諸事情が終わりましたので更新再開したいと思います。
次回あたりに大蛇丸様御一行がお帰りかなと思われます。
今回は画面外で死ぬようなモブって何を思うのかなという感じで。
睡眠薬が切れて目を覚ました時に感じたのは違和感だった。
身体の一部がまるで自分のものではないような、そんな違和感が身体のどこかにあった。
しかし、何よりも驚いたのが身体の軽さ。
今まで泥が溜まっているのかと錯覚するほどに酸素を取り入れられなかった肺が、すっと呼吸して部屋の空気を一杯に迎え入れた。
感じたことの無い感覚に思わず噎せ返ってしまったが、口元を押さえた掌に赤い錆色の鉄臭さは無く、代わりに「えっ」と驚きの言葉が口をついて出てきた。
「気分はどうじゃ、君麻呂」
その横から耳へと入ってきた声に柄にもなくうわ、と声が出た。
声の方を見遣れば、椅子に腰掛けて紙と小筆を手にしている枝付きの瞳と視線が交差する。
「痛みとかは無いかの」
蝋燭の光で仄かに照らされたその顔は眉を寄せたもので、どうやら僕は心配されているらしい。
先程噎せった時に、いつも感じていたはずの肺を針で刺されるような痛みが随分と和らいでいることも、いつものような息苦しさが随分とマシになっていることも気の所為ではなく、枝付きのその言葉に「今までよりも楽になった」と告げれば、突然枝付きが椅子の背もたれからずるずると身体を滑らせて息を吐いた。
「……あー……よかったあああ……」
筆と紙をそっちのけにして溶けていくように肩の力を抜いた枝付きは、もう一度ため息とともにそう呟く。
「儂が直々にやるなんて今の今までやったことがなくてのう……どうなることかと思ったが何とかなったようで良かった……」
「……直々?」
僕の問いに、ああ、と思い出したように枝付きが首肯すると、よっこいせ、と何とも年寄りくさい掛け声を上げながら椅子に座り直し、持っていた紙と筆を持ち直す。
紙に書き込むことを再開するとゆっくりと話し出す枝付き。
「……ううむ、何から話すべきかの……とりあえず、エネルギーには三種類あるとこの前説明したじゃろ?」
この前説明された時かと首肯する。
「お主らは"身体エネルギー"と"精神エネルギー"を持っておる。そして儂らの世界には自然があって、そこには"自然エネルギー"がある。まあ、仮にこの三つを"一"、"二"、"三"と置こうかの」
「この三つはよく別物と思われるが、実際は"三"が自然から人間の体内に取り入れられた際、人間に適合するように変換されたものが"一"となる。この時数字が減るじゃろ?この変換の際にエネルギーが無駄になるってことなんじゃ。」
「つまり、"自然エネルギー"はそのまま取り入れられることは普通出来ない上に、取り入れたとしても"身体エネルギー"になる時にロスが生じると……」
そうじゃ、と頷く枝付きは筆を動かしながら話を続ける。
「本来、人間であれば食事などから取り入れるものではあるが……今回はお主のチャクラを吸収させてもらった代わりに直接儂の"自然エネルギー"を入れた。じゃからの、そのうちそのエネルギーがお主の身体に馴染んでくれば、お主の元々のチャクラと同じような効果を持つのではないかと思っておる」
まあ、精神エネルギーの方はお主自身によるものであるがの、と続けた言葉になるほど、と首肯する。
枝付きが手元の紙に筆を滑らせる音がふと止み、作業が終わったのかと視線を枝付きに移せば、思い詰めた表情でじっと自分の手元を見つめる枝付きが目に入った。
少ない日数でしか関わっていない中で作り上げられていた"僕の中での"彼女の性格には見合わないその表情のまま、唇が開かれる。
「儂は今までこんなことを直接的にしたことがなくての、どうなるか本当に見当がつかぬのじゃ……無責任になってしまって申し訳ないところではあるが、あと六日、この作業が終わるまで待ってほしい」
その言葉と共に顔が上げられ、真っ直ぐとこちらを見据える瞳からは、昨日よりも強い意思が感じられた。
何となくではあるが、こんな考えが過ぎった。
彼女に任せれば大丈夫だろう。と
