周囲の開けた草原に、野営地を張り馬を休ませる一団がいた。
二十数人ばかりの戦士達は、警戒のため野営地を見回る者を三名ほど残し、寒さから逃れるようにフード付きのマントを身に包ませて体を休めている。
僅かばかり穴を掘り、乾いた木の枝を投げ込んだだけの簡易の竈は既にその役目を終え冷たくなった炭や燃えカスを残している。
日が昇ると同時に彼らは体を起こし、冷えて硬くなった体を解しながら出立の準備を始めていた。
戦士達は、ブレストプレートを着用した者、防御より動き易さを考慮してチェンメイルのみに留める者など、自分に合った装備をしている。鍛えこまれた屈強な肉体をしており、その佇まいに、皆が一様に熟練の戦士であることを、見る者によっては気がついただろう。
その中で、一際目立つ覇気を纏った男がいた。
幾分皺が刻まれてはいるが精悍な顔立ちは昨日の凄惨な現場を思い出し、暗い影を落としている。だが、その黒い瞳は怒りを滲ませる強い光を放っていた。
その人物に、金髪を整えた整った顔立ちの男が近づくと、頭を下げて礼をする。
「戦士長、皆準備が整いました」
「そうか」
「……昨日の、あの村を思い出しているのですね」
彼ら戦士の一団は、リ・エスティーゼ王国より派遣された兵士達である。
その、戦士長であるガセフ・ストロノーフは王国では彼に並ぶものはいないと賞される剣の使い手であり、リ・エスティーゼ王国国王ランポッサⅢ世からの信頼も厚い。
その王よりガセフは、国内の国境付近の村々を荒らしまわる者達の調査を任命され、それが事実であった場合はその討伐も含まれていた。
王とは対立する貴族、貴族連合の差し金によって彼が持つ最大の装備を剥ぎ取られた状態でである。
ガセフは今日までに4つの襲われた村を発見し、その残虐な行為を行った者達に、そして、それを護れなかった己の不甲斐なさに怒りを覚えていた。
実際に焼け崩れた家屋や、無造作に切り捨てられた村人達。
そんな中でも生き残った数名の村人達。恐らくは戦力を割く狙い。彼らを放置すれば待っているのは確実な死であり、数名の村の生き残りの護衛のために人数を割くしかない。それが分かっていてもガセフには彼らを放置することは出来なかった。
当初は五十名以上いた部下も、今では二十余人ほどになっている。
そうだ、その思惑はどうあれ助かる命はあったのだ。
昨日の惨劇の場を思い出し、特に酷い傷を負った、あの少女のことを思いだす。
名を尋ねた時に、掠れる声でアシュレ・ルーインのと名乗った少女のことを――。
その村での生存者は、今までと同じく村の中央で放置された数名だけかと思われた。
しかし、火事で倒壊した家の直ぐ傍の茂みに、全身に火傷を負った10歳ほどの少女が毛布に包まれた状態で発見されたのだ。
息はあったものの少女の傷は深く、恐らくは長くは持たないだろうと思われた。
ガセフは、副隊長が止めるのも聞かず数少ない手持ちのポーションを少女の体に振り掛ける。
効果は直ぐに出た。火傷の跡を消すには至らなかったが、命の危機を脱する程度には回復した。
救えた命が一人でも増えたことにカゼフは喜び、そして、神に感謝する。
たとえこの場では命は助かっても、少女がこの先も生き続けれられる保証は無い。
もはや家も家族も頼れる当ても無い。少女がおかれた環境はそれほどに苛酷である。
だか、それでも、この場は生き残ってくれた事に、命をつないでくれた事に感謝していた。
命を繋いだといっても、決して予断の出来ない状況である。
大都市であれば、よりマシな治療を受けられるだろうと10人ほどの部下に護らせて、他の生き残りと共にエ・ランテルへと向かわせた。
その後すぐにガセフは残った部下と共に日が昇る限り馬を走らせた。
これ以上の犠牲を出さないため、この残虐非道な行いの報いを受けさせるために。
昨日のことを思い、ガセフは腹の底から湧き上がる怒りのドス黒い炎を抑えることが出来なかった。
副長の言葉に答える様子も無く、静かにその眼を見る。
「そうだな、では、出立しよう。次の村まではどの位で着く」
「はっ、ここから一番近い村ですと、夕刻までには着くと思われます」
「では、急ぐとしよう。総員!出発する!」
ガセフは馬に飛び乗り騎乗すると、馬の腹を蹴り草原を駆け出す。部下達もそれに続いた。
◆
魔法が使えた。
