強くないのにニューゲーム   作:夜鳥

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irony

 朝田詩乃は母子家庭で育った。正確には母方の祖父母の保護下で。

 元々は父もいたのだ。だが彼女が幼い頃に自動車事故で他界してしまった。

 人通りのない県境、衝撃で破損した通信機器、救助は六時間後と遅きに失した。

 血を流しながら段々と死に逝く夫を動けぬ妻は見続けた、見続けることしかできなかった。

 その衝撃が精神を退行させたのか、妻は夫と出会う前、十代半ばへと戻り帰ってこなくなった。

 

 母を守るのだと幼い娘は心に誓い、行動に移し続けた。

 母を怯えさせる訪問販売員には警察に連絡すると追い返し。

 つまらぬちょっかいを掛ける男子の鼻面を殴打してはね除けて。

 母を標的に狙った郵便局強盗に立ち向かい、銃を奪って鎮圧した。

 

 誰に恥じることはないと言い切れる。

 自分は母を守るために行動し、実際に守ったのだ。

 けれど誰も自分を肯定してくれない。怯え、(うと)み、(さげす)む。

 

「私は、いけないことをしたの?」

 

 そんな筈はない、ない筈なのに、周囲の全てが自分を否定する。

 

「助けてよ…………誰か」

 

 あまりにも小さな声は誰にも聞こえない、聞こえない筈だった──

 

 

    ★    ★    ★

 

 

「薬物中毒者の強盗事件? 拳銃で? しかも現場で死亡?」

 

 いやはや、今の時代でもこんな事件があるとは驚いてしまう。何せこの国のセキュリティ事情は半端ないものがある。そこらのアパートすら電子ロックを義務付けられている程に。伴って薬物や銃刀の扱いだって当然厳しい。

 

 にも関わらずこの失態、これは今ごろ警察は半泣きだろうなぁ……なんてことを考えていられたのは最初だけで。

 

「もしかして……シノン、だったり?」

 

 口に出してみてほぼ確信する。このご時世、「クスリやった」人間が「拳銃」持って「郵便局に強盗」しかけておきながら「局内で死亡」する事件なんてまずあり得ない。強盗までならあり得るが死因が語られないというのはつまり──警官に射殺されたのでもなく、自殺を図ったのでもないということで──トラブルで殺されたということだ。

 

 警官が手を下したのなら「発砲は適切だった」と警察の発表がないのはおかしい。自殺なら報道されない理由がない。消去法として残るのは第三者の手で犯人が死んでしまった場合くらい。滑って事故死? それこそあり得ない。

 

 外れている可能性の方が明らかに低い……推測の蓋然性は高く、やはり放置できなかった。

 

「ちょっと東北にメディキュボイド売り付けに行ってきます」

「それは、君が見ていたニュースと関係があるのかね」

「えぇと、そう、です」

 

 流石に露骨だったか、と駄目そうな空気に項垂れ……茅場先輩が携帯端末を投げ渡してきた。

 

「報道されている情報だけではたどり着けないだろう。まずは東京駅に向かいたまえ」

 

 実験室を出ていってしまう先輩を見送って……こうしている場合じゃないと慌てて駆け出した。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

「茅場先輩ってほんと何者だよ……」

 

 僕が東京駅に着くまでは一時間とかからない。だというのに目的地までの行程表が送られてきたのは一体どういう手品なのだろう? 僕が気付いていないだけで茅場先輩は既に電脳化を果たしているだとか、そんなことはないだろうか。そんな馬鹿げた考えを真剣に持ってしまう。

 

「まぁ助かるからいいんだけど……この病院か」

 

 関係者しか知らないだろうシノン……朝田詩乃の所在を当然のように記載したメール。一緒にあった捜査状況なんてものは、見なかったことにしたかった……けれど見た、見てしまった。

 

 故に悩む、ここで本当に自分が出張って良いのか、と。ひどく今さらの話ではあるのだけれど、調書だけからでも彼女の置かれた状況の過酷さは(にじ)む。

 

