オーバーロードSS 『ナザリック狂詩曲』    作:kairaku

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『ナザリック狂詩曲』 その6

王国 黄金の輝き亭

 

 

慰霊式から帰ったアインズは漆黒の兜をベッドに置くと自身もそれに座る。

見るもの全てを畏怖させるであろう剥き出しの骸骨の奥に、灯火に似た眼光が妖しく輝いた。

 

対して床に正座するナーベラル・ガンマは叱られた子供のように反省した面持ちで主人の言葉を待つ。

 

「……それでナーベラル。お前は私がアウラに告白したという『噂話』を信じ、私が無垢なる者、子供が好きであると……そう思ったわけだな?」

 

アインズの問いかけにナーベラルは身体中から汗が吹き出す。

自分の馬鹿な勘違いでアインズの不興を買ってしまった事に止めどない後悔と自責に駆られる。

 

ナーベラルにとって人間の子供など下等生物の幼虫(ボウフラ)に過ぎず、それが目の前で至高の主の寵愛を受ける事に嫉妬してしまい、つい出てしまった言葉だった。

 

「……はいそうですアインズ様。下らない噂話を鵜呑みにし、至高の御方に不快な思いをさせた愚かな部下は今ここで消えます!!」

 

ナーベラルは腰のロングソードを勢い良く抜くと刃を首に向ける。

 

「待てナーベラル!!」

 

アインズの制止にナーベラルはピタリと止まる。

薄皮一枚の所で止まるロングソードにアインズは胸の内で溜め息をつく。

 

今回の件は小さい出来事ではあるが『抑制』が働く程アインズに衝撃を与えた。

 

いつか悪い噂が立つであろうという覚悟は前からあった。

そもそも自分のそういう噂がまったく無いとは思ってはいない。

自分の言動に常日頃注意を払っているのもそれが悪い評判、悪い噂にならないようにする為でもある。

 

それでも全部が全部、完璧にこなすことなど出来ないだろうからある程度覚悟していたが……。

 

(まさか自分がロリコンだと思われているとは……)

 

ショックである。かつて仲間に実年齢よりもオッサンくさいと言われた時よりもショックだ。

 

(まぁ確かにアルベドやシャルティアにあそこまで言い寄られて何もしないのだから、そう思われても仕方がない……のか?)

 

色々と考え込むアインズはこちらをじっと見ているナーベラルの首に剣が当たっているのを思い出し、慌てて考えを切り替える。

 

(どうするべきかな)

 

ただの噂話といえばそうなのだが、組織をまとめる立場にいるものとしては注意した方がいいのだろうか。

誹謗中傷という訳でないので判断が難しい。そもそも誤解させた自分が一番悪い気がしないでもない。

 

アインズはナーベラルに向き直る。

 

「んんっ! 確かに噂と事実は違う。私はアウラに好意を伝えたが、それは異性に対する告白ではなく子供に対するそれだ。……子供に慈悲を与えるのも何も知らぬ無垢なる者に咎を求めるのを哀れに思うからだ」

 

子供に対する優しさの大半は鈴木悟の残滓から来る感情だが、それはアインズの胸の内に留めておく。

 

「噂話に惑わされ、いらぬ詮索をしたお前は確かに問題だ」

 

ナーベラルはロングソードを持つ力を込める。その先の言葉次第では直ちに首を落とす覚悟だ。

 

「だがそんな下らぬ噂話でお前を失うことの方が下らなく愚かな事だ、私はそう思うぞナーベラル」

 

「アインズ様……」

 

ナーベラルは剣を納めるとアインズに平伏した。その姿にいつも以上の敬意と忠誠を感じる。

 

「このナーベラル・ガンマ。アインズ様の温情に応えるべく更なる忠誠を示せるよう努力致します!」

 

「う、うむ。……しかしあれだな」

 

緊迫した空気から一転、アインズの物腰が柔らかくなりナーベラルは顔を上げる。

 

「ナーベラルも『そういう』噂話を気にするのだな。なんというか……可愛いところがあるな」

 

いつも機械的に任務をこなすナーベラルが色恋?の噂話を仲間内で話してる。

子供の知らない一面を知った親のように微笑ましい気分になる。

 

赤面し顔を押さえるナーベラル。思わず立ち上がる。

ふにゃりとでも表せばいいのか、緩んだ瞳になり。均整の取れたプロポーションをくねらして、立ったり座ったりする。

 

黙って見ているアインズ。

それに気付くナーベラル。

 

再びロングソードに手をかけるのをチョップで止める。

漫才のようなやり取りを何度か繰り返し、ようやく落ち着くナーベラル。

 

「か、可愛いなんて……私など、アルベド様に比べたら月とスッポンです」

 

(スッポンって……前から思っていたがこいつの人物表現は独特だな、というより何故そこでアルベドが出るんだ――――アルベド?)

