強くないのにニューゲーム   作:夜鳥

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決戦前夜

「世界樹の上には、やっぱりすごーさんが待ち構えているのよね?」

 

 その質問を詩乃にされたのは夕食後、リビングで一服していた時のことだ。分かりきっていることを一応尋ねる、という口ぶりに僕は一瞬戸惑い……とりあえず答えることにした。

 

「いる時もあるけど、人間が四六時中VRに張り付いているのは不可能だよ」

「え……いや、まぁそれもそうだけれど……つまりはAIってこと、なの?」

 

 その確認に頷く。近頃は頂上でのんびり出番を待っているという訳にもいかないのだ。というのも現在稼働している唯一の大規模ネットワークだからか色々と暗躍する面々がいて……PKをそそのかすプレイヤーなんぞ可愛いもので、比較にならないような思惑と欲望が見え隠れしているのだ。

 

 まぁ──彼らの情報は丸裸なのだが。アミュスフィアなりナーヴギアなりを装着してこちらのサーバーに情報を自ら全公開してくれるのだからご苦労なことだ。情報を漏らすことを逆手に取った何かの罠ではないかと疑う程で、寧ろその線での調査に力を入れている状況である。

 

 レクトとアーガスは営利企業だ、公共機関ではない。目的外の好き勝手を許す筈もないのだ。

 

 ここのところ活発に活動しているのは……わざわざリアルベースのアバターを要求してきた米国の七色博士だろう。今現在は計画とやらも準備段階らしいが……何故か彼女の後を付けているプレイヤーが不可思議と言えば不可思議か。いずれ両者とも調査が必要だろう。

 

 まぁ……七色博士の研究自体は歓迎なのだ。このまま順調に成長してもらい、茅場先輩を超える位の科学者に是非ともなって欲しい。そうすれば僕も()()()()()()()()()()()()()から。

 

「というか戦う前提なのか……まぁ戦いたければ戦えばいいんだけどさ」

「その口ぶり……じゃあ、頂上に行ってもすごーさんと戦えないの? それでいいの?」

「いいも何も、仕方ないだろう? あぁ、クオリティを気にしているのか……安心してくれ、僕自身よりもずっと上手くボスを務めてくれること間違いなしの仕上がり具合だ」

 

 既に僕の情報を基にしたホロウ・データは作成済み、そのAIが頂上にて出番を今か今かと待っている。24時間のフルダイブを延々百日も続けられるような立場ではないのだ。時間が許せば僕が出てもいいけれど、出来としてはAIの方が優秀に違いなく……プレイヤーもその方が嬉しいだろう。

 

 論理的に間違いのない選択だ────間違っていない筈なのに、詩乃は表情を消した。

 

「ボスの相手はあの二人に任せてもよかったけど、気が変わったわ……決めた、絶対に私が倒す。だからちゃんと世界樹の上で待っていて欲しい。今のすごーさんは、絶対に間違っている」

「詩乃? 何を」

「プレイヤーが本格的に攻略を始めるタイミングは運営も把握できるでしょう? それに合わせてすごーさんも待っていて、絶対に誰にもその場所を譲らないでっ」

 

 怒っている、のか、でも何故だ? 反抗期という話でもないだろうに。

 

「言葉ではうまく伝えられないから……すごーさんの前に私は絶対たどり着く。その時アナタにも感じるものがきっとある、あって欲しい……それを思い出して欲しい」

「僕が何かを忘れているというのか……まぁ、頂上にいればいいのか?」

「それでいいわ、そこで喧嘩をしましょう。分からず屋の父親に怒れるのは、子供だけだから」

 

 そう言って去ってしまう詩乃を、絶賛大混乱中の僕は追いかけることができなかった。

 

 世界樹クエストは元々、プレイヤー達の滞空制限を解除するための催しに過ぎない。運営はそこに意味を付加した──運営が闘争を可能にしただけで(推奨したという訳でもないのに)当然のように争いを繰り広げる彼らは共通の目標を得た時、果たして達成へ至ることができるのか……興味のみならず期待も含めて。

