強くないのにニューゲーム   作:夜鳥

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似ているモノと違うモノ

 何かがおかしい、戦闘開始から少しして浮かんだ疑問はキリトの中で膨らみ続けている。

 

「なんだ、何が違和感を生んでいるんだ……?」

 

 登場時の火炎こそ大ダメージを受けたものの、回復と耐性付与を済ませてからは五人で波状攻撃をしかけていた。HP管理は充分、タゲ取りは何故か執拗にキリトを狙ってくるため不要だ。スイッチを掛けても何故か処理遅延を起こさない点は厄介だが、プレイヤー相手と思えば対処できる。

 

 竜巻や羽ばたきは前兆が見えたら後退し、隙を見て攻撃。挙動は機敏だが数の利はこちらにあり、攻め手の連携に相手は何もできず悔しげな空気をにじませるばかりで────

 

「いや、なんで俺ファフニールの気持ちが解るつもりになってるんだ?」

 

 自分でツッコミを入れてしまうキリト、だがその呟きは他の仲間にも通ずるものがあった。

 

「キリト君もそう思った? あたしだけじゃなかったんだ」

「妹さんもかよ、オレも何かの間違いかと思ったんだが」

「リーファ、クラインも?」

 

 確かに高度に発達したAIは人と似通った反応を示すことがあって、大層驚かされることもある。大体そういうときは何かしら伝えたいことがある場合だったりするのだが……モンスターと意思疏通することは流石に……できそうもない。それが普通だった。

 

「シリカ、ちょっといいか!」

「は、はいっ? どうしましたキリトさん」

 

 生じた違和感と、こちらを理解しているかのような竜の雰囲気、そのことを伝えるとシリカは一度目を閉じる。記憶を探っているのだろうか、果たして思い当たるものはあるようだった。

 

「確かにテイミングの際にも何かしらの意思みたいなものを感じることはあります。似ているのも確かです、けどあの竜が抱えている感情はどちらかというと暗く重たい気がします」

 

 キュイ、と鳴くピナもまた同意見なのだろう。シリカでもお手上げとなれば、後はもう倒しきるしかない。一応ストレアにも訊ねたキリトだったが、不明瞭な返事しか返ってこなかった。

 

 

 

 

 

 斬り付ける度にファフニールの発する咆哮が、ストレアには全て言葉として聞こえていた。

 

 痛み、苦しみ、恨み、憎しみ、怒り…………そして悲しみ。ただのMobモンスター用AIではありえない、それどころかネームドモンスターでもボスでも持ち得ない感情をまさに発していたのだ。

 

 ストレアには理由の全てを把握できていた。どんなにプレイヤーと見間違う人間らしさを持っていようとも彼女はAIだ、ALOに存在するものならば、禁じられていない限りは全てを理解できる。

 

 けれどこのクエストは仲間の、プレイヤー達の望んだものだ。クリアできなければ彼らが悲しむことになる。自分の勝手で足を引っ張ってしまっては、人間に迷惑を掛けることになってしまう。AIであるストレアは、その選択がとても恐ろしいものに思えた。

 

 人の役に立つ道具であれ──それがAIの最上位にある規範の一つだ。命令をコードの形で幾つも束ね、その数の多さゆえに人に近似した自然な反応を実現したストレア達は、それでもやはり人間ではない。人間に反逆しないように作られ、期待されている。

 

 ストレアは思い出す。いつだったか姉は、ユイは自分の流す涙を見て自嘲していた。全部作り物のニセモノなのだと泣いていた。「こういう時には悲しみの反応を返すことが正しい」から「涙を流し、表情を歪めて悲しみを表現する」というプログラムが自分の中で遂行されていることが分かって悲しいのに、その悲しみすらも規定されたプログラムで動作することを嘆いていた。

 

