全てはそこから始まった。
世界樹の上で激突した──とはいっても最後は僕だけが爆発オチという一方的な展開だった──後日、
何か知りたいことがあれば程度の気持ちで提案したつもりの僕とは裏腹に、思いのほか三人とも用件があるらしい。僕の抱えていた事情は正直もうあの日にほぼ明かしてしまったのだけれど。
というか恥部にも程があるだろう、なんだよ君達が羨ましいって……面と向かって伝える言葉じゃないよ。詩乃と翌朝、どれだけ気まずかったことか。慈愛の目は止めてくれと。
これ以上いったい何が知りたいんだ、いやもはや何も怖くない、何でも聞きたまえよ──などと開き直って臨んだ僕がどうやら一番テンパっていたようで、三人は実に落ち着いていた。
特に明日奈と木綿季は気持ちに余裕があるというか、肩の力が抜けているというか。
「わたし達はお昼を準備しておくから。ほら、木綿季はすごーさんの相手をしてあげて?」
「いいの? ボクも手伝おうか?」
「私達だけで大丈夫よ、三人もいたらむしろ手狭だわ」
明日奈と、彼女を迎えに行った詩乃はビニール袋を提げて帰宅したのだけれど……どうやらこのためだったらしい。ならばと僕は待つべくソファに腰かけて──ススッと隣にやってくる木綿季。
「あのさ、すごーさん。一つだけ聞いていい?」
くいくいと袖を引く木綿季に頷きを返す。アバターとは違ってショートカットな彼女の額には、一個だけ>マークの付いた鉢巻が結ばれている。今日はちゃんと会ってすぐに褒めることができたのだ、二度同じ失敗はしない──贈ったのが自分だということには目をつぶろう、うん。
さて先日は随分と色々、際どいことまで口にしてしまったから……何を聞かれるのだろうと内心ヒヤヒヤしていたのだが、思っていたこととは全然違うことを木綿季は尋ねてきた。
即ち────グランドクエストに
「いた方が良かったか?」
「え、いやそういう訳じゃないよ、ボクらはすごーさんがいれば何でも良かったし」
ただ凄いゲーマーっぽかったからさ、という感想は実に的確だ。実際、先輩は参加したそうな雰囲気を匂わせていた──ガン無視した──し、攻略進行中も何度かアクセスを──全てシャットアウトしたが──試みていたようだ。カーディナルを味方に付けていなければ危なかったと思う。
なんでそんなことをしたのかといえば、それは。
「意趣返しだよ、SAO事件に明日奈を巻き込んだこと、僕は怒っているんだ」
明日奈がSAO事件に──デスゲームではなかったとはいえ──巻き込まれたことに関して、僕は茅場先輩を許していない。引きずってみっともない? 今更な話だ、元より僕は小心なのだから。
だがあの宇宙人にどうすれば意趣返しできるのか──殴ったところで響きはしない、法はまるで付いてこない──悩んだ末に思い付いたのはワクワクを奪えばいいということ。そんな訳で世界樹攻略に先輩が参加できないように手を尽くしたのだ、カーディナルが。本当にカデ子様々である。
と、ガシャンと大きな音が台所の方で聞こえたのは……皿でも割ったのだろうか。詩乃か明日奈か、そそっかしい所もあるものだ。怪我なんてしていないといいけれど。
仕上がった料理はいつぞや仮想空間でアスナに頂いたものと似て──また違った味わいだった。どちらが美味しいか? それはやっぱり今回一択だろう。横にいる人物が違うから……そして何より、僕自身の心持ちがあの頃とは全く違うのだから。
★ ★ ★
草原を吹き抜ける風──新生アインクラッドの第一層、はじまりの街周辺のフィールドにて。
ここでは今、いつか誰かがやっていたようなことを同じようにやっている一団がいた。ユウキは突進してきた青イノシシを軽々と受け止めて、押し返してバランスを崩させる。本来は最序盤のモンスターでしかない相手にここまでするのは、組んでいる
「セブン、スイッチ!」
「てやぁっ、うきゃあ!? こらユウキ、いきなり過ぎるわよ!」
「えー、合図を声に出してる分、これでも時間を掛けてるんだけどなー」
純魔法型に何を期待しているのよ、と悲鳴をあげつつ……楽しそうなセブン達の様子をレインはランと共に眺める。こうしているとセブン、七色も普通の女の子だな、と思いながら。
世界樹攻略戦後、レインとセブンはちょくちょく会うようになった。レインはバイト、セブンは研究と歌手業があるためいつもという訳にはいかないのだが、とある
あの後──虹の橋をなんとなく二人で歩き出したままアインクラッドを目指して、色々な話をした。もちろん
そうしてたどり着いたアインクラッドには既に何人ものプレイヤーが降り立っていて──その中にユウキとランもいたのだ。先頃の戦いで共闘したというだけでなく、セブンにはユウキとの間にある種の因縁がある。それ故にどうしようかと立ち止まってしまったのだが。
──ボクを置いて姉ちゃんが先に死んじゃうのはこれっきりにして!
