しているゲームは0、ゲーム仲間も……なんだか悲しくなるが、ALOのGM業務が忙しいので他に手を出せないのだ。勝手知ったるALOはプレイヤーになったら
母の危なげな手付きにハラハラしながら指導をしている詩乃の後ろ姿を眺めながら、夕飯は何だろうかと気を抜いていた折。オフ会が僕に無関係という予測は正しく、同時に間違っていた。
「SAOのオフ会なんだけど……あのね、ヒースクリフ団長……茅場さんも是非参加して欲しいって話になったんだけど、誰もツテがなくって」
バツが悪そうに頬を掻く明日奈。
「なるほど、僕をダシにして先輩を呼びたい訳だ」
「う、うん……ご免なさい、利用するみたいで」
「いや? 気にしてないよ」
確かに先輩を誘える人間はなかなかいないだろう。プレイヤーでは連絡手段すらなさそうだ。
「いいよ、後で話を通しておこう。引きずってでも連れていくさ」
「ありがとう……で、でもね」
「ん?」
「わたしはすごーさんが来ていいと思うから」
ちょっとジンと来た。そう言ってもらえると嬉しい、実は除け者気分で少し寂しかったので。
「それに製作側の話を聞きたい人もいるだろうし」
「あー、SAOにも少しだけ関わったからなぁ。メインはALOだけど、知りたいことでもあった?」
「それはわたしじゃなくて……と、とにかく待ってますからっ」
走り去ってしまった明日奈、今日は夕飯を食べていかないらしい。高校に上がってからというもの、家に来る頻度も減って何だか寂しい……ってそれはいいんだ。当日の格好はどうするかな……
☆ ☆ ☆
やって来ましたダイシー・カフェ、店長のスキンヘッドが輝いている。既にSAO経験者達の輪があちらこちらに出来ていて、中でも茅場先輩……ヒースクリフを囲む輪が一番大きい。
近況を報告しあい、かつての冒険を語り合い、肩を組み酒を飲み交わす。仲間としての感覚というのか、アバター姿でないだけで今ここがかつてのアインクラッドだと言われても納得してしまいそうだ。彼らを外側から眺めていて思うことはやっぱり────
「羨ましいな……」
「えっ?」
僕が言ったんじゃないよな、と。ふと聞こえた呟きに左隣を見ると、どうやら輪から離れていた彼女が発した言葉らしい。両手にグラスを持ち椅子に腰掛けている少女は
「リーファ君、だったかな? すまないね、オフ会の作法には詳しくないんだ」
「い、いえいえあたしも初めてですから。どちらの呼び方でもいいですよ」
最初の軽い自己紹介でキリトこと桐ヶ谷和人の妹を名乗ったリーファこと直葉。学校の制服で来ているあたりは作法に困ってのチョイスなのだろうか、少し親近感が湧いた。
「あの……あなたはSAOには触れたことが?」
「製作側で少しね。SAOはプレイしていないんだ」
「そう、ですか……あたしも、VRはALOが初めてで」
だからなんか仲間はずれに感じちゃって、とおどけて見せる彼女は、多分その実、泣いていた。
βで少しは触れた僕ですら、体感二年を過ごしたSAO経験者達に距離を感じるのだ。彼女ならば言わずもがな、だったのかもしれない。
「君は、お兄さんと同じものが見たいのか?」
「そう思ってALOに一緒に参加したんです。同じ時間を過ごせるって、喜んで……だけどこうしてあたしの知らない人達に囲まれているお兄ちゃんを見ると、思っちゃうんですよね」
遠いなー、って────その様子は迷子のようで。
「城の舞い戻る日が、来たのかもしれないな…………約束しよう、リーファ君」
「えっ?」
「君はきっとお兄さんと同じ場所で、同じものを見るだろう。君は何を感じるのか、楽しみだ」
そのときは近い、楽しみにしていてくれ……と伝えて席を立った。
「須郷さんは、どうしてALOを創ったんですか?」
なんかキリト君にロックオンされている件について。僕が何をした……色々したわ、うん。話をする相手も特におらず、リーファ君の横に戻るのもどうかと考えた僕。賑やかさに疲れて中心から逃れ出た者達の場所に引っ込んでいたのだが、彼の索敵スキルはカンストしていたらしい。