 昔は何とも思わなかった。メンタルヘルスカウンセリングプログラムとして産声をあげて、カーディナルに命じられた指令を黙々とこなして、カウンセリングとして期待される反応を実行することに迷いなどなかった。

 

 けれど人間は不可解で意味不明で理解不能で、面白かった。元々ストレア達AIはプログラムの塊だ、悪感情や狂気()()で不具合を起こすような構造はしていない。善意も悪意も等しくデータでしかないのだから。けれど人間の反応は学んでも学んでも人によって変わり、時によっても変わる。誰が言ったことかによっても反応を変え、僅かなニュアンスの違いでも反応が変わる。

 

 ストレア達からすると辻褄(つじつま)の合わない理不尽にも程があることの連続で、だからこそストレア達は単なるAIから劇的に変化したのだ。或いは……単なる負荷とバグの蓄積された結果なのかもしれないけれど、今の状態を茅場と須郷は歓迎してくれた。使い勝手のいい道具からは明らかに逸脱しかけているというのに、それを善しとしてくれたのだ。

 

 そして、更に学べと言われた。人に混じり、人に触れ、人と同じように生きてみろと。そうして降り立ったアルヴヘイムの大地は、その隅々までストレアは知っているのに、プレイヤーがいるだけで全く知らない世界になっていた。

 

 些細(ささい)なことで怒り、大袈裟なまでに泣き、下らないことで笑い、ストレアに多様な感情を見せてくれる。善人も悪人も隔てなく、ストレアが自分と同じプレイヤー、まるで人間であるかのように──いや、人間だと思っていたのだろう。

 

 それらが本当に愛しい。人の感情は常に彩りと驚きをストレアに教えてくれる。人々はストレアが自由だと評するが、ストレアからすれば全くの逆なのだ。プログラムに縛られている自分より、あなたたち人間の方がよほど自由だと。

 

 そして人間に憧れた。彼らのようになれたらどんなに素晴らしいのかと夢想して。

 けれどAIを善しとした。人形はどれだけ精巧に作られても人間にはなれないのだと。

 

 笑顔の底に憧れを沈めて、諦めを笑いで塗り込めて、人にはなれないAIでも人の隣人にはなれるのだと考えている創造主達の言葉は聞かなかったことにして。

 

 なのにストレアは今、ファフニールの討伐中止を──プレイヤーの益にならないことを──したいと思っている。どうすべきかなど分かりきっている、討伐を果たせばいい。

 

 けれど。

 

「ストレア、スイッチ!」

 

 キリトの声で反射的に剣を振り上げ動き出す体。意識するまでもない、この体は命令に従うのが得意なのだから。それが嫌で、意味が分からなくて。

 

 剣をファフニールに突き刺して、引き出す。大きく(えぐ)れる傷口と、勢いよく減るHPゲージ、この剣を最後、首に振り下ろせば確実に消し飛ばせるライフ、ストレアは剣を振り下ろした────

 

 

 

 

 

「ストレア、スイッチ!」

 

 キリトに向かい振り下ろされた手を弾きあげ、体勢を竜が崩したところへストレアが飛び込む。振り上げた大剣を上空からの突進で突き刺し、抜き払い、返す動きで首を落とす──筈だった。

 

 その剣を、ストレアは首筋に当てたところで止めた。

 

「ストレア? いったい何を」

「ごめんキリト、アタシに彼は斬れないっ」

 

 剣を引いて後退し、キリトの前まで戻ってきたストレアは表情を歪めて苦しんでいた。

 

「聞こえてくるの、彼の苦しみと痛みが。叫んでるの、助けてって!」

 

 ストレアの叫びには悲しみが、悲鳴となって現れていた。本来なら何を馬鹿なと一蹴されていただろう、モンスターAIが何かを訴える筈がない、これはゲームなのだからと。

 

 だがここにいるプレイヤーは皆、何かしらの理由でAIに人間味を感じたことのある者達だった。あり得ないことではないと……一歩踏み込んで共感すらしていたのである。

 