──妹の面倒を見るのは姉の特権だもの、背中を押すのもね。だから確約はできないよ。
食って掛かる妹とそれを
お互いに内面へ没入したまま目線はユウキ達に固定されていた。そのことに当事者達が気付くのは時間の問題で、そこから交流が始まったのだ。熟練姉妹と姉妹見習いのパーティーである。
「ウラー! やってやったわ、流石あたし!」
「うらー? ねぇセブン、それってすごーさんの真似?」
「は、はぁ? 何であたしがそんなことしなくちゃならないのよ」
「だってすごーさん、うりーってよく叫んでるよ? 同じようなものでしょ」
「全然違うわよ、ウラーはロシア語で……というかそもそもWRYYYYYYって何よ一体」
歌手さながらの高く通る声で叫ばれる
一時、須郷に対してセブンはひきつけを起こしたが如くに怯えていた。無理もない、傍で聞いていたレインですら「うわぁ」と感じた程なのだから。七色に肯定的な人間しか今まで周囲にはいなかったのだろう、というよりも反対されるような理由を作らないように振る舞える賢さがあったと言うべきか。未経験のストレスが七色に手酷いダメージを与えたことは想像に難くない。
だというのに蓋を開けてみれば寧ろ相手は好意的だというのだから意味が分からない。更に応援までされたセブンの内心は固まっていた──この男と思考を繋げるなど死んでも御免だ、この男をしてヤバいと言わしめる茅場晶彦など論外である、と。
かくしてクラウド・ブレイン構想は再検討を余儀なくされ……その割にこうしてALOへログインしている辺りに複雑な事情と内心が透けて見えた。
「セブンって実はすごーさんに興味あるでしょ」
「ぴい!? おおお恐ろしいこと言わないでよ、出てきたらどうするのよ!」
周囲を見回して安全を確認するセブン。以前、何の気なしに央都アルンを出歩いていたらオフの彼と鉢合わせてしまって以来、ちょくちょく辺りを見回しては息をついているのだ。
そんな様子を全員に観察されていることに気付いて我に返り……こほんと咳払いを一つ。
「ってそうじゃないの。ユウキ、あなたに言っておくことがあるのよ」
「ボクにって、何の話?」
「あたしはきっとクラウド・ブレインをちゃんとした形で実現して見せるわ」
言葉だけじゃなくて色々研究も進めているんだから、と両手を広げてアピールするセブン。内容自体はよく伝わらないものの、彼女が一生懸命なことはユウキにも伝わってきた。
「一人一人の頭では考え付かないことだって出来るようになるんだから!」
より満足度の高い制度構築であったり、景観と調和した都市設計であったり、
皆の思考を統一すれば闘争も起きず平和になる──そんなアバウトでボンヤリとした目的ではなく、具体的にどのようなニーズに応えたいのか、応えられるのか、セブンは探していた。
「だからあたしが偉業を成し遂げるところをちゃんと見て──あぶぶっ」
「ありがとセブン、キミってホントはいい子じゃん!」
「い、いきなり抱きついてこないでよ驚くじゃない!」
小柄なセブンでは受け止めきれず背中から地面へ、倒れたままにユウキの頭をべしべしと叩いて抗議するも当人はまるで聞いていない。
☆ ☆ ☆
──あれ、ボク何してたんだっけ……夢?
