強くないのにニューゲーム   作:夜鳥

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light your sword

「姉ちゃんがリーダーのギルド?」

 

 秋も深まってきた頃、木綿季は港北病院に入院していた。とはいっても来年から中学生となるにあたって健康状態を把握しておくための検査であり、姉の藍子も同様に宿泊準備をしてやって来たのだ。そして到着後、準備が整うまでの時間で出た話題がギルドだったのである。

 

 ナーヴギアとアミュスフィアの発売以降、アーガスやレクトに限らず様々な会社からソフトは発売されていた。勿論ユウキもそれらに興味を持ち遊んでみたことはあるのだが、やはり開発段階から関わっている愛着が彼女をALOに入り浸らせている。加えて完成度の面でもALOは群を抜いており、匹敵するものはそれこそかつてのSAOしか存在しないと語られる程なのだ。たまに別の味を試したくなりはしても、普段の食卓には慣れた味が並ぶものである。

 

「姉ちゃん、本格的にALOに参加するの?」

 

 藍子、プレイヤー名ランはVRホスピスで出会った仲間と様々なVRゲームを渡り歩いていた。ALOを避けていた理由、それはメンバーの抱えた事情、あまり大勢との接触を強いられるゲームに最初からは参加しづらいという内心があったからだ。ユウキ自身も一度誘われたのだが、アルヴヘイムで決闘を積み重ねるのが楽しかったこともあって断っていた。

 

「そっか、じゃあボクが先輩だね。まずは随意飛行のマスターから始めるんだよ!」

 

 久々のメディキュボイドに身を任せ、各種データを取る間にユウキの意識はセリーンガーデンへ。そこで顔を合わせたシウネー達と意気投合し、スリーピング・ナイツの一員となった。

 

 小柄な火妖精(サラマンダー)からあがり症の工匠妖精(レプラコーン)まで、てんでバラバラの種族を選んだ彼らはどこを開始地点にするかでまた時間を食い、とても賑やかにALOを開始する。ユウキにとってその時間はとても楽しくて、満たされて、既知感があって、安心できるものだった。安心できるものだったのだ。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

「進路指導……? いえ、意味は解るけれど、どうしてそれを私に聞くの?」

 

 ALOの開発を手伝って以来、詩乃には余裕というものが生まれた。自分にもできることがあるという経験が自信を生み、己の価値をひとまず実感することができたのである。すると不思議なもので、学校においても詩乃に話しかけてくる人間が出てきたのだ。

 

 最初こそお互いにおっかなびっくりであったが、回数を重ねる(ごと)に慣れはできるもので……詩乃の冷静さと大人びた(たたず)まい、時おり見える熱さは同年代の気を惹くに充分な魅力だったのである。

 

「一緒に考えて欲しい? そう言われても……私だって決まっている訳じゃないし」

 

 親友、という程ではないが女友達と共に過ごすこともあったのだが、伴って増えたのがお悩み相談である。恋愛、友人関係、勉強に進路と事例には事欠かない。彼女の生真面目さも理由だった。

 

「話を聞いていると、既に気持ちは固まっているように聞こえる。ならそれは話す相手が違うわ」

 

 頼られ具合から、実は五歳くらいサバを読んでいるんじゃないかと溢す者が出るほど。その少年には冷たい視線を浴びせ、詩乃は今日も相談を(さば)くのだった。

 

 自分の進路はどうしようか、頭を悩ませながら。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 ALOの運営を開始してから半年以上が過ぎ、そろそろ茅場先輩の我慢が限界に近付いてきた。

 

 味覚エンジンの改良にメドがついたのか、ことある毎に「あの頃が懐かしい」とか「そろそろ新しい刺激が欲しくないか?」とか呟くのだ、あの人。まぁ気持ちは分かるのだが、問題はいつどのようにALOをバージョンアップするかである。

 

 先日やっとこさアインクラッドの第百層までを踏破した僕達。とはいえボス戦は抜きなのだが、やってみた感想は確かにSAOは徒歩前提で構成されているということだった。一度SAOをクリアまで経験したプレイヤーは果たしてもう一度の踏破をしたがるだろうかと首を捻ったのである。

 

 SAOの経験+ALOの経験+飛行=強くてニューゲーム、これは果たして面白いのかどうか。

 

 僕ですら「え?」という感想を持つのだ。途中で脱落してしまったSAO経験者なら話は別だが、コアなプレイヤーには楽しんでもらえないだろうこと間違いなし。

 

