ナザリック百景   作:つるつる蕎麦

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独自解釈・設定などが含まれます。
この内容だとどういうタグをつけるのが適当なのかちょっと分からなかったので、もしよければ指摘お願いします。


トブの大森林にて

 深く広大な森。

 

 アゼルリシア山脈の麓に広がるこの大森林は、太古に起きた火山の噴火によって流れ出た溶岩が冷え固まった後、長い年月をかけて広大な森となったものである。

 現地の人々には「トブの大森林」と呼ばれ、人の手に余るものとして恐れられていた。

 かつてはむき出しの岩だらけであった場所は、今や鬱蒼とした樹木に覆われている。地面は倒木や苔の無い場所はなく、時折小動物が走り過ぎたり不意に訪れた鳥の鳴き声などが木霊するのみ。

 極相林となった森は今までの百年と同じように次の百年の静かに時を刻むのみであった。

 

 つい先日までは。

 

 このトブの大森林の一角では、今大きな変化が起こっていた。自生していた樹木は円形に切り開かれ、広大な森のほんの一部に過ぎないものの円形に日の光の降り注ぐ森の穴とも言える場所が誕生している。そしてそこでは動きまわる者達の気配が耐えない。

 

 

 ここは、ナザリックの外部拠点建設予定地である。

 至高の支配者であるアインズ・ウール・ゴウンの命により直接指揮を取ることとなった階層守護者であるアウラ・ベラ・フィオーラの指揮によって、今日も拠点建設が黙々と行われていた。

 その一角。広場の縁に残された切り株に腰掛ける一人の姿があった。

 日差しは暖かく、拠点建設の作業に精を出すゴーレムやスケルトン達の立てる物音も森に吸い込まれるかのようで、ここまで大きな音は響いてこない。

 そんな場所でその人影は、古びた書物を開いて、首をひねりつつも一心に読んでいるようだった。

 傍らにはこれ幸いと丸くなっているなにやら小さな動物の姿も見える。絵になる光景だ。

 読書をしている人影がむき出しの骨を外に晒していなければ、だが。

 

「おお、ウノサンではないか? この様な場所で何を?」

 

 ウノサンと声をかけられた方が本から顔を上げる。

 

「ウノニか……。いや……アウラ様に確認事項があってな。その判断を頂くまで作業の続行ができんのだが、アウラ様がちょうど休憩に入られたようでな。そのまま待てという事であったので、こうして本など読んでおるのだ」

 

 ウノニと呼ばれた方もウノサンと同じく死者の大魔法使い(エルダーリッチ)である。ウノサンとは配置された場所が隣であるため、作業によっては連携を取るために打ち合わせなどをしばしば行う機会が多く、接点の多い同僚という立場である。

 元々単なる割り振りに「あの4」「うの3」や「おの1」などと名称を順番につけただけのものであったのだが、それがそのまま場所を割り振られた死者の大魔法使いの名前のような扱いとなっていた。

 至極いい加減なものであるが、当人たちは以前は名前すら持っておらず、最初から死者の大魔法使いとして生み出された者たち。

 個別の名など無くとも至高の御方々に忠義を尽くせれば満足ではあったが、階層守護者であるアウラからそれらをついでに名前としても扱うとされた時、震えるような喜びを感じたものだ。

 

「そうであったか。アウラ様は休憩をお取りになるようになったのだったな」

「うむ。至高なる御方の指示によるものだということだ。しかし、至高の御方は何故休憩を取るよう命じたのであろうな? アウラ様は維持の指輪を身につけておられるだろう? 休憩など不要なはずなのだが」

「……偉大なる方々の考えに疑問を挟むのは……忠誠心を疑われまいか?」

 

 ナザリック地下大墳墓においては大した地位を持たない単なる死者の大魔法使いと言えど、彼らの創造主に対する忠誠心は揺るぎない。

 ウノニのむき出しの眼窩の奥に宿る揺らめく光が剣呑な輝きを帯びる。

 それを敏感に察知したのだろう、ウノサンがアンデッドにはあり得ないことであるが、慌てたように口を開いた。

 

「いや待て待て……そういうことではないのだ! つまり……偉大なる御方のお考えのほんの一端でも知ることが出来れば、この先よりお役に立てるのではないかと考えたのだ。もちろん我等など単なる一兵卒と何ら変わらんということはよく分かっているが、それでも無駄にはならんのではないかとな」