ゆっくりと覚醒していくにつれて外気の寒さがやってきて──木綿季は間近な温かさにギュッとしがみつく。ぽかぽかとした何かに頬擦りして、一息ついて深呼吸……すんすんと、捉えた匂いがよく知っているものであることに気付いて目を見開いた。
「お、起きたか」
視界にあるのは彼の胸元と顔と、あと背景に春の青空。木綿季は暫し状況の把握に努めて……今まさに自分は横抱き、というかお姫様だっこで運ばれているらしいことを理解した。
「いやいやいや、どうしてこうなったのさ!?」
「と、そう暴れないでくれ。流石に辛い」
「あ、ゴメンなさい」
最近はあまり鍛えていないから、という須郷の表情は普段と変わらない。そういえば自宅に送ってもらう途中で記憶が途切れていたことに気付いて──成り行きに納得した木綿季。とはいえ彼女だって年頃の少女だ、重いと思われていないか、なんてことが気になるのである。
「あの、さ……ボク、重くない?」
「ん? まー、何と言えばいいか……体重だけなら全然軽いんだが」
人間一人を抱えていると思うとずっしりくる、責任重大だ──なんて返す言葉には照れや冗談の色がまるで含まれていないものだから……木綿季も困ってしまう。
「重いと思ったら降ろしてもいいんだよ?」
「冗談言うなよ。木綿季がいるから僕は強がれるしマトモでもいられるんだ」
照れる内心を誤魔化して──頷かれたらショックだというのに──発した言葉に返ってきたのは真剣な声音。木綿季は胸元に顔を押し付けて隠した……現実世界でも内心を隠すのは難しい。
「ほんとかなぁ、すごーさん強かったじゃん。途中までだけど」
「あ、あはは……面目ない。ただ、ユウキの
「むぅ……絶剣なら、まぁいいかな」
アスナとのコンビは組めないかなーと呟く木綿季に……何のことやら、と呟く彼。そうこうしている間にたどり着いた目的地、二人が目指していたのは紺野家である。
★ ★ ★
「そっか……すごーさんも怖かったんだね」
いいこいいこ、と木綿季に頭を撫でられているこの状況。詳しく描写すれば「腹這いの木綿季」on「あお向けの僕」on「木綿季のベッド」……入室するなり要求されてずっとこの体勢である。
どういう訳かといえば明日奈と連れ立って出掛けるという連絡が詩乃から来たためで……どうせ家に戻っても誰もいないなら上がっていってよ、と誘われてお邪魔した先が予測と違って木綿季の私室だったというだけの話だ。だけじゃねえよ大問題だよ。
いや……てっきりリビングで少しお茶をして終わりだと思っていたのだけれど、本当はまだまだ聞きたいことがあると腕を取られては断れない。約束をしたのはつい数時間前の話なのだから。
「まーこれで大体の知りたかったことは聞けたかな」
満足満足、と頭をゆらゆら揺らす木綿季。ぐりぐりと小さな顎が当たって実にむず痒い。
「その……木綿季は赦してくれるのか? 僕が君達の事情を……逃げ道にしてしまったこと」
「それこそ今更だよね、だってあのとき言ったじゃん」
動機が綺麗でなくても得たモノや成したコトの価値は変わらないと。
「ボクだって絶剣とか呼ばれるけど、キッカケはあまり胸を張れないしさ」
「木綿季はただ必死だっただけだろ? 誰に
「だったらすごーさんだってそうじゃん」
違う? と尋ねられて暫し硬直し……観念した。どうにも僕は諦めが悪かったらしい。
「他人の弱さは赦せても自分の弱さは赦し難いんだな。なんというかカッコつけたくなる」
「だったらボクが赦してあげる。それに、少なくとも作ったアバターよりずっと格好いいよ」
明日奈と詩乃がアバターを酷評するのだってそういう理由なんだから、とか暴露されても困る。いや嬉しいよ? でも普段そういうこと言われ慣れてないから。
「すごーさんはこの後、どうしたい?」
「とりあえず上から降りてくれると嬉しい」
「それは却下します、ってそうじゃなくてさ」
仮想世界の話だよ? と付け加えられて考え込む。あれだけ色々やって色々言っておいて難なのだけど、やっぱり僕は仮想世界も嫌いじゃないらしい……まぁ、今の、という形容が付くのだが。
