オーバーロードと魔法少女   作:あすぱるてーむ

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※都合によりゲートの発生場所を玉座の間に変えました。前話のラスト10行を変更しました。
※魔法少女まで書けなかったのでタイトルを変更します。
※地の文の名称は以下の通りです。
 モモンガ=体はモモンガで精神はネム。
 ネム=体はネムで精神はモモンガ。
※地の文の名前にルビを振りました。ルビの無い名前は本人です。(2016/3/27)


ナザリックの支配者

 ナザリック地下大墳墓の9階層にある客間は異様な空気に包まれていた。

 金彩を施した豪華な背凭れに座面には滑らかな真紅のベルベッド生地が貼られた柔らかいクッションの上にエモット夫妻とエンリが座り、黒曜石の輝きを放つ重厚なテーブル挟んで向かい合うソファーにはネム(精神はモモンガ)モモンガ(精神はネム)が座っている。

 テーブルの上には植物を模した装飾が施されたガラスの器にバランスのよい配置で新鮮な果実が盛られ、金細工の美しい銀製の皿の上に並べられた鮮やかな色彩の焼き菓子が甘い香りを運んでくる。

 薄くオレンジがかった透明な果実水が注がれたガラス製のグラスに付いた水滴がテーブルの上にグラス底の跡を残している。

 困惑した様子で背筋を伸ばし、恐る恐るソファーに座るエンリ達を前に、楽しげな様子のモモンガ(ネム)とは対照的にネム(モモンガ)は沈んだ表情をしていた。

 

 ――遡ること2時間前。

 

 戦士長の見送りから戻った家の前で、ネム(モモンガ)は以前の自分の姿をした人物と出会った。続けて現れたアルベドとシャルティアを前に最も混乱したのは、その場で最も幼い姿をしたネム――モモンガ――であったのかもしれない。

 騒ぎを聞きつけて村人達が集まりだすと、救いを求めるように周囲を見渡す。空間を切り取ったように作り出された転移門(ゲート)が視界に入るとネム(モモンガ)はこの場を移動することを提案する。アルベドとシャルティアは不承不承の態ではあるが賛同して頷く。しかし、それに猛反対したのは骸骨姿のモモンガ(ネム)であった。エモット夫妻を掴んで離さないモモンガ(ネム)の説得を試みるも転移門(ゲート)が薄れ始め、持続時間の終わりが近いことを知ると説得を諦めて家族3人も連れて行くことを提案する。

 こうして恐怖で叫び声を上げる両親をアルベドが、エンリをシャルティアが軽々と持ち上げると転移門(ゲート)へと雪崩れ込むように飛び込んだ。

 

 

 ネム(モモンガ)は息を呑んだ。そこは、この世界に転移する前に最後に見た場所、ナザリック地下大墳墓の玉座の間であった。

 そして玉座の間に居るのは先程までカルネ村で一緒だったネム(モモンガ)とその家族の3人、そして、モモンガ(ネム)とアルベドにシャルティア、それともう一人、驚いた表情で立ち尽くすセバスだ。

 荷物のように放り出されたエモット夫妻とエンリは、3人で肩を抱き合って震えている。

 

 ネム(モモンガ)は、申し訳ない気持ちが胸に押し寄せ複雑な顔をする。それは、怯える家族に向けたものでもあり、かつてのギルドメンバーに向けた感情でもあった。

 異形種のみで構成されたギルド、アインズ・ウール・ゴウンへの加入条件は二つある。

 社会人であること、そして、アバターが異形種であること。他にも隠し条件としてギルド構成員の過半数の賛成が必要であるのだが、それゆえ、誰も相談も無く人間をナザリックへと招き入れたことを後ろめたく思ったのだ。しかし、別に仲間に加える為に招いた訳でもなく、過去に人間種を招待した前例もあったので、それほど強くは反対されないだろうと自分を納得させる。

 

(それに、よく考えたら俺も今は人間種なんだよな。そういう意味では俺も部外者か……。いや、しかし、心は今でもモモンガな訳だし……ん、まてよ?)

