オーバーロードと魔法少女   作:あすぱるてーむ

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死の間際に騎士が吹いた笛の音は、皮肉にも戦いの終わりを告げるものでした。

今回は戦いの後始末話です


戦いの傷跡

村から少し離れたなだらかな丘の上で、栗毛色をした美しい毛並みの馬が四頭、まるで主人に命令されたかのように待機している。

その傍らで、すでに絶命している死体が四つ地面に転がっていた。

村の周囲を取り囲んで警戒していた騎士達の成れの果てだ。

強力な酸により鎧ごと腐食した者、全身を猛毒に侵され苦悶の表情を浮かべて絶命している者、体の半分が異形の姿に変わり絶命している者、剣により殺された者、四者四様の異なった死に方をしている。

 

死体へと変わった騎士の傍らには、およそこの場所に似つかわしくない人物、粗末な村娘の衣服を着た十歳ほどの少女が立っていた。

ネムは騎士に突立てた剣を無造作に引き抜く。90センチを超えるロングソードを軽々と片手で持つと、風を呻らせて一振りし、地面にぶつける前にピタリと止めた。

 

「腕力は100レベル魔法詠唱者(マジック・キャスター)の平均的なものかな。こいつらが弱すぎて検証にならないな……」

 

魔法は死霊系、魔力系、呪術系と使用できることは分かった。

だが、特殊技術(スキル)の使用には大きな制限があった。

種族的に習得している特殊技術(スキル)は、体の内に力の存在は感じるものの、使用することが出来ないのだ。

 

絶望のオーラ、斬撃武器耐性といった種族系スキルがそれに当たる。

確認することは出来ないが、この分では冷気・酸・電気攻撃無効化、魔法的視力強化/透明看破、精神作用無効といったパッシブスキルも無効となっている可能性が高い。

 

ならば、職業系列の特殊技術(スキル)ならばどうだろう。アンデッド強化は、使用できた気がする。

何気なく騎士の死体の一人――強酸にる腐食実験で殺した騎士――を指差す。

 

――アンデッド作成

 

指差した騎士が、ぶるリと体を震わせる。

地の底から響くような怨鎖の声を放ち、ギクシャクとした動きでゆっくりと立ち上がる。

 

「うぉ!できた!」

 

嬉々とした声を上げる。

中位アンデッド創造は失敗したが、アンデッド作成は成功した。この両者の違いは何なのか。

簡単である。中位アンデッド創造は死の支配者(オーバーロード)の、つまりは種族系スキルであり、アンデッド作成は職業系クラスであるネクロマンサーで習得したスキルである。

 

特殊技術(スキル)アンデッド支配で、作成したゾンビを支配することも出来るだろうが、煩わしいしその価値も無いので剣でその首を刎ねる。ゾンビは地面に倒れて動かなくる。

 

手に持つ剣を天に向けかざして、まじまじと見つめる。

斬撃武器耐性を確認する為にわざと殴らせた時の――ダメージは0であったが――感覚を思い出す。

スキルに関しては確定だが、実のところダメージを受けなかった為に斬撃武器耐性の有無には自信が無かった。

マジック・キャスターではあるが騎士より格段に上である自分の腕力で思いっきり引き裂いたら傷ぐらいは出来るだろうか。やりたくないけど。

剣の刃先を手の平に乗せ、若干上体を仰け反らせながら力任せに引こうとしたその時に、村の方から角笛の音が聞こえてきた。

 

「あ、まずい。優先順位間違えたかも」

今、村は騎士に襲われていたのだった。つい遊び(検証)に夢中になったことを反省する。

 

――死の騎士(デス・ナイト)よ。首尾はどうだ?

 

召喚者と使い魔の精神的な繋がりを感じ、その繋がりを利用した精神感応での会話(テレパシー)による意思疎通を試みる。

 

――はっ、我が主よ。今最後の一人を……あっ、今、終りました。

――そ、そうか。これから其方に向かう。片付けておけ。

――はっ!