 

 (ひるがえ)って僕が付加したものはと言えば……大したことではない。世界樹の構造であるハイヴ、蜂の巣を抜けた先にいる王を倒し、彼らは無限の大空を舞う力を得るというその構図を作りたかっただけだ。蜂の王、さながら女王蜂として巣立つ彼女達を送り出す役目を務めるために。

 

「それだけの筈だったんだけど……なぁ」

 

 どうした訳か詩乃は僕を倒すことに──というか僕自身に執心らしい。いや、先程の話し方だと明日奈と木綿季も同様に、ということなのだろう。嬉しくはあるけれど戸惑いの方が強い。

 

 好意に気付いていない訳ではないのだ。

 けれど彼女達の鮮烈な意志と願い、生きざまの美しさを見ていると。

 自分の内から生まれた願いや渇望を持たない僕の存在は(かす)んで感じられるのだ。

 

 僕の今までの行動は原作知識(僕の外からのモノ)が罪悪感を刺激した結果がほとんどで……己の中にあるのは昔と変わらない小心な自分、(ねた)(そね)みと無縁でいられない僕だ。他人の夢に燃えて他人の願いを叶えて満足感を得て何も残らない、欠損を埋めるために誰かの渇望を実現して刹那の充足を得る繰り返し。

 

「それだけの筈だったんだけど……ねぇ」

 

 けれど僕はどうやら生まれて初めて知識(デジャヴ)とは無関係に──何かが欲しいと感じているらしい。

 

 玉座の間にてシノン達を出迎える妖精王、けれど中身は僕以外──想像だけでイラッときた。

 

 あぁ、本当に僕は気付くのが遅い……誰かに詩乃達の相手を務めさせる? 冗談じゃない。彼女達の前に立ちはだかるこの役目は例え自分のコピーであっても譲れない、それだけのことだ。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

「全く、アナタ達ときたらそんな理由で大乱闘していた訳?」

 

 須郷への宣戦布告──親子喧嘩の誘い──をした後、ALOへログインしたシノンは央都がいつになく騒がしいことに気付かされた。猫妖精だから目だけでなく耳も良いのか、聞き耳を立てるまでもなく集まる話し声が……水妖精(ウンディーネ)闇妖精(インプ)の激突を噂していると知って跳んできたのである。

 

「心当たりがありすぎる二人っていうから来てみれば……せめて一回で決闘(デュエル)は済ませなさいよ」

「でも詩乃のん、一回だったら追加クエストは発生しなかったよ、わたしの勝ちで!」

「二回目に勝ったのはボクだからね。それにそこから暫くボクの連勝だったじゃん?」

「内容はどうでもいいのよ。時間もないのだから、さっさとクエストに出発するわよ」

 

 ランさん達もきっと待ちぼうけているわ、その一言で動きを止める二人。特にユウキは現実に戻ってからもお説教が待っていること間違いなしとあって顔を青くしていた。

 

 そんな二人を引きずって世界樹前広場へ向かうシノン。目的地は地下空洞の先、ミズガルズだ。任せると言ってくれたその場所には今、竜が居座っていると聞いた彼女の心中は決して平静ではない。とはいえ任される数年後までどう使われようとシノンは何かを言える筋合いでもないのだが。

 

「プレゼントを横取りされているみたいで気に食わないのは、仕方ないわよね?」

 

 何の恨みもないけれどファフニールは駆逐させて貰う──シノンの顔付きは狩人のソレだった。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

 世界樹攻略に向けて動いていたのは一般プレイヤーだけではない。各種族の領主達もまた(きた)るべき時に備えて準備を進め、互いに情報の共有を進めていた。ユージーンもまたその一人であり……結んだ同盟に関する話し合いをするために央都アルンの領主会合施設を訪れていた。