 

 ネム(モモンガ)モモンガ(ネム)の傍まで近づき尋ねる。

「お前は……もしかして……ネムじゃないのか?」

「うん、そうだよ」

 何を当たり前の事を聞くのと言いたげな軽い口調で返す。

「やはりそうか。どうやら私達は心が入れ替わってしまったようだな」

「ああ! そういうこと!」

 全ての合点がいった表情でアルベドは両手を合わせる。

 シャルティアの今にも噛み付きそうな顔がアルベドに向けられる。

「どういうことよ!」

「言葉通りの意味よ。モモンガ様とそこにいる少女、ネム様の精神と体が入れ替わってしまわれたのよ」

「何を言っているのでありんすか? とうとう守護者統括様は頭の中まで筋肉になりんしたでありんすか?」

「頭に血の通っていない貴方に言われたくないわね。見なさい、お二人のお姿を。貴方も感じるでしょう。私たちの絶対なる支配者としての気高き気配を」

 

 シャルティアはモモンガ(ネム)ネム(モモンガ)に視線を交互に向ける。モモンガ(ネム)の姿からは至高の41人のみ纏っていた支配者の気配を感じた。それは日輪の様に全身を覆うような眩しい輝きである。そして、その気配はネム(モモンガ)からも感じられる。ただし、ネム(モモンガ)のそれは中心から溢れ出す太陽の輝きである。

 シャルティアはようやくアルベドの言おうとする事を理解する。二人の気配が同一であることに気付いたのだ。そして二人の気配が見事に重なり合うことを。

 

「ああああああ、モモンガ様……」

 シャルティアの頬を涙が伝う。

「なんというお姿に……すぐにわたしがお救いしんす」

「なに? できるのか?」

「その汚らわしい肉体をバラバラに砕いて高貴な魂を救い出すんでありんす」

「はぁ?」

「やめなさいこの馬鹿! それでモモンガ様にもしものことがあったら如何するの?」

「だけど、モモンガ様の魂が小娘の中に入ってるなんて羨ましいじゃない! ああ、モモンガ様の魂をお救いして私の中に!」

「それは素晴らしい考えだわ! ああ、モモンガ様が! モモンガ様が私の中に入られてこの体を好きなように弄ばれるのですね。なんて、なんて素晴らしい!!」

「お前達、何を言ってるんだ?」

 

 じろりとアルベドとシャルティアが同時にネム(モモンガ)を見る。その目は獲物を狙う狩人の光を帯びていた。

 

(やばい。やば過ぎるぞ、こいつら)

 

 ネム(モモンガ)は二人に背中を向ける。

 そして扉に向けて脱兎の如く駆け出した。両手足か霞むほどの素早い動作で瞬く間にアルベドとシャルティアの傍から離れていく。

 

「無駄です」

「逃がしませんぇ」

 

 しかし、いかに超人的な身体能力を持つネム(モモンガ)であっても魔法職である。同じレベル100であっても戦士職とは身体能力が雲泥の差である。たちどころに追いつかれ回りこまれてしまう。前方にアルベド、後方にシャルティアと挟み撃ちにされた形だ。

 

(しまった。転移魔法で逃げるべきだった。いや、それでもシャルティアからは逃げられない。……だめだ、俺の人生終わった、泣きそう……)

 

 追い詰められ天を仰いだその時、まさしく視界いっぱいに天井が広がる。

 雷鳴の如く動いたセバスがネム(モモンガ)を抱き抱えると再びもとの場所へと移動した。突然、抱き上げられた為にネム(モモンガ)の視線は天井に向けられたのだ。

 その動きは常人では知覚できず瞬間移動をしたかのように見えたのだが、アルベドとシャルティアはセバスをしっかりと捉えていた。

 

「何をするの! 私の愛しいお方を返して!」

「横取りとは如何いうつもりでありんすか!」

 

 ギロリと睨む四つの瞳を平然とかわすと温和な笑みを浮かべ、ネム(モモンガ)を床に下ろすと深く頭を下げる。

「ご無礼申し訳ありません」

 そして、立ち上がり向きを変えると一歩踏み出しアルベドとシャルティアに鋭い視線を向ける。

 ネム(モモンガ)は隠れるようにセバスの背後に身を隠すと戦々恐々とアルベドとシャルティアを見た。

 

