強くないのにニューゲーム   作:夜鳥

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きみはかわいい僕の娘

「リーファさん、共同戦線を張りましょう」

「き、共同戦線って……ユイちゃん、何の話?」

「勿論パパについてです」

「パパって、キリト君のことだよね」

 

 こくり、と頷くユイ。彼女達がいるのは央都アルンにあるエギルの店、その二階一室である。SAOからの縁で住み着いたキリトにくっついて二人も同居しているのだ。

 

 今日も今日とてキリトはアインクラッドの攻略に出掛けていった、というよりここ暫くはずっとである。どうやら彼よりも更に先を行く影妖精(スプリガン)がいるらしく、目ぼしい宝箱が軒並みかっ(さら)われているとのこと。まるでトレジャーハンターだぜ、とこぼす彼の表情は、何故かむしろ燃えているのだから二人も匙を投げる他ない。

 

「というかユイちゃん、グランドクエストで親子喧嘩してたじゃん。あれは?」

「その、パパは二刀流の扱いに悩んでいるようでしたし、私も成長した姿を見せたくて」

「本音は?」

「パパの回りには女の人が多すぎると思います」

 

 間髪を入れず真顔で返された答えにはリーファも頷くところ。現実では年賀状すら貰えない少年だとは信じられない程に性別問わず人を──何故か大体は女性を──惹き付けるのである。

 

「特に注意すべきはサチさんです。パパの情動は彼女に特異な反応を示しています」

「ナビゲーションピクシーの力、なのかな? とはいえユイちゃんも嫌いじゃないでしょ?」

「サチさん自身は良い方だと分かっているんですが……それはリーファさんも同じでしょう?」

 

 やぶ蛇だったか、と苦笑するリーファ。勿論キリト、和人が誰と仲良くしようと彼の自由ではあるのだが──数年の欠落を埋めるべくキリトとの接近を急いだリーファと、最も長く濃密な時間を過ごした相手がキリトであるユイは、言うなればこの一年をキリトと()()()()()()のである。

 

 兄恋しさか人恋しさかは別として、キリトとの触れあいをこの一年で満喫した二人は逆に、キリトと距離の離れた過ごし方に違和感を覚えてしまっていた──端的に言えば寂しかったのだ。

 

 クリスマスの日、部屋に籠った兄を心配して扉に耳を押し当てていたリーファとユイが聞い(聞き耳し)たのはサチのメッセージと歌声。外で聴いていてすら充分な破壊力だったのだ、直接聴いた場合は比較にならないだろう。事実、あれ以降もキリトは録音結晶を取り出しては聴き入っている。

 

 対抗するにはインパクトを稼ぐしかあるまいと。ユイがジェネレートしたのは縫製スキルによる作成アイテムの一種、いわゆる──浴衣だった。明日はこどもの日、祭りイベントが行われる日ということで一緒に回る約束はキリトと既に結んでいる。

 

 後は効果的な装備とバフ掛けでステータスを上昇させる努力だ。

 

「カーディナルは言っています、これを着て二人でパパの両手を放さなければイケる筈と」

「え、あ、ちょ、待った待った──これだとやっぱり黒髪の方が似合わない? あたし金髪だし」

「はい、そう言うと思って髪型変更のアイテムも期間限定で取り揃えています」

 

 結い上げ姿も現実ベースもありますよ? とメニューを示されたリーファは暫し煩悶した挙げ句……えいやっと掛け声と共に指を動かし……リーファ、というよりも直葉の浴衣姿に。

 

「あたしとお兄ちゃんは兄妹なんだけど、いいのかなぁ」

「兄妹だからこそお誘いしたんです。さ、これが当日の行程表ですよ」

「何々、はっぴぃ にゅう……って歌じゃない、しかも歌えるかこんな恥ずかしいの!?」

「間違えました、サチさんのクリスマスソングを塗り替えるためのニューイヤーソングです」

「コレきっとそういう歌じゃないと思うよ! え、何であたしのインベントリに送るの!?」

 

 こんなのもあります、と強制送付されていく関連アイテムの数々は一部の男性プレイヤーと少数の女性プレイヤーが要望を出していた猫妖精(ケットシー)コスチュームセット──猫耳と猫尻尾だった。

 

 

 

 

 

「今日も嬢ちゃん達は騒がしいねェ……エギル、オレにはアンチョビピッツァを!」

「んなモンあるかよ、ウチの店はイタリアンじゃねえ」

 

