彼女についての詳細な正体は後々明かしていくことになります。
沈黙が部屋を満たす。
一言だけ言うならば
「何言ってるんだこの幼女」
しかしそれは言葉にならない。
その前に理解が追いつかない。
大蛇丸様でさえ口に手をあてて考え込んでいるのだから相当だ。
え、樹?樹って樹木の樹?
「"樹"って、あの緑の?植物に分類されるあれ?」
実験台で謎の決めポーズを取ることに飽きたのか、実験台の上でくるくると回り出した自由奔放な幼女に対して大蛇丸様がそう問いかける。
回る動きにふわふわと追随する白髪をぼんやりと眺めながら答えを待っていると、突然回るのをやめた彼女が再びニッと笑顔を浮かべて「そのとおりじゃ」と肯定を突きつける。
じゃがの、と腕を組みながら付け加えた言葉に、僕はこの謎の糸口が見えた気がした。
「そこらの植物とは違うぞ?もう数千は齢を超しておる」
カカ、とやはり見た目に似合わない古めかしさを感じさせる笑い声とともに、胸を張る彼女はなかなか得意げで。
嘘か真か、彼女から告げられた数千という単位の概念は、脳内に蓄積した知識のどこかに引っかかってくる。
つまりは、つまりはどういうことだ。
海の水のように膨大な知識を汲み上げていけば、一つの仮説が成り立ってくる。
しかし、今までにそんな実例は見たことも聞いたこともない。
つまりその仮説は「都市伝説」のようなもの。
現実的に見てそれはどうなのか。
しかし、答えを導くには問いをぶつけるしか道はない。仮説は答えに結びつかない。
だから口を開く。
「付喪神……かい」
その三文字にぱちぱちと瞬きを繰り返した彼女は、ククッと至極楽しげに喉奥で笑った後
「さあの」
と彼女もまた三文字で返してきた。
「結局詳細まで教えるつもりは無いのね」と横で大蛇丸様が少し残念そうに呟いたその瞬間、彼の口元がニヤリと歪む。
「じゃあ、"直接"調べさせてもらおうかしら……」
地の底から響くような声と共に真っ赤な舌で唇を濡らす仕草は、さしずめ獲物を目の前にした肉食動物のそれで。
目にも止まらぬ速さで突き出された左腕は獲物を狩るために。
手元に置かれていたメスは右の手の内に。
どうやら大蛇丸様は早々に答えを知りたいらしい。
実験台の上の獲物をこれから料理してやらんとするようなその勢いに、げ、と苦い顔を浮かべる彼女。
風を切る音が彼女に迫り、大蛇丸様の左手が彼女の腕を掴もうとしたその時
彼女の足が実験台を蹴った。
浮いた身体は迫る手を流すように傾き、そのまま後ろへ。
すっと音もなく床に着地した彼女の表情は「意味がわからない」と面食らったようなもので、こちらに非難の声をかけてくる。
「ま、まてまてまて大蛇丸とやら!儂の答えの何が不服じゃ!?"樹"であると答えたであろうに!!」
「まだ知り足りないのよ……何もかもね!!」
ええ…と若干引いたような目を向ける彼女には恐怖心というものが全く無い。
いきなりの奇襲への驚きと、大蛇丸様の探究への執着に引いている。その二分しかない。
先程からチラチラとこちらの方に視線を向けて「ちょっとこいつどうにかならんのか」と目で訴えて来るが、生憎僕は大蛇丸様側なわけで。
「カブト、行くわよ」
「はい、大蛇丸様」
「なっ……二対一とは卑怯者どもめ!!」
「何とでも言って頂戴……私はね、"知る"ためなら何だってするわ」
「大蛇丸様、室内なので一応はお手柔らかにしてくださいね。片付けが面倒ですよ」
わかってるわ、と空返事する彼は絶対にわかっていないという確信しかできないので、自分が被害を減らす努力をしないとならないようだ。
とりあえず、彼女の動きを封じられれば万々歳。