 白状しよう、僕はナメていた。事故で犯人を撃ってしまって、心ない噂を流されて傷ついている少女をケアすればいい、なんて────呆れたことを真面目に考えていたのだ。具体的な方策も持たず、来てしまった。

 

 自分に置き換えてみれば容易に想像できた話だ。僕が両親を守るために強盗犯を殴り倒して死なせてしまったとして、罪に問われなかったとしても平気でいられるかといえば、無理な話なのだ。理屈で許されても感覚が許さない。

 

 京子さんに呆れられる訳だ。共感できていないと叱られたあの日から全然成長できていない。

 

 けれどここで引き返す選択はない。何とかしたいという想いは、それだけは変わらない。

 ならばどうするか。茅場先輩に頼れるのはここまで、行程表にこの先は書かれていない。

 

 今回、時期と場所を事前に知ることは叶わなかった。準備はほぼゼロと言っていい。

 

「すいません、自分はこういう者なんですが」

 

 まずは医師に繋ぎを取ろう。疑似麻酔を売りにしているメディキュボイドの開発関係者という肩書きと、半端ながら医学部関係者という名目と、手札は持っているのだから。

 

 

 

 

 

「実はメディキュボイドの利用として、トラウマの治療も研究されているんですよ」

「ほう、それは…………どのような仕組みでしょうか」

「メディキュボイドは全感覚を遮断し、意識を仮想空間に運びます。仮想空間での経験はもちろん脳に影響しますが、肉体には影響の出ないようにすることもできます。発汗、拍動、それらの上昇を抑えることも」

「つまりトラウマの状況を再現しても肉体が反応しない分、脳が冷静に過去を受け止められると」

 

 あくまで研究中のテーマですが、という前置きで始まった院長との話は長引いていた。彼が熱心であったことも勿論なのだが、なかなかこちらの意図する方向へと話を誘導できなかったのだ。

 

「デリケートな内容なので、患者さんに軽々しく臨床試験をお願いする訳にもいきません」

 

 分かります、と頷く彼の目が一瞬だが泳ぐ。

 

「どなたか、思い当たる方が?」

「いえ、やはり……」

「実現にはまだ時間がかかりますし、お願いする際には本人の同意を頂きますよ、当然」

 

 逃がすものかよ、ここまで時間を費やしたんだ。あくまで患者本人のためなのだという態度を、恩着せがましくないレベルで示し続けて──これだけ話せばツボは分かる──彼は落ちた。

 

「つい昨日に入院してきた方なんですが、通院自体は以前からされていたのです」

「そうですか…………え、以前から?」

 

 どういうことだ、詩乃ではないのか?

 

「私がその昔に担当したこともある方で……ご両親も正直、(わら)をも掴む心境なのです」

 

 その人物は……朝田詩乃の、母親だった。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

 数分も言葉を交わせば理解できた。この女性は非常に取り扱いが難しいと。

 

 実年齢とはかけ離れた精神年齢、退行症状を引き起こしている彼女は、まさしくその辺にいる女子だった。事件に巻き込まれてすぐということを差し引けば、特別に暗い訳でも頭の回転が遅い訳でもない。ただ、ストレスに弱い。どうしようもない程に。

 

 その昔の事故──旦那を失った一件──で過剰なストレスが掛かった後遺症なのか、脳の回路そのものにも癖が付いてしまったのではないかと思われた。如何に幼児退行を起こしたからといっても、記憶や振る舞いが十代半ばなのだ、女子中学生並みのストレス耐性は持ち得ている筈である。神経細胞なりシナプスなりホルモン受容体なりが異常を起こしているのではないか……無論、僕自身も専門という訳ではないから断言はできないが。

 

 将来的にメディキュボイドが発展を続ければ、外部的にホルモン分泌を正常化させるなどしてトラウマ症状を緩和することは可能な気がしている。裏を返せば今はできないということだ。ではこの人をメディキュボイドに押し込めて交通事故を再体験させる? 鬼畜にも程があるだろう。

 

 本当、なんだこの世界は。オンラインゲームをやって楽しく過ごせる未来なぞ本当に来るのか。

 