「ふむ……そういうことか……」

 

 ウノニも手に持っていた設計図らしき羊皮紙の束を脇に挟んで、思案げな素振りを見せた後、重々しく口を開いた。

 

「……想像の域を出ない話ではあるが……先日通達があった、ナザリック地下大墳墓が草原に転移したという”異変”とやらの発生後に、何らかの魔法的変化を察知されたのではなかろうか?」

「魔法的変化?」

「うむ。偉大なる御方の察知されたものを私ごときが想像することもまた恐れ多いのだが……恐らく森羅万象の、魔導の根源に関わる……『生と死の深淵』に至る恐るべき何か……ではないか?」

「世の理の変化をいち早く察知されて、先手を打たれたということだろうか」

「うむ」

 

 両者の間に深い沈黙が落ちる。

 二人の死者の大魔法使いが揃い、重々しい気配をばら撒いている光景をもし冒険者が見たのならば寒気がする光景であろう。

 が、時は光り差す午後で、大樹を切り倒したお陰で陽が届くようになった足元からは新しい草木が萌え始め、辺りを見渡せばゆるゆると蝶々などが飛んでいる。

 牧歌的とも言える風景だった。

 

「なるほど……! そう言えば先日アウラ様が、至高なる御方の智謀はまさに無辺際と呼ぶに相応しく、階層守護者の地位ごときの自分では見渡すことすらできない、と言うような事を仰られていたが、正にその通りであるということなのだな……」

「我等ごときでは想像すら及びもつかない企みの結果なのだろう」

「おお……偉大なるは我等が慈悲深き主よ! 今まではもちろん、今後さらなる忠誠を捧げなければ……!」

「うむ、うむ……」

 

 森の片隅で、二人の赤い衣を纏った骸骨がしきりに首を振る姿は何やらコミカルではあるが、当事者たちは心の底からの畏敬に打ち震えていた。

 その視界の遠く外を丸太を抱えた重鉄動像(ヘビーアイアンマシーン)が通り過ぎていく気配。

 ゴーレムの足音で我に返ったかのように、ウノサンが新たに言葉を紡ぐ。

 

「おお、ところでウノニよ、至高の御方についての気づきを与えてくれたお礼というわけではないが、これらの本についてお主は知っているか?」

 

 ウノサンが膝の上に広げていた本を持ち上げてウノニに見せる。

 

「いや、それについても気になっていたのだ。一体何処から?」

「実はな。至高の御方の発案で定められたことなのだが、地下階層にあるという図書館に収蔵されている本や巻物などの一部を、望んだ者に貸し出すという新しい制度なのだ」

「なんと!? それはもしや……!?」

「そうなのだ! かつておられた至高の御方々が長い月日をかけられて集められたという秘蔵書なのだよ! 貸し出されるのは写本であるらしいのだが、本物と寸分違わないものであるとのことだ」

「至高の御方々の集められた叡智の一部に触れられるというのか!?」

「そうなのだ……! 今私が読んでいるのは、いわゆる創造系魔法に関する本であるようなのだが、ここに書かれた叡智のなんと深きことか」

「い、一体どのようなことが!?」

 

 身を乗り出して尋ねるウノニ。肉のある体こそ無いので出来ないが、あれば唾を飲み込む音が聞こえたことだろう。

 しかし問われたウノサンは大きく切なげなため息を付きながら膝上の本に目を落とす。本のページを撫でるその白骨化した手は愛おしげだ。

 

「……この本に書かれている内容は……愚かな私ごときでは未だ知らぬものばかりであってな……。例えば使われる道具についても「Python 18.2.1」や「Javascript2120」といった暗号が出てくるのだ……お主は聞いたことがあるか?」

「聞いたこともない言葉だ……我等の想像の至りもしない魔術の秘奥……? 妖術、魔術、錬金術などの合一といった……いやまさにそうした部分こそ秘儀として隠されておるのであろうか……」

 

 ウノニも知らず腕を組んで、自らの持つ知識と照らし合わせる。

 

「隠されているというより、我々ごときでは登ることも出来ぬような魔術の知識の高山があり、さらにその頂上に建てられた巨大なる魔導の塔を山の麓より眺めている……ようなものなのだろう」

 

 彼らもまた魔法使いであるから人一倍魔法に対する知識欲は深く、この世界での死者の大魔法使いと言えば魔法の恐るべき使い手という位置づけである。

 しかしその彼らをもってしても、このナザリック地下大墳墓を作り上げた至高の41人の秘術については、まるで想像の及ばない偉大なる奇跡だった。

 