「という訳で裏SAO作りましょう、経験者用に」

 

 そう伝えてから茅場先輩はフルダイブして帰ってこなくなった。まぁサーバーを確認する中で見つけたホロウ・エリア、つまり正式採用されなかったマップや装備データの裏倉庫には山のように試案が転がっていたので、そちらを上手に組み上げれば第一層からSAO換算にしてレベル百越えを要求する鬼畜魔王城が完成するだろう。

 

「問題は滞空制限を解放するためのグランドクエストをどうするか、だ」

 

 現在の滞空時間は十分がいいところだ。アインクラッドは世界樹の上空を浮遊することになるので、まぁ当然のごとく不足している。イカロスのように途中で落下するのが見えていた。

 

 プレイヤー達も飛行の感覚には慣れてきたようで、このところ一番の要望は滞空制限の撤廃である。随意飛行習得者はまだ少ないが、制限を廃すること自体に異存はない。別種族の領地と行き来を気楽にできる程度にはなった方が、今後の人気と発展も続くだろう。

 

 では何に悩んでいるかというと、僕にとって変な固定観念があるからだ。

 

 グランドクエスト→蜂の巣と守護騎士軍団→玉座でオベイロンと握手→アルフに進化、と。

 

 間違いなく一大イベントになるコレを適当に済ませることはGMとして認められない。だからそれこそ全種族が束になって挑んでくるレベルのクエストにしたいと思っている……のだが。

 

 では内容と告知方法をどうするのか、というのはこれから決めねばならないのだ。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

「人生相談?」

「違わないけどちょっと違うわ、正しくは進路相談」

「あー、詩乃も来年は中三か……もうそんな時期か」

 

 こくり、と隣に座って頷く詩乃。眼前のテーブルには進路指導の紙が一枚置かれている。

 

 もうそんな頃か、子供が大きくなるのは早いな……なんて考えて実年齢はそこまでじゃないことに気付く。自分の腹を痛めて産んだ──表現は変だが──訳ではないのだが、どうも父役を会ってからずっと続けているので感覚が染まってしまっているのだ。気を取り直して尋ねる。

 

「詩乃は、どんな道があると思う?」

「地元に戻るのはなしで」

「あ、うん」

 

 いや選べたらすごい成長だとは思うけれど、戻った所で詩乃に得るものはないだろう。流石にその選択肢を提示するほど僕は鬼畜ではない……いや、そう思われているのか? 違うといいなぁ。

 

「ALOのデータ取りに(たずさ)わって、私もこんな世界を創ってみたいと思ったのよ」

「最初はそうだったね、ユウキに広い世界を見せてあげたいって」

「そう、でもそれだけじゃない。何て言うのか……作る楽しさ? みたいなものがあって」

 

 つっかえつっかえ言葉を繋げていく詩乃。あまり喋らない、口数の少ない子だったけれど明日奈や木綿季と触れ合う中でだいぶ言葉も増えたし表情も豊かになった、それが感慨深い。

 

 詩乃の中に生まれたのは自分の手でイメージを形に変えていく楽しさ、他人に楽しんでもらえるかという不安、己の技量に対する不満、実際に遊んでいるユーザーの反応が与えてくれる気付き、その中で感じたのは想像を表現することの醍醐味(だいごみ)だった。

 

「それに私がGMを務めるVRMMOができたら、ALOと並べたら、あなたも安心するかな、って」

 

 もう小さい頃の私じゃないから、そう言ってはにかむ詩乃。僕の娘はこんなに可愛かった。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

「どんなVRMMOにするか、試案はあるのか?」

「私…………()を、メインにしたい」

 

 そう口にしたとき、彼は目を見開き驚きを(あらわ)にした。それを見て詩乃は思う、やっぱり、と。

 

 郵便局で起きた一連の事件、その結果として詩乃は銃に苦手意識を持つようになった。そのことは彼もまた知っていて、だからこそALOやSAOでは(かたく)なに銃火器を導入しないのだろうと。

 

 けれど制限を掛けられている状態ではいずれ創作は行き詰まる。彼の見せてくれる異世界が自分のせいで広がりを止めてしまうなど、絶対に認められなかった。助けられた、お世話になった相手にそんな不義理をする位なら、過去の一つや二つは乗り越えてやると本気で考えた。

 

 実際にはかつての知識から「SAOとALOに銃火器はない」と彼が盲目的に、無意識的に選択していたからであり、詩乃の過去が云々というのはあまり意識されていなかった理由なのだが。

