強くないのにニューゲーム   作:夜鳥

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ハイヴ攻略作戦

 ストレアに持ち込まれたこれでもかという量の素材をことごとく古代級武器(エンシェントウェポン)に仕上げたリズベット。工匠妖精(レプラコーン)随一の腕前を惜しみ無く発揮した武具を配備した火妖精(サラマンダー)風妖精(シルフ)猫妖精(ケットシー)水妖精(ウンディーネ)の連合軍とキリト達を始めとする有志のプレイヤー達は世界樹前広場にて作戦の開始を待っていた。

 

 四種族同士は対等、上から命じられるようなカリスマの持ち主もいない。キリトは各種族に認められてはいるものの多数の指揮を執ることはできない。アスナは血盟騎士団副団長の経験はあるが各種族に認められていない。或いはヒースクリフがいれば、それを誰もが思い、口にしなかった。

 

 故に方針決定は合議、内容は役割分担に帰結する。混合しての指揮など誰も執れないのだ。

 

 偵察隊の情報、それは単純にして明快な世界樹内部の構造であった。大扉を開けて中へ、遥か上空には人一人通り抜けられる大きさの扉がある。だがそこに至るまでは白い鎧に覆われた騎士モンスターが行く手を阻み剣を構え、壁面には射手のモンスターがぎっしりと矢を構えている。

 

 一体一体はプレイヤーより少し大きい人型、上手く斬れば一閃で倒せるため対応は可能だ。だが立ちはだかる守護騎士の軍勢は尋常ではない量である。プレイヤー側も千名に迫る大所帯だというのに心細く感じられてしまう数が世界樹の内周を、壁に沿って上空の扉まで待ち構えていると。

 

 ならばこそ各々が分担した役割に徹することで突破しようと、決めていたのだ。

 

 しかしいざ突入しようとした時に気付く、何者かが既にクエストを進めていると。

 

 慌てて大扉を開けた先の光景──音楽妖精(プーカ)の下に集ったプレイヤー達の人海戦術──に絶句するキリト達。確かにそういうプレイングはアリだ、数の暴力で乗り切ることもまた、ゲーム攻略の方法ではある。散っていく妖精の姿がかつてアインクラッドで散った軍のプレイヤーに重なって見えたとしても、それは単なる感傷に過ぎないのだ。横から口を出せる筋合いではない。

 

 それに────()()()()()()()()()()()()()を運営が用意する訳もなかったのだ。

 

 一体撃破しては二体に殺到されて死ぬ。二人で連携しては四体に連携されて死ぬ。ただ一人のアイドルに惹かれて集まっただけの彼らが心からの協力など出来よう筈もない。ただ無慈悲にただ無価値に殺されて、ライフをアバターを爆散させていくだけの屠殺場が現出していた。

 

 

 

 

 

 けれどキリト達とて他のプレイヤーの窮地を傍観していられる程に面の皮は厚くない。自分達にかかるモンスターの重圧が分散してくれるという目論見も勿論あったが、その程度はゲーマーならば当たり前だ。誰に恥じることもないプレイングである。

 

 そうして始められたキリト達のグランドクエスト攻略は……こちらも苦戦することになった。

 

 最初こそ組織だった動きは実現できていた。

 

 前衛に火妖精を、後衛に水妖精を置き、中衛を風妖精と猫妖精が務める役割の分担自体は良かった。個人参加の面々は遊撃として思い思いに剣を振る。SAO経験者はボス戦における組織的な攻防を感覚で覚えており、ALOからのビギナーも領主プレイヤーの指示で動くことには慣れていた。

 

 それこそ守護騎士が千や二千であれば(さば)ききれただろう。火妖精が押し止め、水妖精が支援し、風妖精と猫妖精が削る、そのサイクルが機能し続ければその倍でも何とかなったかもしれない。

 

 だが万を超える敵の数は誰にとっても未知数だった。数万の軍団(レギオン)など、知る筈もなかった。

 

 大河が空から降ってくる、誤って滝壺に飛び込んでしまったような状況。前線から離れていた者には敵の群れが雲河の如く迫り来るのがよく見えた。見えていても、どうしようもなかった。

 

 ハイヴだ──誰が呟いたのか、蜂の巣穴を意味する英語がこれ以上に適した戦場はないだろう。

 

