強くないのにニューゲーム   作:夜鳥

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友だからこそ

 待望の滞空制限解除、それは同様に待ち望まれていたグランドクエストの報酬であった。

 

 央都アルンにそびえる世界樹の頂上にいる王に謁見し、力を示したならば妖精達は無限に空を舞うことが可能になる。その情報を知ったプレイヤー達は我先にと世界樹の内部へと足を踏み入れて──()()()でほとんどが死に戻った。持ち帰られた情報は目を覆いたくなるようなもの。

 

 樹の内部は大空洞になっている。ただ単に上空の扉を目指して進めばよい。

 

 だが守護モンスターが尋常でない物量で待ち構えているのだ。強さも通常のmobとは一線を画している。加えて厄介なのはどの種族にも属さない街のダンジョンであるため等しくPKが可能という設定であり、敵味方識別も無効のため別種族だけでなく味方の誤射(フレンドリーファイア)すら気を付けなければならないことだった。デスペナも痛く、隠れ潜むPKギルドに狩り殺される事例すら存在した。

 

 これでは協力しての攻略などできる訳がない。しかし少数のパーティーでは到底クリアできない。一種族が一丸となっても達成不可能だろうというのに、他種族との協調が不可能に近い設定。一人だけでも頂上へ到達すれば全員の滞空制限は解除されるという情報もあって「誰かがやるだろう」という空気が早くも広がり始めていたのである。

 

 平和の歌──そう呼ばれるメッセージが広まり始めたのは、世界樹の難度に打ちのめされたプレイヤー達が悲鳴をあげている、そんなときだった。皆で協力して、一丸となって世界樹を攻略しよう、という詩を音楽妖精(プーカ)の少女が歌い、その旗印に多種族のファンが集い始めていた。

 

 だがそれを善しとしない者達もいた。己の力で覇を示したい者、種族の力で打倒したい領主、既にギルドを形成している者もまた、彼女には賛同しなかった。それは俺達のプレイスタイルではない、と。他人に与えられた平和とGMに与えられたクリアに何の違いがあると。

 

 その中には──当然SAO経験者の姿もあった。

 

「なぁ、グラムの……その情報はマジなんだろうな」

「正直、これが外れたらオネーサンにはお手上げだヨ」

 

 ALOは元ネタに忠実な点が多いから確度は高い、そう聞かされたクラインは暫し考え席を立つ。

 

「どうするつもりだイ? 火妖精(サラマンダー)領主モーティマーの意思は固いらしいじゃないカ」

「どっから仕入れてやがるんだか全く……情報屋は健在だな、アルゴ」

「そうでもなイ。外部の情報板とは常に(いたち)ごっこサ」

 

 フードの下でくすくすと笑うアルゴにクラインは何とも言えない表情を浮かべる。人海戦術に一人で渡り合うどころか先を行っている女が何を言うのかと。

 

「とにかく、オレはやるべきことをやるだけだ。作戦は変えられねえ」

「やれやれ、少しは期待してたんだけどナァ……」

 

 揶揄(やゆ)するような声音を背に雑踏へ消えるクライン。火妖精(サラマンダー)による風妖精(シルフ)猫妖精(ケットシー)への強襲作戦が迫っていた。二種族を制圧して収奪した財貨をもって世界樹を攻略し、自分達こそが最強であると知らしめるために。誰よりも強くありたいという欲求もまたプレイスタイルの一つなのだから。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

「お兄ちゃん、お願いがあるんだけど……」

 

 そう直葉が切り出したのは自宅、ALOにログインする前の話だ。流れの傭兵として各地を転々としているキリトはスプリガン全体の特色と同様に協調が苦手だった。より正確にいえば、論理的に対話できない相手の面倒が嫌いだった。

 

 リーファは風妖精でも指折りの実力者だ、そして可愛い。加えて風妖精の領主サクヤというこれまた美人と仲が良い。必然的にキリトは近くで接することになる……影妖精(スプリガン)なのに。そこへ集まる嫉妬の目、理由は様々だがゲーマーなら無縁とはいかない感情で、けれど実に鬱陶(うっとう)しい。

 

 そのためキリトはあまり領都スイルベーンに居付くことをせず、各種族の領地を武者修行することが多かったのである。現在地は央都アルンにあるエギルの店、カーディナルシステムに呼ばれたユイを届けるついでに世界樹内部の情報を自分の目で確かめている最中だったのだ。