 

「はぁ…………解ったよ、降参。具体的な話を聞こうじゃないか」

「うん。アインクラッドは千古の昔、百の地域が積み上がって形成されたでしょう? 大地切断の現象が発生した当時、中には合流途中で脱落した文物もあると思うの」

 

 イメージしたのは世界各地から大小様々な百の岩盤が一ヶ所を目指し飛ぶ光景。途中で落下するもの、互いに衝突し崩落する岩盤、アインクラッドからあぶれて何処かへ飛んでいってしまうパーツ。そこには古代の技術、魔法の力が残されていた筈だ。

 

「古代世界は魔法が支配していたけれど、中には詠唱ができない種族もいる。彼らは定住することができず、流浪の民として生活を営んでいた。そしてある日、空から落ちてきた先端技術と魔法の力を組み合わせて、紋章兵器を作り上げるの。使うことのできない魔法の、代わりの力として」

 

 ALOをプレイしていて感じたことだ。発音が上手くできなかったり、実戦で使えるレベルではなかったりというプレイヤーもいる。そういうプレイヤーにも楽しめる世界があれば、そう思った。

 

 詠唱が下手? ならば不要にすればいい。刻んだ紋章が魔法を放つ、空想火器の完成だ。

 

「けれどアインクラッドと同様に、時代の変遷の中で魔法力は減衰してしまう。いずれ使用できなくなる紋章兵器の代替武器を民は求め、科学を選び……研究と実験を重ねて銃火器を作り上げた」

 

 一度手にした力を失いたくはない、けれど魔法が失われるのなら、代わりの力を人は求めるだろう。そして成し遂げてしまう程に人は強欲で、意志が強い生き物だから。

 

「アルヴヘイムの流れを引く、アインクラッドとは違う進化を遂げた銃火器の支配する世界」

 

 砂嵐の吹き荒れる荒野、恵まれぬ民が強く生きる世界────ガンゲイル・オンライン。

 

 どうかな、と反応を窺う詩乃。ただ単にVRMMOを作るだけならば世界観に凝る必要はない。それこそ「現実世界」に「謎技術が飛来」して「超発達した世紀末な銃社会」でも構わないのだ。

 

 それにも拘わらず詩乃がわざわざアルヴヘイムに絡めた世界観を構想した理由、それはひとえに彼との繋がりを形あるものとして感じたかったからである。

 

 受け入れてもらえるか、詩乃は非常に緊張していたのだが。事態は予測の斜め上を行く。

 

「詠唱をしないなら主役は人間の方が適しているな…………ならミズガルズをそれにしよう」

「ミズガルズって……人世界(ミッドガルド)? アルヴヘイムと同じ規模の!?」

「不満か?」

 

 違う、逆だ。一介の中学生にALOと同規模のサーバーを確保するGMがどこにいるというのか。

 

「だって私、まだ何も成し遂げてないのに」

「正直、ワールド規模で構想をできる人が少なくてね……渡りに船なんだ」

「うわぁ……なんていうか、私の想定と随分…………スケールが違うのだけど」

「ちなみに僕もワクワクさせられたからな、詩乃」

 

 さっそく先輩と相談しなければ、と居間を後にする姿を詩乃は呆然と見送ったのだった。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

「そういう事情があるから、ユウキにはテスターとして協力して欲しい」

「うーん…………」

 

 数日後、ALOの裏世界にて。シノンの夢と構想を聞かされたユウキは戸惑っていた。

 

「銃火器ってなると、全然違うスタイルだよ?」

「ユウキほど仮想世界での動きが滑らかな人を他に私は知らない、その特性は必ず活かされる」

 

 それにこういうのもある、とジェネレートされたのは光剣、ビームサーベルやライトセーバーと呼ばれる物。ブオン、と空気を振動させる羽音のようなノイズが耳に届く。

 

「重量が低い分、取り回しが段違いに迅速になる。その気になれば銃弾をも防ぎきれる、かも」

 

 カチリ、と起動させた筒状の握りから伸びる非実体剣。軽く振り回して感覚を確かめるユウキは、初めての取り扱いながら様になる動きを見せていた。

 

 新たな武器、新たな冒険、それらはワクワクするに充分すぎるもの。

 

 けれど、普段なら小さな体いっぱいに驚きや喜びを(あらわ)にする筈のユウキは、静かだった。

 

「なにか…………引っ掛かった?」

 