「アルベド様、シャルティア様、御戯れが過ぎます。私は至高の御方を御守りするのが役目なれば、これ以上は見過すことはできません」

 

 その姿は、さながら姫君を守る騎士のようだ。モモンガ(ネム)は口元に手を当て嬉しそうに見ていた。

「セバス、かっこいいー!」

 ぼそりと呟くその言葉は、確りとアルベドとシャルティアの耳にも届いていた。

 セバスの株が急上昇してアルベドおよびシャルティアの株が急降下した瞬間である。

 アルベドは冷静さを取り戻し息を呑む。セバスの背後に立つ少女の瞳は「アルベド怖い」と怯えているように見えた。

 

(ああああっ、しまったあああああっ!!)

 

 アルベドは身悶えしながら転げまわりたい気持ちを必死に抑える。

 それとは対照的にシャルティアは怒りの表情から驚愕へと変わり、後悔し恥じ入る顔をし、最後に放心した表情へと心情を隠そうともせず変化する。

 

 アルベドはその場で両膝を地面に付けるとネム(モモンガ)に向けて深々と頭を下げた。

 

「も、モモンガ様、大変申し訳ありませんでした。今のは決して本心では御座いませんでした」

「嘘をつけ」

「本当です! この世に愛する御方を傷つけようとする女などおりません。それにどのような御姿であってもモモンガ様への愛は変わりません! どうか、この身にどうか罰をお与えください。いかような処分でも謹んでお受けいたします! 命を持って償へと仰るのであれば喜んでこの命を差し出します!」

「も、申し訳ありません。モモンガ様にこの様な真似を……。いかようにも罰してください」

 

 アルベドと並びシャルティアが頭を下げる。あまりの豹変振りに戸惑いならがらも、どうやら命の危機は脱したと感じたネム(モモンガ)は十分に警戒しながらセバスの後ろから姿を現す。

 

「ならば、二人に罰を与える。今後、私の50メートル以内に近づくな! 関わるのも駄目だ! いいな!」

「……畏まりました」

 

 アルベドは搾り出すように声を出す。その隣で同様に平伏したシャルティアはビクンと肩を震わせると、おどおどとネム(モモンガ)の様子を伺い、本気であることが分かると意気消沈して頭を下げた。

 

「モモンガ様、よろしいでしょうか」

「どうした、セバス」

「アルベド様もシャルティア様も、モモンガ様とお会い出来て我を忘れてしまったのでしょう。決して、モモンガ様を本気で傷つけようとは思っていなかったはず。その証拠に、お二方はモモンガ様に触れようとはなさいませんでした。決して許される行為ではないと重々承知していますが、どうか、ご一考をお願いできないでしょうか」

 

 セバスの発言は自分でも不思議であった。至高の御方による決定は絶対である。例えどの様な命令であろうとも異を唱えるなど考えも及ばぬ行為である。しかし、今にも消え入りそうなアルベドを見ると、自分でも理解できない感情が沸き起こり行動を起していた。

 ネム(モモンガ)も二人の落ち込みように少し強く言い過ぎたかと反省をする。

 彼らNPCは最も大切な仲間達が残した宝のような存在だ。

 彼らを傷つけたり遠ざけるような命令を出すことは望むところではなかった。

 

「そうだな。……今のは取り消そう。すまなかったな。アルベド、シャルティア」

 

 二人は顔を上げると花が咲いたような笑顔になる。

 

「謝らないでください! 悪いのは私達なのですから!」

「ありがとうございます、モモンガ様!」

 

 感謝を述べながら擦り寄ってくる二人に警戒しつつ身を引く。

 

「分かったから普通にしろ!」

「ははっ」

 

 二人の美女と美少女は立ち上がると恭しく頭を下げる。洗練された美しい振る舞いでにこやかな笑顔を浮かべる。

 アルベドは何かに気付いたように、ちらりと視線を逸らした。

 