 

風妖精(シルフ)領主サクヤ、猫妖精(ケットシー)領主アリシャだな。火妖精(サラマンダー)領主モーティマーの名代、ユージーンだ」

 

 今回はよろしく頼む、そう言って入室してきた彼を二名はそれぞれの表情で迎える。この場所に火妖精が正面から乗り込んできたのは初めてのことだ。言わずもがな風妖精と戦争中だったからなのだが……サクヤはといえば、あまりに気にした素振りもないようだった。

 

「こちらこそよろしく頼むよ、火妖精の強さは身に染みて知っている。味方ならば頼もしい」

「うむむ、サクヤちゃんがオッケーならいいかナ。けどよくモーティマーが応じたよネ?」

「別に泣いてお願いした訳ではないぞ」

 

 それはもういいっテ、と言いつつ思い出し笑いを堪えるアリシャ。丸テーブルを挟み座ったユージーンはその様子をむっつりとした顔で眺めた後、軽くため息を吐いてあの後のことを明かした。

 

 モーティマー曰く──尋常な果たし合いの結果ならば領民の納得も得られる。二種族を壊滅させるよりも効率の良い手段が採れるならば構わない。指揮はお前に任せる、と。

 

「はぁ……いったい何歳だ、モーティマーは。というか現実では何をやっている人間なんだ?」

 

 謀略のみならず戦略眼もあるとは、リアルの詮索はご法度だと分かってはいても呟いてしまう程にモーティマーは並外れている。会談を襲撃された後、領都に戻ったサクヤは裏切り者の追放に早速着手したのだが……彼以外にもいつの間にか姿を消したプレイヤーが数人いたのだ。まず間違いなく火妖精の密偵だろうと抗議してみても、寧ろ誉め言葉だとばかりの反応を返してくる始末。

 

「リアルの話は出来んが……こちらで掴んだ他種族の情報ならば提供しよう」

 

 それぞれの領地では歌姫セブンの呼び掛けに応じる者が多く、領主達は取りまとめに奔走するばかりで精一杯、まとまった軍勢を送ることなど期待できない、と。風妖精のみならず全種族に密偵を送っていたと告白するも同然な執政府内部の情報にサクヤとアリシャは絶句する。

 

 まるで戦争系のMMO経験者かと思う程に勢力同士の戦いというものに慣れているモーティマー、そんなことを感じたアリシャは一つ、ふと思い至ったことを尋ねた。

 

「ねぇねぇ、もしかして君達って数百人のプレイヤーでも指揮できたりするのかナ?」

「まぁ、不可能ではない。とはいえ指揮系統が確立されていることが前提だが」

 

 流石に初対面のプレイヤー達をまとめるのは難しい、と口にするユージーン。思い返せば会談後、彼が敗北と撤収を決めたことに約70人のプレイヤーは何一つ文句を言わず従っていた。

 

 VRMMOという好き勝手なプレイができる環境で誰かに従う、それもついさっき目の前で誰かに敗北したプレイヤーに従うのは、考えるまでもなく難しい。どうしても(あなど)りや(さげす)み──将軍といえど大したことないじゃないか──という感情と無縁ではいられない、その筈なのに。

 

 モーティマーとユージーンは何をしたのか……火妖精プレイヤー達を心酔させているのだ。

 

「何というか、君はただ強いだけのプレイヤーではなかったのだな」

「それは褒められているのか皮肉なのか……まぁ俺も知らず傲っていたのかもしれん」

 

 苦笑するユージーン。手の内を見せびらかしすぎだ、と兄にも以前から注意されていたのだが……いずれ対策を立てたプレイヤーに敗北する危惧が現実のものとなってしまったのだから。

 

