強くないのにニューゲーム   作:夜鳥

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シノンのパーフェクト料理教室

 三ヵ月ぶりの詩乃と待ち合わせたのは東北新幹線の停車駅。ここから在来線へ乗り換えて、宮城の実家へ向かうことになる。電話では話していたけれど、こうして直接会うのはあれ以来だった。

 

 これだけの期間でそうそう大きな変化が表に出ることはない……よほどのことが起きない限りは。だからこそ彼女が以前と同じ雰囲気をまとえていたことに胸を撫で下ろした。

 

「こんにちは、詩乃君。迷わなかったかい?」

「案内板を読めるなら、迷う方が難しいもの…………こんにちは」

 

 フイ、とそっぽを向きながらも挨拶は返す辺りは「らしさ」を感じる所だ。即ち大人びて自分なりの判断基準を持っていながら、礼儀も踏まえていて育ちがいい。もう一人にそっくりである。

 

「あの、結城明日奈です。はじめまして」

「朝田詩乃。お世話になる、よろしくお願いします」

「うん、よろしくね。なんて呼べばいいかな?」

 

 別に何でも構わない、と素っ気なく返す詩乃。あぁ、そんなことを言うと……

 

「じゃあ、詩乃のん」

「…………え?」

「わたしのことは明日奈でいいから!」

 

 ほら、と差し出された手を前に詩乃は──詩乃のんは──視線をうろうろとさ迷わせる。「この呼び名を承諾させられるの?」みたいな意思は僕にも伝わってくるが明日奈へは通じない、待ちかねて自ら手を掴みとり、握手してしまう。

 

「じゃあ付いてきてね、ちょっと遠いから」

「ちょ、手、手がっ、助けてすごーさん」

「いいあだ名じゃないか、詩乃のん」

 

 そっちじゃなくて、と慌てていながら手に持った荷物を落とさない辺りは生真面目なのか、詩乃はそのせいで手を振りほどくこともできずに引っ張られていく。モコモコのダウンを着て並び歩く姿は友達同士での遠出……なのだが、彼女を先導する明日奈も明日奈でわざとらしい、ぎこちない空気がにじむ。

 

 無理もない、言ってしまえば……二人は友達が少ないのだ。同年代の相手と手を握って歩いたことなんて久し振りではないかと思う。詳細は違えど家の事情で友達に飢えていた二人。いきなり引き合わせれば「お見合い再び」になったのだろうが、そこはそれ。

 

「明日奈は大人だから頼むよ」

 

 一言で奮起してくれた……しすぎたかも知れない。

 

 電車に乗り込むと、詩乃と明日奈は先に並んで座っていたので僕は明日奈の隣に──座ったら、詩乃が場所を僕の隣に移してきた。

 

 何か私に落ち度でも? と見上げてくる不機嫌そうな表情。流石にいきなり手繋ぎはハードルが高かったらしいよ明日奈、ならば僕の軽妙な話術で空気を和ませようじゃないか。

 

「それで詩乃のんは──」

「その呼び方。あなたに許した覚えはない」

「──詩乃君は、こっちに来て良かったのかい?」

「それは私がいたら迷惑ってこと? あなたから誘ったのに」

 

 違う違うそんなことないよ母親はどうしたのかなーとか祖父母は引き留めなかったのかなーとか思っただけで全然迷惑とかないから視線を強めないでホラ変に力入って瞳が潤んでるから。

 

「そう……ならいい。お祖父ちゃん達はお母さんが説得した」

 

 半分は泣き落としだったけど、と語る詩乃。あれから一月しない内に退院した母親は相変わらず万全には程遠かったのだが、入院の早い段階で詩乃への心配を口にできたのが良かったのか、幾分落ち着いた様子だったという。

 

 まぁ生活状況そのものは以前と変わらないし変える必要もなかったのだが……どうしても耳に入る噂がある。郵便局強盗にまつわる詩乃の噂だ。

 

 あの場で何があったのかを知っているのは朝田親子を除くと郵便局員、警察・医療関係者くらいなのだが、どこからか漏れた話が尾ひれを付けて広まりかけている。

 

「それをお母さんが知っちゃってね」

 

 大変だったよ、と遠い目をする詩乃。お陰で自分が母に愛されていることは痛いほど理解できた──それは嬉しかったと頬を染めていた──のだが、(なだ)めるのに一苦労、昔気質の祖父が空気を読めず火に油を注ぎ母親は大噴火、何故だか被害者の詩乃が一番働いたというのだから、まぁ、お疲れ様と言っておいた。