 

ふと、想像するアインズ。

 

ナザリックに帰宅後、ロリータファッションに身を包んだアルベドが幼い子供のような仕草で迫ってくる。

 

(いやいやまさか、アルベドはそんな事はしない)

 

妄想を打ち消す。幾ら最近暴走気味とはいえ、彼女はナザリック地下大墳墓守護者統括なのだ。

そんな事は有り得ない。

 

それよりも問題があるとすればロリコン疑惑の方だ。

噂話とはいえ、もしかしてと思われているのは不味い。

 

(アルベドの好意を受け入れればいいのだろうか……)

 

ここに来る前の世界。ユグドラシル終了前に起きた小さな出来心。

 

「それは……出来ないな」

 

「アインズ様?」

 

今日の日の出来事を思い出す。悪評を消すにはどうするべきか。

 

アインズはしばらく沈黙すると立ち上がる。

 

「用事が出来た。ナザリックに帰還する」

 

 

 

ナザリック 玉座の間

 

 

「おや珍しいですね統括殿が一番遅いとは……皆様どうしました?」

 

セバスがヴィクティムを片手に抱きながら扉の前で緊迫している守護者達に訪ねる。

あまりの張り詰めた空気に反応してヴィクティムが短い手足をウネウネ動かす。

 

「なんでもないよセバス。アルベドは着替え中だ、時期来るさ……ほら」

 

最後に来たアルベドは普段通りの『キチンとした』姿だが表情は曇っている。

何があったのか、主人からの集結の命に関係があるのかセバスが思考を巡らせる前に荘厳な玉座の間の扉が開かれた。

 

守護者達は玉座の間に敬意と忠誠を捧げながら入室する。

奥に鎮座するは至高の御方、自身の全霊を持って仕えるべき主人。アインズ・ウール・ゴウン。

 

「よく集まってくれた守護者達よ。まずは――」

 

「すみませんでしたアインズ様っ!!」

 

「すみませんでした!!」

 

アインズの言葉を遮り、金切り声を上げ謝罪するシャルティア。

それに続きアウラも悲痛な声で謝罪し、その後ろではマーレが涙目でふるふると震えている。

 

いつもであればアインズに対しての無礼な振る舞いに怒号を上げるアルベドやデミウルゴスも

何かに堪えるように押し黙っており、コキュートスも何かの覚悟を決めたようにこちらを見る。

 

「皆様!! アインズ様の御前ですよ!!」

 

いつものアルベドの役目をセバスが果す。ただ事でない雰囲気にアルベドを見る。

 

「…………アルベド、説明しろ」

 

「…………はい」

 

 

(――――はぁ)

 

説明を受けたアインズは天を仰ぐ。

対してアルベドは処刑を待つ罪人のように静かに顔を下に向ける。

他の守護者も同様に黙って絶対支配者の処罰を待つ。

 

守護者同士の争い

 

いつか言われた、アインズが最も失望する行動をとってしまった。

 

その罪は何よりも重く。罪深い。

 

玉座の間に飾られたかつての仲間のギルドサインが目に入る。

サインを見て……再びアルベド、守護者達を見る。

 

(あの時の後悔……大切な仲間に伝える言葉……)

 

アインズはアルベドに向き直り、頭をかき、小さく呻き、頭を捻る。

しばらくそれを続け、意を決したようにアルベドに近づく。

 

「アインズ様……」

 

「アルベドよ、一度しか言わぬ」

 

アインズの手が伸びる。

罰を受け入れるよう静かに目を瞑るアルベド。

 

アインズの手は――――――アルベドの頭を優しく撫でた。

 

「あ、ああああ、アインズ様――!!??」

 

突然の行動に頭がついていかないアルベド。だが身体はアインズの愛撫に脊髄反射するようにビクンビクンと震え出す。

香り立つ芳香が辺りを包み、アルベドの瞳が濡れる。

 

「愛しているぞアルベド」

 

翼が絶頂に達したように、いや実際に達したのだろうぴんと伸びきる。

美しい顔はだらしなく蕩けきり、軽く白目を剥いてる。

 