「ところで、あの者達はいかがなさいますか?」

 

 向ける視線の先には固まって抱き合うエンリ達がいた。

「ネ、ネム……」

 ネム(モモンガ)と目が合うとエンリは救いを求めるように蚊の鳴くような小さな声を上げた。

 ネム(モモンガ)ははっと息を呑む。家族もナザリックに連れてきた事をすっかり忘れていたことに、そして先程の話を全て聞かれていたことを知り、ネム(モモンガ)の額に汗が滲む。

 ネム(モモンガ)はセバスに視線を移す。セバスは胸に手を当て背筋を伸ばし立っている。主人に仕える家令としての忠誠を誓う姿である。

 

「セバス」

「はい。モモンガ様、何の御用でしょうか」

 

 頭を下げると落ち着いた声で返事をする。セバスはネム(モモンガ)をモモンガ様と呼ぶ。それはネムとモモンガが入れ替わった事を知った上でネム(モモンガ)の身を守り、従属的な姿勢を見せるということ。

 ネム(モモンガ)はセバスの姿に懐かしい人物を幻視する。セバスは創造主であるたっち・みーの影響を強く受けているように見える。セバスならばアルベドやシャルティアのような暴走はしないだろう。

 その時、ネム(モモンガ)はセバスに対して何か重要な事を思い出しそうになるが、それが何であるかを思い出せずにいた。思い出せないのなら大したことではないのだろうと自分を納得させる。

 

 次に考えるのはエモット夫妻とエンリの事である。

 これ以上はネムの家族にネムとモモンガに関わる話を聞かれるのは非常に不味かった。できればネム(モモンガ)にとって良いように話を持って行きたいのだ。こちらに不利な情報はできるだけ隠しておきたい。もう手遅れかもしれないが……。

 

「セバス、家族を9階層の客間に案内を頼めるか?」

「頼みなど止めてください。ただ、命令してくだされば良いのです。畏まりました、モモンガ様。ネム様のご家族3名様を客室へとご案内いたします」

「では任せる。それと、私達も場所を変える。そうだな、9階層にある私の執務室へと移動しよう。セバス、3人を案内したらお前も来い」

「畏まりました」

 

 セバスがエンリ達3人を連れて行くのを確認すると、ネム(モモンガ)達も執務室へと移動を開始する。玉座の間は4人で話をするには広すぎるし落ち着かない。それに会談をするにしてもそれに相応しい場所というものがある。

 ネム(モモンガ)はアルベド、シャルティアと移動をしながら、この数日間に何があったのかをアルベドに尋ねる。アルベドはモモンガが消失しかけた事、ネムの人格が入り込み消失が免れた事、そしてカルネ村へ向かうに至るまでの過程を事細かに説明した。

 話の最中、その場に居なかった事で悔しがるシャルティアに何度も地団太を踏まれて中断することになった。

 次に、ネム(モモンガ)は転移後から今までの出来事を簡単に説明する。

 今度は騎士に襲われた村人達を心配するモモンガ――入れ替わっており精神はネム――によって何度も中断することになり、執務室に着いても話は終わらず、セバスが合流しても話は続いた。

 

「という訳だ。何か聞きたい事はあるか?」

「モモンガ様、よろしいでしょうか?」

「どうした? アルベド」

「そのモモンガ様がお作りになった僕は如何されるのでしょうか?」

「モルダーは村の皆に受け入れられつつあるし、アンデッドと人間が共存するモデルケースとして暫く村に置こうと思う。キモスケは……そうだな、1階層に領域でも作って守らせてみるか。構わないか? シャルティア」

「はい、問題ないでありんす」

「それでは、後で迎えに行くとするか。他に何かあるものは?」

「ございません」

「ないでありんす」

 ネム(モモンガ)はセバスに次いでモモンガ(ネム)を見る。

「ございません。モモンガ様」

「ネムもないよ」

 アルベドとシャルティアに続き二人が頷くのを確認すると話は終わりとばかりに椅子の背凭れに寄りかかる。

 ネム(モモンガ)は腕を組み次は何をすべきかを考える。

 気になる点はいくつもあった。

 