 数の暴力、単純にして正攻法の戦術を、数で劣るプレイヤー側が跳ね返すには統率と奇策が求められる。けれどこのような状況、それこそSAOでもALOでも経験したことのある者などいない。

 

 あまりにも馬鹿げた物量に戦線は綻びを見せ始める。圧力に耐えられずHPを全損する火妖精、隙間から浸透していく守護騎士達が穴を広げ、四方の警戒を強いられた火妖精は更に消耗していく。

 

 水妖精は明らかに手が回らず、回復魔法を飛ばそうとした相手が既にリメインライトと化していることの連続。猶予時間中に蘇生させようにもエンドフレイムを飲み込んだ敵の群れは迫り来る。

 

 中衛の風妖精と猫妖精も、敵と味方が入り乱れてしまっているため有効な援護を難しい状況だ。フレンドリーファイアはダメージこそないがノックバックは存在する。かえって足を引っ張ってしまう結果になることもあったのである。

 

 領主達の統率下にないプレイヤー達は少しでも先に進むべく各自で行動し……そして各個撃破されていく。すり抜けていけば大丈夫と考えて突出し上昇を続ける者も、躍りかかる騎士達と体格は互角、一度剣同士で(つば)競り合えば容易に止められて乱戦模様、入り乱れての戦いだ。

 

 キリト達もこれではいけないと理解はしていた、だがなまじ参加種族と人数が多いため一本化した指揮が不可能なのである。それでも何とか先に進もうと各自が剣を振り、魔法を放つ。だが何体か撃破したと思えばすぐさま上空から別の騎士がやって来る。消耗戦だった。

 

 もし英雄が、ヒースクリフがいれば、彼の指示に全て従えばいいのに──そんな誘惑と弱音が顔を出し、頭を振って追い出す。今ここに頼るべき英雄はいない、頼れるのは自分と、仲間だけ。

 

 とにかく一旦、数十秒でいいから全員が落ち着く時間が欲しい、そうすれば組織だった動きを取り戻すことができるのだ。その苦悩は各領主も同じく共有していた。だが打開策はなく────

 

 

 

 上空、視界の全てを水流が埋め尽くした。

 

 

 

 突如として張り巡らされた水流の縄が守護騎士達を縛り上げる。バインドの魔法、あまり強度は高くない、数秒あれば壊されてしまう時間稼ぎにも劣る魔法である──単体であれば、だが。

 

 次から次に水妖精によって放たれるバインドは……断続的に守護騎士を絡めとり拘束していく。守護騎士達は動きを止め、膨大な数ゆえに扉への空間を潰してしまうが────百人単位の膨大なマギア(魔法威力強化)の魔法を受けて詠唱を続けていた()()()()()()が杖を突き出した、瞬間。

 

 ファフニールのブレスにも匹敵するような太さの光条、冷気の光線が、轟音をたてて打ち込まれ……水流のバインドを伝い、守護騎士の全てを完全に凍結させた。万を超え、一の例外もなく。

 

 一塊(ひとかたまり)となった氷の中には継続ダメージを受けている敵の群れ、そこから氷雪のかけらが降り注いでくる。僅か十数秒にして白銀に染められていく世界樹の中はまさに冬景色、寒さすら感じる程の威力にキリトは思わず肩を抱き、呟いた──なんだこれ、と。ボス級の威力じゃないか、と。

 

「これは水魔法の、アブソリュート・ゼロ? いやいや、でもあれはこんな馬鹿げた威力じゃ」

「久しぶりだね、キリト」

 

 少しばかり猶予が生まれ、各自が態勢を整えている中……水妖精の一団からやって来た少女は彼のよく知っている人物だった。今の今まで顔を合わせられなかった待ち人に狼狽えるキリト。

 

「さ……サチ!? この氷は君が?」

「君と一緒に雪の街を歩いてみたいって願い、期せずして叶っちゃった」

 

 くすくす、と笑う彼女は以前と変わらない──キリトの記憶に残る顔とそっくりの──サチだ。翅が生えて、ゴツい杖を持って、とんでもない威力の魔法をブッ放していたとしても──サチだ。

 

「ねぇキリト、私があの世界にいた意味って何だと思う?」

「っえ? いや、それは…………その」

「責めている訳じゃないの、私にも分からないんだもん。けれど君はあるって言ってくれたよね」

「あ、ああ……そうだけど」

「絶対にいつか教えてもらうから、まずはここを切り抜けよう。また会えて嬉しいよ、キリト」

 