「なぜ、か……とても一言で表現はできないよ」
それでも構わない、と食い下がる様子。ここに来てから彼と茅場先輩は結構話していたが、どうやら本気で尊敬している気がするのだ。その繋がりで変な幻想を抱かれているのかもしれない。
だとしたら申し訳ない。僕は多分、周囲に思われているよりもVRに対して夢を見ていないから。
「僕は今の仮想世界を、現実世界のコピーだと考えている。それも発展途上の」
「コピー、ですか?」
「現実世界の枠や法則から自由になれる異世界……それもいいだろう。だがそのためにはまず現実の法則を理解し、掌握して再現できるということが前提だ。できないからやらないというのは不自由だよ、それではいけない、できるけどやらないというのが自由なんだ」
現実の法則の何を削り、何を残し、何を加えるか。判断するためにまず現実を知らなければVRは話にならないのだと、ここ数年の経験で僕は知った。多分、茅場先輩もそう感じたから色々な場所に足を運ぶのだろう。
「現実と瓜二つの仮想世界を創ることができて初めて、僕達は既存のモノから逸脱した未知へと踏み出すことが出来る。人が未知を求める様は逃避ではなく、挑戦であって欲しいんだ」
だからこそ僕達は現実の後追いと再現に窮々としている。その先に未知なるものが現れると信じているから……というか現れてくれないと困る。僕が間違いなく先輩の生け贄に直行してしまう。
「こ、この話題はもういいだろう。折角だしアインクラッドでの話を聞かせてくれないか?」
精神安定のため強引に話題を転換してしまう。それに生の話を聞ける機会なんぞ滅多にない。茅場先輩がいるだろうって? あの人ああ見えて興味あることは話が長いんだよ。自慢話だし。
聞いてみると色々な話題が出るわ出るわ、もう年がら年中キリト君は事件に突進していたんじゃないかと言いたくなるレベルで巻き込まれまくっていた。
「なるほどなぁ、とはいえ妹に似ている……似てるか?」
「いや、俺あんまり妹と話せてなくて、本当に小さな頃の印象しか残ってなかったんだ」
剣道を一緒にやれていた八歳ぐらいの、と弁解する彼。兄の後ろを追っかけてくる妹という感じだったのかな、その当時だと……とはいえ。
「流石にその真実をシリカ君に話すのは、止めておいた方がいいな」
やっぱり? と口端をひくつかせる辺り、本人も察してはいるらしい。真実は時に人を傷付けるのだ……七歳の直葉に似ていると言われたシリカは現在中学一年、乙女的には納得し難いだろう。
「ユイのこと、ありがとうございました。もう会えないかもって思ってたんです」
「彼女自身が望んだことだ、気にするな……ユイ君は元気にしているか?」
「え、ええ、元気ですよ、元気過ぎて」
へへ、と目をそらす和人。どうやら色々と苦労しているらしい。
ログイン中ずっと一緒にいるのは大前提、戦闘時はともかくとして日常では人並みの大きさで生活するものだから周囲の目が集まることに。二人並ぶと兄妹に見られることもしばしばなのだが、そこで問題が。
「お兄ちゃんの妹はあたしだけっていうリーファと妹じゃなくて娘ですって訂正するユイと、二人に挟まれた俺に向けられる視線が、その」
爆発しろ! ならまだまだ優しい方らしい。なんというか、御愁傷様である。
「ユイ君はまだまだ成長期だからなぁ……人肌恋しいんだろう」
「あなたも、ユイ達を人として扱っているんですか?」
「んん?」
「いや、SAOにいたときからNPC達の反応に驚かされることが多くて……まるで人間みたいに」
そう口にする彼は何を思い浮かべているのか……哀愁が漂っていた。
「ボスを狩るためにNPCを犠牲にする、多分それをよしとするプレイヤーがほとんどなんだ。でも俺は嫌だと思って、けれど説得できる力はなくて……そんな俺がユイの父親をやっていて」
「キリト君。仮想世界が現実のコピー途中だというのは、AIにも当てはまるんだ」
「それは、どういう……ユイには既に個性も自我も存在している」
「そのように感じられるだけさ。あの子は膨大な応答パターンによって自然さを獲得したんだ」