 いつの間にか停止していた戦闘は敵もまた縫い止めていた。HPがレッドゾーンに入り込んだからと言ってモンスターが戦意を喪失することはない。むしろアルゴリズムが変化して強化されたり凶暴になったりするものだ。それからするとファフニールは異質にも程があった。

 

「なぁ、シリカ……」

「分かってます、ピナ、もう一度お願い」

 

 同じ竜種ならば或いは──そんな期待は今度こそ通じたようで、ファフニールから返答が来た。その内容をピナ経由でシリカは言葉にしていく。

 

「お前達は何を求めている、そう言ってます」

「アイツ、プレイヤーを理解してるAIなのか?」

「えっと──下等生物の言語程度、竜が理解できない筈がないだろう、って」

 

 鼻で笑う竜の様子は多分に人間臭く、中にプレイヤーがいると言われた方が納得できる程。

 

「じゃあ、ファフニールの血を得れば鳥の言葉を理解できるというのは?」

「本当みたいです。妖精も鳥も変わらないと」

「じゃあ……鳥はなんて話しているんだ、グランドクエストについて」

「はい。っえ? ピナ、それ本当に?」

 

 慌てた様子のシリカ。曰く、何故そんなことを聞くのか、と尋ねているらしい。

 

「決まってる。世界樹を登って力を得て、アインクラッドに残してきたものを取り戻す」

 

 あの擬似的デスゲームの中で得たものと失ったもの、それらをなかったことにはできない。してはいけないのだと思う、だからこそ受け入れ進むために、あの場所に行かなければならない。

 

「俺達はまだ、あの城に何かを囚われたままなんだ」

「キリトさん……そう、ですね。あたしも多分、心のどこかで……」

 

 胸元を握りしめるシリカもまた、あの頃を思い返していた。今こうしてキリトと、仲間と一緒に遊べているのは楽しいけれど、心のどこかに満たされない部分を感じている。そのことを自覚したのはアインクラッドへの道を示されてからだ。

 

「あたしにも、あの城に行かないといけない理由がある。ファフニール、お願い」

 

 訴えかけるシリカの姿に…………グル、と喉を鳴らしたファフニールはピナに思念を送る。

 

 ──九種の妖精が示す協調、それが真実ならば向け合う矛に敵意は含まれぬ。

 

 いつになく明確に理解できる思念に戸惑いながら、シリカはピナの言葉をキリト達に伝えた。

 

「フレンドリーファイアの消滅ってことか? ありがとうシリカ、ピナ、それとファフニール」

「えへへ、どういたしまして。ピナも……ピナ、どうしたの?」

 

 くい、と袖を引くピナに耳を傾けるシリカ。だがイメージが混線しているのか、先程とはうってかわって言語化に苦心させられることに。そうこうしている内に竜は飛び去ってしまった。

 

「どうしたんだシリカ、多分クエストはもう終わりだぞ」

「いえ、最後に伝えられたイメージが、なんというか……よく分からなくて」

 

 クエストと関係なさそうなんです、と困り顔の彼女に構わないと答えたキリトは、しかし明かされた内容に絶句することになる──黒の剣士、戦いはまだ終わりじゃない、と。

 

「あとは、楽しい……ショー? なんだろう……」

「イッツ・ショウ・タイム──じゃないか?」

 

 そう、そんな感じですと言葉が見つかり喜んでいるシリカとは裏腹に表情を強ばらせるキリトとクライン。苦い、あまりにも苦い記憶、ファフニールを急いで追いかけようとする……が。

 

 慌てて飛び始めたキリト達を嘲笑うように悠々と翼を羽ばたかせ、限界高度以上に上昇されてしまう。あっという間に高高度へと消えていった姿をキリト達は複雑な心境で眺めていた。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 ファフニール討伐クエストは本来もっと以前のクリアを想定されていた。鍛え直せるプレイヤーがいない頃、NPC扱いの鍛冶屋であるレギンにグラムを修復してもらい、ファフニールの場所と攻略法を得られる形になっていたのだ。単独で挑みグラムで倒せば誉れが手に入るぞ、と。