 

 そんな経緯があって、詩乃が一時的にでも地元を離れることに母親と祖母は賛成、祖父には議決権が──強制的な棄権のため──存在せず、晴れて彼女はやって来たそうだ。

 

 乗客はほぼいないとはいえ流石に車内で詩乃の詳しい話をさせる訳にはいかない。そのため(しば)し沈黙が続いたのだが、明日奈の提案(おねだり)で前回と同じようにアインクラッドの話となったのだ。

 

「事件を偽装するために使われたフランベルジュの作者が──」

「フランベルジュって?」

「あぁ、それ──」

「西洋の剣。刀身が波々になっていて切断面が傷付きやすい。ノコギリで斬り付けるようなものだから傷が治りにくく、当時の医療技術では助からない死の剣だった。ドイツとフランスでは呼び名だけでなくデザインも違っていて──」

 

 はっ、として口をつぐんでしまう詩乃を明日奈と二人、どうしたのかとジッと見る。

 

「詩乃君、詳しいね」

「本を読むのは好きだから。けど銃が出てくるとちょっと嫌で、だから昔の本ばかり読んでる」

 

 だから少し、張り切っちゃって……と呟く詩乃の頭を撫でてやる。

 

「なんにせよ、それは君が努力して得た知識だ。恥じる必要はない」

「別に、私は何とも思ってないし」

「そうか? まぁ僕は大したものだと感じたよ。明日奈は?」

「……っえ? あ、うん、よく知ってるなーと思ったよ」

 

 反応の遅かった彼女の方を振り向いて見れば、その目線は詩乃の頭に。何となくは察せるが、僕にとって子供扱いしていることの証だから……むしろ明日奈の方が評価は高いんだけどなぁ。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

「あれは明日奈の握った物なんですよ」

 

 家にお邪魔して、炬燵(こたつ)に入り一服して、ふと出た話題……前回の里帰りにおける出来事を話している中で飛び出たお祖母さんのカミングアウトに、明日奈はワタワタと慌て出す。

 

 不恰好ながら旨かった塩握り、アレの作者は明日奈だったということらしい。それだけなら問題はなかったのだろうが、僕が納得のニュアンスを出してしまったのが不味かった。

 

「わたしだって料理くらい出来るんです! 家でお握りなんて出ないから失敗しただけで!」

 

 お握りのどこに失敗する要素があったのかは分からないが、怒って台所へ行ってしまう明日奈。どうするんだこの事態、みたいな空気の中で僕はお祖父さんに確認を取る。

 

「ちなみに実際、実力の程はどうなんでしょう」

「お手伝いさんがいるそうだからなぁ、作る機会なんてないだろう」

 

 少ししたら様子を見に行くかね、と言うお祖母さん。と、詩乃が立ち上がった。

 

「私、手伝ってくる」

 

 その言葉に僕はお祖父さんと顔を見合わせて……任せてみようかと結論したのだった。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

 詩乃が台所にたどり着き声をかけたとき、明日奈は冷蔵庫を前に立ち尽くしていた。さもありなん、材料と完成形を結べないのだ。典型的な未経験者の振る舞いである。

 

「明日奈」

「……何?」

「何を作るの?」

 

 それが思い浮かべば苦労しないのだ。勢いに任せて飛び出さなければよかった、と居間に戻るかどうかで苦悩していた最中の明日奈にはメニューのことなど頭になかった。

 

 と、明日奈の脇から冷蔵庫の中を一瞥(いちべつ)した詩乃は白菜と豚バラ肉を取り出して持っていく。慌てて後を追う明日奈に構わず詩乃は手洗いを済ませ、白菜を水洗いし始めた。

 

「あなたは、料理できるの?」

「家では私が作ってるから」

 

 母は包丁を持たせるには危なっかしく、もし指を切ったりすれば非常に厄介だ。三食全てという訳ではないが──給食があるので──朝晩は詩乃が担当する比率が高い。

 

 (ひるがえ)って明日奈はといえばお手伝いさんがほぼ全ての家事を行っており、稀に母が台所に立つ程度だ。家庭科の授業を経験と強弁する度胸は……明日奈にはなかった。

 

「ほら、早く手を洗って手伝って。私に全部やらせるつもり?」

「え? あ、分かった」

 

 丸のままの白菜を逆さに振って水気を落としつつ、シンクの正面を譲る詩乃。言われるままに手を洗うと明日奈は詩乃の手元を見つめる。

 

