ナザリック百景   作:つるつる蕎麦

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場所が場所だけに陰鬱な描写が含まれますので、残酷な表現が苦手な人は読むのを止めて頂けるとありがたいです。楽しみに来て気持ち悪いとか最悪ですし。
一応直接的な描写は避けていますので、原作が読める人であれば概ね大丈夫なレベルに抑えられているとは思いますが、ご注意下さい。


牧場にて

 彼は朝も昼もなく仕事に精を出す。

 今日明日などと考えず日々を過ごしている。終わりのない円環の中に囚われたままグルグル回り続けているような気持ちもするのだが、しかし――この内側より湧き上がって来る深い満足感はなんだろうと、ふと彼は思う。

 

 今彼がやっているのは特別言うこともない日常業務の一つである清掃作業だ。家畜を大量に飼育すれば当然のように排泄物などの汚れは発生するし、不潔な環境は家畜の健康状態を悪化させる原因に繋がり、生産物の品質を低下させることになりかねない。そう考えれば決して手の抜けない作業だ。もちろん彼は手を抜くつもりなど全く無いのだが。

 

 日々効率化を図り改善提案がされ、今では高い生産効率を要求されている今の彼の仕事は決して楽とは言い難い。しかし理不尽さはまるでないし、自分が働く上で苦痛を感じたことは一度もなかった。

 ここを訪れた当初からそれなりの時間が経過した今、彼に与えられた仕事は単調な日々の繰り返しになりつつある。が、間違いなくやり甲斐があって充実している。それはとても幸福なことだ。どう考えても自らの主と今の状況に感謝をするべきだろう。

 

 それに、主から伝え聞いた所によると、ここでの活動は至高なる御方からも重要な価値を持っていると認められ、お褒めの言葉を頂くことが出来たとのこと。そのことに彼は深い喜びを感じずにはいられなかった。喜びを得ながら一生懸命に働き、それが奉仕を捧げるべき方に評価され、喜ばれる。これ以上の幸福があるだろうか?

 そんなことを考えながら、彼は満足感とともに大きなため息を吐き出した。

 

「む、どうした。深いため息などついて」

 

 彼のため息を聞きつけた同僚が声をかけてきた。同族の彼もまた自分と全く同じ仕事に従事するものである。口数は少ないが気配りができて気のいい男であり、組んで仕事をすることも多い。

 彼も掃除の手を少しばかり止めて、同僚へと向き直る。

 

「……いやあ、私は幸せものだ、と思ってな」

「なんだ、何か心配事でもあるのかと思ったぞ」

「満足だ。満足のため息だよ」

「いらん心配をさせおって」

 

 二人共作業を中断してしまったが、別にその程度のことに目くじらを立てられるような職場ではない。

 

「自分の能力が十全に生かせる職場が与えられ、その仕事を主に正当に評価されるということが……なんとも言えず幸福でな」

「分かるぞ。必要とされる歯車になる喜びとでも言うべきかも知れんが」

「だろう」

 

 世界に組み込まれた一つの歯車に過ぎないことを喜ぶといえば何か不思議な気もするかも知れないが、そこには彼らなりの悲哀があるのだ。彼は少しばかり昔を思い出す。懐かしき燃える故郷にいた時のことを。

 

「お前も同族だから聞いたことがあるだろうが……我が種族は重用されるということがあまり無いと聞くではないか」

「……そういったうわさ話であれば多数聞いた」

「自分を無能だと思ったことはないが、我が種族の特性はなかなか特殊で応用が効かない部分があるのも確かだ」

「そうだな」

「活躍できる場面も限られる」

「うむ……」

 

 同僚の返事が苦渋に満ちたものになったのは気のせいではないだろう。

 彼は活躍とは言ったが、彼の種族は活躍どころか職場によっては満足に道具のメンテナンスどころか道具そのものがまともに与えられず、成果らしい成果を出すことが出来ずに顧みられず評価もされずといったことが珍しくない。自由もなく半ば監禁されるようにして放置され、必要な時だけ使われる大事にされない道具扱いだ。

 それでも主の要望に応えるべく仕事を黙々と続けたというような逸話が彼の種族には事欠かないのだ。例え好きでやっている仕事だとしても辛いし悲しい。組織や社会の中に居場所が見つからないというのは悲しいことだ。熱意や気力もいつしか消えていく。