 二階でワイワイとはしゃいでいるのが漏れ聞こえるカフェ。カウンターに突っ伏したクラインは明日の祭りに向けて誘う相手が……見付からないことに黄昏ていた。

 

「いいよなぁキリトの野郎は相手に不自由しなくてよぉ……一人くらい分けろってんだ」

「と言いつつお前も一緒にクエストを受けたりしていただろう? 女性陣と一緒に」

「あぁ……あれなぁ、ひでぇ目に遭ったぜ」

 

 げっそりとした顔のクラインが語るのはつい先日、キリト、ユイ、リーファ、アルゴ、シリカ、リズベット、サチと組み八人で挑戦したクエストの顛末である。凍りついた開かずの扉を開けるべく、僅かに読み取れた文言──想い、腕を広げ、囁く──から連想して互いへの気持ちを告白することになったのだ。ちなみに提案者はシリカ、他の面々も口では嫌がりつつも目が泳いでいた辺りでイヤな予感はしていたのだ、クラインも。

 

「胸焼けしたってことか。それはまぁ……仕方なくないか?」

「それはお前ェが既婚者だからだ! まぁ修羅場ってるキリトは面白かったけどよ」

 

 問題はその後に起きたんだ、そう呟くクライン。六人の女性陣が順繰りに試しても開かなかったことで、なんとクラインにお鉢が回ってきてしまったのである。相手は当然、キリトだった。

 

 ──お前ェ、本当は案外カワイイ顔してやがんな。けっこう好みだぜ?

 ──クライン、お前の方こそその野武士ヅラ、よく似合ってるよ。

 

「何が悲しくて野郎と抱き合ってあんなこと囁かなきゃなんねーんだよ!?」

「クライン、お前」

「やめろよそういう表情でオレを見るの! あれ以来みんなの目がきついんだよ!」

「自業自得だろうが……ほらよ、流石にアンチョビは常備してないが、以前の詫びだ」

 

 トン、と置かれた大皿には焼き上がったばかりのシーフードピッツァが湯気をあげている。メニューにない筈じゃ、と驚きの顔を向けたクラインにエギルはニヤリと笑った。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 やって来ました祭りイベント、今回の企画に僕は完全ノータッチなので丸っきりお客さん側だ。世界樹攻略クエスト以来、ALOの運営は大部分を部下達に任せるようになったのである。

 

 GM特有の仕事はあるのだけれど、それにしても大した量がある訳でもない。なんだか申し訳ない気分もするのだけれど結城CEO直々に諭されてしまっては仕方なく……ここ暫くはアルヴヘイムとアインクラッドをのんびりと満喫させてもらっている。

 

 そうして初めて気付くことも多いもので──例えばプレイヤーの全員が戦闘や攻略に燃えている訳ではなく、むしろライフスタイルの一つとして楽しんでいるユーザーも多かったのだ。現実ではお金や手間がかかって難しい趣味、ウッドクラフトや豪奢な裁縫といったものを楽しんでいる姿を目にしたりする。今回の出店や浴衣にしてもプレイヤーメイドが大部分だ。

 

 中には自分達で家屋を建築しようと試みている猛者もいて……なんとも自由度の高い世界だなと感心したというか、呆気に取られたというか。その世界のGMが自分ということに変な感覚を覚えたりもしたのである。ALOとはかくあるべし、という先入観が僕にもあったということなのだろう。

 

 それに気づくキッカケを与えてくれたのは誰をおいてもまず彼女(シノン)だろう、と隣を見る。

 

「どうしたの? 私の顔を見て笑うなんて」

詩乃(シノン)がいてくれて良かったと思ってたんだ」

 

 暗色系の浴衣、藍色と紫に身を包んだシノンは空のように淡い色の髪と合わせて実に映えている。似合っている、それ以上の感想が無粋に思われる彼女と今は屋台村に繰り出していた。

 

「そう? 本当は二人もいた方が嬉しかったんじゃない?」

「三人が揃うと僕は勢いに押されてしまうんだよ……二人はまたいずれきっと、な」

 

 三人が出会ってからというもの、女子のパワーとはかくも凄まじいものかと思い知らされることしきりである。それはそれで楽しいのだけど落ち着いて満喫したい気分の時もあるのだ。

 

「ほらシノン、リンゴ飴とか食べない?」

「ちょっと私の口には大きい、かしら。綿あめみたいな方が嬉しいわ」

「了解だ、それなら向こうの屋台だな」

 