何故かはわからない。根拠もない自信ではあるが、理由を問われても首を傾げてしまうだろうが、確信に近い何かが僕の心に孵化しているのを感じた。
だからこちらも一つ、頷きを返して伝える。
「わかった。この際黙って死んでいくよりはずっとマシだろうしな」
だから
この先も頼んだ、と自然と差し出した手のひら。
昔、大蛇丸様に繋いでいただいた手を思い出せば、あの時の大蛇丸様の笑みを脳裏に映写すれば、自分も「やってやろう」という気力が湧き水のように滾々と湧いてきた。
僕の手のひらに目を瞬かせた枝付きだったが、すぐにその表情は照れくさそうな笑みに変わり、紙と筆を置いた小さな手が布越しに僕の手を握り返す。
小さく、布越しではあれど、頼りなさなど感じさせないような、安心をもたらすような、そんな温かな手のひらだった。
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「これでもない……」
蝋燭の灯が揺らめく一室、ため息と共に部屋の中に落ちた言葉は落胆を表している。
手元にある巻物は黒い文字でびっしりと埋め尽くされており、今しがた読み終えたそれに自分の求めていた情報は無かったのか、ため息の主はそっと巻物を巻き直すと元の場所へと戻した。
全てが寝静まったこの刻、睡眠を必要としない彼女はもう一度ため息をつく。
ここは大蛇丸が研究してきた術を書き記したものが所狭しと置かれている、言うなれば書庫のような部屋。
その中心に座り込むその小さな背中は小さく丸まって、肩は鉛でものしかかっているのかというほどに大きく落とされている。
蝋燭の灯りに揺れる青白い髪の毛が幼い顔に陰影を作るが、そこに疲労の色は見えない。
何かを考え込むように細められた深緑に迷いはなくとも不安の色が混じっていた。
しかしそれもただ一瞬のこと。ぎゅっと瞑られた瞼がもう一度見開かれた時にはまたいつも通りに鮮やかな緑が蝋燭の灯を煌々と反射していた。
よし、とため息ではない二文字が小さな唇から息が吐き出されれば、ばっと姿勢が正される。
ぱすん、と袖の上から叩いた己の頬の音に覇気は無くとも、不安を振り払うように頭をブンブンと振るその表情には固い決意が見て取れた。
ふわりと振られた動きで舞った髪の内側。
いつもなら羽織っている上着のようなものはなく、小さな細い背中が露わになる。
が、そこに滑らかな白磁器のような肌はなく、項から背中一面を彩るように、真っ黒な幾何学模様や奇怪な文字列が所狭しと描かれていた。
背中を侵食するように描かれたそれはまるで"呪い"のように禍々しい様相、そして並々ならぬ誰かの"恨み"のような雰囲気を醸し出している。
しかし、それを隠すように、ふわりと落ちてくる髪の束がその"闇"を灯から遮り、外界とその姿とを隔てんとするように背中を覆い隠していき。
白色が全てを隠す頃には、ぱさりと次の巻物を開く乾いた音が室内に響くだけだった。
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あの日から時も過ぎ、とうとう七日目を迎えた。
もう数日すれば大蛇丸様御一行もお帰りになることだろう。
目の前の寝台に眠る君麻呂さんの顔色は、枝付きという少女の処置が功を成したことを良く物語っている。初日ではお世辞にも良いと言えなかった血色は常人のそれに等しくなり、喀血どころか胸を押さえて咳き込む様子も全くと言っていいほど見られなくなったのだった。
もう今日の分の処置は終わり、あとは君麻呂さんが目覚めるのを待つのみとなったこの部屋は、枝付きが君麻呂さんの呪印から手を離した後からずっと沈黙に包まれている。
珍しく横のハマチも腕を組んだままじっと君麻呂さんと枝付きの背中をじっと見つめていた。
しかし、張り詰めたような沈黙はなく、ぬるま湯に浸かっている時のような、そんなぼんやりとした温さの沈黙が部屋を満たしている。
平和だな、なんて思考すらぬるま湯になってしまいそうになっている自分に特段悪い気分は起きない。
ただ、きっとこれから木の葉崩しでぬるま湯は血溜まりと変わるのに。そして自分自身もその血溜まりになるかもしれないのに。