 とはいえ彼の方にも言い分はあった。時は(さかのぼ)りクリスマス、決闘大会に出場していたユージーンを破ったのはSAO経験者だった。謎の強さと慣れを持った彼らは少数ながらALOにおいて頭角を現すことも多く、純粋なALOプレイヤーからは目の上のたんこぶだったのだ。そんなSAO経験者に敗北したユージーンは寧ろ燃えた、ならばより高みへ至ってやろうと。

 

 対策を立てたければ好きにすればいい、その上で策ごと食い破ってやろう。表に出ていたのはそういう気持ちだが、裏側に傲慢さがなかったとは言い切れない。両手剣スキル熟練度は高くグラムは強い、有名プレイヤーなどと評されても謙遜することはなかった。だが、今は違う。

 

「俺はまた上を目指していける。スキル熟練度がカンストしたことなど関係ない。その先にある強さの片鱗を、ヤツらとの戦いは教えてくれたからな」

「ふむ……確かに彼らの戦いはこう、見ている側にも訴えかける何かがあった」

「もはや人間の動きじゃないよネ。それともその気になればあの動きが出来るってことかナ」

 

 執務室に籠りがちなサクヤも本来は太刀を振り回し、アリシャに至っては外を飛び回っている時間の方が長い。内政だけをしていれば満足などということはなく寧ろ決闘を(たしな)む二人なのである。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

 おおよその種族が追加クエストを終えたといっても即座に情報が共有される訳ではなく、統合して検証するプレイヤーがいなければならない。そしてオンラインゲームとはいえ全ての情報が外部で明らかにされはせず、寧ろ重要な情報こそ隠されるものだ。

 

 その中にあって単身で群を抜いた働きを見せるプレイヤーがいる。

 

 世界樹内部では滞空制限が解除される──世界樹限定でレイドのパーティー数上限は撤廃される──全種族が揃えばデスペナも味方誤射(フレンドリーファイア)もなくなるがドロップもほぼなくなる──九種の妖精にはそれぞれ得意分野を求められる局面が存在する──そんな追加情報を掴むのは猫妖精(ケットシー)だ。

 

「オレっちの所に集まった情報はこんな具合ダ。連合の呼び掛けはMMOトゥデイでもしているゾ」

 

 情報を購入して去っていった一行を見送り、アルゴは路地裏に入り込む。そうして人目がないことを確認した後でフードを上げて顔を覗かせ……ほう、と一息ついた。

 

「全く、なんでオレっちはALO(ここ)に来てまで情報屋をやってるのかネェ」

 

 SAOにβテストから参加していた数少ない一人、人呼んで鼠のアルゴは元々、情報屋のロールに深い意味ややり甲斐を感じていた訳ではない。プレイヤーが千人と限定された上に二ヶ月しか期間のないβ時は情報の収集と共有が喫緊の課題だったため、アルゴも各プレイヤーの間を走り回り情報収集をする意義があったのだが……それはあくまでβテスト限定の話である。

 

 正式サービス開始となれば外部の情報板、特にMMOトゥデイという強大すぎる同業者が現れる。個人の掛けられる時間や労力では太刀打ちできるものではない──というよりも張り合う必要がない。アルゴも普通のプレイヤーと同じく攻略に参加したい気持ちがない訳ではなかったのだから。

 

 だから情報屋は廃業しようと決めていたというのに……開始早々デスゲームと知らされたSAOで攻略の最前線に立つことなど選択できる筈もなく、狂騒に駆られる広場の中で(なか)ば自失してメニューからの各情報を(いじ)り悩んでいたところを捕まってしまったのだ。長い付き合いとなる彼女と。

 

 ──あの、もしかしてβテスターの方ですか?