「実はな、この書物に先立って先日借り受けた『100万回生きたねこ』という本には錬金術と魔法の秘術が、絵と文字で暗喩されるという形で記されておるようだ」

「絵に暗喩として秘術を隠すというのは確かによく聞く手法だ」

「そうであろう。最初にこちらまで赴いて声をかけていただいた司書A殿に『至高なる御方々がよく読まれていたものを』と話を持ちかけた所、ありがたいことにこの本を勧めて頂いたのだよ。司書殿には感謝してもしきれん。もちろん知識の無いものにはただの絵本か児童書にしか読めまいが……」

「しかし、そのような貴重な書物を貸し出して頂けるとは、なんと度量の大きいことよ……支配者としての力をあれ程までに持ちながらなお大きさを感じさせる振る舞い! 我等はなんと素晴らしい方にお仕えしているのか!」

「まさしく、そうだ……!」

 

 流せる体があったら確実に感涙に咽んでいたであろう二人。見れば今まで沈黙を守っていた二体の小悪魔(インプ)までもが天を仰いで涙を堪える有様であった。

 その後しばらく彼らはそのようにしていたが、ふとニノサンが気分を改めるように膝上の本を閉じる。

 

「……こうして偉大なる御方の素晴らしさについていつまでも語っていたいものだが、まずは行動で忠義を尽くさねばな。そろそろアウラ様の休憩時間も終わる頃だ。私は作業に戻ろうと思う」

「おお、私もこのような事で時間を使っている場合ではなかった! 全く恥ずかしい限りだ。ではニノサン、また後ほどな」

「うむ、それではな」

 

 こうして二人の死者の大魔法使いはそれぞれ目的の場所へと足を向けた。二体の小悪魔もそれぞれに付き従うようにしてフラフラと飛んで行く。

 後には再び、森の百年の静寂が戻っていた。

 

 ・

 

 先日始めたばかりの図書貸出――上層階の者達にも本が貸し出せるよう、巡回図書館のような形をとった各階層全てへ向けたサービス――の貸出記録を眺めながらアインズが唸っていた。傍らにはいつもどおりにセバスとメイドが控えている。

 よくある執務室の光景である。

 

「何が人気の理由なのかさっぱり分からんぞ……? 児童書が何故あるのかというのはともかく、何がシモベたちの興味を引いたのやら……」

 

 小さくブツブツと声にならない程度に口の中で呟くアインズ。

 貴重ではない書物を司書たちに選ばせて、要望があれば貸し出すという単純なサービスの一つである。既にある本を貸し出す範囲であればほぼ新規のコストもかからない優良な福利厚生ではないかと、考えついた当初のアインズは自分を褒めたものだが。

 児童書が混ざっている理由は恐らくだが、ナザリック学園とかを妄想していたかつてのギルドメンバーの誰かが持ち込んだものであろう。まあそれはそんなこともあるかという程度の話だ。

 だが、それがいざ貸し出してみるとアンデッドに大ウケというのは全く理解の外の話だ。

 

「そもそもアンデッドが100万回生きるとか死ぬとか、いやそれ以前に感情を動かすような物語に興味あるのか? いや、途中からアンデッドだけでなく比較的高レベルの悪魔系のシモベにも貸し出されているな……この世界に移った時の何らかの変化によって内面に変化が生まれたとか……」

 

 ひょっとしたらそういうこともあるかも知れない。何かカルマ値マイナスの者に影響を及ぼす力が働いた結果ではないかとか、原因はともあれそうした心理的な部分を考慮して福利厚生サービスを整えたほうがいいのか、などと思考の迷路に嵌り込みつつあったアインズだったが、流石に限界を感じて「これはこれでいいや」と放り出すことにした。

 何にせよ積極的に利用されていて、それが原因で何かの問題が発生しているのでなければいいのだ。

 

「しかし……休憩や休暇といい、給金の話といい、なんでこうも予想外の方向に話がずれるのか……。あー頭が痛い……」

 

 本当なら机に突っ伏してうめき声の一つも上げたいところだったが、セバスやメイドの目がある場所でそのような事をする訳にはいかない。胃がないのに胃が痛いような感じといういつもの気持ちを味わいながら、アインズはそっとため息をついた。


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