 

「それを思えば、ここで働くことはなんと恵まれているのだろうかと」

「それは私も常々思っている」

 

 自らの能力を使い切れる仕事内容、磨き上げられ常に完璧に働く道具、組織内における自分の割り当てられた仕事の重要性、そして見事な結果には賞賛だ。これが理想でなければ何が理想なのか分からないほどだ。

 

「最近では、この役目を失うことが心底恐ろしいとすら思うようになった」

「分かるぞ。だが、それは……」

 

 同僚は筋肉の盛り上がった持ち前の長い腕を組み、少し考えるように頭を掻いたりしていたが、探るように次の言葉を口にした。

 

「やはり我等の主の振る舞いによるものが大きいのではないか?」

「実はその事も考えていた。こういう気持ちをどう説明したらいいのかよく分からないのだが……あの方はもちろん恐ろしくもあるが、敬意を払われるべき方だと思う」

 

 最も効率よく仕事を遂行する術を率先して提案し、熱意を誰よりも持ちながら同時に広い視野も持つかと思えば、部下からも意見を積極的に募り、提案した者が誰であろうとそれが妥当なものであれば常に公平な判断をする。不意に感情的になって言葉や行動を激しくするようなこともなく快活。いっそ穏やかとすら評されるべきだとも。

 失敗や望んだ成果が得られないような場合には厳しい態度を見せるが、理由や背景を聞かずに怒鳴り散らして叱るなどということもない。成功や具体的な結果が出せた場合には当然のように十分な評価が与えられる。

 

「しかもその上、最近大きな成果を出したという話も耳にした。ゲヘナとか」

「それは初耳だ」

「まあ私もつい先日女淫魔(サキュバス)から聞いたばかりの話なので、あまり詳しく話すことは出来んのだが……どうやらかなり大きな成果を上げたらしい。正直に言えばそのことに自分が関われなかったのが残念ではあるが、遠く離れた地で行われたことであるらしいからな。ここでの作業がある我々には元より縁がなかったというだけのことではあろうが……」

「ここでの仕事を放り出すわけにはいかん」

「もちろんだ。だがとにかくそれでだ、我等が主とお会いした時にそのことについて伺ってみたのだよ。大きな成功をおさめられたと伺ったと。そのことについてお喜び申し上げたいと」

「ふむ」

 

 不意に同僚が長い手を伸ばして柵の中の動物を叩く。見れば家畜が1頭、自分の腕を激しく噛んでいたようだ。

 この動物は役に立つ事も分かっているが肥育を安定して行っていくのは難しい動物で、時折自傷行為に走るものなどが出ることが分かっている。交配実験をしている女淫魔(サキュバス)の方はさらに多くの障害にあたっているとも聞いている。

 

 大抵は今のように打擲を加えると大人しくなるが、目を離すことができない。これはやはり抜歯を再提案すべきかも知れないなどと思ったりもする。ただそうすると家畜が飼料を口にしにくくなるので以前は見送られた対策だが、状況によっては必要になってくるだろう。

 

「しかしな、それを口にしたら我等が主――デミウルゴス様は、それこそ先ほどの私ではないが、普段の姿からは想像できないような大きなため息をつかれたのだ」

「それは……いや、しかし……大きな成功というのは確かなことなのだろう?」

「私も何か失礼なことを申し上げてしまったに違いないと思ってな、必死に取り繕おうとしたのだが、それを抑えられて理由を語って下さったよ」

「教えてくれ」

 

 良くも悪くも陽の雰囲気を持つ主が深々とため息を付く姿が想像できないのであろう同僚は、即座に続きを促してきた。その気持ちはよく分かると彼も思う。

 

「デミウルゴス様はこう仰っていた。『私は確かに先日の計画で大きな成果を上げたが、それも全て至高なる御方の掌の上での事なのですよ』と」

「……どういうことなのだ?」

「つまりな……デミウルゴス様が仰るには、成果を上げた計画も、その実行も、結果も全て至高なる御方の誘導によるものなのだと。――そう、こう言っていた。はっきりと覚えているぞ。『私は、至高なる御方が芸術的な緻密さで張り巡らせた策略の網の上を知らずに歩き、狙い通りに巣にかかった獲物にただ近づいて捕まえたことを喜ぶ小さな蜘蛛のようなものなのですよ』と」