しかしそのことにすら特に思うこともないのが自分だった。
まあ死ぬ時は死ぬだろう。
戦いに駆り出されて数週間、髪の毛一本すら帰ってこなかった代わりに渡された父母の通達。震える指先で辿った"殉死"の文字を目にした瞬間、そんな漠然とした考えが大きな喪失感と共に自分の中へと落ちてきた。
こうやってただ誰かを見守るような時間の裏側にはすぐに地獄がある。
自分を優しく見守っていたあの父母の笑顔が一瞬にして散ったように、いつしか自分も散って行くのだろうか。
不安はない。後悔もない。恐怖というものもない。ただ、そんな生き方ばかりの今の自分たちに酷く引っかかりを覚えるだけだった。
「ハマチ」
「んだよ」
横で腕を組んでいた幼馴染が横目でこちらを一瞥してまた彼らに視線を戻していく。
同じ境遇、同じ道を歩んできた親友もある日突然死ぬんだろうか。紙切れになるだけなのだろうか。
嫌だと思わない自分は薄情なんだろうか。
わからない。
ただ嫌だとは思わないがそれを是ともしたくはない。
どっち付かずの感覚は釣り合った天秤のようでそうではなく、しかし彼に向ける言葉をそこから探す。
泥沼の中を掻き分けて探しているような気分だ。
泥の中は温くない。酷く息が詰まる。
頭の中の自分の経験と知識とが酷く絡み合って抜け出せない。あまり使わなくなったからだろうか。腐って泥に化してしまったのだろうか。
考えて生きてきた横の幼馴染と違って、あまり考えずに生きてきたからかもしれない。どんなに考えようとしても自分と対極な彼にかける言葉があるはずなのに、言葉にならないのがヨコテという男だったらしい。
考えあぐねていれば、もう一度ふい、とハマチの瞳がこちらを見据えて、今度はそのままこちらの名前が呼ばれる。
何、と顔を向けるとハマチの視線は元に戻っていく。
「こんな風によ、料理作ってチビの子守して、看病の手伝いして、こんなふうにボーッとしてるのはもうすぐ終わるんだろうな」
それに
「きっと木の葉は、そう簡単に崩されることもねえよ。……勿論あっちの肩を持つわけないけど、ただの平社員みたいな俺らが、もしあっちの上忍なんかに囲まれたら一溜りもねえよな」
ハッと自嘲するようにハマチの口角が上がる。
しかしその目はじっと、どこか遠くを見つめている。枝付きたちを通したどこか遠く。
望遠鏡みたいだな、なんて思いつつも自分はじっと、聞きなれた声に耳を傾けるだけ。
「俺らなんて弱っちい雑魚かもしれないけどよ、まあ死ぬなとは言わねえさ。あっちに一矢報いろうとも思ってねえ……ただ、頑張ろうぜ。生きて、頑張ろう」
すとん、と言葉が胸に収まった気がした。
自分が泥沼で探していたものが突然空から降ってきたような気分だった。
それっきりで閉口してしまったハマチに、ああ、やっぱりこいつの方が考えているんだ、と納得する。
ハマチの方がずっと、ずっと、自分の考えを持っていた。僕が求める答えも持っていたしそれを僕に示してくれた。
やっぱり敵わないと思いつつ、凄いと思える。
言いたかったことはまさしくそれだった。
頑張ろう、その一言。
言い返そうかな、なんて思いはすれどそう口を開くよりも、ありがとう、とだけ。
それ以外自分は何も言わない。それで十分だと思った。
ハマチも何も言わずに首肯して、また枝付きたちを見据える。錯覚かもしれないが、その表情は満足げにも見えた。
枝付きにこの会話は聞こえているだろうが、何も言わずにいてくれたのがどうにも有難かったと思う。彼女は僕たちの会話に何を思っただろうか。表情は見えずとも、じっと耳を傾けている気配はあった。"樹"だと言い張る彼女は、紙切れになっていくような忍をどう思っているんだろうか。
もしかすると、忍ではない彼女は何とも思っていないのかもしれないな、なんて。
でも、あんなに君麻呂さんの治療に丁寧な
彼女だから、同情や哀れみなんてものを抱いているのかもしれないな、なんて。
まあわかりなどする筈もないが。
それからはまたぬるま湯のような感覚に飲み込まれて、部屋はその沈黙に浸かる。
それから君麻呂さんが目覚めるまで、僕たちはぼうっと彼を見守る枝付きを眺めていたのだった。
そんな七日間。