先程の大蛇丸様の腕を躱した時点でそれなりに実力があるということなのだから、慎重に動かなければ自分たちの背後にある扉から逃げられてしまうだろう。
しかし幸いなことに、この背後の扉以外には出口は存在しない。
大蛇丸様とともに挟み撃ちにしてしまえばあっさり捕獲できるはずだ。
そう思考を完結させると、大蛇丸様に視線で合図を送る。小さく頷いたのを確認しながら僕は腰を落として構えをとった。
そして手の内にチャクラ解剖刀を作り出せば一気に彼女へと距離を詰める。
しかし、こちらの動きを見切っているのか「お主もか」というぼやきが聞こえたと同時に、彼女がこちらに呆れの表情を向けてきた。
「恨むなよ」
その言葉とともに
姿が消えた。
「しまっ……「み゛っ」!?」
ゴッ、という鈍い音と謎の呻き声が同時に聞こえたその後、僕の背後でドサリと何かが落ちた音がした。
しまった、そう思った筈だったが、今は呆気に取られることしかできない。
「なっ、なんじゃこの部屋!天井低すぎない
!?」
あっ、跳んだ時に天井に額をぶつけたのか
跳んで僕の背後に回り込もうとしたようだが、天井の低さに気付かず、そのまま突っ込んだらしい。
「はい潜影蛇手」
「ふぎゃああああ!?」
自分の額を押さえながら悶えている彼女を呆気なく蛇たちが捕らえた。
術の主である大蛇丸様も、蛇で彼女を拘束しつつも肩透かしを食らったような表情である。
まさかここまであっさり捕まえられるとは思っていなかったのだろう。
その前に天井に頭をぶつける失態を犯したということに驚きだ。
「う゛ぅ……儂に術の類はやめておけ…」
腕や足をぐるぐるに縛られながらそう洩らす彼女は恨めしそうに大蛇丸様を睨む。
「残念だったわね……大人しく解剖されて頂戴」
ね?と微笑みながら彼女に近づくその表情は、光の角度も相まってなかなかに狂気を感じた。
自分も警戒しつつ回収のためにと歩を進めていく。
音もなく近づいていく大蛇丸様と僕を半ば諦めたような表情で見つめる彼女は目を瞑り、はあ、とため息をついたあとぽつりと何かを呟いた
刹那、蛇たちが消えた
霧のように霧散していくような消え方ではない
「最初からそこに無かったのではないか」とすら思えてしまうくらいにそれは唐突に起こった。
音もなく、気配もない
潜影蛇手を発動させていた大蛇丸様の腕も普段通りに戻っており、さすがの本人も立ち止まって自分の腕を見つめるしかないらしい。
「私の口寄せが、解除された……?」
「えっ、解除?忍術ではなく……?」
そんな僕達の疑問に、床に転がったままで呆れた表情を向ける彼女は「ちょっと吸い取っただけじゃろうて」と呟く。
その言葉にはっとした大蛇丸様が彼女を見つめる。
「吸い取るって、まさかチャクラを」
「そうじゃ、その蛇は口寄せの類じゃろ。つまり時空間忍術。そこの繋がりを介するチャクラを維持出来ない程度に少しばかり吸っただけじゃて。」
だから言ったじゃろ、と
「儂は"樹"じゃ。」
そう言って自身の左側頭部から伸びる枝を指さして笑った。
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「まあとりあえず落ち着かんか」
「お主らのしたいことはよおーーっくわかった」
「痛いほどわかった というか額が痛い」
もうそこの扉閉めてくれ、と強打した額を押さえつつ心底面倒そうに言われてしまえば、この相手方にはもう戦う気も逃げる気も無いんだろうと思い、開けっ放しだった扉を苦笑しながら閉めておく。
大蛇丸様も大蛇丸様で、彼女の大失態にもはや失笑するしかなく、彼女の赤く腫れた額に濡れたタオルをあてがいつつ、彼女の観察をしているようだった。