 尋ねられたユウキは首を横に振る。その目はシノンを捉えておらず、内面に没入していて。

 

 ────ボクね……怖いんだ、冒険が。

 

 返ってきた言葉は、あまりにも予想外のものだった。

 

 

 

 

 

 ユウキはかつて、あまりにも何も持っていなかった。

 

 手の内にあるモノは全て、周囲の助けがあってこそ。だから己の力で掴み取った何かが欲しかった。果たすことのできる役割を求めた。生きる意味を見付けたかった。溺れる者が藁を求めて手を伸ばすような必死さでユウキはテスターになったのだ。

 

 そしてその目的はある程度、達せられた。背水の陣、清水の舞台、そんな気持ちで挑んだテスターの役割は無事に務め終えることができて、ALOの製作スタッフとして名前も残った。紺野木綿季という人間が生きたシルシが、確かな形で刻まれてしまったのだ。ユウキが死んでもなお残るVR技術、その黎明(れいめい)期の立役者として、人々の中で生きていけてしまうのだ。

 

「スゴく嬉しいし誇らしいと思うよ。こんな喜び、もう一生経験できないって信じちゃう位に」

 

 だから怖い、この先に何があるのか。

 弱い自分が(ささや)く、充分に頑張ったと。

 熱狂が冷めてふと我に返ったような、呆然とした感覚。

 

「頭では解ってるんだ、きっとまだ大丈夫だって、シノンに負けていられないって、でもさ」

 

 手が震えるのだ。足がすくむのだ。姉のギルドに参加して、同じ境遇の彼らと一緒にいるのはとても楽で、逃げるように選んでしまうそんな自分がイヤでどうにかしたくて、けれどできなくて。

 

「ごめん、シノン」

「ユウキ、その腰に提げている剣は飾りなの?」

 

 ハッとして上げた視界の先、シノンはまっすぐユウキを捉えていた。

 

 メニューウィンドウを操作して、送られてきたのは決闘(デュエル)の申請。

 

「言いたいことがあるなら剣を取りなさい。ユウキはそうして生きてきた筈でしょう」

「っ、シノン、それ!?」

「私は過去を乗り越える。これはその証」

 

 ジェネレートされた鉄の塊、それはアルヴヘイムに存在しない武器、銃。ウルティマラティオ・ヘカートⅡ、人を容易に吹き飛ばす狙撃銃、詩乃の避けていた銃だった。

 

 ユウキも愛用の片手剣を抜く。距離をあけ、互いの姿を鋭く見据え──刻まれるカウント。

 

「ユウキ、弱いあなたは銃で殺してあげる」

「上、等ッ!」

 

 カウント0、コンマ数秒で迫り来る銃弾を、ユウキはただ全力で斬り捨てた。他に何も頭にはない、ただ剣を己の最速で振るうことしか考えていなかった。

 

 腕に襲いかかってくる重い衝撃は、確かな手応えの裏返し。思わずグッと拳を握り……これが決闘中であることを思い出してユウキが目にしたシノンは、呆れていた。

 

「まさか本当にやってのけるとは……理不尽極まりないわね。で、少しはスッキリした?」

「シノン……」

「一人でグルグル考える子じゃないでしょう、ユウキは。真っ直ぐドンとぶつかればいいのよ」

 

 いつもみたいに、と……その言葉に目が潤んで、シノンに向けて駆け出そうとして──カチリと踏んだ足の下で地雷が大爆発した。当然のようにユウキのHPは吹き飛び死亡判定だ。

 

「お前は銃で殺すと言ったな、あれは嘘だ」

「シーノーンー! 騙し討ちにも程があるよっ、それでも決闘者か!?」

「リアリストよ」

 

 HPを全損してリメインライトの状態になったユウキに「世界樹の雫」を使い蘇生させ、復活するなりやってきた抗議を受け流すシノン。ユウキにしてもまさかALO初のデス体験が親友の罠とは思わなかったのである。こいよシノン、地雷なんか捨てて掛かってこいという気分だ。

 

「まぁ、こんな思いもよらないことが一杯の世界を作るから、手伝ってもらえると嬉しい」

「むしろ不安で一杯だよボクは……返事は少し、待ってもらってもいい?」

「勿論。それに暫くはクリスマスイベントの準備で忙しくなるし」

 

 クリスマスイベント? と疑問符を浮かべるユウキにシノンは説明する。SAOとALOを繋げるための前段階、グランドクエストを告知するために開かれる二日掛かりの一大イベントを。


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