 グルグルと棒に砂糖綿をまとわせていく親父さんを眺めながら列に並ぶこと暫し、僕は一口だけ貰って残りを(ついば)んでいくシノンと二人、屋台を冷やかしながら歩く。

 

 途中で金魚掬いに挑戦してみたり、かき氷を食べて頭痛を引き起こしてみたりと色々な物に手を出していく。聞けばこのような催し物に足を運んだのは初めてらしく、だからちょっとはしゃいじゃって──と恥じらっていた。次の瞬間にはもう別の屋台へと手を引いて向かおうとしていたが。

 

 そうして見て回っていく内に見付けたのは屋台の定番である射的だった。

 

 ちら、と様子を窺うとシノンの顔色は普段と変わりない。確かに彼女はかつて、克服するという意志を示してはいる……けれど好き好んで触れたいとは思わないのではないか。だったらそれとなくこの場から移動してしまうのが正解ではないかと……考えていたのだけれど。

 

「射的ね、やってみようかしら。すごーさんもやる?」

「え? いや、シノン大丈夫なのか、その」

「え? あぁ、そういうこと……気にしすぎよ、もう」

 

 アナタの方が神経質になってどうするのよ、と尤もなことを言われてしまう。とはいえ僕にとってシノンはやはり守る対象なのだ、このスタンスは暫く変わらないだろう──と、袖を引かれる。

 

「けど、心配してくれるのは嬉しいわ……ありがと」

 

 ぽそりと呟き、(きびす)を返して先に射的へと向かってしまったシノンの後を追う。はい、と手渡された木銃はコルクを発射するというよくあるモノで、景品に当てても落とすのは難しそうな気配がしていた。本当にこれで? と店番を見るのだがイイ笑顔で頷かれる始末、どうしたものかと手中で(もてあそ)ぶ僕の隣でシノンは──凄く楽しんでいた。

 

 一射目、ヒットさせた景品が揺れるのを目で捉えながらノールックで次弾装填を済ませ発射、見事落とした後は弾道予測を掴んだのか撃てば当たる状態である。

 

「ふぅ……あれ、撃たないの?」

「あ、あぁ。そうだな、っと……ハズレか」

 

 店番と一緒にポカンとしていたらさっさとシノンは撃ち終えてしまった。慌てて僕も構えて引き金を……引くのだがまるで当たらない。なんぞこれぇとボヤきながら二発三発、揺れはしても落ちはしない景品を何とも言えない気分で眺めていた僕を見かねたのかシノンは声を掛けてきた。

 

「あの、私が代わりましょうか?」

「その方が建設的だと僕も思う……けどシステム的に固定されて本人しか撃てないんだ」

「ふぅん────それなら」

 

 するり、と猫のような身のこなしで腕に中に入り込んでくるシノン。身長差が大きい訳ではなく猫妖精(ケットシー)ということもあって彼女の猫耳が僕の視界をほとんど覆い隠してしまう。

 

 握る僕の手にそっと添えられたのは、彼女の指なのだろう。VR技術の進歩は流石だな、人肌の温もりや柔らかさのみならず微弱な脈拍すら伝えるとは──違えよ、今はそういう話じゃないんだ。混乱中の僕を置いてきぼりにして持ち上げられる腕、恐らくシノンの目の高さなのだろう。

 

「それで一体、どれを狙いたいのかしら」

「えーっと、確かぬいぐるみに、ネコのがあるだろ?」

「んっ……意外と可愛らしい趣味をしているのね。いいわ、撃って」

 

 ポコンと間の抜けた音に続いて落下音が聞こえてきた。どうやら上手くいったらしい。

 

「当たったのか? 僕には見えないんだが」

「あ、あんまり耳元で喋られると……少し、くすぐったいわ」

 

 慌てて身を離したシノン。彼女へと受け取ったぬいぐるみを手渡す。

 

「えっ、なんで私に? だってこれは手伝って落としたもので」

「シノンが自分で落としたのは全部、アスナやユウキへのお土産だろう?」

「あっ…………」

 

 人を気にかけるのも程ほどにな、と。ぬいぐるみを抱いたシノンの頭を久々に撫でる。本当、僕がもっと頼れる親なら良かったのだが……どうにも未だに見習いを抜け出せず、彼女が知らず知らずの内に自分を後回しにしてしまうことがあったりする。

 

「シノンはしっかりものだよ、だからこそ目が離せない」

 