 ネムとモモンガの入れ替わりは確実である。問題は何故そのようなことが起こったのか、そして、なぜネムなのか……。

 

 消えたモモンガの神級(ゴッズ)装備やギルド武器であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン、モモンガが装備していた世界級(ワールド)アイテムの行方も気に掛かる。

 ゴッズ装備はまだしもギルド武器やワールドアイテムの追跡はおそらく不可能だろう。

 探索を行うには対象と同等かそれを超える能力が必要だからだ。ユグドラシルでは世界(ワールド)と名の付くものは破格の効果と強さを持つ。ワールドアイテム、ワールドチャンピオン、ワールドエネミーなどがそれだ。ワールドアイテムの捜索はワールドアイテムをもってしか行えず現状は不可能だ。それはゴッズアイテムをはるかに超えてワールドアイテムに匹敵するギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンも同様である。

 残るのはゴッズアイテムの探索であるが、それを行える人物に心当たりがあった。アルベドの姉に探索系に特化したNPCがいるのだ。名をニグレドという。彼女ならばモモンガの持っていたゴッズアイテムの探索は可能だろう。

 しかし、今それを行うのは得策だろうか? 異世界への転生、ネムとの入れ替わり、装備の消失。これらが全て同時に行われたのだから無関係ではないだろう。下手にちょっかいを出すことにより思わぬ事態が起きないとも限らない。もう少し情報を集めてからでも遅くはない。

 

 そしてNPC達の存在。アルベドとセバス、それにシャルティアは自我を持ち行動している。彼らだけが特別であるとは思えない。そして、アルベドとシャルティアの取った行動がネム(モモンガ)の心に一抹の不安を感じさせる。この三人は一先ず大丈夫だろう。だが、他の全てのNPCを相手にした場合、逃げ切るのは不可能だ。

 それに、本当にアルベドとシャルティアは大丈夫なのか?

 ネム(モモンガ)はアルベドに視線を向ける。

 

「アルベド、私達のことをどう思う?」

「はい。ナザリックにお残りになられた最後の私達の創造主。そして、私の愛するお方です。モモンガ様のお姿も、その崇高な精神も、全て愛しております!」

「――そ、そうか。では、シャルティアは?」

「はい、至高の方々を纏め上げる私達の最高の主人です。そして――」

 ちらりとモモンガ(ネム)を見る。

「美の結晶。まさにこの世界で最も美しいお方であります」

「――そうか、良く分かった」

 

 予想外の高評価にネム(モモンガ)は脱力する。アルベドの真剣な表情や、モモンガ(ネム)を見つめるシャルティアの陶酔した瞳に嘘は感じられなかった。セバスからは聞くまでも無く忠誠心を感じている。ならば、他の守護者はどうなのだろう。

 

「他の守護者も同じ意見だと思うか?」

「いいえ、そうは思いません。私以上にモモンガ様を愛している守護者などおりましょうか!」

「まったくでありんす。モモンガ様を最も愛しているのはこの私なんでありんしょうから」

「はぁ? 何言ってるのかしらこの腐れビッチは」

「やるかごらぁ?」

 アルベドとシャルティアは鋭い眼光で睨み合う。お互いにくっつきそうなほど顔を寄せている。

「やめないか、二人とも」

「はっ」

 何事も無かったように佇まいを直す。変わり身の早さに呆れながらも、モモンガに対する忠義――異常な執着ともとれる――は信頼できると感じた。

 彼女達の愛情を利用する様で心苦しいが、二人ならモモンガ(ネム)の護衛を任せても良さそうだ。

 他の守護者に関しては実際に会ってみなければ分からないだろうと結論付ける。

 

「そういえば二人の罰がまだだったな」

「はっ」

 アルベドとシャルティアは暗い顔をする。

「アルベド、それにシャルティア。二人でネムを、いや、モモンガを守れ。アレは俺の体だからな。それで二人への罰とする」

「はっ!」

 アルベドとシャルティアの声が重なる。今度は打って変わって瞳を輝かせている。

「畏まりました。モモンガ様のお体はこのアルベドが全身全霊で御守りします。どんなことがあっても絶対に!」

「そ、そうか、頼むぞ。シャルティアも良いな」

「畏まりました!」

 