「お子さんが、いらっしゃるんですか?」

 

 自然さを装っての質問を発して……息を飲むこの人は誤魔化せたようだ。今の僕が自然な演技なんてできている筈はない。乱れそうになる呼吸を抑え、言葉を連ねる。

 

「同じ病院に入院していらっしゃるんですか?」

 

 Yes以外に答えようのない質問を続けていく。どうせ彼女は頭なんて働いていないんだ、押し通せる。そんなことを意図して……平気でいられる僕の方こそ、頭なんて働いていない。

 

「心配でしょう、何かお伝えしておきましょうか?」

 

 名目さえあれば僕は詩乃の病室に行くことができる。警察がいようが医師がいようが関係ない、母親の伝言という大義名分があればいい……だからこそ彼女に尋ねた、この会話で最初にして最後のオープンクエスチョン。

 

「あの子は……詩乃は」

 

 泣いていませんか、と────その言葉に僕は頭をガツンと殴られた、そんな気がした。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

 僕はあまり荒れるということをしない。自分の手が届かないことは──手を伸ばすか否かは別として──仕方ないと思うし、意図したことが失敗しても──悔しいとは思うが──引きずらない。自分の力量というものを、良くも悪くも見限ってしまっているからだ。だからこそ自分で出来ない部分は他人任せにすることが多い。

 

 けれど、これは違う。自分の思い通りにことを運んで、そのやり口にヘドが出て、自分をぶん殴りたい気分になって……目的遂行に利さないと冷静に判断して、やり場のない嫌悪感を押し殺す。

 

「ふぅ……」

 

 今の状態で詩乃に会うことはできない。薬物依存の強盗と一対一で戦わされたのだ、大人の男性というだけで忌避の対象だろう。感情的に(たかぶ)っているなど論外にも程があった。

 

 病院の屋上、欄干に腕を置き、転落防止用のフェンス越しに夕日を眺める。真っ赤に燃える太陽の沈みゆく姿をゆっくりと見ていると胸の内もだいぶ落ち着いた。ちっぽけだなぁ自分、なんて自然と認められる。

 

 少し冷静になったところで詩乃の現状を考えることに。

 

 原作における詩乃は都内で一人暮らしする高校生、銃に極度のストレスを感じ、人付き合いが上手くない。僕が覚えていたのはこれくらいだ、後は郵便局の一件が加わる程度。

 

 どうして詩乃はわざわざ一人で上京したのかといえば理由は二つ、進学するため、地元を出るためだ。進学するだけなら地元でもよかった筈で、上京してからの付き合い下手を思えば地元でも似たような状態だったと推測され、両者を合わせれば「地元を離れるために進学を名目に上京した」ということになる。あくまで推察ではあるが、そう間違ってはいないと思われた。

 

 地元に居づらかった理由があるからで、十中八九は今回の件が噂として広まったのだろう。

 

「けれど詩乃は、銃の何がストレスになったんだ?」

 

 母を守ろうと犯人に立ち向かい、銃を奪って撃ってしまい、死なせてしまった一件。銃を忌避するようになるのは分かるのだが、具体的に何が詩乃にとってクリティカルな要因だったのかが分からないのだ。

 

 もしも僕の立場だったなら人を死なせてしまった自分を(いと)うのだろうけれど。

 

「それは僕の感性を押し付けているだけだしなぁ」

 

 ①自分が殺される恐怖②殺した己への恐怖③肉親が殺される恐怖④銃という武器に対する恐怖、ざっとでもこれだけ種類はある筈で、いずれもが詩乃の中にはあるのだ、多分。そして一番の根幹となっている原因によって必要なケアは全然違ってくる。この策定を間違えては意味がない。適当に慰めてカウンセリングごっこをしているのと大差ない。

 

 

 

 

 

 日が落ちた頃、それぞれの事例について予測を立てて事前の準備は終えられた。後は、話を聞いて貰えるかなのだけれど。

 

「すいません。詩乃さんのお母さんから、伝言を頼まれたんですが」

 