 このぬいぐるみは何の変哲もないアイテムだ。1と0で出来たデータ、補助効果も何もないただのぬいぐるみに過ぎない。以前の僕であればきっと渡そうとは思わなかっただろうし、それこそ現実世界で渡す方がずっと意味があると考えていただろう。

 

 けれど何というべきか……それはそれ、これはこれなのだ、今の僕にとって。現実の方に重点を置いているのは現在も変わらないけれど、今こうして僕が存在している仮想世界もまた僕にとってのリアルなのだと──思えるのは世界樹の上で激突したからで、間違いなくシノン達のお陰だ。

 

「詩乃もシノンも、どちらもが僕の娘だと思っているから」

「こ、こういう可愛いものって私には似合わなくない、かな。変じゃない?」

「変じゃないよ。むしろ釣り合いがとれていい」

 

 なにせシノン自身の可愛いさが尋常じゃないのだから。学校ではさぞや男子諸君に注目されていることだろう……近々ある三者面談ではその辺り、しっかりと調査してこなければ。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

 ──えー、詩乃さんの成績であれば、そう心配もいらないでしょう。

 

「そうですか。ちなみに学校生活の方では何か問題とか」

 

 後日、三者面談のために出向いた教室にて先生と話し込む。隣の詩乃はといえば──恥ずかしいからやめてよと小声で囁いてくるが知ったことではない。彼女のお母さんにもよろしく頼まれているのだからしっかり情報収集を──食事時の会話ネタも含めて──しなければならないのだ。

 

 そんな訳で張り切っていた僕だが、段々と話の雲行きが妖しくなっていく。

 

 ──ただ詩乃さんは、第一希望は進学なんですが。

 

 そう言って差し出された用紙はいつぞや見た進路指導の調査に似ている。なんだろうか、ゲームプログラマーとか書いたのだろうか? 未だ社会的な偏見はあるから仕方ない部分もあるが。

 

 だが書かれていたのは予想の斜め上を突っ走るアンサー────()()()()

 

「あのさ、詩乃……ダメとは言わんよ。ただその場合はちゃんと相手を連れてきてだな」

 

 まずは面通しと()()()()()()を行わなければ。魔王ロールは前回で何となくコツを掴んだ気がするし、あんな具合でいいだろう。あとは……やはり体を鍛え直そう、そうしよう。

 

「ふふ、冗談よ。ごめんなさい、書き間違えちゃったみたいです」

 

 流し目を送ってきて──スッと手元に紙を引き寄せて訂正してしまう詩乃、いや間違いならいいのだ、うん……って間違う訳ないだろ。いったい何をどうしたらそんなミスが発生するのさ。

 

「詩乃、帰ったらお仕置きだな」

「えっ」

 

 まずは事情聴取から始めるとしよう。どうやら詩乃は耳が弱いらしいと夏祭りで分かったことであるし──そうだな、静かな場所で淡々と、囁くようにして問い詰めようじゃないか。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

「あれ、アスナは何を聴いてるの……というか何で悶えてるのさ?」

「そっとしておいてあげて。そうだ、ユウキも聴く?」

 

 アルヴヘイムにて……アスナの家にお邪魔したユウキは家主の身悶えする姿を見て唖然、理由を聞いて差し出された音声ファイルをシノンから受領して再生を掛け──即座に停止させた。

 

「ナニコレ、なんですごーさんの部屋に行ってお仕置きされるシチュエーションなの!?」

「ナーヴギアには音声を通信し録音する機能があるでしょう? そのちょっとした応用よ」

 

 ふふん、と胸を張るシノン。(つちか)った技能をフル活用して編集加工して完成した、お仕置きボイスを耳元で囁かれている気分に浸れるデータである。

 

「いらないなら破棄してもいいわよ?」

「い、いやシノンの力作なら聴かない訳にはいかないよね、友達だもん!」

 

 ──大人扱いしてほしいって? 可愛らしいな……だったらまず、証拠を見せてごらん。

 

「ユウキ、音声が漏れてる。というか最初にソレを選ぶとは……」

「ぐぐぐ偶然だよっ、他意はないから!?」

 

 顔を真っ赤にして出ていってしまうユウキを見送り、手元の破壊兵器に目を落とす。

 

「これは危険、耳が孕まされるわ……公開なんてしたら敵が増える。間違っても広められない」

 

 身内で楽しむだけにしようと固く心に決めるシノンであった。


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