ユイがアインクラッドで過ごした日々は僕も見せてもらったことがある──
彼女は自分の流す涙を見て自嘲していた。全部作り物のニセモノなのだと泣いていた。「こういう時には悲しみの反応を返すことが正しい」から「涙を流し、表情を歪めて悲しみを表現する」というプログラムが自分の中で遂行されていることが分かって、そのことが悲しいのに、その悲しみすらも規定されたプログラムで動作させるしかない自分の存在に泣いていた。
「涙した彼女を抱きとめたのは君だ、キリト君。だから僕達はユイを君に託したんだ」
「俺はあの時そんなことを考えてはいなかった、ただユイと離れたくなくてっ」
「自然にそう思える人間は少ない。AIは人の真似をする道具、そういう見方が一般的だ」
人は強欲にして臆病で、人工知能に権利を認めればその分だけ自分達の権利が減少すると考えてしまう。そんなゼロサム的発想は、あながち間違ってもいない。僕らにしてもカーディナルシステムやAI達の力を借りてVRMMOを運営できているのに、彼女達に何一つ報いていない。
ストレアとの会話はカーディナルも把握しているだろう。果たしてカデ子と僕が呼ぶ彼女は何を思っているのか。
「仮想世界にしかない価値や意味が生まれたとき、AIは人の真似ではない
「依って立つもの……ユイ達のアイデンティティーとなる何か、それを見付けるために?」
「最初はそんなこと考えもしていなかったんだけどね」
彼女達が発見や発明を手掛け、楽曲や図書を成したとして、権利主体として保障されるのか? 人間の意図しないものを作った際、付随する権利と義務、利益と責任はどこに帰属する?
今はまだ表面化していないが、いずれ必ず問題になる。そして実感をもって解決に取り組めるのはAIに人間性を感じたことのある者──キリトのような人に限られるのだ。
「人とAIの関係は利益や権利を奪い合うだけではなく、+αを生み出せる筈なんだ。仮想世界が現実に追い付き既知が枯渇したとき、仮想世界にしか成せない価値を見いだした暁には」
「AIは人に依存しない個と権利を持つ、と?」
「その実現は君達に任せるよ。僕は茅場先輩の相手で手一杯なんだ」
「ここまで話しておいて!?」
仕方ないだろう。じゃあ僕の代わりに先輩の相手を務めてくれるのかい?
いや……いいアイデアかもしれない。彼は結構なパソコンマニアにして生粋のゲーマー、VR適性も高い上に茅場先輩との付き合いもそこそこある。まさにうってつけの人材じゃないか!
「応援しよう、キリト君が茅場先輩と対等にやりあえる未来が来るように」
「あ、ああ……ありがとう?」
ポカンとした様子、だが彼を逃がしはしない。ここぞとばかりに僕は先輩のエピソードを教え込んでいくのだった。願わくば先輩の翻訳を彼が出来るようになるように。
★ ★ ★
「茅場さんは、どこを目指しているんでしょうか?」
「こればかりは憶測も混じるが、現実から仮想を独立させたいんじゃないかな? アインクラッド──An INCarnating RADiusは現実の介入を全て排除できる世界だから」
そう語る彼に和人は尋ねた、「あなたは?」と。
「方向性が少し違うかな……今は現実と仮想の融和を目指している。分離させる方が良いのか分からんし、まだまだ手が掛かる子ばかりだから」
苦笑する彼にこそ和人は聞きたかった。彼らの思惑を。仮想世界の現在と未来の青写真を。
彼を和人が知ったのはキリトとしてSAOにいた頃だ。あるときヒースクリフに尋ねた、現実世界の肉体はきちんと維持されているのかと。現実面でのタイムリミットは何年なのかと。
──須郷君がいれば問題あるまい。
メディキュボイドやジェルベッドの改良に携わった彼が、放っておくとは考えにくい。それこそ五年だろうが意地でも保たせるだろう、と──信頼を漂わせたのだ、あのヒースクリフが。
──だから安心してゲームに専念できるという訳だ。
茅場の隣にいる人物とは何者なのか。ALOをプレイしてSAOとはまた違う衝撃に襲われた和人は知りたかった、この世界を創った人物は何を見ているのか。