 

 SAO経験者の一人として、キリトもあの城に心のどこかが囚われていた。良かったことも悪かったことも、ゲームクリアによってなかったことになってしまったような喪失感。必死に生きた二年間が、デスゲームなどなかったと聞かされて輪郭を失ってしまったような虚脱感。

 

 それぞれに抱えるものは異なる。だがSAO経験者は皆が等しく城を目指していた。

 

 ──世界樹攻略のために風妖精と猫妖精が同盟を結ぶの……けどイヤな噂があって。

 

 風妖精の中でも隠密性に特化したビルドをしているプレイヤーが、同盟会談の場所を他種族に漏らしているプレイヤーを見たという。だが怪しい人物は領都で役職を得ているプレイヤーであり、明確な証拠もなく責めては風妖精の運営がガタガタになる。なので会談には行かなければならないが、備えとして護衛をして欲しいのだ、と。

 

「ってことなんで、急いでるんだ。じゃあなエギル」

「おいキリト、場所の具体名は聞かないが、飛んで行ける距離ではないだろ?」

「ああ、だから走っていく」

 

 そもそも央都アルンを囲む形でそびえる山脈は飛び越えることができず、必然的に内部の洞窟を走り抜ける必要がある。ルグルー回廊を……この一年で鍛えに鍛えた疾走でモンスターを置き去りに走ること暫し、抜けた先から(はね)で宙を(かけ)る。

 

 目指すは風妖精と猫妖精の中間地点、開けた場所で判りやすい。

 

 だがそれは同時に、敵の目にも判りやすいということで。

 

「あれは? っ、マズイ!」

 

 キリトがたどり着いたその時、既に火妖精の軍勢が会談場所の包囲を完了していたのである。

 

 

 

 

 

「これはこれは、火妖精(サラマンダー)の皆様じゃないか。こんな僻地まで大勢で、ピクニックかい?」

「抜かせ風妖精(シルフ)領主、財貨と権限を譲渡するなら命は取らないが……どうする?」

 

 ギリ、と歯噛みするサクヤ。猫妖精(ケットシー)の領主アリシャも声を張って応戦するが情勢は明らか、有利な火妖精と将軍ユージーンの態度は小揺るぎもしない。この場にいる味方は二種族七名ずつ、対して火妖精は六十を下らない上、ALOでも名うてのユージーンが完全装備で上空に陣取っている。

 

 火妖精と風妖精は隣り合っていることもあり普段から小競り合いが多い。火妖精が戦乱状態だった頃はマシだったのだがモーティマーとユージーンの兄弟が政軍を掌握してからは一気に押し込まれ始めた。そしてここ一ヵ月で新たに中枢へ加わったという集団の力が後押しとなり、風妖精単体では抗いきれなくなってきたのだ。

 

「だからこその同盟、その矢先に……やはり情報が漏れていたか」

 

 報告の挙がっていたプレイヤーは領地にいる。無事に戻れたら追放してやると決め……まずこの窮地を脱してからでなければ意味がない。サクヤが決死行を命じようとしたその時。

 

「双方────剣を引けッ!」

 

 火妖精の後方から躍り出た影妖精(スプリガン)に集まる注目、黒髪の少年は声を張り上げユージーンに迫る。

 

「俺は影妖精(スプリガン)水妖精(ウンディーネ)同盟の大使だ。ここには貿易交渉に来たんだが……火妖精(サラマンダー)が会談を襲おうとしているということは、つまり我々四種族との戦争を望んでいるということか?」

「同盟の大使だと? たった一人、大した装備もなしに、か……笑わせるなよ、影妖精」

「笑いたければ笑えばいい。後でお兄ちゃんに泣いて謝るんだな、短慮で申し訳ありませんって」

 

 ぶはっ、と吹き出すアリシャ。気持ちは解らなくもないが、よくもまぁこの状況で笑えるものだと考えるサクヤもまた、場の空気に飲まれたのか悲壮感は消えていた。

 

「ふむ…………ならば俺が試してやろう。三十秒を生き残れば、信じてやってもいい」

「随分と気前がいいんだな、じゃあ──」

「おいおいユージーン将軍よぉ、何を腑抜けたこと言ってやがんだよ?」

 