 

 思い返せば今でも失態だと感じてしまう、初対面時のやり取り。慌てて手を引いて広場の外へ移動して、人影のないことを確かめて、自分がβ経験者だということが広まらないようにして……名乗ってもいないことに気付いて自己紹介をしたのだ。

 

 それからちょくちょく顔を合わせるようになった彼女、アスナの情報は有意義にも程があった。もちろんクエストやモンスターの情報には誤りも多かったが、システム面の抜け穴探しについては他者の追随を許さない精度だったのだ。睡眠PKの危険を始めとして寝袋を利用したプレイヤーの移動方法や飲食物を利用した麻痺毒の仕掛け方など、彼女自身がPK志望者ではないかと疑ってしまう程にアイデアが出るわ出るわの大盤振る舞い。

 

 システム的抜け穴の利用を先回りして(ことごと)く潰していく彼女を指して鉄壁という二つ名を広めたのは、実はアルゴ自身だったりする。別の意味合いが幾つか追加されたのはアスナのせいだが。

 

「そのツテで今も情報屋ロールとは……嫌って訳じゃないんだけどナァ」

 

 情報を提供する側も何かしらの対価は欲しいものだ。提供者の素性についてもある程度秘匿してくれれば更に文句はない。SAO時代からの実績と信頼のあるアルゴは、SAO経験者にとって情報板よりもよほど信じるに値する相手だったのである。そんな訳で彼女には今なお様々な情報と要望が寄せられ──期待になんだかんだ応えてしまうというのもまたアルゴという少女だった。

 

 と、猫耳が近付く足音を捉える。フードを戻したアルゴは退路を確認し……見知った相手であることに気付き緊張を解いた。物陰から姿を現したのは金髪ポニーテールの風妖精(シルフ)プレイヤー。

 

「あの、アルゴさん……ですよね。あたしは」

「知ってるよ、キー坊の妹ダロ。こんな所まで探しに来て何の用かナ?」

 

 現れたリーファとアルゴは、直接の面識はない。だがキリトを通じて存在は知っている上、たまに名前の挙がる女性プレイヤーということもあってアルゴの側には情報が揃っていた。

 

「それで用件は売る方か買う方かだけど……その顔は知りたいことがあるって表情だナ」

「キリト君の、お兄ちゃんの見てきたものを、SAOで何があったのかを知りたいんです」

「ンー…………」

 

 何故リーファが今になって知ることを欲したかといえば……キリトとクラインが竜の言葉に劇的な変化を見せたからで、その原因がSAO時代にあるのだと分かりきっていたからだ。この一年のほとんどを兄と共に過ごし、ALOにおいても追い付くべくPvPに磨きを掛け、同じものを見てきたつもりだった。戦っても付いていける程に。けれど、まだ不足だったと気付かされた。

 

「悪いけどその手の情報は売れねーヨ。というかキー坊なら答えてくれるダロ?」

「イッツ・ショウ・タイムって呟いた後のお兄ちゃん……一回すごく沈み込んじゃって」

「あー……それはまぁ……仕方ない、だろうナァ。というかよりによって笑う棺桶(あの連中がらみ)かヨ」

 

 ぽりぽりと頭をかくアルゴ。リーファが放っておけないと感じるのも尤もな反応をしたキリト、その理由がよく分かるからこそどうしたものかと悩み……

 

「やっぱ駄目だな、オレっちにその情報を売らせないでくれヨ」

 

 正直リーファにならば教えてもいいと思う。それこそロハで構わない程に。けれどこのプライベートな話を他人の口から伝えることは、アルゴにはできなかった。自分のスキルレベルすら売り物にできる情報屋でも踏み越えてはならない一線があるような気がして、口をつぐむことを選んだ。

 

「キー坊もその内に心の整理が付くだろうから、その時に聞いてみればいいサ」

「はい……やっぱりお兄ちゃんとアルゴさんって分かり合ってるんですね」

「え゛……ち、ちょっとどうしてそう思っちゃったのかオネーサンに聞かせてくれないカ」

 

 その辺のカフェにでも入って、奢りだから心配しなくていい、料金はキー坊にツケておくからサ──そんな具合にリーファを連行して話し込むこと数時間。お互いに心行くまで存分に情報の交換を果たした二人はフレンド登録を済ませて別れたのだった。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