 白菜の尻部分を切り落とすのではなく縦に切り込みを入れるのを見て疑問が浮かぶ明日奈。汚れがゼロではない部分を何故残しておくのだろうかと。

 

「先に切ってしまうと、後が面倒」

 

 それで説明を済ませ、底部に指を突っ込み白菜を引き裂いていく。なんという暴挙、呆気にとられる明日奈に示されたのは綺麗に二分割された白菜の断面だった。

 

「切れ目を入れれば、縦に割ける」

 

 まな板二つに白菜をそれぞれ置き、豚肉のラップを剥がす。片方は任せたと言い放って詩乃は自分の作業に、明日奈も隣を見ながら豚肉を挟み込んでいく。

 

 黙々と白菜の葉をめくり、豚肉を敷いていく作業。その最中、明日奈は口を開いた。これはどういう完成形になるのか、と。

 

 答えは鍋、挟み終えたモノを一口大に切って鍋に敷き詰めて煮るだけの料理だと詩乃は言った。

 

「それは……わたしが料理できないから?」

「違う、私が鍋料理を食べたかったから」

 

 え? と(こぼ)す明日奈。それは自分に配慮した言い訳なのだと、そう言われた方が納得できた。

 

 だが違ったのだ。詩乃が鍋を選んだことには切実な理由があった。

 

「私の家は、母子家庭」

 

 だから大人数で食べるような機会が全然なかったのだと語る。給食も一人、誰と話すこともなく。友達の家にお邪魔する暇があったら母に付きっきりだ、母を置いていくことも、母を連れていくことも選べなかった。

 

 そこに来て九月の一件が駄目押しになって、一人でいざるを得なくなった。学校にいる時間は限界まで減らしたかった、給食など数分で終えるようになった。

 

 皆で一つの鍋を囲む食卓、この場所ならば叶えられそうな気がして、詩乃は鍋を選んだのだ。

 

「それが理由、だから気に病まなくていい」

「うん……ありがとう、詩乃のん」

「礼を言われることじゃない。私こそ暗くなるような話をした」

 

 それこそ謝ることじゃないよ、とザクザク切っていく明日奈の手元をハラハラしながら見つめる詩乃。落下の勢いを利用した力強い切断音が台所に響く……母以上に危なっかしかった。

 

「猫の手でしょ? ほら、わたしだって切るくらいできるんだから!」

「次は大きさを切り揃えて。鍋に敷き詰めづらい」

「あっ」

 

 ご機嫌なままに降り下ろした包丁はバラバラの大きさに白菜を刻んでいた。あああ、と狼狽(うろた)える明日奈を放置して、まとめて敷いていく詩乃。終わってみれば分からないくらいの仕上がりには収まっていた。

 

「大丈夫かなぁ……」

「失敗する方が難しい。それに明日奈の作った分はあの人が食べる」

「ええっ!?」

 

 違うの? と首をひねる詩乃に誤魔化しは通用しない。あーうーと唸った後にあげた顔は赤らんでいた。

 

「あの人はわたしにとって兄みたいな人で」

「そう、なの?」

「そうなの。だから他意はないの」

 

 まぁ婚約者でもあるんだけど、と呟く明日奈。昔は何も考えずに受け入れていた言葉も、思春期を迎えた彼女にとってはまるで意味合いが違う。

 

 恋だの愛だのはまだだが、学校でもその手の話題が上ることはある。意識しない筈がない。

 

「なら明日奈は私のお母さんになるの?」

「…………え? どうしてそうなるの?」

「あの人は、私にとってお父さんみたいな人だから」

 

 そう言ってはにかむ詩乃。人の温もりに飢えていた彼女は当然、父性にも飢えていた。頑固な祖父にも薄っぺらな教師にも果たせない役割の欠落を、あの日の病室で埋めてもらえたのだ。

 

「流石に二歳差の娘は難しいかなぁ……せめて妹じゃないかな」

「じゃあ、そういうことで」

「どういうことよ、もう」

 

 水と出汁を加えてコトコトと煮込まれていく鍋の前。出会いから残り続けていた体の強ばりは今、言葉をかわす二人から抜けていたのだった。

 

 

    ★    ★    ★

 

 

「美味ぇ」

 

 いや、久々に手料理なんて口にした。研究室ではデリバリーのローテか学食の宅配だから。

 

「本当に? 大きさとかバラバラだけど」

「少しくらい差がある方がアクセントになっていいだろ」

「すごーさんはどうせ何食べさせても変わらない」

「詩乃君、それはひどくないかい」

 