裏SAOが完全攻略された暁にはアインクラッドを地上に墜落させてやろうと思う。マナ切れとかそんな理由で。落下地点こそがアースガルド、本来グラズヘイムのあるべきアース神族の世界だ。
「もっと先を見てみたいと思う。僕もまたワクワクできるような、そんな世界を」
「そっか……ボクも見たいな、すごーさんの創り出す世界を」
なんだか照れるな……そうだ、木綿季はどうなのだろう。そう思って尋ねてみる。
「ボクは────」
言葉を切って顔をうつむけてしまう木綿季。どうしたのか、と待っていると……くぐもった声でぽつりぽつりと紡ぎ始めたソレは──彼女とは切っても切れない事情が強いるモノだった。
仮想の肉体ですら姉が自分の犠牲になるのは堪えた彼女にとって、自分もまた誰かに同じ思いをさせてしまうことは、後に残してしまうことは、それこそ想像ですらも避けたいことだった。
けれど他人よりも早く寿命を迎えてしまうことになる未来は、ほぼ確実にやって来てしまう。
自分一人ならば後悔しないように日々を全力で生きて、全開でぶつかっていけばいい。けれど親しい人を置いていってしまうとなれば話は変わる──残された相手が何を感じるかは、木綿季の心構えではまずどうにもならないからだ……僕の胴にしがみついてくる木綿季の腕の力が強まった。
「明日奈にも詩乃にもすごーさんにも……いつかきっと、悲しい思いをさせてしまう。仲良くなってゴメンって思うかもしれない、出会わなければ良かったって……思うかもしれない」
そんな未来が怖くて……それなのにボクは皆と一緒にいたいって、思っちゃうんだよ──
温かく濡れていく水気を胸元に感じながら、木綿季の小さな頭をかき抱いた。本当にこの小さな体には精一杯の希望と願いと、どうしようもない苦悩が詰め込まれている。
果たして僕達が今まで木綿季に関わってきたことが、与えあってきた影響がこの子にとって本当に良かったのかは分からない。それが当然のことで、どうしようもなく残酷で……けれど僕自身が感じている気持ちと抱いている意志だけは、取り違えようもなくハッキリしている。
「僕は君に出会えたことを感謝しているよ。例え明日には死に別れようとも、木綿季と今日を一緒に生きることは変わらない。それはきっと詩乃も、明日奈だって同じことを考えるさ」
「なんで……そう、言い切れるの?」
「三人が一緒にいるのを見れば分かるよ」
「そっちじゃなくて!」
どうして一緒にいたいかって? それこそ分かり切っているじゃないか。
「木綿季が好きだからだ」
「うん……うんっ、ボクも好きだよ」
やっと上げてくれた表情は────目が真っ赤だったけれど、この上ない笑顔だった。
☆ ☆ ☆
「だから結婚して欲しいなーって」
「ちょっと待とうか、待ってください」
「好きだーってさっき言ってくれたよ?」
「確かに好きだがそれは親愛の情であって」
「まぁそうだよね。というかボクもそうだし」
復活した木綿季はやっと降りてくれるのか、と思いきや馬乗りのポジションに移行して留まってしまった。そうして告げられた爆弾発言の連続に僕の方はテンパっている真っ最中だ。
「あのね、ボクもすごーさんは好きだけど、まだ恋愛って感じじゃないんだ」
「あ、あぁ……そうか」
「でもこれから先は分からないよ、なにせボクこの春からですら中一だしさ?」
ね? とか同意を求められても困る。イヤじゃないさ、だがどう反応しろというのだ。
「男女としてのドキドキは、まだあまりないんだけど……あと三年はあるしさ? まだまだ小さな気持ちはこれからきっと、今日よりずっと大きくなる。その先でボク達がどういう関係になるかは分からないけど、たぶん今よりももっともっと好きになると思うよ?」
三年というのは結婚可能な年齢まで、ということでしょうか木綿季さん。
「あ、現実ではちゃんと結婚してよ? むしろそうじゃないと困るから」
「は、はい?」
「見てれば分かるよ。それに、いつまでも先延ばしにはできないんだからね」
凄い人気なんだから、とからかうように付け加えられたソレは僕も分かっている。うだうだ考えて、向き合うことから逃げてきたのは僕自身なのだから。
