死ぬ人が死なないような、そんな展開に
「と、いうわけでじゃ」
ぱんっ、と手を打った枝付きに、僕はスプーンを置いて視線を向ける。
朝食は彼女と監視役の二人が作ったポトフというらしい料理だった。
枝付きは食事を必要としないらしいため、監視役の二人と僕が食べているのを満面の笑みで見学していたようだ。
ちなみにポトフは煮込まれた野菜もとろとろかつ素材の味を個々が生かしていて、煮崩れていないじゃがいもがスープのコクと共に口の中でほろっと解けるのがまた格別だった。
要するに美味しかった。
何か話し始めようとする枝付きの唇が動く前に、あの、と声をかけておく
「お?君麻呂どうした」
きょとんとこちらを見つめる顔に「これ、美味しかった」とスプーンと皿を軽く持ち上げてそう伝えれば、わあ、という言葉が返ってくると同時に、枝付きの表情が見かけ相応と言えるくらいの笑顔になる。
「やったな二人とも!君麻呂が美味しいって言ってくれたぞ!」
「まあ、大蛇丸様からいただいた"料理ぱっど"見たしな」
「確かに美味くできた」
隣で食べ終わった皿を持っていってくれる二人が微かな笑顔を浮かべながら部屋を後にしていく。
「ふふん、作ったものが喜ばれるって嬉しいのう」
「また、食べてみたい」
「おお、何回でも作るから楽しみにしておくんじゃぞ!」
嬉しさのあまりか、その場でくるくると回り始めた枝付きは、皿を置きに帰ってきた二人に頭を掴まれ強制停止を食らっていた。
なんとなく、こちらまで口元が緩むのを感じてしまう。
「お主らは儂への扱いが雑すぎるぞ……まあさておき、君麻呂が喜んでくれたようで何よりじゃ。それでの、今日から君麻呂を実験的に治療していくわけじゃがの」
近くの椅子にぴょんと立ち上がった枝付きは演説でもするように、大仰に手を広げて「題して」と前置きする。
「"大改造!劇的前後"じゃ!!」
「まて、それ読み方明らかに逃げ道にしただろ滅茶苦茶ダサくなってるじゃねえか」
「何ということでしょう」
「ヨコテお前は乗らんでいい」
よくわからない会話が飛び交い始めるが、彼らなりのコミュニケーションなのだろうとそっとしておく。触らぬ神になんとやらだ。
ひとしきり会話が続いたあと、枝付きの「はいこの話終わり!本題戻るから終わり!」という声で唐突に終わった。
「本題に入るとな、今日から君麻呂のチャクラを儂のものに総入れ替えしようと思う」
「そんなこと、できるのか?できたとして病が治るという話は……」
そう言いかけた僕に向かって「できる」と言った枝付きの顔は真剣そのもので、まるで自分に言い聞かせるように、やってやる、と唇が動く。
僕を見据える二つの若草色の中で、静かに燃えている炎のような闘志がいかに彼女が本気であるかを語っていた。
確かに、失敗しても元来尽きそうだった命がもう少し早まるだけだと僕自身で決めた昨日と言う日がある。
「わかった。では、もし成功したら僕自身に何か変化は起こるのか……?」
そうじゃな、という言葉を呟き、腕を組んで僕の横の椅子に腰を下ろす
「まずの、お主が従来の術を使えなくなる可能性が高い。儂のチャクラは人間に広まっておるものと違うての、お主らが一般に呼ぶ『身体エネルギー』と『精神エネルギー』とは違う『自然エネルギー』なんじゃよ」
「は?『自然エネルギー』って仙術使える奴が必死に集めたら仙術に使えるアレだろ?」
じっと話に耳を傾けていた二人組のうちの一人が、心底驚いたとともに信じられないといった表情を浮かべて首を傾げる。
なぜ枝付きのチャクラは自然エネルギーであるのか。
「そもそもお前のチャクラ、殆ど感知できないけど……量すら足りないんじゃ」
確かに目の前に座る彼女の身体からチャクラの反応を殆ど感じない。
入れ替えたとして、彼女がチャクラ不足で死ぬんじゃなかろうかと思えてくる。
しかし枝付きはいや、と首を振ってもう一度僕を見据え
「誰がやったかは知らぬがの、どうやら儂の中のチャクラが封印されておるようじゃ」