「……!」

 

 話をする二人の間に走ったのは感動か、畏れか。それは主の力を一片とは言え知るからこそ。

 

「こうも言っていた。『成果を上げたことはもちろん嬉しくはあるが、私がさらなる忠義を尽くし、より至高なる御方のお役に立つためにはもっと自分を高めなくてはならない。そうでなければ我等シモベこそが御方に守られているようなものだ』と。苦笑するデミウルゴス様を私は初めて見た」

「デミウルゴス様をもってしても……!」

「……かの御方は我々ごときが直接お会いするなどあり得ぬほど畏れ多い方ゆえ、そのお力を目にすることなど無いと思っていたのだが……実際はナザリック地下大墳墓そのものも、ここでこうしている我々も、かの偉大なる御方の叡智の庇護下にある……ということなのだろう」

「凄まじいとしか言えん」

「そうだな……私もデミウルゴス様よりその言葉を聞いた時にその場に跪きたくなったものだ。私のこの小さな満足はかの偉大なる御方のお力と、デミウルゴス様の配慮によって与えられたものなのだ。ならば何としてもその恩に報いねばなるまいと思うのだ」

「僅かばかりの力では、あるがな……」

 

 ふう、と二人は揃って息を吐き出した。期待に応える、恩に報いる、それらはいずれも重荷になりかねないものである。しかし彼らは重荷どころか自分の中に漲るものを感じずにはいられなかった。

 顧みられることの少ない自分たちをここまで重用してもらえるだけでも十分に恩義を感じているのだ。それに応えずしては今後誇りを持って拷問の悪魔(トーチャー)であるなどと名乗ることが出来なくなるであろうと。

 

「まあ……一つひとつやっていくしか無いがな」

「……そうだな……」

 

 能力を全て使い切ったとしても彼らに成せることはたかが知れている。それは彼ら自身がよく分かっている。しかしだからと言ってそのままで構わないという事にはならないだろう。少なくとも今与えられている幸福の恩を返すためにもう一つ上を目指す「何か」をするべきだと思う。

 薄暗くもある家畜小屋には似合わない気高い決意の姿がそこにはあった。

 

「おお、話は変わるが、家畜や亜人を潰す際には心臓を注意して取り出すようにという指示、覚えているか」

「もちろんだ」

「取り出された心臓だが、デミウルゴス様によると、どうやら偉大なる御方への捧げ物としてお考えになっているようだ」

「なんと! それではより一層丁寧に扱わねば」

「今予定されているのは2、3体だと思ったが、必要であれば外で捕まえるようなこともせねばな」

「うむ」

 

 同僚は腰に下がった道具――巨大なペンチや鉄ハサミ、鉈やノコギリ――を一つ一つ取り出して状態を改めては再び腰に吊るす。これらは使用頻度も高いため一部ではまだ血が滴っているが、いずれもよく手入れされておりサビなどは見当たらない。もちろん自分の腰に下げられた道具もそうだ。

 同僚は満足気に道具を腰に戻すと再び口を開く。

 

「今日は一通りの仕事が終わった後に、女淫魔(サキュバス)たちの所に顔を出してみないか」

「構わないが、どうした?」

「いや、今の話を聞いてな、交配実験がなかなかうまく行っていないという話を思い出したのでな。何か役に立てることがないかと」

「うーむ……こことは全く違う種類の仕事であるから、邪魔になったりはしないか?」

「もしそうであるなら即退散しよう。しかし場合によっては我等の持つ癒しの力が役に立つような場面もあるかも知れない」

「なるほど。うむ、行こう」

 

 定時を過ぎた後の予定を話し合う会社員のような会話を最後に、拷問の悪魔(トーチャー)二人は再び作業を開始する。時折うめき声や泣き声などが聞こえるのを除けば、あとに残るのは彼らが黙々と続ける掃除や世話の音がするだけだ。

 

 ・

 