 一番の難所だ、なんて考えながら看護師に声をかけて……ポケットの通信機器を手で探った。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 今日もまた、母に会うことは許されなかった。沈んでいく夕日が病室を赤く染める……詩乃にはそれがまるで血の色のように見えて、ギュッと目をつぶってベッドに潜り込んだ。そうして少しだけ気分は楽になる──手に血の跡を幻視することはないから──けれど手に染み付いた血のぬめりと鼻に残る鉄の匂いは、消えてくれない。

 

 錯乱する犯人に職員が撃たれて硬直する郵便局内、カウンターのこちら側にいるのは詩乃と母と犯人だけで、犯人は母に銃を向けた。倒れ込んだ母は見るからに動けない様子で、守れる者は詩乃しかいなかった。

 

 咄嗟(とっさ)に犯人の手に噛みついて、振り払われる際に落ちた拳銃を奪って、犯人に向けて構えて──撃つ気がどれだけあったのかは覚えていない──掴みかかってきた犯人に奪われると思った瞬間に引き金を引いていた。その後、再び迫ってきた犯人を──心理的な(かせ)が外れたのか──撃って、それでもなお向かってこようとした犯人に──殺らなければ殺られると──最後の一撃を放った。

 

 落ち着いた今もあれ以上の選択などなかったと断言できる。殺す気はなかったし、そもそも撃つつもりすら最初はなかったのだ。追い詰められたあの状況で、大人な筈の局員が誰一人として何の役にも立たない中で、最高の結果を出したとすら。

 

 けれど、拳銃を渡すよう自分に語りかける警官の強張った表情が。

 母と引き離され、真っ先に警察署へ連れていかれそうになったことが。

 衝撃で脱臼した肩の痛みで入院した病院でも母とは未だに会えていないことが。

 警官は事件のことを繰り返し聞くばかりで母のことを全然話してくれないことが。

 何よりも、男を殺した自分を見る母の瞳、恐怖の矛先が自分であることが──耐えられない。

 

「…………?」

 

 ガラリ、と引き戸の開いた音がした。ここは個室だ、訪れてくる目的は詩乃しかいない。医者か看護師か、また警察なのか……掛けられた声は看護師のもの。布団から頭を出して答える。

 

「別に……構いません」

 

 伝えられたのは、母からの伝言を預かったという男性の訪問。いったい誰がと思ったけれど、すぐにどうでもよくなった。詩乃にとって母の状態を知ることは何よりも優先されたからだ。

 

「こんにちは、すごーといいます。カーテン越しに失礼するね、詩乃君」

「…………お母さんは、なんて?」

 

 馬鹿に丁寧な男だと思った。そして興味はなかった。さっさと帰ってもらおうと考えていた。

 

「お母さんは、少しお疲れだったよ。けれど短い時間なら話せる程には回復していらした」

「そう……それで?」

 

 この男も他の連中と同じような目を自分に向けるのだと想像がついていたから。人を死なせたことを平気に思っている詩乃を忌避して遠ざける。精々が通り一編の慰めを口にして、薄ら笑いを浮かべているのが関の山だと。

 

「お母さんは心配していたよ、君のことを」

「……っ、嘘だ、嘘に決まってる」

 

 何よりも望んでいた、しかし絶対に叶わないと知っていた、母からの心配を告げられた詩乃は信じることができない。自分に向けられた、怯えきった表情を覚えているから。母にすら恐怖されて、否定されたのだと感じたから。

 

 けれど────

 

『詩乃は…………泣いていませんか』

 

 耳に届いたその声を、聞き間違える筈がない。けれどその声の主がここにいる訳がなくて。

 

 慌ててベッドから飛び降りて、閉められていたカーテンを引き開ける。そこにいた男は通信機器を……録音再生のモードで示していた。再び流される音声、紛れもない、母の声だった。

 

「今のあの人はね、少し、心が弱っているんだ。強いストレスを受けると動けなくなってしまう」

 

 知っていた。十一歳の自分よりも精神的に弱かった母。自身に父の記憶は残っていない、だからこそ詩乃は自分がしっかりしなければと思って生きてきたのだから。

 