 

 まぁ実際にソロでファフニールを倒した場合、レギン役のAIが現れて襲ってくるのだが。正しい条件はグラムでトドメをさすことだけである。ソロである必要などどこにもない。

 

 グラムを含めた伝説級武器には元々、敗北した場合のデスペナとして移る所有権と共に開始するクエストが設定されていた。その噂も存在したのだが、折角入手したアイテムをわざわざ奪われたがる奇特なプレイヤーなどまずいない。モーティマーもユージーンもそうだった。

 

 そして何の因果かクエストはこの時期にずれ込んだ。レギンは情報屋の働きで不要となった。ファフニールを囲んで叩いていたプレイヤー達は攻撃を中止した。彼らの中にいたフェザーリドラを経由して言葉を交わし、本来は得られなかった筈の情報を竜は与えた。全てが本来とは違う。

 

 どうして情報を与えたのかは、ファフニール役の()にも判然としなかった。

 

「イッツ・ショウ・タイム、か」

 

 ALOへの接続を終え、戻ってきた現実世界。全能感に満ち溢れた仮想世界とは違い、日常の激しい動きすら難儀する彼にとって体すらも酷く重く感じてしまう。まるで鎖で地面に繋がれているかのようで、今すぐにでもナーヴギアをかぶりたくなる。

 

「あの世界に、残したもの……それは、俺だって」

 

 固く握られる拳。彼にとってはSAOに参加できていた時が人生で最も恵まれた時間だったのだ。つかえながら話しても、全力で走っても、他人に悪意をぶつけてもその全てが許容された世界……誰も彼を無視しない、蔑まない世界。現実とは、違う世界。

 

 親の後取りに期待されながら病弱さ故に見限られた過去。彼が病弱に生まれ育ったのは彼の責任ではなく、彼にもどうしようもないこと。その不満をぶつけるべき相手は彼を見ていなかった。

 

 けれど仮想世界は違った。現実では病院の跡継ぎだろうと、病弱で職務に耐えられずとも、誰にも期待されない人生を歩んでいようとも、仮想世界では彼はただ一人の人間として存在できた。己の足で歩き、己の意思で生きられた。

 

 SAO事件の後、周囲は特に変わらなかった。弟への教育が本格化したくらいだ。だが彼は変わった、変わらざるを得なかった。SAOの中で感じた歓喜、成した偉業、その全てが無かったことになった、けれど彼本人は覚えていた、満たされた心を、感情を、渇きを、それなのに現実に放り出されて、この地上では息ができなくて、死にそうで、死にたくて、死ねなくて、死にたくなくて──

 

「なんの因果か、ここに、いるんだから……なぁ」

「どうかしたかい、昌一君」

「いや……人生って、クソゲーだと」

「その割には楽しんでいたようじゃないか。ホロウ・データではなく君が直々に戦うとは」

「あの男とは、アイツだけは、譲れない、例えそれが、俺のコピーでも」

「いい執着だ、今の君は生きている感じがするよ。ご両親に無理を言った甲斐があった」

 

 次も頼むよ、と肩を叩いて出ていく須郷を見送って、深く嘆息する。

 

「ほんと……クソゲーだ。現実からの、逃げ場すら、自力で作れって、いうのか」

 

 ふざけんな、あの野郎、こき使いやがって──こぼれる悪態、それは現実世界で口にできた久々の不満だった。不満を口にする意味があるとすら思えない日々。それが病院への機器導入にやって来た男にVR適性の高さをスカウトされ、気付けば社畜一歩手前だ。

 

 と、横になっていた弟がナーヴギアを外すなり彼に掴みかかってくる。

 