「……デミウルゴス、それはなんだ?」

「はっ! 私の手によるつまらない物ではありますが、杖を作らせて頂きました」

「ほう……見てみようではないか」

 

 アインズが手を振ると、メイドがデミウルゴスの元まで歩き、差し出された長い包みを受け取ってアインズの手元まで運ぶ。

 受け取った包みから覆っていた布を取り外すと、中から出てきたのはずっしりと重く歪に歪み、二股に分かれた杖頭の部分に異様な装飾が施された杖である。杖全体は赤黒く異様な斑模様になっており、そのまま生きていて脈動しているかのような気配を漂わせている。

 

 しかし、やはり最も目を引くのは杖頭の部分であろう。時折痙攣するかのように動くテラテラとした肉塊が杖に複数連なっており、そこに挟まれるようにして一体の紅玉を埋め込まれた羽妖精(ピクシー)が肉塊と接続された状態で固まっている。羽妖精の手足はもがれ、目はなんらかの魔術儀式のようなもので塞がれているようだ。

 

 ああー、骨の玉座より気色悪いわー。

 

 とは思いつつもそんな事は言えるわけがない。組織の長は自分を思って部下から贈られたプレゼントにいきなりダメ出しをするような存在であってはならないのだから。

 

「デミウルゴス、これはどういったものなのだ?」

 

 握った手からビクンビクンと動く杖の感触が伝わってくるものの、それを極力意識しないようにして尋ねる。

 

「はっ、時間を見て集めておりました獣の心臓を練りまして、その上で焼き固めたものを杖の形に成形し、そこに程度の良い心臓を生きたまま魔術儀式で羽妖精に繋ぎあわせております」

「なるほど、《道具上位(オール・アプレイザル)――》、いやそれは無粋だな。デミウルゴス、お前に直接尋ねるとしよう。何か魔術的な効果はあるか?」

「僅かばかりの力ではありますが……少量の魔力を流し込むと上部の羽妖精が《混乱(コンフュージョン)》を発するようになっております」

「ふむ、面白いではないか」

「ありがとうございます。アインズ様がお持ちの数々の財宝と比べれば児戯によって作られた粗末な飾りに過ぎないものではありますが、もしよろしければその偉大なる収集品の末端にでも置いて頂ければと」

 

 デミウルゴスが反射的に頭を深く下げた姿が目に入るが、再び上げられた顔を見れば、敬愛する主に贈り物が出来たという隠し切れない喜びに溢れている。が、同時に視界の端のほうには羨ましがって口をへの字に曲げているアルベドが見えたり、手の中の蠢く杖の感触も相変わらずだしで、もうなんというかあらゆる意味で鉄火場だ。

 

「お前の働きと献身にはいつも驚かされているぞ、デミウルゴス。このような贈り物をされる私は……いや全く幸せものだな」

「そのような事を! 私如きの捧げ物にそのような事を仰られては!」

「よい、デミウルゴス」

 

 話を切るようにアインズが言葉を重ねると、再びデミウルゴスは頭を深々と下げたのだった。

 

 その日の執務を終えて杖の置き所をどうするか考えながら私室に戻ってきたアインズは、入口近くにとりあえず立てかけた件の杖にチラリと視線を送る。デミウルゴスは大したものではないと言っていたが、改めて見ればどう考えても怨念じみた異様な気配を放ち続けていてとても不気味だ。魔法的な価値とは別としても、元の世界であれば間違いなく単純所持が違法扱いになりそうなシロモノだ。

 

「いや実際どうすりゃいいんだこれ……使うのも捨てるのも飾るのもこのまま放置するのも嫌だ……」

 

 まるで息子や娘のように感じている守護者に贈り物をされるのが嬉しいというのは本当のことだ。それに加えてこれが愛情や忠誠心の発露と考えれば蔑ろにするなどという考えは絶対に浮かばない。

 とは言え、気持ち悪いものは気持ち悪い。飼いネコがかみ殺したネズミの死骸を自慢気に見せに来て「褒める? 褒めるね? 褒めれ?」という態度を見せた時の気分とでも言えばいいのか……。

 もうどうすりゃいいのよと思いながら、とりあえず良い匂いのするベッドに頭を突っ込んでしばらく現実逃避をすることに決めたアインズだった。

 


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