この手に、確かに発動した――心臓を握り潰した――感触が有ったのだ。
ネムは目の前に倒れた騎士を見ながら呆然としていた。
「ベリュース隊長。どうしました?」
玄関口の外から、鎧が上げる金属音の音と、それが近づいて来る気配を感じる。
騎士が姿を見せると同時に、再び魔法を放った。
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掌から生じた白い雷撃は竜のようにのたうち、落雷に似た閃光を放ちながら一直線に騎士に突き刺さった。
騎士は、悲鳴を上げて体をビクつかせ、煙を上げならが地面に倒れる。
やはり、魔法が使える。
視覚効果のある魔法を使うことで、ネムは確信を得る。
どういう訳か、この世界はユグドラシルの魔法が使え、モモンガとして習得した魔法がネムの体でも使うことが出来るようだ。
「……ネム、貴方がやったの?」
エンリは驚いて目を見開く。父親と母親も驚愕で言葉を失っている。
ネムは頷くと玄関口へと向かった。
「ここにいて。あいつ等やっつけてくる」
「ま、待ちなさい、ネム!」
父親が叫ぶ。だが、膝が震え上手く歩けず体がよろける。伸ばした手はネムには届かない。
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家を出ると、ネムは家族に向けて守りの魔法をかけた。
家を取り囲むようにドーム状の障壁が形成される。
「守りの障壁を作ったからここにいて」
そう言うと駆けようとし、思い出したように立ち止まる。
「この障壁は中からは外に出れても、一度出てしまうと外からは入れない。だから、絶対に出ないで」
これだけ言えば追っては来ないだろう。
ネムがこれから行おうとしている事を、何と無くだが、エンリとその家族には知られたく無かったのだ。
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浮遊魔法を唱える。足が地面からフワリと浮く。
そして、滑る様に空中に舞い上がる。
100メートルほど上空に留まると俯瞰して村を見下ろす。
騎士は、四方から中央へ村人を追い立てている様だった。
正確な数は分からないが騎士の数は20名強といったところだろう。
村を取り囲むように騎乗した騎士が4名、弓を構えて警戒している。
そこには一人も逃がさない意思が見えた。
視線を巡らせると、ここから程近い路地に黒い染みが見えた。
モルダーさんだ。
そこは家屋が視界を遮り、あまり、見通しは良くない。上空にいたからこそ容易く発見できた。
数十メートルにおよび這ったような血の痕跡があり、騎士が殺した後で引きずったとも思えないので這ってここまで移動し、息絶えたのだろう。
ネムはモルダーの傍まで飛行して音も立てずにふわりと着地する。
彼の右腕は何かを掴もうとするように路地の先へと向けられている。
「モルダーさん、敵は取りますよ」
開かれた儘の瞳を掌で閉じさせる。
周囲を目配りし誰も居ないこと確認すると次の手を打つ。
魔法は使用できた。ならば、
ネムは、村を救済をしたい訳でも、皆の敵を取りたい訳でも――その気持ちが全くないという事はないのだが――なかった。
ネムは抱くのは、この世界に対する純粋な好奇心であり、これから行うことはその実験である。
選択したのは中位アンデッド創造だ。
目を閉じ、頭の中を探る。その効果や範囲、作成可能なアンデッドの種類など頭の中に知識として浮かび上がる。
使用する
――中位アンデッド創造
奇妙な違和感。
期待していただけに、その失望は大きかった。
だが、落ち込んでばかりもいられない。力の存在は確かに感じたのだ。
単純に力が足りないか、条件が揃っていないか、或いは、この世界には
ならばと次は魔法を使っての創造を試みる。作成するのは当然、同じアンデッドである、
魔法の確認は既に済んでいる。これで作成できなければアンデッドの種類による失敗、作成できれば
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魔法の発動の手ごたえがあった。突如、何も無い空間に黒い靄が湧き出した。
それは、嬉しくもあり、非常に残念な思いである。これで
黒い靄は空中を流れ、近くに転がる死体、モルダーに流れ込み全身を包み込んだ。