 

テレパシーによる会話実験は成功っと。

主人とその僕であれば、おそらく距離とは関係なく会話が可能だろう。

 

ネムは<飛行(フライ)>を唱えると、村の中央広場へと向かった。

 

 

――――――――――――

 

 

村を北と南に分ける若干広めの村道の中心に、村人達が交流に利用する開いた場所がある。中央広場と呼ばれる場所だ。

その広場を上空から見下ろすと、多くの村人が集まり喧騒としていた。

戦闘は既に終わり、まさに、従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)によって騎士が食い散らかされている場面であった。

村人達は戦慄してその有様を眺めており、上空を飛行するネムの存在に気付いた様子は無い。

死の騎士(デス・ナイト)は、まだ息がある騎士に止めを刺そうと剣を構えていた。夏の海で西瓜割りを楽しむ若者のように剣先を向け、ゆっくりと振り上げる。

ネムは誰にも気づかれないよう地面に降りると、茂みの中から死の騎士(デス・ナイト)に指示を出す。

 

『そこまでだ、死の騎士(デス・ナイト)

 

死の騎士(デス・ナイト)は剣を振り上げた格好で首だけを素早く動かしネムを見る。うれしそう口を開けて眼窩の奥の赤い炎を大きく輝かせる。

体全体でネムの方を向き、今にも走り寄りそうな動作をする。

 

『よ、よせ、そこにいろ!』

 

まさに一歩踏み出すその体勢で動きを止める死の騎士(デス・ナイト)

 

『いいか、よく聞け。生き残っている騎士がいるなら殺さず捕まえておけ。聞きたいことがある』

 

首だけを動かし死の騎士(デス・ナイト)が頷く。それを見てロボットみたいなやつだなぁと漠然と思いながら次の指示も行う。

 

『それと、スクワイア・ゾンビを片付けて置け。私は家族を連れて戻ってくる。それまでに済ませておけ』

 

今度は、直立不動に姿勢を正すと恭しく一礼した。

そしてネムが走り去るのを見届けると、ぐるりと騎士がいた場所に顔を向ける。しかし、そこには誰もいなかった。

草を潰しながら這って逃げた跡を残しており、その先を目で追うと直ぐに騎士を見つけることが出来た。

ほんの10メートルほど先を体を引き摺りながら逃げる騎士に数歩で近づくと、殺さないよう片手で抑えながら騎士の鎧を強引に力で剥ぎ取る。屠殺される家畜のように悲鳴を上げる騎士を余所に、まるで蟹の殻を剥く作業のようにそれは行われた。

何か縛るものはないかと周りを見回すが、目ぼしい物は見当たらない。村人に視線を送るが恐怖で悲鳴が上がるだけだ。

仕方がないと、騎士の足を両手で掴むと関節を反対の、本来曲がるはずが無い方へと曲げた。2本とも。

泡を吹いて気絶をした騎士を見下ろしながら生存を確認すると、我ながら良い仕事をしたと頷く。

 

そして、次の作業へと移る。

こちらはもっと簡単に済んだ。

スクワイア・ゾンビを一列に並べると、順番に首を切り落としたのだ。

地面に転がるゾンビだったものは、二度と動くことは無かった。

 

 

――――――――――――

 

 

家に戻ると、家族は大人しく待っていた。

父と母はネムの姿を見ると満面の笑みを浮かべて駆け寄り抱き締める。

エンリは、その両親の後ろに立ちほっとした顔をするが、その表情には若干の怯えが感じ取れた。

どうやら、唯待っていた訳ではない様だ。どのような話がされていたかまでは分からないが、およその見当は付いた。

(まぁ、無理も無いか。あんな場面を見せられたんじゃ。)

ネムが魔法で騎士を殺し、さらに多くの騎士を殺す為に家を飛び出したのだから、怯えるのが普通だろう。このように接してくれることは寧ろありがたく思った。

「ただいま、お父さん。お母さん」

「お帰りネム。お帰りなさい……」

両親に揉みくちゃにされながらエンリを見る。

「ただいま、お姉ちゃん。ごめんね、心配かけちゃった?」

エンリは、ぽろぽろと涙を流しながらたまらず抱きつく。

「お帰りなさい、ネム。怪我は無い?何処も怪我してない?」

何かしら疑いを持ったとしても二人っきりの姉妹である。心配しないわけが無い。

なんだかほっこりするネムであった。

 