 この調子ならばうやむやに押しきれる、そう期待していたキリトの思惑を打ち砕いた声は、火妖精の中から出てきたプレイヤーのもの。キリトもよく見知ったその人物は、紛れもない。

 

「クライン、何故ここに?」

「キリの字、そいつぁ野暮ってもんだぜ。コイツ以外に何があるってんだ?」

 

 コン、と腰に提げた鞘を弾いて示す。戦いを、戦闘を望む意思が明らかな挑発だ。

 

「なら俺が相手だ、クライン。俺が勝ったら手を引け」

「んー……それはいいけどよ、一応オレは火妖精の一員なんだわ。将軍はどうするつもりだ?」

「そっちも俺がまとめて相手してやるよ」

 

 

 

 

 

 

()めるなよ、キリト」

 

 ぞくり、と震えに身を固くするキリト。PKに対面したSAO時代を彷彿(ほうふつ)とさせる悪寒が襲う。

 

「オレぁよ……お前ェの強さは認めてる。二刀流も、意志も、反応だって凄ェと思う……けどよ」

 

 オレがお前に敵わないなんて諦めたことは、一度だってなかったぜ────

 

「抜けよ、キリト。剣の二本くらい持ってんだろ?」

「あ、あれは……ここじゃアシストもないし、二刀流はSAO特有の」

「逃げるなよキリト、オレから逃げんなよキリトよぉ、じゃねェと──背中から斬っぞ」

 

 カチャリ、と柄に手を添えたクライン。抜かずば斬る、既に交渉は決裂していた。

 

「なら、あたしがユージーン将軍の相手をする。キリト君はあの人を」

「リーファ?」

「大丈夫、絶対に勝つから…………負けないで、キリト君」

 

 そう言って剣を抜き、正眼に構えるリーファ。応じてユージーンは両手剣を引き出し構えた。

 

 メニューから操作して二本目の剣をジェネレート、これもまたリズベットの手製だった。案の定しっかりと用意してあった二刀を構え、キリトは口を開く。

 

「思えばクライン……俺とお前は、本気で戦ったことがなかったな」

「最初に初心者レクチャー受けちまったからな。あれがオレ達の立場を方向付けちまった」

「俺はお前を置いてスタートして、やがて最前線で顔を合わせるようになって」

 

 置き去りにしたことを、ずっとキリトは引きずっていた。ビーターと蔑まれる、そんなことよりも余程、最初にできた友人を見捨てたことの方が辛かった。再会してからも尚更、己を責めた。

 

 気にするな、とどれだけクラインが言葉を積み重ねても、行動で示しても罪の意識は消えなかった。当たり前だ、キリトは断罪をこそ望んでいたのだから。結局その意識を変えることが、クラインにはできなかった。アインクラッドへの切望と同等、いやそれ以上の悔いが残っている。

 

「けどSAOじゃ追い越せなかったからな、心残りだったんだ。どっちが上か決着つけようぜ」

「ああ!」

 

 SAOとは違う場所、違う姿、けれど今ここにいるのはSAOを生き抜いた二人、二人だけの世界。

 

「キリトォォオオオ!」

「ぜぁぁあああっ!」

 

 瞬間的に翅を強振動させた、瞬動もどきの突進。それよりもなおクラインの右手は速く、鞘走る刀身はただ線となってキリトに襲いかかる。抜き打ちの一撃、受ければ耐久値を消し飛ばされる斬線にキリトは左剣を合わせ──強い衝撃に弾かれる。勢いに負けて左に振られる体、しかしキリトは二刀流、がら空きの相手に右剣を振り下ろし──

 

「甘ェ!」

 

 即座に返された刀に、上から打ち落とされる。前方へ下方へと強制的に流れていく体、そこを上から串刺しにせんとクラインは突き入れる──だがここはSAOではなくALO、彼らには手足に加えて(はね)で姿勢を制御するという手段がある。

 

 翅を使って急制動を掛け、頭頂部をかすっていく剣圧を感じながらその場で前転──上下を入れ換えたキリトは逆さのままに両手を広げ回転、クラインを切り刻んだ。(たま)らず下方へ落ちて逃れたクラインは、相変わらずなキリトの戦闘機動にボヤく。