その答えは必ずしも仮想世界に軸足をおかない、いやむしろ現実世界に重点を置くものだった。
もし仮想世界で何かを楽しいと、興味深いと感じたプレイヤーは現実世界で同じことをしてみるだろう。きっと違いをプレイヤーは感じてしまうだろうけど、そのフィードバックを得て仮想世界は更に完成度を上げる。
「一人一人の体験や関心が仮想世界を育てていくんだ」
1ユーザーに過ぎないプレイヤーの経験と感覚を取り込んで向上していこうとする貪欲さ。それは美麗なグラフィックや自然なモーションに目を奪われている一般人には想像も着かない世界。
「そうして現実と遜色のない異世界ができ上がったなら、仮想世界にしかできないこと、成し得ないものが見えてくる。随意飛行は一足早いフライングみたいなものだ」
確かに随意飛行はあの世界でしかできないだろう、それは和人とて思う。あの経験だけでも仮想世界の魅力は人々に伝わる、それ程に甘美で未知の体験なのだ。その更に先にはいったい何があるのかとワクワクしてしまう。だからこそユーザーからレクトへの要望はとても多い。
「あ、そうだ。僕も君に聞きたいことがあったんだ」
「はい?」
この男が質問って何の冗談だ、内心パニックを起こしかける和人に構わず問いは発せられた。
「和人君、いや
視線の先にはエギルやクライン、シンカーやユリエールといったSAO内でキリトが関わった人々。そこには同じ時間を過ごした者達特有の、連帯感のような空気ができあがっていた。
──ヨルコはどこだって? カインズさんよ、ここはカフェだ、港でも
──エギルよぉ、そう邪険にすんなって。さっき外に……行っちまった。ったく彼女持ちは!
──はは……まぁ入籍もそれはそれで苦労がありますよ。僕もまだ現実に慣れるのが大変で……
──シンカー、あまり大っぴらな吹聴は……いえ、嫌な訳では、え? 皆で乾杯? えええ!?
そこには苦楽を共にした者達の、ある種の共感や連帯感のようなものがあった。SAOで会ったことのない相手でも、あの厳しい世界を自分と同じく生き抜いたという仲間意識が存在した。
「それは、やっぱり実際に体験してみるしかないんじゃないかと」
ということでキリトにはそうとしか言いようがないのだ。経験者しか実感しようがない、と。
なのだがどういう訳か、その答えに相手は感銘を受けたように震えていた。
「そうか……そうだな、まず自分が楽しまなければ。ありがとうキリト君、目が覚めた思いだ」
「や、やめてくれ、俺の方こそ感謝してるんだから!」
「ん? まぁいいや、是非とも先輩を倒せるくらいに強くなってくれ」
「は、はい? 俺が? どういう意味で!?」
手を握られて
帰宅してALO入りしたキリトはユイにその日のことを伝え、訊ねた。ユイはどうしたい──と。
「わたしは……わたしもパパと同じものが見たいです。こちらだけじゃない、外の世界も」
「そっか、じゃあ頑張らないとな」
茅場晶彦を頼りアーガス社へ向かう和人が視聴覚双方向通信プローブ、現実仮想間の映像と音声をノータイムでやり取り可能な機器を組み上げるまで一ヶ月。和人はALOへのログイン時間をも減らして開発に没頭することになる…………のだが今は。
「パパ、わたしと同じことをリーファさんも感じた筈です。SAOのオフ会で、SAOの経験を持たないリーファさんはきっと、蚊帳の外だったでしょうから」
「あ゛っ……ゴメン、急いで謝ってくる」
「世話の焼けるパパですね、もう……いってらっしゃい」
一秒でも早く妹の所にたどり着く方が先だった。
☆ ☆ ☆
「それで何か進展はあったの?」
オフ会に参加していたのは男性陣だけではない、人数は少ないものの女性陣も足を運んでいる。ギルバート、プレイヤー名エギルの奥さんの料理を囲み、なかなかリアルでは顔を合わせることのない者同士で会話を楽しんでいた。
明日奈もまたSAO時代の友である
「なーんにも。あ、片手剣のオーダーメイド注文が来たわね、うん」
