オーバーロードと魔法少女   作:あすぱるてーむ

11 / 12
今回より第二章を始めます。

※最後の10行を修正しました(2016/03/26)


第二章 モモンガ、魔法少女になる
ナザリック地下大墳墓


 PKギルドとして悪名高いギルド、アインズ・ウール・ゴウン。その本拠地にして、かつてプレイヤー1500人による侵攻をも退いたナザリック地下大墳墓の最深部である10階層、玉座の間の最奥に巨大な水晶の玉座に、死の支配者(オーバーロード)モモンガは腰を下ろしていた。

 傍らには、ナザリックの各階層にて侵入者を排除すべく配置された守護者達を纏め上げる守護者統括、淫魔にして絶世の美女アルベドと、家令(ハウス・スチュワード)を兼任する執事(バトラー)にして6人の戦闘メイド『プレアデス』のリーダーを務める執事服を見事に着こなした白髪に見事にカットされた白髭をたくわえた老人、セバスを従えている。

 玉座へ上がる階段の階下では、それぞれが異なるメイド服を模した戦闘服を装備したプレアデスの6姉妹が待機していた。

 

 アルベドは、久方ぶりに胸を躍らせる。40人の至高の御方が姿を隠して以降、ただ一人残ったモモンガが玉座の間を訪れたことは初めてであった。

 粗相のないよう、笑顔を湛えて主人の一挙手一投足をつぶさに観察する。アルベドに対して恥じらう素振りを見せ、それでいて楽しげな様子に喜びが溢れ、セバスと楽しそうに笑う姿に嫉妬の情がわいてしまう。

 当然のことのようにモモンガの傍にいることは、アルベドにとってこの上ない幸福であり、この時が永遠に続くことを願ってしまう。

 

 ふと、モモンガは寂しげに天井を仰ぎ見る。

 そして、幾許(いくばく)もしない内に全身を飾る装備の――神級のローブや各種指輪、神級すら超えるギルド武器『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』、そして、かつての仲間からモモンガに装備をする事を許された世界級のアイテムまでもが――姿が消え、骨だけの姿となる。

 その姿さえも幻であるかのように薄くなり、モモンガの座る玉座が透けて見えた。

 

 アルベドは恐怖で全身が震える。

 

(モモンガ様までもお隠れになられてしまわれる……いいえ、これは――死――)

 

 不吉な一文字が脳裏を過ぎり、静寂を切り裂く震えた声を上げる。

 

「モモンガ様!」

「え? なになに?」

 

 そこには、はっきりとした姿できょろきょろと辺りを窺うモモンガの姿があった。

 まるで、アルベドが名を呼ぶことで存在が確定したかのような錯覚を覚えるほど見事なタイミングであった。

 モモンガは、神々しさすら感じる玉座の間に息を呑む素振りをする。

 

「うわあ! すっごーい! まるで御伽噺に出てくるお姫様のお城みたい! ここどこ?」

「ああ……モモンガ様……」

 

 心からの安堵の吐息を洩らし、全身の力が抜けて倒れそうになる。しかし、主人の前でそのような無様な姿を見せるわけにもいかず、堪えると背筋を伸ばして平常時の顔を作る。

 

「ここはナザリック10階層、玉座の間でございます」

「うわー、すっごい綺麗な人。妖精みたい」

「そんな! 嫁にしたいだなんて!!」

 

 壮絶な空耳ならぬ幻聴を耳にして身悶えし、しまらない顔で膝から崩れ落ちる。モモンガは驚き、アルベドに手を伸ばす。

 

「だ、だいじょうぶ……うん?」

 

 差し出したその手を骨を見て眼窩の赤い炎が小さく消え入りそうになる。

 

「ほ、骨ぇー!」

 

 モモンガは驚いて全身を確認する。それは死の支配者(オーバーロード)の白骨化した骸骨の体であった。その姿を見てアルベドは息を粗くする。

 

「ええ!? ネム、死んじゃったの? うわーん、やだー…………あれ?」

 

 止め処なく溢れる悲嘆の感情が嘘のように消えて平常心を取り戻す。激しい感情の起伏は抑制されるが、後から押し寄せる感情の波が、湖面に広がる波紋の様に途切れることはなかった。

 

「モモンガ様、よろしいでしょうか?」

 