 

「変態機動に(みが)きがかかったなお前ェ」

「そう言うお前は息が上がったか?」

「ハ、抜かせよ」

 

 上に陣取ったキリトへと、刀を突き上げるクライン。空中でステップを踏むようにかわしたキリトは二刀のカウンターを見舞うために、クラインの続いて振りかぶられた刀をパリィしようとして──無防備な腹部を切り裂かれた。ニィ、と歪む両者の唇は正反対の意味で。

 

 幻月──刀の軌道、その上下を悟らせないソードスキル、SAOの残滓がHPを奪う。かつて第一層ボス戦でも引っ掛かったフェイントは再びキリトに牙を剥いた。

 

「く、っそおおおおっ!」

 

 不甲斐ない、自戒の念がキリトを焼く。追撃には今度こそ二刀を合わせ、弾かれて距離をとる。この世界ではありもしない鼓動と呼吸が荒くなっているような感覚とは真逆に、キリトの思考は冷えきり戻っていく、SAOを生きた頃へと。

 

 ヒースクリフのように絶対的な強さを持っている訳ではない。だがクラインはキリトを追いかけ追い付くため積み重ねた努力があった。仲間の命をリーダーとして背負い、攻略に打ち込むなかで尚、先を行くキリトを越えるために腕を磨き続けた。キリトの強さを身に付けるべく、その姿を目に焼き付け続けた。

 

 キリトからすればそれはクラインの努力の成果、まぎれもない彼の力だ。

 

 βテスト当選の幸運を享受しただけの、ビーターと揶揄された自分とは違い輝いて見えた。

 

「あぁ、認めるよ。俺はお前に嫉妬してたんだ、クライン」

 

 現実に親しい仲間がいて。デスゲームの中でも笑いを忘れず。ビーターの自分を気遣う余裕もあり。初心者から駆け上がった力を持って。誰よりも自分と親しい友人なのに、自分にないものばかりを持っていた。

 

「オレから言わせりゃお前ェの方が羨ましいぜ、キリト」

 

 豊富なゲーム知識と抜群の勘、卓越した洞察力と胆力。まるで神に愛されているんじゃないかと思うほどに、やることなすこと上手くいく彼の姿。その一つでも自分にあればどれだけいいかと何度思ったことか。

 

「俺はお前が羨ましい。だからここで倒れろクライン、勝つのは俺だ」

「オレはお前ェが妬ましい。黙って斬られろキリト、勝つのはオレだ」

 

 圧倒的な手数で押し潰そうとする二刀流の猛攻を、キリトごと斬鉄せんと描かれる刀剣の乱舞。

 

 突き斬り払い、首を手を足を飛ばそうとする刀を、クラインごとへし折らんとする二刀の重撃。

 

 前後左右から迫る変則的なホリゾンタル・スクエアの二刀八撃を居合いで打ち落とすクライン、魔法が支配的なALOにおいて何一つ詠唱を覚えず、ただひたすら愚直なまでに刀を振り続けた成果の全てを示す相手は目の前に──ギアが、上がる。

 

「スターバースト、ストリーム!」

「ソイツを待ってたぜキリトォ!」

 

 高速で繰り出される両手の剣線は十六本、黒の剣士の代名詞たるソードスキルにクラインは──踏み込んだ。

 

 左腰からの抜き打ち、唐竹割り、右下からの切り上げ、首筋の水平斬り、肩口からの切断、胴打ち、膝蓋(しつがい)の切り裂き、股下からの一閃、そして────心臓への突き入れ。

 

 八つの斬撃を以て二刀を相殺し、動きを止めたキリトに放つトドメの心臓突き、それは生涯最速の片突(ひらづ)きで。

 

 彼をよく見ていたキリトはその軌道を知っていたから。踏み込み、剣先が頬を撫でていく。

 

「俺の、勝ちだ」

 

 キリトはまた、いつか(はじまりの日)のように──ダチ(クライン)の腹を素手で殴り飛ばした。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

「どうした、その程度かァ!」

「くっ……」

 

 リーファが相手取ることになったユージーンは、ガタイの大きさもさることながらカンストした両手剣スキルと火妖精の戦乱で磨いた剣技、そして両手剣グラムの攻撃力が圧倒的だった。リーファとて両手剣使いと戦ったことはあり、体格差で負けるようなこともない。だがグラムの所持者が得るスキル──エセリアルシフトが厄介に過ぎた。