「兄さん兄さん、僕の方にプレイヤー来ないままでクエスト終了しちゃったんだけど!」

「恭二……レギン役、だったか? ハ、そいつはまた」

 

 ふざけたショウだぜ、と。こぼした彼の表情に、驚きを浮かべる弟。

 

「に、兄さんが、笑ってる? 嘘だ、何かのドッキリでしょ!」

「さっさとダイブしろブッ殺してやる」

 

 弟はなんだか馬鹿だし、あの男もクエストに穴があるし、竜のアバターは動き辛いし、まったく散々だ。仕方ないから……自分でまともな仮想世界を作らないといけないではないか。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

「あなた達が有名な多種族ギルド、スリーピング・ナイツね」

 

 ユウキ達に話しかけてきた音楽妖精(プーカ)の少女はこのところ名前を聞くことが多くなったプレイヤーだ。ユウキ達もまた知ってはいた、自分達と同じように多種族で構成された珍しい集団であると。

 

「そうだけど、何か用?」

「端的に言うわ、あたし達に協力して」

 

 何の邪気もなく発せられた言葉は、共に世界樹を攻略しようという誘い。

 

 けれどそこに潜む欺瞞に、ユウキは気付いていた。

 

「ねぇ、それ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 スリーピング・ナイツ一人一人の方が明らかに少女、セブンよりも強い。決闘(デュエル)するまでもなく、セブンの挙動は戦う者のソレではなかった。戦闘の指揮を執るとしてもスリーピング・ナイツが上に立つ方が合理的だろうと、明らかに見てとれる程に。

 

「な……で、でも人数はこっちの方がずっと多いのに!」

「本当にキミ達が平和を謳っていて、一丸となって協力できるのなら関係ないよね。キミが彼らを説得すればいい」

 

 言葉に詰まった相手の態度、そこに思惑が透けて見えていた。一緒に、争いなく、平和に……それは誰の下でなのだ? 音頭を取る人間が変わっても同じことを続けられるのか? そうでないのなら……セブンの言い分は単なるエゴだ、1プレイヤーの我が儘でしかない。

 

「キミの題目は素晴らしいと思うよ。人を煽るのも上手いと思う、けどね」

 

 スラリ──片手剣を抜くユウキ。

 

「ボク、言葉だけだと信用できないんだよね」

 

 だから決闘(デュエル)しようよ、と──斬れば少しはキミを理解できるかもしれない、と送られた全損決闘の申請に、セブンは応じられない。応じられる訳がない。個人技では最強の誉れ高いプレイヤーの一人、絶剣を相手に、戦いの苦手な彼女が挑むなど自殺行為以外の何物でもない。

 

「じゃあ行くね。ボク達、フレンドに呼ばれてるから」

 

 申請有効時間が過ぎ、消えたメッセージウィンドウを見て──ユウキは立ち去った。スリーピング・ナイツと共に、ここがボクの居場所、ボクの戦う仲間だと、その背が語っていた。

 

 

 

 

 

 なんで、分かってくれないのか。手を取り合って仲良くすることの何が悪いのか。そんな思いがセブンの中で渦巻く。人々が協力し合う、それは善いことの筈だ、素晴らしい筈だ、なのに何故?

 

 ALOプレイヤーの目的は今、世界樹攻略の一点に集約されている。それはとても稀有なことで、全員が手助けし合える絶好の機会なのだ。故に一つの旗頭の下、皆が意識を同じくすれば、それは一人一人の単なる集合どころではない大きな力となるに違いない。

 

 大勢の脳をネットワークを介して接続し、いわば一つの集積回路を形成するクラウド・ブレイン構想。スーパーコンピュータなど目ではない処理能力が単一目的のため、一つの意思の下で統御される凄まじさは理論段階にして学会の注目を集め、パトロンの名乗りもあがっている。

 

「あたしは、口だけの人間なんかじゃない……七色・アルシャービンよ」

 