たった2日ではあったが、ネム(モモンガ)はこの家族に深い愛着を持っていた。現実世界の鈴木悟は早くに実の両親を亡くしたからか、ネムの両親が見せる深い愛情に戸惑いを感じながらも、居心地のよさを感じていた。

そうなんだろうな、とネムは思う。

要するに嫌われたくないのだ。知らない世界で少女のまま一人で生きて行くことに不安もあった。

元の鞘に収まった感触を感じて安堵する。

 

 

騎士は全て倒され、村の皆が広場にいることを伝えると、家族で移動しようと提案する。

「あなたが殺したの?」

エンリが心配そうに尋ねたが、ネムは首を横に振る。

突然、死の騎士(デス・ナイト)が現れて騎士達を殺して回った。

ネムは、空からそれを眺めていただけである。

と、このような話を身振り手振りを交えて、村の中央広場へ向かいながら説明したのだった。

単純に言い訳が思いつかず、全て死の騎士(デス・ナイト)に押し付ける作戦である。

実を言えば、これは広場の人たちが裏付けしてくれるだろうとの目算がある。それほど死の騎士(デス・ナイト)は村人に印象を与え、かつ、ネムが戦っている姿は誰にも見られていない。

死の騎士(デス・ナイト)とはどんな存在なのか。これについては見てもらうしかないと思っている。

 

次に魔法が使えた件だが、以前、村に来た魔法使い(マジック・キャスター)が教えてくれたと答える。

自分で言っておいてアレだが、小学生が思いつきそうな言い訳だ。

なぜか、それを家族は信じた。

どうもエンリには心当たる友人がいるようで「ンフィー」という人物に憤慨しているようだった。

 

 

 

広場は騒然としていた。

死の騎士(デス・ナイト)の周りに十分な距離をとって村人が集まっている。それは村を護ってくれた英雄に対する態度ではなく、その手には鍬や斧や木の棒など武器になりそうなものを持ち、敵意を持って取り囲んでいた。

しかし、この集まりの中心にいるのは、死の騎士ではなく一人の少女であった。

 

「は、離れろ化け物!ミトを返せ!」

「ミトちゃん、こっちへおいで!」

「モルダーさんを苛めないで!」

「グァワワグァワワ」

 

巨大な騎士が少女に護られながら周章狼狽している姿に、ネムは引き攣った表情で足を止めると頭を抱える。

 

村の村長がネム達に気付き、駆け寄ってきた。

「エモットさん、無事でしたか!」

「村長も無事でよかった」

二人は硬い握手してお互いの肩を叩き合った。

村長と父親は互いの近況を話し合う。丁度、騒ぎの中心である死の騎士の話となったので、家族への説明は村長に任せることにして事態の沈静化を図るべく死の騎士に近づいた。

「おい」

死の騎士の足を蹴り上げる。カーンと良い音が響いた。辺りが静寂に包まれ、誰もが青い顔をしてネムを見ていた。

初めて事態に――ネムが恐ろしい存在を蹴り上げた事に――気付いたのか、家族が悲鳴を上げてネムの元に寄ろうと駆け出す。

だが、その足は直ぐに止まった。

死の騎士が恭しくネムに頭を垂れたのだ。

「この馬鹿者、何をしているんだ。状況を説明しろ」

『はい、我が主よ。実は……』

両膝を突いて手振りを交え必死に説明する。周りにはグオオォと呻っているようにしか聞こえないが、ネムは時折頷きを入れながら聞いていた。

「はぁ、なるほど。騎士とスクワイア・ゾンビを片付け終えて、もう安心だと告げようと皆に近づいたら逃げられた。途方にくれていた所にミトちゃんが駆け寄って来て、それで皆に包囲されてこの有り様だと……」