 にっこりと笑うサチは、キリトの記憶よりも強くなっている気がした。特に意志力がとても。

 

 バシャン、とモンスターが消滅する音が上空で続けて響く。継続ダメージでHPを削りきられた騎士達が消え、塊となっていた氷もまた姿を消していく。やっと進めると待ちかねるプレイヤー達。

 

 一掃された守護騎士、扉までの障害が消えたことに肩透かしを覚えたそのとき、召喚エフェクトが()()()()()()()に光輝き……出現した守護騎士達は色彩がバラバラとなっていた……六色に。

 

 

 

 

 

 第二段階、アルゴリズムの変化、敵の性質はガラリと変わっていた。

 

 ファイアボール、火属性の魔法を受けてHPを回復させる赤い騎士。同じ魔法を受けた青い騎士は一撃で消滅する。それぞれに弱点と吸収属性が設定された騎士の群れは、それぞれの対応魔法を使わなければ(さば)ききれない。そのことは多くのプレイヤーが即座に把握できた。

 

 火と水、風と土、聖と闇がそれぞれ相克する相性の中で、守護騎士にもそれぞれ属性が設定されていたのだ。火には水を、風には土を、聖には闇を選択すれば一撃で(ほふ)れるが、弱点を外せば手数が必要となり数の暴力に敗北すること必至。

 

 種族として参戦している火妖精は水属性を、水妖精は火属性を、風妖精は土属性を相手取る。土妖精、音楽妖精、闇妖精は少なく、必然的に個人参加の遊軍が対応していくことになった。

 

「カゲムネ、対処する騎士の情報を念のためサクヤとアリシャ、あの少女(プーカ)に伝令しろ。ジータクス、貴様らの攻撃対象は水妖精を狙う一団を優先だ、火妖精の担当は前衛で充分に防ぎきれる」

「じ、ジンさん、そんなこと言ったって凄い敵の数ですよ、死んじまいますって!」

「そうです将軍、我々が崩れては元も子もありません!」

「ここでやられたとてペナルティもない。それに俺達火妖精がこの程度に臆してどうする?」

 

 戦域に放ったサーチャーからの情報を受け取りつつ部隊に指示を出していくユージーンは、自身も最前線で両手剣を振るう。グラムを失ってなお、いや失ったからこそ武器に頼らぬ技の冴えが存分に発揮されていた。斬って、斬って、斬って、斬り続ける連撃は重ねること八つ、先を上を目指して鬼神のごとき戦いぶりを見せる彼に部下達は必死で食らい付いていく。

 

「お前ェら、風林火山の名を知らしめる機会だ。散々遅刻したんだから楽しまなきゃなぁ!」

 

 勿論っすよリーダー! その返事を背に刀を振るクライン。侍のロールを貫き詠唱を覚えない彼に相性などは関係ない。ただ刀を抜き、斬り、倒していく繰り返しだけを十、二十と重ねていく。

 

「前では火妖精が頑張ってくれてる。討ち漏らしはわたしが止めるから、サチさんは魔法隊を!」

「はい──攻撃隊は小隊毎に詠唱を、回復魔法は常に詠唱待機状態を保ってください」

 

 数少ない水妖精の前衛担当を指揮するアスナ、他種族への援護をサチは振り分けていく。

 

 土妖精(ノーム)は風を、音楽妖精(プーカ)は闇を、闇妖精(インプ)は聖を担当する筈なのだがプレイヤー数が少なく苦戦していた。ところで残りの工匠妖精(レプラコーン)影妖精(スプリガン)猫妖精(ケットシー)が役立たずかと言えば全くそんなことはない。

 

 工匠妖精(レプラコーン)の得意とするバフ、影妖精(スプリガン)の得意とするデバフ、いずれかがきちんと掛かっていれば守護騎士を倒すために必要な魔法が中級から初級に軽減された。そして猫妖精(ケットシー)の十八番、テイムモンスターは複数属性の攻撃を標準で備えている。当たるを幸いにブレス攻撃を打ち放題だった。

 

「虎の子の竜騎士(ドラグーン)部隊、かけたユルドは数知れず、持ってけドロボー全力で撃てェ!」

「張り切っているな、ルー」

「ったりまえだよサクヤちゃん。こういう大戦(おおいくさ)をずっと待っていたんだからネ!」

「ふ……違いない。風妖精(シルフ)諸君、今こそ我らの力を示すときだ!」

「あの、サクヤ……あたし」

「行ってこい、お前なら彼らの動きに着いていけるだろう。さぁ敵が来たぞ諸君、詠唱開始!」

 