 モモンガの傍で膝を折り臣下の礼を取っていたセバスが頭を上げる。

 見上げるセバスの鋭い眼光と目が合い、自分のことだと感じ取ったモモンガは、不思議そうに首を傾げる。

 

「あたし?」

「はい、モモンガ様。このままのお姿では風邪を引いてしまいます。何か服を着た方がよろしいのでは……」

 

 姿が消えかかる瞬間、モモンガの全ての装備が消えていた。体まで消えることはなかったが装備は依然として消えたままであった為、モモンガは何も身に纏っていなかったのだ。アルベドは初めて気付いたかのよう目を丸くして割って入る。

 

「大変! セバス、何をしてるの! 早くお召し物を持って来なさい!」

「畏まりました」

 

 足音を立てず、電光石火のごとく走り去るセバスを目で追い、階下で片膝を付き頭を下げるプレアデスの姿が視界に入る。その何人かは頬を赤く染めている。

 アルベドは一つ咳払いをすると、威厳に満ちた声を張り上げる。

 

「貴方達プレアデスは9階層に上がり警戒に当たりなさい」

「はっ」

 

 6姉妹の声が重なる。

 本来であれば主人であるモモンガがその場にいるのだから、モモンガの言葉に従うのが道理である。しかし、モモンガの様子から異常事態であることを感じ取ったプレアデスの6姉妹は、守護者統括という立場にあるアルベドの言葉に従い、直ちに行動を開始する。

 アルベドは、モモンガに視線を戻す。その面持ちは若干の緊張をはらんでいる。咄嗟に出た言葉とはいえ、主人を差し置いてセバスやプレアデスに指示を出したこと如何思っているのか不安を感じたのだ。しかし、それが杞憂であることを知りほっとする。モモンガはアルベドを感心したように見つめていた。

 

 アルベドは不思議に思う。

 今のモモンガは随分と子供のように思えた。幼い者のような言動に疑問を感じたのだ。始めは何かの遊び(プレイ)かと思ったがどうもそうではないらしい。

 もちろん、その姿に違いはない。見目麗しい姿である。白磁のような肌――骨で、力強さと繊細さを併せ持った造形美だ。しかし、何処となく儚げである。至高の存在から感じられる絶対的支配者の気配(オーラ)は、変わらず強い輝きを感じ取れる。しかし、それは円輪のように、中央が僅かに欠けたような印象を受ける。

 

「モモンガ様、ただいま戻りました」

 

 丁寧に折り畳まれた漆黒のローブを持ったセバスが戻ってきていた。玉座へ上がる階段の手前まで立ち止まると深々と頭を下げる。

 

「あたし、ネムだよ?」

 

 ピクリと、アルベドの眉が動く。しかし、微笑を浮かべたままの表情を変えずにモモンガに話しかける。

 

「畏まりました。ネム様、そのようなお姿だと風邪を引いてしまわれます。セバス、お召し物を」

「はっ」

 

 セバスはアルベドの膝元まで移動すると、両手に持つ漆黒のローブを差し出す。アルベドはローブを受け取るとモモンガの前でそれを広げる。

 

「さあ、ネム様。これを」

「う、うん」

 

 モモンガが漆黒のローブを着用したことを確認するとモモンガの前で臣下の礼をとるセバスは優しい笑みを浮かべる。

 

「モモンガ様はお疲れのご様子。少しお休みになられては?」

 

 モモンガは頷くとセバスに手を伸ばす。その姿は、騎士に手を差し伸べる姫君のように見えた。

 アルベドはその手を横からつかむと、殺意の篭った形相をセバスに向け、振り向きざま凄まじい速さで表情が変化してモモンガに美しい微笑を浮かべる。セバスの額に汗が滲む。

 

「私がお連れしますわ。セバス、貴方は後ろを付いてきなさい」

「畏まりました」

 

 女神の微笑を湛えてモモンガを先導するアルベドの背中をセバスは追った。セバスは冷や汗かきながら、されど微かに笑顔を浮かべて。

 

 

 至高の41人の個室はどれも同じ作りである。見事な彫刻が施された重厚な外扉を通り、金で縁取られた大きな内扉を開けるとリビングスペースが広がる。リビングには金彩を施したソファーや水晶のテーブル、グランドピアノなど数々の備品が置かれ、奥にはバーカウンターも完備してある。他にもキッチンや浴室、主寝室、来客用寝室と複数の部屋がある。モモンガ達は、真っ直ぐ主寝室に向かう。