「あたしは、えぇっと……そう、ピナをユイちゃんに会わせる約束を!」
それらは進展と呼べるのだろうか、と口にしたいのを抑えて話を聞く明日奈。彼女もまたALOのプレイヤーだが、なにも四六時中リズベットらと行動を共にしている訳でもない。高校生になって減らざるを得なかったログイン時間は貴重なのだ。
「オーダーメイドって、ダークリパルサーみたいな? もう作れるの?」
「まだまだ、スキル上げにも素材が不足でね……
「
ふと以前耳にしたことを思い出す明日奈。だがその情報は火に油だったようだ。
「それがさ、安く仕入れて安く売るのがウチのモットーでね、とか言うのよ!」
「つまり、充分安くしてるから値下げはしないってことですか?」
「それはまた……仕方ない部分もあるから困るわね」
奥さん、旦那さんにお客を大事にって伝えてください! というリズベットの頼みに柔らかく笑うエギルの妻。SAO事件で一時的に混乱していたエギルを支えながら一人で店を切り盛りし続けた貫禄、大人の余裕があった。
「最近は
「あ、聞いたことあります。一人で奥地に突撃して高級素材を持ち帰ってくるんですよね!」
「え、そんなプレイヤーがいるの?」
モンスター集団に突撃しては大剣を振り回して吹き飛ばし、重さも感じさせず踊るように斬り飛ばしていくのだそうで。
「手合わせしてみたいわね……けど何だかんだ二人とも、キリト君の所に押し掛けたんでしょ?」
「そう、そうしたら謎の金髪美少女エルフという伏兵がいたのよ!」
「キリトさん、あたしと妹が似ているって言ってくれたのに……嘘だったんでしょうか」
実際のところ、和人の記憶に残っていた直葉の姿は交流を断つ前のものなのでだいぶ昔、それこそ和人が八歳で直葉が七歳の頃になる。その頃の幼い妹とシリカは、和人の主観では似ていたのだ。何がとは本人も言わないし、それを知ったシリカが納得するかは全く別の話だが。
「でも妹さんでしょう? あまり気にしなくても」
「甘い、甘いよアスナ。あの子のスキンシップにキリトは
「ええ? でも義兄妹でもあるまいし……あり得ないとは言わないけど。シリカちゃんは?」
「あたしは……キリトさんには妹さんがいるから、居場所が見付からなくって」
むーん、と三人して何とも言えない空気になるテーブル。雰囲気を変えるべく里香が発したのは、いつか絶対に明らかにしてやろうと思っていたことだった。
「そういうアスナはどうなのよ」
「わ、わたし!? 特に何もないわよ?」
「嘘です。アスナさんの鉄壁ぶりはSAOの名物でしたもん」
「あ、あれは…………」
「それと、アスナ様はゴスロリの方が似合うぞー、でしたっけ」
数少ない女性プレイヤーかつ容姿に優れ、性格も悪くなく攻略組の実力者。人気が出ない筈はなく、悪乗りしたヒースクリフによって血盟騎士団公認のファンクラブまで出来たのだ。まぁお陰で過激な活動は抑えられたものの、マネージャーの
つ、と視線が泳ぐ明日奈。その様子を見てとり目線の先を確かめた里香の顔には笑みが浮かぶ。
「何よどこ見て……はっはーん、さてはアンタもキリトのこと……」
「違う違う、そうじゃなくて」
「じゃあどういうことなんですか? あたし、気になります!」
「あ、あう……えっと、折角だしキリト君に話し掛けに行こう、うん、それがいいよ!」
押し切る形で二人を立たせ、こっそりと近づく明日奈。隠蔽スキルはSAOでお手のもの、視界外から接近すれば気付かれることはまずなかった。
そうして盗み聞いてしまった須郷と和人の話を、三人は明らかに持て余してしまったのである。
「ねぇアスナ、あたし……」
「うん、なんというか」
「考えもしてなかったです」
偶然耳にしてしまった内容に少女達は影響を受ける。会話相手だった和人が普通に言葉を交わしていたように見えたことも拍車を掛けた……
「どうでもいいと思うよ?」
「あ、アスナさん……」
「どうでもいいってアンタ」
「だって彼は、どんな願いも頭ごなしに否定しないもの」