 リーファを送り出し号令を掛けるサクヤ。猫妖精に負けるなと激励しながら自らも太刀を振る。

 

「キリト君!」

「リーファ、風妖精はどうしたんだ!?」

「サクヤがいれば大丈夫、キリト君の方が危なっかしいよ」

「はは、言うじゃないか──着いてこれるか?」

「キリト君こそ遅れたら置いていくからね!」

 

 背中合わせとなって死角を消し、自分達を中心にした球状の安全域を作り上げる二人。この一年を現実仮想の双方で共に過ごしたコンビネーションは、こと剣に関しては他の追随を許さない。

 

「あたしも肩並べて戦えるとは、SAO時代とは大違いよねー。デスゲじゃないだけで気が楽だわ」

「ピナ、ライトニング・ブレス! というかリズさんって戦えたんですね、知りませんでした」

「どういうことかなシリカ、あたしだって昔はマスターメイサーだったのよ!」

「オイオイ、頼むからオレに任せきりはやめてくれよ、っと!」

 

 エギルが一人で支える前衛、隙を見て攻撃する筈のリズベットとシリカはほぼ初めての大規模戦闘に浮き足立っていた。無理もない、SAOではボス攻略には参加できない力量だったのだから。歯がゆさと無力さを噛み締めた記憶は色濃く残り……それでも今は、ここにいる。

 

 魔法主体で騎士を相手取るのは生粋のALOプレイヤーだ。個人技を発揮して騎士を狩っていくプレイヤーはSAO経験者がほとんど、だが中にはSAOを経験していないプレイヤーの活躍もあった。

 

「射てば当たるというのは、あまり頑張り甲斐がないけど。空中に足場を用意してくれるなんて、気が利いているわね──ハッ!」

 

 シノンは振り下ろされる剣をよけて足場とし、頭部を蹴り飛ばして飛翔。駄賃とばかりに放つ矢は騎士を爆散させ……大剣を振り回し敵を一掃したストレアへと近づき声をかけた。

 

「そこのアナタ、土属性の付与お願い」

「はいはい、っと! ねぇ、属性魔法使わないの?」

「あれは撃っている感覚がしないもの」

 

 敵を足場に矢の雨を降らせ、各妖精の陣へ出向いては属性付与を受けて対応騎士を狩っていく。空中を跳び跳ねる三次元の軌道はまさに野生の猫、その姿に(しば)し見惚れる者すらいた。

 

「みんな楽しんでるねー、僕らも負けてられないや。やるよ姉ちゃん、みんな!」

 

 種族入り乱れたギルド、スリーピング・ナイツ。特性がまるで違う種族同士の連携をひたすらに続けた彼女達が共に冒険を続ける中で見いだした、彼女達だからこそ形にできる魔法を今、この場にいる全員の記憶とアルヴヘイムの歴史に刻み込んでやるのだ。

 

 それは六属性、火水風土聖闇を同時に発動させる魔法、詠唱時間も射出速度も効果範囲も威力も違う六種の魔法を────彼女達は息をするように同じタイミングで、一点へ集中させる。

 

 燃え盛る隕石、凍り付く冷気、荒れ狂う竜巻、突き刺さる岩石、降り来る聖光、そして。

 

「アビス・ディメンジョン!」

 

 ユウキの詠唱、空間を歪ませ黒く染めていく闇が一点へ収束、爆発的な光を撒き散らし────軍勢を(えぐ)り取った。ギルド、スリーピング・ナイツの代名詞とも言える混合魔法、その頂点となる原初の魔法(オリジナルスペル)。敵を文字通りに溶かした猛威の先に、遂に扉への道筋が生まれた。

 

「リーファ、扉付近を確保、陣取ってくれ!」

「キリト君は?」

「後から追いかける。お前のスピードが今は必要なんだ!」

「了解っ!」

 

 飛行速度に秀でた風妖精(シルフ)、その中でも随一の速さを誇るスピードホリック。リーファは生じた空隙を閉じられる前に矢の如く突き進み、彼女の位置はマーカーとして全プレイヤーに把握された。

 