ちょっと人には見せられない。

 

他の守護者は愕然とその様子を見ている。

 

「シャルティア!」

 

「は、はい」

 

訳のわからないシャルティアはそれでも主人の命に従い来る。

シャルティアの正面に立ちじっと見つめる主人の眼差しに、胸の奥に閉まったかつての失敗が頭を過ぎった。

白い肌がより一層白くなり、恐怖に体が震える。

 

「シャルティアよ――愛しているぞ」

 

「え……」

 

思いがけない言葉に耳を疑うシャルティア。凍りつくアルベド。

 

誰よりも失敗を恐れるシャルティアは余程怖かったのだろう、唇を強く噛み締め過ぎて血が出ていた。

それを優しく拭うアインズ。シャルティアの震えを止めるようにそのまま頬に触れる。

 

「安心しろシャルティア、前と同じだ。元は私が悪いのだ」

 

「アインズ様……」

 

シャルティアは涙を流し、アインズの優しく触れたその手を愛しそうに自分の手と重ねた。

ゆっくりとシャルティアから離れるとそのままアウラに振り向く。

 

「アウラ、愛しているぞ!」

 

「っ!!――はいっ!!」

 

アインズの告白に元気一杯に答えるアウラ。小さい体をぴんと張り、嬉しさを押さえきれないようにぴょんと前へ出る。

 

「お前を大好きだと言った言葉に嘘はない。まだ幼いお前にいらぬ誤解をさせたかも知れないが、成長しお前に言った真意を学んで欲しい」

 

「はい!アインズ様!!――わぁっ!?」

 

元気なアウラを片手に抱き上げ頭を撫でてやる。

どこにでもいる女の子のように頬を真っ赤にしアインズの肩で顔を隠す。

 

「マーレ! 愛しているぞ!」

 

は、はいと未だに震えながらも嬉しそうにおずおずと前に出る。

 

「ふっ」

 

アインズはアウラと同じように空いた片手でマーレを抱き上げる。

 

「あ、アインズ様!?」

 

「お前もだマーレ。姉と共に学び、いつか成長した姿を私に見せてくれ」

 

「は、はい!!」

 

アインズはアウラとマーレに挟まれるように抱き締めた。荘厳な玉座の間が暖かな空気に包まれる。

 

「コキュートス!」

 

先程からの様子に困惑している足取りだが、しかし堂々とアインズの前に立つ凍河の武人。

 

「愛しているぞ」

 

「ア、アインズ様!?」

 

アウラとマーレを降ろしコキュートスに向き直りその甲冑のような体に触る。

 

「この地に来て一番に成長したのはお前だコキュートス。本来の役割以外で自分を変えていく事は何より難しい事だろう」

 

激励するように触れた手に力を込める。

本来力を込めてもびくりともしない冷たく屈強な身体だが、アインズに触れた箇所だけは熱を感じたようにびくりと震える。

 

「それでもお前ならば出来ると私は信じる。信じた私をお前も信じてくれ」

 

「オ、オオオッーー!!アインズ様ーー!!」

 

コキュートスは感激が押さえられず両手を高々と上げ雄叫びを上げる。

 

「デミウルゴス!」

 

デミウルゴスは全てを察したかのようにしっかりとした足取りでアインズの前に来る。

それでも先程の失態を後悔しているようで顔色には反省の色が浮かぶ。

 

「アインズ様、今回の事は誠に――」

 

「良い、デミウルゴス」

 

アインズは一回は躊躇しながらもデミウルゴスの肩に触れる。

 

「お前がいてくれたお陰でナザリックはこの地に置いても尊厳を保ち強く顕在していられるのだ」

 

主人の感謝の言葉にデミウルゴスは一瞬喜びの顔を見せるがすぐに曇る。

 

「勿体ない御言葉です。しかしながらこの地に置いてナザリックが偉大でいられるのはアインズ様が居られて、私達を導いて下さるからこそ。私如きの浅知恵など……」

 

アインズは悩んだように顎をかくと意を決し、デミウルゴスの両肩に手をやる。

 

「アインズ様?」

 

そのまま抱き締める。

 

「あ、はっ――!!?」

 

凍ったアルベドにヒビが入る。

 

「愛しているぞデミウルゴス」

 

抱き締めた腕を離すがデミウルゴスはそのまま固まって動かない。

 

「ゴホンッ、セバス」

 

すたっと執事らしい優雅な動きでアインズの前に立つセバス。

 