 主寝室には天蓋付きの巨大なベッドが一つだけある。見事な調度品に目を白黒させていたモモンガは、セバスが用意したナイトガウンに何時の間にか着替えを終え、アルベドに先導されるがまま気が付いた時にはベッドに寝かされていた。

 

「ネム、眠くないよ?」

「だめですネム様! 今日はお疲れでしょう。十分にお休みになってください」

 

 すがるような視線――表情は骸骨である為分からないのだが――をセバスに向ける。

 

「ネム、眠くないよ?」

「さようでございますか。それでは、私共は寝室の外におりますので、何かございましたらお声をかけてください」

 

 モモンガを残してアルベドとセバスは寝室を出るとそっと扉を閉めた。

 寝室の扉から十分に距離をとると、アルベドはセバスを呼びとめる。その意識は視線と共に注意深く寝室の扉に向けられている。死の支配者(オーバーロード)であるモモンガの聴力を考慮して、セバスの傍に近づくと小声で話しかける。

 

「ちょっといいかしら?」

「ち、ちか……いえ、何でございましょうか? アルベド様」

「あら、少し呼吸が乱れてるわね? 大丈夫なの?」

「はい、ありがとうございます。それでご用件はモモンガ様のことでございますね?」

「そうよ。貴方は気付いたかしら。モモンガ様が今は別の人格になっていることに」

「……ネム様、でございますね。しかし――」

「ええ、分かってるわ。ネム様の存在がモモンガ様をこの地に繋ぎ止めているのは確か。それに、モモンガ様の別の人格かも知れないし」

「なるほど」

「だけど、こうとも考えられる。何らかの攻撃を受けてモモンガ様に何かが起こった……そして、ネムのいう人格がモモンガ様に入り込んだ……」

「なるほど。ですが、可能なのでしょうか?」

 

 かつて1500人の大侵攻すら9階層まで届かなかったナザリック地下大墳墓に、何者かが誰にも気付かれることもなく侵入するなど不可能に思えた。しかも、アルベドとセバスの目の前で至高の存在であるモモンガに攻撃を仕掛けることができる者が存在するとはとても思えなかった。

 

「そうね、その可能性は低いわ。でも、私達は注意して行動すべきではない? 慢心で至高の御方に万が一があってはならないもの……」

 

 もう遅いかもしれないという思いが、アルベドに苦渋の表情をさせる。セバスは同意して頷く。それは至高の御方の安全が第一である考えに対してである。敵対勢力による攻撃とはセバスにはとても思えなかった。

 

「ですが、ネム様に敵意は感じられませんでした。むしろ、我々以上に戸惑われていたご様子」

「そうね。どちらにしてもこの事は私達二人の秘密にした方が良いわ」

「ふ、二人だけの秘密でございますか?」

「少なくとも、はっきりとした事が分かるまで余計なことをするべきではないわ。それに、他の守護者に知られてもいけない。感情的に動かれてモモンガ様の身に何かがあっては遅いもの」

 

 セバスは、それには異論はないと深く頷く。モモンガの身に起こったもう一つの見逃すことができない異変を感知していたが故である。

 

「モモンガ様……いえ、ネム様は今、おそらくレベル1でありますれば、細心の注意を払わなければ――」

「それはどういうことよ!!」

 

 アルベドの大声に辺りを見回し、誰もいないことに安堵のため息を吐く。

 

「アルベド様、もう少しお声を小さく」

「そうね。悪かったわ。それで! ネム様のレベルが1ってどういうことよ」

「はい、ネム様から感じた強さはレベル1程度のものでございました。ですが、私の持つ感知能力では漠然とした強さしか分かりません。ですので、おそらくと……」

「それじゃ……まさか偽者? いえ、それはないわ。私がモモンガ様を見紛う筈がないもの」

「私も、あのお姿は本物であると確信してございます」

「そう、だったらネム様の守りをもっと固めなければ……いえ、私がお守りせねば……そして、ずっとお傍に……。セバス、貴方はネムという人名について、或いは今回と関係ありそうなことを調べて頂戴!」