 

 受けようとする防御をすり抜けて直撃する、グラムの重い剣撃。聞きしに勝る強さだと、同じく近接戦を得意とするリーファも舌を巻く。もし何の情報も練習もなしであれば数秒で連撃を受けてリメインライトと化していただろう……しかし、である。

 

「ちぃ、ちょこまかと!」

 

 いかにグラムと言えど()()()()()()()()()()()()()()()()()。風妖精は随一の飛行速度を誇る種族、その中でもリーファはスピード狂とあだ名される程のプレイヤーだ。加えて剣を避けるということに関しては、それこそ人生の半分を費やしてきた経験がある。ALOに来てから剣を取った人間の一撃を易々と受けてやるなど、直葉としてのプライドが許さない。

 

Ek(エック) sér(シャル) lind(リンド) ásynja(アシーニャ), burt(バート) eimi(エイミ) og(オーグ) sverð(スヴェルド)!」

 

 回避を重ねながらの詠唱──終了と同時、八相に構え特攻するリーファ。

 

 確かにスピードは速い、だが迎撃には充分、迎え撃つユージーンはグラムを袈裟に振り下ろし、リーファが防ごうと上げた刀剣を(あざ)笑い────エセリアルシフトは不発に終わった。

 

「なっ」

「セァァァアアッ!」

 

 グラムを弾き、面を割り、胸を裂き、袈裟に斬り、首を断ち、心臓を穿つ。

 

 HPを消し飛ばされリメインライトと化したユージーンを前に残心し、剣を納めるリーファ。

 

「魔剣グラムって言ってもお兄ちゃん相手より大したことないじゃん……って、あ゛っ」

 

 最後の攻防で砕ける音を聞いたのだ。まさか耐久値が0になってしまったかと慌てるリーファ、だが彼女の剣は形を保っていた。

 

「じゃあさっきの音は一体……ってあああああ、グラムが折れてる!?」

 

 無惨にへし折られたグラムの残骸がドロップしていたのだった。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

「ごめんなさいユージーンさん!」

「い、いや……仕方ないだろう」

 

 残念ではあるがな、と苦笑する蘇生したユージーンに恐縮しきりのリーファ。狙った訳ではないが武器破壊、それも有名な剣を壊してしまったのだ。申し訳ないにも程があった。

 

「それより、何故エセリアルシフトは効かなかったんだ?」

「あぁ、それは…………まぁいいか、言っても」

 

 リーファいわく、エセリアルシフトが無効化できる状況には限りがあったとのこと。防ごうと構えた剣をすり抜けはするが、直撃を避けようと割り込ませた籠手はすり抜けられなかった。つまり回数は一度きりである。ならば魔法で障壁を張り、グラムがエセリアルシフトを発動させた所で実体剣をぶつければ弾くこともできると思った、と。

 

「まさか折れるとは思わなかったんだけど……」

「それはグラムでスキルを発動中だったからだろう」

影妖精(スプリガン)の……どういうことだ?」

「スキル発動中の武器は武器破壊(アームブラスト)の格好の餌食ってことさ」

「キリト、んなこと狙ってやれるのはお前ェ位だ」

 

 復活したクラインとキリトも合流しての剣術談義。それぞれの経験や先程の感想戦などを経て、話題はグラムの残骸へ。

 

「俺の知り合いに工匠妖精(レプラコーン)がいるから頼んでみようか?」

「いや、既にドロップアイテムとして所有権は彼女にある。処分は好きにしてくれ」

「あ、あたし!? いきなりそんなこと言われてもっ」

「おいおい、それよりなんで破損アイテムが消えてないんだ?」

 

 そう言われてみれば確かに、と疑問に思う一同。とりあえず見てみようと破片を実体化させた所でウィンドウがポップする。

 

「な、なに? クエストの発生、ってなんで?」

「あー、やっぱりなぁ。アルゴの言った通りってことか」

「アルゴってあいつもALOにいるのか……じゃない、何の話だクライン」

「いや、オレも情報を買っただけなんだけどよ」

 

 ──近頃、NPC達が「鳥の詩を聞け」って意味合いのことを話しているって情報があるんダ。

 