「ねぇアスナ、ボク達まで上がっちゃって良かったの?」

「もちろん! 一緒に攻略した仲だもん、当然だよ」

「そっか……それにしても拠点があるっていいね。ボクらもギルドハウス欲しくなっちゃうなー」

 

 ぐるり、と一回転して室内を見回すユウキ。スリーピング・ナイツと共に挑んだクエストの打ち上げとしてアスナが央都の自宅に招待したのだ。小高い丘の上に位置した家からは央都アルンの街並みが一望できる。視界には当然、プレイヤー達の熱視線を集める世界樹もまた存在していた。

 

 キッチンには調理器具(エルドフリムニル)で仕上げられていく大皿料理の数々。大人数をもてなすには最適のアイテムを振るう絶好の機会とあって厨房は大忙しだ。本来はアスナが手掛ける筈だったのだが……

 

「なんだか悪いわね、ランさん達にお任せしちゃって」

「いいのいいの、場所を提供して貰ったんだから。それに姉ちゃんリアルでも料理好きだし」

「料理かぁ……ALOの料理はもう少し複雑な手順だとわたしは嬉しいかな」

「あら、アナタがそんなこと言えるようになるなんて思わなかったわ」

 

 と、窓際から外を眺めていた二人にかかるシノンの声。どういうこと? と尋ねるユウキに暴露される過去の逸話によりアスナの顔は段々と赤くなっていく。振り返るのは宮城の冬──猫の手? 何それ。カット? 切れてれば良いのよね。一事が万事そんな具合な料理初体験の顛末だ。

 

「アスナはね、包丁使い一つ取っても上から思いきり振り下ろすからもう、見ていられなくて」

「うわー、SAOの筋力値でやったらまな板まで切れちゃうんじゃない?」

「だ、大丈夫よ、ここなら料理スキルが高ければそんな惨状には、って今はもう上達したわよ!」

 

 ユウキのホントかなぁ、というジト目に証明してあげると息巻くアスナ。それなら家に二人とも来ればいい、というシノンの提案にユウキは即答し……しかしアスナは歯切れが悪かった。

 

 というのも明日奈が先日、詩乃の家へ──というよりも須郷の家へ──遊びに訪れた際の帰り道、自宅まで車で送ってくれた須郷との間に交わした会話がずっと引っ掛かっていたからだ。

 

「何、アナタまた何か抱え込んでいるの?」

「だ、だって……」

「なになに、今度はなんの話?」

 

 前後を挟まれて逃げ場もなく……観念したアスナが明かしたのはティターニアの件である。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

「ねぇ、以前わたしが借りたティターニアのアバターを、もう一度借りることはできない?」

 

 そのお願いを伝えられたのは明日奈を送っていく最中のことだった。どうしてまた、と思ったのだが……このタイミングでの話となると、やはり世界樹攻略に関連した理由なのだろう。

 

 彼女の性格からして……特別扱いをされたいからでは、ないだろう。欲しいものがあれば自力で何とかしてしまう子だ、水妖精の伝説級武器(レジェンダリィウェポン)もちゃっかり確保しているようだし。

 

 となると、残る理由はそう多くないのだが……考えた末、助手席の彼女に言葉を返す。

 

「GM側で参加したいということ、か? でもそれをしてしまうと今後、明日奈は純粋なプレイヤーとして遊ぶことができなくなるぞ? それは困るだろう」

 

 仮に……そう、仮に彼女がボスの側に立ってプレイヤー達を粉砕したとして、その時はいいだろう。だがその後は? 彼女が元の、1プレイヤーの立場に戻れるか? 周囲の目だって変わるだろう、変わらざるを得ない。何をするにつけても他プレイヤーの目や声を気にすることになる。

 

 もしそんなことになってしまっては、僕の方が居たたまれなくなってしまう。

 