幼い頃から彼に親しんでいた明日奈には、幾分か知っていた雰囲気だったから。時おり見せる真剣さと言動は、他人を傷付けることを意図したものでは決してないと知っていた。
「それにわたし達があの世界で経験したことだって、彼にとっては想像もつかないんだから」
和人の話を聞いて楽しそうにしているあの雰囲気を、かつて物語の続きをねだりながら自分も向けていたのだろうか、なんて考えて慌てて頭を振る明日奈。今はその話ではなかった。
「だからむしろ、驚かせるくらいで丁度いいのよ。あの人は、私達が自分の足で進むことを望んでいる……そんな気がする。手は貸してくれるけど、代わりに願いを見せて欲しい、みたいな」
うん、と一人頷く明日奈。自分でもしっくりいったのか、その顔付きに二人は何を思ったのか。
「それにしてもアスナ、あの人のことよく知ってるみたいじゃない。しかも彼って」
「もしかして例の婚約者さんですか?」
「いきなり元気になったわねアナタ達!?」
ジュースをお代わりしてまで続けられる尋問会の末、明日奈は事情をそれなりに話さざるを得なくなった。それによって更にヒートアップしそうな二人をSAO時代の「閃光」を彷彿とさせる瞳で縫い止め、
★ ★ ★
「現実の肉体を維持するのはすごーさんに任せておいて大丈夫だって団長が言うから……てっきりもう隅々までわたし見られちゃったのかと思って」
「それであの、責任取ってに繋がったのか」
モンスターを殴り硬直させてスイッチ、入れ替わりに刺突で仕留める前衛二枚のコンビネーション。手慣れた様子のアスナとならば、話をしながらでも狩れるくらいに楽ができる。
彼女達と同じものを見たいという欲求を叶えるにしても、時は戻せないしALOはデスゲームにしたくない。ならば同等のものをALOで実現するしかあるまい──ということでまず、あのオフ会の後、僕は遅ればせながらアインクラッドを体感している。
SAO事件と同じデータは残存しているので第百層までソロで駆け上がってやろうと意気込んでいたのだが、どこから聞き付けたのか三人娘と茅場先輩が押しかけてきた。
「わたしと同じものを見たいってこと……? うん、復習は大事よね!」
「私も興味はあったから、ぜひ実際にやってみたいんだけど……駄目?」
「ボクだって仲間はずれはイヤだよ! もっと近接戦の腕を磨きたいし」
血盟騎士団団長、神聖剣のヒースクリフが仲間になりたそうな目でこちらを見ていた……というのは全スルーして、時々は彼女達も交えて高速攻略に
そうして始めてみると強い強い。アスナは細剣でユウキは直剣、シノンは弓矢と卓越した技量がある。突き、斬り、射つの三拍子が揃っているので残る役割が壁くらいしかないという悲劇。
アスナが折々に語ってくれる思い出話を聞いている時間の方が充実しているのではなかろうか。そんな僕はモンクタイプのタンクを務めているのだ、ソードアート・オンラインなのに。
「WRYYYYYYY!」
「すごーさん、わたしその叫び声キライ」
「すいません」
つい発した
弾き、いなし、
「これソロだとキツいこと多いだろう。NPCの傭兵システムとかあってもいいんじゃないか?」
「それをするとプレイヤー同士で協力する必要性が減っちゃうけど」
あぁ、それはそれで問題か。茅場先輩は解らないけど僕自身はパーティープレイ推奨でALOを作っているから。ソロが好きならスタンドアロンRPGで充分な訳で、交流があってこそのMMOなのだ。
まぁ人並みにスムーズな動きと思考を可能なAIは限りがあるから、実装できても数少ない人工知能キャラクターということになるだろう……という所でアスナは何かに気付いたようだ。
「ねぇ、このアインクラッドにいるNPCのAIはわたし達の経験したSAOと同じなのよね?」
是である。茅場先輩の「必死の救出活動」とやらのお陰で。
「わたしが関わった闇エルフのNPCというかモンスターが、その、すごく人間臭かったの」
彼女もアルヴヘイムに連れていけないかな、とお願いしてくるアスナ。こうしてまだできてもいないスヴァルトアールヴヘイムの住人第一号、