扉を閉めた自分に「ありがとう」と言ってくるあたり律儀な性格なんだろうかと苦笑し、いいんだよと首を振る。
「大蛇丸も、すまんの」
「別に観察ついでよ」
気にしないで頂戴と微かに笑う大蛇丸様に、そうか、と頷く彼女。
すっかりこの空間から戦意が消えていた。
先程起きた「エナジードレイン」ならぬ「チャクラドレイン現象」は非常に興味深いが冥遁の一種なのだろうか、と思案を巡らせる。
「そうじゃ、大蛇丸、お主やっぱり蛇の生成りか。しかも何回か"脱皮"しておるようじゃな」
何となくその理由は先程のひと悶着で察したらしい。
知識欲って怖いのう、と他人事のように呟く彼女に、大蛇丸様は心外だという表情を浮かべて
「私はこの世の全てを知りたいのよ」
だから解剖させてと綺麗な笑顔を浮かべるこの人の執念は流石である。
また彼女が「どうにかしてくれ」とこちらに視線を送ってくるが「諦めてくれ」と首を振っておいた。
大きくため息。
そして彼女は大蛇丸様を見上げ、真っ直ぐに見つめる。
「ではそんなお主らに儂は交渉を持ちかけたい」
ほう、と大蛇丸様が目を細めた。
僕もじっと耳を傾ける。
「儂の行動目的に力を貸して欲しい」
「その代わりに、それが達成された暁には、この身体は煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わん」
「その行動目的は?」
「とある者を探し出し―――消す」
こちらから見えた横顔に過ぎる一瞬の「憎しみ」の感情にはっとした。
しかしそれはすぐに元の表情に戻り、大蛇丸様の返事じっと待つものになる。
その一瞬に大蛇丸様も思うことがあったのだろうか、一拍の間を置いて
「……つまりは暗殺ってことかしら」
「いや、情報を貰えればそれで十分じゃ……ここで更に主らへの利益について言うならば、この過程だけでお主らはこの世界の、忍の世界の真の始まりについて知ることができるじゃろうて」
どういうこと、という大蛇丸様の言葉に薄く笑んだ彼女は「それを知るのがお主にとっては楽しみなのではないか?」と返し、どうじゃ、と交渉の答えを求める。
世界の始まり、忍の始まり。そしてそれらの真実……?
「カブト、どう思う」
顔を上げてこちらを見つめる彼の表情に思うことは「それ明らか楽しんでるだろ」
まあそれも差し引いて、要は乗るに値するか、ということか。
「情報を集めるくらいなら、潜入のついでのようなものでしょうし」
そもそも僕はあなたに付いていきますから、と告げれば大蛇丸様はフフッと笑い、じゃあ決まりねと視線を彼女に戻す。
「ここまで謎の多いあなたを野放しにしたくないしね。いいわ、乗ってあげる」
その答えに、ほっとした安堵と嬉しさを滲ませた表情を浮かべた彼女は、自分の額にタオルをあてる大蛇丸様の手をぶかぶかの袖に覆われた自分の手で軽く握り、立ち上がると大蛇丸様の手を引いたまま僕にてくてくと近づいてくる。
大蛇丸様の手をとった手とは反対の手が僕の手を握り、僕は目を瞬かせた。大蛇丸様も滅多にされたことのないことをされたからか、ただただ見守るのみといった様子だ。
そんな僕達を交互に見遣ると彼女は満足げに頷き
「交渉成立じゃな、有難う。大蛇丸、薬師カブトよ。」
そう、にっこりと外見相応の笑顔を僕達に向けたのだった。
孤児院にいた頃の兄弟たちが浮かべていたような、そんな心からの笑顔だった。
(そういえばなぜ私が蛇だってわかったのか聞いてなかったんだけど)
(あ、あれか あれは単純にお主の体内チャクラに色々混じってるのを感じただけじゃ 特に蛇のな)
(そもそもチャクラに種類があるのかい?)
(本質的には一緒だけどの 感じとるものがそれぞれにあるんじゃよふふん)