「手伝ってくれようとする気持ちは嬉しいけど、やっぱり駄目だ。君には純粋に楽しんでほしい」

「で、でも詩乃のんは今までにも裏方を手伝ったりしているでしょう? だからわたしもっ」

「今回に限ってはあの子も不干渉だよ。明日奈にあのアバターは使わせられない」

 

 むぅ、と不服そうな表情。そんな風にむくれられても答えは変えられない。それに例え彼女が完全に運営側へ回ることを決意したとしても、ティターニアだけは使わせる訳にいかないのだ。

 

 何故かと言えば僕が妖精王のアバターを使う予定だからで、彼女が王妃のアバターを使うとなると──僕の脳裏には原作の1コマ1コマがそれはもう忠実に再現されていくのである。

 

 自分が妖精王、目の前には囚われのアスナver.ティターニアだ。想像してみれば分かる。

 

 髪の匂いをかいでみたり手を縛り上げ胸元を破ってみたり頬を舐め上げたりしてみたいという妙な衝動が沸き上がり──決して実際にしたい訳ではない、したい訳ではないのだ、当たり前ではないか──そんな僕の前にリアルで立たれると、それらが妄想で済まなくなってしまう可能性が──実行したい訳ではないが、絶対にないが──ないこともないのだ、僕も紳士、もとい男だから。

 

 つまるところ……想像すら難儀する次第で……僕はあまり、自分の理性を信用していない。

 

「オベイロンとティターニアの関係だけはちょっと……迷信の類いだと分かってはいるが」

 

 知識などもはや役に立ちはしないのだが、どこかで僕の行動に縛りを掛けていたりバイアスを課していたりすることはあるのだ。ならばどうすればいいか、それは同じ状況にならなければいい。

 

 そんな理由でオベイロンとティターニアを揃い踏みさせる訳にはいかないのだ、絶対に。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 ──オベイロンとティターニアの関係だけはちょっと……迷信の類いだと分かってはいるが。

 

「ユウキ、どういうことか分かる? わたしには分からないよ」

「えー、単純にプレイヤーとして楽しんでほしいってことじゃないの?」

 

 消沈した様子のアスナとあーでもないこーでもないと話すユウキ。この件に関してシノンは少しばかり居心地が悪い。というのも彼女はこれまでもちょくちょく運営の依頼を受けたことがあり、アスナが行動した原因はそれだと分かりきっているからだ。言わずもがな羨望である。

 

「詩乃のんにはときどき運営を手伝わせたりしてるよね」

「え、ええ、まぁ勉強の一環として。それに私はこちら側の方が最近は楽しいから」

「だったらわたしだってそうだよ、そっち側に行ったっていいじゃない」

 

 きゅ、とカーテンを指でつまむアスナ──その姿に世話が焼けると思いつつシノンは口を開く。オベイロンとティターニアの元ネタである夏の夜の夢、その概要から導いた彼女なりの仮説を。

 

「妖精王は王妃を思い通りにするために媚薬を使ったの。それが嫌ってことはつまり、すごーさんは明日奈と誠実に向き合いたいと思っているということよ、多分、きっと、もしかしたら」

 

 それを聞いて案の定……どこかへと旅立ってしまったアスナ。だったら直接言ってくれれば、父さんの説得だって、そんな呟きを続ける彼女を置いてユウキ達はリビングへ向かうのだった。

 

「ねぇシノン、アスナは放っといていいの?」

「その内に戻ってくるでしょ。ランさん達を待たせる訳にはいかないもの」

「姉ちゃん怒るとおっかないからねぇ」

 

 そもそもシノンは打ち上げの準備が済んだと知らせに来たのだ。戻ってくるまで暫くかかりそうなアスナを待っていては料理が冷めてしまいかねない。アスナとユウキに落ちたランの雷を見て二の舞にはなるまいと肝に銘じたシノンとしては……家主をさて置いても優先すべき事項であった。


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