 五センチ角の白菜を飲み下して言葉を返した。流石に大雑把な味の違いは分かる、と思う。感想のバリエーション? 食レポの人って凄いよね、そういうことだよ。

 

 夕食後のまったりした時間。炬燵に入って三人で話す中、話題はやはりお馴染みのアレで。

 

「ねぇすごーさん、物語の続きを聞かせてよ」

「構わないけど、詩乃君は途中からになっちゃうからなぁ」

 

 私は別に、と言いながら目が泳いでいる辺り、詩乃も気にしていたようだ。悪いことをした。

 

「じゃあ新しい話をしよう。鉄の城に続く、妖精の国の物語だ」

 

 

 

 

 

 ──世界の大部分が飛び去り、文明は大きく後退してしまいます。これが大地切断であり、飛び去った百の地域は百段の城となって大空の向こうへ消えていきました。

 

 ──しかし人々は生き残っていました。後退した文明と荒廃した地上には、未だ魔法の力が息づいていたのです。月の光を受けて空を飛ぶ、そんな妖精達が長いときを生き延びていました。

 

 ──あるとき、伝説と化していた鉄の城が空の彼方に姿を現します。妖精達は色めき立ちました、伝承に残るかつての文明を、自分達の目で見ることができるのだと。

 

 ──しかし城は遠く、妖精達の力ではたどり着けません。方法はただ一つ、世界樹の天辺に住むと言われる妖精王に力を授かり、かつてこの世界にいた真なる妖精アルフとなって永遠に飛べる羽を得ること。

 

 ──アルヴヘイム、妖精達の息づく世界で、新たな物語は始まります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、すごーさんは物語を発表しないの?」

 

 ふとそんなことを明日奈に聞かれて返答に困る。これは自分で考えたものじゃない、他人のアイデアなのだ……いや、ALOについては須郷が手掛けたのか。なら僕が著作者でいいのか?

 

「だって勿体(もったい)ない、鉄の城と話は繋がっているんでしょう?」

「え…………っ?」

「それは楽しみ。夜通し聞いて遅れを取り戻さないと。今夜はすごーさんの布団で」

「わたしが教えてあげるから、詩乃のんはわたしと一緒に寝ること!」

 

 わーわーと騒いでいる二人をよそに僕は明日奈の指摘に頭が一杯だった。

 

 確かに二つの作品は続き物だ。だがこれはあくまでSAO編の後にALO編が続いた、あるいはSAOのシステムを流用してALOを作ったという意味で僕は理解していたのだ。原作知識を持つが故に。

 

 だがそれだけではない、アインクラッドとアルヴヘイムは繋がっている。ただ単にアインクラッドの旧データをサルベージしてALOにアップデートしたというだけの話ではなく、そもそもの世界観として両者は共存しているのだ。

 

 これならば、いけるかもしれない。

 説得不可能だと思われた茅場先輩を、口説き落とせる可能性が見えた。

 

 ドクドクと(うるさ)い鼓動を宥め、具体的な計画を練る。とにもかくにも茅場先輩の考えを深く理解しなければどうにもならないが……それさえできれば、もしかすると本当に、デスゲームを止められるかもしれない。

 

「明日奈、ありがとう!」

「キャッ、な、何!?」

 

 なでこなでこ、と感情のままに猫可愛がりしてしまう。まったく明日奈は最高だぜ……と浸っていた僕に突き出される頭。

 

「私も褒めるべきだと思う。不公平」

 

 詩乃には……てっきり嫌がられているのかと思っていたのだけれど、違ったようだ。小さな頭だなぁなんて考えながら、二人を褒め続けたのだった。

 

 

    ☆    ☆    ☆

 

 

 さて、あれから三ヶ月。その間に僕はフルダイブして、飯食って、フルダイブして、飯食って、寝て起きて……あれ? いや、茅場先輩とも言葉は交わしたのだ、何度も。

 

 ただこの人、自分の興味関心を刺激しないことには一切興味を示さないのだ。雑談なんて論外、実験に関わることであっても──

 

「それは、私に尋ねる必要があるのかね」

 

 ──なんて冷徹に返してくるのだ。この方と恋愛をしたという神代先輩は何者なのだろう。

 

 という訳で苦戦に苦戦を重ねて僕は学んだのだ、凝った策を講じても意味はないと……正確には思い付けるレベルの策に効果がなかっただけなのだが。

 

「茅場先輩はVR技術でどんなゲームを作りたいですか?」

 

 直球、ストレートど真ん中、彼が返さざるを得ない質問を僕は投げた。

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