 深々と頭を下げる二人を見ながらネム(モモンガ)は安堵する。

 

(これでモモンガ(ネム)の安全は確保できた。二人なら上手くやってくれるだろう。さて、次は……)

 

 ネム(モモンガ)はアルベドに視線を向ける。

 

「アルベド、第4階層守護者ガルガンチュア、および、第8階層守護者ヴィクティムを除く全ての階層守護者を玉座の間に集めろ。時間は一時間後だ」

「はっ」

「セバスはプレアデスとメイド達を集めよ。玉座の間はあれだけ広いのだから、多少は人で埋めないと寂しいからな」

「畏まりました」

「シャルティア。お前の持つ衣装を何か借りられないか? さすがにこの格好では威厳も無いだろう」

 ネム(モモンガ)は村娘の粗末な衣装を指先で持ち上げる。

「畏まりました。ペロロンチーノ様秘蔵のコレクションを何点か持ってまいりんす」

「よろしくたの……ペロロンチーノさんのか。一応聞くが、それはどんな衣装だ?」

「はい。体操服、ブレザー、セーラー服にナース服、それに、スクール水着や巫女服なんてのもありんす」

「……じゃあセーラー服を」

「さすがお目が高い! ペロロンチーノ様が持ってこられんしたセーラー服にはどんな体勢でもパンチラする特殊な仕掛け(ギミック)が……」

「ブレザーだ! まさかブレザーも、その、パンチラとかするんじゃないだろうな」

「ブレザーにそのようなギミックは無かったと思いんす。ああ、でも……」

「……でも、何だ?」

「はい、すこうし、スカートが短いでありんす」

「それぐらいなら構わないだろう」

「……耳や尻尾は」

「いらん!」

「畏まりました」

「アルベドは守護者が集まったら私を呼びに来い。私はこの部屋に居る。セバスは玉座の間にて待て。では、各自行動せよ」

「はっ」

 

 アルベド、シャルティアに続きセバスが早足で退出すると、ネム(モモンガ)は疲れたようにため息をする。

 執務室に残されたのは、ネム(モモンガ)ときょとんとした表情――骸骨なので分からないが恐らく――をしたモモンガ(ネム)の二人だけだ。

 

「さて、シャルティアが戻る前にネムも――モモンガの衣装換えも済ませるか。ネム、付いて来てくれ」

「うん」

「それと、ネムに相談があるのだが……着替えながら話をしよう」

「はーい」

 

 モモンガ(ネム)を連れてドレスルームへ向かうと、衣装の中から闇が纏わりついたような漆黒のローブを取り出す。無数の宝石が夜空に輝く星のように輝き、ローブから湧き上がる闇のオーラが邪悪さを強調している。このオーラはローブのデータ容量を削ってまで追加した視覚エフィクトだ。頭上には幾つもの宝石を嵌め込んだ金の冠をかぶせ、先の尖った黒羽のブーツを履かせる。

 次に他の雑多な装備品を置いた小部屋に寄ると収納ケースから数点、指輪を取り出す。左右の手の指には一個づつ大きな宝石の指輪を付けさせた。ルビーの指輪は炎系耐性を、ダイヤモンドの指輪は身体能力を大幅に上昇させる。首には先端に巨大なエメラルドが嵌め込まれ純金の鎖で繋がれたペンダントを下げ、1メートルを超える杖のような金の王笏を持たせた。その全てが伝説級(レジェンド)のアイテムである。

 

「玉座の間で引見するんだ。このぐらいの格好をしないとな」

 

 ナザリック地下大墳墓の支配者に相応しい姿に、ネム(モモンガ)は満足そうに頷く。

 自分が過多に飾り立てるのは趣味ではないが、他者――自分の体だが――に着せるのは以外と楽しい。

 モモンガ(ネム)を連れてリビングに戻るのと、シャルティアがネム(モモンガ)の衣装を持って戻るのとほとんど同時であった。

 ちらりと向けるモモンガ(ネム)を情婦の視線で眺めて頬を上気させるシャルティアの姿に、ネム(モモンガ)は苦労して作り上げた自分の装備のセンスが認められたようで嬉しかった。かつての仲間には何それ。狙いすぎ。と散々言われたのだが……。