「しかし、私の役目はモモンガ様の、いえ、至高の41人のお世話をすることでございますれば……」

 

 セバスの役職は至高の御方によって決められたものである。アルベドとはいえ、おいそれと変える訳にはいかない。

 

「仕方ないわね。なら、交代で調べましょう」

 

 交代でお世話をしましょうという提案である。それぐらいは譲歩しなさい、私もガマンするんだからとその目が訴えかける。迫力に押されてこくりと頷きならがらも疑問に思う。アルベドのモモンガに対する情念が異常である気がしたのだ。

 

「一つお聞きしても?」

「何かしら」

「アルベド様はモモンガ様を――」

「もっちろん、愛しているわ! ああ、あのお姿、あのお声を聞いただけで愛しくて胸が張り裂けそう!」

 

 アルベドに遮られる形で言葉を被せられ、気持ちを切り替えるように小さく咳をする。その表情は心なしか微かに陰る。しかしそれは、アルベドの様子を窺っていたセバスには予想された答えであった。気を取り直すと、もう一つ確認しなければならないことを尋ねる。

 

「それは、ネム様となった今でもお変わりないのでしょうか?」

「ええ、もちろんよ。それが如何したの?」

「では、もしもネム様がモモンガ様と関わりないことがわかった場合、その時は、どうされるので?」

「あら? 貴方はわかりきった事を聞くのね」

 

アルベドは妖艶に微笑んだ。

 

 

 モモンガは自室のソファーに座ると退屈そうに溜息をつく素振りをした。その隣で楽しそうにアルベドは服を選んでいる。

 

「次はこれ、これを着てみましょう!」

 

 深い緑の生地に銀糸で刺繍を施し、大小様々な宝石が縫い付けられたコートを手に取ると楽しそうにモモンガにあてがう。

 

「またぁ? アルベドしつこい」

「お嫌、でしたか?」

 

 最初はモモンガも楽しかった。しかし、それが6時間も続くと流石に飽きてくる。モモンガが不満を漏らすと寂しげな表情で視線を逸らす。この仕草に何度も騙されてきたのだ。

 分かってはいるのだが、アルベドのような美女に濡れた瞳でお願いされると、どうしても強く断ることができなかった。

 

「ううん、嫌じゃないよ。でも、これで最後だからね」

「ええ、もちろんです!」

 

 何度目か分からないやり取りを済ませると、モモンガは立ち上がり着替えを済ませる。

 自室にこもるようになり二日が経過していた。初日は珍しい調度品や内装にはしゃいでいたが、二日目にはそれも飽きドレスルームで大量に衣装を見つけ、お着替えをしようと言い出したのはモモンガである。しかし、それに火が付いたアルベドは何処かから更に数多くの衣装を自室に持ち込み、この有様である。

 

「ああ、素敵です。モモ……ネム様」

 

 全身を映す鏡の前でポーズを取る。骸骨の姿に最初は驚いたものの今ではすっかり慣れたようで、様々なポーズで服装を確かめる。モモンガは何かに気付いたように腕を上げる。コートの袖口のボタンが外れかかっていた。

 

「少しお待ちください。直に戻ります」

 

アルベドは疾風のごとく部屋を飛び出した。直に部屋の扉が開く。

 

「お帰りなさい。ほんとに早かったね。あ、セバス」

「これはネム様」

 

 セバスは室内を見渡し、散らかった衣装の山に視線を止める。

 モモンガは誰かを思い出したのか、叱られる子供のように肩を窄める。

 セバスは笑みを浮かべるとモモンガの傍に近づくと背筋を伸ばして腕を胸に当てると丁寧な礼をする。

 

「おや、袖口のボタンが外れかかってますな。よろしいでしょうか?」

 

 モモンガが腕を上げると、セバスは執事服のポケットからソーイングセットを取り出し、目にも留まらぬ早さで瞬く間にボタンを付け直した。壮年の男性が見せる渋い笑みをモモンガに向ける。

 

「終わりました。お時間を頂きありがとうございます。ネム様」

「セバスかっこいいー」

 

 その時、背後でガシャンと物が落ちる音がした。音がした方向を見ると、アルベドが呆然と立ち尽くしていた。足元には裁縫箱が落ちている。

 恐ろしい形相でセバスを睨む。大量の汗が背中から噴出しセバスは蛇に睨まれた蛙のように身動きができなくなる。

 