「そしたらアルヴヘイムの元ネタ、北欧神話には鳥の言葉が解る英雄がいるらしいじゃねぇか」

 

 ──男は悪竜ファフニールを倒し、レディルってナイフで心臓を突き刺しタ。その際に血を舐めて鳥の言葉が解るようになったのサ。男の名はシグルズ、使っていた剣がグラムだヨ。

 

「グラムは一度砕かれ、鍛え直された剣は竜を討った。その先に鳥の声を聞けるなら、これ以上の情報はグラムの持ち主に当たるしかねェ……そう思って領主に近付いたんだけどよ」

 

 ──けど今のグラムが鍛え直される前なのか後なのかは不明ダ。十中八九は折れてないが、それなら今度は誰が折るのかっていう難題があるんだけド……

 

「そんな訳でキリの字なら武器破壊でへし折れると思ったんだけどよぉ、まさか妹さんとは」

「クライン……それはお前が挑発してきたからだろう?」

「お前と決着つけられるならアインクラッドに戻れなくても構わなかったからな……まぁ、そんな訳ですまねえユージーン将軍。脱領者(レネゲイド)扱いにしてもらって構わねえ」

「……聞かなかったことにしよう。火妖精(サラマンダー)の優秀な戦力を減らす訳にはいかないからな」

 

 (きびす)を返し、部下達に撤収を指示するユージーン……と、振り向いてキリトに声をかけた。

 

影妖精(スプリガン)、吐いた唾は飲めんからな?」

「え?」

火妖精(サラマンダー)も同盟参加させて貰う。世界樹攻略では水妖精(ウンディーネ)とも(くつわ)を並べて戦えると期待しているぞ」

「お、おいおい、将軍が同盟を勝手に決めていいのかよ?」

「俺はモーティマーの弟だからな、お兄ちゃんに泣いて謝ればいい。お前が言ったことだろう?」

 

 ぶはっ、と再び吹き出すアリシャ、今度はサクヤも堪えることができなかった。笑いが木霊する中、頭を抱えるキリトを慰めるクラインとリーファ。

 

火妖精(サラマンダー)から百人は動員する。同じ規模を期待しているからな」

「まぁなんだ……元気出せよ、な? 骨は拾ってやるから」

「頑張ろうよお兄ちゃん、諦めちゃダメだよ、何とかなるよ、多分、きっと、もしかしたら」

 

 どうしてこうなった、頭を抱えるキリト。あの時点では間違いなく名案だと口を突いて出た言葉が首を絞めるという展開に、助けを求めてみてもクラインやリーファは首を振るばかり。水妖精(ウンディーネ)へのツテといっても、フレンドは一人しかいない。一応メッセージは送るものの、どれだけ効果があるかは分からない。

 

 と、キリトの両腕が誰かに取られる。見てみればそこには風妖精(シルフ)猫妖精(ケットシー)の領主が。

 

「どうだい、少年君。それ程の強さなら高待遇で風妖精に迎え入れようじゃないか」

「サクヤちゃんズっるーい! それを言うなら猫妖精はもっといい条件出すヨ!」

 

 伝わる軟らかさやら何やらに一体どうしたものかと狼狽えるキリト、その背中をグイと引いたのはリーファだった。

 

「ダメです、キリト君はあたしの……あたしの」

 

 リーファへと集まる視線、当の本人は言葉に詰まったように俯いてしまう。その様子を目にしてキリトも考えがまとまった。開き直ったとも言う。

 

「あ、あはは、すいません。俺コイツの兄なんで、放っておけないんです」

「ふむ……まぁリーファには前々から執政府への参加要請を断られているからな、仕方あるまい」

「むむむ、リアル事情じゃ仕方ないかな。で・も、個人的に仲良くするのはいいよネ?」

「えっと、前向きに善処して考えるということで、いいですか?」

 

 三人のやり取りを複雑な心境で聞くリーファ。兄に放っておけないと言われたことは嬉しい、兄が認められているのも嬉しい、けれど兄を横取りされている感覚が気に入らない、という内心に自分で気付いて赤面。熱くなった顔を手で隠し、覗き込もうとしてくるキリトから逃げ始めた。

 

 そんな彼らを見てクラインはボヤく。何をさておいても一番妬ましいのはこのモテ具合だと。


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