 マップ上の光点を目印に殺到するプレイヤー達、しかし敵の数は減ることなく、ここに至り(むし)ろ増していくばかり。敵中を突き進むプレイヤー達は自然と一丸になり、一ヶ所に集まっていく。各地で戦っていたSAO経験者も同様に、その中にキリトの姿を認めたアスナは合流するなり尋ねた。

 

「キリト君、どうする? たどり着くのは一人でも構わないって情報だったけど」

「冗談。ここまで来たんだ、全種族で乗り込んでやろうじゃないか!」

 

 だよね、と納得するアスナ。ここまで来て()け者など認められるかというもの。扉の場所を全員が目指し……出現する守護騎士の軍勢に阻まれ、誰かは残らざるを得ない選択を皆が強いられる。

 

「姉ちゃん!? ボク一人でって、皆はっ…………分かったよ、行ってきます!」

 

 ランを指揮者に敵を押し止めるスリーピング・ナイツ。その背中に声を掛けユウキは先へ進む。

 

「誰であろうと火妖精がたどり着けば構わん。貴様にコイツらの指揮はできまい」

「へっ、舐めるなよ……と言いてェが難しいわな。んじゃ将軍、行ってくるわ」

 

 ゴツ、と拳を打ち合わせ飛び去るクラインを、ユージーン達は見送った。

 

「アスナさん、行ってください。マナが枯渇寸前の私では、ここまでです」

「サチさん……きっと、きっとあの城へ行けるように頑張るから!」

 

 元より敵の圧力に曝されることすら本当は辛いサチ、彼女から思いを受け継ぎアスナは飛ぶ。

 

「ああもう土妖精なんて全然いないのに! ってさっきの!?」

「そこのアナタ、やる気があれば着いてきなさい」

 

 八艘跳びの如く守護騎士の頭を踏んで先を行くシノン、その経路を急いで追いかけるストレア。

 

「お兄ちゃん、早く!」

「ウォォォオオッ!」

 

 滑り込むようにしてキリトが、その後にリーファが続き、扉周辺は守護騎士に埋め尽くされる。切り替わるマップ情報、扉の内部には入られないことを見てとった一同はその場に膝を突いた。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

 メンバーはキリト自身と知らない者も含めて九人、図ったように全ての種族が一人ずつ揃っていた。現在地は通路、どこかへの廊下なのだろう。奥にはあからさまな大扉が見えている。

 

 回復と休息のついでに折角だから自己紹介を、ということで各自が軽くプロフィールを語る。

 

 キリトとしっかり面識があるのはクライン、アスナ、リーファ、ストレアのみ。ユウキ、シノンはクリスマスの個人戦で顔を会わせており、(なお)かつアスナの友人ということで知り合いではある。だが残りの音楽妖精(プーカ)工匠妖精(レプラコーン)は誰もが初対面……と、そこでクラインからツッコミが入った。

 

「いやいやキリトお前、歌姫セブンちゃんを知らないのかよ!」

「知らないのかよって言われても……強いのか?」

「いや純粋な決闘(デュエル)はそうでもねェ、けどよ」

 

 プリヴィエート、と挨拶をしてきたセブンという音楽妖精(プーカ)の少女。このところリアルでも名前を知られ始めたアイドル、と聞いてもキリトにはピンとこない。クリスマスイベントの歌唱部門における優勝の様子を熱っぽくクラインは語るのだが、その当時キリトは絶賛負のスパイラル真っ最中だったので分からないのだ。手に持っているのは槍らしいが、使いこなしている雰囲気はない。

 

 そしてもう一人は工匠妖精(レプラコーン)の少女。彼女については皆が初対面のようで距離を掴みかねていた、のだが。赤髪の彼女はどうした訳かキリトに親しげな態度を向けていた。

 

「もしかしてキリト君って有名な黒の剣士? きっとそうだよね!」

「あ、あぁ、そう呼ばれることもあるけど。君は?」

「わたしはレイン、しがないソロプレイヤーだよ」

 

 そう言って笑う彼女はキリトの噂を色々と仕入れていたらしく少なくとも相手にとっては親しみがあるようだった。キリトからすれば一方的な親しみではあるのだが、何にせよとりあえず全員に何かしらの繋がりがあると把握できたのは僥倖だった。これだけでも随分と共闘し易くなるのだ。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

 その後、周囲の探索を行った彼らが目にしたのは数枚の壁画だった。このアルヴヘイムの歴史を描いたと思われるそれらには、栄枯盛衰の縮図が表現されていた。

 