「こ、これは、アルベド様」

「セバス、貴方ここで何をしているの?」

「そろそろお時間なので、ネム様に御使いしようかと……」

「あら、もうそんな時間なの……」

「はい、もう夕方の7時です」

「わかったわ。……まぁ、こんなに散らかって大変ね! 私も手伝うわ」

「はっ、しかし――」

「良いわよね。セバス」

「もちろんでございます。おねがいします。アルベド様」

 

 かくしてセバスは手際よく部屋の清掃を開始した。まるで時間を巻き戻すかのように次々と出された衣装がドレスルームに収納されてゆく。モモンガもそれを手伝おうとするがアルベドとセバスに止められ、退屈を紛らわす為に部屋の探索を行うことにした。

 収納部屋の扉を開くと様々なアイテムや装備品が所狭しと置かれている。部屋の壁沿いに置かれた台座には虹色の輝きを放つ宝玉や黄金の天秤、異様な形状をしたモニュメントや怒りとも悲しみとも区別がつかない模様が描かれた仮面など、多種多様な道具が置かれており、部屋の隅には幾つもの収納ケースが重ねて置かれている。その収納ケースの上に置かれた直径1メートルほどの鏡を見つける。

 鏡を覗き込むがモモンガの姿は映っておらず、不思議に思い手に取るとどこかの草原が映し出された。

 

「何? これすごーい」

 

 モモンガは鏡を手にしたままアルベドの元まで走り鏡に映る映像を見せる。

 

「ねぇ、アルベド。これは何なの?」

「これは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)といって、離れた場所を映し出す鏡です」

「すっごーい! ねえ、アルベドは使えるの?」

 

 モモンガは期待に満ちた表情でアルベドを窺う。遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)は知識としては知っていたが操作したことは一度も無い道具だ。さらには探知系魔法による対策の影響を受けやすく、情報操作系の魔法で簡単に隠蔽可能で、微妙系アイテムとして使用されたところを見た事もなかった為、操作に自信がなかった。しかし、モモンガが期待しているのである。答えは初めから一つだ。

 

「ええ、もちろんです」

 

 こうして、アルベド主催による上映会が開かれることになった。

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)はテーブルの上に立て掛けられ、ソファーの中心には普段の漆黒のローブに着替えたモモンガが、その隣にアルベドが座る。セバスはソファーの後ろで置物のように直立している。

 

「では、いきます!」

「はーい」

 

 モモンガの拍手に応えてアルベドが鏡に触れると、鏡には夜空と夜の草原が映し出される。

 

「おおーっ!」

 

 嬉しそうに声を上げるモモンガに気を良くしたアルベドは右手を動かし遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を操作する。映し出される映像は手の動きに合わせて右にスライドする。

 

「すごいすごーい。アルベドすごーい」

「ありがとうございます。ネム様」

 

 手を叩いて喜ぶモモンガにアルベドは満々の笑みで応える。それから試行錯誤で操作を始める。鏡の映像はアルベドの動きに合わせて移動し、角度を変え、夜空のみを映したかと思えば、風にたなびく草原だけを映すこともあった。

 既にアルベドは長時間操作を続けており奇妙な踊りを踊っているようにも見える。その姿を飽きることなくモモンガは楽しんでいた。戦士職の勘もあり、アルベドは唐突にこつを掴む。こつを掴んでからの上達は早かった。

 

「やっぱり! こうすると……どりゃ!」

 

 視点がぐるんぐるんと回りピタリと止まる。映像の回転はモモンガを飽きさせないためのアルベドの工夫である。今や映し出す映像の移動も上空からの俯瞰も、接近して近距離からの映像も思いのままでであった。

 

 驚くべきことに上映を開始して既に8時間が経過していた。映像に映し出される空が赤みを帯び始める。

 

「いけない、もうこんな時間に! ネム様、直にお休みにならないと!」

「まって、次で最後、もう一回ぐるぐるーってやって!」

「畏まりました。これをやったらお休みになってくださいね。どやぁっ!!」

 

 視界がぐるぐると回り静止する。その上空から映し出される光景は、朝日に照らされるどこかの村であった。

 モモンガは時間が止まったように動きを止めて村を食い入る様に見ている。そして、ポツリと呟いた。

 