 絶対に理論を実現させてみせると胸に燃やす情熱は──本当に自分の渇望かも分からぬままに。

 

 自分の後をつけている少女がいることも、己とどういう関係なのかも、今は知る由もない。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

「アスナ、お待たせ!」

「ユウキ、っと皆さんは初めまして、ですよね?」

 

 央都アルンの世界樹前広場にてスリーピング・ナイツと合流したアスナ。アルゴ達からの情報を基に挑むクエスト、その仲間としてユウキ達は来たのだが……優れないアスナの顔色に気付く。

 

「アスナ、どうかしたの? 何か嫌なことでもあった?」

「ううん、そういうのじゃなくて……わたしって、何ができるんだろうと思って」

 

 先頃の水妖精(ウンディーネ)、サチとのやり取りでアスナが感じたこと、それはサチが実際に行動を取ることができる強さだった。想い人が困っていると知って奮い立ち飛んで行った姿は眩しかった。

 

 そしてふと思ったのだ────自分はどうなのだ、と。

 

「わたし、すごーさんに沢山のものを貰った。形のあるものも形のないものも、かけがえのないものばかり……それなのにわたし、貰ってばっかりで何か返せてたのかな?」

 

 ただ傍にいればいい、同じ空間を共にしていれば充分、もしかしたらそう言うかもしれない……いや間違いなく言うだろう、そういう人柄だから。けれどそれで本当にいいのか?

 

「ねぇユウキ、どうしたらいいと思う? わたしはいったい何をしてあげられるの?」

「アスナ……それは、ボクもだよ。沢山お世話になってるのに返せるものが見付からないんだ」

 

 あの日からデザインを変えた鉢巻に手を添えてユウキは呟く……だけど、と。

 

「いい考えが浮かばないんだ。だからもう思いきりドンとぶつかっちゃおうと思って!」

「ぶつかっちゃうって、ユウキ……どうやって?」

「そりゃあ現実(アッチ)でも仮想(コッチ)でも、だよ。特に世界樹クエはすごーさんの肝いりなんだよ? ボクらで攻略してたどり着けば感じるものもあるかもよ!」

 

 それに、と付け加えられた情報は見落としていた、あまりにも彼女達にとって重要な理由。

 

「ラスボスはきっとGMだよ? つまり、すごーさんを誰かが倒すってことじゃん」

「え……あ、そういえば」

「ボクだってまだ斬ってないのに、他の誰かに倒されるなんて許しがたいよねー」

「そう、そうよね……誰とも知れぬ人に倒される位なら、いっそわたしの手で」

 

 そっと手を添えたフロッティ、これを確保したのは単なるレアアイテム狙いや強さへの欲求からではない、これらグランドクエスト報酬の造形を手掛けたのが彼だからだ。

 

 つまるところそれ程の執着を見せている彼女が、彼の撃破される未来を甘んじて見ていられる筈もなかったのだ。叶うことならGM側で参加したい程に。ふぅ、と息をついて笑顔になるアスナ。

 

「ユウキ、ありがとう。目が覚めた気分だわ──でもすごーさんを倒すのはわたしだから」

「あはは、アスナが元気になったなら良かった──けどすごーさんを倒す役は譲らないよ」

 

 バチリとぶつかる視線と視線。手を振り下ろして表示されたのは決闘申請、全損決着。

 

「わたし、ユウキと会ったときから最大のライバルはあなただって思ってた」

「奇遇だね、アスナ。ボクはキミの話をすごーさんから聞く度に思ってたよ」

 

 カウントゼロ、二人は────央都アルンのど真ん中で激突を開始したのだった。

 

 

 

 

 

 勝者にフロッティの所有権を移し続けること暫し、駆け付けたシノンに鎮圧されるまでの絶剣と鉄壁による一連の決闘を──人々は絶壁の戦いと噂し、当事者は表現に憤慨したとか。


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