 無論、今回の事件が彼女の心に与えた衝撃は大きい、と言う男に拳を強く握りしめる。

 

「分かっている、だから私はこんなに!」

「だけど!」

 

 強い口調に気圧されて、続きを言えなくなる。一度呼吸を整えて、男は口を開いた。

 

「彼女は回復できていない中で、それでも君を、心配していたんだ」

「────あ」

 

 その意味が、分かるかい、と……続く言葉は既に聞こえていなかった。

 

「わたし、わたしは…………」

 

 男を死なせて平気な筈はなかった。

 あの選択に自信を持てるかなんてどうでもよかった。

 だって、本当に欲しかったのは、心が望んでいたことは。

 

 ────わたしは、お母さんにみとめてほしかった────

 

 自覚して、声がでなくて、体が震えて……ドン、と体ごとぶつかって、彼の手ごと通信機器を抱き締める。そこに込められた母の声を離したくないと、離れないでほしいと叫びたくて。

 

「よく、頑張った」

「…………っ!」

 

 背中をゆっくりと撫でてあやしてくれる温かさはどこか懐かしくて、恋しくて、けれどずっと欲していて、得られなかったもので。あれから初めて──入院してから、いやそれ以前に母と暮らし始めてから本当に初めて──詩乃は大声をあげて泣いた。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 詩乃の母親と対面してから考えていたことがある。僕は原作知識を当てにして行動しているなぁ、ということだ。うすらぼけた記憶ではあるけれど、そこに残った人々の感情が焼き付いているからこそ、背中を押されるように生きている。それ自体は善いことだと胸を張って言える。少なくとも恥じることはない、と思う。

 

 だがしかし……その中に描かれていない人は、どうなるのか? 例えば僕はここに来るまで詩乃の母親を全くと言っていい程に意識していなかった。言い切ってしまえば……詩乃がトラウマを抱えるようになる出来事の、登場人物の一人だと感じていたのだろう。

 

 けれど彼女もこの世界の一員で、彼女を心配していた院長も、詩乃の祖父母だって詩乃と同じように、僕と同じく生きているのだ。観客でも舞台装置でもエキストラでもない、主役なのだ。

 

 まぁ……全ての人のために、なんて具合に考えを広げてしまうと、それこそ鬼が笑うので止めるけれど。己の身の程を知って線を引いてしまえる辺り、僕は(アレ)な性格をしていると自分でも思う。

 

 きっと、詩乃だっていずれは救われたのだ。成長して、心に余裕ができて、自分の行いを冷静に回顧することができるようになって、自分の行動で救われた命があったのだと思えたなら……そのときはきっと、自分を(ゆる)すことができるだろう。

 

 ただ、母親のために恐怖へ立ち向かったこの子が──他のどの大人にも出来なかったことを成し遂げた詩乃が──いたずらに傷付くと予測がついていながら放っておいたら、成長した詩乃に会うことはできないだろうと思ったのだ。

 

 後は、少し前の明日奈を思い出してしまうのだ。彼女に向けて「大人になったな」なんて言っておきながら尻尾巻いて逃げ出したなら「兄貴づらするな!」とハッ倒されてしまうだろう。

 

 眠ってしまった詩乃を抱き上げてベッドに寝かせ、病室を後にする。

 

「流石に詩乃の祖父母には会えないよなぁ……」

 

 その辺りは昔馴染みらしい人に頼んでおこうと院長室への道を戻り始めた。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

『すごーさん、今年の冬も里帰り、お願いしていいですか?』

「また?」

『だってすごーさん、頼っていいって言ったじゃないですか!』

「分かった分かった、なんとか休みは貰うから…………貰える、よな?」

 

 十二月、年の瀬。いつぞやと同じような明日奈からの電話に、ふとアイデアが浮かぶ。

 

「なぁ、ものは相談なんだが……小学生を一人追加してもいいか?」

『はい?』

 

 責任感の強い二人のことだ、会わせてみればきっと良い友達になれるだろうと思ったのだ。


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