全身を雷に撃たれた様に震わせると、ギクシャクとした動きで立ち上がろうとする。
ゴブリと音がし、口や鼻や目といった全身の穴という穴から闇を思わせる半透明の液体が流れ出し、それが見る間に全身に広がる。
それは、姿を歪めながら膨れ上がり、瞬く間に2メートルを超える巨大で邪悪な騎士の姿へと変わった。
闇を思わせる黒色の
左手には巨大なタワーシールドを、右手には刃渡だけで1.3メートルもあるフランベルジュを持っていた。
ネムは、呆気に取られてその姿を見ていた。
(げぇ、死体を使うのかよ。)
ユグドラシルのゲームでは何もない空間から召喚されたのだが、今のは明らかに死体に乗り移った。
この世界ではルールが異なるのだろうか。何かを召喚するには触媒が必要である可能性すらある。今後の検証の課題ができた。
ともあれ、アンデッドの作成は成功だ。
ネムは
何か、命令してみようかな。
「カルネ村を襲っている騎士を倒せ」
『偉大なる主よ。仰せのままに』
すぐさま、踵を返して駆け出していった。
ネムは、走り行くその姿を呆然と見ていた。
ユグドラシルでのデス・ナイトは前衛として召喚し、主に壁役で使われていた。
本来ならば、守るべき召喚者の周囲に待機し、襲ってくる敵に対して迎撃してヘイトを集める役割であった。
それが、あのように主人から離れて行動するとは、思ってもいなかったのだ。
やはりゲームとは異なる点が多々あるようだ。
だが、何よりネムを驚かせたのは――
「……しゃべんのかよ」
走り去り既に見えなくなったその先に向けてポツリと零した。
――――――――――――
六歳である少女のミトは、壁に無造作に立て掛けられた木板の陰に、小さな体を見つからない様に更に小さく丸めて潜ませていた。
隠れる直前まで全力で走っていたため、激しく鼓動する呼吸を音が漏れないようゆっくり繰り返す。
「おい、いたか?」
「いや、こっちにはいない。何処に行きやがった?確かにこの方向に逃げて行ったんだが」
男達の声に全身に力が入る。
震える両手を握り締めて胸元で押さえ込む。
目を瞑って、早く行ってと心の中で叫んだ。
「おい、今音がしなかったか?」
息を止める。
心臓が早鐘のように打つ。
鎧が立てる金属音が近づいてくる。
吐きそうになるのを堪えて、必死に祈る。
唐突に、身を隠していた影が消えた。
「見つけたぞ」
騎士の一人が木板を片手で掴み、影となる部分を覗けるよう動かしていた。
「うあああああぁ」
騎士は悲鳴を上げて逃げるミトの頭を無造作に掴むと、強引に仲間の方へと投げる。
ブチブチと音がし髪の毛が抜ける感触が掌に伝わり、抜けた金色の細い髪が
髪に挿していたであろう白い小さな花が地面に落ち、騎士は無造作に踏みながら少女へと近寄った。
ミトは地面を這い逃げようとする。
しかし、目の前に影が掛かる。
二人の騎士に挟まれて、逃げ場を失い悲鳴を上げる。
騎士は、お互いに目配せをし、
「やるぞ」
ロングソードの刃を下向きに両手で構える。
遠くから駆ける様に近づいて来る、
――それは、突然起こった。
暴風を起しながら巨大な鉄の塊がミトの頭上を通り過ぎ、ロングソードを構えた男が姿を消した。
正確には、十数メートル上空に吹き飛ばされたのだが。
そこには、騎士よりも恐ろしい悪魔が立っていた。
全長は2メートルを優に超え、全身を漆黒の
先ほど騎士を吹き飛ばした巨大なタワーシールドを振り抜いた姿勢のまま、もう一人の騎士へと顔を向ける。
禍々しい角を生やした兜の開けた隙間から腐り落ちた死霊の顔を覗かせ、落ち窪んだその眼窩の奥には生者への憎悪を感じさせる赤い光が灯っていた。
上空に打ち上げられた騎士が鈍い音を立てて地面に落下する。
音がした方向にほんの僅かな時間、視線を向けた瞬間に、
今度は自分の番だと思い、恐怖の余りまともに動かせない手足をバタつかせ、何とか離れようとする。
だか、
肩膝を地面に付き、両手でミトの身体を掴むと立ち上がらせた。
そして服に付いた砂埃を払い落とす。
ミトは真っ直ぐ
力を要れず、髪の流れに沿って這わせるような癖のある独特の、それでいて優しい撫で方だ。
その姿が、ミトにはある人物と重なって見えた。
ミトは驚愕に眼を見開くと、恐る恐る尋ねる。
「モ、ゥダー、さん?」
次回『死の騎士 後編』
2、3日中に投稿します