「あたしの村だ」

「え?」

「アルベド、ここカルネ村だよ! ねぇ、もっと近くによって!」

「はっ、お待ちください」

 

 アルベドの操作に従い視点をカルネ村へと近づく。モモンガに「もっとこっち」「もっと奥」と誘導され、その通りに映し出される場所を移動させる。そして、小さな民家の前で映像は止まった。

 

「ネムの家だ……」

「ここが……ネム様の……」

 

 それは、お世辞にも良いものではなかった。至高の御方が住まうには余りにも小さく寂れた汚い家だ。

 

「……帰りたい。アルベド、帰ってもいい?」

「だめです。外は危険です!」

「……どうして? ネムの家だよ」

「どうしてもです」

 

 この数日で初めて得たネムという人物の手掛かりである。当然、アルベドはこの場所について調べるつもりである。しかし、今、モモンガをこの場所に向かわせるのは危険であると感じていた。それはモモンガという存在を永遠に失ってしまうかもしれないという予感である。

 

「もう、終わりにしましょう。お休みになる約束です」

「まって、消さないで。お願い」

 

 モモンガに見つめられそう言われてはアルベドに拒否することはできなかった。

 モモンガは膝を抱えるとじっと鏡に映る映像を何時間も眺めている。アルベドは諦めたようにため息をつくとセバスに指示を出す。

 

「セバス、シャルティアを呼んで来て」

「はっ、直ちに」

 

 そして、モモンガの正面に回ると真っ直ぐその尊顔を仰ぐ。

 

「私も同行します。よろしいですか?」

 

 モモンガの眼窩の赤い炎が大きく瞬く。

 

「ありがとう! アルベド大好き」

 

 モモンガがアルベドの首に抱きつくと、アルベドは顔を上気させて声を上げる。

 

「ちょ、モモンガ様! くうぅ」

 

 

 セバスに連れられて来たのは14歳ほどの美少女であった。

 白蝋じみた肌をしたボールガウンを着た銀髪の美少女で、その胸は年齢に不釣合いなほど盛り上がっている。名をシャルティアという。

 

「これはご機嫌麗しゅう存じんす、我が君」

 

 スカートの端を持ち上げ、優雅にお辞儀する。

 モモンガは乙女のように両手を握るとシャルティアに飛び付いた。

 

「キャー! シャルティアちゃん、すっごいかわいいーっ! 天使みたい」

「な、なんでありんすか!? このご褒美は!」

 

 鼻息をふがふがと荒くし、舌で唇を濡らす。アルベドの表情が一変した。

 ぐっと歯を食い縛ると震える指で鏡に移る場所を差す。

 

「シャルティア、あなた、あの場所に<転移門(ゲート)>を開きなさい」

「ああん? なんで私が」

「お願い! シャルティアちゃん」

「直に開くでありんす」

 

 シャルティアに転移先を確認させると、アルベドは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)の操作を解除してモモンガとシャルティアを9階層通路のエントランスの一角へと案内する。

 ナザリック地下大墳墓内では特定箇所間以外の転移魔法を阻害している為、外へと転移可能な場所へと移動する必要があったのだ。9階層から10階層へと移動し、玉座の間にてアルベドは転移魔法の阻害機能を一時的に弱めて外への移動を可能にさせる。

 

「ではシャルティア、始めなさい」

「分かったでありんすよ」

 

 シャルティアは先程見た映像を思い出して<転移門(ゲート)>を唱える。すると、何も無い空間に空間を切り裂くように楕円形の闇が出現した。

 

「開いたでありんすよ。これでいいのでありんすか?」

「ええ、ありがとう、シャルティア」

 アルベドはモモンガに頭を下げる。

「ネム様。シャルティアが作ったこの転移門(ゲート)は先程の村と繋がっています。この中を潜れば先程の場所へと転移できます。しかし、よろしいでしょうか。私がネム様を御守りしますので決してお傍を離れず――」

「ありがとう! アルベド、シャルティア!」

 

 モモンガはそわそわと落ち着かない様子で、アルベドを話を遮るように<転移門(ゲート)>へと飛び込んだ。

 




現在仕事が急がしく執筆のペースが落ちます。
次の更新は早くて1週間後になると思います。

次回『ナザリックの支配者』
※タイトルを変更しました。(2016/03/26)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。