「お前にはいつも危険な任務を預けてすまないな。未だ黒い影が捕まらない内に単独で行動させている私を許してくれ」

 

踵を揃え一礼すると真っ直ぐにアインズを見つめ言葉を紡ぐ。

 

「勿体ない御言葉です。アインズ様に気遣されたこの身はどの者よりも幸福でしょう。不肖の我が身ですがより一層アインズ様に満足頂けるよう努めてまいります」

 

「うむ。任務が済んだらしばらく休暇を取るがいい。愛しているぞセバス!……ツァレには負けるかもしれんがな?」

 

「は、はい!ありがとうございます」

 

少し頬を赤らめセバスは一歩下がる。

 

「愛しているぞヴィクティム」

 

「ボタンぞうげにちゃしんしゃひとしんたまごヒハイあおむらさきたいしゃ(ありがとうございます!)」

 

ヴィクティムの頭を優しく撫でてやる。

ヴィクティムは嬉しそうに短い手足をわちゃわちゃさせた。愉快そうに笑うアインズ。

 

 

一通り終えたアインズは玉座の前に立つと、ナザリックを治める絶対者として全員に告げるように声を響かせた。

 

「守護者達よ!! 私はアインズ・ウール・ゴウンにより生まれし者全てを愛している。それがメイドであれ、階層に住まうモンスターであれ関係はない。伝えよ!ナザリックに仕える者全てに。その心に疑念があるならば私が行って教えよう。私の気持ちを! 私の愛を!」

 

アインズはローブを翻すとリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを起動させその場から去った。

 

嵐の後のように呆然と残された守護者達は各々が夢心地のようにうつらうつらしている。

 

デミウルゴスは未だ固まっている。

 

守護者達の沈黙はオーケストラで指揮される楽器のように一人、また一人と解かれていき

一番最後にデミウルゴスの金縛りが溶けると一斉にまとまって鳴り響いた。

 

 

「――――はぁ、はぁ~~~~」

 

自室に戻ったアインズはそのままベッドに倒れ込み、枕に顔を埋め足をばたばたさせる。

もう何度発動したか分からない抑制はマグマのような激情を冷やし続けていた。

 

やり過ぎた。

 

ロリコン疑惑を晴らす為にアルベド達に自分の気持ちを分かりやすく態度や行動で示そうと思いたったわけなのだが。

何がどうして守護者全員に愛を語る事になったのか。

 

アインズはさっきの出来事を思い出し再びじたばたし、抑制が働きまた止まる。

 

(なんであんな事言ってしまったんだ……)

 

訴えにも似たあの告白。本当はかつてのギルドメンバーに伝えたかった本気の思い。

知らず知らずの内に閉じ込めていた思いの蓋が、ほんの少し開いてしまった事をアインズは知らない。

 

「あぁ恥ずかしい! 何が――愛をだ!! え、マジかこれ!? マジでナザリック中で愛を語るのか!?」

 

覆水盆に帰らず。今更取り消しなど出来ない。

 

「うわぁ……はぁ、でも、まぁ……」

 

守護者達の顔を思い浮かべる。皆喜んでいた……と思う。

守護者の前で語ったことに嘘はない。

 

アインズ・ウール・ゴウンは

 

モモンガは

 

鈴木悟は

 

ナザリックを愛している。

 

かつての仲間との思い出だけではない。

今もこれまでもナザリックには大事な思い出が刻まれ続けている。

 

この想い(ナザリック)を守る為ならば何でもしよう。

 

強く気高い賢王を演じ

あらゆる敵と国を滅ぼし

油断ならないこの世界で絶対支配者(オーバーロード)として君臨しよう

 

 

 

後日この日はデミウルゴスによって『至高の愛の日』と名付けられる。

一年に一度、アインズに思いの丈を告白出来る日となり、アインズは告白してきた相手をお返しに抱き締めるというとてつもなく恥ずかしい思いをする。

 

しかしその日は恐ろしいナザリックの中でも一際暖かく、微笑ましく。

 

そして間違いなく愛の溢れた日であった。

 

 

 

――終わり――

 

 

 




この作品もpixivで既にまとめいたものを改めて投稿したものです。
連載機能を使ってみたかったのと、どういう感想があるのだろうという気持ちでえっちらおっちらやってみましたがまだ慣れない感じです。

この二次創作をSS速報VIPに投稿したのが結構前であまりどういう気持ちで書いたかは思い出せないですが、読んでくれた人とアインズ様の話で盛り上がったのは覚えています。
萌え骨~。

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