「しかし、儂のチャクラ量では抑えきれなかったようで、こうやって微量ながら外に漏れ出しておるわけじゃ」
まあチャクラを使って攻撃などは無理じゃけどな、とぶらぶら足を揺らしながら薄く苦笑する。
「とりあえず、それを毎日お主の中のチャクラと少しずつ取り替える。儂のチャクラは他のチャクラに形質転換出来るからの、『自然エネルギー』だとしてもそれなりに術は使えると思う。きっと修練が必要になってくるがの……まあそこら辺もこちらに策はあるから心配するでない」
「あとはの、病が治るメカニズムみたいなものを軽く話しておく。お主を蝕む病は細胞及び精神に張り付いておるわけじゃ。つまるところ『身体エネルギー』と『精神エネルギー』が冒されているわけじゃ」
あとは解るかの?と問いかけてきた枝付きの話になるほど、と自分の中で納得が生まれる。
「つまり、その病に冒されている部分を『自然エネルギー』で補うわけか」
「御名答。まあ人間の技術で言えば、『人工透析』といったところかの。そこでじゃ、仙術を使う際、『自然エネルギー』を集めた際に気をつけないとならないことは?」
枝付きが「じゃあハマチ」と袖の先で監視役のうちの一人を指名する。
「……確か、自分の練るチャクラに対して『自然エネルギー』が少なすぎると仙術は発動しないし、もし多すぎると石化するんだっけか」
「そう、つまりはそこが危険なわけじゃ。無理に『自然エネルギー』を取り入れて忍術を扱うと最悪死に至る。」
ハマチと呼ばれた男の答えにその通りだと肯定を返し、だからの、と続けるのは僕に向かっての言葉
「君麻呂、お主は治療期間……というか儂のチャクラが馴染むまで絶対に術を使うでないよ。練らなければ混ざり合うことは無いのだから」
何よりも真っ直ぐなその瞳に見つめられた上に、その言葉の重さの緊張感との相乗が来て、僕はただ頷きを一つ返すことしかできなかった。
■+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+■
「眠ったみたいだぞ枝付き」
「じゃあ始めるとするかの」
睡眠薬を飲んでもらって寝台に横たえた君麻呂さんの身体は、暗闇の中で蝋燭の光によって白く際立っている。
上半身だけはだけられたその鎖骨の間には、ヨコテの右肩にある刺青と同じものがあった。
「これって」
「大蛇丸の呪印じゃ。まあ色々混ざっておるが、ちょうど大蛇丸の仙術チャクラが流し込んであるらしくての、自然エネルギーと君麻呂のチャクラの媒介にできる筈じゃ」
「……ということは俺たちにもできる?」
一瞬呆れた表情をされた。
枝付きは君麻呂さんの呪印が目の前に来る位置で椅子に座り、お主らにはやりとうないと告げられる。酷くないかと思ったと同時に、そもそもな、と枝付きが座ったまま言葉を続ける。
「儂は人間のために動くような奴ではないぞ。自分のために動く奴じゃ。」
「この世界のため。人間だけのためではない……」
こちらからでは背中しか見ることができない枝付きの姿はいつもよりも酷く小さく見えた。その声の小ささからか、はたまたその重苦しい部屋の雰囲気からかはわからない。
その言葉はまるで自分に言い聞かせているようで、何もかける言葉が浮かばなかった。
一瞬の沈黙のあと、ばっと枝付きがこちらを振り返る。先程までの空気が無かったかのように「早く始めないとな」と笑ったため、俺もあの枝付きの"一瞬"を掘り返すことはやめた。
「それでの、これからお主らにとって、ちとばかしびっくりショーみたいなことになるやもしれんが、まああまり取り乱さないようにの」
どういうこと、と言う前に、枝付きの左袖が捲し上げられる。
何があろうとも面前に出すことはなく、ジャガイモの皮を向く時ですら捲らずに謎の野菜捌きをしていた手が、
「……木だ」
俺の隣に立っていたヨコテが、思わずといった様子でそう呟く。
(儂はの……"樹"なのじゃ!)