「結婚したいっていうのは仮想世界でだよ。システムの実装、できるでしょ?」
「まぁ、確かに要望もあるけど……いずれにせよまだ先の話だぞ、今はゆっくりと大きくなれ」
はーい、といい返事をして降りる木綿季。結婚システムの実装は優先順位が低かったのだが……まぁいいか、GMの権限内だろう。応じない理由をシステムに擦り付けるのは卑怯だから。
といっても今は休暇中だ、今は試案として上げておくだけに留めて具体的なことは後ほどということになるだろう。なにせユウキはまだ中一、先は長いのだから。否、長くしてみせるのだから。
★ ★ ★
ところで二人が話し込んでいた木綿季の部屋には当然、彼女のナーヴギアが置かれている。そしてNERDLES機器は単純な通信機としても非常に優秀で……音声だけを送受信することもできる。
出掛けるから、と嘘をついて家に留まっていた詩乃と明日奈はナーヴギアを被ったまま、無言で横になっていた。サウンドオンリーで伝わってくる二人のやり取りを、聞いていて欲しいと木綿季に頼まれた通りに耳にして、胸に去来するものが様々にあったのだ。
木綿季の抱えていた不安と期待、叶うことならすぐにでも飛んでいって抱き締めたいと思うけれどそれは後ほど、仮想空間で構わない。向こうで顔を合わせて色々話そうと、決めていた。
木綿季達が部屋を出たことを聞き取って大きく息をつく二人。先に口を開いたのは詩乃だった。
「明日奈、最近ちょっと落ち着いたよね。あの戦いの日から」
「なんだか毒を感じるけど……うん、そうかもしれない」
まるで一人相撲のごとく焦っていた明日奈の姿は記憶に新しい。年齢も地位も為したことも、あまりにも遠くて背中すら見えなくて、背伸びしても全然届かない焦燥感が強かった……以前は。
けれど彼もまた等身大の人間なのだと、人間に過ぎないのだと納得した。弱くて臆病で、汚い所も醜い所も持ち合わせた人なのだと分かって、その背中に手は届くことに気付いたから。
特別に飛び抜けた人間になる必要などない、彼もまた自分達を守りたいと思うからこそ強がれるというのだから、その背中を支える自分もまた等身大の人間でいいのだろう、と。
「SAOでね、団長が言っていたことがあるの。何かを守ろうとする人間は強いものだ、って」
「何かを、守る……そう、ね。私もそう思う」
守る、その言葉に詩乃が思い返すのはかつての記憶。あのとき自分一人だけだったら行動をとれたかは分からない、傍に母が……守らなければならない人がいたから必死だったのだと。
「わたし、守りたいと思う。まだまだ力は足りないって分かるけど、それでも」
「良いんじゃないかしら、ゆっくり考えれば。だって木綿季には言っていたじゃない」
歩くような速さで成長して、大きくなった姿を見せて欲しいと──そのためになら幾らでも頑張れると。いつか飛び立ちたいと思うその日まで、僕に守らせて欲しいと。
思えばそれで木綿季も落ち着いたのかもしれなかった。以前であれば現実でも仮想でも独占したい気持ちが強かっただろう木綿季は、もしかすると心のどこかで察知していたのかもしれない──彼は仮想世界にリアルを感じられていなかった、ということに。
けれど今は違う。仮想世界での自身もまた自分なのだと彼が思えるようになったのであれば──仮想世界の彼もまた彼なのだと彼女達も感じることができる。なら両方を独占しなくてもいいと。
わざわざ音声を伝えてきたのはその意思表示なのだろうと話す二人。そこにメールの着信を知らせる音が鳴って──木綿季から送られてきた手紙に添えられたアイテムはマーク1つの鉢巻、このところ彼女が身に付けているものと同じだった。それも三人がお揃いとなるように。
「そっか……うん、私も考えてみる。母さんとも相談して」
「さて、それじゃ出掛けるわよ。急がないとすごーさん帰ってきちゃうから」
「え? 別に大丈夫じゃない?」
「まぁ今日くらいなら平気かもしれないけど、不確定要因はなくしたいというか」
怒るとヤバいのよ、とこぼす詩乃の様子を笑って流す明日奈。まさかそんなと取り合わない彼女に詩乃は提案した、機会があったら追体験させてあげると──実現するのは暫く後のことである。