 シャルティアはネム(モモンガ)に気付くと優雅にお辞儀をする。

 

「モモンガ様、ただいま戻りんした」

「ごくろうだった、シャルティア。それで、その手に持ってるのがブレザーか?」

「はい、ブレザーはこちらでありんす」

 

 シャルティアは両手に持った、綺麗に折り畳まれたブレザー服を差し出す。

 ジャケットは藍色で、紺色のブラウスに常磐色(ときわいろ)をしたチェック柄のスカートと同系色のリボン、それと白いワイシャツだ。折り畳まれたワイシャツの上には純白のパンツが置かれている。

 何だこれはと尋ねると、パンツもセットなんでありんすと帰ってくる。

 とにかく試着をしようと、シャルティアとモモンガ(ネム)を残してドレスルームへと向かう。

 まずは下着、ワイシャツと着用する。サイズは少し大きめであったが、魔法の衣服であるため着用すると丁度良い大きさへと縮み、体にフィットする。

 次に手に取ったスカート丈の長さは30センチと確かに短いが、この長さならば十分だろうと着用する。スルスルと縮み、ネム(モモンガ)の体のベストサイズに調整された。

 

「な、なんじゃこりゃー!」

 

 突然の叫び声にシャルティアはドレスルームへと飛び込み、その後をモモンガ(ネム)が続く。

 姿見に映った自分の姿を見て、ネム(モモンガ)は驚いた様子で硬直していた。ネム(モモンガ)が穿いたスカートの丈が15センチほどに縮んでいたのだ。

 ネム(モモンガ)の姿を見たシャルティアは、納得したように頷く。

 

「それで正しいんでありんす。ペロロンチーノ様はパンモロとか仰っていたでありんす」

「ぺ、ペロロンチーノーっ!」

 

 絶叫するネム(モモンガ)のパンツはスカートからはみ出していた。

 

「他に無いのか? この際、体育服でも構わないから」

「ありますが、今から取りに戻ったのでは時間が……」

 

 その時、部屋の奥からモモンガ様ーと呼ぶアルベドの声が聞こえてきた。

 

「くそっ、もうそんな時間か。仕方ない、これでいくぞ」

 

 ネム(モモンガ)はブラウスとジャケットを急いで着るとリビングへと戻った。

 ネム(モモンガ)モモンガ(ネム)の姿を見ると、感動したように声を上げて腰の羽をパタパタと動かす。

 

「まぁ! なんて素晴らしいお姿! モモンガ様もネム様も大変似合っておいでです」

「そうか? シャルティアもそう思うか?」

「はい、まるでペロロンチーノ様がモモンガ様の今のお姿ためにご用意したようでありんす。そしてお美しく気高いモモンガ様のお体は、まるで夜空を切り取って纏っておられるよう、まさに、夜の帝王のようでありんす」

「そうなのか?」

 

 疑問に思いながらもネム(モモンガ)はスカートの前を押さえて必死にパンツが見えないようにする。

 

「くふーっ! なっ、なんて愛らしいお姿っ!」

「なるほど! ペロロンチーノ様の仰っていんしたことは、こういう事だったんでありんすね」

「ん? 如何いうことだ?」

「はい、ペロロンチーノ様は至高のチラリズムとは、見えそうで見えない事でも、見えてはいけないものが見えてしまう事でもない、見えているものを必死に隠そうとする姿だ、と仰っていたでありんす」

 

 ネム(モモンガ)は隠すのを止めた。

 

「アルベド、準備はいいのか?」

「はい、皆、集まっております」

「そうか、では行くとしよう」

 

 ネム(モモンガ)モモンガ(ネム)を従えて歩き出す。

 その後ろにアルベドと、そしてシャルティアが続いた。




次回『ナザリックの方針』

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