そして頭の中にフラッシュバックする枝付きの言葉。
その言葉の通り彼女の左手、袖先から現れたその腕は、確かに人間の腕の形を……手指の形をとっていたが、蝋燭で淡く照らされたその肌には、木材のような滑らかさと、板目と柾目ととれる模様が浮き出ていた。
傀儡とは明らかに違った。なぜなら関節が存在しない。しかしそれは軋むことなく曲がり、伸ばされ、その手のひらが呪印を隠すように君麻呂さんの上に添えられる。
驚く俺たちを他所に、枝付きは淡々と作業を始める。
瞬間、君麻呂さんの身体が淡い光に包まれる。チャクラの光だろうか。それが枝付きを伝っていくのが見える。
そして枝付きからも光の粒子が君麻呂さんに流れ込んでいくのがわかった。
恐ろしく高度な技術だ。
普通ならチャクラを相手から貰い受けるか、相手に渡すかのどちらかしかない。
しかし、今枝付きはそれを同時にやっているどころか、その分量を限りなく正確に同量としている。
相当神経をすり減らすことだろうと、忍となって間もない俺にすら思えてしまう。
「……何日続くんだ?」
「……まあ、ざっと感じた限り、一週間ってとこかの」
ヨコテの質問に振り向いて、首を傾ける枝付きのコントロールは微塵も乱れていない。
これを一週間も続けるということに、思わず眩暈がした。やっているのは俺ですらないのに。
「そもそも忍術……ではないよな」
「じゃから忍術は使えぬよ今は……これはただ単にチャクラの交換をしているだけなのじゃ」
少し得意気にしている枝付きの表情は「褒めろ」と言っているようだったため、俺は青白いその髪をわっさわっさと無言で撫でておいた。珍しくぽかんとしていた枝付きの表情はなかなかレアだなと笑いつつ、ヨコテに声をかけて俺たちは朝食の時の皿洗いをするため部屋を後にした。
去り際に「皿洗い終わったら交代で見に来るから心配すんな」と残して。
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「……そうじゃよ、儂はただ彼奴を赦しておらぬだけ。そして未だに残る彼奴の動きを、目的を果たさせぬため」
それだけじゃ、と呟いた言葉は今は誰にも聞かれていない。
自分だけが聞くように、自分だけに言い聞かせるように。
まるで自己暗示にでもかけるように。
「人間なんてろくなものではないではないか」
ぽつりとそう漏らしながらも目の前のチャクラの交換量は針の先ほども乱れることはなく。
ただ淡々と、何かを思考したくないといった風にその作業は続く。
何かに専念することで他のことを忘れたいと言うように。
彼女は何もわからない。そもそも彼女は彼女をわからないし理解出来ていない。
世界のことは知っている。しかしその今を知らない。だからこうして今知らなければならない。
孤独と絶望なら知っている。愛は知らない。
人間の愚かさは知っている。そしてあの日降りてきた人間ではないものたちの愚かさも十二分に。
ただ、その愚かしさに行き場のない憤りがある。だから彼女は動いた。
あの時切り倒して貰ったのに、恨みは彼女に手足をもたらした。
だから立った。
そして歩いた。
自分の力が封印されたのにも暫く気づけないまま、あの空間から暫く出られないまま、ただひたすらに目指した。
封印されてもなお暗躍し続ける、大筒木カグヤという存在を。
そしてあの日、もういない友に誓った。
「彼奴は消す」と。