首を縦に振る死の騎士。その光景を瞳をキラキラさせながらミトが見ていた。

「すっごーい。ネムお姉ちゃん。モルダーさんとお話ができるの?」

「お姉ちゃんだからな。ん?モルダーさん?」

確かにこの死の騎士はモルダーの死体をベースとしている。だが、それはネムしか知らない筈だ。先ほどの会話からミトと死の騎士が話せたとも思えない。ネムは疑問の眼差しを死の騎士に向けた。

 

『はい、我が主よ。実は、生前の記憶を取り戻しまして、ミトちゃんを助けた時に私の正体に気付いてくれたみたいで……』

「はあ?何でそうなるんだ?」

『はっ、ミトちゃんが騎士に襲われていたのでそれを助けまして』

「それは聞いた」

『はい、それで、ミトちゃんの頭をナデナデした時に、私のことをモルダーだと』

「……頭撫でられて、なんで気付くんだよ」

『日頃の行いが良かったんでしょうなぁ。はっはっは』

豪快に笑い声を上げる死の騎士に、ネムは引きつった笑い声を上げた。

 

村人達は状況が掴めずにいることで身動きが取れずにいたが、死の騎士の高笑いは、村人達の不安や恐怖を呼び起こすには十分であった。

騒ぎが起きかねない雰囲気を感じ取り、ネムは安心させるように村人に向けて両手を広げてアピールする。

「皆さん、落ち着いてください。私は、このアンデッドと話しをする事ができます」

村長は驚いた表情でエモット夫妻に目を向けた。普段の状況で聞いたのであれば子供の遊びだと聞き流しただろう。しかし、つい今しがた目にした光景が、それが真実であると明確に物語っていた。

「ネムちゃんは何を……」

驚く村長に父親は軽く頷くと、村人全員に聞こえるように声を張り上げた。

「安心してください。ネムは魔法が使えるみたいなんです」

ナイスフォローとばかりに父親に目線を送り、ここは何か魔法を使って見せた方が良いかと判断する。

 

<飛行(フライ)>

 

フワリと浮き上がるネムに驚きの声が上がった。

まるで大道芸人みたいで恥ずかしいな。と、ネムは顔を赤らめる。

だが、事態を収拾するには過剰な演出(オーバーアクション)も必要だろうと開き直る。

 

「皆さん、聞いてください。この死の騎士(デス・ナイト)は、ミトちゃんが言うようにモルダーさんで間違いないようです」

 

村人達からざわめきが起こる。ネムは静かに村人達を見つめ、それが沈静化するのを待った。

 

「騎士に殺された時に、その無念の思いから死の騎士(デス・ナイト)として蘇えったと言っています。彼にはモルダーさんの記憶が残っているのでこの村の人達には危害を加えることはありません。安心してください」

 

村人からは、いや、そんなまさか。何かの罠じゃないか?と懐疑的の声が漏れる。しかし、緊張が和らいだのか落ち着きを取り戻していた。

 

「とっとにかく、村の被害を確認しよう」

逸早く我に返った村長が声を上げる。

「亡くなった人達も埋葬しなければならない。その、彼のことはそれから考えよう」

村長の提案に反対する者は一人もいなかった。斯くして、祭りの終わりのように村人達は解散する。

 

飛行しながらネムは今だ広場に残り指示を出している村長に近づく。モルダーがその後に続いた。

「村長、よろしいですか?」

「ああ、どうしたんだい?ネム」

「あそこにいる騎士に話を聞きたいとモルダー……さんが言っています。騎士の手当てをお願いできますか?」

村長はネムはこんな話し方だったか?と小首を傾げながら指差された方向を見る。

そこには両足を折られ意識を失った騎士が転がっていた。

「あの男を?」

村長は憎憎しげに見る。

「はい、お願いします」

にっこりと子供らしい笑顔を作り、モルダーの肩をバンバンと叩く。

村長は頭を下げるモルダーがよほど恐ろしいのか、顔を引き攣らせて刺激するような真似は止めて欲しいとその目で訴えかけている。

「わ、わかったよ。ネム」

慌てて両手を振って答えた。




いよいよヤラレ役として定評のあるあのお方の出番か?

次回『新たな火種』

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