 平和と悦楽を謳歌していた古代の人々。進んだ文明は突如、大地切断により後退することになる。身を持ち崩す者、争いに走る者、遺された技術を暴走させる者、数々の欲望と失敗が絡み合い衰退した文明。結局アルヴヘイムの民は魔法と翅を身の丈に合ったものに制限することで滅びを回避したのだ。そこへ来て現れた妖精達(プレイヤー達)は空を、アインクラッドを、進んだ文明と未知の技術を求め世界樹に攻め入った──そこで壁画は終わっている。

 

 妖精達がどうなったのか、それは分からない。けれど物語になぞらえられているのは地上に足をつけて生きることを諭す意志、行き過ぎた進化と加速は人を狂わせ争わせるということ。

 

 単なるクエストの演出、そう割り切るには重いテーマがそこにはあった。けれどここにいる九人はそれぞれに未来を、先を望んでいる。故に、ここで引き返すという選択肢はなかった。

 

 その意志をパーティーの誰もが抱き、互いに見てとった。先に進もう、と。

 

「えっと、みんな休憩は充分か? 念のため装備確認とバフ掛けは終えてからにしよう」

 

 キリトの提案に頷き各自が用意を済ませ、扉を押し開けて──突入した。

 

 

 

 

 

 扉の先はいわゆる謁見の間だ。突入と共に散開したキリト達は飛び込んだ勢いのまま、滞空した状態で周囲を見回す、ここが世界樹の最上部か、と。赤絨毯の先に階段が、その上にある玉座に人が……妖精王がいた。緑衣に身を包んだ金髪のエルフはパチ、パチと気の抜けた拍手を鳴らす。

 

「待っていたよ、諸君。いや待ちかねたと言った方が正しいか」

 

 出番なきまま期間が経過するかと心配していた、そう語る妖精王は冷ややかに俾睨してくる。

 

「随分な数の敵を用意してくれたからな、九人しか通過できなかったぜ」

「く、くくくっ……くはははっ」

「何が可笑しい!」

「可笑しいとも、都合よく九種族から一人ずつ、よくもまぁ通過してしまったものだ」

 

 な、と絶句する。偶然一人ずつが突破できた、運が良かった、そう思っていたのだ、誰もが。

 

「おめでたい話だ。その分では恐らく、情報も集めきれなかったのだろう? 蛮勇の上に慢心か」

 

 ──試練を突破できるのは九人のみ、だが潜む罠には心せよ。

 ──九種の妖精が姿を現した時、王は枷を外し真の力を示す。

 

「残るクエストで明かされる筈だったのだが……どうやら見落としていたようだね、嘆かわしい。それと君達──妖精風情が一体誰を見下ろしているんだ? 王の前で()が高いぞ、控えたまえよ」

 

 笑い、呟いた──希望と絶望は表裏一体(Spem-metus-sequitur)──瞬間、重力が数倍に跳ね上がった。

 

 のしかかる重圧、(はね)が力を失い墜落する。固い床へと叩きつけられ、衝撃に暫し硬直する九人。

 

「抱いた期待が裏切られた時、希望が大きければ大きい程に絶望は深くなる。そもそも妖精に翅を授けたのは僕だ、制限の解除も禁止も造作ない……ふむ、重力魔法と名付けようか。どう思う?」

 

 ゆっくりと立ち上がり、段の端から宙に踏み出して歩く妖精王。それを見上げ、体を起こす九人はそれぞれにHPを削られている。だがそれ以上に精神的な衝撃が大きかった……SAO経験者はそれでも幾らかマシな方で、ALOからのビギナーは平静を失ってしまっている──なんだこれは、と。

 

「君達は今、何故と思っているだろう。何故、妖精王オベイロンはこんなことをしたのか、と」

 

 いつだったか耳にした、忘れもしない、はじまりの日と似た言葉に硬直する体。

 

 ならば続く言葉も────

 

「僕の目的は既に達せられている。この状況を作り観察することが最終目的なのだから」

 

 人は等しく灰に還る(Aequat-omnes-cinis)、詠唱で現れた焔は天井部へと至り、大きさを増し、内壁を焼き、そして。

 

「案ずるな、城への道は与えてやろう。まぁ……悪くはない余興だったよ、諸君。ご苦労だった」

 

 九人へと牙を剥いた────太陽(絶望)が、迫る。


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